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〈書評〉水谷裕佳 『先住民パスクア・ヤキの米国編入:
越境と認定』(北海道大学出版会、2012年、248p.)
田中, 絵梨奈
イベロアメリカ研究, 34(2)
2013-01-30
紀要/Departmental Bulletin Paper
Text Version 出版者/Publisher
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Rights
http://repository.cc.sophia.ac.jp/dspace/handle/123456789/348
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水谷裕佳『先住民パスクア・ヤキの米国編入―越境と
認定―』北海道大学出版会、2012 年、248p.
田
中
絵
梨
奈
I
アリゾナ州の国境は、米国への不法移民が最も多い場所の 1 つである。2010 年 4
月、全米で最も厳しい不法移民対策として同州で成立した移民法が、国内外で物議を
醸したことは記憶に新しい。近年、メキシコ国内で激化する麻薬戦争に伴う暴力の拡
大が同法成立を後押しした一方で、在米ラティーノからは同法が人種差別的であると
の批判を浴び、大規模なデモも起こった。そのような移民排斥の動きが高まるアリゾ
ナ州に、今から 100 年ほど前、メキシコから移住してきた先住民がいた。それがパス
クア・ヤキである。グローバリゼーションが急速に進む現在、移民などの国境を越え
た現象は日常的なものとなっているが、ヤキの人々は当時すでにメキシコから米国へ
越境し、アリゾナの地へ足を踏み入れていた。
本書は、メキシコと米国の国境地帯に居住する先住民パスクア・ヤキに注目し、彼
らの歴史を振り返りながら、ヤキの人々がどのように米国先住民という枠組みへと編
入を遂げていったのか、米国先住民研究の観点から述べようとするものである。ここ
での「枠組み」とは、米国における先住民としての認定制度のことを指す。米国政府
に認定されると、自らのアイデンティティを先住民と主張する人々は、主権を与えら
れた集団「インディアン・トライブ」として認められる。彼らに与えられる主権は外
交権などは含まれない限定的なものであるものの、ヤキが米国政府と「国家対国家」
として対話するには、米国政府にトライブとして認定を受ける必要がある。つまり、
トライブとしての地位を得ることは、ヤキの歴史にとって大変重要な出来事であり、
本書はまさにパスクア・ヤキがその認定を受けるまでの過程に焦点をあてている。
著者の水谷は、カリフォルニア大学バークレー校のエスニック・スタディーズ研究
科において 2006 年から 3 年間在外研究を行った。本書はそこでの研究が基となって
おり、著者はエスニック・スタディーズの一部を構成する米国先住民研究の手法を用
いている。
「エスニック・スタディーズ」は日本では聞きなれない学術分野であるが、
本書によれば「米国白人社会に属さない民族的少数者に着目しながら学際的な観点で
行う研究」であり、その様々な民族を研究する中の一分野として「米国先住民研究」
が位置づけられている。伝統的な研究方法は、フィールド調査や民族誌の執筆、心理
学的実験、数量的調査、そして出版物の内容分析である。本書では、著者は主に(1)
『イベロアメリカ研究』第 XXXIV 巻第 2 号(2012 年度後期)
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歴史的資料の分析、(2)法に関連する資料の分析、そして(3)文化人類学的フィールド
調査を用いて考察している。
本書の構成は以下の通りである。
序
章
第1章
現代のパスクア・ヤキを取り巻く議論
第2章
メキシコにおけるヤキの反乱と越境の再考
第3章
米国南西部における観光産業と先住民
第4章
難民労働者から米国先住民へ
第5章
先住民認定後のパスクア・ヤキ社会
終
章
II
序章では、本書の目的と筆者が本書を書くきっかけとなった出来事が紹介されてい
る。著者は 2003 年からパスクア・ヤキの社会に入りフィールドワークを行っている
が、調査を進めるにあたり、ヤキの人々が彼らの米国先住民認定の理由やその経緯に
ついて「知らない」、「わからない」と口をそろえて返答することに、疑問を感じた。
彼らの中には米国先住民認定というヤキの歴史において重要な出来事を語ることの
できない人々が存在することに気づいた著者は、パスクア・ヤキ認定の背景を提示す
ることが彼らの関心を高め、議論のきっかけとなると考えた。これが、著者がパスク
ア・ヤキの米国先住民編入の過程を研究テーマに選んだ背景である。
第 1 章では、パスクア・ヤキの基本的な情報と、ヤキを巡る米国内における議論に
ついて述べられている。米国ではトライブとしての認定を受けた集団は、独自の政府
を設立し、憲法を制定して保留地と呼ばれる土地を得ることで自治を確立する。また、
個人として先住民であるとの認定を受ける場合は、血統の割合が基準となる。しかし
ながら、その基準も制定する機関によって様々であり、米国先住民という概念は極め
て複雑である。実際、2000 年の国勢調査では 2 万人以上が自らをヤキであると回答し
たが、その正確な数はわかっていない。ヤキの起源を辿ると、祖先は現在のアリゾナ
州を中心に栄えたホホカムの人々であったと考古学的調査から明らかになっている。
また、ヤキはヨーロッパから入植者がアメリカ大陸へ到着する前から独自の文化や言
語を形成しており、入植後はキリスト教をヤキ文化に取り入れながら発展させた。
1978 年、ヤキの人々は法的に米国先住民として認定されたが、その 15 年後「ヤキは
本当に米国先住民か」という議論が起こった。結果、米国政府は「歴史的ではない」
トライブリストを作り、ヤキもその中に含まれた。確かに、パスクア・ヤキは米国に
移住した先住民ヤキの一部が得た呼称だが、ヤキの中にはメキシコから移住した集団
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とは別に、かつてから米国に移住していた者も存在することを著者は指摘している。
こうしてヤキの米国先住民としての認定を巡り、しばしば議論が起こる。
極めて複雑なヤキの歴史を研究所、報告書、新聞報道をもとに再考しているのが第
2 章である。ここではまず、メキシコにおけるヤキの迫害について考察されている。
ヤキの迫害とそれに対する反乱はポルフィリオ・ディアス政権下でとりわけ激しいも
のであった。ディアス政権下では、外国資本が積極的に導入されメキシコの近代化が
進められたが、米国資本によって企業が設置された米国との国境地帯が、ヤキの伝統
的集落の位置する場所であったことから、土地を巡りヤキの迫害がおきた。つまり、
先住民迫害の要因はディアスの人種差別だけではなく、メキシコの経済発展のために
ヤキは同地域から追放されたのである。他方メディアは、政府による迫害よりもむし
ろ反乱でのヤキの戦闘的なイメージを色濃く報道するなど、報道内容の偏りが顕著で
あった。そんな中、ディアス政権下での迫害やメキシコ革命の混乱から逃れるため、
当時メキシコ側に居住していた一部のヤキが米国へ渡った。アリゾナやカリフォルニ
アが主な行き先だったが、国境付近の大都市であるトゥーソン市が定住先の中心とな
った。そして、彼らは移住後も米国で稼いだ資金でメキシコ側のヤキの人々を支援し
ていたのだった。
第 3 章では、メキシコから越境してきたヤキの人々が、移住先において観光産業に
参加することになった経緯とその影響について考察している。現在、パスクア・ヤキ・
トライブの保留地があるアリゾナ州トゥーソン市は、米墨戦争によって米国に併合さ
れた当時、人口も少なく小さな都市であった。しかし、鉄道や高速道路の建設によっ
て人口が増加し、同州で最も大きな都市となった。その後も鉄道会社による観光産業
の振興によって、アリゾナはエキゾチックな観光地として宣伝されるようになった。
そして、ヤキの人々も当時まだ先住民トライブとしての認定を受けていなかったにも
かかわらず、米国政府主導の観光化に巻き込まれていった。中でもニューディール政
策の一環であった連邦作家計画は、ヤキと観光との関わりを表す代表的な政策である。
この計画は、米国各地の観光ガイドブックの製作を通して、大恐慌で失職したジャー
ナリストなどに仕事を提供するもので、ヤキに対する取材も行われた。本書に掲載さ
れている写真からも、特にヤキの伝統的儀礼が観光客の関心をひくものであったこと
がわかる。このようなヤキを使った観光産業の振興は、結果としてヤキの先住民認定
に向けた活動を活発化させ、観光産業から利益を受けた人々の支持を得ることに繋が
った。そして、彼らは米国先住民としての権利と土地を得ることを求めることになっ
た。
観光産業の他に賃金労働にも参加していたヤキの人々が、先住民権利獲得運動の影
響を受けながら、トライブとしての法的地位を獲得していった様子に焦点を当ててい
るのが第 4 章である。20 世紀初頭は多くのヤキが米国に入国した時期であったが、同
時に、ヤキを含む先住民たちが労働市場に現れるようになった。アリゾナ州には米国
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全体でみても高い割合で先住民が定住していたが、それでも差別や偏見は残り、先住
民の生活水準は低かった。しかし、世界恐慌に伴う政府主導の公共事業によって先住
民たちの雇用機会も増加した。政府は先住民を安価な労働力として使用することをね
らいとし、先住民は鉱夫や大工など多彩な職業に従事したほか、ヤキは鉄道会社や農
場で働くこともあった。特に自らの伝統的な土地を離れ、農牧業を営むことが困難な
狭い集落で暮らしていたヤキの人々は、外部で働くしかなかった。このように彼らは
トゥーソンの労働力として定着していき、労働者という立場や米国政府による先住民
の雇用促進という政策を通じて、米国市民権を獲得していった。また、1960 年代には
米国で様々なエスニックグループによる公民権運動が盛んになった。米国先住民によ
るアルカトラス島占領では、どれくらいのヤキが参加していたかは定かではないが、
本書にはこの運動に参加したキロガの話が紹介されている。公民権運動は結果として、
ヤキをはじめとする先住民の自治権の範囲を拡大する要因となった。
第 5 章では、現在のパスクア・ヤキ社会と彼らの暮らしについて述べられている。
ヤキは現在、トライブ憲法にもとづいてトライブの経済や社会を運営し、文化や伝統
を維持しようとしている。トライブ政府内の役割は 17 部局に細分化され、ヤキの人々
は劇場やガソリンスタンドなども経営し、ラジオ局やウェブサイトなどを通じて独自
のニュースを発信している。米国先住民の認定を受け 30 年ほどを経た今、ヤキの社
会・文化がトゥーソンに根付いていると言える一方で、先住民に対する人種差別が未
だ米国内に残っていることも事実だ。低収入、学校からの中退、自殺率などの先住民
社会の問題は深刻である。また、今後のヤキ研究に関しても言及されている。近年、
ヤキに関する調査をヤキ自ら管理しようとする動きが高まっており、2008 年には、ヤ
キによる研究計画書の審査を通らなくては調査・研究ができないという規則まで制定
された。これを受け、著者はヤキに関する研究を避ける研究者が出てくるのではない
かという懸念を示しており、同時にトライブに属する研究者の育成の必要性も指摘し
ている。
終章では、本研究のきっかけとなった著者の疑問に立ち返り、本書のまとめをして
いる。
著者はパスクア・ヤキの人々の多くが彼らの米国先住民認定について「知らない」
ということに対し、ヤキの大半が先住民の認定過程に参加できなかったことが原因で
はないかと考えている。ヤキの人々は約 100 年前にメキシコから越境し、1978 年にト
ライブという先住民として認定を受けた。それ以前にヤキには土地が付与されていた
が、先住民に認定されたことで、彼らの土地は保留地となり、ヤキは領内でトライブ
社会を運営することができた。そして、米国政府と「国家対国家」の関係を築きあげ
ることに成功した。このように、著者はヤキがトライブの認定を受けた意義の大きさ
を改めて指摘している。
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III
メキシコで迫害をうけ、米国へ渡ることを選んだヤキの人々は、新しい土地でも差
別や偏見を受けつつも、労働力としてアリゾナという土地に貢献することで米国先住
民という称号と法的権利を得た。それは同時に、これまでメキシコと米国という国家
によって国境線を引かれ失った、自らの「土地」、そして彼ら自身の権利の奪還へと
繋がった。その過程でヤキはしばしば国家政策のもと観光産業や労働市場に取り込ま
れていくなど、米国とメキシコの両国に翻弄された。本書の中で触れられているよう
に、メキシコのヤキが暴力的な先住民であるという認識が強い一方で、米国のヤキに
は友好的なイメージがあるなど、ヤキのイメージというのは単一化されておらず様々
だ。その多様さゆえに、これまでヤキの本来の姿を映し出すことは容易ではなかった。
本書の意義は、このような複雑なヤキの歴史を様々な側面から整理し、再考してい
る点にあると言える。ヤキの人々が彼らのトライブとしての認定に関して「わからな
い」と答える中、著者は先行研究や数少ない資料を駆使して、ヤキの歴史と米国先住
民認定への軌跡を 1 つ 1 つ明らかにしていった。特に、著者が米国における新聞記事
などのヤキに関する報道を丹念に調べ、分析している点は評価すべきであろう。
これらの資料分析に加え、著者はヤキを題材とした小説や詩にも注目し、作品にお
けるヤキの描かれ方に触れている。本書の大枠の流れは、パスクア・ヤキの歴史を時
系列で追うかたちであるが、所々でカスタネダや H・バレンシアの著作に書かれた文
章などを取り上げ、それらがヤキのイメージに与えた影響を指摘している。そういっ
た方法で、当時の人々が持っていたヤキのイメージを考察している点も興味深い。
さらに、先住民認定を語る上で欠かせない法的枠組みについても、著者は詳細に調
べあげており、それは本書の付録を参照するとよくわかる。付録には「インディアン
再組織法の概要」、「パスクア・ヤキ・トライブ憲法の概要」、そして「パスクア・
ヤキ・トライブ憲法(改正中)取締規則第 7 部:研究に関する事項」の 3 つが記載さ
れているが、中でも特に興味深いのは、ヤキの研究に関する事項である。既述したよ
うに、ヤキ自らの独自の文化を守ることを目的に規定されたこの事項は、ヤキ研究に
関する用語の定義から研究者が提出しなければならない計画書の要件、さらには禁止
行為や罰則まで、極めて細かく定められている。出版物もトライブ評議会で承認され
なくてはならないことから、本書の出版が実現したことは、著者の長年に渡るヤキ・
コミュニティとの繋がりや研究成果によるものであり、本書の持つ価値もより増すと
言える。
著者も本書の中で述べているように、文献調査に加え、フィールド調査で地域の
人々と対話し、彼らの話に耳を傾ける手法をとるエスニック・スタディーズは、日本
における地域研究とも共通する点が多い。本書においても、ヤキの人々へのインタビ
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ューが多く見られ、先行研究や資料の調査と、ヤキの地域やそこに住む人々の実態調
査の両方が研究に活かされている。著者の持つヤキに関する知識の豊富さからも、今
後より一層、多面的なアプローチからさらにテーマを絞り、個々の特質を掘り下げた
研究の深化が期待される。パスクア・ヤキと米国先住民について丁寧に分析・考察さ
れた本書は、まさに「日本語で書かれたパスクア・ヤキの専門書」と呼ぶにふさわし
い 1 冊である。
(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程/
[email protected])
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ダウンロード

Title 〈書評〉水谷裕佳 『先住民パスクア・ヤキの米国編入