昭和 6年
6月 30日
熊野灘深護地震に現はれたる
東西日本の特異性
国
万三二
不4
三
:
+
.
4
.
Jじ
、
緒言本地震の調査は異に本多氏が~~'時測候技術官養成所の早生であった村
瀬信夫,原田司の雨氏と共に若干之に着手して居られたものを承濯いで行った
ものである。従って筆者の得た結果は之等諸氏に負ふ所がお;くない,設に記し
て謝意を表ずる O
第 l圏 各 地 の 震 度
起ったもので,深護地震特有の明瞭なる異常震域
〉
。
を現出した(第 1 国
本地震の記象は単純にして,典型的深夜型であ
る。全園観測所の大部分が節線の比較的近くに在
った矯め P相は微小ァ S相は明瞭顕著なものが多
い。故に本地震は特に S波の調査に女子、適である O
筆者は該相の精細なる吟味を行ふととを主目的と
して此調査を始めた。
東西日本の特異性に著目したのは結果を見た後であるの故に共慮には最初よ
り何等の仮設も作~もあった誇ではない。敢て斯く特記ずる所以は及ぶ限り現
象に忠貫-たらゐとする意志を示さんが~めに外ならない c
第 1章 関 係 あ る 諸 敦 量 の 計 算
1
. 震央,震央距離及震源の深さ
は第 2 園の如く ^o
等初期微動時間線の方法により震央位置
136 2
!7'E,
C
f
'o
0
3
41
1
'N と定まる。
0
震央距離の計算;は桑に飯田紳原雨氏が用ひた計-算式を多少愛形したる近似式
0
(
1
) 気象要覧には入。 =136
.8E
,少。=3
3
.
"
'
9
N と奥へられてゐる口
(
2
) 飯悶汲事,利i原 健 ; 地 震 第 6 巻 第 6 披 , 昭 和 9 年
(231)
ム=1'(8チ?十倍入)~coscp c
o
s
c
p
o
(
1・
1
)
によった。但し此式は厳正に微小童 θ 2乗迄採る意味では
(
1
.2
)
ム =1' (ocp? 十 (0入 coscpoY~
とすべきである。無論
第 2固 等 初 期 徴 勤 時 線
共差は僅少で、ある。設
に
)
.
,c
p は各観測所の
経緯度.o
c
p=c
p
c
p
o
,
O
¥
.=¥.-Aoである。此
の近似式による誤差は
次 章 第 3節 に 詳 述 ず
る
。
震源の深さを求める
には火の手綾によっ
た:初期微動時間 T は
震央距離ムの小なる範
国に於て之と
T=To+
αム2 の関係あるものと
;
ダ
仮定し,之より震央に
.
r
於ける初期微動時間
Toを求める。之を用
×震
ひ.鷺坂竹花雨氏の
央
「震源の深さに霊まする震央に於ける p
sの国表Jによって震源の深さを知
"",-
る。本地震の震央は観測網の比較的密なる所に在る故,此方法は是である。
3
5
.
5H"" 3
6
0kmを得た。因に要覧による深さは 350km弱で
斯くして To=
ある O
此庭に得た震央位置と震源の深さとを同時に弐の如くして検詮した.-即ち上
s計算表を用ひ.観測所の
記雨氏によるムー p
P
s観測値を奥へ.夫に
封ずるムを H=360kmの場合に就て求め,之等を宇径とする園弧を描く。之
(
2
) 鷺 坂 清 信 , 廿 花 峯 夫 ; 験 震 時 報 第 8巷第 4銃
(232)
等がー黙に舎すれば其黙は ~p ち震央であり.震源の深さはそれで正しいことが
判る。第 3 園は震央に比較的近い観測所の P--S観測値を基として描いた此
の如き求震央闘弧の集中欣態を示すものである占之に依って見れば 360kmな
る可成りの震源の深さに封し,国弧の集中欺態は存外良好であって,上に得ら
れた震源の深さの略々正しいととが判った。但し之による震央位置は等初期微
動時間線より求めたものと若干異
第 3周 H=360kmに封ずる求震央弧線
り. Ao= 136 3
0
'E,
po=33 5
8
'
0
0
N となって, Aoに於て 3
'
,c
p
oに
於て 1
3
'の差異を生じた。但し此
の震央位置の移動は略々南北の方
向に起ってゐるので,本文の議論
の大勢には影響しないととは後章
に於て自ら明らかとなるであらう。
2
. 各観測所の方位角
震央より見た各観測所の方位角を求めるには計算に
よった。第 4 固に於で E を震央, S を観測所と
第 4悶 方 位 角 算 出 国
し
, S のE に於ける方位角を北方上り測って ψと
すれば,球面三角形 NES に於て
山 ψ =色 色 竺 竺
(
2
.
1
)
sm.
d
.
ψの食会角を'0/',球面三角形 SEAK於けるく E を
ψ"とすれば, ψ"は ψ
rの近似値と見倣し得る。
叉
くA を α とすれば.
no
/"=坐百空白 d
s
i
nd
.
(
2
.
2
)
'
設に於て回を近似的に竺と考へ.主時上式によって近似的に計算される
2
~....,.ハ
ψケを、"
'
1
"と書けば
inw
,"=空坐
(
2
.勾
s
i
n.
d
.
0
0
(
1
) 丈本の計算はすべて震央位置とし七九。=1
3
6
2
7
' E,C
f
!o=34
1
1
'N を 採 用 し て 行
ワた。但し第 1
0悶中のムのみは他の震央位置による値であるロ
(233)
(
2
.
3
)式によって方位角を計算する時は本地震の場合,最大ど程度の計算上
rの値が 9心。に近
の誤差を生守る。 (
2
:
1
)式は何等の近似も含まないが,之を、
い場合に庭用する時は
ψ より ψの決定が数字の桁数上困難とたるので,
Sln
共時は (
2・3
)式を用ひる方が有交えで、ある様に思はれる。筆者は
ψが
4
,
[0 土り
小なる時は (
2
.
1
) を。大なる時は (
2
.
3
) を用ひた。
3
. 節線位置の決定 P波初動の観測共他の材料を基として,最も確かと思
はれる筋線の位置は第 5闘の如きもの
第 5問
P波宮i
線の位置
である。清水,洲本,紳戸ァ輪島,札
幌-の「押し J
.豊岡,秋田の「引き」等
は可成り明瞭であって,
1
d
n
線 N/N/
は固の位置と定めて嘗を失せざるもの
ど思はれる。之に封し節線 Nr
' N1' を
完むべき彦根.名古屋等の初動は平均不
明瞭であるが,彦根は上動,名古屋は
下動と判定され,亀山八丈島は明瞭,
父島は筋線型で F 結局節線 N1' .N1' は
〆
国の位置と認定される O
N/Nl~ 及 N;/ N/ を此の位置に考
O 押し
@引き
〆
へる時,唯一つの問題となるものは京都の判然たる
1
5
1きJr
下動」の記象で
ある O 之は今の所説明し得泣い唯一の難貼であるが,其の解決は別の機舎に譲
る と と ¥L.,誌には N1' Nr'及 N/N/ を正しき筋線とイ限定して以下の計算
を行った。
4
. 授震機巧に関係ある諸量の決定 (
i
)極 軸 の 位 置 上 節 に 定 め た 2本の
'の位置を示すに,震央よりの方位角と震央距離とを以てすれば,
筋線の交貼 0
夫主 N 2
:
22
7
'W.1
8
9kmである。今震源 E を中心とする車位球面を考へ,
0
震波紋の曲りを考慮に入れて 0
'を此の球面上に射影したものを O 貼としァ
H,O を結ぶ一直線を想定すれば,之は此の地震に特有なる空間的位置を持
つ。今此の直線
HOを仮りに極軸と命ぷ。極軸の昼間的位置を定めるに,そ
れを含む鉛直面が地球子午面となす角及びそれが鉛直線をなす角を以てすると
(234)
と L すればF 前者は印ち 0' の方位角 N2~0
2
7
'W で,後者は 0
'の震央距離
189km より定まる所のものである。 ~p ち和達驚坂益田三氏の P 波走時表に於
て先づ此の震央距離に封ずるcr. (=s
i
n
i
)を求め,之を震波紋の関係、式に代入
o
0
L,震源に於ける射出角を求めると D
o=30
5
2
'を得る
-胃
J
E
A
-
A
第 6国
、.,
,
.z
,
,
、
‘
線に封ずる傾斜角であるつ
二節面の位置
O
とれ即ち極軸の鉛直
二節面と OEを含む鉛直面
即ち OEH面との聞の二面角(第 6 国参照)を定
めれば二節面の位置は定まるコ之等の二面角は勿
論観測によって得られた節線の位置を基として計
算される所のものであって,正しくは之等節線の
全部分を材料として定むべきものであるが,此の
計算では笥線 N/N/ 中 0
' より A'迄の一部分の
みを以て定めた。 とれは十分良好たる結果を得た。
此の際
0
'A
'なる部分より節面 N1 N1 の位置
'を遁り O
'
E
'
を定めるは弐の如き方法を採った。 E
と角回(;より枕る任意の角)をなす直線が川川
凡
N1
J
川
F
E'P
'の距離に霊釘f
する震i
波皮の入射角を i
.
μ
Jとすれば, E'P' ~手垂1磨、する寧位球
r
面上の孤長 EP=Pは
"V.
'
r
s m(
t=
,
:
:
:
ご Slll '~p'
'
r V0
ー
.
l
i Sln ~p'
(
K三
法
)
の闘係に依って計算し得る。此の地震に封して K は 2
.
9
0たる値を取る。 pよ
り所求の二面角gJl は弐の関係、式によって求まる。
c
o
t伊
s
i
nθ
oc
o
t(t - c
o
t0
o
s凶
0c
= リ
出
と Lに 0
=30"
0 は前出の極軸 H Oの傾斜角である。賞際め手績としては α
0
0
0 なる 3つの値に霊まする P
'の震央距離を園上より測定し,之等より算
6
0,9
出せる g
Jl の 3つの値を平均し・て伊 1 の決定値とした。斯の如き手蹟の結果 gh
03
=2
0
6
'
,c
:
p
'
!
.
02
0- C
9
0
fl=6
9
4
' を得・る。
命ほく EPOが直角となる場合を考へ.共時の pの値を夫々の節線に付き rtH
(235)
ψ
1とすれば,二節面が直交する場合には伊 1,q
h
.及
s
i
n2P
1ト
ー s
i
n2p
z
e
oの聞に
s
i
n2 8
0
の関係あれ或は之等の角に封ずる地表上の長さ即ち震央から二節線への最短
距離及び二節線の交黙 0
'の震央距離を夫々ム 1・L 及びム。とすれば
ム1- 十ム 2
ム02
の関係がある(第 6 園参照)。之を賓際の観測から引いた節線に遁用して,
節
線の引き方の目安とするととが出来る。此の地震では qh= 1σ26'
,ふ =33
。
1
4
' と計算される。
5
.
p波及び S波 初 動 の 計 算 第
1節に於て定めた各観測所の震央距離ム
及び方位角、r
fを以て震源を中心とする単位球面上に震波線の曲りを考ヘて投
影された各観測所の位置を表はす極座標を定めるととが出来る。印ち, E Hを
極座標軸とすれば,p は共億球座擦の方位角とたわムは和達.鷺坂,益田
三氏の表によって之に封する地表面入射角らを求め之そ震波線の関係、式に代
入することによって球座標の O一 成 分 θ を定め得る。之等は HEを極軸とす
る場合の各観測所の球座標であるが.今迄多く使用されてゐる所の初動振幅
計算式は H O或は H 01 (
第 G国参照)を極軸とせる場合であるから F 今迄の
計算式を共偉用ゐんとすれば.かうして求めた θ を更に H O 或は H 01 を
極軸とせる座標に直さねばなら友い。 1~í: しとの代りに今迄の計算式中の極座標
の項を H E を極軸とせる座標に引直しでもよい。手績は後者の方が簡便であ
るが,筆者は仮りに前法によった。共の稗換の計算は;頃雑故省略する。此場合
座標軸には H O或は H 01 の何れを揮んでもよいが.今迄本多氏は H 01 をp
松津博士,河角氏等は H O を夫々極軸に採った場合の式を主として用ひられ
た。之等は無論唯皐に極軸の捧び方ひいては座標のとり方を異にするのみであ
って,座標軸の稗換によって客易に一方より他方を導き得るものである。例へ
ば .H01 を極軸とせる本多氏の計算式
(
1
)
H.Honda; G
e
o
p
h
y
s
.Mag.Vo
l
.V
I
I
I
.19~4-1935
(
ヨ
) 松津武雄著,地震
(
3
) 河角度;地震,策 4巻,第 9披 , 昭 和 7年
(23Q)
U1=21siI12960S伊 ω (pt-hr) .
)
r
斗ω 2ecoscp州
5
.
2
V3
一川
pt
3 = - 5 4 ω s i nc
pω ト
仰
(
5
.
1
)
k
r
)J
を HO を極軸とせる座標系に醇換すれば
C
)
'
f
t4J=fb26rmwm(pt一川
h
.
r
づ
)
l
弓
牛
与
手sin2仇 叫匂G初
ω
仰
O 一川
叫ば←,
=
5
.
2
ω
0
t
匂
切
叫
(
)
叫
内
'
:
沿
:
,
'
F
子
何
・
'
=5
.
2
0 s
i
ne
'cos2少,
c
o
s(pt-kr)J
となる O 之は松津博士,河角氏等により用ひられてゐる式と極座標を含む因数
に於て同一である。此の地震の取扱に於ては筆者は H0
1 を極軸とせる本多氏
の場合に則り,地表に於ける初動の値をすく式 1
1:依って計算した。
。
p
e
=0
.
1
3
2VK -yrr;; 十 wp~l/ 恒三2 2( s
i
n2 e
o
s伊
V
ム d~
イ23221(CMhosw吋
= 0鰯
V
K Vs
{
)S
l
・
。
s
t= -1.373VK
-ω叫
叫)
r問
o
s2e
p
.
s
i
n
β
)
c
o
se
s
i
n伊 側 β十 c
c
o
sc
也~ C
}
l(
lI ム
Yムd
但 し み は P 波初動振幅,{}sr は S波初動水平動振幅の震央方向の成分.dst
は同じく震央方向に直角え主成分を表はず。式中 .Kは前述の常数, β は初動
1 を極軸とせる場合より HE を極軸とする場合に縛換する際分運
振幅を H0
口百
o
θ
一 HU
hθ
一
ニHM
qu
O 一S
G一}
ロ
ロ
一
O一
e
一
二M
m一白
a
v一
q凶
々μ
一
一
ρU
。
動の関係を定める角で(第 6 固参照)
により計算されるものである c dムは前記手口達外二氏の表を基として園式的に
JLt主ら計算さ・れたものを何
p,Vsv等は松津 t
求めたものを,反射の係数 Up,TV
れも共偉用ひた。
(
1
) 松津武雄;地震,第 4巻 第 3 競,昭和 7年。但しこ
耳Vに営る口
(
2
3
7)
Lの
Up W p は松洋博士の .
u
,
.
.
=
:
:
.
r
N _
"
1
"
'
"d
斯くして (
5
.
3
)より計算せる
J と 観 測 せ る む と の 関 係 は 第 7固に示す如く
?
l
l
である。特に黒丸で示したものは初動の明瞭友もので,屋L
線は之等の黒占のみを
"
r
-
5
.
5
7X 10
採用し最小自乗法を以て引いたものである。之より況の値として 2
2
cm
を得る。之は本多氏其他が今迄数個の地震に就て計算されたものと桁数
に於て一致する。 S 波水平動に就て之と同様な手績を行って見ると P 相の場
合に比し黙のパラ付き方が甚しく ,?llのイ直の決定が困難と友る。併し共間に自
ら地方的集圏性が認められるととに気付く。之に就ては弐章に詳述する。今各
集園中から記象の特に明瞭なものを
第 7固 P波初動計算値と貨測
イ直との比較
捧び、.概略の?llを計算して見ると
1
.
2X 105 cm2 となる。之は P 相よ
/
,
,
,1
り求められた値に比し約宇分に過ぎ
学1
ない。
倫ほ S 波上下動は
V
亘
羽
1
f
t
算
s
dsz=-0.686W
vyK
1
$
0
x(cos2(
Jc
o
sr
pcosβ-cos(
Js
i
n
ち
psinβ)c
o
s(
p
tーか)
より計算されるが,此の計算値を観
測値と比較して見ると,符読の異る
もの二三あり.共の大さの比も水平
J
r
j
I
'0
6
f
)
7
0μ
f
.(
l
,
.J
胸
,
質測値
成分と同様相嘗庚い範園で愛化して
ゐる。一般に深夜地震では S 波上下動は P 波との直別が困難で観測値には十
分の正確さを期待し得たいものであり,之より信額ずべき結果は得難いが,イ民
りに引を求めて見ると 1
.
8X 105 cm2 となる。
況の計算の結果が
PA
目
と
S相とで具るといふ現象の解緯は別として,之
は現在仮定せる機巧よりは許し得たいととである。設に於て況の値を如何に
揮ぶかといふ問題が生やるが,筆者は今迄の研究で行はれた如く,?llのイ直が比
較的よく定まり,地方的偏差を示すととの少し;, P相による値を採用 した。蓋し
3
P と S とに於て濁立に定めた況のイ直が観測上の誤差の逢の範圏外で具ると
く
.238)
いふととは,無論共庭に計測撃上の問題が多分に含まれるけれ共,共他に共図
を計算の基礎たる理論乃不完全に鴎さ友ければならない部分が存在せるやに思
はれる。
P 相より定められた~の値を用ひて計算した P 波及 S 波初動の計算値並
びに夫々の貴測値,共他の計算及観測量を纏めて第 1表に示す。
第
1 表
其のー
J
川
観測所岡市(0) い叫~p)cai I(d削除
'
1
1
"
亀
山
大
阪
湖
甲
曲
尽
都
和歌山
名古屋
彦
キ
艮
市
中
戸
演
松
。
I
民
H
阜
s
:
u
4
40
6
;
7
0
7
.
1
0
4
.
5
0
8
.
51
0
8
.
51
0
6
.
91
1
2
.
81
0
7
.
51
0
6
.
71
0
8
.
11
,
40
5
3
5
6
0
1
0
4
0
4
0
6
0
9
1
0
1
5
1
8
5
4
74
98
1
0
4
1
1
3
1
1
9
1
1
9
1
2
2
1
2
8
1
3
0
1
3
9
μ
2.
6
1
4
.
9
6
8
.
1
6
4
.
3
2
5.
4
1
4
.
1
1
1
.
8
1
'
1
.
8
1
31
.
4
6
.
2
1
7
.
2
3
.
9
.
4
6
0
μ
1
3
2
3
0
.
7
3+ 2
4
3
9
1+ 2
9
0
.
3
6- 1
1
8+ 9
9
1
一 - 152 + 2
1
9
1
.4 - 2
0
8+ 2
0
0
2
0
6
4+ 1
2
8
会
1
.7 - 1
9
1+ 1
5
0
5
0
1
'
一一
一
1
1
一
島
0
7
.
11
1
1
.
31
1
4
.
12 1
1
5
.
5
1
1
.
62 1
高
全
日
1
6
.
22
長
野
1
8
.
52
3
0
5
2
2
7
8
3
1
9
皆
目司
崎
1
5
.
32
1
7
.
43
5
3
0
1
3
2
1
3
3
6
4
4
.
2
3
4
3
3
4
.
5
1
1
.
3
5
0
.
4
一
3
4
5
3
5
8
:
4
.
0
6
一
1
3
3
5
9
9
.
2
1
1
.
8、
4
0
2
4
0
9
4
1
0
4
3
0
5
5
.
5
5
5
.
8
3
7
.
8
6
8
.
3
本
豊
岡
沼
津
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一
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1
1
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第 8 国は S 波初動水平成分の計・算及賓測ヴエクトノレである O 之等の値の大
さの比は固に見る如く叉第 1表に示した如くムに封し直々であるに不拘,
(242)
方向は第 9 園に示す如く極めてよく一致する。之は注目すぺきととである。
第 2章調査の結果に現はれた東西日本の差異及其吟味
本地震調査の結果,大
青
写 8園
約本州中部地溝帯を境と
:して.我閣の比較的東の
部分と西の部分との問
に,初期微動時間及 S波
初動に闘し可成り著しい
差異の存するのを認め
た。初期微動時間の地方
性に関しては今迄にも多
と
コ
くの報告があれ日常験
測に従事せる人々には既
に常識化してゐるととで
あるが,本調査に於ては
d
•
のでと与に報告する O
S波初動の地方性は未だ之に閥
第 9国
果に封ずる誤差の吟味を試みる。
S波初動水平成分計算値と賞測
値の方向の比較
ψ
(は初動が長束の方向となむす角)
ずる議論の登展を見なかった題目
である。以下之等の記述と共に結
J
6
0
.
,
3
包I
f
J
lO
__
。
1
. 初期微動時間に現れた差異
此の地震の等初期微動時間線或は
ム -P--S曲線に現はれた東西日
f
一一→討護法
一辛苦.il,現s佐
‘
R
‘
〆t
若干統一的な結果を得た
パ
O
出/
/80
本の差異は第 2圏或は第 1
0固に
y
♂o
示す如くである。印ち既に第 2固
に示した如く等初期微動時間線。
O
間隔は東北日本が西南日本に比し
一般に庚く,第 2闘に見る如くムー
-
U
(243)
e
/d
'
0
.
併
由
J60.
P--S 曲線の傾斜は東北日本が西南日本に比し絞である。此地震に於て P波
の走時には東西自本に於ける差異は殆 ε
見られない(設かに東北日本が西南日
本に比し早い傾向が認められるが,誤差の範園を越えないもの
L如くである〉
ので, P--S に現はれた斯の如き差異は主に S波走時の差異と考ふべきであ
る。 ~p ち S 波の走時は東北日本に短く,西南日本に長い,或は S 波の速度は
前者に於て大に,後者に於て小なることを推論し得るのである。
2
. s波初動に現はれた差異前章第 5節に述べた如く,本地震の Si
皮初
動の観測値は P波初動に基く計算値に比し一般に小である。市して之等の比 T
第 1
0固
は第 2去に示ず如く
s-P--S曲線
観測所によって異り
一定で、ない。共の分
9
a
布は第 1
1 闘の示ず
8
0
1
如くである。概略の
.
-
等 r線は闘の如く大
略千旦なる閉曲線で、
日本島弧に沿ふて偏
長となり .r は震央
E
巨高佐とヲヰにイ、となる
。
訓"
ぷ砂
<w
即
n
w
Kf
"
!
d
を見る。今 r を縦軸
にムを横軸に取って此の関係を示せば第 12固となる。ムと共に
T
の減少す
る割合の東北日本に小で,西南日本に大なるととが一見明瞭である。 ~p ち西南
日本に於ては東北日本に於けるよりも S
i
皮減衰の程度一層大なるを窺ひ得る。
更に Tームの関係を数量的に知る手綾として之等の黙をお敷方眼紙上に移せば
第 ]3固を得.第 12固のこ曲線は二直線となるを見る。之より西南東北雨日本
に封し大路
50
~ ._ .
西南日本:r 一一一一;東北日本
ム~
0
.
9
2
2
R
r=一 一 一
ム0
.
6フ
の関係あるを知る。 ~p ち西南日本に於て T はムの 0.92 来に逆比例して減少
するに封し.東北日本に於てはムの 0
.
6
8乗に反比例して減少する。此事は前
(244)
節に述べた Si
皮走時の東西日本に於ける差異と呼庭して,東西日本の地下に
於ける地球物理事的朕態の相遣を暗示せるものと考へられる。更に西南日本に
於ては東北日本特に共の
第 1
1図
中の具常震域地方に於け
皮週期の長
るよりも Si
くなるととも亦周知の如
くで F 之等の現象は互に
濁立でなく,共問自ら一
筋の連鎖あるもの L如く
である。
S波初動の定量的研究
は本多氏河角氏等によっ
て着手せるれて以来多く
第四国
r-A 曲 線
の人々に依って行はれ.
多数の地震に就き調査が
γ メρ
たされてゐる,之等の結
果に於ては殆
ε一律に S
•
0
(
}
8
波初動観測値が大さに於
¥
て共の計算値に及ばない
ととが現はれてゐる。最
近和達博士は s
ScS波不
出現問題に関聯して. S
O
L,共の解穣に迄立至ら
れた。杵島氏による宗谷
.
ヘ
¥
」
:
〉
¥
!
"
=
ふ
波振幅の「不足」を強調
ρL
¥一一二 ι五
島
0/ト
海峡の地震の如きは共の
5
0
0
極端なる例であって. S
6
0
0
1
0
0
8
0
0KN
d
(1) 和 達 清 夫 : 気 象 集 誌 , 第 1
3巻 第 8 披,昭和 1
0年
(2) 杵 島 磨 強 震 時 報 , 本 競
(245)
相より定めた m の値が P 相より定めたもの~
1
/
1
0
0の桁に過ぎない有様であ
るo
実
r
r
の如く S 波振幅の不足に著目したものは若干あるが,それに関聯して東
西日本の差異に注意したものは皆無に近い様である。河角氏は昭和 6年 6月 2
日の日本中部深夜地震を調査し. s波振幅の不足及び共の東西日本に於ける差
異の明瞭に見られる結果を得られた。氏は共の東西に於ける差異を,第一種の
第 1
3周
横波の外に第二種の横波をも生
logaー l
o
g
r の曲線
ヂるま口き笈震機巧を仮定してー
臆説明されたが p 来して斯の如
き波源が此場合考へ得らる Lゃ
に就ては氏自身も疑問とせら
¥大
れ,却って日本の地殻構造と関
聯するものに非ヂやとの意見を
述ぺられてゐる。叉嘗て石川高
~
見氏は異常震域の研究に於て
90'
{O 70 d
C JO 1
0
0
J
C
O
o
術
創
.
J
(
}
(
} 600 1
却
,
「琵琶湖附近叉は大阪地方を界
8即皮切 !
{
J
(
)O H
d
として共の西方と東方とでは震
波の惇搭欣況に相異あり.東方に強く西方にて念に衰へる」ととを注意された。
之等は設に筆者の得た結果と相通歩るものである。
3
. 結果に劃する吟味結果の精度を定量ずる魚め三えに吟味を行った。
(
1) 初期微動時間に現はれた東西日本の差異におしては.共の讃取,震央
位 置 F 震央距離の計算等に封ずる吟味を必要とする。第 3 国求震央弧線の密
集朕態は震源、の大いさによって蒙る影響は別として,主に震源の深さ及び初期
微動時間の確さによって影響されると考へられるもので,之等が何れも正確に
近い程, 5,正悦の密集朕態は良好なるべき筈である。第一 3固の示す如くァ弧線
の密集は可成り良好なる故,逆に震源、の深さ及び初期微動時聞は之に用ひたも
=
:
:
:
3
6
0
k
mに劃しては
ので正確に近いととが推論される。寅際 H
(
1
)
河角度;地震,第 6 巻 第 5 披 , 昭 和 9 年
(
2
)
石川高見;験震時報,第 7 巻
(246)
s=100km
前後に於て, p.
.
.
,sの誤差 0
.
1秒に釘しム即ち弧線の宇径にば e--7km にも
及ぶ誤差が生す=るのである。
1・
1
) 或は (
1
.
2
) 式の展開に於ける剰飴を吟
震央距離の計算に於ける誤差は (
1
.
2
) 式に封ずる誤差を計算して見るに,
味すれば足る。 (
与in(仙 ) 一 竿 叫 匂 ) 一 竿 吋osin(BsdA)
誤差 :R=
d
c
p
(れ )
2__
_ 1
. d
)
、 ¥ {
ωs
ヂo
(
1
l
f山(D3dλ)'
)s
i
ng
:
>o
1
ー とf
(
1
-d
;
:sin'(B2d
g
:
>
)
)吋
x
。く
D
H
2
'3 く
1
主主にム, d
C
P,dAは何れも小なるととを考へれば,右遷各項中比較的大なものと
して p
R1
呼 出 叩 山 呼 出 均o
を奉げ得る。此値の最大即ち
る
=45 の場合に ,d
c
p,d
A.の二三の値に封ず
(
yo
0
R1 のイ直を計算すれば、右表の如き値をとる。
第
2 表
R は R1 に比し若干大なる程度であらう O
o
c
p
S
λ
R
1
(
0
)
本文の場合には d
g
:
>
,d
)
、は共に 9。以内で
5
0
5
0
0
.
'
5
7
1
.
0
5
1
0
。
5
0
1
.
'
1
2
.
0
5
0
0
1
0
2
.
'
3
4
.
3
0
1
0
0
1
0
4
.
'
6
8
.
5
あって,誤差は高々数粁に過ぎないと思
にはれる。
イ
J
t
-L
乍ら?雨日本の斯の如き差異は?定
R
1
(
k
m
)
1
性的には F 敢て震央.震央距離を確定せ
宇とも,等初期微動時間線の間隔を覗へば一見目瞭なる事柄である。
(
2
) 節線の型及位置は専ら P 波初動の観測を基として定めたものである。
之に関しては種々の誤差が考へられる。先づ蹟義に於ける節線の形f!
pち所謂
第 1型なりや第 2型なりやの問題,三たに筒線の引き方を限定する観測所の分布・
密度の問題,第三に節線附近の初劃は極めて小さく,共震其の押引を完全に決
定するととの困難さに基く節線位置の不確定の問題等がある O 此中最初の型の
問題に劃しては既に前章第 4節に於て述べた如くであって,此場合は第 2型
47)
く2
を採るものである。第 1 型としては,震央が主軸の上に来る如き園錐曲線放
節線が今の場合引き得ないからである O ヨたに筋線の位置の精度に関する問題に
封しては,主j
J
線の位置共物の誤差は結局定量するととの出来ないものであるか
ら此庭では節線位置に幾何の誤差があれば,各地の初動計・算値に幾何の誤差
を生す=るかを算定して置く。
此鴛震央が節線の交黙と一致する場合を仰にとり (
5
.
2
)式の各項を O及 ?
にて微分し 8
,
9
りの小なる愛化に封ずる{}p
,{
}
s
r
,{
}s
t等の愛化を見るに
uB=
u
c
p= 1 なる値に封し
0
u
{
}
p
=1
~,
p
i
cos勾7 -cos2(B+<p)~
80A
.
.
I
,
- j
t
J /
~
9.
.
.
.
'ú{}sr= 三~" As
i
n2(
(
J十伊)
rs
180
u
{
}
s
t= エ
ZAS213c吋う切)一
ωs(~<p)}
21
80
I ¥】 / ¥
ー
JJ
uu
第
1
4
閏
r
、
‘
.
,
差
P
の
万誤
J
AV
の形となる。乙 Lに
ρ
u
(A)
δs
rの誤差
A p,A mAst は初動に闘する限り阜に震央距離のみの函
数で.或る震央距離に於ける最大の初動を表はすものである O 上式より之等の
絶封値の極大値として
U
{
}
p=1
~竺
Am
u
{} 三笠
As
i
i
s
2hsz
80.
ap,
u 'uSγ
180
-η80st=L
1
S
0
-c或は
~'~lS0
0
"
-vuo
極小極として
u
{
}
p二 O
{
}
s
r=u
{
}
s
t=0
(248)
uU
を得る。 ~p ち 8,
p の 1 の誤差に封して P 波 S 波の初動に生守る誤差の最
0
大値は同じ震央距離に於ける之等の最大値の約 3.5%で、あって.最大の誤差
,p の値の分布は第 1
5闘のダイヤグラムに示す如くである O 極 軸
を生守る 8
が傾斜せる場合は共の度に庭じて多少之とは異る誇であるが,此の結果から見
れば,此の地震に封ずる S 波初動計算イ直の誤差は重要なる観測所の大部分に
於ては恐らく結果に大なる影響を奥へる程のものではないととが想像される。
(
3
) 地震動は各観測所の局部的地質に影響され・る魚ァ之に封する吟味を必
要とする。此問題に関しては玩に石川氏の研究あれ氏は異常震域地方が観測
所在地の特殊なる地質構浩と何等かの関係、に在るものに非デやとの疑を以て,
此の立場より地質と震動との関係を追究せられたが,結局何等の相闘をも認め
得なかった。此研究によって玩に局部
第 1
5悶 観 測 所 地 質 問
的地質と地震動との無関係なるととが
間明せられたのであるが,更に念の魚
主として本調査に関係ある観測所の地
5固に示す。 g
pち大部
質を奉げて第 1
分が第四紀の新地屠であって.第三紀
以前の地層或は火成岩又は竣成岩は比
較的少数であり,市も共間に本調査の
結果に重大なる関係を及ぼしたと考へ
られる如き地方的特性は殆ど見営らた
。事国~.e~'村施。士戎総量@荘化
い。叉之を日本地質固と比較して見るに,各観測所の地質は共地方に卓越せる
地居とは異るものが多い。観測所の地質が同一で-あるといふととは 3 震波は之
等の地質によっては何慮も略主同様に影響され,之による影響は結局考慮に入
れる必要のないととを大健結論せしめる。併し乍ら,唯車に「地質」なる請は
ど岩石の佑撃的性質-を以て共の弾性撃的性質を限定するととは不可能であれ
叉地震波動に影響するものは草に地盤の「性質j のみならすτ共の厚さも亦一因
子なる故に地質のみによって観測所の局所的「地盤」の影響を云々するととは
(
1
)。 石川高見;験震時報,前掲
(21~)
九
不可能で、あるが,之は容易ならぬ調査を必要とすることであれ此庭ではとれ
以上立入るととば出来ない。唯,結果が或る纏った形をとる以上y 局所的地盤
の影響は左程直々たるものではなからラと想像されるのみである。
結 論
I
.1
. 昭和 6年 6月 3
0 日の熊野灘深夜地震を調査し次の諸量を決定し
0
01
た。震央位置:^o= 1
362
7
'E,
少
。
3
4
1
'N;震源の深さ:3
6
0km;二節
面交線の鉛直線よりの傾斜:30 52'; 二節面の鉛直線とたず角 :.1σ26'~ 3
:
;
0
1
4
'
;
0
.
5
7X 1
0
.
'
;c
m
!
?
; S 波初動水平成分による況の値:
P 波 初 動 に よ る 況 の 値 :2
5
1
.
2)
(1
0
cm20
2
. 登震機巧を仮定し, p ~皮
S 波初動の理論式による計算を行ひ F 之を貴
測値と比較し,特に S 波に就き精細のi
吟t
r を試みた。
I
I
. 本調査の結果 S 波に関して次の如く東西日本の差異が認められた。印
ち
1
. S波の速度は東北日本が西南日本に比し大である。
2
. S 波初動の振幅の距離と共に減衰する割合は東北日本が西南日本に比し
I
J、である。
叉東西日本の差異には関係、なし一般に計算値は今迄用ひられてゐる理論式
によれ観測値は記象上に現はれた第一動を共偉採用する限りに於て.
3
. S 波初動の観測値は P 波に基く計算イ直に比して一般に小である。
4
. Si
皮初動の震央距離と共に減衰する割合は理論式が示す以上に大であ
る
。
の二結果が認められた。但し之等は本文の題目とは直接関係、がなぜ、ので,深く
追究するととを避け他の機舎に譲るとととした。 3 は今迄の S 波の調査の大
部分の場合に認められたととがあって. 4に示す所と密接の関係あるものと
足、はれる。斯の如き結果は地殻構迭を究明する有力左手懸となるものであら
。
コ
1
. 2に就ては,我園の各地方が験震墜上夫々濁得の習性を有するととは古
くから認められてゐるととである。斯る特性は験震事上の種々の事責に現除
れ,之等によって各地の地球物理撃的性質は漸失問明せられて来た。伊j
ヘば異
(250)
常震域,地鳴, p 波の異常停播等の現象がそれである。筆者の得た所のものは
即ち此の意味の特性に嘗る。之等の現象は従来各地方の地球物理事的性質を解
明する有力なる武器となると共に従来漠然としてゐた日本島弧構成の根本問題
に議論を定量化せしむべき新生面を拓くであらうと思はれる。
既に異常震域の現象が他の地球物理準的現象中の或物.例へば重力異常,地
織気異常等の現象と或種の相関々係に在るととが認められたのと同様,此庭に
得られた結果も亦他の地球物理準的現象と何等かの相闘を有するものと思はれ
る。所謂フォツサ・マグナにより此庭に於て分たれたのと略ょ同様の二部分に
分割せられた日本が地質事的に著しく性質を異にするといふ事責,或は深護地
震帯の横貫及其形朕による日本島弧の分害i
j
;
)地震頻度の地方的分布による自ら
なる直分.東京 に於ける北海道及九州地方の地震の有感同数の比較に基く東西
b
日本の五具等は此の現象と密接なる関係を有ずるものと考へられる。斯皐諸先
輩の御示教を得て更に深く攻究する機舎を輿へられ
Lば幸甚である。
絡に臨み,御指導を仰いだ本多氏並びに地震掛諸氏に厚く感謝の意を表ず
る
。
(昭和11
1 年 1 月 8 日中央気象牽にて〉
(
1
) 石川高見;前出, K.Wadati; G
eophys.Mag.VoLIV, J
!
i3
1
(
2
) 岡宮信一;験震時報第 1巻 , 本 多 弘 吉 ; 験 震 時 報 第 5巻 "K.¥
¥
γ
a
d
a
t
i
;l
o
c
.c
iも
飯田故事,神原健;前出,等
(
3
) C
.Tsuboi
,P
r
o
c
.Imp.,Acad., Vo
l
.9
,1
1
)
2
9
.
(
4
) 例へば坪井忠二;地球物理率的に見た東北日本と西南日本,岩波講座,地質皐第 1巻
(
5
) K.'Vada
も
i
;Geophys.Mag.,Vo
l
.VIII,19343
5
.
で
(
6
) 例へば松揮武雄著;地震
(251)
ダウンロード

熊野灘深護地震に現はれたる 東西日本の特異性