肉腫(サルコーマ)治療の新規分子標的薬パゾパニブ
亀田総合病院における進行平滑筋肉腫 15 症例に対する治療効果と副作用の検討
大山 優部長、小山隆文医長、五味大輔医長
尾崎由記範チーフレジデント、
後期研修医
長野雅史、中村能章、柳原武史、湯川裕子、
深谷真史
亀田総合病院 腫瘍内科
① 背景
合すると、血管内皮細胞増殖のシグナルが伝達され血管
手術による切除が困難な進行軟部肉腫に対する治療に
が新たに形成されます(図1)。こうして肉腫細胞は栄養を
は、長らくドキソルビシン(アドリアマイシン)、イホマイド、ゲ
得て腫瘍が増大し、運動性の高まった一部の肉腫細胞は
ムシタビン、ドセタキセル、ダカルバジンなどの抗癌剤が
血管の中へと移動し、肺や肝臓、骨や筋肉に転移します
使用されてきましたが、新規の薬剤の開発は進んでいま
(図1)。
せんでした。
しかし、2007 年頃より米国で血管新生阻害薬の臨床試
験が進められてきました。その薬剤が、我が国でも2012
年11月23日より保険適用になったパゾパニブ(商品名ヴ
ォトリエント)です。そして、今年発表された国際第3相試
験の PALETTE 試験(W. T. Van Der Graaf ら、2012)の結果により、
パゾパニブは肉腫治療に有効な薬剤と証明されました。
② パゾパニブとは?
肉腫細胞の血行性転移
パゾパニブは血管新生阻害の分子標的薬というカテゴリ
ーに分類され、前述の抗癌剤とは全く作用機序が異なる
薬剤です。
図1(Angiogenesis ; Genentech より)
抗癌剤全般は、がん細胞に直接働きかけてがん細胞の
パゾパニブが VEGFR に結合して働きを阻害することで、
増殖を止めてがん細胞自体を殺すことで効果を発揮しま
VEGF と VEGFR が結合しても血管新生の命令が伝わらず
すが、血管新生阻害薬は文字通り「血管が新しく生成され
腫瘍の栄養血管や異常な血管ができなくなります(図2)。
るのを邪魔」して、がん細胞の栄養補給を絶つことによっ
て抗腫瘍効果を発揮します。
肉腫細胞は、新しく血管を作るための物質を分泌し、そ
の血管を通して自らに酸素や栄養を運んで成長し、血管
の中を通って遠隔臓器に転移します。また、異常に成長し
た腫瘍の周りの血管は、抗癌剤など薬剤が腫瘍に届きに
くくなっています。
血管新生に関わる物質はいくつかありますが、その中で
× × ××
血
管
形
成
も最も重要な物質は VEGF(vascular endothelial growth
factor : 血 管 内 皮 細 胞 増 殖 因 子 ) と そ の 受 け 皿 と な る
パゾパニブ
VEGFR(VEGF receptor:VEG 受容体)です。腫瘍から分泌
されたVEGFが血管内皮細胞の表面にあるVEGFRに結
図2(Cancer Treatment Reviews ; 2011 改)
血管新生が阻害されると、前述した腫瘍への栄養供給
す。そのため、現状では数が多かった平滑筋肉腫や滑膜
や転移を防ぐだけではなく、異常な血管走行が正常化さ
肉腫においてのみ治療効果が証明されていると言えます。
れるため、血管透過性の低下、組織低酸素の改善、免疫
臨床試験が行われなかった肉腫に対する治療効果は、保
反応改善、肉腫細胞の血管浸潤低下など様々な作用を発
険適用後に登録される300症例の解析や更なる臨床試
揮し、抗腫瘍効果をもたらすと考えられます。
験が行われなければ不明といわざるを得ません。
我が国では保険が適用される肉腫は、進行性の軟部肉
③ PALETTE 試験
腫であればその種類に制限はなく、抗がん剤の前治療も
パゾパニブの肉腫への治療効果が証明された PALETTE
必須ではありません。
試験には、369 症例の進行軟部肉腫の患者が参加し、日
本からも 47 症例が登録されました。
④ 亀田総合病院腫瘍内科での治療経験
対象は、前治療の抗がん剤治療中、または治療後に進
当院では患者さんの強い希望を受け、本人による海外
行した軟部肉腫で、抗がん剤による治療を受けたことがあ
からの自己輸入という方法で、2011 年8月から現在まで
る症例が対象になっています。対象者を、パゾパニブを
平滑筋肉腫の 15 症例に使用しました。そのまとめは以下
800mg/日で内服する群と、薬効のないプラセボ薬を毎日
の通りです(表 2)。
内服する群とに無作為に分類して、治療効果と副作用を
観察しました(日本でのパゾパニブ投薬例は31例)。
結果は、生存期間はパゾパニブ群 12.5 ヶ月に対して プ
ラセボ群 10.7 ヶ月、無増悪生存期間はパゾパニブ群の 20
平滑筋肉腫 15 例
(男性 1 例、女性 14 例、年齢中央値 54 歳)
PS 0~2(体力あり)
10 例
PS 3~4(体力低下)
5例
週に対してプラセボ群 7 週でした。パゾパニブの生存期間
延長効果は統計学的に証明されませんでしたが、無増悪
生存期間を有意に延長することが示されました。
腫瘍縮小効果は、パゾパニブ群で PR(縮小)が 6%、
SD(不変)が 67%、PD(増悪)が 23%でした。(表1)
生存期間
無増悪
生存期間
パゾパニブ
プラセボ
12.5 ヶ月
10.7 ヶ月
20 週
前化学療法使用歴
1,2レジメン
4例
3 レジメン 以上
10 例
初回パゾパニブ投与量
800mg/日
5例
400mg/日
9例
7週
表 2. 亀田総合病院の平滑筋肉腫 15 例のまとめ
PR
6%
0%
SD
67%
38%
PALETTE 試験との相違点は、当院の症例の方がより多
PD
23%
57%
くの化学療法を行ってきた患者さんが多かったことと、体
表1. PALETTE 試験の結果
力の低下もあり内服量が PALETTE 試験の半分の 400mg/
日(1回/日、食後2時間および内服後1-2時間絶食)が
副作用はよくみられたもので倦怠感(13%)、高血圧(7%)
でしたが、いずれも頻度は低く、安全に治療可能な薬剤で
あることが示唆されました。
多かった点です。治療効果と副作用は以下のようでした
(表 3 および 4)。
※治療効果を評価可能な症例は 11 例
PR
しかし、この PALETTE 試験で注意しなければいけないの
(縮小)
は、全ての肉腫について効果が証明されたわけではない
ことです。PALETTE試験でパゾパニブ群の対象とされ
SD
PD
(安定化) (増大)
人数
2人
3人
6人
割合
18%
27%
55%
たのは、平滑筋肉腫 115 例、滑膜肉腫 30 例、その他 101
例の計 246 例で、GISTや脂肪肉腫、横紋筋肉腫、骨肉腫、
婦人科領域の癌肉腫や間質肉腫などは除外されていま
表 3. 亀田総合病院での治療効果
治療効果は、PALETTE試験と比較すると、SD(安定
全体的に重症と判定される副作用はほとんどなく、内服
化)とPD(増大)の割合が期待通りの結果にはなりません
治療の継続は可能でしたが、800mg/日の内服では食欲
でしたが、PR(縮小)は11例中2例でPALETTE試験の3
低下や倦怠感が強く出る症例が多く、継続した内服が困
倍近い比率になり、全体的には充分治療効果が得られた
難で認容性の面では 400mg/日の方が優れていました。
ものと思います。
PRとPDの結果の違いは、投与量の違いや前治療歴の
⑥
まとめ
違いによるものと考えていますが、今後どのような症例に
亀田総合病院におけるパゾパニブの使用経験を報告し
効きにくいのか、あるいはどのような症例に治療効果が期
ました。2011年8月から現在までの平滑筋肉腫15症例
待できるのかを明らかにしていかなければなりません。
に対する治療経験から、400mg/日の投与量の方が副作
用が少なく継続した内服加療が可能であり、一定の治療
⑤ 亀田総合病院での治療中に認められた副作用と
効果も期待できると考えられました。肝機能障害をきたす
その発生頻度
例は重症化(Grade3~4)しやすく注意が必要と考えられ
ました。
Grade 1~2 Grade 3~4
本邦での保険適用を受けて、今後、300症例に達する
(軽症)
(重症)
まで国内使用例全例の登録が行われることになっていま
高血圧
7例(47%)
0例
す。多数例の治療経験を通して、副作用を少なくして治療
食欲低下
6例(40%)
0例
下痢
4例(26.7%)
0例
嘔気
4例(26.7%)
0例
嘔吐
3例(20%)
0例
AST 上昇
0例
2例(13%)
ALT 上昇
0例
2例(13%)
白血球減少
2例(13%)
0例
好中球減少
2例(13%)
0例
発熱性
0例
0例
効果を高めるための工夫や、より有効性が期待できる症
例の選別(有効性の期待できない症例の除外)が可能に
なるものと思われます。
また肉腫診療の最大の問題点の一つである術後の再
発を予防する効果があるかどうかについて、近い将来に
好中球減少症
表 4. 亀田総合病院での治療例15症例に
認められた副作用
副作用は、CTCAE ver4.0(有害事象共通用語規準
ver4.0)における毒性評価の程度 Grade1~2(軽症)、
Grade3~4(重症)を基に評価しました。
PALETTE試験から予想されるように、高血圧の頻度
は高くみられたものの(47%)、重症の高血圧は認めませ
んでした。重症の副作用が認められたのは AST/ALT 上昇
の肝機能障害でした。これらの症例は、肝転移がありパゾ
パニブ投薬前から肝機能が障害されていた症例であり、
薬剤による肝障害が起こりやすい要素があったと考えて
います。AST と ALT の上昇を示した2症例はともに投薬中
止により肝機能が改善しています。
国内での臨床試験が行われる必要があると思われます。
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