vol.60 消防署員のストレス(惨事ストレス:CIS)対策について・・ 丸山 晋
2001 年秋に起きた新宿歌舞伎町での火災に救助に赴いた消防署員が、被災者の救
出もままならず、多くのストレスにさらされました。阪神淡路大震災以来クローズアッ
プされたPTSD(外傷後ストレス傷害)は、外国では早くから注目され、国際的疾病分
類(ICD)などにも登録されるようにもなりました。
消防署員のストレス(惨事ストレス:CIS)対策について
《淑徳大学 丸山 晋》
2002 年 12 月から 2003 年 3 月の 1 年余をかけて、消防庁が音頭をとった「消防署員
の現場活動に係るストレス対策研究会」で座長を勤めたので、その概要について書
いてみたいと思います。
この研究班は、2001 年秋に起きた新宿歌舞伎町での火災に救助に赴いた消防署
員が、被災者の救出もままならず、多くのストレスにさらされたことを、発端になってお
ります。阪神淡路大震災以来クローズアップされたPTSD(外傷後ストレス傷害)は、
外国では早くから注目され、国際的疾病分類(ICD)などにも登録されるようにもなり
ました。PTSDが最初に注目されたのは、アメリカにおけるベトナム帰還兵に戦争の
後遺症として心身の不調が見られたことに端を発しております。その後自然災害にお
ける「惨事ストレス」が話題になることが多くなりました。しかしそれはもっぱら被災者
のそれであって、救助者についてはほとんど取り上げられてきませんでした。2001 年
の 9 月 11 日のアメリカでのテロ事件では、消防隊員の中でも多くの死亡者が続出し、
業務の過酷さは想像を絶するものがあることを一般人も知るところとなりました。
そこで研究班としては、初年度は全国的な実態を把握しようということになり、全国
10 箇所の消防本部に対してアンケート調査を実施しました。そのおおまかな内容は
「惨事ストレス」の内容と頻度、そしてそれに対する対策などでした。その結果、「惨事
ストレス」はほとんどの消防本部で遭遇者がいるにもかかわらず、1,2 のところを除い
て、ほとんど対策が講じられていない、その必要は認められても、どのように対処して
良いかわからない状態である。また古い体質も残っており、現場でのストレスに耐え
られないようでは、消防士や救命救急隊員になる資格がないとする意見もないわけ
ではないこともわかりました。さらにまた、出勤後ミーティングを持つのが通例である
が、以前とは異なって、ともするとその場での人間的な交流が等閑にされ、それがス
トレスの吸収を妨げているという意見もあり、職場の状況に様変わりがみられるという
ことも示唆されました。「デブリーフィング」や「デフュージング」といった手法は大勢とし
て認知されていないか、活用されていないのが現状でした。その理由は、この方法の
使い勝手がわからない、その効果について懐疑的というのが主なものでした。
第 2 年度は、こうした調査を踏まえて、さらなる実態の把握を目指しました。調査は
次の3つのパートについてなされました。ひとつは消防署員向け、もうひとつは消防本
部向け、最後が消防学校向けのものでした。以下はそのおおまかな内容を紹介して
みます。
ここでは紙面の関係上、一般消防署員向け調査について解説したいと思います。
この調査は全国の消防署員約 15 万人中 1%に当たる 1,914 名にアンケートを送って、
1,516 名から回答を整理したものです。調査内容は、(1)強い衝撃を受けた災害種別、
(2)隊員の受けた惨事ストレス体験と症状およびそれへの対処、(3)ストレス対策に対
する意見からなっています。
強い衝撃を受けた災害種別については、建物火災、交通事故救助、地震災害、急
病などの救急業務などが上位を占めておりました。隊員の受けた惨事ストレス体験は、
凄惨な死体のある現場に遭遇した、死体を見たり触れたりした、死傷者がいるところ
で長時間の作業をした、過度の体力を消耗した、遺族が哀れと感じた、幼い子が犠牲
者だったということなどが目立つ体験だった。隊員が体験したストレス症状としては、
離人体験、動悸、注意集中困難、胃部不快感、嘔気、絶望落胆、不安などが多かっ
た。
2,3 ヵ月後の症状としてはフラッシュバック(光景が目に浮んだり、臭いや感触が思い
出されたりする)、睡眠障害、強い無力感、憂鬱感、気分がすぐれない、飲酒や喫煙
の増加、胃の不調、悪夢、疲労感などが挙げられておりました。
これに対するストレス解消行動として、運動や趣味、同僚との会話、飲酒や喫煙、睡
眠と休養、家族や知人との会話などが見られました。別の調査項目からも家族のサ
ポートが大きいことがうかがえました。
こうした災害への遭遇頻度は、数年に 1 回が 37.1%、年に数回が 26.1%、月に 1 回が
3.9%、月に数回以上が 3.6%、全くないは 6.1%でした。
デブリーフィングへの参加経験は、ないとするものが 85.3%、あるとするもの 8.8%、不
明が 5.9%でした。デブリーフィングへの参加希望に対する回答は、参加したいとどちら
でもないが同数で 31.9%、全員参加するなら参加しても良いが 11.9%、勤務時間内なら
参加しても良いが 10.0%、条件付き参加を含めれば、参加して良いが 53.8%になること
がわかりました。デブリーフィングへの参加の感想は、同僚の話が参加になった、スト
レス発散に役立った、話を聞いてもらえて救われたなどがめぼしいものでした。
その他の質問項目からは、隊員たちの過半数は現在の仕事に満足しており、他の
仕事では人生経験が出来た、人を救うことが出来た、人に感謝されたことなどに対し
て、意義と誇りを感じていることがわかりました。
ストレス対策に対する意見としては、72.0%が何らかのストレス対策を望んでいるが、
79.9%が必要と感じても実施されていないと感じていることもわかりました。(既に実施
されていると思っている隊員は 6.6%である)
実施されている惨事ストレス対策としては、パンフレットの配布、研修会の実施が多
く(それぞれ 45・0%と 39.0%)、消防学校の初任者教育・専科教育などへの参加、他機
関の研修会などへの派遣参加の順でした。(それぞれ 12.0%。10.0%)
こうした 2 回にわたる調査を分析して、消防署員は大変なストレス下で仕事をしてい
ることを改めて思い知らされたと同時に、その対策はまだ夜明け前の状態に等しいこ
とをメンタルヘルスの専門家として、痛感いたしました。そしてこうした領域はメンタル
ヘルス対策の盲点であったと深く反省させられたことでした。
この研究班には、東京多摩いのちの電話の高塚雄介先生にも参加していただきま
した。この研究会の報告書は、2003 年の 3 月に公にされました。NHKがそれを知り、
10 月 24 日の「おはようニッポン」で取り上げてくれました。
こうした対策の延長として電話相談もあるであろうと考え、稿をしたためてみました。
プロフィール:
丸山 晋 (まるやま すすむ)
1942 年
生まれ
1968 年
東京慈恵医科大学卒業
1972 年
同大学精神医学教室助手
1977 年
国立精神衛生研究所主任研究員
1986 年
国立精神・神経センター 精神保健研究所部長
現 職
淑徳大学社会学部教授(1999 年より
主 著
「心の健康トゥデイ」(佐藤 誠 他編、啓明出版)
「老年期精神障害」(本間 昭 他編、中山書店)
「家庭・学校・職場・地域の精神保健」(大森健一 他編、中山書店)他
その他 論文多数
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