九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
台湾の社会問題と経済情勢
青 木 美 樹
要 約
台湾における経済の停滞と失業問題、貿易状況の悪化、産業のOEM化
の現状を述べ、またそれらに関連して、いくつかの台湾の近年の社会問題
である、急速な少子高齢化、高学歴者の失業問題、台中投資の状況、「外
勞」問題について述べる。これらは経済の停滞、失業問題の要因ともいえ
る。これらの問題を解決する策として、内需を拡大しつつある中国市場へ
の台湾企業の進出、長年のOEMからの台湾産業の脱皮を提案する。
キーワード
産業のOEM化、少子高齢化、失業問題、台中投資、外労
Ⅰ 始めに
台湾の国泰金融控股会社の経済研究所が台湾国民の台湾経済に対する期待度
についてアンケート調査を行った。その調査報告が今年(2012年)の5月に公
開されたが、台湾の景気及び株市場に対する国民の期待度(楽観指数)は調査
開始以来の最低の値となった。台湾国民の半数近くが半年前より台湾の景気が
悪化したと考えている。また、これからの景気上昇も期待できず、さらに悪化
するという悲観的な見方をもっていることが分かった。台湾経済の将来に対す
る不安から国民の消費意欲は現在も依然低い。その背景として、近年の台湾輸
出の後退1)、競争相手の韓国企業より国際競争力が低下したことなどが挙げら
れる。
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青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
台湾は、景気の低迷とともに失業問題にも直面し、また多くの社会問題を抱
えている。日本と同じように台湾も深刻な少子高齢化におちいっている。さら
に出生率の低下、物価の上昇2)、高値のため家の購入が難しい、その他、新し
い消費グループである新住民との共生などの台湾特有な問題も抱えている。こ
れらの問題点は互いに関連しあっており、とりわけ台湾経済の不振への影響が
大きい。
本稿においては、台湾の近年の貿易と経済の展開とその不調について述べ、
次に台湾の少子高齢化問題、対中投資、新住民問題について述べ、その台湾の
失業、経済に対する影響をみる。これらの問題を解決する策として、内需を拡
大しつつある中国市場への台湾企業の進出、長年のOEMからの台湾産業の脱
皮を提案する。
Ⅱ 台湾産業の高度化と台湾経済の現状
50年代から現在に至るまでの台湾経済の発展は産業の工業化と高度化によっ
て実現されたといえる。その台湾産業の高度化は政府の輸出主導及び資金調達
が重要な要因となった3)。50年代の伝統農業経済から、60年代初期は、加工輸
出地域の設置に伴う輸出志向型工業化政策のもとで、台湾経済の発展が加速さ
れた。70年代には、政府が国内の大型公共建設を行い4)、重化学工業を推進し
た。80年代に入ると、台湾産業の高度化を図るため、80年末に新竹科学園区を
設置した5)。その後、さらに中部、南部、竹南にサイエンスパークを設置し、
IT産業の育成を図った。90年代以降、台湾IT産業に独特な生産システムで
あるOEM、ファウンドリーに特化し、米国の大手ITメーカーからの受注を
一手に請け負うなどして、急速に規模を拡大してきた。しかし、台湾の主力輸
出製品は電子部品、電気機械、化学、鉄鋼製品の中間財などの品目であるゆえ
に、世界景気の変動に左右されやすい6)。
表1に台湾の対外貿易の概況を示す。この表に見られるように、2008年のリー
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九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
マン・ショックの影響を受け、2009年の台湾の貿易総額は−23.8%の成長率で
あった。その後、米国のアップル社による新製品導入とその他の各ブランドの
PC新製品の発売及び液晶テレビなどに対する需要の増加により、2010年の台
湾GDP成長率は10%と21年ぶりの高成長を記録した。しかし、2010年3月の
東日本大震災、夏のタイの洪水の影響でサプライチェーンが動揺し、さらにそ
の後、欧州の金融危機による世界経済の減速で台湾の対外輸出が再び低下して
きた。
表1 台湾の対外貿易の概況
年
貿易総額
輸出総額
前年同期
(億ドル)
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
1月
2月
3月
4月
5月
6月
1-6月
と比較 %
輸入総額
前年同期
(億ドル)
と比較 %
輸出総額-輸入総額
前年同期
(億ドル)
と比較 %
前年同期
(億ドル)
と比較 %
2,343
2,486
2,786
3,511
3,811
4,267
4,659
4,961
3,781
5,258
5,897
-20.0
6.1
12.1
26.0
8.5
12.0
9.2
6.5
-23.8
39.1
12.1
1,263
1,353
1,506
1,824
1,984
2,240
2,467
2,556
2,037
2,746
3,083
-16.9
7.1
11.3
21.1
8.8
12.9
10.1
3.6
-20.3
34.8
12.3
1,080
1,133
1,280
1,688
1,826
2,027
2,193
2,405
1,744
2,512
2,814
-23.3
4.9
13.0
31.8
8.2
11.0
8.2
9.7
-27.5
44.1
12.0
183
221
226
136
158
213
274
152
293
234
268
63.5
20.3
2.4
-39.7
16.2
34.8
28.6
-44.6
93.0
-20.3
14.8
411
440
503
503
499
462
2,824
-14.5
5.9
-4.5
-2.6
-8.4
-5.7
-5.3
211
234
263
255
261
244
1,468
-16.8
10.3
-3.2
-6.5
-6.3
-3.2
-4.7
206
206
240
248
238
218
1,356
-12.1
1.3
-5.8
1.9
-10.5
-8.4
-5.8
5
28
24
7
23
26
112
-74.9
209.6
33.9
-76.4
83.9
87.0
10.7
(注):1 . 輸出総額=輸出+再輸出、輸入総額=輸入+再輸入、である。
2 . 貿易金額は億ドル単位である(四捨五入のため、各項目の総額の計算が合わな
い場合がある。前年同期との比較 %は成長率である)。
(出所):財政部統計、税関輸出入貿易統計資料の一部による。
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青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
今年6月の台湾行政院経済建設委員会の分析によると、世界経済の悪化の影
響を受け、台湾の対外貿易は去年下半期の1桁成長からマイナス成長に変わっ
た。また今年の上半期の貿易総額は2,824億ドルで、去年の同期より5.3%減少
した。輸出、輸入額はそれぞれ1,468億ドルと1,356億ドルであり、去年の同期
と比べてそれぞれ4.7%と5.8%減少した。
また今年上半期の工業生産は去年の同期と比べて3.04%減産した。その中
で、建築、鉱業・土石採取業、電力・水力などのエネルギー関連はそれぞれ増
産したが、製造業は3.26%減産であった。
表2に主要国及び地域別の輸出受注額を示す。この表から、今年の1月〜6月
の輸出受注を国及び地域別で見ると、中国(香港を含む)は53,795億ドルで、
去 年 の 同 月 よ り4.14 % 減 少 し た。 米 国 は50,523億 ド ル で、 去 年 の 同 月 よ り
5.09%増加である。欧州の受注は38,252億ドルで、去年同月より1.23%減少し
た。アセアン6カ国の受注は23,054億ドルで、去年の同月より4.06%増加した。
表2 輸出受注概況(主要国及び地域別)
2012年 1-6月
国または地域
金額(百万ドル)
構成比%
去年同月比%
中国と香港
53,795
25.3
-4.14
米国
50,523
23.8
5.09
日本
19,970
9.4
-7.51
欧州
38,252
17.9
-1.23
アセアン6カ国
23,054
10.8
4.06
中東地区
4,024
1.9
8.87
アフリカ
1,319
0.6
16.21
中南米
4,584
2.2
-7.54
(出所):台湾経済部統計により作成。
― ―
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九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
それぞれの受注内容を見ると、変動が大きな製品としては、中国(香港を含
む)の場合、精密器具製品が6.5億ドル減少した。米国は電子製品の受注が10.2
億ドル増加し、欧州は運輸器具製品が゙4.1億ドル減少した。アセアン6カ国の
場合は情報通信製品が11億ドル増加した。
国別の経済成長率を見ると、1991年〜2000年までの台湾の年平均成長率は
6.5%でシンガポールの7.6%には及ばなかったが、韓国の6.1%、香港の3.9%を
超えた。しかし、2001年〜08年にかけての8年間の台湾の年平均成長率は3.4%
でシンガポールの4.9%、香港の4.6%、韓国の4.4%と比べ見劣りするもので
あった。因みに、90年の台湾の一人当たりのGDPは韓国より40%近く上回っ
たが、06年には韓国に抜かれた。台湾国際貿易局の発表によると、93年までは
台湾の輸出規模は韓国を上回ったが、94年に韓国に抜かれた。台湾と韓国との
経済発展の格差が拡大しつつある。今まで台湾の競争相手であった韓国が、日
本などの先進国と並んで、台湾中間部品の発注元になることは台湾企業の戦略
の失敗を意味するであろう。
台湾の生産及び輸出品目は、主にIT・情報、通信、電子産業に集中してい
る。このような産業構造は世界経済の好不況に強く影響を受ける。近年来の国
際経済情勢の変動の中で、今までのようにノンブランドのOEM/ODMの受
託生産に徹していると、台湾企業は成長が見込めないであろう。進行するグ
ローバル競争の中で台湾企業が生き残るためには、独自の競争優位として自社
ブランドを構築することが重要な課題となる。
Ⅲ 少子高齢化の深刻化
1 急速な高齢化
いうまでもなく、人口は国を構成する最も基本的な要素であり、総人口とそ
の年齢構成の変化が国全体の経済に与える影響は大きい。台湾の未来の人口変
動を展望するために、台湾行政院経済建設委員会が出生、死亡と移転の最新統
― ―
27
青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
計に基づいて、2年毎に未来の人口を推計している。この委員会が「中華民国
2012年から2060年までの人口推計」の報告書を作成目的の一つは、台湾政府の
政策立案の参考とするためである。台湾政府の各部門が人口、教育、労働力、
産業発展、都市住宅、社会福祉と医療サービスなどの政策を立案するにあたっ
て、この人口推計の報告が重要な参考資料となる。この報告には台湾以外の主
要国家の未来の人口統計も含まれる7)。
この報告書の内容として、今年の7月23日に開かれた第1433回委員会で6項目
の重要統計結果と8項目の推定統計が発表された。その中で一番深刻な問題と
して提起されたのは、台湾人口の老化が速いスピードで進んでいることであ
る。2025年になると台湾の高齢人口は全人口20%に達すると推計され、台湾の
高齢人口の割合は米国、英国、ノルウェーを超えると発表された。その報告に
は2060年までの人口推計も記されているが、現在、台湾では約38才からを中年
と呼んでいるが、2060年になると、57才(から)を中年と呼ぶことになり、57
才未満の人間は若者を意味することになる、としている。その時、台湾の今年
の扶養比率8) では100人が35人を扶養していることなるが、2060年になると、
扶養率は大幅に上昇し、100人が97人を扶養することになる。
台湾の総人口に占める65歳以上の高齢者人口の割合は、80年代頃までは5%
程度で推移していたが、その後上昇に転じ、93年には国連世界衛生組織が定め
た高齢化基準「老化国家(aging country)」である7%を突破した。2009年12
月には10.6%に達し、また老化指数は65.1%である。アジアでは日本に続いて
の高齢化社会となった(表3を参照)。また高齢化のスピードについて、高齢率
が7%を超えてからその倍の14%に達するまでの所要年数(倍加年数)を比較
すると、フランスは115年でゆるやかに老化し、米国は73年かかったが、台湾
はたった24年である9)。
このように台湾と先進諸国の高齢化スピードを比較したとき、台湾人口の老
化スピードが速すぎる点が危惧される。さらに、台北市民政局の発表による
と、2011年には台湾の老化指数が過去最高の87.2%まで上昇した。また、台湾
― ―
28
九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
の行政院の試算によると2050年には、台湾の65歳以上の高齢化人口が総人口の
36.7%を占めるようになる。この試算は出生率1.3をもとに算出した数字で、実
際には、それ以上のスピードで人口高齢化が進む可能性が高いと思われる。
表3 2009年主要国家の老化指数(単位:%)
日本
176.92
ドイツ
142.86
フランス
94.44
英国
台湾
88.89
65.05
米国
65.00
ニュージーランド
61.90
韓国
58.82
中国
42.11
(出所):台湾内政部統計資料により作成。
表4 台湾の出生率
単位:% 年
出生数(万人)
粗出生率
2000
30.53
13.76
2001
26.03
11.65
2002
24.75
11.02
2003
22.70
10.06
2004
21.64
9.56
2005
20.58
9.06
2006
20.44
8.96
2007
20.44
8.92
2008
19.87
8.64
2009
19.13
8.29
2010
16.69
7.21
(注):粗出生率とは1,000人当たりの年平均。
(出所):内政部統計資料により作成。
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29
青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
2 台湾の人口の推移と少子化
1949年、中国大陸での敗戦後、国民党は台湾へ撤退した。その時、蒋介石氏
が60万人の兵隊を含む100万人余りを台湾へ連れてきたことで、この年の台湾
人口は739万人となった。その後、公共衛生の改善、医療レベルの向上で、国
民の栄養と健康が改善されたために幼児生存率が上昇し、同時に死亡率が下
がった。そのことで、1951年には台湾人口が800万人に急増し、さらに1958年
になると、台湾の人口は1,000万人を突破した。このような人口の急増を背景
に、当時の台湾政府の関連部門と一部の民間団体は眷村10)と地方に避妊指導
をしたが、「反攻大陸、増産報国」11)をスローガンとする社会的風潮の下で、政
府による積極的な人口抑制政策が見られなかった。しかし、その後の人口の急
増に伴い、就学問題、交通、住宅問題、農耕面積などの問題が発生した。
1964年台湾の衛生署が「家庭衛生委員会」を成立し、台湾国民の家庭的幸福
のための「家庭計画」を打ち出した。「家庭計画」を推進するプロセスの中で、
台湾政府はいくつかのスローガンを打ち出した。これらのスローガンの内容は
台湾人口の推移を反映するものである。
60年代、台湾政府の人口政策は避妊の推奨が中心であった。国民に「五三」
というスローガンを打ち出した。つまり、結婚3年後第1子供を出産し、その3
年後第2子を出産し、3人以上の子供を産まない、というものである。また33歳
までに出産を終える、というものである。70年代には、台湾政府が「子供2人
が丁度いい、男の子も女の子も同じである」というスローガンを打ち出した。
上と同様、結婚3年後第1子を出産、その3年後第2子を出産し、結婚適齢期は女
性25才で男性28才である、というものである。この政府の人口政策の成功で、
60年代では、女性1人平均6人の出産であったのが、80年代に入ると女性1人平
均2人の出産となった。
1989年になり、台湾の出生率が徐々に低下したため、政府が宣伝する家庭計
画は「適齢結婚、適量出産」となり、「結婚出産の適齢は22才から30才」と
なった。家庭計画のスローガンは「子供2人が丁度いい、1人も少なくない」か
― ―
30
九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
ら、同年「子供2人が丁度いい、1人は少ない」に変わった。つまり、今までの
減産でなく、出産を勧めるものに変わった。1990年、台湾の衛生部が過去の家
庭計画の代わりに「新たな家庭出産計画」を打ち出し、家庭教育の向上と出産
の増進を推し進めた。台湾の出生率が低下しつつあったため、台湾政府は「後
継を出産、生命を輝く」と宣伝し、子供3人を産むことを推奨した。2001年台
湾政府は「子供2人が丁度いい、女の子も男の子も同じいい子である」と打ち
出した。これは台湾の男尊女卑、後継は男の子、家計を支えるには男性が必要
と言う概念を打破するためであり、“女の子も男の子もいい子”とし、スロー
ガンでは女の子を先においた。
このように、台湾政府の人口政策の下でさまざまな「家庭計画」を打ち出
し、1986年には台湾の人口成長率を3%から1.1%に抑えたが、台湾では辰年に
生まれた子供は出世すると言われており、2000年の辰年には出生人口が30.5万
人を超えた。しかし、その後は逆に出生人口は年々減少する傾向にある。
表5 台湾の合計特殊出生率 (total fertility rate)
単位%
年
1951
1961
1971
1981
1991
2001
2004
2008
2009
特殊出生率
7.04
5.86
3.71
2.46
1.72
1.40
1.18
1.05
0.83
(注):合計特殊出生率とは1人の女子が生涯に生む子供の数の平均値を示す指標である。
(出所):内政部の統計資料により作成。
表5に見られるように、2009年台湾の合計特殊出生率は0.83%となりドイツ
と並んで世界最低となった。内政部資料によると、2009年の台湾の出生人口は
19万1,310人、台湾の合計特殊出生率は0.83%であり、それぞれ前の年より3.7%
と0.04%減少した。2010年の出生人口は16万6,886人で2009年より2万24,424人減
少し、ドイツを抜いて世界一出生率の低い国となった。これからも出生率の低
下が予測され、2017年からは台湾人口が減り始める可能性がある。
― ―
31
青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
台湾の経済建設委員会の研究によると、台湾の女性が生涯に産む子供の数は
1983年から2人以下となっている。表4を見ると、最近の値は特に低い。上述の
内容から、その背景を次のようにまとめることができる。①台湾の男女とも初
婚年齢が高くなり、そのため、第1子を産む母親の平均年齢が高くなった。実
際、その値は1997年の26.3才から2007年の28.5才と高くなった。そして女性の
晩婚化から生まれる子どもの数が少なくなった。②子供を産まない、結婚しな
い人口の割合が高くなる一方である。③台湾経済の不況が台湾の出生率の低下
をもたらした。
出生率の低下が人口のマイナス成長をもたらすとともに人口構成の速い老化
をもたらしてきた。人口の老化は生産力の低下、扶養比率の上昇、経済の衰
退、税収の減少、医療支出の増大などの問題をもたらす。
Ⅳ 台湾の失業問題
1 失業人口の変遷と高学歴者の失業
1990年代の台湾は労働力が不足しており、失業率は2%以下と低いレベルに
あった。1985年12月から2000年の間、台湾の失業率は上昇したが、それでも3%
前後での推移であったが、2001年からは失業率がさらに上昇した。一方、台湾
の失業率の上昇とともに失業人口の構成にも大きな変化が見られた。李誠氏の
研究によると、1994年、工場の閉鎖と休業による台湾の非自主的失業人口は全
体の非初回求人人口の13.5%であったが、1998年には27.6%に上昇した。この
高い失業率は労働階級だけではなくエンジニア、中間、トップ管理職の失業ま
で影響する。つまり、1990年代は大学や専門学校などを卒業した高学歴者の失
業が注目される。
1996年に入ると、台湾の失業人口の構成はさらに大きく変化した。台湾行政
院労工委員会の統計によると、1996年からは25〜44才の青壮年労働者が青年労
働者にとって代わって最大の失業者グループとなった。注目されるのは、その
― ―
32
九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
人数が1995年の平均8万2,000人(49.7%=失業者全体に占める割合、以下同じ)
から1996年の年平均12万7,000人(52.7%)に急増し、また1997年には13万3,000
人(52.0%)に増加したことである。台湾の主計処の統計によると、さらにそ
れが拡大しつつある。35才から49才の中年の失業は、70年代には平均10人に1
人だったのが、97年になると4人に1人となった。またその失業周期は平均25週
に伸びた。
2009年の台湾の失業率は5.85%であり、2008年より1.71%上昇した。台湾全
体の失業人口は63万9,000人で、2008年より18万9,000人増加した。また、職場
のリストラまたは休業で失業した人数が前年度より18万5,000人増加した。加
えて、1年以上かかっても仕事が見つけられない長期失業者が増加したことも
注目される。同年の台湾の長期失業者は10万人に達し、失業者全体の15%を占
め、米国の10%を上回る。
さらに、長期失業者の7割は39才であり、また長期失業者の3割近くが高学歴
者であることも新たな問題である。主計処が台湾の1万3千あまりの世帯の収入
と支出について訪問調査を行った。その調査に関する学歴と所得についての交
叉分析(Tabulated Statistics)の結果によると、近年、修士卒博士卒の可処
分所得は増減を繰り返しつつ、長期的には下がる傾向にある。訪問調査の結果
から、その年間の可処分所得は1994年に99.2万元(262.1万円)まで達しが、そ
の後下がり始め、2008年のリーマン・ショックの影響で、91.2万元(240.96万円)
まで下落し、2002年以来の最低値を記録した。
調査対象の大学院卒業者は新卒者の就職者以外に、各年齢層の修士卒博士卒
を含み、91.2万元はその平均値である。大学院新卒者の場合に限ると、その所
得はさらに低い。主計処の調査によると、大学院新卒の初任給は低く、全体の
平均値を下げている。また教育部の統計によると、1999年の修士卒が1.6万人、
博士卒が1.6万人で、合わせて3万人あまりであったが、2008年の大卒者は22.7
万人、修士卒は5.7万人、博士卒は3,500人と、修士卒と博士卒は合計6万人に急
増したため、新卒の高学歴者の初任給は長期的に安くなる傾向にある。一方、
― ―
33
青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
大 卒 者 の 可 処 分 所 得 も2002年 の71.9万 元 か ら2009年 の61.9万 元 に 低 下 し た。
2009年の大卒及び大学院卒の所得は過去最低を記録した。これらは、2008年の
リーマン・ショックのほか、台湾の高学歴人口の急速な増加が影響している。
過去にも高学歴者の失業問題があったが、長期失業問題はあまり深刻ではな
かった。進む一方である失業人口の年齢低下と高学歴化が台湾の失業問題をさ
らに深刻にしている。
表6 台湾の失業率
(単位:%)
年
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2.72
2.69
2.92
2.99
4.57
5.17
4.99
4.44
4.13
3.91
(出所):台湾行政院主計処の例年の統計により作成。
2 台中投資と失業問題
米国の経済学者オークン(Arthur Okun)12)は70年代のアメリカ経済を研究
し、失業率が1%上がると、経済成長率が2%下がることを発見したが、台湾の
2000年から2002年の経済成長を観察すると、まさにこのオークン法則のよう
に、失業人口の増加が内需を低迷させ経済発展を鈍化させた。逆に、経済の不
振が台湾の失業率の主な要因となっているが、同時に台湾産業の対外移出も失
業問題に大きく影響している。
1986年から始まる急激な台湾元の元高の進行、国内の賃金上昇、労働力不足
を背景に、台湾企業の対外投資が本格化となった。しかし、当時台湾は中国と
政治的に対立していたため、中国との交流が政府によって制限され、中国への
企業進出はほぼなかった。しかし、1987年に台湾国民の大陸への親族訪問が解
禁され、1990年に「対大陸地区間接投資・技術合作管理法」が実施され、他方、
中国側の積極的な外資導入、改革開放政策のもとで、台湾企業による対中投資
が展開され、投資金額も年々拡大してきた。
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九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
台湾から中国への直接投資は、2010年には件数で前年比54.9%増の914件(事
後認可分を含む)
、金額では前年の約2倍の146億1,787万ドルとなった。金額ベー
スでは過去最高を記録したものの、件数ベースでは2003年の3875件と比較する
と大幅に減少しており、1件当たりの投資案件が大型化する傾向を示している13)。
1992年に本格的に中国へ進出した最大の台湾企業である大手食品会社「康師
傅」は金額ベースで中国のインスタントラーメンの市場シェアの約5割を占め
ている14)。また1993年に中国へ進出する鴻海精密工業は世界最大のEMS台湾
企業である15)。そのEMS業界では世界1位である製造ラインの大部分は台湾
ではなく中国にある。このように台湾企業による対中進出により、台湾産業、
資金が流出したため、台湾の失業率が上昇したと考えられる。
3 「外勞」と失業問題
また「外勞」16)の導入も台湾の失業率の低下に影響したと考えられる。60年
代に台湾政府が外資を誘致して以来、外国人のホワイトカラーが企業とともに
台湾に進出した。80年代後期には、台湾国内の労働力不足のため台湾政府が
「外勞」を導入した。1970、80年代、台湾経済の急速な発展のもとで、国内で
は大型公共建設が多く行われ、労働力への需要増加から「外勞」の導入が積極
的に検討された。その後、高学歴化、国民所得の増加によって国民は3Kを拒
んだ。一方、女性の教育レベルの上昇、社会進出、女性の意識向上によって家
事が外部化された。また、国民の老化で介護サービスに対するニーズが高ま
る。これらの理由で、1992年5月8日に台湾政府が「就業服務法」と関連条例を
制定し、「外勞」導入を始めた。それでも1996年まで台湾の失業率は低いレベ
ルにあったといえる。
台湾勞委会によると、台湾が「外勞」を導入してから20年に経った2011年の
10月には台湾で働く「外勞」の人数が42万931人達した。行方不明の3万人余り
の「外勞」を入れると45万人に達する。42万人の合法的な「外勞」の内訳は、
産業「外勞」が22.4万人、社福「外勞」が19.6万人で、史上最多を記録した17)。
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青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
「外勞」を国籍から見ると、インドネシア籍が一番多く17.2万人で、全体の4
割を占める。その次は急増しているベトナム籍で9.3万人である。その次は
フィリピン籍で8.2万人、続いてタイ籍の7.2万人である。初期の「外勞」は主
に産業労働に従事するフィリピンとタイの「外勞」であったが、台湾人口の老
化に伴い、社福「外勞」の数が年々増加し、インドネシア、ベトナムからの
「外勞」が多くなった。特に、産業「外勞」と社福「外勞」で増加したインド
ネシア籍の「外勞」の人数が1位でとなった。特に、台湾の19.4万人の社福
「外勞」の中では、インドネシア籍が14.4万人で74%を占める。
このように増えつつある「外勞」と台湾経済との関係について、「外勞」の
雇用が多くなると台湾の経済成長率が低下するという実証研究が報告された
(Liu Pei Yin 2008)。また「外勞」の導入が台湾人の雇用に不利になる(江豐
富、2006)という報告もある。しかし「外勞」の導入が台湾産業の国際競争力
を高めるという研究報告も見られる(Yu-Sin,Liang 2006)。
「外勞」の導入による台湾経済への貢献は確かにあるが、就職難の現在にお
いては、「外勞」の導入に対する疑問も多い。「外勞」の導入によって、仕事が
なくなるという台湾国民の不満、逆に台湾にいる「外勞」の不満も見られる。
2008年の12月18日の世界移民日に、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど
からきた「外勞」と労働団体が、台湾行政院の前で「外勞」の導入を暫く中止
し、安価な労働搾取制度を廃止すべきであると要求した18)。2009年台湾労委会
が「外勞」人数を3万人に減らし、夜間の3交替の製造業「外勞」、重大投資
「外勞」の割合を20%に抑え、また公共建設は台湾国民を起用することにした
が、この政策による失業率減少の効果はまだ定できていない。
Ⅴ 結びに代えて
台湾研考会が最近行った、インターネットによる調査結果「国民の十大文
句」によると、国民の不満はトップが“都会の不動産が高い”で、その後に
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九州国際大学経営経済論集 第19巻第1・2合併号 (2013年1月)
“電話・インターネットによる詐欺の氾濫”、“就職難と失業問題”、“物価高”
と続く。
この調査結果が示すように、国民にとって一番の関心事は、やはり生活の安
定である。中でも、一番不満が高いのは住居の問題である。台北市の住宅は
2,700万円以下にならない、普通のサラリーマンでは家を購入するのに、飲ま
ず食わずで17年間かかる。また、電話・インターネットによる詐欺が日常的に
なり、加えて就職難、賃金価格が停滞し、所得が14年前のレベルと変わらない
こと、失業による社会保障の不備などが国民の不満を高めている。安定した所
得が得られないと、結婚、出産などの普通の生活もかなわない。このことが、
上述した少子高齢化などの問題をより深刻にする。これらの問題の背景の一つ
に、台湾経済の停滞がある。
対外貿易の縮小、対中輸出の衰退、国内での「油電雙漲」19)、證所稅の徴収20)
などによる内需縮小、これらを背景に台湾経済は2008年リーマン・ショックか
ら4年経っても立ち上れずにいる。行政院主計処が今年(2012年)の経済成長
率を1.66%として、8回目の下方修正を行った。これは、馬政府が正式に「保2」
政策の失敗を宣告したことを意味する21)。
一方、台湾経済の最大輸出国である中国は世界需要の減退で対外輸出が減少
してきているが、近年中国政府は積極的に「内需拡大」政策と大型公共建設計
画を推進してきた。中国は経済の急成長で土地が値上がり、各税収の増加から
財政的資源がかなり蓄積されたが、この財政資源の豊かさはあらゆる経済政策
の推進にプラスとなる。また、中国の場合、貧富の格差があるが国民貯蓄率が
高い、この国民の可処分所得が中国政府の内需拡大政策を支えると思われる。
このように内需を拡大しつつある中国市場に対して、台湾企業は農業、製造
業、特にサービス業で新たなビジネス・チャンスを得ることができよう。対中
進出に当たっては、言葉の問題がなく、また台湾で成功したビジネス・モデル
の中国への移転には文化的な障壁が少ないという優位がある。
世界経済の停滞は構造的な問題もあり、短期的には解決できないであろう。
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青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
これからのグローバル競争に当たって、決め手は「技術」「規格」「ブランド」
だと思われる。台湾経済の不振を払拭するために、台湾企業は長年のOEMか
ら脱皮することが必要である。そのための政府の有効な産業政策が期待される。
注
1)今年(2012年)の7月の対米輸出額は2割衰退。
2)石油・電気の値上げがもたらすインフレで、台湾国民の不満が高まっている。
3)初期の台湾の高度成長を達成するための資金源として、米国の経済援助金、華僑資
本などが挙げられる。
4)1973年の台湾の「十大建設」を指す。これは当時の台湾の行政院院長蒋経国氏が打
ち出した大型インフラ整備計画である。80年代に入り、さらに大規模な「国家六年計
画」を打ち出した。
(青木美樹著『台湾経済の現状と展望』、九州国際大学商学部論
集、第3巻 第1号 1992年1月参照)
5)台北の北側にある新竹科学園区は台湾初のサイエンスパークである。
6)青木美樹著『台湾の産業構造の転換と対外投資の動向 −データによる検証−』、
九州国際大学国際関係学部論集、第4巻 第1・2合併号2009年3月を参照。
7)2012年7月25日に公布された台湾行政院経済建設委員会人力規劃處編著「中華民國
2012年至2060年人口推計」報告の1部による。
8)社会の高齢化度合を示す指標である。計算公式:(幼年人口+老年人口)/労働年齢
人口。
9)2011年8月9日の行政院衛生署国民健康局長の発言の1部による。
10)眷村(けんそん)は台湾において外省人が居住する地区を示す名称。1949年から
1960年代にかけての国共内戦で大陸を追われ、国民政府により台湾へ移住させられた
中華民国国軍とその家族60万名が住む家屋が密集した地区が誕生した。この地区は既
存の集落と区別され、この名称が使用された。
11)「反攻大陸、増産報国」は“中国へ反攻するため、国のために子供を多く出産する”
ということ。
12)オークンの法則は、理論から導かれた結果ではなく、主として経験的観測なので、
より正確には「オークンの経験則」と呼ばれる。オークンの法則(Okun's law)とは、
一国の産出量と失業の間に経験的に観測される安定的な負の相関関係のことである。
13)世界のビジネスニュース(通商弘報)2011年4月8日により。
14)康師傅控股有限公司は、台湾彰化県が発祥で、香港証券取引所に上場する食品メー
カーの一つである。主な業務はインスタントラーメン、飲料、菓子類などの食品の中
国における生産である。1992年に中国に本格的に進出した。中国はインスタントラー
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メンの世界需要のうち約半分を消費する国と言われているが、その中国で、康師傅は
金額ベースでインスタントラーメンの市場シェアの約5割を占めている。
15)鴻海精密工業は中国に巨大な工場群(富士康Foxconn)を持ち、米国のアップル社
のスマートフォン「アイフォーン」の組み立てを受託した。そのほかテレビを始めと
するデジタル家電を低コストで生産できる強みがある。
16)「外勞」:migrant worker が語源であり、台湾での外国人労働者の通称である。中
国の「外勞」はマイナスのイメージがあるので、台湾国内の労働者グループ、研究者
はよく「移工」、「移住勞工」、「移徒勞工」と呼ぶことが見られるが、「外勞」の呼び
方が一般的である。
17)社福「外勞」とは、個人に雇われ、家庭介護、家事などをする「外勞」である。
18)参加した団体は台灣國際勞工協會(TIWA)、台灣移工聯盟(MENT)、人民火大行
動聯盟、勞動人權協會、桃園縣產業總工會、全國自主工會聯盟、性別人權協會、三鶯
部落自救會などである。
19)油電雙漲:2012年7月より石油、電気とも値上げ。この影響で台湾消費さ物価指数
(CPU)の上昇率が2008年に予測された2.7%から4.1%に上昇した。民生必要品をも値
上がり、台湾人民の政府に対する不満が募っている。
20)台湾立法院は「所得税法」と「所得基本税額条例」を承認し、2013年1月1日から、
70年代に廃止された証券交易所所得税の徴収を再開する。財政部の予測によると証券
交易所所得税の徴収で60から110億の税収増加が見込まれる。今度の税制改革は25年
ぶりの大きな税法改訂である。
21)「保2」の「保」は「保持」を意味する。「2」は台湾経済のGDPの前年比成長率を
さす。
参考文献
1)李程主編「 台湾的失業問佳」,國立中央大学台湾経済発展研究中心,2000年1月
2)行政院経済建設委員会編「當前經濟情勢」,2012年7月
3)工商時報編「中国策−経済乱流中的財富主流」,商訊文化,2009年5月
4)台湾行政院経済建設委員会人力規劃處編著「中華民國2012年至2060年人口推計」報
告,2012年6月
5)江豐富著「外勞引進對本國勞工失業、職業選擇及薪資之影響」,中央研究院經濟研
究所出版「台湾経済予測與政策」第37巻第1期
6)Chesnais, Jean-Claude(1992)
“The Demographic Transition:Stages, Patterns,
and Economic Implications: a longitudinal study of sixty-seven countries
covering the period 1720-1984. Translated by Elizabeth and Philip Kreager. New
York: Clarendon Press
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青木美樹:台湾の社会問題と経済情勢
7)Jiang,Feng-Fuh Liu(2007)
“The Deterioration in Employment: Regional
Unemployment Dynamics”in Joseph Lee(ed.), Labor Market Trends in
Taiwan,s New Knowledge Economy, 1-24, Cheltenham: Edward Elgar
8)Liu Pei Yin(2008)
“The Impact of Foreign Direct Investment and Foreign labor
on Economic Growth-The Case of Taiwan”, Southern Taiwan University of
Science and Technology, Master’
s thesis
9)Sharryl Hawke & David Knox(1978)
“The One-Child Family: A New Life-Style”
The Family Coordinator
10)Yu-Sin,Liang(2006)
“Influencing on employment market and society in Taiwan
by introducing the foreign laborers”Asaia University, Master’
s thesis
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