史学講義8
近代世界システム2
第6回
上田信(立教大学)
第1章 モノから見た東ユーラシア②
綿糸をめぐる交易史
東ユーラシア史の時期区分
1253 フビライの雲南侵攻
銀大循環メカニズム
1371 明朝の海禁令
脱・銀メカニズム
1567 朝貢外の交易を容認
互市システムの開始
1684 清朝、展海令を施行
海域世界の消滅
1842 南京条約の締結
環球システムの開始
1945 太平洋・日中戦争終結
環球システムの完成
現代 (北京オリンピック)
華人ネットの可視化
リアクション・ペーパーから
(前々回の分)
朝貢貿易
• 朝貢貿易に於いて、諸国が貢納を行うと、明
朝は派手にそのお返しを持って帰らせたそう
ですが、それは割にあった取引だったのでし
ょうか。
明朝の銀
• 日本から銀が中国に流入したと言うが、徴税
を含む中国政権のメカニズムにおいて、銀は
使われなかったが、政権を離れた民衆レベル
では、銀を中心にした経済が続いていたとい
うことでしょうか?
• 一条鞭法=さまざまな負担を一本化し、銀納
とする税法。16世紀後半から。
朝鮮出兵
• 朝貢メカニズムの崩壊と秀吉の朝鮮出兵と
は、何か関係があるのか、気になりました。
1.マルクスの誤算
『共産党宣言』
• カール=マルクス・フリードリヒ=エンゲルス『共
産党宣言』1848年。
• 史的唯物論→階級闘争理論による、資本主
義社会の崩壊と、社会主義実現のため、労
働者階級(プロレタリアート)の団結を呼びか
ける。
その一節から
• ブルジョアジーはすべての生産用具の急速な
改善によって、また無限に容易になった交通
によって、あらゆる民族を、もっとも未開な諸
民族をも、文明に引き入れる。
• 彼らの商品の安い価格は、中国の城壁をもこ
とごとくうち崩し、未開人の頑固きわまる外国
人ぎらいをも降伏させる重砲である。
時代背景
• 時代背景:1840年 アヘン戦争
1842年 南京条約
開港:上海・広州・福州・厦門・寧波
香港のイギリスへの割譲
言葉の具体的対象
• ブルジョアジー
=産業革命後のイギリス資本家
• 彼らの商品の安い価格
=綿織物
マルクスの予測(1)
• 中国がイギリスに開港
• 資本主義工場生産による商品が中国に流入
• 中国の社会的な動揺
• 中国における革命
マルクスの予測(2)
•
•
•
•
中国の革命
中国市場の突然の縮小
イギリスにおける恐慌
資本家への経済的打撃
• ヨーロッパにおける革命
マルクスの誤算
• アヘンの輸入量は増加するが、イギリスで生
産された綿織物製品などは、ほとんど中国に
受け入れられなかった。
• なぜか?
「ミッチェル報告書」
• イギリスの工場で生産された綿布が中国で売
れないことの原因を究明するために、イギリ
ス人はさまざまに調査し研究し、報告書が作
成された。
• 「ミッチェル報告書」1852年
• 原文と訳文:田中正俊『中国近代史研究序説
』東京大学出版会、一九七三年。
ミッチェル報告(1)
• 中国の異なった地方は、それぞれの土壌・気
候にしたがって、異なった生産物を産する。
• そして、国内の交易は、主としてこれらの生産
物の交換によって成り立っている。
• 北方では綿花を豊富に産し、南方では米・砂
糖・果実・薬・染料・茶などを生産する。
ミッチェル報告(2)
• 福建の農民はかなりの量の砂糖を生産する
。……農民は春に最寄りの港でこの砂糖を、
天津その他の北方の港へ、南季節風のあい
だに船で運ぶ商人に売る。
• その商人のジャンクが四ヶ月ないし六ヶ月の
ちに沿岸航海を終えて帰ってくると、秋に農
民は一部は現金で、他は北方産の綿花で、
砂糖の代価を受け取る。
ミッチェル報告(3)
• 秋の収穫が終わると、老若の別なく農家のす
べての者が、この綿花を梳き、紡ぎ、そして織
るのにかかる。
• こうして二、三年の激しい使用に耐える重い
丈夫な手織り綿布を、自分たちの衣料として
織り、その余剰を町に売りに行く。
ミッチェル報告(4)
• 町では店舗をもつ商人が、町の住民や河川
上の船に住む人々の必要を満たすために、
その綿布を買い取る。この国では一○人中九
人までが、この手紡織の布地でつくった衣服
を着ている。
ミッチェルの結論
• ミッチェルは恐らく実際に目にした光景に基づ
いて、この手紡織の綿布が、イギリス産の薄
手の綿布の輸入を妨げていると結論づける。
マルクスの誤解
• マルクスは、このミッチェル報告書などを参考
にしながら、中国で革命が起きない理由を考
えた。
• マルクスの結論=中国では農業と家内手工
業とが強固に結びついている。
• 工業が農業から分離しない→
アジアは停滞してる
• 海と帝国という枠組みで中国の五百年にわた
る歴史を見てきた私たちは、「ミッチェル報告」
から中国各地の産業が海を介して多角的か
つ緊密に結びついていることを、読みとること
ができる。これは決して停滞ではない。清朝と
いう枠組みは、二○世紀になるまで崩壊はし
ない。しかし、その殻の下で中国社会は、脱
皮に向けて変化を遂げつつあった。
なぜイギリス綿布が売れないか?
• 第1の理由
• 綿花=インドから東西に広がる
• 西へ向かった品種=繊維が長い(長毛)
西では細い綿糸→下着・シーツなど
• 東へ向かった品種=繊維が短い(短毛)
東では太い綿糸→作業着など
綿糸(番手)
• 低い番手(10から20番手)=太い綿糸
• 高い番手(25番手以上)=細い綿糸
なぜイギリス綿布が売れないか?
• 第2の理由
• 中国人の交易ネットワークは、中国東北地方
から江南、福建へと広がり、さまざまな物産
が絡まり合いながら、流通していた。
• けっして「停滞」ではない。
18世紀後半の綿織物
満州
日本
江南
大豆粕
福建
台湾
綿織物
砂糖
海産物
2.19世紀後半の綿糸交易
出典
• 古川和子
• 『上海ネットワークと近代東アジア』
• 東京大学出版会
• 2000年
工場製綿布(1860年代)
上海
牛荘
天津
神戸
漢口
天津・海関報告(1865年)
• 中国人綿商人は、商品を直接、上海から購
入し、天津の外国人代理店から買うときに必
要な間接経費を節約しており、外国人競争相
手より安く販売することができる。
• 利益の上がる貿易は、外国人の手から中国
人に移りつつある。
神戸コマーシャル・レポート(1874年)
• 綿製品輸入で特に注目すべき点は、イギリス
からの直輸入の顕著な落ち込みである。しか
し、落ち込んだ分は中国からの輸入で充分に
補われている。
1880年代:上海・長崎・仁川(朝鮮)
1876年
日朝修好条規
1883年
仁川の開港
1890年代:上海・長崎・仁川(朝鮮)
朝鮮:
対岸の山東からの移民
上海・長崎・仁川:綿布交易
3.日本の工業化とインド
インドの近代紡績業
• 1870年代 インド、ボンベイ(ムンバイ)にお
ける近代紡績業の成立
• 1880年代 インド国内向け→輸出向け
• 太糸を中心とする綿糸
• 1885年 中国のインドからの輸入量が増大。
日本の近代紡績業
• 1883年 大阪紡績会社の設立。
設立当初から利益計上
→大規模紡績会社の設立ブーム。
• 1885年 中国の綿花を使用し始める。
• 1889年 日本綿花<輸入綿花。
日本の綿花使用量の2/3が中国産。
アジア間貿易
• 杉原薫
• 『アジア間貿易の形成と構造』
• ミネルヴァ書房
• 1996年
アジア間貿易の推移:1883年
日本
インド
11
東南
アジア
中国
単位:100万ポンド
アジア間貿易の推移:1898年
日本
インド
5
東南
アジア
8
6
6
中国
単位:100万ポンド
インド綿花と日本
•
•
•
•
日本の紡績業=次第に細糸生産へシフト。
1896年 中国綿花<インド綿花
1890年代後半 インド綿花 60%
1910年頃まで 中国綿花15%以上
アジア間貿易の推移:1913年
インド
日本
東南
アジア
中国
単位:100万ポンド
4.中国商人のネットワーク
中国商人ネットワークの特徴=股
• 「股」ネットワーク=複数のものが対等な立場
で資金を出し合って事業を行う。「股」として各
自の持ち分や役割が定まり、相互に協力し合
う。
• 「股」が単独の単位として分離している。
合股
事業A
a
b
事業B
c
d
中国商人ネットワークの特徴=幇
• 幇(パン)=同族・同郷・擬制的親族関係など
にもとづき、同類であることを認め合った者の
間で成り立つ協力関係。
• 近代アジアでは、沿海地域の同郷の幇にもと
づくチャンネルが張り巡らされる。
幇の展開
•
•
•
•
朝鮮半島←山東幇
日本←浙江幇(上海・寧波を本拠)
タイ王国←潮州幇(スワトウを本拠)
東南アジア←福建・広東を本拠とする幇
中国商人の強み
• 幇による信用により、的確な情報を獲得。
通信・送金・輸送を安価に提供しあう。
欧米・日本の商人よりも交易コストが低い。
• 股による時機即応型の事業展開。
テキスト
海と帝国
• 上田信
• 『海と帝国』
• 講談社
• 2005年
テキスト
• 上田信『海と帝国』講談社、2005年、\2,600。
• 事業部に取り寄せ済み。
欠席された方
• 欠席者は、欠席した授業に相当すると担当教
員(上田)が指定したテキストの部分を読み、
その要旨を整理し、疑問点やコメントを記した
ものを提出した場合、そのレポートの評価をリ
アクションペーパーへの評価と読み替える。
• ただし、3回分まで(それ以上は欠席扱い)。
• 形式:A4 横書き(ワープロ可) 各1枚。
欠席回と課題
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第1回(9月21日)=『海と帝国』はじめに
第2回(9月28日)=『海と帝国』第1章
第3回(10月5日)=『海と帝国』第5章
第4回(10月12日)=『海と帝国』第8章
第5回(10月19日)=『海と帝国』第10章
第6回(10月24日)=別途指示
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