π が無理数であることはよく知られているが、その証明は初心者には敷居が高いとみなされがちである。い
くつかの証明法のうち、初等的知識のみを用いる Niven の証明(1947 年)が有名であるが、原論文はあまり
に簡潔過ぎて理解しづらいかもしれない。
証明のアウトラインは、背理法による。 π は有理数であると仮定し、π = a/b(a, b は正の整数)とおく。
いま、
∫
π
In =
0
xn (a − bx)n
sin xdx( n は正の整数)
n!
という積分を考える。これは
(1) 積分計算により任意の n に対して整数値となることが示される。
一方、
(2)In を評価することにより、n を十分に大きくとれば 0 < In < 1 の範囲に収まることが示される。
これは矛盾であるので、π は有理数ではない。
ここで誰もが疑問に思うことは、「なぜ、このような関数を考えるのか?どこから出てきたのか?」という
ことであろう。それを問い詰められれば、「うまくいくから」としか答えられないのであるが、証明を理解し
てゆくにつれ、「なるほど」と感じされられるような絶妙な特徴が備わっていることに気付く。以下では、そ
の特徴ができるだけ読み取れるように解説を試みる。
(1) の積分計算を、具体的に n = 3 の場合について行なってみよう。gn (x) = xn (a − bx)n とおけば、
∫ π
∫
1 π
g3 (x)
I3 =
sin xdx =
g3 (x) sin xdx
3!
3! 0
0
この後で部分積分を行なうことになるが、その過程を詳細に書くと大局を見失ってしまうので、ここでは結果
だけを書くことにする。
I3 =
1
(2)
(4)
(6)
[g3 (0) − g3 (0) + g3 (0) − g3 (0)
3!
(2)
(4)
(6)
+g3 (π) − g3 (π) + g3 (π) − g3 (π)]
右辺の [ ] 内は複雑に見えるが、「g3 (x) の 2m 階導関数を、 m = 0, 1, 2, 3 について、符号を反転させつつ足
し合わせた関数」に、 x = 0 および π を代入したものの和となっている。この特徴を捉えれば、一般の n の
場合にどのような結果になるかは容易に想像できるだろう。
(2m)
さて、右辺に現れる g3
(2m)
(0), g3
(π) の値が全て 3! で割り切れることが示されれば、 I3 は整数値となる
ことが導かれる。引き続き具体例で見てゆこう。
g3 (x) = x3 (a − bx)3 を展開すれば a3 x3 − 3a2 bx4 + 3ab2 x5 − b3 x6 となるが、具体的な係数は重要ではな
く、再び整数となることに留意してほしい。そこで、これを g3 (x) = px3 + qx4 + rx5 + sx6(ただし、p, q, r, s
は整数)とおいて微分してゆくと
(0)
g3 (x) = px3 + qx4 + rx5 + sx6
(1)
g3 (x) = 3px2 + 4qx3 + 5rx4 + 6sx5
(2)
g3 (x) = (3 · 2)px + (4 · 3)qx2 + (5 · 4)rx3 + (6 · 5)sx4
(3)
g3 (x) = (3 · 2 · 1)p + (4 · 3 · 2)qx + (5 · 4 · 3)rx2 + (6 · 5 · 4)sx3
(4)
g3 (x) = (4 · 3 · 2 · 1)q + (5 · 4 · 3 · 2)rx + (6 · 5 · 4 · 3)sx2
(5)
g3 (x) = (5 · 4 · 3 · 2 · 1)r + (6 · 5 · 4 · 3 · 2)sx
(6)
g3 (x) = (6 · 5 · 4 · 3 · 2 · 1)s
(7)
g3 (x) = 0
..
.
1
(2)
となる。ここでのポイントは、もとの g3 (x) が 3 次以上の項のみで構成されているために、 g3 (x) までは定
(3)
数項が現れず、 g3 (x) 以降で定数項が現れたころには、それまでの微分操作の結果が積もり積もって 3! の倍
数となっていることである。それぞれについて、 x = 0 のときの値を求めれば
(0)
g3 (0) = 0
(1)
g3 (0) = 0
(2)
g3 (0) = 0
(3)
g3 (0) = (3!)p
(4)
g3 (0) = (4!)q
(5)
g3 (0) = (5!)r
(6)
g3 (0) = (6!)s
(7)
g3 (0) = 0
..
.
(k)
すなわち、 g3 (0) はすべて 3! で割り切れることが分かる。ここでは証明しないが、これは実は一般の n に
ついて成立する。
(k)
gn (π) については計算が複雑となるので、式の特徴を利用する。 π = a/b とおいたことに注意して、
gn (x) = bn xn (π − x)n と変形すれば、
gn (x) = gn (π − x)
が成り立つことが分かる。この両辺を微分してゆくと
(1)
(1)
gn (x) = −gn (π − x)
(2)
(2)
gn (x) = +gn (π − x)
(3)
(3)
gn (x) = −gn (π − x)
(4)
(4)
gn (x) = +gn (π − x)
..
.
x = π を代入すれば
(1)
(1)
gn (π) = −gn (0)
(2)
(2)
gn (π) = +gn (0)
(3)
(3)
gn (π) = −gn (0)
(4)
(4)
gn (π) = +gn (0)
..
.
これは g(x) のグラフが x = π/2 に関して対称であることから、直感的にも頷ける結果である。このことか
(k)
(k)
ら、gn (π) は gn (0) 同様、すべて n! で割り切れる。
以上から、I3 、ひいては(ここでは証明しないが)In が整数値となることが示される、というのが (1) のあ
らましである。
次に、(2) の評価を行なう。 0 < x < π = a/b において 0 < a − bx < a、したがって両不等式を掛け合わせ
ることができて
0 < x(a − bx) <
a2
b
これを n 乗して 1/n! を掛け、さらに 0 < sin x < 1 を掛ければ
0<
1
xn (a − bx)n
sin x <
n!
n!
2
(
a2
b
)n
全辺を 0 から π まで積分すれば、不等号は保たれて
∫
π
0<
0
xn (a − bx)n
sin xdx <
n!
∫
π
0
1
n!
(
a2
b
)n
dx
となり、真ん中の辺は In そのものである。いま、最右辺の積分の中身は n → ∞ で 0 に収束する(直感的に
は、定数の n 乗よりも n! のほうがはるかに急激に増大する)ため、十分大きな n をとれば
0 < In < 1
とすることができる。
(1)(2) は互いに矛盾するため、 π は有理数ではないことが示される。
注:初等的には π は「円周と直径の比」などと定義されるが、上の証明ではそのような定義を用いているわ
けではない。その代わりに「π は sin x の正の零点のうち最小のものである」という定義が採用されている。
これは証明中では「 sin π = 0」、また「 0 < x < π において 0 < sin x < 1」などの形で用いられている。
3
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∫ π xn(a − bx )n n! ∫ π g3(x) 3! sin xdx = 1 3! ∫ π g3(x) sin xdx 1 3