高速無線通信を支えるアンテナ・伝搬技術論文特集
招待論文
広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
藤井 輝也†
表
英毅†
太田 喜元†
Time-Spatial Propagation Model for Wideband Mobile Communications
Teruya FUJII† , Hideki OMOTE† , and Yoshichika OHTA†
あらまし 広帯域移動体通信において,アダプティブアレーアンテナや MIMO 等の空間処理技術を精度良く
評価するためには,電波伝搬損,電波伝搬遅延時間のみならず電波到来角度を同時に扱える時間・空間電波伝搬
モデル(時空間伝搬モデル)が不可欠である.本論文では,まず UHF 帯及び SHF 帯の測定結果に基づいて開
発した時空間伝搬モデルについて述べる.本結果の一部は,ITU-R 勧告 P. 1816 として標準化された.次に,簡
易なレイモデルを用いた物理的な時空間伝搬モデルを提案し,測定結果に基づいて開発した時空間伝搬モデルを
よく説明し得ることを示す.
キーワード
移動伝搬,時空間電波伝搬モデル,伝搬損,伝搬遅延プロファイル,電波到来角プロファイル
た.CDMA 方式では伝送帯域幅に応じた分解能で伝
1. ま え が き
搬遅延波を分離し,それらを RAKE 合成して伝送品
陸上移動体通信システムを効率良く構築するために
質の向上を図る.そのため,分離可能な有効パス数を
は電波伝搬モデルが不可欠であり,これらを基盤とし
評価できる電波伝搬遅延プロファイルの推定が求めら
て最適な無線伝送システムやアンテナシステムが開発
れた [3].
される.すなわち,新たな無線システムを開発する際
一方,3.9 世代と呼ばれる第 3 世代移動通信の高度化
には,それらを評価し最適化できる精度の高い電波伝
システムや第 4 世代移動体通信方式 (IMT-Advanced)
搬モデルの開発が不可欠である.
では,更なる周波数有効利用技術として,アダプティブ
電波伝搬モデルの研究開発は,移動体通信システム
アレーアンテナ (AAA) や Multi-Input Multi-Output
の発展と密接に関連している.図 1 に我が国で実用化
(MIMO) 等の空間信号処理技術が精力的に研究されて
された移動体通信システムとそれを開発するために必
いる.これらの空間処理技術を評価するためには,電
要とされた電波伝搬モデルの関係を示す.
波到来角度特性である電波到来角プロファイルの推定
第 1 世代移動通信システムはアナログ伝送方式であ
り,特にシステム設計において電波伝搬損の推定が不
が特に重要となる.
このように移動体通信システムでは世代が進むに
従って,電波伝搬モデルに対する要求条件も多様化し,
可欠であった [1].
第 2 世代移動通信システムでは狭帯域ディジタル伝
電波伝搬損推定から電波伝搬遅延推定,更に電波到
送方式が採用され,電波伝搬遅延による符号間干渉を
来角推定へと高度化している.今後,周波数利用率の
評価するために,様々な伝搬環境下における電波伝搬
いっそうの向上が図れる移動体通信システムを開発す
遅延スプレッドの推定が重要であった [2].
るためには,電波伝搬損,電波伝搬遅延(時間),電
第 3 世代移動通信システムでは,広帯域ディジタル
伝送方式として,電波伝搬遅延を克服できる CDMA
(Code Division Multiplex Access) 方式が採用され
波到来角度(空間)を同時に扱える時間・空間電波伝
搬モデル(以下,時空間伝搬モデル)が不可欠である.
本論文では,まず UHF 帯及び SHF 帯の電波伝搬
測定結果に基づいて開発した伝搬遅延プロファイルと
†
ソフトバンクモバイル株式会社ワイヤレスシステム研究センター,
東京都
Wireless System R&D Center, Softbank Mobile Corp., 2–38
Aomi, Koto-ku, Tokyo, 135–8070 Japan
電子情報通信学会論文誌 B Vol. J91–B
電波到来角プロファイルを同時に推定可能な移動体
通信対応の時空間伝搬モデルについて述べる [4]∼[9].
開発した時空間伝搬モデルは,ITU-R (International
c (社)電子情報通信学会 2008
No. 9 pp. 901–915 901
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
図 1 我が国で実用化された移動体通信システムと電波伝搬モデルの関係
Fig. 1 Cellular systems and their required propagation models.
Telecommunication Union Radio communications
sector) において「ITU-R 勧告 P. 1816」として 2007
年 11 月に標準化された [10].
それらはそれぞれ電波伝搬遅延プロファイルモデル,
電波到来角プロファイルモデルと呼ばれる.
ところで,時空間伝搬モデルは厳密には伝搬遅延時
続いて,測定結果に基づいて開発した時空間伝搬
間と電波の到来角度の同時関数として与えられる電波
モデルを説明し得る物理モデルについて考察する.
伝搬プロファイルモデルである.一方,電波伝搬遅延
従来,時間と空間を同時に扱える物理モデルとして
プロファイルと電波到来角プロファイルを同時に推定
レ イト レー ス モデ ルや 散 乱モ デル が 提唱 され て い
できる電波伝搬モデルも広い意味での時空間伝搬モデ
る [11], [12], [26], [27].レイトレースモデルは構造物の
ルと考えられる.そこで,本論文では厳密な時空間伝
形状,電気特性等を完全に決定できれば伝搬特性を詳
搬モデル(以下,
「狭義の時空間伝搬モデル」)に対し
細に説明できるが,計算が非常に繁雑であり,推定精
て,電波伝搬遅延プロファイルと電波到来角プロファ
度を向上させるためには膨大な計算時間を必要とする.
イルを同時に推定できる電波伝搬モデルを「広義の時
一方,散乱モデルは移動局の周囲に一定の大きさの散
空間伝搬モデル」と定義して用いることにする.
乱領域を設定し,その領域内で電波を一回だけ散乱
まず,本章では広義の時空間伝搬モデルとして,送
(反射または回折)させる伝搬モデルであり,レイト
受信間が見通し外 (NLOS) であるセルラ環境下の測定
レースモデルを極限に簡易化したモデルである.しか
結果に基づいて開発した電波伝搬損推定式,電波伝搬
し,従来の散乱モデルでは測定結果を十分に説明でき
遅延プロファイル推定式,電波到来角プロファイル推
ない.そこで,散乱モデルを拡張した物理モデルに基
定式について説明する.以下,電波伝搬損,電波伝搬
づく新たな時間空間伝搬モデルを提案する [13]∼ [21].
遅延プロファイルに関しては,伝搬損,伝搬遅延プロ
提案する物理モデルは散乱領域内を電波の減衰領域と
ファイルと略して表記する.
仮定し,電波がその領域を通過する間は伝搬距離に応
2. 1 電波伝搬実験
じて増大する損失を自由空間損に加算するモデルであ
実験式を開発するにあたり,様々な地域,実験条件
る.そして,散乱領域内の減衰関数を最適化すること
で測定を実施した.測定諸元を表 1 に示す.伝搬損の
により,提案する物理モデルが測定結果を非常によく
測定は,0.8 GHz から 8.4 GHz 間の 5 波の狭帯域周波
説明できることを示す.
数を用いて行った.伝搬遅延プロファイルの測定は,
2. 時空間伝搬モデル
2.2 GHz 帯と 2.6 GHz 帯の 2 波に関してはチップレー
トが 1.8725∼ 30 Mcps の異なる五つのチップレートの
時空間伝搬モデルは,図 2 に示すように送受信間の
広帯域周波数を用いて,また 3.4 GHz 帯から 8.4 GHz
電波伝搬損特性,電波伝搬遅延特性,電波の到来角特
帯の 3 波に関しては 6.25∼ 50 Mcps の異なる四つの
性を同時に推定できるモデルである.そして,電波伝
チップレートの広帯域周波数を用いて行った.測定で
搬遅延特性や電波到来角特性だけに着目した場合には,
は,PN で拡散したそれぞれのチップレートに対応す
902
招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
Fig. 2
Table 1
図 2 時空間伝搬モデル
Time-spatial propagation model.
表1 測定諸元
Measurement parameters.
(urban),郊外地 (suburban),住宅地 (rural) を選択
して,様々な実験条件で実施した.
2. 2 伝搬損推定式
従来,移動通信分野において,基地局アンテナ高が
周囲の建物高より高い場合の伝搬損特性を巨視的な観
点から表すものとして,いわゆる「奥村カーブ」が広
く利用されている [1], [22].しかし,
「奥村カーブ」は
建物の高低等の都市構造が考慮されていない.一方,
都市構造物を考慮できる伝搬損モデルとして「坂上
式」が提案されている [23].しかし,これらのモデル
の周波数範囲はともに UHF 帯であり,準マイクロ波
帯 (1.5∼3 GHz) や SHF 帯において,
「奥村カーブ」や
「坂上式」のように簡易に利用できる伝搬損推定式はほ
とんど開発されていない.そこで,UHF 帯の「坂上
式」をもとに適用周波数を SHF 帯まで拡張した「拡
張坂上式」を開発した [24].開発した伝搬損失式 L(d)
る広帯域信号を送信し,受信機では受信した信号を相
関検出し,チップレート分の 1 の時間分解能で伝搬遅
延波を分離した.
基地局における電波到来角の測定は,1.5 GHz から
を次式に示す [26].
L(d) = 101 − 7.1 log W + 7.51 logH
− 24.37 − 3.7 (H/hb )2 · log hb
8.45 GHz の 4 波の狭帯域周波数を用いて行った.測
+ (43.42 − 3.1 log hb ) log d
定では,移動局から水平面内指向性が無指向である送
− 3.2 {log (11.75hm )}2 − 4.97
信アンテナを用いて電波を送信し,基地局では水平面
内指向性の半値幅が約 3◦ の指向性アンテナを 360◦ 回
+ 20 log f
(dB)
(1)
転できる回転台に設置して,電波到来角プロファイル
ここで,W は道路幅 [m],H は平均建物高 [m],hb
を測定した.
は基地局アンテナ高 [m],d は基地局移動局間距離
測定は,首都圏(東京,千葉,神奈川)の市街地
[km],f はキャリヤ周波数 [MHz],hm は移動局アン
903
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
図 4 チップレートと伝搬遅延プロファイルの関係
Fig. 4 Dependence of delay profile on chip rate.
IMT2000-LTE (Long-Term Evolution) 等の OFDM
(Orthogonal Frequency Division Multiplexing) を変
調方式として用いた広帯域無線伝送システムでは周波
数軸上のスケジューラや,誤り訂正と組み合わせて用
いる周波数インタリーブ等の最適設計を行うために,
伝搬遅延プロファイルに基づく周波数相関の検討が不
可欠である [25].
一般的に伝搬遅延プロファイルは送受信間距離や基
地局アンテナ高などの基本パラメータのみならず,都
市構造によっても大きく変わる.例えば,高層建物が
立ち並ぶ市街地では送信された電波が多数回反射され
図 3 伝搬損推定
Fig. 3 Prediction of path loss.
た後,受信点に到達することから大きな伝搬遅延が生
じる.逆に,建物高が低い住宅地では電波の反射が少
ないため,伝搬遅延は相対的に小さい.
テナ高 [m] である.式 (1) から分かるように「拡張坂
一方,伝搬遅延プロファイルの形状は伝送帯域幅
上式」の周波数特性は 20 log f で与えられている.
「坂
(チップレート)に応じて変わる.図 4 にチップレート
上式」に関しては文献 [23] を参照されたい.
が異なるだけで,同一送信条件で受信した短区間伝搬
図 3 に典型的な市街地及び郊外地における伝搬損
遅延プロファイルの一例を示す.図からチップレートが
の測定結果と推定結果を併せて示す.ただし,東京都
小さいほど受信波形は大きくなることが分かる.チッ
八丁堀(市街地)の推定では hb = 50 m,H = 30 m
プレートが小さくなれば時間分解能である Δτ (= 1/
を,東京都三鷹(郊外地)では hb = 30 m,H = 12 m
チップレート [μs]) が長くなり,Δτ 内に到達する伝搬
を用いている.図より測定結果と推定結果はよく一致
遅延波が多くなることから,受信レベルは大きくなる.
していることが分かる.推定誤差は標準偏差で 5 dB
このように伝搬遅延プロファイルを高精度に推定する
程度であり [23],UHF 帯における「坂上式」の推定誤
ためには,チップレート B は重要なパラメータであ
差とほぼ同じ値であることから,
「拡張坂上式」は十分
る.なお,チップレートと伝搬遅延プロファイルの形
妥当であることが分かる.
状に関しては例えば文献 [26] に詳しく説明されている
2. 3 伝搬遅延プロファイル推定式
ので参照されたい.
広帯域移動通信システムにおいて伝送帯域内の周波
一般に,伝搬遅延プロファイルは,(a) 瞬時伝搬遅
数特性を検討するためには,伝搬遅延特性が不可欠で
延プロファイル,(b) 瞬時伝搬遅延プロファイルを数
ある.例えば,今後商用化が期待される WiMAX や
十波長に相当する距離で平均化した短区間伝搬遅延プ
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招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
ロファイル,(c) 短区間伝搬遅延プロファイルを基地
局からの距離がおおよそ同一となる区間で平均化した
長区間伝搬遅延プロファイルに分類できる [27].単に
伝搬遅延プロファイルと表記されている場合は長区間
伝搬遅延プロファイルを指していることが多い.本論
c(k) =
⎧
⎪
⎪1 ⎪
⎨
(k = 0)
min 0.63, 0.59e−0.017B+(0.017 + 0.0004B)H
⎪
×e−{(0.077−0.00096B)−(0.0014−0.000018B)H} i
⎪
⎪
⎩
(k ≥ 1)
文では,短区間伝搬遅延プロファイルと長区間伝搬遅
(5)
延プロファイルの推定法について検討する.
ところで,図 4 に示す例のように短区間伝搬遅延プ
ロファイルはチップレート B を大きくすると時間分解
能が向上し,Δτ ごとに必ずしも伝搬遅延波が存在し
ない.特に伝搬遅延時間が大きい領域ほど伝搬遅延波
が存在する確率が小さくなる.そのため,複数の短区
また,式 (2),(4) をパス番号の代わりに伝搬遅延時間
τ [μs] を変数とする場合は次式で与えられる.
eT (τ, d) = α(d)·log(1 + τ B)
(dB)
ET (τ, d) = α(d)·log(1+τ B) + 10 log c(τ B)
(6)
(dB)
(7)
間伝搬遅延プロファイルを平均化した長区間伝搬遅延
プロファイルと短区間伝搬遅延プロファイルの形状は
測定結果から,短区間及び長区間伝搬遅延プロファ
大きく異なり,特に伝搬遅延時間が大きい領域ほどそ
イルは基地局アンテナ高 hb ,平均建物高 H,基地
の差が顕著となる.そこで,短区間伝搬遅延プロファ
局移動局間距離 d,チップレート B には依存するが,
イルに関しては包絡線の推定法を,長区間伝搬遅延プ
キャリヤ周波数 f にほとんど依存しないことが分かっ
ロファイルに関しては平均値の推定法を検討する.
た [5].そのため,推定式 (2),(4) にはともにキャリ
準マイクロ波帯からマイクロ波帯までの測定結果を
ヤ周波数 f の項は含まれていない.
もとに,チップレート B と都市構造を同時に考慮でき
図 5,図 6 に市街地及び郊外地における短区間及び
る短区間伝搬遅延プロファイルの推定式と長区間伝搬
長区間伝搬遅延プロファイルの測定結果と推定結果を
遅延プロファイルの推定式を開発した [4], [5].
併せて示す.ただし,縦軸は最大受信電力の伝搬遅延
先頭パスを 0 dB とした相対電力で表した短区間伝
波から受信電力の差分が 20 dB 以下となる伝搬遅延波
搬遅延プロファイルの推定式 eT (k, d) は次式で与えら
の総電力を 1 とするように規格化した相対電力である.
れる.
図から測定結果と推定結果はよく一致していることが
eT (k, d) = α(d) · log(1 + k) (dB) (k = 0, 1, 2, · · · )
(2)
分かる.推定値と実測値の dB 値の差(推定誤差)は
± の両方向にあり,± を考慮した推定誤差の 50%中
央値は両推定法でともにほぼ 0 dB であり,推定誤差
の標準偏差は両推定法でともに 4∼5 dB である [5].
ただし,
2. 4 電波到来角プロファイル推定式
α(d) = − {19.1 + 9.68 log (hb /H)}
周波数利用率の大幅な向上技術である送受信ダイ
×B {−0.36+0.12 log(hb /H)} d{−0.38+0.21 log(B)}
(3)
バーシチや MIMO 等のアンテナ技術の最適化を図る
ためには,電波到来角プロファイルや空間相関特性の
検討が不可欠である [28].
ここで,B はチップレート [Mcps],k はパス番号(時
電波到来角プロファイルに関しても伝搬遅延プロ
間分解能 1/B により正規化した伝搬遅延時間)であ
ファイルと同様に,(a) 瞬時電波到来角プロファイル,
る.また,k = 0 は先頭パスを示す.
(b) 瞬時電波到来角プロファイルを数十波長に相当す
一方,先頭パスを 0 dB とした相対電力で表した長
る距離で平均化した短区間電波到来角プロファイル,
区間伝搬遅延プロファイルの推定式 ET (k, d) は次式
(c) 短区間電波到来角プロファイルを基地局からの距
で与えられる [6], [7].
離がおおよそ同一となる区間で平均化した長区間電波
ET (k, d) = α(d) · log(1 + k) + 10 log c(k)
(k = 0, 1, 2, · · · )
ただし,
(dB)
(4)
到来角プロファイルに分類できる.単に電波到来角プ
ロファイルと表記されている場合は長区間電波到来角
プロファイルを指していることが多い.本論文では長
区間電波到来角プロファイルの推定法について検討す
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電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
図 5 市街地における短区間及び長区間伝搬遅延プロファ
イル(八丁堀)
Fig. 5 Prediction of delay profile in urban area
(Hatchobori).
図 6 郊外地における短区間及び長区間伝搬遅延プロファ
イル(三鷹)
Fig. 6 Prediction of delay profile in suburban area
(Mitaka).
る.以下では長区間電波到来角プロファイルを単に電
波到来角プロファイルと略す.ところで,今回の電波
より高い基地局では,基地局周辺での反射が少なく,
到来角測定に用いた水平面内指向性アンテナは,その
移動局方向から電波が集中してくることから,その電
角度分解能(水平面内半値角)が約 3◦ と比較的大き
波到来角特性は移動局のそれに比べて狭い.更に基地
い.そのため角度分解能ごとに電波到来波が存在しな
局における電波到来角プロファイルは基地局高などの
いという測定結果がほとんど存在しないため,短区間
基本パラメータのみならず,都市構造によってもその
電波到来角プロファイルと長区間電波到来角プロファ
特性は大きく変わる.例えば,市街地では移動局から
イルの形状に大きな差はなかった [8], [9].そのため,
送信された電波は地理的に広く分布する高層建物に反
ここでは長区間電波到来角プロファイルの推定式だけ
射されて基地局に到達するため,電波到来角度広がり
を検討する.
は大きい.一方,建物高が低い住宅地では電波の反射
電波到来角特性は図 2 に示すようにアンテナ高が平
が市街地に比べて少ないため,電波到来角度広がりは
均建物高より高い基地局側と平均建物高より低い移動
相対的に小さい.このように,基地局における電波到
局側では大きく異なる.アンテナ高が周辺平均建物高
来角プロファイルは都市構造に応じて変わることから,
906
招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
基地局における電波到来角プロファイルを高精度に推
定するにはそれらを考慮する必要がある.そこで,準
マイクロ波帯からマイクロ波帯までの測定結果をもと
に,送受信間距離や都市構造を考慮した基地局におけ
る電波到来角プロファイル推定式を開発した.
移動局方向を基準角度 0◦ ,それに対する電波到来角
度を θ [◦ ] とした場合の基地局における電波到来角プ
ロファイル推定式 ESB (θ, d) は,基準角度 0◦ の受信電
力を 0 dB とした相対電力として次式で表すことがで
きる [8], [9].
ESB (θ, d) = −10β log (1 + |θ| /a)
(0◦ ≤ |θ| < 180◦ )
ただし,
a = −0.2d + 2.1
H
hb
(dB)
(8)
0.23 β = (−0.015 H + 0.63) d − 0.16 + 0.76 log (hb )
(9)
測定から基地局における電波到来角プロファイルは,
基地局アンテナ高 hb ,平均建物高 H,基地局移動局
間距離 d には依存するが,チップレート B やキャリ
ヤ周波数 f にほとんど依存しないことが分かった [8].
そのため,推定式 (8) にはチップレート B ,キャリヤ
周波数 f の項は含まれていない.
一方,アンテナ高が平均建物高より低い移動局では
その周辺の建物等で反射した電波が様々な方向から到
来するため,図 2 に示すように電波到来角特性は広い.
図 7 市街地における電波到来角プロファイル
Fig. 7 Prediction of arrival angular profile.
特に基地局が見通し外 (NLOS:None Line Of Sight)
の場合,移動局の電波到来角プロファイルは電波が水
の差分が 20 dB 以下となる到来波の総電力が 1 となる
平面内の全方向から一様に到来するいわゆる「Clark
ように規格化した相対電力である.なお,千葉ニュー
model」が一般的である [29], [33].本論文でも移動局
の電波到来角プロファイルとして Clark model を仮定
タウン(住宅地)の推定では hb = 50 m,H = 8 m
する.すなわち,移動局を中心としたローカル座標系
(誤差)は ± の両方向にあり,± を考慮した誤差の
での電波の到来角度を φ [◦ ] とおくと,移動局におけ
として計算している.推定値と実測値の dB 値の差
る電波到来角プロファイルの推定式 ESM (φ) は次式で
50%中央値はほぼ 0 dB であり,その標準偏差は 4∼
5 dB である [8].平均建物高が高くなるほど電波到来
与えられる.
角プロファイルは広くなり,また送受信間距離が大き
ESM (φ) = 1/360
(0◦ ≤ |φ| < 180◦ )
(10)
図 7 に市街地と郊外地の基地局における電波到来角
プロファイルの測定結果と推定結果の一例を示す.た
だし,図では電波到来角プロファイルの片側だけを示
している.また,その値は到来角度 3◦ ごとの受信電力
値であり,最大受信電力の到来波に対して,受信電力
くなるほど電波到来角プロファイルは狭くなることが
分かる.図から測定結果と推定結果はよく一致してい
ることが分かる.
2. 5 Key パラメータとその適用範囲
開発した時空間伝搬モデルの key パラメータとその
適用範囲を以下にまとめる.
f :キャリヤ周波数 (MHz, 800∼8400 MHz)
907
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
B :チップレート (Mcps, 0.5∼50 Mcps)
hb :基地局アンテナ高 (m, 20∼150 m)
d:基地局移動局間距離 (km, 0.5∼3 km)
H:平均建物高 (m, 5∼50 m)
W :平均道路幅 (m, 5∼50 m)
伝搬損推定式,伝搬遅延プロファイル推定式,基地局
における電波到来角プロファイル推定式は,基地局ア
ンテナ高 hb ,平均建物高 H,基地局移動局間距離 d
が共通パラメータとして含まれている.特に,都市構
造を表す平均建物高 H は全推定式に含まれており,
例えば市街地,郊外地,開放地等とエリアを分類する
こともなく,H を変更するだけで様々な都市構造で
の時空間伝搬プロファイルを推定できる.また,周波
Fig. 8
図 8 複素受信信号の周波数相関係数
Frequency correlation of complex signal.
数の適用範囲が UHF 帯から SHF 帯までと広く,チッ
プレートの適用範囲も最大 50 Mcps までと広いことも
RSB (Δd)
大きな特徴である.
=
−180◦
ところで,チップレート 50 Mcps の伝送帯域幅は送
信フィルタの性能にもよるがおおよそ 100 MHz の帯域
≈
幅に相当する(伝送帯域幅 [MHz] 2 × チップレート
[Mcps]).した がって,本論文の 結果は 伝送帯 域幅
100 MHz までの推定式として適用可能である.また,
例えば平均建物高 H を 20 m,10 m,5 m に設定す
180◦
θmax
10ES (θ,d)/10 e−j2πΔd sin θ/λ dθ
10ES (θ,d)/10 e−j2πΔd sin θ/λ dθ
−θmax
(12)
ただし,θmax [◦ ] は最大到来角度であり,ここでは最
れば,開発した時空間伝搬モデルは従来のエリア分類
大受信電力から Lth だけ低い値となる到来角度と定
であるところの市街地,郊外地,住宅地域における伝
義している [30].この場合,θmax は式 (8) より次式と
なる.
搬特性とほぼ同じ伝搬特性が得られる.
2. 6 周波数相関と空間相関
基地局における複素受信信号の周波数相関は式 (7)
θmax = a(10Lth /10β − 1)
(13)
の電波伝搬遅延プロファイルから,また空間相関は
図 8 に基地局における複素受信信号の周波数相関
式 (8) の電波到来角プロファイルから求めることがで
係数 |RT (Δf )/RT (0)| を示す.ただし,計算条件は,
きる.
d = 2 km,hb = 80 m,B = 10 Mcps,τmax = 2.5 μs
(Lth = 20 dB) として,平均建物高 H をパラメータ
今,周波数差を Δf [MHz] とおくと,複素受信信号
の周波数相関 RT (Δf ) は次式で表せる [23]∼[25].
∞
RT (Δf ) =
図 9 に基地局における複素受信信号の空間相関係数
10ET (τ,d)/10 e−j2πΔf τ dτ
0
≈
としている.
τmax
B
RS (Δd)/RS (0) を示す.ただし,横軸は波長 λ(m)
で規格化したアンテナ間距離 Δd/λ である.また,計
ET (τ,d)/10 −j2πΔf τ
10
e
dτ (11)
0
ただし,τmax は最大伝搬遅延時間である.ここでは,
算条件は d = 2 km,hb = 80 m,Lth = 20 dB とし
て,平均建物高 H をパラメータとしている.
図 8,図 9 から平均建物高 H が高い市街地では,
実用性を考慮して,最大受信電力から Lth [dB] 低い値
基地局における周波数相関係数と空間相関係数はとも
となる伝搬遅延時間を τmax と定義している.
に小さく,逆に平均建物高 H が低い郊外地ではそれ
一方,基地局で二つのアンテナ素子を移動局方向
らがともに大きいことが分かる.これらの図から都市
と垂直な方向に,距離 Δd [m] だけ離して設置した場
構造と周波数相関係数,空間相関係数の関係がよく分
B
合の複素受信信号の空間相関 RS
(Δf ) は次式で表せ
かるであろう.
る [26], [27], [29].
908
このように提案モデルは様々な伝搬環境下における
招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
図 10 解析モデル
Fig. 10 Analytical model.
Fig. 9
図 9 複素受信信号の空間相関係数
Spatial correlation of complex signal.
周波数相関係数,空間相関係数を容易に算出できるこ
とから,時空間特性を活用して周波数利用率の向上を
図る無線システムの設計や評価に非常に有効である.
3. 時空間伝搬プロファイルの物理モデル
本章では,前章で説明した「広義の時空間伝搬モデ
ル」を説明し得る「狭義の時空間伝搬モデル」の物理
モデルについて検討する.
一般にアンテナ高が低い移動局から全方向に送信さ
れた電波は図 2 に示すように移動局周辺の多くの建物
で反射,または回折されて,基地局へ到達する.この
現象に着目して,図 10 に示すように移動局の周囲に
電波の散乱領域を仮定し,移動局から送信された電波
は散乱領域内を任意の方向に一定の距離だけ直進し,
図 11 提案する物理モデル
Fig. 11 Proposed physical model.
そこで散乱されて基地局に直進するレイトレースモデ
ルを仮定する.すなわち,本モデルは実際には複数回
は散乱領域内の任意の方向に距離 r [km] だけ直進し,
数の反射や回折を経た電波を 1 回だけ散乱された電波
そこで散乱されて基地局に直進するモデルを仮定す
とみなし,また伝搬距離を送信点から散乱点,散乱点
る.アンテナ高が低い移動局から送信された電波は移
から受信点を直線で結んだ最短経路と仮定する等価モ
動局周辺の多くの建物を通過する間に自由空間損失以
デルである.したがって,複数回数の反射や回折を経
上に減衰する.そして最終的な散乱点からは自由空間
た電波の減衰量を 1 回の散乱による等価減衰量として
伝搬で基地局に到達する.一方,移動局から送信した
与える必要がある.本論文ではこの等価減衰量を散乱
電波の一部は近傍散乱領域を通り抜けて,遠方散乱領
領域内での電波の減衰量と定義して,時空間伝搬特性
域で散乱されて基地局に到来する.この場合の電波の
を解析する.具体的には,基地局での伝搬遅延時間プ
減衰は近傍散乱領域を通り抜ける場合とは異なり,遠
ロファイルと到来角度プロファイルを同時に満たす散
方散乱点までの減衰は小さい.これらの現象に着目し
乱領域内の電波の減衰関数を解析する.
て,図 11 に示すように減衰特性が異なる複数の散乱
3. 1 解析モデル
グループで構成される「複数散乱グループモデル」を
図 10 に示すように移動局の周囲に半径 R [km] の円
提案する [19], [21].
盤上の散乱領域を仮定し,移動局から送信された電波
今 ,減 衰 特 性 が 異 な る 散 乱 グ ル ー プ 数 を n,そ
909
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
の i 番目の散乱グループの減衰関数を Fi (x, y) (i =
1, 2, · · · , n) で表す.減衰関数は移動局の位置する道
式 (17) は各散乱グループから受信した全受信電力を 1
とするための規格化条件である.
路の方向が基地局方向と平行である「横コース」と垂
3. 2 解
直である「縦コース」とでは大きく特性が異なるこ
(a) 基地局における時空間伝搬プロファイル
とに着目して,次式に示す二次元指数関数を仮定す
基地局の位置座標を原点 (0, 0),移動局の位置座標
る [18], [20].
を (d, 0),基地局での電波の到来角を θ,電波の伝搬
⎛ ⎞
2 2
γi
x
y
⎠
Fi (x, y) =
exp ⎝−
+
mi
kxi
距離を l [km] とおくと,基地局での受信電力特性(以
下,時空間伝搬プロファイル)ETB&S (θ, l, d) は次式
kyi
(式 (18))で表すことができる [19], [21].
一方,伝搬遅延プロファイル ETB (θ, d),電波到来角
(14)
プロファイル ESB (θ, d) は式 (18) から求めることがで
ただし,
⎛ ⎞
R 2π
cos φ 2 sin φ 2
⎠
mi =
r exp⎝−r
+
0
kxi
0
きる.ここでは次式に示す近似式も併せて示す [21].
kyi
· drdφ
ETB (l, d)
(15)
≈
ここで,x [km],y [km] は移動局を中心 (0,0) とした
kxi [km],kyi [km] は i 番目の散乱グループの x,y 方
向の減衰定数であり,γi は i 番目の減衰関数の比例定数
である.また,mi は規格化定数であり,式 (15) では x,
y を極座標系 r ,φ を用いて x = r cos φ,y = r sin φ
と変換して計算を行っている.したがって,複数散乱グ
ループモデルの減衰関数を F (x, y) とおくと,F (x, y)
は次式で与えられる.
F (x, y) =
ESB (θ, d)
≈
n
exp {−|l − d|/(2kxi /(1 − kxi ))}
√
(19)
e(2kxi /(1 − kxi ))
ETB&S (θ, l, d)dl
=
l
"
4k #$ 4k yi
yi
γi exp −|θ|/
i=1
2
πd
πd
(20)
式 (19),(20) から各散乱グループの伝搬遅延プロファ
イルと電波到来角プロファイルはともに指数関数で近
(b) 移動局における時空間伝搬プロファイル
kxi
移動局での時空間伝搬プロファイルは,移動局を中心
としたローカル座標系で表す.電波の到来角を φ とおく
kyi
と,移動局での時空間伝搬プロファイル ETM&S (φ, l, d)
は文献 [19], [21] と同様の解析により次式のように表す
ただし,
n
γi
和で表せることが分かる.
Fi (x, y)
⎛ ⎞
n
2 2
γi
x
y
⎠ (16)
=
exp ⎝−
+
mi
θ
似できること,また ETB (θ, d),ESB (θ, d) はそれらの
i=1
i=1
n
ETB&S (θ, l, d)dθ
=
i=1
ローカル座標系であり,x 方向は基地局方向である.
n
析
ことができる(導出略).
γi = 1
(17)
ETM&S (φ, l, d) =
i=1
n
γi (l2 − d2 )(l2 + d2 + 2ld cos φ)
i=1
ETB&S (θ, l, d) =
n
i=1
γi
mi
4(l + d cos φ)3
(l2 −d2 )(l2 +d2 −2ld cos θ)
4mi (l − d cos θ)3
⎡ × exp ⎣−
1
2
kxi
2ld −
+
2(l − d cos θ)
(l2
d2 ) cos θ
2
+
1
2
kyi
−
2(l − d cos θ)
(l2
d2 ) sin θ
2
⎤
⎦
!
d ≤ l ≤ d + 2R
|θ| ≤ cos−1 (d2 + (l − R)2 − R2 )/2d(l − R)
910
(18)
招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
ESM (φ, d)
n =
n
γi
=
i=1
√
R2 +d2 +2Rd cos φ
ETM&S (φ, l, d)dl
d
i=1
"
1− 1+R
%
(sin φ/kxi )2 + (cos φ/kyi )2 e−R
√
(sin φ/kxi )2 +(cos φ/kyi )2
#
(sin φ/kxi )2 + (cos φ/kyi )2
mi
1
2π
≈
⎛
× exp⎝−
R+
2
2
l −d
2(l + d cos φ)
(22)
sin φ
kxi
2 |φ| ≤ cos−1 (l2 − d2 − 2Rl)/2Rd)
+
cos φ
kyi
2
⎞
⎠
(21)
一方,移動局における伝搬遅延プロファイル ETM (l, d),
電波到来角プロファイル ESM (φ, d) は式 (21) から求め
ることができる.ここでは次式(式 (22),(23))に示
す近似式を併せて示す.
ETM (l, d)
=
n π
ETM&S (ϕ, l, d)dl ≈
(a) 3-dimensional graph of the time-spatial profile at BS
−π
i=i
γi exp {−|l − d|/(2kxi /(1 − kxi ))}
n
√
i=1
e(2kxi /(1 − kxi ))
(23)
式 (22) から,電波到来角プロファイル ESM (φ, d) は φ
や d に依存しない一様分布で近似できることが分かる.
また,伝搬遅延プロファイル ETM (l, d) は移動局と基
地局で同一であることから,ここでは式 (19) と同じ
近似式を与えている.この点は注意されたい.
3. 3 解 析 結 果
図 12 (a) は一例として,n = 2 とした場合に式
(18) で計算した基地局における時空間プロファイル
ETB&S (θ, l, d) の三次元表示を示す.ただし,d = 2 km,
R = 1 km,kx1 = 0.03 km,ky1 = 0.02 km,kx2 =
0.15 km,ky2 = 0.15 km,γ1 = 0.6 としている.伝搬
遅延時間と電波到来角の同時特性が視覚的に理解でき
(b) Arrival angular profile at BS with traveling distance l
as a parameter
図 12 基地局での時空間プロファイル推定
Fig. 12 Time-spatial profile at BS.
るであろう.同図 (b) は,同じ条件で計算した基地局
における伝搬遅延時間ごとの電波到来角プロファイル
を示す.ただし,計算では到来角度に関しては 1◦ ご
力が相対的に低く,広い電波到来角度広がりで到達す
と,伝搬距離に関しては 10 m ごとの積分値で示して
ることが分かる.
いる.図より伝搬遅延時間ごとに電波到来角プロファ
図 13 は,n = 2 とした場合に式 (19),(20) の右辺
イルが異なることが分かる.特に伝搬遅延時間が小さ
の近似式を用いないで厳密に計算した基地局における
い電波は受信電力が相対的に高く,狭い電波到来角度
伝搬遅延プロファイルと電波到来角プロファイルを示
広がりで到達し,伝搬遅延時間が大きい電波は受信電
す.ただし,d = 2 km,R = 1 km,kx1 = 0.03 km,
911
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
(a) 3-dimensional graph of the time-spatial profile at MS
(b) Arrival angular profile at MS with traveling distance l
as a parameter
図 13
基地局での伝搬遅延プロファイルと電波到来角プ
ロファイルの推定
Fig. 13 Delay and arrival angular profiles at BS calculated from proposed physical model.
図 14 移動局での時空間プロファイル推定
Fig. 14 Time-spatial profile at MS.
する物理モデルは測定結果を十分に説明できることが
分かる.
ky1 = 0.02 km,kx2 = 0.15 km,ky2 = 0.15 km とし
て,γ1 をパラメータとしている.また,計算では電
波到来角度に関しては 1◦ ごと,伝搬距離に関しては
10 m ごとの積分値で示している.また,基地局アン
図 14 (a) は一例として,n = 2 とした場合に式
(21) で計算した移動局における時空間プロファイル
ETM&S (φ, l, d) の三次元表示を示す.ただし,d = 2 km,
R = 1 km,kx1 = 0.03 km,ky1 = 0.02 km,kx2 =
テナ高 hb を 80 m,平均建物高 H を 20 m,基地局
からの距離 d を 2 km,拡散帯域幅 B を 10 MHz とし
0.15 km,ky2 = 0.15 km,γ1 = 0.6 としている.同図
(b) は同じ条件で計算した移動局における伝搬遅延時
た場合の式 (2) を用いて推定した伝搬遅延プロファイ
間ごとの電波到来角プロファイルを示す.ただし,計
ル及び式 (6) を用いて推定した電波到来角プロファイ
算では電波到来角度に関しては 1◦ ごと,伝搬距離に
ルを記号 で表示している.この例では,γ1 = 0.6
関しては 10 m ごとの積分値で示している.図より伝
と設定すれば,物理モデルは測定結果に基づく推定結
搬遅延時間ごとに電波到来角プロファイルが異なり,
果と非常によく一致していることが分かる.このこと
特に伝搬遅延時間が大きくなるほど電波到来角度広が
から,物理モデルのパラメータを最適化すれば,提案
りが狭くなることが分かる.なお,図において電波到
912
招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
kyi ,γi の最適値は都市構造に応じて変わる.例えば
n を 1 とした場合は kx1 ,ky1 の二つの基本パラメー
タを都市構造に応じて最適化する必要があり,n を 2
とした場合は kx1 ,ky1 ,kx2 ,ky2 ,γ1 (γ2 = 1 − γ1 )
の五つの基本パラメータを都市構造に応じて最適化す
る必要がある.n を大きくする程詳細なモデル化が行
えることから推定精度の向上が期待できるが,その反
面基本パラメータ数の増加によりその最適化が複雑と
なる.最適化の複雑さ及び図 13 の結果から,n は 2
程度で十分と考える.そこで,n を 2 とした場合の都
市構造と基本パラメータの関係について定性的に考察
する.
図 15 移動局での電波到来角プロファイル推定
Fig. 15 Angular profiles at MS calculated from proposed physical model.
n を 2 とした場合,複数散乱グループモデルは図 11
に示すように移動局近傍散乱グループ (kx1 , ky1 ) と遠
方散乱グループ (kx2 , ky2 ) の二つのグループで構成さ
れる.移動局近傍散乱グループの基本パラメータであ
る kx1 ,ky1 は移動局周辺建物高が移動局アンテナ高よ
来角プロファイルの角度が ± |180◦ | より小さい範囲と
りも高ければ都市構造に大きく依存しないで,その値
なっているのは散乱半径 R = 1 km によるものである.
も比較的小さい値となる.図 13 では kx1 = 0.03 km,
図 15 は一例として,n = 2 とした場合に式 (22) の
ky1 = 0.02 km となっている.一方,遠方散乱グルー
右辺の近似式を用いないで厳密に計算した移動局に
プの基本パラメータである kx2 ,ky2 は都市構造に大
おける電波到来角プロファイルを示す.ただし,d =
2 km,R = 1 km,kx1 = 0.03 km,ky1 = 0.02 km,
kx2 = 0.15 km,ky2 = 0.15 km としている.また,計
算では電波到来角度に関しては 1◦ ごとの値で示して
きく依存し,平均建物高が高い市街地では移動局近傍
いる.同図より電波到来角プロファイルは電波到来角
φ に対しておおよそ一様分布となっていること,更に
式 (22) の右辺の近似式が妥当であることが分かる.ま
た,式 (10) で示した推定式 (Clark model) とおおよ
そ一致していることも分かる.
散乱グループの基本パラメータ kx1 ,ky1 に比べてか
なり大きな値となり,また γ2 も大きな値となる.図
13 では,kx2 = 0.15 km,ky2 = 0.15 km と移動局近
傍散乱グループの基本パラメータ kx1 ,ky1 に比べて
約 5∼7 倍の大きな値となっている.一方,郊外地,住
宅地のように平均建物高が低くなると,kx2 ,ky2 の値
は市街地の値に比べて小さくなるものと考えられる.
このように,散乱領域内の減衰関数を都市構造に応
なお,理論解析の妥当性は計算機シミュレーション
じて最適化することにより,提案する物理モデルは汎
で確認している [18], [21].計算機シミュレーションに
用的な「狭義の時空間伝搬モデル」として様々な伝搬
関しては文献 [14]∼[17] を参考にされたい.
環境に応用できるものと考える.ただし,都市構造が
3. 4 考
察
提案する物理モデルは,都市構造に応じて複雑に変化
する時空間伝搬特性を移動局近傍の散乱領域内の減衰
関数だけを定義することによりモデル化した極めて簡
異なる様々な伝搬環境における具体的な減衰関数の最
適化に関しては今後の課題とする.
4. 無線伝送システムと時空間伝搬モデル
易な物理モデルである.減衰関数を式 (14) に示す指数
ここでは無線伝送システムと電波伝搬モデル,特に
関数で近似する場合,n,kxi ,kyi ,γi (i = 1, 2, · · · , n)
時空間伝搬モデルについて考察する.MIMO 等の空
が基本パラメータとなる.図 13 では平均建物高 H
間信号処理を用いる広帯域無線伝送システムでは,伝
を 20 m(市街地に相当)
,基地局アンテナ高 hb を 80 m
送帯域幅内の周波数特性を与える周波数相関係数とア
とした場合の時空間伝搬プロファイルについて,基本
ンテナ間相関を与える空間相関係数が伝送品質を評価
パラメータを最適化することで測定結果をよく説明
する上で極めて重要である [31], [32].
できることを示した.基本パラメータである n,kxi ,
例えば CDMA ベースの広帯域無線伝送システムで
913
電子情報通信学会論文誌 2008/9 Vol. J91–B No. 9
は,一般に時間軸上で伝搬遅延波を分離し,分離した
ルと電波到来角度プロファイルを非常によく説明でき
それらを RAKE 合成することにより伝送品質の向上
ることを明らかにした.提案した物理モデルは散乱領
を図っている.このシステムに MIMO を適用する場
域内の減衰関数を最適化することにより様々な伝搬環
合には,分離したパスごとの電波到来角度特性が重要
境下での時空間伝搬モデルを容易に生成できる非常に
となる.例えば,図 12 に示すように受信電力の大き
汎用性の高いモデルと考える.
い伝搬遅延波は伝搬遅延時間が小さく,その電波到来
最後に,本論文で提案した時空間伝搬モデルはとも
角の広がりは小さい.すなわち,CDMA のように時
に簡易な関数式で与えられていることから取扱いが非
間分離する無線システムでは伝搬遅延波ごとに異なる
常に簡便であり,時空間特性をフル活用して周波数利
空間相関係数を評価する必要があることから,
「狭義の
用率の抜本的な向上を図る無線伝送システムの最適設
時空間伝搬モデル」を用いたシステム評価が不可欠で
計や理論的な解析モデルとして広く応用できるものと
ある.
期待する.
一方,OFDM をベースとした広帯域無線伝送シス
謝辞
実験用電波免許取得や電波伝搬測定で御協力
テムでは,サブキャリヤ間隔を周波数相関半値幅に比
を頂きました当社ワイヤレスシステム開発センター
べて十分小さく設計することが一般であることから各
三上学主任研究員に感謝します.また,ITU-R の標準
サブキャリヤは狭帯域伝送として評価できる.このよ
化で多大なる御支援,御助言を頂きました,総務省情
うなシステムでは時間特性と空間特性を各々独立に設
報通信審議会 ITU-R 部会電波伝搬委員会の主査であ
計できる.すなわち,OFDM のように時空間特性を
る東京工科大学佐藤明雄教授に深く感謝致します.な
独立に設計できる無線システムでは,
「広義の時空間伝
お,本研究の一部は総務省「戦略的情報通信研究開発
搬モデル」で評価できる.
推進制度 (SCOPE)」の助成のもとに行われました.
以上述べたように,無線システムの評価において
「狭義の時空間伝搬モデル」を常時用いる必要はない.
文
[1]
目的に応じて,狭義の時空間伝搬モデルと広義の時空
5. む す び
[2]
田中 哲,明山 哲,小園 茂,“移動通信における市街
地の多重路伝搬遅延特性,
” 信学論(B-II),vol.J73-B-II,
[3]
藤井輝也,今井哲郎,“広帯域 DS-CDMA 移動通信方式に
おける有効パスに関する一検討,
” 信学論(B)
,vol.J82-B,
no.11, pp.772–778, Nov. 1990.
本論文では,まず UHF 帯及び SHF 帯での電波伝
搬測定結果に基づいて開発した伝搬損推定式,伝搬遅
no.10, pp.1923–1927, Oct. 1999.
[4]
延プロファイル推定式,電波到来角プロファイル推定
式を説明した.これらの推定式はともに都市構造をパ
[5]
Proc. ISAP2005, vol.3, pp.1105–1108, Seoul, 2005.
[6]
Lett., vol.41, no.23, pp.1292–1293, Nov. 2005.
[7]
VTC2006-fall, Montreal, 2006.
[8]
[9]
間プロファイルと電波到来角度プロファイルモデルを
Spring, Dublin, 2007.
[10]
Rec. ITU-R P.1816, “The prediction of the time and
the spatial profile for broadband land mobile services
案した.そして散乱領域内の減衰関数を最適化するこ
914
H. Omote and T. Fujii, “Empirical arrival angle
profile prediction formula,” Proc. IEEE, 2007 VTC
説明できる物理モデルとして,移動局の周囲に円盤上
とにより,測定結果に基づく伝搬遅延時間プロファイ
表 英毅,太田喜元,三上 学,藤井輝也,“広帯域移動
体通信におけるパス到来角度プロファイルモデル,
” 信学
技報,A·P2005-184, March 2006.
考える.
の散乱領域を仮定した簡易なレイトレースモデルを提
Y. Ohta and T. Fujii, “Delay spread prediction
for wideband mobile propagation,” Proc. IEEE
れていること,また推定誤差がどの推定式もおおよそ
次に,基地局における測定結果に基づく伝搬遅延時
Y. Ohta and T. Fujii, “Prediction of available path
number in wideband mobile propagation,” Electron.
ことが可能な推定式という大きな特徴を有している.
5 dB 程度であることから非常に実用性の高い推定式と
Y. Ohta and T. Fujii, “Delay profile prediction in
microwave-band for wideband radio propagation,”
選択する必要がないため,エリアを連続的に取り扱う
また,これらの推定式はどれも簡易な関数式で与えら
T. Fujii, “Delay profile modeling for wideband mobile
propagation,” Proc. IEEE, VTC 2004 fall, 2004.
ラメータとして考慮していることから,例えば典型的
な「市街地」,
「郊外地」等の都市構造ごとに推定式を
奥村善久,大森英二,河野十三彦,福田倚治,“陸上移動通
信における伝ぱん特性の実験的研究,
” 通研実報,vol.19,
no.19, pp.1705–1764, 1967.
間伝搬モデルを適宜使い分けることによりシステム評
価の簡素化が図れる.
献
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[11]
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招待論文/広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル
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no.11, pp.1829–1840, Nov. 1999.
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[13]
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間・空間パスモデルに関する一考察,
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based on MMSE QRD-M algorithm,” Proc. IEEE
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モデルに関する一考察(その 2)
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[18]
藤井輝也,表 英毅,“移動体通信における時間・空間パス
1981 九工大・電子卒.1983 九大大学院
[19]
” 信学技報,A·P2003-184, Nov. 2003.
モデルの理論解析,
藤井輝也,表 英毅,“移動体通信における時間・空間パス
修士課程了.同年日本電信電話公社(現
NTT)横須賀電気通信研究所入所.以来,
モデルの一般化,
” 信学技報,A·P2004-221, Jan. 2005.
[20]
T. Fujii and H. Omote, “Time-spatial path modeling
移動通信方式の研究開発に従事.2000 日本
テレコム(現ソフトバンクテレコム)入社.
現在,ソフトバンクモバイルワイヤレスシ
for wideband mobile propagation,” Proc. IEEE 2004
T. Fujii and H. Omote, “Time-spatial path modeling
ステム研究センター長.工博.電通大客員教授.著書「電波
伝搬ハンドブック」(細矢良雄監修,リアライズ社,分担執筆,
with multi-scattering attenuation factors for wide-
1999).
VTC fall, Loss Angels, 2004.
[21]
band mobile propagation,” Proc. IEEE VTC2006
Spring, Melborn, 2006.
[22]
M. Hata, “Empirical formula for propagation loss in
land mobile radio service,” IEEE Trans. Veh. Technol., vol.VT-29, no.3, pp.317–325, 1980.
[23]
坂上修二,久保井潔,“市街地構造を考慮した伝搬損の推
定,
” 信学論(B-II),vol.J74-B-II, no.1, pp.17–25, Jan.
1991.
[24]
藤井輝也,“陸上移動伝搬における伝搬損推定式—“坂上式”
の拡張,
” 信学論(B),vol.J86-B, no.10, pp.2264–2267,
Oct. 2003.
[25]
H. Masui and T. Fujii, “Novel HARQ attaining frequency diversity effect in sub-carrier selecting MCCDMA system,” Proc. IEEE 2005 VTC Spring,
Dublin, 2005, など.
表
英毅 (正員)
1997 名大・理・化卒.1999 同大大学院
博士課程(前期)了.同年日本テレコム
(株)(現ソフトバンクテレコム(株))に
入社.以来,移動通信サービス,移動通信
方式,移動伝搬の研究開発に従事.現在,
ソフトバンクモバイルワイヤレスシステム
研究センター主任研究員.
太田
喜元 (正員)
2000 室蘭工大・電気電子卒.2002 同大
[26]
後藤尚久(監修),アンテナ・無線ハンドブック,2 編,電
大学院博士課程(前期)了.同年日本テレ
コム(現ソフトバンクテレコム)入社.以
来,移動通信方式,移動伝搬の研究開発に
[27]
波伝搬,オーム社,2006,など.
細矢良雄(監修),電波伝搬ハンドブック,15 章,リアラ
イズ社,1999,など.
[28]
従事.現在,ソフトバンクモバイルワイヤ
レスシステム研究センター主任研究員.
K.I. Pederson, P.E. Mogensen, and B.H. Fleury,
“Stochastic model of the temporal and azimuth dispersion seen at the base station in outdoor propa-
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広帯域移動体通信における時空間電波伝搬モデル