修士論文
超音波および
超音波および熱膨張測定
および熱膨張測定による
熱膨張測定による
Pr1-xCaxMnO3 と Nd1-xSrxMnO3 の
電荷、
電荷、軌道秩序の
軌道秩序の研究
新潟大学大学院自然科学研究科
物質制御科学専攻
岡野
真也
平成 14 年度
目次
第 1 章 序論 
1-1 ペロブスカイト型マンガン酸化物
1-2 電荷および軌道秩序の観測
1-3 本研究の目的
1
第 2 章 理論  12
2-1 弾性定数
2-2 四重極子感受率
2-3 電荷揺らぎ
2-4 熱膨脹と自発歪み
第 3 章 測定装置  37
3-1 超音波測定装置
3-2 熱膨張測定装置
3-3 超伝導マグネット
3-4 単結晶試料
第 4 章 Pr1-xCaxMnO3  43
4-1 基礎物性
4-2 ゼロ磁場下での熱膨張測定
4-3 磁場中での熱膨張測定
第 5 章 Nd1-xSrxMnO3  63
5-1 基礎物性
5-2 ゼロ磁場での弾性定数の測定結果
5-3 磁場中における弾性定数の測定結果
第 6 章 結論と課題  74
6-1 Pr1-xCaxMnO3
6-2 Nd1-xSrxMnO3
参考文献
謝辞
第1章
序論
1-1 ペロブスカイト型
ペロブスカイト型マンガン酸化物
マンガン酸化物
遷移金属化合物では遷移金属イオンの 3d 電子が磁性を担う。3d 電子は遷移金属イ
オンの最外殻にあり、遍歴する傾向が強い。一方、希土類金属化合物では希土類イオ
ンの 4f 電子が磁性を担う。4f 電子は 5s, 5p 電子の内殻に位置し、局在する傾向が強
い。これらの系では電子間クーロン相互作用が支配的であり、強相関電子系と呼ばれ、
現在の固体物理の主要な一分野を形成している。強相関電子系では多体効果が重要な
役割をしており、金属‐絶縁体転移や磁気秩序、超伝導、価数揺動、重い電子状態、
近藤効果など多様な物性が出現する。
遷移金属化合物では特に 1986 年に始まる銅酸化物高温超伝導体[1-1]の発見が衝撃
的であった。本研究で対象とするペロブスカイト型マンガン酸化物は、高温超伝導体
の類似物質であり、磁気秩序に加えて負の巨大磁気抵抗効果(CMR)や軌道、電荷秩序
などの多様な物性を示し、精力的に研究が行われている物質群である。
1-1-1 結晶構造
ペロブスカイト構造をもつ R1-xAxMnO3 は図 1-1-1 のような結晶構造をしている。
体心にマンガンイオン Mn、面心に酸素イオン O、頂点に希土類金属イオン R もしく
はアルカリ土類金属イオン A が位置し、MnO6 八面体が酸素を共有して 3 次元的にペ
ロブスカイト構造が結合している。ペロブスカイト構造は立方晶であるが、本研究で
対象とする R1-xAxMnO3 は MnO6 八面体間の隙間に対して R または A イオンのイオ
ン半径が小さく、図 1-1-1 右図のようにその隙間を埋めるように MnO6 八面体がチル
トするため、結晶構造は斜方晶になり、単位胞の大きさが立方晶に比べて大きくなる。
立方晶ペロブスカイトから格子がどれだけ歪んでいるかを見る一つの目安として次
図1-1-1
ペロブスカイト構造を持つR1-xAxMnO3
1
式の許容因子Γ(tolerance factor)がよく用いられる。
rA + rO
Γ=
2 ( rB + rO )
(1-1)
ここで rA, rB, rO は ABO3 ペロブスカイトでそれぞれ A サイト、B サイト、酸素サイト
のイオン半径である。Γ = 1 のとき立方晶であり、Γが小さいほど BO6 八面体の歪み
が大きいことを表す。図 1-1-2 にペロブスカイト構造の立方晶と斜方晶の軸の関係を
示す。立方晶の軸を x, y, z 軸とし、それぞれ[100], [010], [001]方向とすると、斜方晶
では z 軸を中心に 45 º 回転させた軸が主軸となる。斜方晶の軸は様々な記述がされ
ているが、本研究では xy 面内にある 2 つの軸をそれぞれ a, b 軸とし、z 軸方向を c
軸と記述する。単位胞の長さは立方晶の格子定数を a0、斜方晶の格子定数を a, b, c
とすると a ≃ b ≃ c / 2 ≃ 2 a0 の関係がある。斜方晶ペロブスカイトは立方晶に非
常に近いため、本研究では擬立方晶として扱うことにする。
1-1-2 母物質 RMnO3 の電子状態と
電子状態とホールドーピング
ホールドーピング
はじめに R1-xAxMnO3 の母物質である RMnO3 について説明する。結晶の中心に位
置する Mn3+イオンの 5 重縮退した 3d 電子(l = 2)は、八面体に配位した酸素イオンが
作る立方対称の結晶場により、図 1-1-3 に示すように基底状態の 3 重縮退した t2g 軌
道(d(xy), d(yz), d(zx))と、励起状態の 2 重縮退した eg 軌道(d(x2-y2), d(3z2-r2))に分裂する。
Mn3+の 4 個の 3d 電子をフント則に従い詰めていくと、図 1-1-4 左図のように t2g 軌
道に 3 個、eg 軌道に 1 個の 3d 電子がスピンを揃えて配列し、S = 2 の高スピン状態を
とる。t2g 軌道と eg 軌道のエネルギー幅は 1 ~1.5 eV 程度あるため、t2g 軌道は 2p 軌
道との混成が無視でき、S = 3/2 の局在スピンを形成する。一方、酸素方向に伸びて
いる eg 軌道は酸素の 2p 軌道と混成が強いため、S = 1/2 の伝導電子を形成する。しか
図1-1-2
ペロブスカイト型マンガン酸化物の軸
2
し、各 Mn サイト当りに 1 つの伝導電子が存在するので、eg 軌道の 3d 電子は強いク
ーロン斥力を受け、RMnO3 は Mott 絶縁体となる。また、酸素を介した超交換相互
作用が働くため、150 K 程度で反強磁性秩序を起こす。
R3+イオンの一部を A2+で置換すると、Mn3+ : Mn4+ = 1-x : x の比で eg 軌道にホール
がドープされることになり、電荷の自由度が生まれる。R1-xAxMnO3 ではスピン、軌
道、電荷の 3 つの自由度が複雑に絡み合い、多様な物性を示す。
Tetragonal
Cubic
eg
l=2
1eV
t2g
図1-1-3
Cubic
O2-イオンの結晶場による3d電子の軌道状態
Cubic
Tetragonal
eg
eg
t2g
t2g
3+
a1g
eg(2)
4+
Mn (3d4)
図1-1-4
Tetragonal
Mn (3d3)
Mnイオンの電子状態
3
1-1-3 二重交換相互作用と
二重交換相互作用と強磁性相互作用
Mn3+の eg 軌道と t2g 軌道はフント則により JH で結合している。Mn3+の eg 軌道は酸
素イオンの 2p 軌道と強く混成しているため、Mn4+すなわちホールをドープすること
で 3d 電子間に二重交換相互作用が働き、遍歴性が強くなる。図 1-1-5(a)のように
RMnO3 では Mn イオンの 3d 電子間には酸素を介した超交換相互作用が支配的であり、
反強磁性状態が実現している。(b)のように R3+の代わりに A2+をドープすることによ
り、Mn イオンの eg 軌道に導入されたホールの運動エネルギーの利得を得るために、
t2g 軌道の局在スピンを互いに同じ向きに揃えようとする二重交換相互作用が働く。そ
の結果、反強磁性の Mott 絶縁体から(c)の強磁性金属へ転移が起こる。また(d) のよ
うに、TC より高温側で外部磁場によりスピンを強制的に揃えると、伝導電子の遍歴
性が著しく強まる。これが図 1-1-6 に示すような負の巨大磁気抵抗効果(CMR)[1-2]の
eg
e
t2g
t2
(b) R1-xAxMnO3(T T )
(a) RMnO3
C
eg
t2g
e
H
(c) R1-xAxMnO3(T T )
(d) R1-xAxMnO3(T T )
C
C
図1-1-5
図1-1-6
t2
二重交換相互作用の模式図
La1-xSrxMnO3に見られるCMR[1-2]
4
主な起源である。
これまでに述べたように、ペロブスカイト型マンガン酸化物において伝導性の要因
となっているのは Mn イオンの 3d 電子による二重交換相互作用である。二重交換相
互作用は次式で表される二重交換模型(s-d 模型)[1-1,1-3,1-4]で説明されている。
v v
H = −t ∑ ( ci+σ c jσ + h.c.) − J H ∑ σ i ⋅ Si
(1-2)
ij σ
i
第 1 項は eg 伝導電子の隣接 Mn サイト間のホッピングを表し、第 2 項は t2g 局在スピ
v
v
ン Si と eg 伝導電子のスピン σ i 間のフント結合を表す。第 1 項の t はトランスファー
積分を表し、図 1-1-7 のように局在スピン Si と Sj が角度θij だけ傾いているとき、以下
のように書ける[1-5]。
t = tij cos(θ ij / 2)
(1-3)
巨大磁気抵抗効果による強磁性相の出現は定性的にこの二重交換模型で説明でき
る。特に La1-xSrxMnO3 のような 1 電子バンド幅の広い系では定量的な振る舞いも二
重交換相互作用によってよく説明されている[1-4]。しかしながら、La1-xSrxMnO3 や
Pr1-xCaxMnO3 などで見られる磁気秩序、軌道秩序、電荷秩序などの複雑な相図は、
これらの物質の物性にはスピンの自由度のみならず、軌道、電荷自由度が大きな影響
を及ぼしていることを示している。
1-1-4 電荷秩序
二重交換相互作用は R1-xAxMnO3 で重要な役割をしている。しかし、二重交換模型
だけでは説明できない現象も多く報告されている。二重交換模型では高ドープ側で強
磁性金属相が最も安定であると思われるが、実際は反強磁性相や絶縁体相が現れるこ
ともある。また、濃度 x が 1/8, 1/2, 2/3 などに整合すると、電荷秩序を起こし易く
Mn3+と Mn4+が規則的に配列する。電荷秩序相では、電荷が局在するために二重交換
Mn3+
Mn4+
t
ij
t = t cos (
図 1-1-7
ij
/2)
ホッピング積分
5
相互作用が抑えられ、反強磁性絶縁体になる。本研究で対象とする R0.5A0.5MnO3 では、
電荷秩序相で Mn3+イオンと Mn4+イオンが xy 面内に交互に配列し、z 軸方向に同じ
イオンが配列している。
次にバンド幅の制御と電荷秩序の可能性について述べる。R1-xAxMnO3 を構成する
(R, A)の平均イオン半径は、ペロブスカイト構造の歪みの原因となっている MnO6 八
面体の tilting の度合いに影響する。 eg 電子のトランスファー積分 t は、酸素の 2p
軌道との混成効果により、Mn-O-Mn の結合角φに対して t ~ | cosφ | 2 と変化する。ト
ランスファー積分 t と 1 電子バンド幅 W との間には W = 2zt (z は配位数)の関係がある
ため、(R, A)の平均イオン半径を大きくすると MnO6 八面体の回転が抑えられ、
Mn-O-Mn の結合角が大きくなりバンド幅が大きくなる。つまり(R, A)の組み合わせ
や R3+イオンと A2+イオンの比を変えることでバンド幅を制御することができる。こ
のとき(1-1)式で表される許容因子がバンド幅の大きさの目安になる。
図 1-1-8(a)に(R, A)の組み合わせによるホール濃度とイオン半径の関係を、図 1-1-8(b)
に R0.5A0.5MnO3 の様々な(R, A)について、転移温度とイオン半径の関係を示す[1-6]。
イオン半径の大きい、つまりバンド幅の大きい物質から見ていくと、(La, Sr)では電
荷秩序転移は見られない。(Pr, Sr)以下では高温領域で強磁性金属状態へ転移するが、
低温で金属状態が不安定になり、電荷秩序を伴う反強磁性非金属状態への転移を起こ
す。イオン半径を小さくして、バンド幅を小さくしていくと、強磁性転移温度 TC は
減少し、(Sm, Sr)以下の組み合わせよりもイオン半径が小さくなると、強磁性金属相
図1-1-8
(a)R1-xAxMnO3を構成するR, Aイオン半径とホール濃度の関係
(b)(R, A)の組み合わせと転移点の関係[1-6]
6
図1-1-9
R0.5A0.5MnO3の磁気相図[1-7, 1-8]
は消失する。さらにイオン半径が小さい(Pr, Ca)や(Nd, Ca)では、濃度 x が Mn3+ : Mn4+
= 1 : 1 に整合していなくても電荷秩序転移を起こす。例えば(Pr, Ca)では 0.3 ≥ x ≥
0.75 の広い領域で電荷秩序相が存在する[1-7]。(R, A)の平均イオン半径の減少に伴い強
磁性金属の性質が弱まり、反強磁性非金属相が安定化されていく。
(R, A)の組み合わせによるバンド幅の変化は磁気相図にも大きな影響を与える。図
1-1-9 に主な R0.5A0.5MnO3 の磁気相図を示す[1-7, 1-8]。バンド幅が大きい程電荷秩序相
が低磁場で融解し、二重交換相互作用による強磁性金属相が安定であることがわかる。
1-1-5 軌道秩序
ペロブスカイト型マンガン酸化物の多彩な物性の起源はスピン‐電荷‐軌道の自
由度が大きな要因であることは前に述べた。近年では、以下で述べるように異方的な
電気伝導を生み出す軌道自由度が、格子自由度だけでなく外部電場や光と結合するこ
とから、軌道自由度に注目した研究が盛んに行われている。
Mn イオンの eg 軌道は d(3z2-r2)軌道と d(x2-y2)軌道が 2 重縮退しているが、軌道秩序
に伴い eg 軌道の縮退が解け、1 個の eg 電子は d(3z2-r2)軌道と d(x2-y2)軌道のどちらか
を占有する。異方的な軌道分布により Mn イオンを囲む酸素の 2p 軌道との混成が変
化し、二重交換相互作用に異方性が生まれる。特に注目すべきは、d(x2-y2)軌道同士で
は z 軸方向にトランスファーを持たないことであり、d(x2-y2)軌道が秩序化する場合は
2 次元的な強磁性金属状態を生み出す。このようにスピンと軌道の自由度が伝導電子
のトランスファーの大きさや異方性に影響を与える。したがって軌道自由度に関する
研究が多彩な物性を知る直接的な手がかりとなる。
7
軌道自由度を直接観測する手段はこれまで限られていたが、最近では共鳴 X 線散乱
(RXS)[1-9]や透過電子顕微鏡(TEM)[1-10]などで軌道秩序の観測方法が確立されたこと
により、軌道自由度の研究は新たな展開を迎えている。
また強相関 d 電子系に特徴的な軌道自由度を考慮したオービトロニクス
[1-7](orbitronics)の提案など、軌道制御により系の物性をコントロールする研究も盛ん
に行われており、様々なペロブスカイト型マンガン酸化物で新しい電子技術が模索さ
れている。
1-2 電荷および
電荷および軌道秩序
および軌道秩序の
軌道秩序の観測
1--2-1 電荷秩序の
1
電荷秩序の観測
電 荷 秩 序 の 典 型 物 質 と し て 価 数 揺 動 物 質 Yb4As3 が 挙 げ ら れ る 。 Yb4As3 は
anti-Th3P4 型の結晶構造(空間群 Td6)を持つ立方晶で、Yb2+と Yb3+が 3 : 1 の割合
で存在している。TC = 290 K で電荷秩序に伴う 1 次の構造相転移を起こし、立方晶
から三方晶へ結晶が変化することが報告されており、非弾性中性子散乱の実験から、
低温相では Yb3+が[1 1 1]方向に 1 次元鎖を形成することが報告されている[1-11]。図
1-2-1 に Yb4As3 の弾性定数の温度依存性を示す[1-12]。TC より高温領域で弾性定数 C44
だけにソフト化が見られる。第 2 章で詳しく説明するが、C44 のソフト化は、Yb2+と
Yb3+によるΓ5 対称性の電荷揺らぎモードが弾性歪みεyz, εzx, εxy と結合することに起因
している。
図 1-2-1
Yb4As3 の弾性定数
の温度依存性[1-12]
図 1-2-2
8
HoB6 の弾性定数の
温度依存性[1-13]
1-2-2 軌道秩序の
軌道秩序の観測
軌道秩序(四重極子秩序)を示す物質群として希土類六硼化物 RB6(R : 希土類) が
詳しく研究されている。HoB6 は CaB6 型の結晶構造(空間群 Oh1)を持つ立方晶であ
り、系の磁性を担う Ho3+の J 多重項基底状態は立方対称の結晶場によって分裂し、
基底状態はΓ5 三重項と考えられる。TQ = 6.1 K 以下で四重極子秩序を示し、三方晶に
構造相転移する。また、TN = 5.6 K で反強磁性秩序を示す。Γ5 基底状態は四重極子
Oyz, Ozx, Oxy に対して縮退しており、弾性歪みεyz, εzx, εxy と結合するため、C44 に 1 / T
に比例したソフト化が期待できる。図 1-2-2 に HoB6 の弾性定数の温度依存性を示す
[1-13]。C は TQ に向かって 70%を超える大きなソフト化を示す。
44
また、HoB6 では熱膨張測定が行われている[1-14]。四重極子秩序に伴い自発歪みが
発生し、熱膨張に異常が観測される。図 1-2-3 に HoB6 の熱膨張を示す[1-14]。TQ 付近
で[0 0 1]方向に膨張し、[1 1 1]方向に収縮する様子が観測されている。[0 0 1], [1 1 1]
方向の熱膨張は対称歪みを用いて以下のように記述できる。
∆L
1
1
= εB +
εu
L [ 001 ] 3
3
∆L
1
2
= ε B + (ε yz + ε zx + ε xy )
L [111 ] 3
3
(1-4)
ここで TQ での構造変化ついて考える。立方晶から三方晶に変化することから、正方
晶歪みεu はゼロであり、Γ5 対称性の自発歪みεyz, εzx, εxy は等しく TQ 以下で有限値を取
る。これを(1-4)式に適用すると、εyz, εzx, εxy は以下のように書ける。
図 1-2-3
図 1-2-4 HoB6 の熱膨張測定から得られ
た自発歪みの温度依存性[1-14]
HoB6 の熱膨張[1-14]
9
ε yz = ε zx = ε xy =

∆L
1  ∆L


−
2  L [111 ] L [ 001 ] 
(1-5)
図 1-2-4 に(1-5)式から得られた自発歪みの温度依存性を示す。転移前後の自発歪みの
大きさは図中の×で示した中性子散乱[1-15]から見積もられた値とよく一致している。
熱膨張測定は、軌道の秩序化に伴い発生する自発歪みの温度依存性を詳細に観測でき
る有効な実験手段である。
11-2-3 ペロブスカイト型
ペロブスカイト型マンガン酸化物
マンガン酸化物の
酸化物の弾性定数
1-2-1 項および 1-2-2 項で述べたように、軌道や電荷揺らぎモードの四重極子成分
は弾性歪みと結合するため、軌道、電荷自由度を持つ系では、ある特定の対称性の弾
性定数にソフト化が期待される。ペロブスカイト型マンガン酸化物では R1-xAxMnO3
の持つ軌道、電荷の自由度に注目し、La1-xSrxMnO3[1-16]、Pr1-xCaxMnO3[1-17,1-18]につ
いて詳細な弾性定数の測定が行われている。Pr1-xCaxMnO3 の弾性定数は第 4 章で詳
し く 説 明 す る 。 こ こ で は La1-xSrxMnO3 の 弾 性 定 数 に つ い て 説 明 す る 。
La0.875Sr0.125MnO3 は Tco = 150 K で Mn3+ : Mn4+ = 7 : 1 の電荷揺らぎが秩序化する。
結晶構造を見ると、TS = 270 K で擬立方晶から擬正方晶に構造相転移し、さらに低温
の Tco で擬正方晶から常磁性相とは別の擬立方晶へ変化する。Mn3+の eg 軌道はΓ3 対
称性の四重極子 O20, O22 に対して縮退しており、Γ3 対称性の歪みεu, εv と結合するので、
(C11-C12)/2 にソフト化が期待できる。また、Mn3+と Mn4+によるΓ5 対称性の電荷揺ら
ぎモードρyz, ρzx, ρxy の四重極子成分は、Γ5 対称性の歪みεyz, εzx, εxy と結合する。した
図 1-2-5
La0.875Sr0.125MnO3 の弾性定数の温度依存性[1-16]
10
がって C44 にソフト化が期待できる。図 1-2-5 に La0.875Sr0.125MnO3 の弾性定数の温
度依存性を示す[1-16]。TS 付近で(C11-C12)/2 にソフト化が見られるが、C44 には観測され
ていない。また Tco に向かって(C11-C12)/2 と C44 にソフト化が観測されている。Tco で
観測された(C11-C12)/2 のソフト化は電荷揺らぎと歪みの高次結合によるものと考えら
れ 、 Pr1-xCaxMnO3 で も 同 様 の ソ フ ト 化 が 見 ら れ る 。 こ こ で 注 目 す べ き は
La0.875Sr0.125MnO3 では電荷揺らぎモードと軌道の四重極子成分が異なる対称性を持
つ た め に 、それぞれ別の弾性定数に反映されることである。第 4 章で述べる
Pr1-xCaxMnO3 でも同様に、C44 に電荷自由度を、(C11-C12)/2 に軌道自由度を反映した
振る舞いが観測されており、電荷秩序を持つ他の R1-xAxMnO3 でも弾性定数の温度、
磁場依存性を詳細に調べることで、軌道、電荷秩序の研究に有用な情報が得られる。
1-3 本研究の
本研究の目的
これまで見てきたようにペロブスカイト型マンガン酸化物 R1-xAxMnO3 はスピン、
軌道、電荷の 3 つ自由度の複合した相互作用により多彩な物性を示す。本研究では
R1-xAxMnO3 の持つスピン、電荷、軌道の 3 つの自由度の内、電荷と軌道自由度に着
目し、弾性定数と熱膨張の測定を行なった。
Pr0.60Ca0.40MnO3 は Tco = 240 K で電荷秩序を示し、TN = 150 K で反強磁性秩序を示
す。また、Tco では電荷秩序と同時に O20 型の軌道秩序を示すことが中性子散乱の結
果から報告されている。eg 軌道の秩序化に伴い、Γ3 対称性の自発歪みεu が発生する。
また、電荷自由度を担う Mn3+と Mn4+の電荷揺らぎモードはΓ5 対称性を持ち、Tco で
電荷の秩序化に伴い自発歪みεxy が発生する。第 2 章で述べるように、歪みεB, εu, εxy
はそれぞれ[0 0 1], [1 1 0], [1 1 0]方向の熱膨張の線形結合で記述できる。本研究では
Pr0.60Ca0.40MnO3 の熱膨張測定を行い、Tco で軌道秩序に伴い発生する自発歪みεu と、
電荷秩序に伴い発生する自発歪みεxy の大きさを独立に見積もることを目的とした。
また磁場中で[0 0 1], [1 1 0]方向の熱膨張を測定し、自発歪みの磁場依存性から軌道、
電荷秩序相の考察を行った。
Nd0.50Sr0.50MnO3 は強磁性転移温度 TC = 250 K で金属になり、Tco = 150 K で電荷
と軌道が同時に秩序化し、反強磁性絶縁体になることが報告されている。本研究では
Nd0.50Sr0.50MnO3 の電荷、軌道状態を調べるために弾性定数の測定を行った。また、
磁場中での電荷秩序相を調べるために磁場中弾性定数の測定を行った。
本論文では第 2 章で弾性定数及び熱膨張について、第 3 章で測定装置について記述
する。第 4 章で Pr0.60Ca0.40MnO3 の熱膨張測定について、第 5 章で Nd0.50Sr0.50MnO3
の弾性定数について実験結果を示し、考察を行う。
11
第2章
理論
2-1 弾性定数
弾性論や流体力学では物質の原子構造を考えず、連続体として扱う。弾性波は格子
振動と密接な関係があり、弾性波の波長が原子間隔(∼10-10 m)に比べて十分に大きい
場合に連続体近似が成立する。本研究で用いた超音波の周波数 f は 10 ~ 100 MHz で
ある。音速 v を数 km/sec とすると波長λは 10-4~10-5 m となり、連続体近似が成り立
つ。
超音波が結晶中を伝播すると歪みが発生する。歪みεij は変位ベクトルの成分 ui を用
いて以下のように定義される。
ε ij =
1  ∂u j ∂u i
+
2  ∂xi ∂x j

 = ε ji


( i , j = x, y , z )
(2-1)
超音波によって誘起された歪みは微小であるため、フックの法則が成り立つ。
σ kl = ∑ C klij ε ij
(2-2)
i, j
ここで応力 σ kl (k, l = x, y, z)は 2 階の対称テンソルであり、l 面に働く k 方向の力を表
している。Cklij は弾性スティフネス定数あるいは単に弾性定数と呼ばれる。
 σ xx   C11

 
 σ yy   C21
σ  C
 zz  =  31
 σ yz   C41

 
 σ zx   C51
σ   C
 xy   61
C12
C 22
C13
C 23
C14
C 24
C15
C 25
C32
C33
C34
C35
C 42
C 43
C 44
C 45
C52
C53
C54
C55
C 62
C 63
C 64
C 65
C16  ε xx 
 
C 26  ε yy 
C36  ε zz 
 
C 46  ε yz 
 
C56  ε zx 
C 66  ε xy 
(2-3)
(2-3)式において弾性定数の添字は以下のように省略した。
(2-4)
xx = 1 ; yy = 2 ; zz = 3 ; yz = 4 ; zx = 5 ; xy = 6
(2-3)式の 36 個の弾性定数は結晶の対称操作を行うことにより、数を減らすことがで
きる。立方晶系では C11, (C11-C12)/2, C44 の 3 個の独立な弾性定数を用いて以下のよう
に記述できる。
 σ xx   C11

 
 σ yy   C12
σ  C
 zz  =  12
 σ yz   0

 
 σ zx   0
σ   0
 xy  
C12
C12
0
0
C11
C12
0
0
C12
C11
0
0
0
0
0
0
C 44
0
0
C 44
0
0
0
0
12
0  ε xx 
 
0  ε yy 
0  ε zz 
 
0  ε yz 
 
0  ε zx 
C 44  ε xy 
(2-5)
立方晶における弾性エネルギーFlattice は以下のように表される。
1
∑ C klij ε kl ε ij
2 klij
1
2
= C11 (ε xx2 + ε yy
+ ε zz2 ) + C12 (ε xx ε yy + ε yy ε zz + ε zz ε xx )
2
1
+ C 44 (ε yz2 + ε zx2 + ε xy2 )
2
Flattice =
(2-6)
独立な 6 個の歪みεij は対称化された歪みεΓγに置き換えることができる。対称歪みは電
子系との相互作用を記述するのに便利であり、6 個の独立な歪みεij の線形結合で書け
る。図 2-1-1 に対称化された歪みを示す。Γ1 対称性を持つεB は体積の一様な膨張およ
び収縮を表し、結晶の対称性を変化させない。Γ3 対称性を持つεu は正方晶歪みを、εv
は斜方晶歪みを表す。Γ5 対称性のεyz, εzx, εxy は結晶格子の角度変化を伴う歪みを表して
いる。対称歪みを用いると弾性エネルギーFlattice は以下のように書き換えられる。
Flattice =
1 1
1 1
2
2
2 
 (C11 + 2C12 )ε B  +  (C11 − C12 )(ε u + ε v )
2 3
 2 2

1
+ C 44 (ε yz2 + ε zx2 + ε xy2 )
2
(2-7)
次に、立方晶中の弾性波について考える。結晶における体積の微小部分に働く力を
考えたとき、x 軸方向の運動方程式は以下のように記述できる。
ρ
∂ 2u x
∂t 2
=
∂σ xx ∂σ xy ∂σ xz
+
+
∂z
∂y
∂x
(2-8)
ここでρは密度、ux は x 軸方向の変位ベクトルの成分である。y, z 軸方向に対しても
同様に記述できる。立方晶系の場合、(2-8)式に(2-1),(2-5)式を代入すると
ρ
∂ 2u x
∂t
2
= C11
= C11
 ∂ε yy ∂ε zz 
 ∂ε
∂ε 
∂ε xx
 + C 44  xy + zx 
+
+ C12 
 ∂y
∂x 
∂z 
∂x
 ∂x

∂ 2u x
∂x 2
 ∂ 2u x ∂ 2u x
+ C 44  2 +
∂z 2
 ∂y

 ∂u
∂u z 
 + (C12 + C 44 ) y +


 ∂x∂y ∂x∂z 



(2-9)
となる。振幅 u0、波数 k、角振動数ωである x 軸方向に伝搬する縦波を記述する式 ux =
u0exp[i(kx-ω t)], uy = uz = 0 を(2-9)式に代入すると
C11 = ρ
ω2
= ρv xx
2
(2-10)
k
となり、弾性定数 C11 が求められる。同様にして y 軸方向に伝搬し、x 軸方向に変位
2
する横波を記述する式 ux = u0exp[i(ky-ω t)], uy = uz = 0 を(2-9)式に代入すると、以下の
13
ようになる。
C 44 = ρv xy
2
(2-11)
弾性定数と音速の間には C = ρv2 の関係がある。図 2-1-2 に超音波の伝搬・変位方向
と弾性定数の関係を示す。k は音波の伝搬方向を表し、L は縦波、T は横波の変位方
向を表している。本研究では C11, (C11-C12)/2, C44 を測定した。
Γ1
Γ3
ε B = ε xx + ε yy + ε zz
ε u = ( 2ε zz − ε xx − ε yy ) / 3
ε v = ε xx − ε yy
Γ5
ε zx
ε yz
図 2-1-1
対称化された歪み
14
ε xy
図 2-1-2
主要な軸に伝搬する弾性波と弾性定数の関係[2-5]
2-2 四重極子感受率
2--2-1 結晶場と
結晶場と四重極子感受率
2
ペロブスカイト型マンガン酸化物における Mn イオンの 3d 電子の結晶場中でのエ
ネルギー状態について考える。 LS 多重項のうちフント則に従う基底多重項は結晶場
によって分裂する。この結晶場によるポテンシャルエネルギーをφ (x, y, z)とする。r
に位置する電荷(-e)が Ri に位置する電荷(-e)から受ける結晶場ポテンシャルは以下の
ようになる。
( −e )( − Z i e )
φ ( x, y , z ) = ∑
(2-12)
i
r − Ri
立方晶における 3d 電子の結晶場ハミルトニアンは
H CEF = B4 (O40 + 5O44 ) + B6 (O60 − 21O64 )
(2-13)
と表せる。ここで Omn はスティーブンスの等価演算子であり、軌道角運動量 l の m 次
多項式で書き表せる。
4
2
2
O40 = 35l z − 30l (l + 1)l z + 25l z − 6l (l + 1) + 3l (l + 1)
4
4
O44 = (l + + l − ) / 2
(2-14)
3d 電子(l = 2)では 6 次の項は存在しない。したがって、Mn イオンの 3d 電子の結
晶場中でのエネルギー状態は以下のように与えられる。
15
ϕu
ϕ Γ | H CEF |ϕ Γ′ =
ϕu
ϕv
ϕ yz
ϕ zx
ϕ xy
 72 B4

 0
 0

 0

 0
ϕv
ϕ yz
ϕ zx
ϕ xy
0
0
0
0
72 B4
0
0
0
− 48 B4
0
0
0
− 48 B4
0
0
0


0 
0 

0 

− 48 B4 
(2-15)
ここで eg 状態の波動関数は
1
ϕu = 0 , ϕv =
( 2 + −2 )
2
t2g の波動関数は
1
ϕ yz =
( 1 + − 1 ),
2
ϕ zx =
(2-16)
1
2
( 1 − − 1 ),
ϕ xy =
1
2
( 2 − −2 )
(2-17)
である。ここで | m > ≡ | l, lz> = | 2, m > とした。
波動関数は動径部分の R(r)と角度成分である球面調和関数 Ylm(θ, ϕ)を用いて|ϕΓ>= R(r)
Ylm(θ, ϕ)と書ける。軌道角運動量 l は Ylm(θ, ϕ)だけに作用し、各波動関数はθ, ϕの関数
として記述できる。実の波動関数を得るためにϕyz、ϕzx、ϕxy に因子-i をかけ、直交座
標系で表すと eg 状態は
5
5 3z 2 − r 2
(3 cos 2 θ − 1) =
R32 ( r )
16π
16π
r2
5
5 x2 − y2
sin 2 θ cos 2ϕ =
R32 ( r )
= R32 ( r )
16π
16π
r2
ϕ u = R32 ( r )
ϕv
(2-18)
t2g 状態は
ϕ yz = R32 ( r )
5
5 yz
sin θ cos θ sin ϕ =
R32 ( r )
16π
16π r 2
5
5 zx
sin θ cos θ cos ϕ =
R32 ( r )
(2-19)
16π
16π r 2
5
5 xy
sin 2 θ cos ϕ sin ϕ =
R32 ( r )
ϕ xy = R32 ( r )
16π
16π r 2
と書ける。図 2-2-1 に t2g および eg 軌道の角度依存性を示す。
超音波の入射に伴い結晶中に歪みεΓγが誘起されると、結晶場ポテンシャルは変調を
受ける。
∂V
VCEF = VCEF (0 ) + ∑ CEF ε Γγ
(2-20)
Γγ ∂ε Γγ
ϕ zx = R32 ( r )
16
図 2-2-1
立方対称場中の t2g 軌道と eg 軌道の角度依存性
(2-20)式において右辺の第 1 項は摂動が存在しないときの結晶場ポテンシャルで、1
個の 3d 電子に対する結晶場ハミルトニアンは HCEF で与えられている。第 2 項は誘起
された歪みによる結晶場で分裂した電子状態のエネルギーの変化を記述する項であ
る。超音波によって誘起された歪みは微小であるため、四重極子‐歪み相互作用のハ
ミルトニアン HQS は結晶場に対する摂動として作用する。ウィグナー・エッカルトの
定理により、対称歪みの展開係数は四重極子演算子 OΓγで書き直すことができる。3d
電子 1 個に対する四重極子‐歪み相互作用のハミルトニアンは次式で書ける
H QS = − ∑ g Γ OΓγ ε Γγ
(2-21)
Γγ
ここで gΓは四重極子‐歪み相互作用の結合定数である。立方晶における四重極子-歪
み相互作用は
0
2
H QS = − g Γ1 O B ε B − g Γ3 (O2 ε u + O2 ε v ) − g Γ5 (O yz ε yz + O zx ε zx + O xy ε xy )
(2-22)
となる。表 2-1 に立方晶における対称歪み、四重極子演算子、対応する弾性定数を示
す。図 2-2-2 に多重極子の異方的電荷分布を示す。四重極子‐歪み相互作用 HQS は結
晶場に対する摂動として取り扱うことができ、2 次の摂動まで考慮
17
表 2-1
対称歪み、四重極子演算子、対応する弾性定数
対称性
対称化された歪み
四重極子演算子
弾性定数
Γ
εΓγ
OΓγ
CΓ
Γ1
ε B = ε xx + ε yy + ε zz
OB = l x + l y + l z
ε u = (2ε zz − ε xx − ε yy ) / 3
O20 = (2l z − l x − l y ) / 3
ε v = ε xx − ε yy
O = lx − ly
ε yz
O yz = l y l z + l z l y
ε zx
O zx = l z l x + l x l z
ε xy
O xy = l x l y + l y l x
Γ3
Γ5
2
2
2
2
2
(C11 + 2C12 ) / 3
2
(C11 − C12 ) / 2
2
2
2
2
C 44
ると、結晶場のエネルギー準位は
E i ( ε Γγ ) = E i ( 0 ) − g Γ ε Γγ i O Γ γ i + g ε
2
Γ
2
Γγ
∑
j ≠i
i O Γγ j
Ei
(0)
− Ej
2
(0 )
(2-23)
と書ける。全系の自由エネルギーF は格子系の自由エネルギーFlattice と電子系の自由エ
ネルギーFelectron の和で表される。
F = Flattice + Felectron =
N
1 0 2
− E (ε ) / k T
CΓ ε Γγ − k BT ln ∑ e i Γγ B 
 i

2
(2-24)
CΓ0 は相互作用が存在しないときの弾性定数、N は単位体積当りのイオンの個数であ
る。状態が安定になる条件から歪みと四重極子の関係が求まる。
Ng Γ
ε Γγ =
OΓγ
(2-25)
0
CΓ
また(2-24)式の自由エネルギーを歪みεΓで 2 回微分し、εΓ→0 の極限操作を行うことに
より、弾性定数 CΓを求めることができる。
CΓ =
∂2F
∂ε Γγ
0
2
= C Γ − Ng Γ χ Γ (T )
2
ε Γγ →0
ここでχΓ(T)は四重極子感受率と呼ばれ、以下の式で与えられる。
18
(2-26)
Γ1 対称性
2
2
OB = l x + l y + l z
2
O40 + 5O44
Γ3 対称性
2
2
2
2
O20 = (2l z − l x − l y ) / 3
O22 = l x − l y
2
Γ5 対称性
O zx = l z l x + l x l z
O yz = l y l z + l z l y
図 2-2-2
多重極子の異方的電荷分布
19
O xy = l x l y + l y l x
− g χ Γ (T ) =
2
Γ

1   ∂E i
−
k B T   ∂ε Γγ

∂ 2 Ei
∂ε Γ2γ




2
∂E i
−
∂ε Γ γ
2




(2-27)
< >はボルツマンの熱平均を表す。右辺の第 1 項は四重極子演算子 OΓγの非対角成分
<i|OΓγ|j>からの寄与による項で、ヴァン・ブレック項と呼ばれる。この項は
低温で一定値をとる。第 2 項はキュリー項と呼ばれ、四重極子演算子 OΓγの対角成分
<i|OΓγ|i>からの寄与で、1/T に比例した弾性定数のソフト化を生む。
局在する 3d 電子の四重極子は他の四重極子と相互作用をし、弾性定数の温度依存
性に影響を与える。この相互作用は四重極子相互作用と呼ばれる。α サイトとβ サイ
トの四重極子間に働く相互作用のハミルトニアン HQQ は以下の式で表される。
H QQ = − ∑ GΓαβ OΓαγ OΓβγ
(2-28)
α ≠β
ここで GΓαβはαβ サイト間の四重極子相互作用の結合定数である。GΓαβが正の場合は
四重極子を同じ向きに、負の場合は反対向きに整列させる力が働く。αサイトに注目
し、αサイト以外の四重極子を期待値に置き換える分子場近似を用いると、
H QQ = − g Γ′ ∑ OΓγ OΓ(αγ )
(2-29)
α
と書き換えることができる。ここで gΓγ’は一サイト当りの四重極子相互作用である。
四重極子相互作用のハミルトニアンは以下のようになる。
(
H QQ = −∑ g Γ3 ' O20 O20
α
(
(α )
− ∑ g Γ5 ' O yz O yz
α
+ O22 O22
(α )
(α )
)
+ O zx O zx
(α )
+ O xy O xy
(α )
)
(2-30)
したがって、四重極子‐歪み相互作用と四重極子相互作用を考慮したハミルトニアン
は以下のようになる。


H QS + H QQ= −∑  g Γ ∑ OΓγ ε Γγ + g Γ′ ∑ OΓγ OΓ(αγ ) 
Γγ
Γγ
α 


OΓγ g Γ ' 

= − g Γ ∑∑ OΓ(αγ )  ε Γγ +


g
Γγ α
Γ


= − g Γ ∑∑ OΓ(αγ ) ε Γγ
Γγ
eff
α
(2-31)式中のεΓγeff を有効歪みとして以下のように定義する。
20
(2-31)
ε Γγ
eff

OΓγ g Γ ' 

=  ε Γγ +


gΓ


(2-32)
(2-23)式を歪みで 1 回微分すると、誘起された歪みは微小であることから以下の近似
が成り立つ
∂E i
≅ − g Γ i OΓγ i
(2-33)
∂ε Γγ
(2-24), (2-33)式を用いると、自由エネルギーの歪みの 1 回微分は以下のようになる。
∂Ftotal
∂E i − Ei ( ε Γγ ) / k BT
N
= C Γ0 ε Γγ +
e
∑
− Ei ( ε Γγ ) / k BT
i ∂ε
∂ε Γγ
Γγ
∑e
i
≅ C Γ0 ε Γγ +
− Ng Γ
∑e
− E i ( ε Γγ ) / k B T
∑ i OΓγ i e
− E i ( ε Γγ ) / k B T
i
= C Γ0 ε Γγ − Ng Γ OΓγ
i
(2-34)
(2-34)式をさらに歪みで微分すると、以下のようになる。
∂ 2 Ftotal
∂ε Γγ
2
= C Γ0 − Ng Γ
∂
∂ε Γγ
(2-35)
OΓγ
(2-26)式と(2-35)式を比較すると
OΓγ = g Γ χ Γ (T )ε Γγ
(2-36)
eff
を得る。有効歪み(2-31)式を代入すると
− g Γ χ Γ (T )
ε Γγ
OΓγ =
1 − g Γ ' χ Γ (T )
(2-37)
よって弾性定数の温度依存性は以下のように書ける。
χ Γ (T )
C Γ (T ) = C Γ0 − Ng Γ2
1 − g Γ ' χ Γ (T )
(2-38)
2-2-2 eg 軌道の
軌道の四重極子感受率
eg 軌道の波動関数(2-16)式、t2g 軌道の波動関数(2-17)式を用いると、四重極子演算
子の行列要素は以下のようになる。
21
ϕu = 0 ,
1
ϕ yz =
2
ϕv =
1
2
( 2 + −2 )
( 1 + − 1 ),
ϕ zx =
1
2
( 1 − − 1 ),
ϕu
ϕ Γ |O |ϕ Γ′ =
0
2
ϕ Γ |O |ϕ Γ′
2
2
ϕ Γ |O yz |ϕ Γ′
ϕ Γ |O zx |ϕ Γ′
ϕ Γ |O xy |ϕ Γ′
ϕu
ϕv
ϕ yz
ϕ zx
ϕ xy
 0

2 3
=  0
 0

 0
 0

 0
=  − 2i
 0

 0
 0

 0
=  0
− 3

 0
 0

 0
=  0
 0

 − 2 3i
ϕv
− 2 3

 0

 0
 0

 0
ϕ yz
ϕ zx
0
0
0
1
2 3
0
− 3
0
0
0
0
0
0
0
− 3
0
2 3
0
0
0
0
0
0
3
0
0
0
−3
0
0
0
0
2i
0
0
− 3i
0
3i
0
0
0
0
0
0
0
− 3i
0
0
− 3
0
0
−3
0
0
0
−3
0
0
0
−3
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3i
0
− 3i
0
0
0
0
22
ϕ xy =
2
( 2 − −2 )
ϕ xy





0 

2 3
0
0
0
0 
0

0
0

0
0 
0

0
3i 

0
0 
0 

− 3
0 

0 
2 3i 
0 

0 
0 

0 
(2-39)
Mn3+イオンの eg 軌道の四重極子感受率について考える。Mn3+の 3d 電子状態は図
1-1-4 で示したように立方晶結晶場によって 3 重縮退する t2g 基底状態と 2 重縮退する
eg 励起状態に分裂する。4 個の 3d 電子はフント則にしたがって図 1-5 のように t2g 軌
道に 3 個、eg 軌道に 1 個占有する。結晶場による t2g 軌道と eg 軌道の分裂幅は 1eV 程
度である。フント側を破って eg 軌道から t2g 軌道へ 3d 電子を遷移させるのに必要な
エネルギーは分裂幅よりも 1eV 程度大きいため、室温以下では eg→t2g 軌道間の遷移
は起こらない。したがって本研究では 2 重縮退する eg 軌道で揺らいでいる 1 個の 3d
電子のみを考えばよい。この時、結晶場のエネルギーを表す(2-23)式は異なる準位間
の遷移を記述する 2 次摂動の項はなく、四重極子感受率の式(2-27)の右辺第 1 項は無
視できる。また、四重極子秩序(軌道秩序)転移温度 TQ より高温側では 3d 電子にお
ける四重極子の熱平均はゼロである。したがって(2-27)式から eg 軌道の四重極子感受
率は下式で書ける。
 ∂E i

 ∂ε
 Γγ
1
− g χ Γ (T ) = −
k BT
2
Γ




2
(2-40)
2 重縮退する eg 軌道で揺らいでいる 1 個の 3d 電子を考えるとき、(2-39)式の行列
要素のうち eg 軌道の波動関数を用いた 2×2 行列だけが有効である。(2-40)式から四
重極子感受率は
χ Γ3 (T ) = 12 / k B T , χ Γ5 (T ) = 0
(2-41)
となる。よって(2-38)式から弾性定数(C11-C12)/2 および C44 の解析式は以下のようにな
る。
C Γ3 (T ) = (C11
0
0
(C11 − C12 )  T − Tc0

− C12 ) / 2 =
 T −Θ
2

g
12 g Γ3 '
Θ=
, Tc0 = Θ + E JT , E JT = 12 N  Γ3
kB
 kB
C Γ5 (T ) = C 44 = C 44
0




(2-42)
2

kB

0
0
 (C11 − C12 ) / 2
(2-43)
四重極子転移温度 TQ より高温領域では弾性定数(C11-C12)/2 にソフト化が期待される。
一方、C44 は eg 軌道の自由度によるソフト化が期待されない。
23
2電荷揺らぎと自発歪
らぎと自発歪み
自発歪み
2-3 電荷揺らぎと
本研究ではペロブスカイト型マンガン酸化物の電荷秩序転移を議論する。RMnO3
に遷移金属イオン A2+をドープすることで、Mn3+と Mn4+が生じ電荷揺らぎが生じる。
電荷揺らぎモードは格子歪みと結合するため、電荷秩序転移温度近傍では電荷揺らぎ
モードと同じ対称性の弾性定数にソフト化が期待できる。電荷揺らぎによる弾性定数
C44 のソフト化を示す物質として Yb4As3 があり、ランダウの相転移理論を用いた解析
が行われている[2-1,2-2,2-3]。また第 4 章で示すように、Pr1-xCaxMnO3 でも電荷揺らぎ
モードに起因する弾性定数 C44 のソフト化が観測されており、同様の解析が行われて
いる[2-4]。
R0.50A0.50MnO3 では Mn3+イオンと Mn4+イオンが 1 : 1 の割合で存在する。空間群
が Oh1 である立方晶ペロブスカイト構造を考え、電荷揺らぎに寄与する Mn イオンの
みを考慮し、その他のイオンの配置は無視する。立方晶ペロブスカイト構造の単位格
子には Mn イオンが 1 個しか存在せず、平均価数が 3.5 価となり整数値をとらない。
したがって図 2-3-1 のような単位格子を 2 × 2 × 2 倍に拡大した単位格子をとる。電
荷の中性条件が成り立つとすると、単位格子中に Mn3+イオンと Mn4+イオンがそれぞ
れ 4 個づつ存在する。図 2-3-1 の単位格子中の Mn イオンの i サイトの座標 r(
i i=1~
8)は以下のように書ける。
r1 = ( 1/4, 1/4, 1/4 )、 r2 = ( 1/4, 3/4, 1/4 )
r3 = ( 3/4, 1/4, 1/4 )、 r4 = ( 3/4, 3/4, 1/4 )
(2-44)
r5 = ( 1/4, 1/4, 3/4 )、 r6 = ( 1/4, 3/4, 3/4 )
r7 = ( 3/4, 1/4, 3/4 )、 r8 = ( 3/4, 3/4, 3/4 )
ランダウの相転移理論によると結晶の対称性は、結晶を構成する粒子の密度関数
ρ(x, y, z)を与えることにより記述できる。ρを不変に保つような対称操作の集まりが
群を構成している。この群を G0 とする。密度関数ρ (x, y, z)は群 G0 の基底関数ϕi を用
いて次のように展開できる。
図 2-3-1
点群 Oh での 2×2×2 倍に拡大された単位格子中の Mn イオン
24
ρ ( x, y, z ) = ∑ η iΓϕ iΓ
(2-45)
i
ここでηはρの展開係数、Γは既約表現の種類、i は既約表現の基底の番号である。ラン
ダウが導入した密度関数を座標 r (x, y, z)での電荷密度ρ (x, y, z)と考える。(2-45)式に
は群 G0 の単位表現を表す恒等表現に対応する項がありこの部分を分離してρ0 とし、
それ以外の部分を∆ρとすると、電荷密度ρ (x, y, z)は以下のように書ける。
ρ = ρ 0 + ∆ρ
(2-46)
∆ρは群 G0 より低い対称性をもっている。∆ρの展開係数を新たに QΓγと置くと、ϕi の
うち G0 の恒等表現の基底を含まない関数ρΓγを用いて(2-46)式を書き換えることがで
きる。
ρ = ρ 0 + ∑ Q Γγ ρ Γγ
(2-47)
γ
電荷密度ρは T > Tco で G0 の対称操作に対して不変であるため、T > Tco で∆ρ = 0 とな
る。したがって∆ρの展開係数 QΓγはゼロである。一方 T < Tco では相転移により対称
性を下げるため、∆ρ ≠ 0 となり展開係数 QΓγは有限の値を持つ。したがって、∆ρは
対称性の破れを記述する項で、∆ρの展開係数 QΓγを秩序変数と呼ぶ。
(2-45)式から既約表現Γγに属する Mn イオンの電荷揺らぎモードρΓγは i サイトの電
荷密度ρi(xi, yi, zi)の和で記述できる。
ρ Γγ = ∑ C iΓγ ρ i
(i = 1 ~ 8)
(2-48)
i
次に(2-45)式で表される 8 個の Mn イオンサイトの電荷密度ρi に Oh 群の対象操作を
行う。電荷密度ρi (xi, yi, zi)は座標 ri (xi, yi, zi)と同じ変換対称性を持つ。表 2-2 に点群
Oh の 48 個の対称操作のうち、反転操作を除いた 24 個の対称操作による電荷密度ρi
の変換表を示す。表中の数字は対称操作によって相互に入れ変わった Mn イオンサイ
トの位置を表し、図 2-3-1 と対応している。残りの 24 個の対称操作は表 2-2 に示し
た対称操作に反転操作Iを行うことにより求められる。反転操作Iにより 1 ⇔ 8、2
⇔ 7、3 ⇔ 6、4 ⇔ 5 となる。これらの 48 個の対称操作から表 2-3 に示すようにρi
( i = 1 ~ 8 )の変換に対する表現行列の対角和である指標が得られる。表 2-4 に点群 Oh
の既約表現の指標を示す。表 2-3 および表 2-4 を用いて Mn イオンの電荷揺らぎモー
ドρΓγを既約分解すると以下のようになる。
+
−
−
Γ1 ⊕ Γ2 ⊕ Γ4 ⊕ Γ5
+
(2-49)
次に既約表現Γγに属する電荷揺らぎモードρΓγの具体的な関数を求める。射影
25
表 2-2
E
C2x
C2y
C2z
C31+
C32+
C33+
C34+
C31C32C33C34C4x+
C4y+
C4z+
C4xC4yC4zC2a
C2b
C2c
C2d
C2e
C2f
点群 Oh に属する 24 個の対称操作による電荷密度ρi の変換表
ρ1
ρ2
ρ3
ρ4
ρ5
ρ6
ρ7
ρ8
1
2
3
4
5
6
7
8
6
7
4
5
8
3
8
5
2
7
6
1
2
3
8
1
4
7
4
1
6
3
2
5
1
7
4
6
1
6
7
4
5
3
8
2
3
8
5
2
2
8
3
5
5
2
3
8
6
4
7
1
7
4
1
6
3
5
2
8
2
5
8
3
7
1
6
4
4
7
6
1
4
6
1
7
6
1
4
7
8
2
5
3
8
3
2
5
2
5
3
5
3
2
6
6
1
1
4
4
4
1
4
7
7
1
8
2
2
3
8
3
1
7
7
6
1
6
5
8
5
2
2
8
3
3
8
8
5
5
7
4
6
4
6
7
5
8
2
3
8
8
7
6
1
7
7
4
6
7
6
1
4
6
8
5
5
5
3
2
1
4
4
4
6
7
3
2
3
8
5
3
2
3
8
2
2
5
4
1
7
6
1
1
表 2-3
指標χ
E
3C42
8
0
ρi ( i = 1 ~ 8 )の変換に対する表現行列の指標
8IC3
8C3
6C4
6C2'
I
3σh
2
0
0
26
0
0
0
6IC4
6σd
0
4
表 2-4
Γ1+(A1g)
Γ2+(A2g)
Γ3+(Eg)
Γ4+(T1g)
Γ5+(T2g)
Γ1-(A1u)
Γ2-(A2u)
Γ3-(Eu)
Γ4-(T1u)
Γ5-(T2u)
点群 Oh の既約表現の指標
E
3C42
8C3
6C4
6C2'
I
3σh
8IC3
6IC4
6σd
1
1
2
3
3
1
1
2
3
3
1
1
2
-1
-1
1
1
2
-1
-1
1
1
-1
0
0
1
1
-1
0
0
1
-1
0
1
-1
1
-1
0
1
-1
1
-1
0
-1
1
1
-1
0
-1
1
1
1
2
3
3
-1
-1
-2
-3
-3
1
1
2
-1
-1
-1
-1
-2
1
1
1
1
-1
0
0
-1
-1
1
0
0
1
-1
0
1
-1
-1
1
0
-1
1
1
-1
0
-1
1
-1
1
0
1
-1
演算子を用いて基底関数を求めることができる。射影演算子は以下の式で記述される。
Pl (( βm )) =
dβ
g
(β )
∗
∑ Dlm ( R ) R
(2-50)
R
ここで dβは表現行列の次元、g は群の位数、βは既約表現を表す。Dlm(β)(R)はβ表現で
の対称操作 R の表現行列の lm 成分である。例としてΓ5+対称性の射影演算子を考える。
Γ5+対称性の基底は yz, zx, xy と書ける。表 2-5 にΓ5+対称性の対称操作 R に対する表現
行列の指標を示す。表 2-5 を用いてΓ5+対称性の射影演算子 P11Γ は以下のように書ける。
+
3
P11Γ5 =
( E + C 2 x − C 2 y − C 2 z − C 4+x − C 4−x + C 2 d + C 2 f
48
(2-51)
+
−
+ I + IC 2 x − IC 2 y − IC 2 z − IC 4 x − IC 4 x + IC 2 d + IC 2 f )
+
5
(2-51)式の射影演算子を例えばρ1 に作用させると以下のようになる。
+
P11Γ5 ρ 1 =
1
( ρ 1 − ρ 2 + ρ 3 − ρ 4 − ρ 5 + ρ 6 − ρ 7 + ρ 8 ) = ρ Γ5, yz
8
(2-52)
ここで(2-52)式中の 1/8 は規格化因子である。同様にして P22Γ 、 P33Γ をρ1 に作用させる
+
5
+
5
と以下のようになる。
+
P22Γ5 ρ 1 =
+
P33Γ5 ρ 1 =
1
( ρ 1 + ρ 2 − ρ 3 − ρ 4 − ρ 5 − ρ 6 + ρ 7 + ρ 8 ) = ρ Γ5, zx
8
(2-53)
1
( ρ 1 − ρ 2 − ρ 3 + ρ 4 + ρ 5 − ρ 6 − ρ 7 + ρ 8 ) = ρ Γ5, xy
8
(2-54)
27
表 2-5
+
D11Γ5
+
D12Γ5
Γ5+対称性の対称操作 R に対する表現行列の指標
+
D13Γ5
+
Γ5
D21
+
Γ5
D22
+
Γ5
D23
+
D31Γ5
+
D32Γ5
+
D33Γ5
E, I
1
1
1
C2x, IC2x
1
-1
-1
C2y, IC2y
-1
1
-1
C2z, IC2z
-1
-1
1
C31+, IC31+
1
1
1
+
-1
1
-1
C33+, IC33+
-1
-1
1
1
-1
-1
+
C32 , IC32
+
C34 , IC34
+
C31-, IC31-
1
1
1
-
1
-1
-1
C33-, IC33-
-1
1
-1
-1
-1
1
-
C32 , IC32
-
C34 , IC34
-
C4x+, IC4x+
+
C4y , IC4y
C4z+,
IC4z
-
-
-
-
C4x , IC4x
C4y , IC4y
C4z-,
1
-1
-1
+
-1
1
-1
+
-1
-1
1
1
-1
-1
-1
-1
1
IC4z-
-1
1
-1
C2a, IC2a
-1
-1
1
C2b, IC2b
1
1
1
-1
C2c, IC2c
C2d, IC2d
C2f, IC2f
-1
-1
1
1
C2e, IC2e
-1
1
1
1
1
1
1
Γ5+対称の全ての射影演算子をρi (i = 1∼8)に作用させるとゼロもしくは(2-52), (2-53),
(2-54)式と同様の基底関数になる。同様にしてΓ1+、Γ2-、Γ4-の基底関数が求まる。表
2-6 に得られた電荷揺らぎモードと対称歪みを示す。電荷揺らぎモードの規格化因子
は省略した。それぞれの対称性の電荷揺らぎモードは図 2-3-2 および図 2-3-3 に示す
ような電荷秩序パターンを意味している。
表 2-6 を見るとΓ5+対称性の電荷揺らぎは同じ対称性を持つ格子歪みεyz, εzx, εxy と結
合する。したがって弾性定数 C44 にソフト化が期待できる。一方、Γ3+対称
28
Γ1+対称性
Γ2-対称性
ρ Γ1 = ρ1 + ρ 2 + ρ 3 + ρ 4
+ ρ5 + ρ6 + ρ7 + ρ8
ρ Γ 2 = ρ1 − ρ 2 − ρ 3 + ρ 4
− ρ5 + ρ6 + ρ7 − ρ8
Γ4-対称性
ρ Γ 4, y = ρ1 − ρ 2 + ρ 3 − ρ 4
ρ Γ 4 , x = ρ1 + ρ 2 − ρ 3 − ρ 4
+ ρ5 + ρ6 − ρ7 − ρ8
+ ρ5 − ρ6 + ρ7 − ρ8
ρ Γ 4 , z = ρ1 + ρ 2 + ρ 3 + ρ 4 − ρ 5 − ρ 6 − ρ 7 − ρ 8
図 2-3-2
R0.50A0.50MnO3 の Mn イオンにおける
Γ1+、Γ2- 、Γ4-対称性の電荷秩序パターン
29
ρ Γ 5, yz = ρ1 − ρ 2 + ρ 3 − ρ 4
ρ Γ 5, zx = ρ1 + ρ 2 − ρ 3 − ρ 4
− ρ5 − ρ6 + ρ 7 + ρ8
− ρ5 + ρ6 − ρ 7 + ρ8
ρ Γ5, xy = ρ1 − ρ 2 − ρ 3 + ρ 4 + ρ 5 − ρ 6 − ρ 7 + ρ 8
図 2-3-3
R0.50A0.50MnO3 の Mn イオンにおけるΓ5+対称性の電荷秩序パターン
性の電荷揺らぎは存在しないため、弾性定数(C11-C12)/2 にソフト化は期待できない。
本研究ではΓ5+対称性の電荷揺らぎだけを考慮し、弾性定数に寄与しない電荷揺らぎ
モードは考えない。この場合、(2-46)式の∆ρは以下の式で書ける。
∆ρ = Q yz ρ Γ5, yz + Q zx ρ Γ5, zx + Q xy ρ Γ5, xy
30
(2-55)
表 2-6
電荷揺らぎと結合する対称化された歪み、対応する弾性定数
電荷揺らぎρΓγ
歪みεΓγ
弾性定数 CΓ
Γ1+
ρ Γ1 = ρ1 + ρ 2 + ρ 3 + ρ 4 + ρ 5 + ρ 6 + ρ 7 + ρ 8
ε B = ε xx + ε yy + ε zz
(C11 + 2C12 )
3
Γ2-
ρ Γ 2 = ρ1 − ρ 2 − ρ 3 + ρ 4 − ρ 5 + ρ 6 + ρ 7 − ρ 8
εu =
Γ3+
(2ε zz − ε xx − ε yy )
3
ε v = ε xx − ε yy
(C11 − C12 )
2
ρ Γ 4 , x = ρ1 + ρ 2 − ρ 3 − ρ 4 + ρ 5 + ρ 6 − ρ 7 − ρ 8
Γ4-
ρ Γ 4 , y = ρ1 − ρ 2 + ρ 3 − ρ 4 + ρ 5 − ρ 6 + ρ 7 − ρ 8
ρ Γ 4 , z = ρ1 + ρ 2 + ρ 3 + ρ 4 − ρ 5 − ρ 6 − ρ 7 − ρ 8
Γ5+
ρ Γ5, yz = ρ1 − ρ 2 + ρ 3 − ρ 4 − ρ 5 + ρ 6 − ρ 7 + ρ 8
ε yz
ρ Γ5, zx = ρ1 + ρ 2 − ρ 3 − ρ 4 − ρ 5 − ρ 6 + ρ 7 + ρ 8
ε zx
ρ Γ5, xy = ρ1 − ρ 2 − ρ 3 + ρ 4 + ρ 5 − ρ 6 − ρ 7 + ρ 8
ε xy
C 44
電 荷 秩 序 の相転移を記述する自由エネルギー F は一般にΓ5+ 対称性の秩序変 数
Qyz, Qzx, Qxy の 6 次まで考慮され、以下のように書くことができる。
1
1
2
2
2
α (Q yz + Q zx + Q xy ) + βQ yz Q zx Q xy
3
2
1  4
3
 1
4
4
2
2
2
2
2
2
+ γ Q yz + Q zx + Q xy − (Q yz + Q zx + Q xy ) 2  + ηQ yz Q zx Q xy Q yz + Q zx + Q xy
4 
5
 5
F = F0 +
(
(
)
)
1
3
1

2
2
2
2
2
2 
4
4
4
2
2
2
κ [Q yz Q zx Q xy +
Q yz + Q zx + Q xy Q yz + Q zx + Q xy − (Q yz + Q zx + Q xy ) 2 
22
5
6


1
2
2
2
−
(Q yz + Q zx + Q xy ) 3 ] + O Q 7
105
1 0
2
2
2
− δ (Q yz ε yz + Q zx ε zx + Q xy ε xy ) + C 44
(ε yz + ε zx + ε xy )
(2-56)
2
+
( )
31
− δ (Q yz ε yz + Q zx ε zx + Q xy ε xy ) の 項 は Γ5+ 対 称 性 の 電 荷 揺 ら ぎ モ ー ド と 格 子 歪 み と
の結合を表している。また C440 は高温相におけるバックグラウンドを表している。
T > Tco で∆ρ = 0 であるから、転移温度に達するまで電荷揺らぎの秩序変数はゼロで
ある。したがって高温相では∂F /∂Qγ = 0 (γ= yz, zx, xy)である。
( )
∂O Q 7
∂F
2
2
3
5
= αQγ + γQγ +
κQγ +
− δε γ ≈ αQγ − δε γ = 0
∂Qγ
5
231
∂Qγ
(2-57)
ここで秩序変数 Qγの 3 次以上の項は微小であるため無視した。(2-57)式からΓ5+対称
性の秩序変数 Qγ (γ = yz, zx, xy)と歪みεγ (γ = yz, zx, xy)の関係が求まる。
Qγ =
δ
εγ
α
(2-58)
したがって電荷揺らぎの秩序変数と歪みは比例関係にあることがわかる。(2-58)式を
(2-57)式に代入すると以下の式が得られる。
(
)
δ 2
1 0
2
2
 C 44 −  ε yz + ε zx + ε xy
α
2
したがって弾性定数 C44 は以下の式で表される。
F = F0 +
C 44 =
∂2F
∂ε γ
2
ε γ →0
 0 δ2
=  C 44
−
α

α = α 0 (T − Θ) , Tc0 = Θ +
 T − Tc0

0

 = C 44
 T −Θ


δ2
(2-59)




(2-60)
0
α 0 C 44
ここで Tc0 は相転移が 2 次の場合の転移温度を表している。また、Θ は電荷揺らぎの
相互作用の大きさを表している。
32
2-4 熱膨張と
熱膨張と歪み
本研究で対象とする R1-xAxMnO3 では、軌道や電荷の秩序化に伴い自発歪みが発生
する。したがって熱膨張測定から歪みを見積もることで軌道や電荷自由度の振る舞い
を直接観測できる。
互いに直交する単位ベクトル x, y, z で記述できる結晶格子を考える。歪みにより結
晶が変形するとき、新しい軸 x’, y’, z’は変形前の軸によって以下のように書ける。
x ′ = (1 + ε xx ) x + ε xy y + ε xz z
y ′ = ε yx x + (1 + ε yy ) y + ε yz z
(2-61)
z ′ = ε zx x + ε zy y + (1 + ε zz )z
新しい軸の長さは
2
x ′ ⋅ x ′ = x ′ = 1 + 2ε xx + ε xx2 + ε xy2 + ε xz2
∴ x ′ = 1 + 2ε xx + ε xx2 + ε xy2 + ε xz2 ≅ 1 + ε xx + L
(2-62)
となり、第 1 次近似において x, y, z 軸の長さの変化する割合はεxx, εyy, εzz である。よ
って熱膨張測定において四回軸方向[0 0 1]の試料長の変化量は歪みεzz に等しい。図
2-1-1 に示されている対称化された歪みで書き直すと以下のようになる。
∆L
L
[ 001 ]
= ε zz =
1
{(ε xx + ε yy + ε zz ) + (2ε zz − ε xx − ε yy )}
3
1
(ε xx + ε yy + ε zz ) + 1 1 (2ε zz − ε xx − ε yy )
3
3 3
1
1
= εB +
εu
3
3
=
(2-63)
したがって[0 0 1]方向の熱膨張は体積膨張歪みεB と正方晶歪みεu の和で記述される。
次に二回軸方向の熱膨張を考える。二回軸方向を主軸にするために座標系に以下の
ような回転操作を行う。
x = (1
0
0) → x ′ =
y = (0 1
0) → y′ =
z = (0
0 1) → z ′ = z
1
2
1
2
(x − y)
(x + y)
(2-64)
33
図 2-4-1
二回軸の熱膨張を主軸とする変換
まとめると
 x ′  
 
  
 y′ = 
  
  
 ′  
z  
1
1
−
2
1
1
2
2
2
0
0

0  x 
 

0  y 
 
 
 
1  z ′ 
(2-65)
となる。これは図 2-4-1 のような z 軸を中心にして xy 面内に 45°回転させることを意
味する。この回転操作を R とすると




R=




1
2
1
1
−
1
2
2
2
0
0

0


0


1 
(2-66)
と書ける。結晶の変形によって蓄えられる弾性エネルギーU は歪みεij の二次式で表さ
れる。
U = ∑ C ijkl ε ij ε kl
(2-67)
座標の回転操作 R に対して弾性エネルギーは変化しない。
RU ′ = RU
U ′ = RUR −1 = R (∑ C ijkl ε ij ε kl )R −1 = ∑ C ijkl Rε ij R −1 Rε kl R −1 = ∑ ∑ C ijkl ε ij′ ε kl′
(2-68)
34
したがって回転操作 R を行うと歪みεij はεij’に変換される。
 ε ′xx

ε ij′ =  ε ′yx
ε ′
 zx




=




ε xy′
ε ′yy
ε ′zy
1
2
1
2
0
−
ε ′xz 

ε ′yz  = Rε ij R −1
ε ′zz 
1
1
2
2
0

0  ε xx


0  ε yx



1  ε zx
1
 (ε xx + ε yy − 2ε xy )
2

1
(ε xx − ε yy )
=
2

1

(ε zx − ε yz )

2

ε xy
ε yy
ε zy
ε xz  1
1

 2
 1
ε yz  −

2


ε zz  0

1
(ε xx − ε yy )
2
1
(ε xx + ε yy + 2ε xy )
2
1
(ε yz + ε zx )
2

0


0


1 
2
1
2
0

− ε yz )

2
1
(ε yz + ε zx )
2


ε zz


1
(ε
zx
よって二回軸方向[1 1 0], [1 1 0]の熱膨張は
1
∆L
′
(ε xx + ε yy + 2ε xy ) = 1 ε B − 1 ε u + ε xy
[110 ] = ε xx =
L
2
3
2 3
1
1
1
∆L
= ε ′yy = (ε xx + ε yy − 2ε xy ) = ε B −
ε u − ε xy
[1 1 0 ]
L
2
3
2 3
(2-69)
(2-70)
(2-71)
まとめると、各方向の熱膨張は対称歪みを用いて以下のように記述できる。
1
1
 ∆L
εu
 L [ 001] = 3 ε B +
3


1
1
 ∆L
εB −
ε u + ε xy
(2-72)

[110 ] =
3
2 3
 L

 ∆L
1
1
ε u − ε xy
 L [1 1 0 ] = 3 ε B −
2 3

連立方程式を解くと
35

∆L
∆L
∆L
ε B =
[ 001 ] +
[110 ] +
L
L
L [1 1 0 ]



∆L
∆L
1  ∆L
2
ε u =
[ 001 ] −
[110 ] −

L
L
3 L




∆L
1  ∆L
ε xy = 

[110 ] −
[1 1 0 ] 

2 L
L



[1 1 0 ] 

(2-73)
となる。(2-73)式から[0 0 1], [1 1 0], [1 1 0]方向の熱膨張を測定することで、自発歪み
εB, εu, εxy を分離して求めることができる。また、同様にして[1 1 1]方向の熱膨張は次
の式で表される。
∆L
L
[111 ]
=
2
(ε yz + ε zx + ε xy )
3
(2-74)
36
第3章
測定装置
本研究では弾性定数の測定に超音波測定装置を用いた。また熱膨張測定には
キャパシタンスブリッジを使用した。本章ではこれらの測定装置について記述
する。
3-1 超音波測定装置
物質中を伝播する音波は結晶内に微小な歪みを誘起させる。軌道の四重極子
成分や異方的な電荷分布は誘起された弾性歪みと結合するため、同じ対称性を
持つ弾性歪みによる変調を受ける。したがって超音波測定は軌道、電荷自由度
系の電子物性を調べる上で重要な手段として確立されている。本研究では超音
波測定に位相比較法を用いた。測定試料に入射された超音波は試料中を歪み波
として音速 v で伝播する。弾性定数 C は音速 v 、結晶の密度 ρ を用いて C = ρv2
と表される。図 3-1-1 に位相比較法の原理図を示す。標準信号発生器から発信し
図 3-1-1
位相比較法の原理図
37
た正弦波信号は参照系と試料系に分けられる。試料系の信号はダイオードゲー
トにより幅が約 0.5 µsec のパルス信号に変換され、圧電素子によって歪み波に
変換され試料に入射される。超音波は試料内で反射を繰り返し、他端に接着さ
れた圧電素子によって再び電気信号に変換され、パルスエコーとして検出され
る。図 3-1-2 にパルスエコーの模式図を示す。n 番目に検出されるパルスエコー
は長さ l の試料内を(2n-1)l だけ伝播しているため、参照系に対して時間 T =
(2n-1)l/v だけ遅れが生じる。参照系の信号
Vr = A sin(2πft )
(3-1)
に対し、試料系の信号は
V S = B sin(2πft + φ n )
(3-2)
となる。A, B は振幅、f は発信周波数を表す。試料系と参照系の信号は位相検出
器内の乗算器で掛け合わされ、出力 Vout は
V out = V r V S = 1 / 2 AB{cos φ n − cos(4πft + φ n )}
(3-3)
となる。ローパスフィルタにより信号の位相差に依存する直流成分だけを取り
出す。参照系と試料系の位相差φn は
φ n = 2π ( n − 1)lf / v
(3-4)
と書ける。位相差φn を一定に保つように標準信号発生器に負帰還をかけ、周波
数を変化させ、この周波数の変化を読み取ることで音速の相対変化を得ている。
音速と周波数の間には
図 3-1-2 試料系から出力されたパルスエコーの模式図
38
∆v ∆f
=
v
f
(3-5)
の関係がある。この装置ではゼロ検出法を用いており、測定系における非線形
性の影響を取り除いている。そのため、音速の相対変化の分解能は∆v/v = 10-6
と高精度の測定が可能である。音速の絶対値は隣り合ったパルスエコーの時間
間隔 T をオシロスコープ上で読み取り、以下の式で決定した。
v=
2l
T
(3-6)
実際にはパルスエコーの状態やオシロスコープの読み取り誤差などにより、決
定した絶対値には数%の誤差が含まれている。
超音波の発生、検出には圧電素子 LiNbO3 を使用している。圧電素子には図
3-1-3 に示すように、金蒸着により電極を取り付けている。LiNbO3 はカット方
向により縦波と横波を発生することができ、本実験では縦波用に 36°Y-cut を、
横波用に X-cut を用いた。圧電素子により誘起される周波数は圧電結晶の厚さ d
に反比例しており、基本周波数 f は f = N /d で書ける。N は周波数定数と呼ばれ、
圧電素子のカット方向に依存している。縦波を誘起する 36°Y-cut では N = 3700
Hz·m、横波を誘起する X-cut では N = 2400 Hz·m となっている。本研究では厚
さ 200 µm の圧電素子を用いた。基本周波数は縦波で約 16 MHz、横波で約 9
MHz である。現在では超音波の高周波化が進められており、厚さ 40 µm の圧電
素子を用いて縦波で約 70 MHz、横波で約 40 MHz の高周波での測定も行える。
圧電素子を試料に固定するため使用する接着剤の選択は重要な要素である。
接着剤との相性によってパルスエコーの状態が変化したり、温度変化によるボ
ンドブレイクが起きる場合がある。本研究では室温付近の高温領域でアロンア
ルファ(東亜合成化学)、220 K 以下ではチオコール LP31(東レ)を使用した。
図3-1-3 超音波測定に使用した圧電素子の模式図
39
温度計は 30 K ~ 300 K では白金抵抗、4.2 K ~ 30 K ではセルノックスを使用
し、四端子法を用いて測定した。
3-2 熱膨張測定装置
熱膨張測定により試料長の温度、磁場依存性を測定することで、相転移で生
じる自発歪みを求めることができる。四重極子や電荷揺らぎは格子歪みと相互
作用し、試料長を変化させる。ペロブスカイト型マンガン酸化物は電荷秩序や、
軌道秩序を示すので、熱膨張測定は系の電荷、軌道自由度の振る舞いを知る上
で有効な実験手段である。
本研究では、熱膨張測定に試料長の変化を電極板間の静電容量の変化として
読み取るキャパシタンス法を用いた。図 3-2-1 に熱膨張セルの模式図を示す。試
料は調節ねじに接着剤で固定してあり、反対側をベローズのばねを利用して圧
着している。セル全体は導体で覆われており、接地することで浮遊容量を取り
除く三端子法によって測定を行った。試料長 L の変化に伴い極板の間隔 D が変
化する。試料長の微小変化量∆L と極板間隔の微小変化量∆D の間には
∆L = −∆D
(3-7)
の関係が成り立つ。使用した円形極板の形状から極板半径を R とすると、静電
容量 C は
C =
επR 2
D
で与えられる。したがって試料長の変化∆L/L は
図 3-2-1 熱膨張セルの模式図
40
(3-8)
∆L επR 2
=
L
L
 1
1

− 
 C0 C 
(3-9)
実験の際に熱交換ガスとして 4He ガスを約 1torr 使用しているが、4He の誘電
率は真空の誘電率とほぼ等しい。よって(3-9)式中の誘電率ε には真空の誘電率
ε0 を用いた。静電容量の測定にはキャパシタンスブリッジ(Andeen-Hagerling
社製 2500 A)を使用した。このキャパシタンスブリッジは内蔵の標準キャパシタ
ンスが温度コントロールされているため、室温の変化に対して影響を受けず、8
桁の高精度な測定が可能である。
3-3 超伝導マグネット
超伝導マグネット
磁場中での超音波実験と熱膨張測定を行うために循環式 3He クライオスタッ
ト及び OXFORD 社製 12-14 T 超伝導マグネットを使用した。図 3-3-1 に循環式
図3-3-1 循環式3Heクライオスタットの模式図
41
3He
クライオスタットと超伝導マグネットの模式図を示す。3He クライオスタッ
トはトップローディング方式を採用しており、試料の交換が容易である。また
3He ガスを減圧排気することで 0.4 K まで冷却することが可能である。
本来は極
低温実験を行うための装置であるが、本研究では 180 K ~ 300 K と高温領域で
磁場中測定を行う必要があるため、測定用プローブをインサートに入れること
で断熱真空槽を二重にし、表面に和紙とアルミホイルを交互に積層し、輻射を
防いだ。また、3He ラインを真空にして液体 4He 相との熱接触をなくすことで
内部の熱が逃げにくくなり、液体 4He の蒸発量が抑えられ、長時間の測定を行
うことができるようにした。
3-4 単結晶試料
本研究の熱膨張測定で使用した Pr0.60Ca0.40MnO3 の単結晶試料は産業技術科
学研究所の富岡泰秀博士に提供していただいた。また、超音波測定で使用した
Nd0.50Sr0.50MnO3 は上智大学の桑原秀樹助教授に提供していただいた。これらの
単結晶試料はフローティングゾーン法で育成された。Pr0.60Ca0.40MnO3 は[0 0 1],
[1 1 0], [1 1 0]面が出るように整形されており、約 3 mm 角の直方体である。こ
の試料では既に弾性定数の測定が行われている[4-1,4-2,4-3]。Nd0.50Sr0.50MnO3 は
[1 0 0], [0 1 1], [0 1 1 ]面が出るように整形されており、2.7×4.0×1.6mm の試料
である。
42
第 4 章 Pr1-xCaxMnO3
ペロブスカイト型マンガン酸化物 Pr1-xCaxMnO3 は x = 0.30 ~ 0.50 の濃度で電
荷秩序転移を示す。電荷秩序転移温度では軌道秩序も同時に起こることが報告
されている。軌道自由度を担う Mn3+イオンの eg 軌道は四重極子 O20 と O22 に対
して縮退しており、それらの四重極子は格子歪みεu, εv と結合する。また、Ca2+
のドープによって Mn3+と Mn4+の電荷自由度が生じ、電荷揺らぎモードもまた
格子歪みと結合する。したがって電荷秩序転移に伴い、軌道や電荷が秩序化す
ることにより、ある対称性の自発歪みが発生すると考えられる。本研究ではこ
れまで行われた弾性定数の測定結果をふまえ[4-1,4-2,4-3]、Pr0.60Ca0.40MnO3 の[0 0
1], [1 1 0], [1 1 0]方向の熱膨張測定を行い、電荷秩序転移点 Tco での自発歪みの
大きさを見積もった。また、磁場中での熱膨張測定を行い、電荷秩序転移点 Tco
での自発歪みの磁場依存性を詳細に調べた。
4-1 基礎物性
4--1-1 基礎物性
4
図 4-1-1 に Pr1-xCaxMnO3 の相図を示す[4-4]。Tco は電荷秩序転移、TN は反強磁性
転移、TCA はスピンキャント転移である。x = 0.30 ~ 0.50 の濃度で電荷秩序転移
を示し、Tco では軌道も同時に秩序化することが中性子散乱の結果[4-5]から報告さ
れている。また磁性に関しては、TN 以下で CE 型の反強磁性秩序を示す。図 4-1-2
に電荷秩序を起こす Pr1-xCaxMnO3 ( x = 0.30, 0.35, 0.40, 0.50 )の抵抗率を示す
[4-6]。いずれの濃度でも 0 T で 220 K 付近に電荷秩序転移に対応して抵抗率の急
図 4-1-1
Pr1-xCaxMnO3 の相図
43
[4-4]
激な上昇が見られる。6 T では x = 0.30, 0.35, 0.40 の濃度で 100 K 付近に電荷
秩序相の溶解に伴う大きな減少が見られる。x = 0.35 と 0.40 では磁場を 12 T
印加すると電荷秩序相は完全に取り除かれ、金属的な振る舞いを示す。一方、x
= 0.50 の試料は高温では金属的な温度変化を示すが、12 T の磁場中でも電荷秩
序を示し、転移に伴い抵抗が急激に増大する。図 4-1-3 に Pr1-xCaxMnO3 の x =
0.45, 0.50 の磁気相図を[4-7]、図 4-1-4 に x = 0.30, 0.35, 0.40 の磁気相図を示す[4-6]。
図中の斜線部分はヒステリシスを示す領域を表す。x = 0.45, 0.50 の試料では電
荷秩序相の転移磁場は低温である程増大し、特に x = 0.50 ではヘリウム温度付
近では約 27 T の強磁場まで電荷秩序相は安定である。また、ヒステリシスも 10
T 以上になる。また、x = 0.45, 0.50 ともに反強磁性転移温度 TN = 160 K 付近で
電荷秩序相の相境界に異常が見られ、TN 以下で電荷秩序の転移磁場が増大して
いる。電荷秩序相は x = 0.50 ( Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 )が最も安定であるため、x ≦
0.40 では x = 0.50 に比べ電荷秩序相が溶解しやすくなり、相境界は低磁場側に
シフトしている。また、低温側ではヒステリシスが増大している。特に 20 K 以
下で顕著であり、熱揺らぎの効果が減少した為だと考えられる。図 4-1-5 に中性
子散乱の結果から提案されている x = 0.50 の最低温相における電荷、軌道およ
びスピンの秩序パターンを示す[4-5, 4-8]。立方晶ペロブスカイトの軸で考えると
x, y 軸方向に Mn3+イオンと Mn4+イオンが交互に並び、z 軸方向には同じイオン
が並ぶ。Mn3+の軌道は電荷と同様に x, y 軸方向に d(3x2-r2)軌道と d(3y2-r2)軌道
が交互に並び、z 軸方向には同じ軌道が整列する。電荷秩序転移温度 Tco では常
図 4-1-2
Pr1-xCaxMnO3( x = 0.30, 0.35, 0.40, 0.50 )の電気抵抗
44
[4-6]
図 4-1-3
図 4-1-4
Pr1-xCaxMnO3 の(x = 0.45, 0.50)の磁気相図
[4-7]
Pr1-xCaxMnO3 の(x = 0.30, 0.35, 0.40)の磁気相図
図 4-1-5 Pr0.50Ca0.50MnO3 の
最低温相における電荷、軌道、
スピン整列状態 [4-8]
図 4-1-6
45
[4-6]
Pr0.625Ca0.375MnO3 の最低
温相における電荷、軌道整列
状態 [4-9]
磁性であるが、反強磁性転移後スピンは xy 面内に寝た CE 型反強磁性構造にな
る。最近の透過電子顕微鏡( TEM )の実験から x = 0.375 では最低温相で図 4-1-6
のような複雑な構造をもつと報告されている[4-9]。電荷秩序転移温度 Tco = 230 K
以下では電荷および軌道の秩序化に対応して波数ベクトル q1 = ( 0, 1/2, 0 ) の超
格子反射が観測され、より低温の T = 150 K 以下で別の波数ベクトル q2 = ( 1/4,
1/4, 1/2 )の超格子反射が観測されている。これは以下のように説明されている。
Tco = 230 K 以下で Mn イオンの eg 軌道に短距離秩序が生まれるが、ab 面内に
無秩序層があり、Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 に対して余分な 3d 電子が ab 面内の Mn
サイトの eg 軌道にランダムに占有している。T = 150 K 以下になると、ランダ
ムに占有した 3d 電子が eg 軌道の d(3z2-r2)を占有し、図 4-1-6 のように長距離秩
序を持つ。x = 0.36 ~ 0.40 で q1 及び q2 の超格子反射が観測されており[4-9]、本
研究で熱膨張測定を行った x = 0.40 でも最低温相で図 4-1-6 のような軌道秩序
が起こると考えられる。図 4-1-7 に x = 0.50 の(a) 帯磁率、電気抵抗率、(b) 格
子定数、
(c) Mn イオン 1 個あたりの反強磁性モーメントの温度依存性を示す[4-10]。
図(b)中の b 軸は立方晶軸の z 軸であり、a, c 軸は z 軸のまわりに 45°回転させ
図 4-1-7 Pr0.50Ca0.50MnO3 における 図 4-1-8 Pr0.50Ca0.50MnO3 の 8 K
(a)帯磁率、電気抵抗率、(b)格子定数、
での共鳴 X 線散乱結果[4-11]
(c)Mn イオン 1 個あたりのモーメント
における反強磁性成分の温度依存性
[4-10]
46
た x, y 面内の軸である。(c)図において□は Mn4+イオン、○は Mn3+イオンのモ
ーメントである。帯磁率は高温領域から Tco に向かってキュリーワイス則に従い
1/T に比例した増加を示すが、電荷秩序転移後に急激に減少し、反強磁性転移後
ゆるやかな増加傾向を示す。格子定数を見ると、室温では 3 方向の格子定数が
ほぼ等しく擬立方晶であるが、電荷秩序転移後は xy 面内に膨張し、z 軸方向に
収縮して擬正方晶になっていることが分かる。これは Tco で O20 の軌道秩序が起
き、電子軌道が xy 面内に寝ることによる。Mn3+、Mn4+の反強磁性モーメント
はそれぞれ 3.3µB, 2.7µB である。自由イオンの Mn3+と Mn4+がもつ有効磁化は
それぞれ 4.9 µB, 3.87 µB で 1µB 以上小さい。図 4-1-8 に Pr0.50Ca0.50MnO3 の 8 K
での共鳴 X 線散乱結果を示す[4-11]。実線はブラッグ反射に対応する(0, 2, 0)、黒
丸は電荷秩序に対応する(0, 1, 0)、白丸は軌道秩序に対応する(0, 2.5, 0)の散乱強
度を表す。ブラッグ反射及び電荷秩序による散乱強度は鋭いピークを持つのに
対し、軌道秩序による散乱強度はブロードなピークになっている。これは軌道
がドメイン構造を持つことに起因していると報告されている。軌道の秩序距離
は 160 ± 10 Å であるのに対し、電荷の秩序距離は 2000 Å 以上であることが報
告されており、電荷秩序にはドメインの影響は現れていないと考えられる。同
様の結果が x = 0.40 でも確認されており、軌道の秩序距離は 320 ± 10 Å と報告
されている。
44-1-2 弾性定数の
弾性定数の測定結果
Pr1-xCaxMnO3 は電荷秩序転移と同時に軌道秩序転移を起こす x = 0.35, 0.40,
0.50 の濃度で弾性定数の測定が行われている[4-1,4-2,4-3]。本項では弾性定数の実験
結果と四重極子感受率およびランダウの相転移論を適用した電荷揺らぎモード
を用いて解析された結果について説明する。
(ⅰ)ゼロ磁場における弾性定数の測定結果
図 4-1-9(a), (b), (c)に x = 0.35, 0.40, 0.50 の試料における弾性定数の温度依存
性をそれぞれ示す[4-1,4-2]。x = 0.35, 0.40, 0.50 の全ての濃度で電荷秩序転移温度
Tco で顕著な弾性異常が観測されている。また反強磁性秩序転移に対応して弾性
定数に小さな異常が見られる。
図 4-1-10 に x = 0.35, 0.40, 0.50 の弾性定数(C11-C12)/2 および C44 の相対変化
を示す[4-3]。(C11-C12)/2 では 400 K の高温領域から電荷秩序転移 Tco に向かって
弾性定数のソフト化が観測されており、特に 250 K 近傍でソフト化の大きさが
増加している。400 K から 250 K 付近に見られるソフト化は Ca の濃度 x にほ
とんど依存せず、大きさは約 8 %である。一方、250 K から Tco に向かう(C11-C12)/2
のソフト化は濃度 x に大きく依存しており、その大きさは x = 0.35 で 9 %、x =
0.40 で 18 %、x = 0.50 では測定された範囲でも 27 %に達した。高温側の
(C11-C12)/2 のソフト化は Mn3+の eg 軌道の自由度 O20, O22 に起因しており、濃度
x に依存した 250 K 近傍のソフト化の増大は Mn3+と Mn4+による電荷揺らぎに
起因していると考えられる。詳細は以下の(ⅱ), (ⅲ)で記述する。
C44 では(C11-C12)/2 で観測された高温領域でのソフト化は観測されていない。
一方、250 K 以下では Tco に向かって弾性定数の顕著なソフト化が見られ、その
47
(b)
(a)
図 4-1-9
x = (a) 0.35, (b) 0.40, (c) 0.50 の試料における
弾性定数の温度依存性
(c)
図 4-1-10
[4-1,4-2]
x = 0.35, 0.40, 0.50 の試料に
おける弾性定数の相対変化
48
[4-3]
大きさは x = 0.35 で 1 %弱、x = 0.40 で 6 %、x = 0.50 で 7 %以上と(C11-C12)/2
の場合と同様に濃度 x に依存している。
250 K から Tco に向かう(C11-C12)/2 と C44
のソフト化はともに濃度 x = 0.5 で最も大きく、Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 の電荷揺ら
ぎが弾性定数のソフト化に寄与していると考えられる。また、第 2 章で述べた
四重極子感受率からは(C11-C12)/2 はソフト化が期待できるが、C44 のソフト化は
期待できない。したがって(C11-C12)/2 の 400 K から 250 K 付近で観測された弾
性定数のソフト化は Mn3+イオンの eg 軌道の四重極子 O20, O22 によるものと考え
られる。以下では eg 軌道の四重極子感受率および Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 で存在す
る x = 0.50 について、電荷揺らぎモードの解析結果と弾性定数のソフト化の関
係について記述する。
(ⅱ)四重極子感受率による解析結果
eg 軌道の四重極子感受率による弾性定数の温度依存性は(2-42)式で与えられ
る。(2-42)式を用いた弾性定数(C11-C12)/2 の解析結果を図 4-1-11 に示す[4-1]。解
析結果から四重極子‐歪み相互作用の結合定数|gΓ3|は 600 ~ 800 K となってお
り、希土類化合物より 1 桁程度大きい。これは局在性が強い希土類イオンの 4f
電子と比較して、遷移金属イオンの 3d 電子は拡がって分布しているため遍歴性
が強く、格子や周囲のイオンとの相互作用が大きいことに起因している。四重
極子相互作用の大きさを表す gΓ3’は x = 0.35, 0.40, 0.50 全ての濃度で gΓ3’ = 5.8
図 4-1-11
四重極子感受率による
弾性定数(C11-C12)/2 の
ソフト化の解析結果[4-1]
図 4-1-12
49
電荷揺らぎ理論による
弾性定数 C44 のソフト化
の解析結果 [4-3]
K であった。その他のペロブスカイト型マンガン酸化物 La1-xSrxMnO3 ( x = 0.12,
0.125, 0.165 )では gΓ3’ = 15 ~ 20 K である。希土類では一般に gΓ3’ ~ 数十 mK
のオーダーであり、それと比較して、本研究で取り上げた遷移金属化合物は 3
桁程度大きな値を持つ。eg 軌道のヤーン・テラーエネルギーEJT は測定した全て
の濃度でほぼ 30 K と決定できた。超音波から得られる EJT は四重極子‐歪み相
互作用のみを考慮している。ラマン散乱の結果からはヤーン・テラーエネルギ
ーは数千 K 程度と見積もられている[4-12]。
(ⅲ)電荷揺らぎによる弾性定数の解析結果
電荷揺らぎによる弾性定数のソフト化は(2-60)式で記述できる。(2-60)式によ
る弾性定数 C44 の解析結果を図 4-1-12 に示す[4-3]。電荷揺らぎモードと歪みの相
互作用の大きさを表す TC0−Θ は x = 0.35, 0.40, 0.50 の濃度でそれぞれ 0.6 K, 0.6
K, 0.3 K とほとんど変化しないが、TC0 は x = 0.35, 0.40, 0.50 の濃度でそれぞれ
210 K, 225 K, 230 K であり、x= 0.50 で最も高い。このことは x = 0.50 におけ
る Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 の電荷秩序が最も安定していることを意味している。
弾性定数(C11-C12)/2 にも C44 と同様に濃度 x に依存した 250 K 近傍のソフト化
が観測されている。このソフト化は第 2 章で示したような電荷揺らぎと格子歪
みの線形結合の範囲では説明できない。Γ5+対称性の電荷揺らぎモードと歪みと
の高次結合が(C11-C12)/2 の Tco 直上でのソフト化に寄与している可能性がある。
(Ⅳ)磁場中弾性定数
図 4-1-13 に磁場中における Tco 近傍での弾性定数(C11-C12)/2 の温度依存性を示
す[4-1]。磁場は超音波の進行方向である[1 1 0]方向に印加している。Tco = 240 K
より高温領域では、12 T の磁場を印加しても弾性定数のソフト化が観測されて
いる。一方、Tco 直上を見ると、7 T までは昇磁に従いソフト化が大きくなるが、
さらに磁場を上げていくとソフト化は急速に小さくなり、10 T、12 T ではソフ
ト化は観測されない。Tco 直上のソフト化は Mn3+と Mn4+の電荷揺らぎモードと
歪との高次結合に起因すると考えられる。この結果は磁場印加により、電荷秩
序が不安定化していることを示している。また、9 T までの電荷秩序転移点と考
えられるソフト化の極小値は磁場を上げると低温側に移動している。
図 4-1-14 に磁場中における Tco 近傍での弾性定数 C44 の温度依存性を示す[4-1]。
磁場は超音波の進行方向である[1 0 0]方向に印加している。Tco でのソフト化は
磁場を印加すると傾きが急峻になり、低温に移動している。ソフト化の大きさ
は 9 T までほぼ同じであるが、10 T で約半分になり、12 T 印加するとソフト化
は観測されない。C44 のソフト化は Mn3+と Mn4+の電荷揺らぎに起因しており、
この結果は 12 T では Tco が消失していることを示している。ソフト化の極小値
は Tco を表していると考えられるが、(C11-C12)/2 での極小値の位置と一致せず、
報告されている磁気相図は C44 の測定結果に近い。これは(C11-C12)/2 の Tco 直上
でのソフト化が電荷揺らぎの高次の項による寄与であると考えられるのに対し、
C44 のソフト化は歪みと電荷揺らぎの双一次結合で記述され、電荷秩序の秩序変
数がΓ5 型であることと整合している。図 4-1-5 で示した Pr0.50Ca0.50MnO3 の電
荷秩序パターンは、図 2-3-3 で示したΓ5 型の電荷秩序パターンのうちρΓ5,xy と一
50
致することから、電荷秩序の秩序変数は Qxy であると考えられる。
図 4-1-13
磁場中における Tco 近傍での弾性定数(C11-C12)/2 の温度依存性
図 4-1-14
磁場中における Tco 近傍での弾性定数 C44 の温度依存性
51
[4-1]
[4-1]
4-2 ゼロ磁場下
ゼロ磁場下での
磁場下での熱膨張測定結果
での熱膨張測定結果
4-2-1 熱膨張測定結果
Pr0.60Ca0.40MnO3 の[0 0 1], [1 1 0]及び[1 1 0]方向の熱膨張の測定結果を図 4-2-1
に示す。実験は全て昇温で測定した。再現性を得るために各方向で 3 回づつ測定
を行った。[ 1 1 0]方向はさらに 2 回測定し再現性を確認した。[0 0 1]方向の熱膨
張は降温に伴い電荷秩序転移温度 Tco = 240 K に向かって急速に収縮した。Tco
前後の変化量は∆L/L = 1.05 × 10-3 である。これに対し[1 1 0]方向及び[1 1 0]方
向の熱膨張は高温から Tco に向かって収縮するが、Tco で急激な膨張を示した。図
4-1-7 の x = 0.50 の格子定数の温度依存性では Tco で c 軸方向が縮み、ab 面内で
伸びることが確認されており、実験結果の振る舞いと定性的に一致する。Tco 前
後の変化量は[1 1 0]方向は∆L/L = 2.11 × 10-3 であったのに対し、[1 1 0]方向は
∆L/L = 1.2 × 10-5 と 2 桁小さい値が得られた。これは本研究で擬立方晶として扱
ってきた Pr0.60Ca0.40MnO3 は、本来の結晶構造が斜方晶であるために ab 面内の
異方性が現れたものと考えられる。
2-4 節で述べたように、各方向の熱膨張は対称歪みを用いて以下のように記述
できる。
1
1
 ∆L
εu
 L [ 001 ] = 3 ε B +
3


1
1
 ∆L
εB −
ε u + ε xy
(4-1)

[110 ] =
3
2 3
 L

 ∆L
1
1
ε u − ε xy
 L [1 1 0 ] = 3 ε B −
2 3

したがって体積膨張歪みεB、正方晶歪みεu、格子の角度変化を表す歪みεxy は
[0 0 1], [1 1 0], [1 1 0]方向の熱膨張の線形結合で書ける。

∆L
∆L
∆L
ε B =
[ 001 ] +
[110 ] +
L
L
L [1 1 0 ]




∆L
∆L
1  ∆L
2

(4-2)
−
−
ε u =
 L [ 001 ] L [110 ] L [1 1 0 ] 
3






∆L
1  ∆L
ε xy = 

[110 ] −
[1 1 0 ] 
2 L
L


図 4-2-2 に(4-2)式から求めた自発歪みの温度依存性を示す。∆L/L は 300 K を基
準点とした。電荷秩序転移温度 Tco でεB とεu 及びεxy に大きな変化が観測された。
Tco での自発歪みの変化量はεB = 1.38 × 10-3, εu = 3.05 × 10-3, εxy = 9.91 ×
10-4 となった。εu は軌道自由度の四重極子 O20, O22 と結合する。また、εxy は電
荷揺らぎモードの秩序変数 Qxy と結合する。Tco では電荷秩序と軌道秩序が同時
に発生するため、εu, εxy の自発歪みも同時に発生していると考えられ、これまで
の報告と一致する。
52
図 4-2-1
図 4-2-2
Pr0.60Ca0.40MnO3 の熱膨張
熱膨張測定結果から導いた自発歪みの温度依存性
53
反強磁性転移温度 TN とスピンキャント転移温度 TCA ではεu ,εxy に変化が見られ
なかったのに対し、εB では転移温度付近で異常を観測した。150 K 以下では超
格子反射が観測されているため、εB の異常は軌道の再配列に対応している可能
性が考えられる。各方向の熱膨張には熱膨張セル自身の膨張も含まれている。
εu , εxy は各方向の熱膨張の差で記述できるため、実験結果に含まれる熱膨張セル
からの寄与はほぼ相殺される。一方、εB は[0 0 1], [1 1 0], [1 1 0]方向の熱膨張の
和で書けるため、εB の温度依存性には熱膨張セルによる寄与が含まれている。
4-2-2 項で述べるように熱膨張セルは 150 K 付近で極小値をとるため、εB の TN
付近の異常は試料に本質的なものであるかどうか詳細に検討する必要がある。
4-2-2 熱膨張セル
熱膨張セルの
セルの校正
熱膨張測定により得られた実験結果には、熱膨張セルによる影響も含まれて
いる。熱膨張セルの膨張は固有のものであり、測定試料の真の熱膨張を得るた
めにセルの校正を行う必要がある。
極板間隔の微小変化(∆L)meas は、試料自身の微小変化(∆L)sample とセルの微小変
化(∆L)cell の和で書ける。
( ∆L ) meas = ( ∆L ) sample + ( ∆L ) cell
(4-3)
セルの熱膨張(∆L)cell は過去に熱膨張実験が詳細に行われている Al, Cu, Si 等を
標準物質として測定し、実験結果を比較することにより得られる。本研究では
Al 単結晶を用いてセルの校正を行った。(∆L)cell は対象の熱膨張セルを用いて測
定した Al の熱膨張(∆L)measAl と Al の熱膨張(∆L)Al の差で以下のように書ける。
Al
( ∆L ) cell = ( ∆L ) meas
− ( ∆L ) Al
(4-4)
熱膨張の相対変化∆L/L を考える場合、セルの寄与(∆L)cell/L は測定する試料長 L
に依存して変化するため注意が必要である。温度 T0 のときの Al の長さを L0 と
すると測定された Al の熱膨張は以下のように表される。
Al
(∆L )cell (∆L ) Al
 ∆L 
(4-5)
=
+


L0
L0
 L  meas
図 4-2-3 に Al の文献値[4-13]及び熱膨張測定結果を示す。熱膨張は 300 K の値を
0 としている。セルの熱膨張は
Al
 ∆L 
Al
− (∆L )
( ∆L ) cell = L0 
(4-6)

 L  meas
となる。(4-6)式を(4-3)式に代入すると
  ∆L  Al

( ∆L ) sample = ( ∆L ) meas −  L0 
− ( ∆L ) Al 
(4-7)

L


meas


となる。測定する試料の温度 T0 での長さを LS とすると、試料の熱膨張は

(∆L )meas 1   ∆L  Al
 ∆L 
Al
=
−
(4-8)
− (∆L ) 



 L0 
LS
L S   L  meas
 L  sample

と書ける。図 4-2-4 に図 4-2-3 の結果から得られたセルの熱膨張を示す。熱膨張
セルの温度を下げていくと 280 K 付近まで膨張し、その後収縮していく。150 K
54
-3
-3
(∆L/L)Al (x10
x10 )
0
-1
-2
Al熱膨張
-3
文献値[4-13]
-4
100
150
200
250
300
T (K)
図 4-2-3
Al の熱膨張
-4
-4
(∆L/L)Al
x10(x10 )
2.0
1.0
0.0
-1.0
-2.0
100
150
200
250
300
T(K)
図 4-2-4
セルの熱膨張
付近で極小値を取り、また膨張傾向を示す。図 4-2-1 の Pr0.60Ca0.40MnO3 の測
定結果を見ると、300 K 付近で一時膨張傾向を示しているが、これは熱膨張セ
ルに起因すると考えられる。また 150 K で各方向の熱膨張に折れ曲がりが見ら
れるが、熱膨張セルの影響によるものと考えられる。本研究で特に議論の対象
とする Tco での振る舞いは Tco 直上で急激に変化している。微小温度変化におけ
る試料の膨張あるいは収縮に対して、熱膨張セルの変化量はわずかであるため、
Tco での自発歪みの変化量に熱膨張セルの影響はほとんどないと考えられる。ま
た、Al の熱膨張測定を 2 回行い、セルの校正を試みた。その結果、前述の 150 K
の折れ曲がりと 300 K 付近の熱膨張は再現した。本研究では Tco 前後での熱膨
張を議論するため、本研究では図 4-2-2 に示した結果をもとに解析を行なった。
55
4-2-3 考察
ゼロ磁場中の熱膨張測定において、Tco で発生した自発歪みεu,εxy について、弾
性定数及び格子定数から見積もられた自発歪みと比較し考察を行う。Jirak らに
よって Pr0.5Ca0.5MnO3 について室温( 292 K )及び 10 K での格子定数が測定さ
れている[4-10]。体積は保存されると仮定して自発歪みを見積もった。本研究では、
x = 0.50 の試料に比べて x = 0.40 の試料のほうが立方体に近く、熱膨張測定に
適していたため、x = 0.40 の試料を用いて熱膨張測定を行った。x = 0.40 では
Tco で x = 0.50 とほぼ同様の秩序構造をしているため、両者の比較は意義がある。
(ⅰ)自発歪みεxy
εxy は ab 面内の格子の角度成分を表す歪みである。Pr0.60Ca0.40MnO3 の熱膨張
測定では室温で擬立方晶を仮定しており、ab 面内では図 4-2-5 で示すように a =
b の正方形である。厳密には図 4-2-6 に示すように室温において斜方晶であり、
x = 0.50 では a = 5.4042 Å, b = 5.3949 Å である。格子定数からϕ = 44.591°とな
る。電荷秩序転移温度 Tco 以下の 10 K では格子定数は a = 5.4357 Å, b = 5.4335
図 4-2-5
熱膨張測定において
仮定した擬立方晶
図 4-2-7
図 4-2-6
ab 面内における室温での
格子定数
ab 面内における電荷秩序転移後の格子定数
56
Å と a, b 軸方向ともに膨張を示す。格子定数から電荷秩序相での角度ϕ'はϕ' =
44.988°となり、室温に比べてより正方形に近づいていることがわかる。電荷秩
序によって発生する歪みεxy は図 4-2-7 のように結晶格子をθだけ角度変化させる。
格子定数からわかるように、角度の変化θ は
θ = ϕ ′ − ϕ = 0.037°
(4-9)
となる。格子の角度変化θ と自発歪みεxy の間には以下のような関係が成り立つ。
ε xy = sin θ
(4-10)
したがって、格子定数から見積もった自発歪みεxy は
ε xy = 6.46 × 10 −4
(4-11)
となる。x = 0.40 の熱膨張測定から得られた値はεxy = 9.91 × 10-4 であり、x =
0.50 に比べてやや大きいが、オーダーとしては一致している。
(ⅱ)自発歪みεu
次にゼロ磁場中の熱膨張測定において、Tco で発生した自発歪みεu ついて考え
る。εxy の時と同様に格子定数から自発歪みεu を見積もることができる。Jirak
らの実験結果[4-10]によると、x = 0.50 の厳密な斜方晶における室温での格子定数
は a = 5.4042 Å, b = 5.3949 Å, c = 7.6064 Å であり、電荷秩序相の 10 K での格
子定数は a = 5.4357 Å, b = 5.4335 Å, c = 7.4831 Å である。擬立方晶の格子定数
a0, b0, c0 と斜方晶の格子定数 a, b, c の間には a0 ≃ a / 2 , b0 ≃ b / 2 , c0 ≃ c/2
の関係がある。したがって、室温では a0 = 3.8213 Å, b0 = 3.8148 Å, c0 = 3.8032
Å、10 K では a0’ = 3.8436 Å, b0’ = 3.8421 Å, c0’ = 3.7416 Å となる。εu は以下の
式で書ける。
ε u = (2ε zz − ε xx − ε yy ) / 3
(4-12)
 c ′ − c 0 a 0′ − a 0 b0′ − b0 

=  2 0
−
−
c0
a0
b0 

したがって、格子定数から見積もったεu は
ε u = −2.62 × 10 −2
(4-13)
となる。一方、自発歪みεu は分子場近似の下では四重極子<O20>と比例関係であ
るから、弾性定数(C11-C12)/2 の解析で求めた|gΓ3|を用いると以下の式で書ける。
Ng Γ3
(4-14)
O20
εu =
0
0
(C11 − C12 ) / 2
<O20>の値に(2-37)式を用いると、弾性定数の解析結果から見積もったεu は表 4-1
に示した値を用いて x = 0.50 で|εu| = 1.13×10-2、x = 0.4 で|εu| = 1.34×10-2
であった。(4-14)式は 1 つの Mn3+サイトに発生する局所歪みに単位体積あたり
のマンガンイオンの個数 N をかけたものであり、強磁性的に配列している場合
に成立する。Pr1-xCaxMnO3 の電荷秩序相では CE 型の電子構造であり、ab 面内
に O20 型の四重極子が交互に並ぶ構造をしているため、実際のεu の値は小さくな
っていると考えられる。x = 0.40 の熱膨張測定から見積もられた自発歪みの大き
さはεu = 3.05 × 10-3 であり、超音波や格子定数から見積もられた値の 1/4 程度
である。
57
ここで、300 K から 10 K の間の体積変化を見ると、格子定数から見積もった
x = 0.50 の体積膨張歪みはεB = -3.22 × 10-3 であるのに対し、本研究で見積もっ
た体積膨張歪みはεB = -7.00 × 10-3 であり、x = 0.50 の約 2 倍である。この原因
として、図 4-1-8 で示したように Pr0.60Ca0.40MnO3 表 4-1 弾性定数の解析結果
から得られた|gΓ3|、(C110-C120)/2 と測定試料当りの Mn3+イオンの個数 N の理論
値は本質的にドメイン構造を持つことが挙げられる。熱膨張では結晶に発生す
るマクロな歪みを観測しているため、正方晶歪みεu が小さく現れ、等方的な歪
みεB が見かけ上大きく現れた可能性がある。
本研究では、細かな定量性には議論の余地があるが、軌道秩序に伴い発生す
る自発歪みεu と、電荷秩序に伴い発生するεxy を独立に見積もることができた。
表 4-2, 4-3 に各実験から見積もった Pr1-xCaxMnO3 の Tco の自発歪みεu, εxy をま
とめた。
表 4-1 弾性定数の解析結果から得られた gΓ3、(C110-C120)/2 と測定試料当りの
Mn3+イオンの個数 N の理論値
濃度 x
N (×1027)
|gΓ3| (K/ion)
(C110-C120)/2 (×1010J/m3)
0.4
10.6
634
2.4
0.5
9.02
766
2.91
表 4-2 各実験から見積もった Pr1-xCaxMnO3 の Tco の自発歪みεu
濃度 x
熱膨張測定
弾性定数
0.4
3.05×10-3
±1.34×10-2
±1.13×10-2
0.5
格子定数
-2.62×10-2
表 4-3 各実験から見積もった Pr1-xCaxMnO3 の Tco の自発歪みεxy
濃度 x
熱膨張測定
0.4
9.91×10-4
格子定数
6.46×10-4
0.5
58
4-3 磁場中での
磁場中での熱膨張測定
での熱膨張測定
Pr0.60Ca0.40MnO3 では電荷秩序相が磁場印加に伴い融解し、絶縁体−金属転移
を起こすことが報告されている。弾性定数の磁場中測定では電荷秩序転移温度
Tco が磁場印加により低温側に移動している。またソフト化の割合は昇磁につれ
小さくなっている。磁場中で熱膨張測定を行うことで電荷秩序および軌道秩序
による歪みの大きさの磁場依存性を見積もることができる。本研究では磁場中
で[0 0 1], [1 1 0]方向の熱膨張測定を行い、eg 軌道の四重極子と結合するεu と、
Γ5 対称性の電荷揺らぎモードと結合するεxy の磁場中での変化について議論する。
4-3-1 [0 0 1]方向の
方向の磁場中熱膨張 (H // [0 0 1])
図 4-3-1 に Pr0.60Ca0.40MnO3 の[0 0 1]方向の磁場中熱膨張の測定結果を示す。
測定は全て昇温で行った。磁場は測定方向と同様に[0 0 1]方向に印加した。Tco
で極小値をとった後、Tco 以下で若干上昇するが、これは磁場中測定でのみ観測
された。ゼロ磁場での熱膨張実験では観測されていないため、試料に本質的な
ものでなく、試料のセッティングに原因があると考えられる。試料は調節ねじ
に接着してあるが、接着位置や接着剤の厚みにより極板の平行度が変化したた
めに起きた可能性がある。磁場を印加していくと、電荷秩序転移温度 Tco が低温
側にシフトしていく様子が観測された。また、高温領域と比べて Tco 直上での勾
配が、昇磁に伴い急になっている。Tco 近傍での収縮の大きさは、10 T まで昇磁
に対してほとんど変化しない。[0 0 1]方向の熱膨張は、(4-1)式で示したように、
図 4-3-1
Pr0.60Ca0.40MnO3 における[001]方向の磁場中熱膨張
59
εB とεu の和で書ける。εB は軌道秩序に関与しないため、Tco 付近の∆L/L の磁場依
存性にはεB による影響は無視できると考えられる。したがって、Tco での熱膨張
にはεu の磁場依存性が現れていると考えられ、10 T の磁場中でもεu の大きさは
ほとんど変化していないといえる。
図 4-3-2 に Pr0.60Ca0.40MnO3 の 50 K における磁歪を示す。昇磁過程では約 7
T で試料が急激に膨張しており、磁場印加に伴い電荷秩序相が融解している様子
が観測された。降磁過程では、5.5 T 付近で[0 0 1]方向の収縮が見られる。この
昇磁過程と降磁過程のヒステリシスは、磁気抵抗によりプロットされた磁気相
図と一致する。電荷秩序が消失する磁場での試料長の変化量は∆L/L = 1.3 ×
10-3 であり、温度変化によって得られた 220 K 付近の試料長の変化と比べて小
さい。これは室温に比べて低温では体積が収縮しているために変化量も小さく
なっていると考えられる。
図 4-3-2
Pr0.60Ca0.40MnO3 における [001]方向の 50 K での磁歪
60
4-3-2 [1 1 0]方向の
方向の磁場中熱膨張 (H // [1 1 0])
図 4-3-3 に Pr0.60Ca0.40MnO3 の[1 1 0]方向の磁場中熱膨張の測定結果を示す。全
て昇温で測定を行った。磁場方向は測定方向と同様に[1 1 0]方向に印加した。図
4-3-3 では∆L/L の基準点を転移温度としてある。高温領域から Tco に向かって単
調に収縮するが、電荷秩序転移に伴い急激に膨張している。Tco は磁場を強くす
るに従い低温側に移動している。Tco での試料長の変化量は、10 T の強磁場下で
もほぼ等しく∆L/L = 2.0 × 10-3 であった。[1 1 0]方向の熱膨張は、(4-1)式で示
したように、εB, εu, εxy の和で書ける。4-3-1 項で考察したように、Tco での自発
歪みεu の変化量は磁場中でも変わらないと考えられる。同様に体積歪みεB も磁
場中では大きな変化はないと考えられる。したがって[1 1 0]方向で磁場中熱膨張
を測定することにより、Tco でのεxy の磁場依存性を知ることができる。0 T, 7 T,
10 T ともに試料長の変化量はほぼ等しいことから磁場の大きさに関わらず Tco
で発生したεxy の大きさはほぼ等しいと考えられる。
[0 0 1], [1 1 0]方向の磁場中熱膨張の測定結果から、試料長の変化量は10Τまで
磁場依存性を示さないと考えられる。したがって、電荷秩序に伴い発生する歪
みεxy および軌道秩序に伴い発生する歪みεu は、ともに 10T までほぼ同じ大きさ
であると考えられる。一方、転移温度は磁場印加によって低温側に移動してい
くことが熱膨張測定によっても明らかになった。
‐
図 4-3-3
Pr0.60Ca0.40MnO3 における[1 1 0]方向の磁場中熱膨張
61
4-3-3 相図
図 4-3-4 に Pr0.60Ca0.40MnO3 の弾性定数と熱膨張測定により得られた磁気相
図を示す。弾性定数は降温、熱膨張は昇温で測定されている。転移点は弾性定
数、熱膨張の極小値をプロットした。♯は電気抵抗率[4-6]から得られた点である。
降温過程では弾性定数(C11-C12)/2 と C44 の転移温度が強磁場側で一致しない部分
があるが、歪みと電荷揺らぎの双一次結合で記述できる C44 の転移温度を採用し
た。昇温過程と降温過程では電荷秩序転移温度 Tco が一致せず、ヒステリシスが
存在し、1 次転移であることを示している。また、磁場を上げていくと Tco が低
温側にシフトする様子がわかる。50 K での磁歪にもヒステリシスが観測された。
これら結果は電気抵抗から得られた磁気相図とほぼ一致している。
図 4-3-4 Pr0.60Ca0.40MnO3 について弾性定数
および熱膨張測定結果から得られた磁気磁気相図
62
第 5 章 Nd1-xSrxMnO3
Nd1-xSrxMnO3 は濃度 x = 0.48 ~ 0.52 の狭い領域で電荷秩序転移を示す。x =
0.52 ~ 0.62 では低温で金属相が現れるが、スピンが反強磁性的に秩序化し、電
気抵抗に強い異方性が現れる。これまで x = 0.55 について弾性定数の測定が行
われている[5-1]。本研究では、Nd1-xSrxMnO3 の電荷秩序、軌道秩序を調べるた
めに、x = 0.50 について弾性定数の測定を行った。
5-1 基礎物性
図 5-1-1 に Nd1-xSrxMnO3 の濃度 x による相図を示す[5-2]。x が小さい領域で
は、二重交換相互作用により低温で強磁性金属相になる。x = 0.50 近傍の狭い領
域では電荷秩序相が存在し、電荷秩序相では電荷が局在して絶縁体となる。濃
度 x を増加していくと、eg 軌道のキャリアが減少することにより二重交換相互
作用が弱められ、酸素を介した超交換相互作用により低温では反強磁性相にな
る。電荷秩序相では CE 型、0.52 < x < 0.62 の反強磁性相では A 型、0.62 < x
の反強磁性相では C 型の磁気構造をもつ。図 5-1-2 に中性子散乱により報告さ
れている(a) CE 型、(b) A 型、(c) C 型の磁気構造および軌道配列の模式図を示
す[5-2]。図中に示した a, b, c 軸は斜方晶ペロブスカイトの軸である。(a) CE 型は
スピンが a 軸方向に沿って反平行に整列する。また、Mn3+と Mn4+が立方晶ペ
ロブスカイトの x, y 軸方向に交互に配列し、Mn3+の eg 軌道は d(3x2-r2)軌道と
図 5-1-1
Nd1-xSrxMnO3 の相図
63
[5-2]
図 5-1-2
(a)CE 型、(b)A 型、(c)C 型
の磁気構造と軌道配列
[5-2]
図 5-1-3
Nd0.50Sr0.50MnO3 におけ
る Mn イオン当りの磁化、
格子定数、電気抵抗率の温
度依存性 [5-3]
d(3y2-r2)軌道が交互に並ぶ。これらの配列は c 軸方向に平行に整列し、層状構造
になっている。(b) A 型は二次元的な d(x2-y2)軌道が ab 面に整列し、ab 面内のス
ピンが強磁性的に整列し、面間で反強的な構造をもつ。(c) C 型はスピンが c 軸
方向に沿って強磁性的に整列し、ab 面内では隣り合ったスピンが反強的に整列
する。Mn3+の eg 軌道は d(3z2-r2)軌道が整列する。
図 5-1-3 に Nd0.50Sr0.50MnO3 の Mn イオン当りの磁化、格子定数、電気抵抗
率の温度依存性を示す[5-3]。強磁性金属相への転移温度 TC = 255 K に対応して
抵抗は減少し、磁化は増加している。さらに温度を下げていくと、電荷秩序転
移温度 Tco = 158 K 付近で抵抗率は 3 桁以上増加する。これは Tco での電荷の秩
序化に伴い金属‐絶縁体転移が起きていることを意味している。また Tco で強磁
性から反強磁性相へ転移し、磁化は急激に消失する。格子定数を見ると、Tco で
c 軸方向に収縮し、ab 面内に膨張して擬立方晶から擬正方晶に構造変化してい
ることが分かる。図 5-1-4 に Nd0.50Sr0.50MnO3 の磁化、抵抗率の磁場依存性を
64
図 5-1-4
Nd0.50Sr0.50MnO3 に
おける磁化、抵抗率の
磁場依存性 [5-4]
図 5-1-6
図 5-1-5
Nd0.50Sr0.50MnO3 の
磁気相図 [5-5]
Nd0.50Sr0.50MnO3 の[111]方向の
音速と超波吸収の温度依存性 [5-6]
示す[5-4]。測定は T = 141 K で行われている。磁化曲線は絶縁体‐金属転移に伴
い反強磁性‐強磁性転移を示し、磁化が急激に増加する。これに対応して抵抗
率も数桁にわたる減少が観測されている。また昇磁過程と降磁過程で大きなヒ
ス テ リ シ ス が 見 ら れ る 。 図 5-1-5 に 抵 抗 率 の 磁 場 依 存 性 か ら 得 ら れ た
Nd0.50Sr0.50MnO3 の磁気相図を示す[5-5]。○は昇磁過程、●は降磁過程から得ら
れた転移点で、斜線は転移のヒステリシスを表している。低温になると転移点
65
図 5-1-7 Nd0.45Sr0.55MnO3 に
図 5-1-8
おける Mn イオン当りの磁化、格子定
数、電気抵抗率の温度依存性 [5-7]
Nd0.45Sr0.55MnO3 における
磁場中での電気抵抗率の
温度依存性 [5-7]
は高磁場側にシフトする。またヒステリシスも増大しており、特に 50 K 以下で
顕著である。 Pr1-xCaxMnO3 における電荷秩序相の臨界磁場と比較すると、
Nd1-xSrxMnO3 は数テスラ程度の比較的低磁場で電荷秩序相が融解している。電
荷秩序相では反強磁性を示すが、クーロン反発によるエネルギー損失よりも
Mn3+の 3d 電子の運動エネルギー利得が上回ると絶縁体−金属転移が起き、電
荷秩序相が融解して強磁性となる。Nd1-xSrxMnO3 では両者のエネルギーが数テ
スラ程度の低磁場で制御できるほど接近している。図 5-1-6 に Nd0.50Sr0.50MnO3
の[1 1 1]方向の音速と超音波吸収を示す[5-6]。Tco で電荷秩序転移に伴い音速は急
激に変化し、3%増大する。また、同時に超音波吸収が起こっている。
図 5-1-7 に Nd0.45Sr0.55MnO3 の Mn イオン当りの磁化、格子定数、電気抵抗
率の温度依存性を示す[5-7]。高温ではキュリー・ワイス的に増大していた磁化は、
TN で急激に減少し、磁化の図中の模式図に示すような A 型反強磁性構造になる。
TN では軌道秩序も同時に起きている。格子定数を見ると、TN で a, b 軸方向に膨
張し、c 軸方向に収縮し、擬立方晶から擬正方晶に構造変化する。この時 Mn3+
の eg 軌道が d(x2-y2)軌道に秩序化し、c 軸方向に沿った eg 軌道と酸素イオンの 2p
66
軌道の混成がなくなる。これにより TN 以下で c 軸方向の二重交換相互作用が消
滅し、抵抗率に異方性が生まれている。抵抗率は[1 1 0], [1 1 0]方向では金属的
な振る舞いをするのに対し、[0 0 1]方向では半導体的に急増している。x = 0.50
で見られる電荷秩序と軌道秩序は、それぞれの周期が異なるため、超格子ピー
クで区分されている。x = 0.55 では電荷秩序に対応した超格子反射は観測されて
いないことから[5-2]、Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 による電荷秩序は起きず、3d 電子は酸
素イオンの 2p 軌道を介して ab 面内を遍歴していると考えられる。図 5-1-8 に
Nd0.45Sr0.55MnO3 における磁場中電気抵抗率の温度依存性を示す[5-7]。磁場方向
は抵抗率の測定方向と同じである。磁場印加に伴い TN は低温にシフトしている。
ac 面内(inplane)では磁場印加に伴い強磁性相が安定化し、TN より高温側で負の
磁気抵抗効果(MR)が起きている。
67
5-2 ゼロ磁場
ゼロ磁場での
磁場での弾性定数
での弾性定数の
弾性定数の測定結果
図 5-2-1 に Nd0.50Sr0.50MnO3 の弾性定数の温度依存性を示す。測定は全て降
温で行った。測定周波数は基本周波数で縦波は約 15 MHz、横波は約 8 MHz で
測定した。弾性定数の各モードで強磁性金属転移温度 TC = 250 K に対応した折
れ曲がりを観測した。また、電荷秩序転移温度 Tco = 150 K では急激な飛びが観
測された。C11 の飛びが約 4 %と最も大きく、(C11-C12)/2 で約 2 %、C44 は約 0.5 %
と微小であった。
図 5-2-1
Nd0.50Sr0.50MnO3 における弾性定数の温度依存性
68
Mn3+ : Mn4+ = 1 : 1 の共存によるΓ5+型の電荷揺らぎモードは弾性歪みεxy と結
合することから、弾性定数 C44 にソフト化が期待できる。また、Tco では Mn3+
イオンの eg 軌道による軌道秩序も起きている。四重極子 O20 または O22 は弾性
歪みεu またはεv と結合しているため、弾性定数(C11-C12)/2 のソフト化が期待でき
る。測定結果から、Tc および Tco では異常が観測されたが、ソフト化は観測され
ていない。Tco < T < TC で(C11-C12)/2 にソフト化が見られなかったのは、抵抗率
に見られるように、Tco < T < TC で試料が既に金属であり、eg 電子が遍歴してい
ることに起因すると考えられる。超音波により測定される四重極子感受率は、局
在した電子が軌道縮退していることに起因してソフト化を示す。一方、遍歴電
子系ではその電子物性が弾性定数のソフト化として現れない。また、C44 では図
5-2-2 に示すように Tco 直上でソフト化の痕跡と思われる急峻な減少が観測され
ているが、eg 電子が遍歴することで、電荷揺らぎモードにも影響を与えている
と考えられる。
これまでの研究で Nd0.45Sr0.55MnO3 の試料で弾性定数の測定が行われている。
図 5-2-3 にゼロ磁場での Nd0.45Sr0.55MnO3 の弾性定数の温度依存性を示す[5-1]。
図 5-2-2
Nd0.50Sr0.50MnO3 の弾性定数 C44 の拡大図
69
反強磁性秩序転移温度 TN = 223 K では弾性定数の各モードに異常が観測されて
いる。また、(C11-C12)/2 は高温領域から TN に向かって弾性定数のソフト化が見
られる。 (C11-C12)/2 のソフト化は局在した eg 軌道の軌道自由度に起因している
と考えられる。(C11-C12)/2 の 170 K 付近での異常はパルスエコーが安定していな
いためであり、試料に本質的なものではない。
これまで述べたように Nd1-xSrxMnO3(x = 0.50, 0.55)は Mn3+の eg 軌道は四重
極子 O20 または O22 成分を持ち、弾性定数(C11-C12)/2 にソフト化が期待できる。
x = 0.55 では反強磁性転移温度 TN より高温側で(C11-C12)/2 にソフト化が観測さ
れている。一方、x = 0.50 ではソフト化は観測されていない。Tco の近傍でソフ
ト化が観測されなかった理由として、Tco < T < TC で eg 軌道の 3d 電子が遍歴し
ていることを挙げた。しかし常磁性相でも TC の近傍で期待される弾性定数
(C11-C12)/2 にソフト化が観測されていない。図 5-1-3 および図 5-1-7 に示した x =
0.50, 0.55 の常磁性相の電気抵抗率を見ると、どちらも 10-2(Ω•cm)程度であり電
子の遍歴性はほぼ同じであると考えられる。x = 0.50 に常磁性相でソフト化が観
測されない理由として転移温度の違いが挙げられるが、詳細については今後の
研究が必要である。
図 5-2-3
Nd0.45Sr0.55MnO3 における弾性定数の温度依存性[5-1]
70
5-3 磁場中における
磁場中における弾性定数
における弾性定数の
弾性定数の測定結果
図5-3-1 に Nd0.50Sr0.50MnO3における強磁性転移温度TC 付近の弾性定数C44 の
磁場中温度依存性を示す。測定は降温で行った。ゼロ磁場で観測されたTCに対
応した折れ曲がりは磁場を上げていくと徐々に小さくなり、2 T以上では観測さ
れなかった。
図5-3-1
Nd0.50Sr0.50MnO3におけるTC付近の
弾性定数C44の磁場中温度依存性
71
次にNd0.50Sr0.50MnO3の電荷秩序転移温度Tco付近の弾性定数の磁場中温度依
存性を示す。図5-3-2にC44の測定結果を、図5-3-3に(C11-C12)/2の測定結果を示す。
磁場方向は超音波の測定方向と等しく、C44の測定では[1 0 0]方向、(C11-C12)/2の
測定では[0 1 1]方向である。C44は昇温と降温の両方を測定し、(C11-C12)/2は降温
で測定した。各弾性定数で全ての磁場でTcoに対応した弾性定数の異常が観測さ
れた。Tco付近でデータが不連続であるのはオシロスコープ上のパルスエコーが
安定しなかったためである。図5-1-6を見るとTcoで超音波吸収が観測されている
ことから、磁場中でも超音波吸収が起きていると考えられ、これがパルスエコ
ーに影響を与えたと思われる。また、磁場印加に伴いTcoは低温側にシフトして
いる様子が観測された。C44の測定では降温過程と比較して昇温過程ではTcoが高
温側で観測されていることからヒステリシスがあることがわかる。
図5-3-2
図5-3-3
Nd0.50Sr0.50MnO3における
Tco付近の弾性定数C44の
磁場中温度依存性
72
Nd0.50Sr0.50MnO3における
Tco付近の弾性定数(C11-C12)/2
の磁場中温度依存性
図5-3-4にNd0.50Sr0.50MnO3の弾性定数の実験結果から得られた磁気相図を示
す。C44、(C11-C12)/2は弾性定数の極小値をプロットした。磁場印加に伴いTcoは
低温側にシフトしている。また昇温、降温過程でヒステリシスが観測された。
抵抗率から求められた値[5-5]は♯、音速測定から求められた値[5-6]は×でプロット
した。これらの実験から得られた転移温度は本研究から得られた磁気相図と同
様にTcoはヒステリシスを持ち、昇磁に伴い低温にシフトする。しかし、Tcoはこ
れまでの結果と比べて差がある。特に8 Tの強磁場側で顕著で、10 K以上の差が
見られる。図5-1-1に示したNd1-xSrxMnO3の相図を見るとx = 0.50より高ドープ
側で電荷秩序転移温度Tcoが高温側にシフトしている。したがって転移温度のず
れは本研究で使用したNd0.50Sr0.50MnO3の濃度x が 0.50より大きいことに起因
している可能性が高い。Nd1-xSrxMnO3は0.48 < x < 0.52の狭い領域でのみ電荷
秩序相が存在するため、濃度がx > 0.52では、電荷秩序相が存在しない。この場
合の抵抗率は、図5-1-7で見られるようにxy面内は金属的、z軸方向は絶縁体的な
振る舞いをすることが報告されている。電荷秩序相を持つx = 0.50では異方的な
抵抗率は観測されていないため、本研究で使用した試料の抵抗率を測定し、試
料の濃度を特定する必要がある。
図5-3-4
弾性定数の実験結果から得られたNd0.50Sr0.50MnO3の磁気相図
73
第6章 結論と
結論と課題
6-1 Pr1-xCaxMnO3
本研究では Pr0.60Ca0.40MnO3 の熱膨張測定を行い、Tco で電荷秩序に伴い発生
する歪みεxy と、軌道秩序に伴い発生する歪みεu を観測した。また、Tco で発生し
た体積膨張歪みεB、正方晶歪みεu、格子の角度変化を表す歪みεxy をεB = 1.38 ×
10-3, εu = 3.05 × 10-3, εxy = 9.91 × 10-4 と見積もった。また、磁場中熱膨張で
は自発歪みεxy, εu は磁場中でも変化しないことを示した。今後の課題として以下
の 4 点が挙げられる。
1. 本 研究では熱膨張セルの校正による実験結果の補正を行っていない。
Pr0.60Ca0.40MnO3 では 150 K 付近でインコメンシュレート‐コメンシュレート
転移が示唆されている。図 4-2-4 に示した Al を用いた熱膨張セルの校正結果に
は 150 K 付近で極小が現れており、図 4-2-1 および図 4-2-2 の実験結果における
150 K 付近の極小が試料に本質的なものかどうかを特定する必要がある。その
ため、標準試料で熱膨張測定を行い、正確なセルの熱膨張を求める必要がある。
2. 磁場中では 12 T 印加すると電荷秩序転移が消失することが報告されている。
磁場中の弾性定数測定から、12 T に近づくにつれ、ソフト化が抑えられている
様子が観測されており、外部磁場が 12 T に近づくほど電荷揺らぎモードと結合
するεxy の変化量が小さくなる可能性がある。本研究からは 10 T 以下の磁場中で
自発歪みの磁場依存性は観測されなかったが、より高磁場領域で熱膨張測定を
行い、自発歪みの変化量の磁場依存性を調べる必要がある。
3. 弾性定数の測定では、電荷自由度の振る舞いを反映する C44 のソフト化は濃
度 x = 0.5 で最も大きい。一方、軌道自由度の振る舞いを反映する(C11-C12)/2 の
250 ~ 400 K のソフト化は濃度 x に依存しない。したがって、電荷の秩序化に伴
い発生するεxy は x = 0.50 に近いほど大きく、軌道の秩序化に伴い発生するεu は
濃度 x にあまり依存しないと考えられる。x = 0.35, 0.50 の試料の熱膨張測定を
行い、軌道秩序、電荷秩序に伴い発生する自発歪みεu, εxy を求め、系統的に研究
を行う必要がある。
4. 本研究では電荷秩序によって凍結する電荷揺らぎモードをρxy と提案した。し
かし、厳密な結晶構造である斜方晶を考慮するならば、ρyz またはρzx の可能性も
ある。ρyz の場合、電荷の秩序化に伴いεyz が発生し、ρzx の場合、電荷の秩序化に
伴いεzx が発生する。εyz は[0 1 1], [01 1 ]方向の熱膨張の和で書ける。同様にεzx
は[1 0 1], [1 0 1 ]方向の熱膨張で書ける。したがって電荷秩序によって凍結する
電荷揺らぎモードを特定するため。[0 1 1], [01 1 ], [1 0 1], [1 0 1 ]方向の熱膨張測
定を行う必要がある。
74
6-2 Nd1-xSrxMnO3
本研究では Nd0.50Sr0.50MnO3 について弾性定数の測定を行った。弾性定数に
はソフト化が観測されなかった。Tco 近傍で弾性定数にソフト化が見られなかっ
たのは Tco < T < TC で試料が金属で eg 軌道の局在描像が成り立たないことを示
している。また、TC より高温側でもソフト化が見られないのは、二重交換相互
作用が x = 0.55 よりも強いため、ソフト化の兆候が現れる前のより高温側で強
磁性転移してしまう為だと考えられる。磁場中の弾性定数の測定では、磁場印
加に伴い Tco が低温側にシフトする様子が観測され、昇温過程と降温過程にヒス
テリシスが見られた。今後の課題として以下の 3 点が挙げられる。
1.本研究から得られた転移温度が磁気抵抗から報告されている温度より高温で
あった原因として濃度が x = 0.50 からずれている可能性を挙げたが、その場合
には電荷秩序相が存在しない可能性がある。最低温相では x = 0.55 と同じ構造
を持ち、電気抵抗に異方性が現れると考えられるため、xy 面内と z 軸方向の電
気抵抗率の温度依存性を測定し、最低温相の電気抵抗率の異方性について測定
し、正確な濃度 x を調べる必要がある。
2. Hazama らによって測定された弾性定数は、Nd0.45Sr0.55MnO3 を立方晶と仮
定してを行われている。x = 0.50 と比較して x = 0.55 では TN 以下で xy 面内と
z 軸方向で電気伝導性に強い異方性があることが確認されている。したがって、
弾性定数にも異方性が観測される可能性がある。擬正方晶を仮定し、 C11 、
(C11-C12)/2、C44 の他に C33 と C66 を測定する必要がある。
3. Mn イオンの eg 軌道自由度は自発歪みεu と結合している。また Mn3+と Mn4+
による電荷自由度は自発歪みεxy と結合している。x = 0.50 では Tco で電荷と軌道
の秩序化が起きていることから Tco の近傍でεu とεxy の両方が発生していると考
えられる。一方、x = 0.55 では TN でスピンと軌道が秩序化しているが、電荷秩
序は起きていない。したがって TN の近傍ではεu は発生するがεxy は発生しないと
考えられる。x = 0.50 と x = 0.55 の熱膨張測定を行い自発歪みを求め、転移温
度でのεu とεxy の振舞いを詳細に議論する必要がある。
75
参考文献
第1章
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第2章
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[2-2] Y. Nemoto, T. Goto, A. Ochiai and T. Suzuki : Physics of strongly
correlated electron systems JJAP Series 11 (1999) 120.
[2-3] T. Goto, Y. Nemoto,S. Nakamura, A. Ochiai and T. Suzuki : Physica B
230--232 (1997) 702.
230
[2-4] H. Hazama, T. Goto, Y. Nemoto, Y. Tomioka, A. Asamitsu and Y.
Tokura : Physica B 312
312--313 (2002) 757-759.
[2-5] C. Kittel : 固体物理入門 第 7 版.
[2-6] M. T. Hutchings : Solid State Physics Vol. 16 (Academic Press N. Y.
1964).
[2-7] 上村洸、菅野暁、田辺行人 : 配子場理論とその応用(裳華房)
[2-8] 犬井鉄郎、田辺行人、小野寺嘉孝 : 応用群論 ‐群表現と物理学‐(裳華
房).
[2-9] W. Gebhardt, U. Krey, 好村滋洋 : 相転移と臨界現象(吉岡書店).
[2-10] 小林秋男、小川岩雄、富永五郎、浜田達二、横田伊佐秋 : ランダウ, リ
フシッツ統計力学 第 3 版(岩波書店).
[2-11] T. Goto and B. Lüthi : Adv. Phys. 52 (2003) 67.
第3章
[3-1] 後藤輝孝、鈴木孝至、田巻明、大江洋一、中村慎太郎、藤村忠雄:「高分
解能超音波計測法の開発」東北大学科学計測研究所報告 第 38 巻 (1989)
56-77.
[3-2] 超音波便覧編集委員会編:超音波便覧(丸善).
[3-3] 池田拓郎 : 圧電材料の基礎(オーム社).
[3-4] 松井広志、摂侍力生、大谷安見、中村慎太郎、坂爪新一、後藤輝孝、山
上孜、工藤明雄、柏原守好、鈴木マサヨシ : 「トップローディング型 3He
クライオスタットの開発設計」東北大学科学計測研究所報告 第 40 巻
(1992) 49-58.
[3-5] 小林俊一、大塚洋一 : 低温技術(東京大学出版会).
[3-6] 山口隆 : 新潟大学修士論文 (2002).
第4章
[4-1] H. Hazama, Y. Nemoto, T. Goto, Y. Tomioka, A. Asamitsu and Y.
Tokura : J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) Suppl.pp. 139-141.
77
[4-2] H. Hazama, T. Goto, Y. Nemoto, Y. Tomioka, A. Asamitsu and Y.
Tokura : Physica B 312-313
312 313 (2002) 757-759.
[4-3] 間広文 : 新潟大学博士論文 (2002.
[4-4] T. Tonogai, T. Satoh, K.Miyano, Y.Tomioka and Y.Tokura : Phys. Rev. B
62 (2000) 13903.
[4-5] Z. Jirák, S. Krupicka, Z. Simsa, M. Dlouha and Vratislav : J. Magn.
Magn. Mat. 53 (1985) 153.
[4-6] Y. Tomioka, A. Asamitsu, H.Kuwahara, Y.Moritomo and Y. Tokura :
Phys. Rev. B 53 (1996) 1689.
[4-7] M. Tokunaga, N. Miura, Y. Tomioka and Y. Tokura : Phys. Rev. B 57
(1998) 5259.
[4-8] M. Fiebig, K. Miyano, Y. Tomioka, H. Kuwahara, Y. Tokura and K.
Reimann : Phys. Rev. Lett. 86 (2001) 6002.
[4-9] T. Asaka, S. Yamada, S. Tsutsumi, K. Kimoto, T. Arima, and Y.
Matsui : Phys. Rev. Lett. 88 (2002) 97201.
[4-10] Z. Jirák, F. Damay, M.Hervieu, C. Martin, B. Reveau, G. André and F.
Bourée : Phys. Rev. B 61 (2000) 1181.
[4-11] M. v. Zimmermann, J. P. Hill, Doon Gibbs, M. Blume, D. Casa, B.
Keimer, Y. Murakami, Y. Tomioka and Y. Tokura : Phys. Rev. Lett. 83
(1999) 4872.
[4-12] E. Saitoh, S. Okamoto, K. Takahashi, T. Tobe, K. Yamamoto, T.
Kimura, S. Ishihara, S. Maekawa and Y Tokura : Nature 410 (2001)
180.
[4-13] P. Abel, and G. Bozzolo : Scripta Materialia 46 (2002) 557.
第5章
[5-1] 間広文 : 新潟大学博士論文 (2002).
[5-2] R. Kajimoto, H. Yoshizawa, H. Kawano, H. Kuwahara, Y. Tokura, K.
Ohoyama and M. Ohashi : Phys. Rev B 60 9506 (1999).
[5-3] H. Kuwahara, T. Okuda, Y. Tomioka, T. Kimura, A. Asamitsu and Y.
Tokura : Mat. Res. Soc. Symp. Proc. Vol.494
494 83 (1998).
[5-4] 富岡泰秀、吉沢英樹、三浦登 : 固体物理 4 (1997) 124.
[5-5] H. Kuwahara, Y. Tomioka, A. Asamitsu, Y. Moritomo and Y. Tokura
Science 270 (1995) 961.
[5-6] S. Zvyagin, H. Schwenk, B. Lüthi, K. V. Kamenev, G. Balakrishnam, D.
McK. Paul, V. I. Kamenev and Yu. G. Pashkevich : Phys. Rev B 62
78
(2000) R6104.
[5-7] H. Kuwahara, T. Okuda, Y. Tomioka, A. Asamitsu and Y. Tokura : Phys.
Rev. Lett. 82 (1999) 4316.
[5-8] H. Hazama, T. Goto, Y. Nemoto, Y. Tomioka, A. Asamitsu and Y.
Tokura : Physica B (2003) in press.
79
謝辞
本研究は多くの方々の御協力により遂行することができました。この場を借
りて感謝の意を申し上げます。
新潟大学大学院自然科学研究科の後藤輝孝教授には研究全般に渡り貴重な御
助言を頂いただけでなく、学問に取組む姿勢や進路に至るまで熱心に指導して
頂きました。心から感謝の意を申し上げます。
新潟大学大学院自然科学研究科の根本祐一博士には実験手法や論文の作成な
ど、懇切丁寧に御指導頂きました。厚く御礼申し上げます。
東京大学の十倉好紀教授、朝光敦助教授、産業技術総合研究所の富岡泰秀博
士、上智大学の桑原秀樹助教授には、本研究で用いた単結晶試料を提供して頂
き、また貴重な御意見を頂き感謝しております。
本研究室の先輩である間広文博士には研究の基礎的なことから指導して頂い
ただけでなく、細部に渡り助言を頂きました。深く感謝申し上げます。赤津光
洋氏(博士 2 年)、柳澤達也氏(博士 2 年)、山口隆氏(博士 1 年)には物理全
般から実験に至るまで些細なことも親身になって相談に乗って下さいました。
同期の木村一彦氏(修士 2 年)、坂井一浩氏(修士 2 年)とは実験や論文作成な
ど、苦楽を共にしてきました。後輩である大貫佳氏、尾関文崇氏、林耕平氏、
森脇達也氏(以上修士 1 年)には実験や論文作成のサポートをして頂きました。
秘書の畑中正恵氏には事務的なことでお世話になりました。皆様に感謝致しま
す。
最後に長い学生生活を支えてくれた両親に感謝致します。
80
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超音波および熱膨張測定によるPr1-xCaxMnO3とNd1