レビ記23章 「主への七つの祭り」
1A 春の祭り 1-22
1B 聖なる会合 1-3
2B 麦 4-22
1C 種なしのパンの祭り 4-8
2C 初穂の祭り 9-14
3C 五旬節 15-22
2A 秋の祭り 23-44
1B ラッパを吹き鳴らす祭り 23-25
2B 贖いの日 26-32
3B 仮庵の祭り 33-44
1C 火によるささげもの 33-38
2C 喜びの祝い 39-44
レビ記23章をお開きください。私たちはこれから、「主への七つの祭り」を見ていきます。私たちは
今、日本ではお盆の時期になっていますが、この時期にこちらの教会で御言葉を取り次ぐ奉仕を祈
っていた時に、レビ記 23 章が与えられました。「祭り」というのは、私たちの生活深く影響を与える
行事であります。たとえ私たちが聖書の話を聞き、それを理性的にその通りだと同意できても、理屈
抜きで自分たちの生活があります。その生活を変えてまで、その信ずるべき事柄に自分を捧げるこ
とができるのか?という悩みを私たちは抱えています。
けれども、実は聖書の中でイスラエルの共同体は、「例祭」という日本語の訳はすばらしいです
が、例年行なう祭りを神ご自身が定めたものがあります。これをユダヤ人の人たちは、今でも国を
あげて守っています。宗教的な人は毎週の安息日を始めとして、その一つ一つを、大切な行事とし
てしっかり守っています。それゆえに家族の絆はとても強いです。
祭りというのは、単に教えを受けてそれを理解するに留めないとても大切な営みを与えます。それ
は、捧げるという行為です。私たちはこのように、日曜日に礼拝を捧げるということが、どれほど
日々の生活に影響を与えていることでしょうか。そして、次にそれは家族の行事だということです。
家族ぐるみで参加するので、私たちの生活の現場、すべての基盤になっている家庭生活が安定す
るのです。日本においては、その対象が神仏合一といって、神道のカミと仏教の仏をいっしょくたに
したものに捧げているのですが、それがこれまで日本の人たちの家の意識を作っています。しかし
教会で私たちは主をほめたたえ、御言葉を分かち合い、そしてバーベキューなどでいっしょに集ま
って交わるのです。その交わりは、単に聖書の勉強だけでは味わえない、かけがえのない神の家
族としての意識が身に付くのです。
イスラエル人に主が命じられた祭りにおいて、驚くべきことは、新約聖書の中にはっきりと適用さ
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れていることです。それらが、私たちの主イエス・キリストの働きに関わることであります。つまり、イ
スラエル人は、まだ知らされていなかったキリストの働きについて、七つの祭りによってそれを自分
たちのものにする、共同体のものにするように定められていたのです。私たち教会はなおさらのこと、
キリストの働きの中に生きています!
1A 春の祭り 1-22
1B 聖なる会合 1-3
23:1 ついで主はモーセに告げて仰せられた。23:2 「イスラエル人に告げて言え。あなたがたが聖
なる会合として召集する主の例祭、すなわちわたしの例祭は次のとおりである。23:1 And the Lord
spoke to Moses, saying,23:2 "Speak to the children of Israel, and say to them: 'The feasts of
the Lord, which you shall proclaim to be holy convocations, these are My feasts.
聖なる会合として集まりなさい、と主は命じておられます。過越の祭り、種なしのパンの祝い、初穂
の祭り、五旬節、ラッパを吹き鳴らす会合、贖罪日、そして仮庵の祭りです。合計7つあります。この
うち代表的なものは、過越の祭り、五旬節、仮庵の祭りの三つです。これらは、世界中にいるユダ
ヤ人成年男子が、必ず出席しなければいけない祭りとして、数えられています。
これらの祭りは、収穫祭であります。初穂の祭りは、春の初めに収穫される大麦の初穂を、主に
おささげする祭りです。五旬節は、春の終わりに収穫する小麦の初物を、主におささげまします。そ
して秋の仮庵の祭りにおいては、いちじくの木の実、オリーブ、ぶどう、なつめやしなどの収穫の後
に行なわれます。今、イスラエルが、シナイ山の荒野のふもとにいることを思い出してください。これ
らは、彼らが約束の地に入ってから、与えられるところの収穫を前提にして、主がお語りになってい
るのです。私たち人間は、荒野にいるときには、水や食料などの備えのために、主に必要を満たし
ていただくために、祈り、主に拠り頼みますが、豊かになるときに神を忘れてしまいます。そこで、主
は、収穫物をご自分にささげるように命じられることによって、イスラエルがいつまでも、主を信じ、
主のうちにとどまることを学ばせようとしました。
そして季節ごとに、年ごとに行なわれていることに注目してください。私たち人間は、季節に合わ
せた行事なり、祭りを持つことによって、自分の生活のリズムを合わせますね。日本人であれば、
正月から始まり、節分があり、次にひな祭り、彼岸、端午の節句、七夕、そして盆があります。今の
時期ですね。それから、七五三があり、最後に晦日があります。これらはみな、祖先の霊を迎えたり、
供養したりと、自分の人生観や死生観に深く結びついています。
クリスチャンになれば、これらの先祖のしきたりから解放され、これらの儀式は偶像礼拝なので
行なわないようになります。けれども、それでは、私たちは、それらに代わる新しい死生観、あるい
は人生観を持っているでしょうか?日々の生活の中で、自分が何から始まり、何によって成り立ち、
そしてどこに至るのかを意識しながら、生きているでしょうか?私たちクリスチャンは、はっきりとし
た時間の流れを持っています。私たちは、そのご計画の中で生き、存在しています。そして、このご
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計画がみなさんの心と思いの中ではっきりとしているときに、自分が日々どのようにして生きればよ
いか、神のみこころを理解できるようになるのです。
23:3 六日間は仕事をしてもよい。しかし七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あな
たがたは、いっさいの仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息
日である。23:3 'Six days shall work be done, but the seventh day is a Sabbath of solemn rest,
a holy convocation. You shall do no work on it; it is the Sabbath of the Lord in all your dwellings.
主は、例祭についての教えの前に、週ごとに守られるべき安息日についてお語りになっています。
このときは、いっさい仕事をしてはならず、みなが集まって主を礼拝します。そして、それが「聖なる
会合」であり、主にあって聖いことなのです。これから読んでいく例祭においても、全き休みを得なさ
いという命令を読むことでしょう。なぜ、主は、休むことをそこまで強く命じられて、これを「聖なる会
合」と及びになっているのでしょうか?それは、安息するとは、自分の働きではなく、主ご自身の働
きを認めることだからです。自分の行ないをやめ、主の行ないを認めることです。私たちが、だれか
のことを知りたいと思うとき、自分が動くことをやめ、立ち止まって、その人の姿や行なっていること
を、じっくりと見るでしょう。それと同じことです。私たちが、主にあって聖なる者と認められるには、
自分ではなく主ご自身の姿やお働きをじっくりと見、ながめることが必要なのです。
コロサイ人への手紙2章には、「食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のこと
について、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。これらは、次に来るものの影であって、
本体はキリストにあるのです。(2:16-17)」とあります。安息日は、本体であるキリストの影であると、
使徒パウロは言っています。私たちは、クリスチャンとして聖なる歩みをするために、自分の働きを
やめ、キリストが行なわれたみわざの中に休む必要があるのです。
2B 麦 4-22
1C 種なしのパンの祭り 4-8
23:4 あなたがたが定期に召集しなければならない聖なる会合、すなわち主の例祭は次のとおりで
ある。23:5 第一月の十四日には、夕暮れに過越のいけにえを主にささげる。23:4 'These are the
feasts of the Lord, holy convocations which you shall proclaim at their appointed times.23:5
'On the fourteenth day of the first month at twilight is the Lord's Passover.
主への例祭は、過越の祭りから始まります。第一月とあるとおり、この祭りをもってユダヤ人の暦
が始まります。過越の祭りは、イスラエルがエジプトから贖い出されたことを祝うところの祭りです
(出エジプト 12 章)。エジプトの王パロが、イスラエルの民をエジプトから出て行かせませんでした。
主は、エジプトに9つの災いをお下しになりましたが、それでもパロは心をかたくなにしていました。
そこで主は、最後の災いとして、エジプトの初子をみな殺すと言われました。けれども、主は、イスラ
エルに対して、傷のない一歳の子羊を用意して、それを食べなさいと命じられました。その血は、家
の門の鴨居と門柱につけなさい、と命じられています。そして、イスラエルがそのとおりに行なうと、
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死の御使いは、血のついた家を通り越して、血のついていないエジプトの家だけに入り、男の子を
殺しました。こうしてイスラエルの家には、主の裁きが通り越したのです。
この祭りは、イエスさまが地上におられる時にも続いていました。イエスさまがバプテスマのヨハネ
に現われたとき、彼は、イエスさまを「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。(ヨハネ 1:29)」と呼びまし
た。そしてイエスさまが、十字架につけられる前夜、弟子たちと過越の食事をしておられました。パ
ンを裂いたときに、「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを与えてこれ
を行ないなさい。」と言われ、ぶどう酒の杯は、「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血
による新しい契約です。」と言われました(ルカ 22:20)。そして、イエスは、過越の祭りの日に十字
架につけられ、死なれました。そうです、イスラエルが食べ、血を門の鴨居と門柱につけたその子羊
は、イエス・キリストご自身を示していたのです。
過越の祭りが、この後のすべての祭りの出発点になっており、この祭りによって他の祭りが成り立
っています。すべての土台になる祭りです。私たちの主イエス・キリストが十字架の上で死なれ、血
を流してくださった、このことが私たちの信仰の土台であります。私たちの奉仕は、どのような動機
から始まっているでしょうか。「私は罪人であったのに、神はキリストを死に渡されることにより、ご自
分の愛を示してくださったのだ。」ということから始まっているでしょうか?私たちの信仰生活とその
実践の全ての始まりは、ただ「キリストの愛」に突き動かされているものでなければいけません。
23:6 この月の十五日は、主の、種を入れないパンの祭りである。七日間、あなたがたは種を入れ
ないパンを食べなければならない。23:7 最初の日は、あなたがたの聖なる会合とし、どんな労働
の仕事もしてはならない。23:8 七日間、火によるささげ物を主にささげる。七日目は聖なる会合で
ある。あなたがたは、どんな労働の仕事もしてはならない。」23:6 'And on the fifteenth day of the
same month is the Feast of Unleavened Bread to the Lord; seven days you must eat
unleavened bread.23:7 'On the first day you shall have a holy convocation; you shall do no
customary work on it.23:8 'But you shall offer an offering made by fire to the Lord for seven
days. The seventh day shall be a holy convocation; you shall do no customary work on it.' "
過越の祭りはすぐに、種を入れないパンの祭りに続きます。ここでいうパン種とは、パンをふくまら
せるところのイースト菌のことです。イスラエルの民は、この祝いの前に、家の中にあるパン種をく
まなく探し、家の中からパン種を取り除きます。そして七日間、種のないパンを食べます。初めの日
と最後の日は仕事をしてはなりません。そして、この七日間、火によるささげもの、つまり、牛や羊、
やぎなどの家畜を祭壇にて火で焼くようにします。
聖書において、パン種は悪いものの型となっています。少しイースト菌を入れると、それがパン全
体に広がるように、罪は、わずかであっても全体に広がる性質を持っています。そこでパウロは、コ
リント人たちに手紙を書いたときに、こう言いました。「あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉
のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。(Ⅰコリント 5:6)」したがって、種を入れない
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パンを食べることは、罪が取り除かれたことを示していたのです。パウロはコリント人たちに、続け
てこう言っています。「新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あな
たがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからで
す。ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種
のはいらない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか。(5:7-8)」したがって、種なし
パンの祝いは、キリストの血によって罪赦され、罪が取り除かれたことを祝っているのです。
ですから、私たちの罪は取り除かれました。私たちは罪が取り除かれた者として、主の前に大胆
に近づくことができます。「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにか
なった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(ヘブル 4:16)」
2C 初穂の祭り 9-14
23:9 ついで主はモーセに告げて仰せられた。23:10 「イスラエル人に告げて言え。わたしがあなた
がたに与えようとしている地に、あなたがたがはいり、収穫を刈り入れるときは、収穫の初穂の束を
祭司のところに持って来る。23:11 祭司は、あなたがたが受け入れられるために、その束を主に向
かって揺り動かす。祭司は安息日の翌日、それを揺り動かさなければならない。23:9 And the Lord
spoke to Moses, saying,23:10 "Speak to the children of Israel, and say to them: 'When you
come into the land which I give to you, and reap its harvest, then you shall bring a sheaf of the
firstfruits of your harvest to the priest.23:11 'He shall wave the sheaf before the Lord, to be
accepted on your behalf; on the day after the Sabbath the priest shall wave it.
先ほど話しましたように、これは大麦の収穫の初穂を、主におささげする祭りです。祭司がそれを、
主の前に前後に揺り動かして、この収穫を主に受け入れられるようにします。これは、安息日の翌
日、つまり日曜日であり、過越の祭りの三日目に行なわれます。
イエスさまが、死なれてから三日目に行なわれたことを思い出してください。主が過越の祭りの日
に死なれ、墓に葬られました。安息日が終わり、日曜の夜明けに女たちが、イエスに香料を塗ろうと
墓にやって来ました。墓の石は取り除かれており、そこに御使いがいて女たちにこう言いました。
「この方はここにはおられません。よみがえられたのです。」そうです、初穂の祭りはイエス・キリスト
の復活を表していたのです。使徒パウロはこう言いました。コリント人への手紙第一15章20節で
す。「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」
したがって、私たちの生活は、キリストによって罪が赦されたというだけではなく、キリストの命に
あって新しくされた、その復活の力に拠り頼む者です。「私はキリストとともに十字架につけられまし
た。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この
世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によって
いるのです。 (ガラテヤ 2:20)」ここで、パウロは自分自身は、キリストとともに十字架につけられて
おり、死んでいる、と言っていることに注意してください。私たちは既に死んでいるのです!決して自
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分を良くしようと思わないでください。殺してしまってください!そしてイエス様に拠り頼むのです。
23:12 あなたがたは、束を揺り動かすその日に、主への全焼のいけにえとして、一歳の傷のない
雄の子羊をささげる。23:13 その穀物のささげ物は、油を混ぜた小麦粉十分の二エパであり、主へ
の火によるささげ物、なだめのかおりである。その注ぎのささげ物はぶどう酒で、一ヒンの四分の一
である。23:14 あなたがたは神へのささげ物を持って来るその日まで、パンも、炒り麦も、新穀も食
べてはならない。これはあなたがたがどこに住んでいても、代々守るべき永遠のおきてである。
23:12 'And you shall offer on that day, when you wave the sheaf, a male lamb of the first year,
without blemish, as a burnt offering to the Lord.23:13 'Its grain offering shall be two-tenths of
an ephah of fine flour mixed with oil, an offering made by fire to the Lord, for a sweet aroma;
and its drink offering shall be of wine, one-fourth of a hin.23:14 'You shall eat neither bread
nor parched grain nor fresh grain until the same day that you have brought an offering to your
God; it shall be a statute forever throughout your generations in all your dwellings.
これが初穂の祭りでした。
3C 五旬節 15-22
23:15 あなたがたは、安息日の翌日から、すなわち奉献物の束を持って来た日から、満七週間が
終わるまでを数える。23:16 七回目の安息日の翌日まで五十日を数え、あなたがたは新しい穀物
のささげ物を主にささげなければならない。23:15 'And you shall count for yourselves from the
day after the Sabbath, from the day that you brought the sheaf of the wave offering: seven
Sabbaths shall be completed.23:16 'Count fifty days to the day after the seventh Sabbath;
then you shall offer a new grain offering to the Lord.
五旬節です。五旬というのは50日のことですが、それは初穂の祭りから7週を数えた日数です。
ところで、先ほどから7という数字がたくさん出てきているのに、お気づきでしょうか。七日目の安息
日、七日間の種なしパンの祝い、そして七週間後の五旬節です。七は、主ご自身のことを表してい
ます。主のみわざが完全であり、完成されていることを示します。このときには、小麦の収穫の初穂
を、主の前におささげします。
23:17 あなたがたの住まいから、奉献物としてパン・・主への初穂として、十分の二エパの小麦粉
にパン種を入れて焼かれるもの・・二個を持って来なければならない。23:17 'You shall bring from
your dwellings two wave loaves of two-tenths of an ephah. They shall be of fine flour; they
shall be baked with leaven. They are the firstfruits to the Lord.
パンを二つ、主の前にささげます。不思議なことに、このパンにはパン種が入っています。ふわふ
わとした、私たちが普通に見るパンです。これはなぜでしょうか?また、なぜ二つのパンなのでしょ
うか?
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この五旬節のときに、ある大きな出来事が起こったことを思い出してください。主イエスさまがよみ
がえられ、弟子たちの前に40日間現われて、彼らは祈り始めました。10日後、五旬節のときに、
天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こりました。そして、炎のような分かれた舌が現われ
て、ひとりひとりの上にとどまりました。そして彼らは聖霊に満たされて、外国の言葉で話し出したの
です。この日に、ペテロの説教を聞いて、3千人が弟子となり、バプテスマを受けました。そうです、
教会が誕生したのです。したがって、五旬節は、聖霊が降って、教会が誕生することを予め示して
いたのです。
このパンにパン種が入っているというのは、まだ罪をこのからだに宿す私たちの間に、キリストが
宿ってくださり、キリストのからだが形成されていることを示しています。私たちは不完全ですが、そ
の不完全な中にキリストがおられるのです。だからこそ、私たちはキリストが愛されたように、互い
に愛し合いなさいと命じられています、「クリスチャンなのに、なぜあの人あんなことするのかしら?」
と思ったら、「その人を愛するために、あなたは召されているのです。」ということを思ってください。
そして「二つのパン」でありますが、これは、ユダヤ人と異邦人という二者が、キリストの十字架に
よって一つにされたことを意味しています。パウロは、エペソ書2章で、「キリストこそ私たちの平和
であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方
です。(エペソ 2:14-15)」と言いました。キリストにあって、ユダヤ人も異邦人も、隔てなく交わりをす
ることができます。同じようにキリストが私たちの平和であり、二つのものを一つにしてくださいまし
た。ですから、私たちは教会において交わるのです、一つになって結ばれて平和を楽しむのです。
23:18 そのパンといっしょに、主への全焼のいけにえとして、一歳の傷のない雄の子羊七頭、若い
雄牛一頭、雄羊二頭、また、主へのなだめのかおりの、火によるささげ物として、彼らの穀物のささ
げ物と注ぎのささげ物とをささげる。23:19 また、雄やぎ一頭を、罪のためのいけにえとし、一歳の
雄の子羊二頭を、和解のいけにえとする。23:20 祭司は、これら二頭の雄の子羊を、初穂のパンと
いっしょに、奉献物として主に向かって揺り動かす。これらは主の聖なるものであり、祭司のものと
なる。23:21 その日、あなたがたは聖なる会合を召集する。それはあなたがたのためである。どん
な労働の仕事もしてはならない。これはあなたがたがどこに住んでいても、代々守るべき永遠のお
きてである。23:18 'And you shall offer with the bread seven lambs of the first year, without
blemish, one young bull, and two rams. They shall be as a burnt offering to the Lord, with their
grain offering and their drink offerings, an offering made by fire for a sweet aroma to the
Lord.23:19 'Then you shall sacrifice one kid of the goats as a sin offering, and two male lambs
of the first year as a sacrifice of a peace offering.23:20 'The priest shall wave them with the
bread of the firstfruits as a wave offering before the Lord, with the two lambs. They shall be
holy to the Lord for the priest.23:21 'And you shall proclaim on the same day that it is a holy
convocation to you. You shall do no customary work on it. It shall be a statute forever in all
your dwellings throughout your generations.
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和解のいけにえ、とは、「平和のいけにえ」とも訳すことができます。全焼のいけにえは、私たちの
すべてを主におささげすること、献身を表しています。一方、和解のいけにえは、主との交わり、ま
た互いの交わりを表しています。これは、喜びと感謝のときです。ともに交わって楽しんでいるとき
です。
23:22 あなたがたの土地の収穫を刈り入れるとき、あなたは刈るときに、畑の隅まで刈ってはなら
ない。あなたの収穫の落ち穂も集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残し
ておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」 23:22 'When you reap the
harvest of your land, you shall not wholly reap the corners of your field when you reap, nor
shall you gather any gleaning from your harvest. You shall leave them for the poor and for the
stranger: I am the Lord your God.' "
収穫のときに、イスラエル人は、貧しい人、在留寄留者の人たちを顧みなければいけないことを教
えられています。畑の隅々まで刈り取ることなく、それは残しておき、貧しい人たちが食べることが
できるように残しておきます。同じように私たちは今、教会として貧しい人々に携わるべきです。貧し
い人といっても、必ずしも経済的な貧しさだけではありません。精神的な貧しさ、霊的な貧しさも含ま
れます。私たちはそうした使命を教会として持っているのです。
2A 秋の祭り 23-44
1B ラッパを吹き鳴らす祭り 23-25
23:23 ついで主はモーセに告げて仰せられた。23:24 「イスラエル人に告げて言え。第七月の第
一日は、あなたがたの全き休みの日、ラッパを吹き鳴らして記念する聖なる会合である。23:25 ど
んな労働の仕事もしてはならない。火によるささげ物を主にささげなさい。」23:23 Then the Lord
spoke to Moses, saying,23:24 "Speak to the children of Israel, saying: 'In the seventh month,
on the first day of the month, you shall have a sabbath-rest, a memorial of blowing of trumpets,
a holy convocation. 23:25 'You shall do no customary work on it; and you shall offer an offering
made by fire to the Lord.' "
ラッパを吹き鳴らす会合です。これが第七月であることに、まず注目してください。過越の祭りから
五旬節までは、みな短い期間に行なわれました。今の太陽暦の4月と6月に行なわれています。け
れども、ここは9月です。長い中間期が空いていますね。初めの4つは春の祭りで、これからの3つ
の祭りは秋になります。
私はこれから、このラッパを吹き鳴らす会合、贖罪日、そして仮庵の祭りが、キリストの再臨につ
いて示していることをご説明いたします。春の祭りは、キリストが初めに来られた時のことについて
です。けれども、これからはキリストが再び来られるときについてです。春の祭りと秋の祭りの間が
長いように、キリストが初めに来られた時と、再臨の間も長く続いています。実に二千年近く続いて
います。けれども、その間に生きる私たちは、キリストが行なわれた初めのみわざを思い起こすとと
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もに、キリストがこれから行なわれるみわざに心を留めなければならないのです。ですから、この過
去と未来の間にいる、現在の自分を見ることはとても大事なのです。過去に行なわれたキリストの
みわざを見て、すべてのキリストにある歩みがスタートできるように、未来に行なわれるところのキ
リストのみわざを見て、キリストにある歩みがゴールします。目標点もなく走っている競走選手など
いません。同じように、目標点も知らずに生きているクリスチャン生活など存在しないのです。
ラッパを吹き鳴らす会合ですが、この時からユダヤ人の政暦が始まります。ヘブル語では、ロシ
ュ・ハシュナと言います。新年のお祭りです。ラッパは、イスラエルの民にとって、神の声を表してい
ました。荒野で旅するイスラエルの民が、列をなして行進を始めるとき、祭司がラッパを吹き鳴らし
ました。敵に戦いに出るときも、ラッパによって戦いました。ラッパによって、イスラエルの民が集め
られ、一つにされます。
これは、新約聖書では、信者たちが空中に引き上げられ、主とともにお会いする携挙の時として
預言されています。「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天
から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残って
いる私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。こ
のようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(1テサロニケ 4:16-17)」この出
来事ののち、私たちは、キリストのさばきの御座の前に立ちます。そこは、私たちの罪がさばかれる
のではなく、むしろ、私たちが主にあって行なったすべてのことについて、褒美をもらうときです。「よ
くやった、忠実な良いしもべよ。あなたは、小さな事に忠実であったから、大きなことも任せよう。」と
主が言われて、みなさんを御胸で抱きしめて、みなさんを受け入れられるときであります。この真理
を知れば、自分の奉仕が人の前で認められなくても、主の前で認められることを知ります。人の前
で祈らなくても、独りで祈っている祈りが、父なる神の前に届いているのを知ります。隠れたことが
あらわにされるのが、この時なのです。
そして、このときは、自分がむだに行なったことが、きよめられ、火で焼かれる時でもあります。で
すから、主が来られることを意識することは、私たちの心の動機にきよめをもたらし、本当に主に愛
されている愛によって、自分が突き動かされているかどうかを点検する動機ともなるのです。
2B 贖罪日 26-32
23:26 ついで主はモーセに告げて仰せられた。23:27 「特にこの第七月の十日は贖罪の日、あな
たがたのための聖なる会合となる。あなたがたは身を戒めて、火によるささげ物を主にささげなけ
ればならない。23:28 その日のうちは、いっさいの仕事をしてはならない。その日は贖罪の日であ
り、あなたがたの神、主の前で、あなたがたの贖いがなされるからである。23:29 その日に身を戒
めない者はだれでも、その民から断ち切られる。23:30 その日のうちに仕事を少しでもする者はだ
れでも、わたしはその者を、彼の民の間から滅ぼす。23:31 どんな仕事もしてはならない。これは、
あなたがたがどこに住んでいても、代々守るべき永遠のおきてである。23:32 これは、あなたがた
の全き休みの安息である。あなたがたは身を戒める。すなわち、その月の九日の夕方には、その
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夕方から次の夕方まで、あなたがたの安息を守らなければならない。」23:26 And the Lord spoke
to Moses, saying:23:27 "Also the tenth day of this seventh month shall be the Day of
Atonement. It shall be a holy convocation for you; you shall afflict your souls, and offer an
offering made by fire to the Lord.23:28 "And you shall do no work on that same day, for it is
the Day of Atonement, to make atonement for you before the Lord your God.23:29 "For any
person who is not afflicted in soul on that same day shall be cut off from his people.23:30 "And
any person who does any work on that same day, that person I will destroy from among his
people.23:31 "You shall do no manner of work; it shall be a statute forever throughout your
generations in all your dwellings.23:32 "It shall be to you a sabbath of solemn rest, and you
shall afflict your souls; on the ninth day of the month at evening, from evening to evening, you
shall celebrate your sabbath."
贖罪日は、第七月の十日にあります。そして、この日は自分を戒める日、言い換えると断食する
日です。祈りと断食をして、自分の罪を言い表わし、悔い改め、主にきよめていただく日となります。
この日については、レビ記16章に詳しく書かれています。大祭司が年に一度だけ、聖所の至聖所
の中に入って奉仕する日です。
この日は、キリストの働きについて言えば、イスラエルの救いを表しています。教会が携挙された
後、神は地上において、再びイスラエルを取り扱われます。「ヤコブの苦難」とも言われる時期であ
り、イスラエルに対する大きな迫害と苦難が訪れます。その時に彼らは、救いのためにメシヤを願
い求めます。そのときに、イエスさまが聖徒たちとともに、天から地上に来られるのです。ゼカリヤ
書12章には、このときの情景が預言されています。「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の
上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失っ
て嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。
(12:10)」自分たちの先祖が、突き刺した、あのナザレのイエスがメシヤであられたことを、彼らはこ
のときに知るのです。そして、激しく泣き、悔い改めます。その結果、彼らにきよめが訪れて、御霊に
よって新たに生まれます。
この時には、イエスは、反抗する世界の軍隊をことごとく滅ぼされ、オリーブ山に立たれます。天
地は激しく揺れ、オリーブ山のあたりの地形も変化します。そして、諸国の民をさばかれ、新しく回
復した世界で、エルサレムから世界の王として統治されるのです。これが、私たちが祈る、「あなた
のみこころが、天になるごとく、地にもなさせたまえ。」という祈りの実現であります。ですから、贖罪
日は、キリストが地上に再臨されることを表しています。
3B 仮庵の祭り 33-44
1C 火によるささげもの 33-38
23:33 ついで主はモーセに告げて仰せられた。23:34 「イスラエル人に告げて言え。この第七月の
十五日には、七日間にわたる主の仮庵の祭りが始まる。23:35 最初の日は聖なる会合であって、
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あなたがたは、労働の仕事はいっさいしてはならない。23:36 七日間、あなたがたは火によるささ
げ物を主にささげなければならない。八日目も、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。
あなたがたは火によるささげ物を主にささげる。これはきよめの集会で、労働の仕事はいっさいして
はならない。23:33 Then the Lord spoke to Moses, saying,23:34 "Speak to the children of Israel,
saying: 'The fifteenth day of this seventh month shall be the Feast of Tabernacles for seven
days to the Lord.23:35 'On the first day there shall be a holy convocation. You shall do no
customary work on it.23:36 'For seven days you shall offer an offering made by fire to the Lord.
On the eighth day you shall have a holy convocation, and you shall offer an offering made by
fire to the Lord. It is a sacred assembly, and you shall do no customary work on it.
仮庵の祭りは第七月の15日から行なわれます。七日間、火によるささげものをします。八日目も
ありますが、そのときは、きよめの集会です。
23:37 以上が主の例祭である。あなたがたは聖なる会合を召集して、火によるささげ物、すなわち、
全焼のいけにえ、穀物のささげ物、和解のいけにえ、注ぎのささげ物を、それぞれ定められた日に、
主にささげなければならない。23:38 このほか、主の安息日、また、あなたがたが主にささげる献
上物、あらゆる誓願のささげ物、進んでささげるあらゆるささげ物がある。23:37 'These are the
feasts of the Lord which you shall proclaim to be holy convocations, to offer an offering made
by fire to the Lord, a burnt offering and a grain offering, a sacrifice and drink offerings,
everything on its day-23:38 'besides the Sabbaths of the Lord, besides your gifts, besides all
your vows, and besides all your freewill offerings which you give to the Lord.
2C 喜びの祝い 39-44
次に、仮庵の祭りについて、さらに詳しく主がお語りになっています。23:39 特に、あなたがたが
その土地の収穫をし終わった第七月の十五日には、七日間にわたる主の祭りを祝わなければなら
ない。最初の日は全き休みの日であり、八日目も全き休みの日である。23:40 最初の日に、あなた
がたは自分たちのために、美しい木の実、なつめやしの葉と茂り合った木の大枝、また川縁の柳を
取り、七日間、あなたがたの神、主の前で喜ぶ。23:39 'Also on the fifteenth day of the seventh
month, when you have gathered in the fruit of the land, you shall keep the feast of the Lord for
seven days; on the first day there shall be a sabbath-rest, and on the eighth day a sabbathrest.23:40 'And you shall take for yourselves on the first day the fruit of beautiful trees,
branches of palm trees, the boughs of leafy trees, and willows of the brook; and you shall
rejoice before the Lord your God for seven days.
仮庵の祭りは、喜びの祭りです。秋の収穫の後に行なわれる祭りで、木の実、なつめやしの葉、
木の大枝、柳などを取って喜びます。
23:41 年に七日間、主の祭りとしてこれを祝う。これはあなたがたが代々守るべき永遠のおきてと
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して、第七月にこれを祝わなければならない。23:42 あなたがたは七日間、仮庵に住まなければな
らない。イスラエルで生まれた者はみな、仮庵に住まなければならない。23:43 これは、わたしが、
エジプトの国からイスラエル人を連れ出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの後
の世代が知るためである。わたしはあなたがたの神、主である。」23:44 こうしてモーセはイスラエ
ル人に主の例祭について告げた。23:41 'You shall keep it as a feast to the Lord for seven days
in the year. It shall be a statute forever in your generations. You shall celebrate it in the seventh
month.23:42 'You shall dwell in booths for seven days. All who are native Israelites shall dwell
in booths,23:43 'that your generations may know that I made the children of Israel dwell in
booths when I brought them out of the land of Egypt: I am the Lord your God.' "23:44 So Moses
declared to the children of Israel the feasts of the Lord.
仮庵の祭りは、イスラエルが荒野の旅を主が守っていてくださり、無事に約束の地まで導いてくだ
さったこと祝う祭りです。彼らは、木の枝で仮住まいとなる庵をつくり、そこに住みます。そうして、神
が荒野にいたイスラエルも守ってくださったことを思い出すのです。
ゼカリヤ書14章を見ますと、主が地上に戻って来られ、エルサレムで王となられてから、諸国の
民が仮庵の祭りに集うことが預言されています。「エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き
残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。(14:16)」
したがって、仮庵の祭りは、主が立てられた、千年王国を表していることに気付きます。そこでは喜
びが絶えることがありません。涙が笑いに変えられます。主によってすべてのものが回復し、新しく
され、神が意図されていたところの状態に戻されている時です。
こうしてレビ記23章を見ていきましたが、イスラエルの一年が、メシヤのみわざの初めから終わ
りまでを表していたことがご理解できたかと思います。私たちは、キリストにあって、聖霊によって、
この初めと終わりのみわざを知る恵みにあずかっています。私たちはもはや、正月や盆などの行事
ではなく、キリストにある完成されたみわざの中にとどまって、その中にあって生き、喜び勇むので
す。
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