こうえいフォーラム第 13 号 / 2005. 1
三次元FEM解析に基づく大倉ダム(ダブルアーチ式コンクリートダム)
の堤体安定性評価
STABILITY EVALUATION OF OHKURA DAM (A MULTIPLE-ARCH DAM) BASED ON 3-D FEM
ANALYSIS
中野雅章*・師 自海*・小林 孝**
Masaaki NAKANO, Zihai SHI and Takashi KOBAYASHI
Ohkura dam is the only double-arched concrete dam constructed in Japan. Because of its structural
complexity, it was deemed appropriate to evaluate its structural stability using numerical analysis and
measured deformation data. The intake tower for irrigation water, which is located near the left bank of the
dam, is being renovated. Renovation of the tower will increase the dead load on the dam. A study of the
impact of the increased dead load on the dam was accompanied by a stability evaluation of the dam based on
3-D FEM analysis..
Key Words:
3D FEM analysis, multiple-arch dam, stability evaluation
1. はじめに
宮城県仙台市青葉区内に建設された大倉ダムは、堤高
83m、堤頂長323m、堤体積約23万m3の我が国で唯一のダブ
2. 大倉ダムの概要
大倉ダムの諸元を表−1に示す。また、ダム堤体の概観
と断面図を図−1、2に示す。
ルアーチ式コンクリートダムであり、建設省直轄事業とし
て昭和36年6月に竣工した多目的ダムである。本ダムの設計
表−1
ダム・貯水池緒元
においては、荷重分割法(半径方向調整計算)による応力
評価と構造模型実験による検証が実施され、建設後も設計
震度や材料値の見直しなどを行い、荷重分割法(半径方向
調整ならびに完全調整)による簡便な応力評価に基づいて
安全性が確認されてきた。しかし、実構造は中央にスラス
トブロックを有するダブルアーチという複雑な構造形式で
あるために、過去の総合点検報告書1)においては、変位計
測と数値解析に基づく安定性評価の必要が示されていた。
そのような中、昨年度、本ダム左岸側農業取水塔設備の補
修計画が具体化され、自重増加(約200tf)による堤体への
影響評価ならびに補修後の取水塔の変形についての確認を
実施することとなった。そこで、それに併せて、堤体の変
位計測結果に基づくモデルの検証を経て、三次元FEM解析
による堤体の安定性評価を実施した(【業務名】H15大倉地
区(施設補修)201号大倉ダム取水塔補修設計及び堤体影響
評価解析業務、【発注者】宮城県仙台産業振興事務所)
。
本稿では、今後既設構造物の健全性や耐震性能などに関
する照査が増加する傾向にある中、構造解析を用いた照査
業務の一例として上記解析内容を紹介するものである。
* 中央研究所 総合技術開発部
** 仙台支店 技術部
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三次元FEM解析に基づく大倉ダム(ダブルアーチ式コンクリートダム)の堤体安定性評価
図−1 ダム堤体
図−3 検討フロー
図−2 断面図
3. 検討概要
大倉ダム左岸取水塔設備の補修に伴う外力変更による堤
体への影響評価ならびに補修後の堤体の構造安定性につい
て確認するために、三次元弾性FEM解析を実施した。図−
3に検討フローを示す。
4. 基本条件の設定
(1) 荷重条件
考慮する荷重条件は「建設省河川砂防技術基準(案)」
(1998)(以下、現行基準)2)を基本として図−4に示す7種
類を設定した。なお既存資料1)から、設計震度は0.24とし
た。スラストブロックに作用する揚圧力はアーチ部の基礎
排水孔の堤敷設置位置が不明なことから、同資料1)を参考
に、左右岸方向の分布で19.58m、上下流方向はアーチ基礎
幅として作用させた(図−5)。温度荷重は非定常熱伝導解
図−4
析を実施して得られた温度履歴から算出した。堤体上流面
荷重条件概略
側に敷設されている取水塔設備はコンクリートブロックと
してモデル化し、自重を等価換算してモデルに反映させた。
また、取水塔建屋、橋梁部、鋼製ゲート部についても自重
を考慮して当該位置に荷重として与えた。
(2) 物性値
解析に必要な基礎岩盤および堤体コンクリートに関する
力学物性値(弾性係数、ポアソン比、圧縮強度、引張強度、
熱特性値など)は既存資料1)、3)および採取したコアの強度
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こうえいフォーラム第 13 号 / 2005. 1
図−6
外気温と貯水位のモデル
図−5 スラストブロックの揚圧力
表−2
材料条件
図−7 貯水温のモデル
<外気温の近似式>
T=11.572×sin(2π/365×(t-116.33)) +10.191 (図−6)
3) 貯水温
貯水池深さ方向の温度分布は昭和37年から平成14年まで
の原則各月一度の計測値に基づき、外気温と同様に正弦関
数として以下のように回帰式を定め、貯水池水位実績と合
わせて入力温度に反映させることとした(図−7)。
試験に基づいて設定した。地震時における検討の場合は、
現行規準に準じて常時の強度に30%増加した値を基準とし
水深0∼5m:T=9.682×sin(2π/12×
(t+451.32))+11.662
て評価した。コンクリートと基礎岩盤の材料条件を表−2
水深5∼10m:T=6.1723×sin(2π/12×
(t+451.07)+9.138
に示す。
水深10∼15m:T=4.110×sin(2π/12×
(t+450.92))+7.571
水深15m∼:T=2.858×sin(2π/12×
(t+450.86))+6.468
(3) 気温および水温に関する条件
非定常熱伝導解析における非定常条件は過去の計測記録
から、貯水位、外気温、貯水温データに関して設定した。
1) 貯水位
解析領域のうち、堤体が外気および水に接する要素は熱
伝達境界とし、堤体の経年的な温度分布が定常となったと
きの温度分布値を、温度応力解析における入力値とした。
平成5年から平成14年までの日ごとの貯水位の平均を用い
た(図−6)。
2) 外気温
平成5年から平成14年までの日平均気温の平均値から、1
年間で1周期となる正弦関数を用いて以下のような回帰式を
設定した。
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三次元FEM解析に基づく大倉ダム(ダブルアーチ式コンクリートダム)の堤体安定性評価
図−8
大倉ダム三次元FEM解析モデル図
5. 三次元FEM解析
(1) 解析モデル
解析モデルは、堤体と基礎地盤を含めたダブルアーチダム
全体モデルとした。解析領域は、岩盤部分の大きさが堤体挙
動に影響を及ぼさない範囲とし、図−8に示すように、堤体
を中心として、左右岸ダム軸方向:堤頂長の約3倍、上下流
方向:堤高の約2.5倍、高さ方向:堤高の約2.5倍とした4)。
既設堤体の構造モデルでは、堤体上流面側に敷設されて
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いる既設の取水塔設備をコンクリートブロックとしてモデ
ル化し、自重を等価換算してモデルに反映させた。また、
取水塔建屋、橋梁部、鋼製ゲート部についても自重を考慮
して当該位置に荷重として与えた。
補修後のモデルでは、補修後の取水塔設備の既設設備か
らの自重増加分を考慮し、コンクリートブロック部に等価
換算して反映させた。
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図−9 堤体変位計測点
図−10
変位計測点における上下流方向の変位量の推移
(実測値vs解析値)
境界条件は岩盤境界を固定とし、基礎岩盤と堤体、堤体
表−3 相対変位比較(実測値vs解析値)
全体は一体構造としてモデル化した。
(2) 挙動解析(解析モデルの検証)
解析モデルの検証を行うために、平成14年度に実施され
た計測の全7点(図−9)について、堤体変位の実測値と解
析値との比較を行った。比較対象期間は、実測値の最大変
位および最小変位を計測した4月25日から9月18日とした。
考慮する荷重は自重、静水圧、泥圧、温度荷重とし、特に
堤体に与える影響が大きいと思われる温度荷重は、非定常
熱伝導解析結果に基づき温度応力解析を行って考慮し、対
象期間における堤体の変位状況を確認した。
図−10に代表2点の実測変位と解析結果との比較図を示
図−10から、各計測点の季節変動を含めた堤体変位の年
す。実測値、解析値ともに建設当初からの絶対変位量では
間推移については、本解析モデルによりおおむね良い精度
ないため、それぞれの変位値の年間平均値を基準にした相
で再現できていることが分かる。また、表−3より、対象
対変位をもって比較した。なお、色付けした期間が比較対
期間の相対変位量は、計測点No.4(スラストブロック頂)
象期間である(4月25日∼9月18日)。また表−3に全計測点
およびNo.7(左岸側アバットメント付近)を除いては、実
における対象期間の相対変位量について実測値と解析結果
測値と解析結果はほぼ同等の値となっている。特に、計測
を比較する。
上で最も大きな変位を生じているNo.2およびNo.6(左右ア
ーチクラウン)においては、対象期間の相対変位量は解析
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三次元FEM解析に基づく大倉ダム(ダブルアーチ式コンクリートダム)の堤体安定性評価
表−4 補修後の堤体モデルに関する解析ケース
結果と実測値がほぼ一致している。計測点No.4およびNo.7
の剛性を地盤の1/100に低減し、二次的な安定が得られた時
については、解析結果は実測値に対して数ミリ程度小さか
の応力状態を確認することとした。
った。この原因としては、数値解析上の固定境界の影響を
せん断に対する安定については、現行基準に基づき、基礎
受けたことや計測上の誤差などが考えられる。ただし、こ
地盤のせん断摩擦安全率が4以上、局所せん断摩擦安全率が2
れらの箇所が実測値においても他の箇所と比較して変位が
以上を有することを確認することとし、それぞれの安全率は
小さい傾向にあることから、解析結果はその構造挙動の特
以下のHennyの式により算出することとした。
徴を定性的には再現できていると言える。
せん断摩擦安全率:
(1)
以上の結果から、本解析モデルは実構造物を適切にモデ
ル化できているものと判断した。
n:せん断摩擦安全率、H:単位幅あたりのせん断面に作
用するせん断力、V:単位幅あたりのせん断面に作用する
(3) 安定性評価法
安定性評価においては、以下の指標を用いることとした。
a.コンクリートの許容圧縮応力
b.コンクリートの引張応力
c.基礎地盤内のせん断摩擦安全率
コンクリートの許容圧縮応力に関しては強度安全率4を見
込んだ。
全垂直力、τ 0:基礎岩盤のせん断強度、f:基礎岩盤の内
部摩擦係数、l:せん断面長さ
局所せん断摩擦安全率:
(2)
n0:局所せん断摩擦安全率、τ0:局所せん断強度、f:局
所の内部摩擦係数、σ:局所せん断面沿いの垂直応力度、
τ:局所せん断面沿いのせん断応力度、u:局所せん断面沿
いの間隙圧
コンクリートの引張応力に関する検討では、コンクリート
の引張応力が引張強度に達しないことを照査することとし
(4) 堤体の安定性評価
た。アーチダムの引張応力に対する評価に関して、現行基準
では“アーチ式コンクリートダムの場合、引張応力の許容値
はその応力の生じる箇所、応力解析法の精度によって異なる
ものであるから、これらの点を考慮して定めるものとする”
とあり、明確な許容値は示されていない。アーチダムにおい
ては、引張応力を許容するため、クラックの影響が懸念され
るが、主なクラックは片持梁のベースの鉛直引張応力、アー
チクラウンやアーチアバットメントの水平引張応力に起因す
るものであり、いずれも通常収束性のあるクラックとされて
いる。これらについては、二次的な安定が得られた時の応力
状態を照査して許容値内であることを確認すればよいと考え
られている5)。実構造では応力継目が堤体に15m間隔で設け
られているため応力集中が緩和されることや、長期荷重下に
取水塔補修による堤体への影響評価を行うため、表−4
に示す3ケースについて検討した。
① 補修後1は補修後の常時条件下の堤体の安定性を確認
するものであり、現況の堤体の安定性解析結果と比較
することで、補修の影響について検討した。
② 補修後2は地震時の堤体の影響について検討するもの
であり、堤体が下流側に最もたわむ時についての評価
である。
③ 補修後3も地震時の堤体の影響について検討するもの
であるが、貯水位が低い場合に慣性力が上流向きに作
用する場合の評価である。(堤体が上流側に最もたわ
む時の評価)
おけるクリープひずみによる引張応力の解放やアーチダム構
造の特性を考慮すれば、引張応力が問題となることは少ない
ものと考えられるが、参考として、引張応力が引張強度を超
過した場合、その場所にクラックが発生し、引張力に抵抗し
なくなることをモデル化するために、当該コンクリート要素
温度荷重は、挙動解析おいて実施したものと同様な解析
を実施し、現況の堤体、補修後の堤体ともに、3月4日(下
流側にたわむ時)および9月4日(上流側にたわむ時)に温
度応力上最も厳しい条件となったため、それらの時点にお
ける温度荷重条件を用いた。
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こうえいフォーラム第 13 号 / 2005. 1
図−11
堤体の主応力分布(補修後ケース2−地震時荷重条件下)
表−5 解析結果(補修後ケース2)
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三次元FEM解析に基づく大倉ダム(ダブルアーチ式コンクリートダム)の堤体安定性評価
図−11および表−5に堤体にとって最も厳しい条件とな
った補修後ケース2に関する結果を示す。基礎岩盤と堤体を
一体化としてモデル化した影響で、コンクリートの引張応
参考文献
1) 財団法人ダム技術センター、大倉ダム総合点検評価業務委託報
告書、1988
力が岩着部付近などで局部的に大きくなったため、当該コ
2) 建設省、建設省河川砂防技術基準(案)、1998
ンクリート要素の剛性を地盤の1/100に低減し、二次的な安
3) 八千代エンジニアリング株式会社、大倉ダム堤体解析調査報告
定が得られた時の応力状態を確認した。解析結果から得ら
れた堤体およびスラストブロックに発生する応力は、コン
クリートの許容圧縮応力、コンクリートの引張応力、基礎
地盤内のせん断摩擦安全率についてすべて許容値以下とな
り、堤体の安全性に関して問題無いことを確認した。
また、補修後の取水塔の単段式円形シリンダーゲートの
構造は可動部と固定部から成り、上下端の相対変位の許容
限界値は20mm程度であったが、解析結果では上下端の相
対変位が下流側に最もたわむ時で12.6mm、上流側にたわむ
時で11.4mmとなり、現設計で操作性上問題とならないこと
を確認した。
なお、補修工事による堤体安定性への影響については、
現行貯水池運用下での水中施工を主体する取水設備補修工
事であり、取水設備の自重以外に大きな荷重の変化は無い
ことから、問題無いものと判断した。
6. まとめ
本業務は既設ダブルアーチ式コンクリートダムの三次元
FEM解析を実施したものであり、設計時には直接的に考慮
されていなかった三次元アーチ構造とスラストブロックを
含む堤体全体の挙動を踏まえた応力照査から安定性につい
て検討したものである。
今後既設構造物の健全性や耐震性能などに関する照査が増
加する傾向にある中、その定量的な照査方法の一つとして、
構造解析の果たす役割はますます重要となってくるものと思
われる。実験においては、コスト面や実験装置などの制限は
避けられないことから、適切なモデル化による数値解析を用
いた“数値実験”への期待も大きい。今後はさらに構造解析
技術の付加価値を高め、幅広い適用を図っていきたい。
謝辞:本検討の実施にあたり、宮城県仙台地方振興事務所、
宮城県仙台地方ダム総合事務所、ダム技術センターの関係
各位には、多大なご協力をいただきました。ここに記して
感謝の意を表します。
54
書、1981
4) 例えば、西内、豊田、水野、既設アーチダムの常時挙動評価手
法の開発とその適用性検討、電力土木、1998
5) 飯田隆一、コンクリートダムの設計法、技報堂、1992
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