NOV. 2012
NO.
2012年11月発行
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「独禁法のあるべき制度改正に向けて」
プロジェクト
競争法のグローバル化
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
村上政博氏
2012年度の研究プロジェクト「独禁法のあるべき
法文化との差異が大きいことを意味します。そこで、独
制度改正に向けて」の村上政博研究主幹に、独禁法の改
禁法違反の行政調査に限定し、先行して弁護士依頼者間
正をめぐる議論や9月24日から10月5日まで行われ
秘匿特権、弁護士立会い等が認められるべきかを検討
た欧米での現地調査の結果を踏まえ、研究プロジェクト
し、一歩一歩斬新的に解決を図っていくべきと考えてい
について聞きました。
ます。
――平成22年3月に国会に提出された独禁法の一部を改
――米国反トラスト法・EU競争法が、日本企業に適用
正する法律案(以下 「改正法案」 という)は、どのよう
される事例が増えていると聞きます。企業は、諸外国の
なものでしょうか。
競争法・競争政策の動向を踏まえて、近年の状況をどの
改正法案は、公正取引委員会(以下 「公取委」 とい
ように理解すべきでしょうか。
う)が行う審判制度を廃止し、公取委の行政処分に対す
近年、カルテル、とりわけ国際カルテルに対する重罰
る不服審査については、抗告訴訟として東京地方裁判所
化、厳罰化が顕著です。なかでも、米国・EUの競争当局
が行うことなどを主要な内容としています。現行の制度
を中心とした執行強化の傾向が大きな話題となっています。
には、公取委の行政処分に対する不服審査を、まず公取
米国において身柄拘束された日本人が米国の刑務所で
委が行うという本質的に不公正な手続となっていること
服役するという事例だけではなく、2011年以降、日本に
など、致命的な欠陥がありました。改正法案の制度は、
居住する日本人が、司法取引の結果、有罪答弁をして、
国際標準かつ大陸法系の行政手続に移行する内容になっ
米国の刑務所で服役する事例も出ています。さらに、米
ていますし、この点は、公取委も改善しようとしていま
国ではカルテル違反に対する罰金の他に、民事訴訟が提
すので、一刻も早い成立が望ましいと思います。
起され、高額の損害賠償金を支払うことで和解する例も
さらに、改正法案の附則において、公取委による調査
続出しています。また、EUでは、非常に高額の行政制
手続のあり方注1 について、1年間程度をかけて検討す
裁金を課された事例が続出しています。
ることが規定されています。そこで、行政調査のあり方
このような状況は、過去に摘発された経験のある企業
を検討することを今回の研究プロジェクトの狙いの一つ
や現在調査進行中の企業は十分に認識されていると思いま
としています。
すが、今日では、秘密裏に行われるものであっても、ハー
ドコアのカルテル
――行政調査のあり方については、どのように考えてい
まっています。そして、摘発による経営基盤や社会的な評
くべきでしょうか。
判へのダメージも飛躍的に大きくなっています。そこで、
注2
注3
は露見し、摘発される可能性が高
、弁護士立会
今回の研究プロジェクトでは、近年のカルテル規制につ
いについては、基本的人権の保護、防御権の保障に由来
いての諸外国の状況を正確に把握し、日本企業がとるべ
するものとして、刑事捜査、行政調査を問わず認められ
き適切な対応策を探ることを一つの狙いとしています。
欧米では、弁護士依頼者間秘匿特権
ています。他方、日本では、刑事捜査、行政調査を問わ
ず、弁護士依頼者間秘匿特権、弁護士立会いは認められ
――欧米調査を終えて、行政調査の見直しについて、ど
ていません。これは、現時点では基本的人権を優先させ
のような感想をお持ちになりましたか。
る欧米の法文化と実体的真実の発見を優先させる日本の
行政調査の見直しについては今後詰めていくべき事項
(次頁に続く)
1
も多くあります。
二つ目については、日本企業、外国企業を問わず、カ
弁護士依頼者間秘匿特権については、それを認めるべ
ルテルで摘発を受けた業界の企業においては、コンプラ
き必要性とそれを認めた場合のカルテル立証に及ぼす悪
イアンスプログラムが整備されているが、その他の業界
影響について更に分析すること、さらには欧米の制度を
の企業では不十分であると指摘されています。そこで、
詳細に把握できましたので、詳しい制度内容を考案して
各企業はカルテル参加という自社のリスクを分析して、
いくことが課題となります。弁護士立会いの問題は、供
カルテル対策に特化した対策を講じるためにどこまで人
述調書中心の立証手段を見直していくことにつながり、
材と資金を投入するべきかを決断する必要があります。
長期的な独禁法違反の立証のあり方に絡むものですの
すなわち、コンプライアンスプログラム作成は弁護士の
で、その長期的展望を見ながら考えていく必要があります。
仕事であっても、それをどのように使うのかは経営判断
そして、より根本的に、社会的に企業のコンプライア
です。
ンス体制を一層整備し、さらには弁護士の職務上の倫理
の確立を図るべきことはかねてから指摘されているとお
――最後に、今後の独禁法のあるべき姿について、どの
りです。
ようにお考えでしょうか。
独禁法に課せられた使命は、米国反トラスト法、EU
――米国とEUのカルテル調査については、どのような
競争法などとともに先進国間の共通事業活動ルール(競
印象をお持ちになりましたか。
争ルール)確立の一翼を担っていくこと、また、アジア
注4
導入後、リニエンシーを活用し
でもすでに国際標準の競争法制が制定されていますの
たカルテル調査が行われるため、リニエンシーはそれま
で、そこでの共通事業活動ルールとしての確固たる競争
でのカルテル調査を一変させ、かつ各国のカルテル調査
ルールを普及、確立していくことにあると考えていま
は平準化してきています。また、それ以前と比べてカル
す。そして、このことは今後の日本経済の発展のために
テルの立証水準は近づいてきています。なかでも、米国
も望ましいものです。
の司法取引は担当官が広範な裁量権をもつ最も強力なリ
そのためにも、日本の独禁法ができる限り速やかに国
ニエンシーという印象を強く持ちました。
際標準の競争法になることが必要です。基本体系とルー
リニエンシー制度
ルについては、ほぼ解釈論で解決がつく見通しになった
――日本企業は、カルテル対策としてどのような点を意
と考えています。そして、これは私自身これまでも主張
識すべきでしょうか。
してきましたが、今後は裁量型課徴金の導入が不可欠な
経営者としての重要な判断が求められるのは、第1
かつ緊急な政策課題となるものと思います。その場合
に、リニエンシーを申請するか否か、第2に、カルテル
は、私は、実現可能性を考えると現時点では現行の課徴
防止に特化したコンプライアンスプログラムの構築へど
金額を上限金額とする案が望ましいものと考えています。
れだけの社内資源を投入するかという点についてです。
一つ目については、欧米では、カルテルへの参加を発
見するとカルテルを止めさせますが、調査開始前のその
時点でリニエンシーを申請すると免責を受けることがで
きる場合でも、直ちに申請するのではなく、申請するか
否かはさまざまな要素を総合判断した上での経営上の判
断であるとされています。リニエンシーを申請すること
によるデメリットとしては、①損害賠償責任の可能性、
②業界内での評判や社会的評判への悪影響、③免責が認
められることの困難さ、継続的協力義務を果たすための
負担の重さ、④他の商品に波及する可能性などがあげら
れます。また、欧米では、日本のように株主代表訴訟
が、リニエンシー申請の懈怠に対する大きなリスクとし
てあげられて、申請するためのインセンティブになると
は評価されていません。なお、調査開始前のその時点で
リニエンシーを申請すると免責を受けることができる状
況にあるのか、すでにカルテルの疑いで自社に対して調
査が開始された後であるのかで、大きく状況が異なりま
す。前者は経営判断が問題となり、後者については選択
肢はほとんどありません。
2
21PPI NEWS LETTER NOV. 2012
注1 調査手続のあり方
①弁護士依頼者間秘匿特権、②事情聴取等における弁護
士の立会い、③謄写資料の提出、供述調書等のコピーの
交付、④関係証拠資料の開示、⑤自己負罪拒否特権など
の導入を検討することが考えられる。
注2 弁護士依頼者間秘匿特権
各国により要件が異なる部分はあるが、弁護士と依頼者
との間のコミュニケーションが記録された文書等が、開
示から保護される対象になるというものである。
注3 ハードコアのカルテル
価格協定、市場分割協定、入札談合などをいう。
注4 リニエンシー制度
各国により、要件・効果が異なる部分はあるが、競争当
局に協力して情報を提供した違反者に対して、課徴金な
どの免除又は減額の恩典が与えられる制度である。
インタビューを終えて
独禁法は、海外の手続とも密接に関連し、その関係も意識
しなければならない分野です。企業活動がグローバル化す
る中で、各国の実情を理解し備えることが、適切な判断を
するために重要だと感じました。2月にはシンポジウムを
予定しております。ご期待ください。
(研究員 泉地賢治)
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