平成 22 年度学術動向等に関する調査研究報告(数物系科学専門調査班)
構造物性分野に関する学術振興方策及び学術動向
の調査研究
ム科学」の検討を昨年に引き続き行った。
村上洋一(高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研
素粒子論分野に関する学術振興方策及び学術動向
の調査研究
究所・教授)
九後 太一(京都大学・基礎物理学研究所)
1. 調査研究活動の概要等
構造物性研究とは、物質の結晶構造・電子構造の精密解析
1.調査研究活動の概要等
を行い、その結果に基づいて、物質の持つ性質(物性)や機
世界に於けるわが国の自然科学研究の歴史に於いて、素
能がどのように発現するかを、物理学の基礎法則に基づいて
粒子物理学の分野は先導的役割を果たして来た。すなわち、
理解しようとする研究である。本調査研究では、構造物性研究
仁科芳雄を嚆矢として始まったわが国の素粒子・原子核研究
を中心とはするが、より広く量子ビーム(放射光・中性子・ミュオ
は、湯川秀樹の東洋人初めてのノーベル賞受賞によって一躍
ン)を用いた物質・生命科学に関して、世界的な学術動向の
世界にデビューし、それに続く、朝永振一郎から小柴そして近
調査を行うことを試みた。
年の小林・益川の受賞が示すように、世界の科学研究を担う自
世界的な放射光施設の建設ラッシュは続いており、特にアジ
然な一員としての地位を確立し保持してきた。 そのことが、化
ア地区ではその傾向が激しい。しかし日本では 15 年間、大型
学、生物学などを含めた全ての自然科学分野で、わが国の研
の放射光施設は建設されておらず、本分野でのこれまでの優
究が世界に於いて同様に重要な位置を占めるに至っていること
位性をいつまで保てるか危惧されるところである。一方、中性
に対する寄与は計り知れない。
子・ミュオン施設としては世界最大規模の J-PARC が稼働を始
本研究動向調査では、このようなわが国の科学全般におい
めた。東日本大震災の被害は大きいが、復旧後の成果は大
て先陣を切ってきた素粒子論の分野において、今日、日本の
いに期待できる。
研究が世界的にどの程度の寄与をしているかについて SPIRES
今年度の関連分野における特に注目すべき研究例は下記
のものである。
1.強相関電子系におけるトポロジカル絶縁体、トポロジカル
スピン秩序の研究
2.XFEL によるタンパク質ナノ結晶の fsec オーダーでの結晶
構造解析の研究
3.スピンクロスオーバー転移などの時間分解測定によるダ
イナミックスの研究
今後、この分野をさらに発展させるためには、量子ビームを
データベースを用いて調査した。
素粒子論の分野を大別すれば、国際的プレプリントアーカイ
ブの arXiv が採用している、(1) hep-th : 「理論」 と呼ばれ
る数学的・形式的、top-down 的アプローチ と (2)hep-ph :
「現象論」と呼ばれる、より実験に即した bottom-up 的アプロー
チ、の二方向がある。これを 2000 年から 2010 年の 11 年間の
データから見ると、世界の論文数の 25%を占めている米国は
別として、日本の寄与は、ヨーロッパ先進諸国並みであって、
中でもイタリア、イギリスとほぼ同じ 8%ほどで、ドイツよりは若
利用して観測できる空間スケールΔx、時間スケールΔt をど
干少なく、フランスより若干多い。hep-th と hep-ph のデータを
こまで絞り込めるかということが、重要な実験的課題となる。放
比較すれば、日本は、数学の強いイギリスやフランスに似て、
射光科学において、今後の数年間における目標として、空間
hep-th(理論)の方が hep-ph(現象論)より若干優位であるの
スケールΔx、時間スケールΔt は、Δx〜1 nm, Δt〜100 fsec
に対し、一方、ドイツやイタリアは hep-ph(現象論)の方が得意
である。この空間・時間スケールで電子構造を捉えることがで
であるという傾向が読み取れる。これはわが国では戦前から戦
きるようになると、次のような研究の画期的な展開が期待できる
後まで長らく最先端の高エネルギー実験が無かったこと、一
と考えられる。
方、ドイツやイタリアは自国や CERN などでの実験と深く関わっ
1.触媒科学に代表される表面・界面における局所電子状態
を捉える研究
2.強相関電子系研究において重要となる局所電子自由度
のダイナミックスに関する研究
3.タンパク質などの 1 分子構造解析による生体物質構造の
研究
てきた歴史の反映である。ともかく、湯川・朝永の時代に比べ、
今やわが国がこの自然科学において欧米先進諸国と肩を並
べる「普通の国」になったことをこれらの数字は示している。今
後わが国の素粒子論がどういう方向に行くのが良いのかは難
しい問題であるが、少なくとも近年の 10 年-20 年に至って、
わが国の高エネルギー実験もニュートリノ振動による質量の発
4.光合成機構や分子モーターの解明などの生命機能を電
子論的に理解しようとする研究
見や小林-益川理論を実証した Belle 実験など、世界をリー
ドするようになってきており、今後は実験とより緊密な関係を持
つ hep-ph(現象論)の方にもう少し力点をシフトしても良いかも
2.
その他
知れない。
科研費ワーキンググループおよび科研費タスクフォースの主
査として、平成 25 年から改正される科研費「系・分野・分科・細
数学分野に関する学術動向の調査研究
目表」の見直しを行った。また、時限付き分科細目「量子ビー
松村 昭孝(大阪大学大学院情報科学研究科・教授)
量子グラフに関する国際的動向:幅広い背景の研究がなさ
1. 調査研究活動の概要等
れている。特に、物性物理分野と情報技術の革新へと展開の
日本数学会、数理解析研究所の研究集会、京大や九州大
可能性を感じた。
での国際研究集会等に出席するとともに、中国科学院や北京
離散幾何学および、質量輸送を用いた距離グラフの幾何学、
首都師範大学、ドイツコンスタンツ大学等海外から研究者を招
力学系とくにエントロピーの拡張概念を用いた曲率の研究
聘して、研究交流と学術動向調査を行った。海外での調査に
非常に新しい分野であるが、広いスペクトラムで興味深い課題
ついては、協力者にお願いして、北京大学やフランス・ストラス
が開拓されている。特に連続モデルを離散化、超離散化し、
ブール大学などで行われた集会やセミナーに出席して頂き、
エントロピーなどの力学系概念を用いることで、パターン形成
研究交流を行うと共に学術動向を調査した。中でも、研究担
や大域的な挙動を把握する研究は意義深い。質量輸送を用
当者の分野で最近の活躍が目覚ましい中国からは 5 名の中
いた新しい幾何学の開発は、2010年 C.Villani 氏がフィール
堅研究者を日本に随時招聘し、研究交流を行った。これら多
ズ賞を授賞されたように、今注目のある分野である。
くの研究集会出席と交流を通じて印象的に感じたことを以下
距離グラフの幾何学と確率論の最先端研究動向、特に中
に記す。まず、中国の若手の層が厚いことと活躍する中堅の
国における状況を調査するために、H.Q.Zhao 氏、T.Z.Zhou
平均年齢が比較的に若かく、これからの発展を予感させた。こ
氏を仙台に招聘した。この分野における日本の研究業績が非
れに比し、日本はレベルこそ高いが、若手の層が薄く、将来が
常に高く評価され、興味が持たれていることが分かった。
危惧される。これは、大学の大綱化以来数学者のポストが大
ハイデラバード大学における国際女性数学者会議におい
幅に減ったことやゆとり教育、さらには最近のグローバリズムや
て、世界における女性数学者の動向を調査した。世界的に女
成果・評価主義の等の影響からか、数学を目指す優秀な学生
性数学者数は少ないが、多くの国で順調に育成が進み、主任
が減少していることと、基礎研究の実質をになう研究者自身の
研究員クラスにも女性数学者が増加している。特に、韓国での
研究環境が悪化しつつあることが大きいとおもわれる。最近の
改善は著しい。韓国を訪問し、情報交換をする必要を認識し
動向として、数学の実学への貢献が強く求められ、競争的資
た
金の「公平配分の論理」から「傾斜配分の論理」への転換、そ
では却って諸雑務の増加を生み、中身を支える研究者全体の
数学、特に代数学分野に関する学術動向の調査研
究
時間とエネルギーを静かに消耗させるという皮肉な結果になっ
寺尾 宏明(北海道大学大学院理学研究院・教授)
のための成果・評価主義が進みつつあるが、基礎理論の分野
ているように思われる。(実学から動機付けられた)基礎として
の数学理論が改めて大切であり、これは決して成果・評価主
1. 調査研究活動の概要等
義で培うことはできないことを、国、産業界、教育界で広く認識
特に注目すべき代数学研究:団代数(cluster algebra)と整環の
しなおすことが必要と思われる。一部には当然研究費の「傾斜
表現論
代数(多元環)の表現の研究は、代数上の加群全体の圏の
配分の論理」が必要であるがそれ以外では「公平配分の論
構造を調べることである。伊山修氏(名大 22年度日本学術
理」へと敢えて戻すことも必要に思われる。
振興会賞)は、整環とよばれる代数の加群の圏を深く研究し、
幾何学および基礎解析学・代数学分野に関する学
術動向の調査研究
代数の表現論に関する中心的定理である Auslander-Reiten
小谷 元子(東北大学大学院理学研究科・教授)
論の歴史に残る画期的研究である。しかし、それに留まらず、
理論(2次元理論)の高次元化に成功した。これは代数の表現
その研究はさらに大きな拡がりをもつことになる。それは、上記
1. 調査研究活動の概要等
の高次元化の過程で氏が独自に定義したn団(クラスター)傾
数学と他分野が連携することで、新しい研究方向が拡がる
部分圏(最初は別の名前で呼ばれていた)が、重要な先行研
ことが期待されている。このような連携研究について最近の動
究である団(クラスター)代数の研究と深く関わることが発見さ
向を調査するために、高エネルギー加速器研究機構および
れたことによる。そして、団傾部分圏の概念は、団(クラスター)
理化学研究所を訪問した。高エネルギー加速器研究機構で
圏やカラビ・ヤウ三角圏の研究に大きく寄与し、また、特異点
は、数学、物理、生物に共通の理解が深まり、3分野共通の研
論などの他分野に応用されて多くの豊かな発見をもたらした。
究プロジェクト等を行うことで、新しい研究課題が発見できるよ
これは、氏の圏論的枠組が数学構造の本質を見事に捉えて
うに思われる。
いることの証左である。現在、団代数に関連する理論と応用は、
理化学研究所では、数学と物性物理・化学・材料科学等の
90 年代の量子群を髣髴とさせる勢いで新数学領域を開拓して
連携研究の方向性について議論し、ミクローメゾーマクロを統
おり、今後も大きな進展が期待され、そこで、日本の研究者が
一的に理解する数理モデルの必要性が高いことが分かった。
重要な貢献をする場面も多いと予想される。
いくつかの学会に研究者を派遣し、情報収集を行った。
代数学研究の近年の顕著な傾向:圏と関手(category and
2
functor)
論的距離にある活動銀河の核であることが確立した。通常
の銀河の 103倍という大きな光度の起源は、Eddington限
代数学は、数学の分野の中でも、抽象性の高い分野であるが、
界を用いて 108太陽質量のブラックホールへの質量降着に
更にもう一段抽象度の高い圏と関手は、近年、一段と大きな役
よるとされた。3C273 にはM87 と同じようなJetが光で観
割を担って来ている。森田紀一氏の先駆的な「森田同値」の
測され、電波でも確認された。VLBI技術の進展により、
概念の強力さ、美しさは特筆に値するが、上記の整環の表現
3C279 や 3C273 のJetの根本で“超光速“現象が発見され
論の研究も、森田同値の延長線上にある。代数学のその他の
た(Cohen, Shapiro 1970 年代はじめ)。物理的には相対論
的ビーミングを受けたkベクトルの動きをVLBIで見てい
研究でも(物理学等に由来する)重要問題(たとえばミラー対
称性)などを導来圏・三角圏などの圏論的枠組により、数学的
る現象であり、(ω,k)はローレンツ不変であるから相対
に定式化する試みがしばしば行われる。そして、圏論的な枠
論が破れているわけではない。しかし電子や陽子のような
組を経て、思いもかけぬ具体的な結果が得られることもありえ
素粒子でない、マクロなプラズマ雲が光速の 90%で運動す
る。すなわち、圏論的な枠組は、抽象性を通して、根源的な構
るための加速機構についてはまだ理解が進んでいない。
造の解明に肉薄する強力な武器として用いられており、決して
高エ ネルギー 天文学と VLBI お よび時間領 域天文学
「抽象のための抽象」ではない。このように、本質を掴むための
(1980-2010)
抽象として圏論的枠組を駆使することは、まさに代数学的思考
M87 の光学領域 Jet については、ハッブル望遠鏡で 2000
法の醍醐味であると言えよう。
年代になって“超光速”現象が確認された。また強い相互
作用と電磁相互作用とで宇宙線シャワー発達の形状が異
天文学分野に関する学術動向の調査研究
なることを用いてガンマ線大気シャワーだけを選び出す
大師堂 経明(早稲田大学教育・総合科学学術院・教授)
アルゴリズムが 2000 年代に確立し、TeV ガンマ線観測が
急速に進展した。M87 からの TeV ガンマ線フレアに同期
して、電波のフレアが Jet の根本で発生していることが
1.調査研究活動の概要等
近年 M87 など活動銀河核 AGN からの Jet は、電波から
VLBA で観測され(2009)
、宇宙線加速の起源に観測的制
TeV ガンマ線までの広いエネルギー領域で急速に観測が
限/示唆を加えた。我が国の若手はその後の VLBA 継続観
進み、宇宙線の起源などの未解決の問題にいくつかの示唆
測に参加し、電波フレアの発生個所が周波数によらず、Jet
“超光速”現
を与えている。ここでは、前史(1918-1970)、
の根本であるという結果を得た。また那須観測所のサーベ
象の発見(1970-1980)、高エネルギー天文学と VLBI およ
イ電波源(Takefuji 2008)を国内 VLBI により観測し、分解
び時間領域天文学(1980-2010)、の3期に分けてその進展
で き ない 高輝 度 の点 源の 数が 著 しく 増大 し た( Sudo
を概観する。
2009)
。Fermi ガンマ線源と那須の観測では、強度のゆっ
くりした増大の相関が見られた(Kida 2010)。TeV ガンマ
前史(1918-1970)
線フレア、VLBI で分解できないコンパクト電波源、”超
長い研究の前史は、M87 銀河に付随した Jet の光学観測
光速”現象、などは相対論的ビーミング現象を様々な側面
(Curtis 1918)からはじまる。電波や X 線の観測の無い時
から見ていると解釈できる。これらの天体は、これまで考
代である。第二次大戦後にレーダー技術者達が電波天文学
えられていた以上に多いかもしれない。楕円銀河の進化論
を急速に進展させ、未知の電波源を多数発見した。それら
的位置づけ、zによる分布などの研究が、これらの現象の
の光学的同定が進められ、初期の成果として Cyg-A(系外
理解を深めていくであろう。
銀河)、Cas-A(銀河系内の超新星残骸)などの正体が判
波源は Vir-A と名付けられ、光学天体 M87(メシエカタロ
素粒子 ・原子核実験分野に関 する学 術動向の調
査研究
グ 87 番目)に同定された(Baade, Minkowski1954)。その
住吉 孝行(首都大学東京・教授)
明した。次いで発見されたおとめ座銀河団の中心にある電
論 文 に は Jet の 鮮 明 な 写 真 が 掲 載 さ れ て お り 、
Shklovskii(1955)はシンクロトロン輻射起源であるなら
1.調査研究活動の概要等
偏光が観測されるはずと予言して二匹目のドジョウをね
1999 年6月に開始された高エネルギー加速器研究機構の
らった。一匹目はかに星雲。二匹目の予言は Baade(1956)
B-Factory実験(Belle)が 2010 年 6 月 30 日に終了した。KEKB
cm −2 ⋅ s −1 という予定の 2 倍以上の輝
により確認され、Jet の研究が盛んになった。この時期の
加速器は 2.1 × 10
研究は、Felten(1968)がまとめている。
度を達成し、11 年間にab-1を超える未曾有のデータ量を蓄積
“超光速”現象の発見(1970-1980)
した。これはわが国の加速器技術が世界のトップレベルである
上記の電波源の光学同定の過程で、3C48,3C273,3C279 な
ことを証明するものである。Belle実験ではこれらの大量に蓄積
ど新種の天体、クェーサーが続々発見された(1960 年代)
。
されたデータを使い、B中間子におけるCP対称性の破れを検
大きな赤方偏移の起源について論争は長く続いたが、宇宙
証し、小林・益川モデルの正しさを証明した。また、B中間子の
3
34
崩壊過程の観測の中で、これまで知られていなかった新しい
森 正樹(立命館大学理工学部 教授)
共鳴状態が数多く発見された。これらの共鳴状態に関しては
未だその正体が明らかになっていないものが多く今後の研究
1.調査研究活動の概要等
が期待される。現在、KEKB加速器を改造して 50 倍以上の高
粒子加速器を用いない素粒子物理学を含む、広い意味での
輝度を持つsuper-KEKBの建設が進められている。2014 年か
宇宙線・宇宙物理の研究の現状を、外国の同種の研究状況も
ら運転を開始する予定であり、それに向けてBelleもBelle-IIへ
含めて把握するため、次のような調査研究を行った。
と改造が進んでいる。
“TeV Particle Astrophysics”国際会議(2010 年 7 月、フラン
2010 年 3 月 30 日にジュネーブ市郊外にある欧州合同原子
ス)では、高エネルギー天体物理学・非加速素粒子物理学の最
核研究所(CERN)の LHC(大型ハドロン衝突型加速器)が米国
新の動向を把握することに努めた。特に、新たな宇宙暗黒物質
フェルミ研究所の TEVATRON(2TeV)をはるかに超える世界
探索実験の興味深い結果が報告され、日本の同様の目的の研
最高エネルギーの7TeV を達成し実験を継続している。「標準
究の結果、およびこれから結果が出てくると期待されている実
モデルの再発見」と呼ばれるように日本人研究者が多数参加
験結果との比較検討が進み、研究が進展していくことが大いに
している ATLAS 実験でも top quark を始め、W,Zボソンなど
期待される。また、2009 年に打ち上げられたフェルミ宇宙ガン
の重い粒子たちが予想通りに生成され、かつ、見事に観測さ
マ線望遠鏡による観測結果が報告され、天体からのガンマ線を
れており、高い検出器の性能が示されている。まずは標準モ
これまでにない感度で検出することにより新たな知見が次々と
デルで唯一未発見の粒子である Higgs 粒子の探索が最重要
得られ、高エネルギー天体物理学が大きく発展している様子を
課題であり、2014 年にはその発見が期待されている。
知 ることができた。最高エネルギー宇宙線では、米などの
一方、東海村のJ-PARCでは 50GeV陽子シンクロトロン(実
Auger 実験と、日本などの Telescope Array 実験の最新結果が
際は 30GeVで稼働)を用いた実験が始まった。その中にはμ
報告され、以前の意外な実験結果が、観測精度が上がってど
型ニュートリノを神岡に向けて飛ばし電子型ニュートリノに変化
のような結論になるのか注目される。さらに、国際宇宙ステーシ
する事象を探索するT2K実験がある。2010 年 2 月 24 日に初
ョンでの観測が計画されている AMS など、これから実現するで
めてJ-PARCで作られたニュートリノが神岡の検出器で捉えら
あろうプロジェクトに関する講演もいくつかあり、その動向も気に
れた。期待通りの性能で加速器が運転されれば
なるところである。これらの実験の関連研究者との意見交換を
sin 2θ13 = 0.1 とした場合に、数年で
直接行うことができた。
2
100 個以上の電子
型ニュートリノの検出が予想される。現在は 115kWでの運転で
国内では、日本物理学会秋季年会の宇宙線・宇宙物理領域
あるが、今後の加速器強度の増強が期待される。また、2010
のセッションに出席し、日本の実験・観測グループや理論の最
年の秋にはハドロンビームラインにビームが出され、T2K以外
新の研究状況を把握することに努め、また関連研究者と議論
+
の素粒子・原子核実験も開始されている。ペンタクォークΘ の
した。
探索が最初の実験として開始され、その結果の公表が待たれ
ている。そのほか、ハイパー核実験、中性K中間子によるCP
光科学分野に関する学術動向の調査研究
対称性の破れの観測などが計画されている。
萩行 正憲(大阪大学レーザーエネルギー学研究センター・
T2K と同じニュートリノ混合のパラメータ θ 13 を測定するため
教授)
の原子炉を用いた Double-Chooz 実験がいよいよ始まった。
2011 年の夏ごろにはこれまでの下限値 sin
2
2θ13 ≤ 0.15
1.調査研究活動の概要等
を超えることが期待されており、T2K との競争が興味深い。
1) 第 4 回山田シンポジウム“Advanced Photons and Science
Evolution”を、江尻宏泰阪大名誉教授、小川哲生阪大教授とと
2. その他
もに共同議長として開催した。2010 年 6 月 14 日~18 日、JICA
2010 年度末の 3 月 11 日に起きた東日本大震災の影響で原
大阪にて約 70 名が参加した。内容は、光に関する極めて幅広
子力発電所が停止したため電力供給の低下が起き、東日本
い領域にわたり、活発な議論が繰り広げられた。本調査研究費
での素粒子・原子核実験の遂行が困難となっている。また、東
により、米レンセラー工科大学の Z.–C. Zhang 教授、英インペリ
京電力福島第 1 原子力発電所からの放射性同位元素の漏れ
アルカレッジの J. Pendry 教授、韓国高麗大学の Q.-Han Park
に関係して、多くの外国人研究者達が母国に帰国したり、日
教授を招待し、テラヘルツ波科学並びにメタマテリアルに関し
本で開催予定の国際会議も中止に追い込まれている。今後、
て講演をしていただいた。テラヘルツ分野の研究は我が国でも
東日本大震災が日本の素粒子・原子核実験分野に及ぼす影
非常に盛んであるが、メタマテリアルについては、平成 22 年度
響や環境放射線のモニターに関しての研究者の貢献につい
採択の萩行を領域代表者とする科研費新学術領域研究「電磁
て注目し調査したいと考えている。
メタマテリアル」が、最初の組織的研究である。なお、会議の詳
細と Proceedings などは
宇宙線・宇宙物理分野に関する学術動向の調査研
究
http://www.yamadazaidan.jp/ys/apse2010/participants.html
にて見ることができる。
4
2)ドイツカールスルーエ工科大学で 2010 年 9 月 13 日~16 日
感じた。これは、研究への意識の高い学生が夏の学校に参加
に開催された Metamaterials 2010 に参加し、講演と情報収集
しているとも理解されるので、今後、もう少し一般的に基礎研
を行った。この会議はヨーロッパにおけるメタマテリアルの最も
究に対する若手の意識調査を行いたいと考えている。
大きな会議で、毎年開催され、本年度が 4 回目である。参加者
ぼ同じである。この会議ではプレナリー講演にその特徴が反映
惑星科学・宇宙化学分野に関する学術動向の調査研
究
されるが、今回は、メタマテリアルの概念と様々な物質の物性と
永原 裕子(東京大学大学院理学系研究科・教授)
は 380 名以上で、この人数は第 1 回目のローマの会議以来ほ
を融合するのがテーマのようであった。光領域の作製は技術的
な困難さが足かせとなっており、やや足踏み状態であるが、テ
1. 調査研究活動の概要等
ラヘルツ領域では、作製が比較的やさしいこともあって、特に平
・惑星科学,宇宙化学の分野動向を,多くの国際学会参加,1
面メタマテリアルを用いたアクティブなメタマテリアルデバイスの
つの国際会議開催,多様な国内学会参加により調査した.注
研究進展が著しい。我が国の参加者は 8 名で、まだ少ない。な
目する研究として,原始太陽系円盤における3次元大規模シミ
お、会議の詳細は
ュレーション,初期太陽系における生命起源物質の進化を挙
http://congress2010.metamorphose-vi.org/
げることができる.惑星の素材となる物質が初期太陽系のなか
で見ることができる。
で太陽方向とその反対方向に移動する成分が存在することか
ら,惑星の化学組成が,成因や化学的特徴の異なる2つの成
物理学(物性等) 物性 II(量子物性)分野に関する
学術動向の調査研究
分の多様な混合による系統的な違いがあったという可能性が
川上 則雄(京都大学大学院理学研究科・教授)
・惑星科学分野動向調査のため,5 月末,アメリカの研究者 2
示されてきた.
名の招待を含む国際会議を開催した.そのほかに,惑星科学
1. 調査研究活動の概要等
から天文学にわたる多様な分野の国際学会4件,国内学会3
本調査は、研究内容が非常に多様化している物性物理学
件に参加した.特筆すべき動向として,海外,特にアメリカに
の中で、特に量子物性分野の最近の学術動向を調査すること
おける月研究の復興をあげることができる.1990 年代以降,低
を目的としている。この分野において本年度発表された原著
下傾向にあったこの分野に多くの若い研究者が参入してきて
論文や解説・総説記事などを検討し、さらに国内外の研究会・
おり,新しい時代が到来しつつあることが見て取れる.これは,
ワークショップに出席することで最近の研究の動向を調査した。
日本を含む複数の国による月探査が進展してきたことの結果
まず、プレプリントサーバーや学術誌に投稿された論文・解説
と推測される.
などを調査することで、最近の量子物性物理学の動向を調べ
た。その結果、最近進展の著しいいテーマに「トポロジカル絶
2. その他
縁体」に関する研究があることを確認した。これは、半導体分
天文学分野(特に星形成分野)においては,天文学と鉱物学
野で数年前理論的に予言され実験的に観測されたものである。
の分野融合が進展していることが特筆される.天文学研究者
その後、半導体に限らず、強相関電子系、数理物理などの他
が,鉱物学を大変深く理解し,駆使しており,日本との違いが
分野にも大きな影響を与えながら急速に発展しているテーマ
顕著である.日本においては,天文学研究者はある程度は鉱
である。この他、特に進展が著しいものに、エキゾチック超伝
物学理解し,利用することはするが,駆使することはできてい
導物質に関する研究がある。中でも東工大の細野グループに
ない.この違いは,おそらく学部教育体系によるものと考えら
よって数年前に発見された鉄ヒ素系高温超伝導に関する研究
れ,狭い領域の教育を指向する日本の大学の学科の体質が,
は現在も非常に精力的に行われている。また、重い電子系の
新しい学問領域の開拓を阻んでいるのではないかと推察され
超伝導においても新奇な現象が数多く発見され、国際的に競
る.またそのような分野には女性が多く存在することも,なんら
争の激しい分野となっている。このほか、冷却原子系での実験
かの関係があるのではないかと推察するところである.
研究も日々進展しており、原子物理、レーザー物理、凝縮系
物理の境界領域に大きな刺激を与えている。これらの調査を
地球惑星科学分野に関する学術動向の調査研究
通じて、多くの分野に共通のキーワードとして「強相関の量子
花輪 公雄(東北大学大学院理学研究科・教授)
効果」が浮かびあがり、これに関する研究が大きな潮流を作っ
ていることを確認した。このほか、2010年度物性若手夏の学
1.調査研究活動の概要等
校に参加する機会があったので、これを利用して物性若手の
(1)2010 年度の地球惑星科学分野コミュニティの動向
2010 年度の地球惑星科学分野の動向でもっとも重要なのは,
意識について情報収集を行った。講義の前後での議論や、夕
食後のミーティングを利用して多くの学生から意見を聞くことが
日本学術会議科学者委員会大型研究計画検討分科会が提
できた。とかく理系離れが報道される今日であるが、夏の学校
言として公表した「学術の大型施設計画・大規模研究計画-
に参加した大学院生の多くは、研究への意識がかなり高いと
企画・推進策のあり方とマスタープラン策定について」(2010
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年 3 月 17 日)の改訂作業である.同会議地球惑星科学委員
国やアジアなど世界各国から 716 名の研究者が参加した。参
会では,本提言が必ずしも各分野コミュニティで十分時間をか
加者の数では核融合関係のプラズマ物理研究者がほぼ半数
けて作成されたものではないとの認識のもと,大幅な改訂を行
を占めているが、招待講演の選び方などの会議の運営方針と
うこととした.各コミュニティは程度の差はあれ,この問題を重く
しては「磁場閉じ込め核融合」、「ビームプラズマ、慣性核融
捉え,とりまとめの作業を行った.その後,地球惑星科学委員
合」、「ダスト、低温プラズマ」、「基礎、天体プラズマ」の4つの
会は提案のヒアリングを行い,12 件の大型計画としてまとめた.
研究領域を均等に扱う努力をしている。この方針は 10 年ほど
しかしながら 2010 年度内では提言の改訂版をまとめるには至
前から始まっていて、欧州では基礎的なプラズマ物理研究に
らず,結論を持ち越している.なお,同会議第三部による「理
重点を置きつつあることを示している。
学・工学分野の科学・夢ロードマップ」の作成も同時進行的に
同じく 10 月に韓国で開催された核融合エネルギー会議に
議論が行われている.これらの二つの議論を通じて,地球惑
は、世界各国から約 1500 名の研究者が参集した。核融合研
星科学の諸分野は,学問の社会への還元が極めて重要であ
究のここ 10 年ほどの流れは、一方では世界最大の実験装置
るとの認識が一段と深化したと分析している.
を国際共同でフランスに建設する ITER(国際熱核融合実験
炉)計画が進行すると同時に、アジア各国で独自の新しい装
(2)2010 年度の地球惑星科学分野の注目すべき研究例
置が建設されている。欧米では ITER 以外の新しい実験装置
本分野でもっとも特筆すべき成果は,「はやぶさ」によるサン
の建設が見られないのとは対照的に、アジア圏での核融合研
プルリターン計画の成功である.幾多の困難を乗り越えて目
究に対する新鮮な動きが目立つ。
的通り小惑星イトカワからサンプルを持ち帰ったことは,世界
11 月に米国のシカゴで開催された、米国物理学会・プラズ
初の偉業である.科学成果そのものは,分析に時間がかかる
マ物理分科会では、大型レーザーを用いた慣性核融合研究
ため 2011 年度以降に持ち越されているが,わが国の科学史
の中心的実験施設である NIF(National Ignition Facility)の実
に残る出来事であった.
験が、核融合の点火寸前まで来ていることが大きな話題となっ
ていた。慣性核融合研究は、大型レーザー施設の安定した運
(3)「東北地方太平洋沖地震」と「東日本大震災」に対する諸
転技術と、極小のレーザーのターゲット作りと超高速のプラズ
学会の対応
マ計測技術、また爆縮過程と核融合反応をモデル計算によっ
2011 年 3 月 11 日,わが国史上最大の地震「東北地方太平
て追跡するシミュレーション技法との総合的な研究であり、そ
洋沖地震」(M9.0)が発生した.この地震による被害や発生した
の結果としての点火実証実現に対する核融合研究者からの
巨大津波による被害に,制御不能となった東京電力福島第一
期待は非常に大きなものがある。
原子力発電所からの放射能漏れによる被害が加わり,「東日
本大震災」呼ばれる大災害となった.この事態を受け,地震予
知に関する学問的検討をはじめとし,多くの関連する学会が
対応にあたっている.このような多くの学会の対応は,学問の
あり方自身を問う作業も含まれており,わが国の地球惑星科学
の今後の動向に大きな影響与えるものと思われる.
数物系科学プラズマ科学分野に関する学術動向の
調査研究
岡村 昇一(核融合科学研究所・教授)
1.調査研究活動の概要等
プラズマ科学研究の世界の研究動向を把握する際には、
地域としては米国、欧州、日本を含むアジアの三つを考えるこ
とができる。平成 22 年度は、米国と欧州とを代表するプラズマ
科学分野の国際会議として、米国物理学会・プラズマ物理分
科会、ヨーロッパ・プラズマ物理会議に出席し、最新の研究動
向を調査した。また韓国の Daejeon において開催された、国際
原子力エネルギー機関主催の核融合エネルギー会議では、
近年発展の著しいアジア各国のプラズマ科学、特に核融合プ
ラズマ研究の研究動向について情報を得ることができた。
2010 年 6 月にアイルランドのダブリンで開催された第 37 回
ヨーロッパ・プラズマ物理会議は、欧州域内に留まらずに、米
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数物系科学専門調査班