治水から環境への河川事業の変遷
1.川との関係
川の特性
*自然的特性
急峻な地形と急流河川
アジアモンスーン地域特有の豪雨
*社会的特性
明治以降の近代化
第二次世界大戦後の高密度な開発
河川の人工化
戦後の15年間
*毎年大型台風の来襲で大洪水が全国的に押し寄せた
*洪水対策の河川事業・・・治水安全度の向上
*河道の直線化、コンクリート護岸
その後の高度成長期
*都市化に伴う水資源需要の増加・・・水資源開発
*ダム、堰、導水路などの河川事業
*河川環境を評価するゆとりが無い
水質悪化、景観の悪化
生物の生息空間の質の低下
その結果として
都市化に伴う流出形態の変化
狩野川台風以降1960年代からの都市型水害
都市部が浸水被害を被る
都市型水害対策
1977年に建設省が提案した「総合治水対策」
河道中心の治水対策から雨水浸透、雨水貯留を含
めた流域全体で水害に対処する。・・・・日本の過
去の本来的な治水対策は流域での総合治水で
あった
1987年「超過洪水対策」
スーパー堤防
隅田川、荒川、利根川の下流、淀川
*都市の町並みが河川に向くきっかけとなり、
河川環境への関心
2.河川環境の時代
*1970年代、80年代を受けて1991年からスタートし
た「多自然型川づくり」
*治水安全度向上に重点を置いた河川事業から、
生物の多様性、河川環境の創造を目指した河川
事業
*「多自然型川づくり」から「自然再生推進」へと進展
する
3.自然復元への今後の課題
治水安全度を確保しながらの
景観、生態系への配慮
1995年3月河川審議会からの答申「今後の河川環境
のあり方」
①生物の多様な生息・生育環境の確保
②健全な水循環系の確保
③河川と流域の関係の再構築
平成15年施行された「自然再生推進法」
4.健全な水循環をめざして
川と人間の関係の見直し
*自然の水循環に照らして、河川とその流域における水循
環の情況を把握し、適切な対策講ずる
第二次世界大戦後
*急激な都市化・・・流域の水循環を一変させた
*豪雨の河道への集中、流域の一時貯留能力の喪失
都市水害の激化
*河川の日常流量の減少
景観、生息基盤の質の低下
*河川を中心とした水資源開発が需要の増加速度に間に
合わない・・・地下水の過剰な揚水、地盤沈下
*下水道の普及・・・衛生、快適性増加
小河川、小水路の流れの枯渇
気温調整機能の低下
下水処理水の再利用
都市における水循環の再生
*1950年代後半から一部の工業用水として利用され
ている
*1964年から工業用水道
*1970年大阪万博の際の大阪城の濠に処理水を環
境用水として使用
1)清流復活事業
*昭和59年8月 野火止用水
*昭和61年8月 玉川上水
*平成元年3月 千川上水
多摩川上流処理場の二次処理水の臭気・色度・り
ん等をさらに除去するため、凝集剤(PAC)を
添加し、砂ろ過施設及びオゾン注入施設で処理
して24,800m3/日の処理水を送水している。
(平成13年度)
2)城南3河川への放流
流量が極度に減少している東京都の城南3河川
*渋谷川 古川
*目黒川
*呑川
に86400m3/日を放流している
治水から環境へ
三百年の鎖国
江戸時代の治水,利水の河川事業の伝統的な
河川工法・・・・河と共存する
明治時代
欧米技術との遅れを取り戻す
*ファン・ド-ルン,デレ-ケ等のお雇い外
国人による近代技術の導入・・河を制御
古市公威,沖野忠雄らの欧米留学
鉄道建設と治水に重点を置いた
治水についての考え方の変化
アジアモンス-ン地帯の治水の考え方
江戸時代---洪水とは闘わず,共生すること
を原則・・・遊水池
明治政府---伝統技術と近代欧米技術で洪
水をコントロ-ル・・・堤防
この契機となったのが旧河川法
(1896、明治29年)
河川事業の近代化の成果
*1896年
筑後川,淀川が内務省直轄
*1900年から 利根川,木曽川など重要河川の
大治水事業
連続高堤防方式
機械力による大規模工事
*川幅を広げる,高い堤防を連続して築造
河床の浚渫,放水路,遊水池
昭和初期までには治水安全度は飛躍的に向上し
た
河川の総合開発
ダム技術の進歩、利水の重視
*大正末期に欧米のダムを視察した物部長穂 の洪水
調節ダムの提案
1889年 琵琶湖疎水を利用した水力発電
1900 年 神 戸 市 の 水 道 用 の 布 引 ダ ム ( 高 さ 3 3 m ,
コンクリ-トダムとしてはじめて)
1924年 木曽川の大井ダム(発電4.8万KW,高さ
53m,はじめての50mを越えるダム)
1930年 北陸の庄川の小牧ダム(高さ79m)
この頃から洪水調節を含んだ多目的ダムの計画
1939 年 河 川 統 制 事 業 の 名 の 下 で 相 模 川 な ど で 施 行
される
1938年 小河内ダム建設がスタ-ト(149m,
第二世界大戦後の大水害
原因
*記録的な豪雨
*戦争末期から治水事業,維持管理事業が十
分に行なわれず流域,河道が荒廃していた
*大規模治水事業によって流出機構が変化して
しまった
*国土の開発
*河道に洪水を押し込めた為に遊水池が無くな
り,洪水流量が増加した。治水目標の増大
新河川法の制定1964年、昭和39年
高度成長期の都市型水害,水資源開発
*1958年 狩野川台風
高台の住宅地が浸水被害
都市型水害の始まり
*1963年 黒部ダム(高さ186m,ア-チダム)
*川の様々な現象は,長期にわたる歴史的観点から考察
すべきである
*河川現象は流域の土地利用,水利用などを総合して考
えるべきである.
*流域の視点の重要性
治水と利水を水系一環として総合的に管理する
ことが必要になった
河川環境重視の時代
1970年
1973年
1977年
1987年
1995年
環境庁の設立,水質汚濁防止法
水源地対策特別措置法
河川審議会,総合治水対策の答申
河川審議会,超過洪水対策の答申
河川審議会
”今後の河川環境のありかたに”ついて答
申
①
②
③
生物の多様な生息,生育環境の確保
健全な水循環の確保
河川と流域の関係の再構築
河川法の改正 に向けて
1996 年
” 21 世紀の社会を展望した今後
の河川整備の基本方向について”の答申
① 流域の視点の重視(地域住民の意見を
反映する制度の検討)
② 連携の重視(国と地方の役割分担)
③ 河川の多様性の重視・・・川の365日
④ 情報の役割の重視
河川法の改正
1997年(平成9年) 旧河川法ができて100年
自然と共生を目指した河川技術
mitigation(自然復元技術)
landscape ecology(景観生態学)
watershed ecology(流域生態学)
ecological flood(生態的洪水)
自然再生事業
多自然型川づくりから自然再生へ
環境保全を主目的とした河川事業・・平成14年
自然と共生する社会の実現
多自然型川づくり・・・平成2年の通達
人間が行なう事業では自然は創生できない
人が川を作るということは不適切な概念
自然が復元していく過程を助ける事業
撹乱を前提とした河川環境
流砂などの撹乱を受けるメカニズム
ダム、堰などの人工構造物で流れが一様化
撹乱が無くなる
生物相の極相化
生物の棲息環境に影響
生物の生息、育成環境を保全・復元する技術
「多自然型川づくり」
局所的な生物の生息、育成環境を保全を目的とし
た対処療法でしかない
自然再生事業
撹乱のメカニズムを修復する事業
冠水頻度、土砂流入、洪水時流速(河床材料)
過去の人工的な改変の歴史
何がどのように変化したのか
その結果どのような環境が失われたのか
その環境を再生するための対応手段
この対応手段の比較検討
対応手段の影響と反応の検討を繰り返しながら
段階的に手を加える
具体的事業
湿地、蛇行河川、河口部の干潟
自然河川・・旧河道を生かした河川の蛇行
復元、河畔林の整備
ウエットランドの再生・・湿地の冠水頻度の
増加、土砂流入の防御
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