文部科学省中央教育審議会「道徳に係る教育課程の改善等につ
いて(答申)」に対する意見書
2014年(平成26年)12月18日
日本弁護士連合会
第1
意見の趣旨
文部科学省中央教育審議会が,2014年10月21日に行った,①道徳の時
間を「特別の教科
道徳」として位置付けること,②「特別の教科
道徳」の教
材として検定教科書を導入することが妥当であること,③道徳教育の評価の方法
について改善を図ること,④道徳教育の抜本的充実のために各教員への研修の充
実や道徳教育専門の教員免許状制度,大学の教員養成課程における改善・充実を
図ること,などを内容とする「道徳に係る教育課程の改善等について」と題する
答申(以下「本答申」という。)の第2項「道徳に係る教育課程の改善方策」及
び第3項「その他改善が求められる事項」は,国家が肯定する特定の価値観を児
童生徒に強制する結果になる危険性があり,ひいては,憲法,子どもの権利条約
が保障する個人の尊厳,思想良心の自由,意見表明権等を侵害するおそれがある。
したがって,文部科学省は,本答申に基づいて学校教育法施行規則や学習指導要
領の改訂作業を行うべきではない。
第2
1
意見の理由
本答申に至る経過
本答申は,文部科学大臣が2014年2月に行った「道徳に係る教育課程の
改善等について」と題する諮問を受けたものである。
第二次安倍内閣が設置した教育再生実行会議は,2013年2月の第一次提
言において,道徳教育の抜本的な充実を図るとともに新たな枠組みにより教科
化することを提言し,この提言を踏まえて文部科学省内に設置された「道徳教
育の充実に関する懇談会」は,2013年12月に「今後の道徳教育の改善・
充実方策について(報告)」と題する提言を公表した。
本答申は,「道徳教育の充実に関する懇談会」の提言も踏まえつつ,初等中
等教育分科会教育課程部会に設けられた道徳教育専門部会における10回の
審議とその取りまとめを受けてなされたものである。
2
本答申の内容
本答申は,まず第1項において道徳教育の改善の方向性を示した上で,第2
1
項及び第3項において道徳に係る教育課程等の具体的な改善方策を掲げてい
る。それぞれの概要は次のとおりである。
(1) 第1項「道徳教育の改善の方向性」について
本答申第1項は,道徳教育改善の方向性を示すに当たり,(1)において
道徳教育の使命を次のように述べている。
すなわち,「道徳教育においては,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の
念を前提に,人が互いに尊重し協働して社会を形作っていく上で共通に求め
られるルールやマナーを学び,規範意識などを育むとともに,人としてより
よく生きる上で大切なものとは何か,自分はどのように生きるべきかなどに
ついて,時には悩み,葛藤しつつ,考えを深め,自らの生き方を育んでいく
ことが求められる」とした上で,「人としての生き方や社会の在り方につい
て,多様な価値観の存在を認識しつつ,自ら感じ,考え,他者と対話し協働
しながら,よりよい方向を目指す資質・能力」の育成が道徳教育の役割であ
るとしている。そして,「特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言
われるままに行動するよう指導」するべきではなく,「多様な価値観の,時
に対立がある場合を含めて,誠実にそれらの価値に向き合い,道徳としての
問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質である」と述べる。
そして(2)において,「こうした道徳教育の意義と課題を改めて確認し
た上で,本来の道徳のねらいがより効果的に実現されるよう改善を図る必要
がある」とし,「道徳教育は,教育の中核をなすものであり」,「道徳の時
間を要として学校の教育活動全体を通じて行うという道徳教育の基本的な
考え方は,適切なものであり,今後も引き継ぐべき」としながら,「道徳教
育を通じて,個人が直面する様々な事象の中で,状況を深く見つめ,自分は
どうすべきか,自分に何ができるかを判断し,そのことを実行する手立てを
考え,取り組めるようにしていくなどの改善が必要」と指摘している。
(2) 第2項「道徳に係る教育課程の改善方策について」及び第3項「その他改
善が求められる事項」に掲げられた具体的な改善方策について
本答申第2項及び第3項は,上記(1)で紹介した改善の方向性を踏まえ,道
徳に係る教育課程等の改善方策についていくつか掲げるが,そのうち意見の
趣旨に関連するものは次の4項目である。
①
道徳の時間を「特別の教科
道徳」(仮称)として位置付ける。
②
「特別の教科
③
一人一人のよさを伸ばし,成長を促すための評価を充実する。
④
教員の指導力向上と教員免許や大学の教員養成課程を改善する。
道徳」(仮称)に検定教科書を導入する。
2
3
本答申に対する評価
(1) 第1項「道徳教育の改善の方向性」について
①
本答申が述べるとおり,「人としてよりよく生きる上で大切なものとは
何か,自分はどのように生きるべきかなどについて,・・・考えを深め,
自らの生き方を育んでいくこと」は,私たち一人ひとりが豊かな人生を送
り,豊かな社会を実現する上で,いつの時代の,いかなる社会においても
大切なことである。
一方,個々人の生き方は,その人の内心に深く関わっており,その内実
の中心にある「何を善と考え,どのような生き方を善いものとして生きる
か」という問題は,人によって当然異なり得る。とするなら,とりわけ国
及び地方公共団体が行う学校教育(以下,国及び地方公共団体が行う学校
教育を「学校教育」という。)における道徳教育の在り方を考える上では,
この点についての慎重な配慮が求められる。
我が国がよって立つ日本国憲法は,個々人の考え方や生き方の多様性を
相互に承認・尊重することを基調とする「個人の尊厳を中核とする自由で
公正な民主主義社会」の実現を理念としている。したがって,学校教育に
おける道徳教育にあっては,個人の尊厳を中核として,自由,平等,公正
及び寛容などの憲法的価値を扱うことは当然に是認されるとしても,これ
を超えて,例えば,個人の嗜好・信仰・人生観・家族観等といった基本的
に各人が自ら考えて選び取るべき事柄についてまで,特定の考え方や生き
方のみを「善い」ものとして公定し押しつけることは,個人の思想・良心
の自由(憲法19条)や信教の自由(同20条)などを侵害し,許されな
い。
②
前述のとおり,本答申第1項(1)では,道徳教育の使命として,道徳
教育が「人間尊重の精神」を前提に進められるものであるとし,価値観の
多様性を認めた上で,「他者と対話し協働しながら,よりよい方向を目指
す資質・能力」の育成が道徳教育の役割であるとしている。
これらは,日本国憲法が目指すところの「個人の尊厳を中核とする自由
で公正な民主主義社会」の理念に沿う内容であり,その記載の限りでは,
道徳教育一般についての改善の方向性として,示された考えは是認できる。
(2) 第2項「道徳に係る教育課程の改善方策について」及び第3項「その他改
善が求められる事項」について
このように,本答申第1項は上記のような道徳教育の使命や役割を前提に
「改善の方向性」を示しているが,この「改善の方向性」に照らしてみると,
3
確かに,道徳教育の現状には問題があるといわざるを得ない。
すなわち,教育基本法改正に伴い2008年に改訂された現在の学習指導
要領の総則では,「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と
郷土を愛し」などが新たに挿入され,従前からの「日本人としての自覚をも
って国を愛し」(中学校学習指導要領道徳)の記載と相まってナショナリス
ティクな色彩をより帯びるなど,特定の価値を公定する傾向が懸念されてい
る。当連合会は,係る改訂された学習指導要領が定める道徳教育について,
「一方的な観念を子どもに植え付けるものとなりかねず,思想・良心の自由
との抵触を生じさせることになるおそれがあり,教育に対する『不当な支配』
にあたることにもなろう」ことを,既に指摘しているところである(201
0年3月18日付け「新しい学習指導要領の問題点に対する意見書」)。
しかしながら,本答申は第1項において,上記のように,多様な価値観に
向き合い,自ら考えよりよい方向をめざす資質を育てる「道徳教育の使命」
を掲げて「改善の方向性」を示しているにも関わらず,道徳教育の現状がこ
れに照らしていかなる問題点があるか,改善するためにはどのような方策が
あるかの検討を行っていない。
そして,本答申が掲げる上記2(2)の具体的な方策は,本答申第1項に
述べられている,多様な価値観を尊重し自ら考える資質を育てる道徳教育の
「改善の方向性」にむしろ反するものであり,かかる方策が採られれば,日
本国憲法の理念に反する道徳教育が学校現場で行われる結果となる懸念を払
拭できないものであるから,到底これを是認することができない。この点に
ついて,以下,本答申に掲げられている具体的方策に沿って詳論する。
①
道徳の時間を「特別の教科
ア
道徳」(仮称)と位置付けることについて
本答申の概要
本答申は,学校教育法施行規則において,新たに「特別の教科」(仮
称)という枠組みを設け,道徳の時間を「特別の教科
道徳」(仮称)
として位置付けるとともに,学習指導要領を見直し,適切な章立てで「特
別の教科
道徳」(仮称)についての記述を盛り込み,その目標・内容
等について,より体系的・構造的で,道徳教育全体の要として効果的に
機能するものとする,としている。
イ
問題点
既に指摘したように,現行の道徳教育には,国家が特定の価値を「善
きもの」として公定し,身につけるべき価値観として受け入れることを
強制することにより子どもの内心に介入するおそれがある。
4
現行の道徳教育が有するこのような根本的な問題点を改善しないま
ま,学校教育法や学習指導要領によって定める教授内容の拘束力を強め
ることになる「教科化」を行うこと,そして学習指導要領でその目標・
内容等について,より体系的・構造的なものとすることは,従前にも増
して国家による統制を強めるものとして,憲法及び子どもの権利条約が
保障している子どもの人権を侵害する危険性を高めるものである。
②
「特別の教科
ア
道徳」(仮称)に検定教科書を導入することについて
本答申の概要
本答申は,学習指導要領の改訂に当たり,「特別の教科
道徳」(仮
称)の中心となる教材として,検定教科書を導入すること,学習指導要
領の記述をこれまでよりも具体的に示すなどの配慮を行うこと,を答申
している。
イ
問題点
教科書検定制度自体の問題は措くとしても,道徳という児童生徒の内
面,精神の自由,全人格に関する領域において,検定制度によってふる
い分けられた検定教科書が導入されることは,国が考える「善悪」「正
邪」などが明示されることになり,児童生徒への全人格的・統制的支配
を一層強めるものになることが強く懸念される。
学習指導要領の記述をこれまでよりも具体的に示すということも,道
徳教育を担当する教師の創意工夫を凝らした教育を行う余地を奪う可
能性を含み,もしそうなれば教師の教育の自由を侵害することとなり,
更に教師を通じて子どもへの受け入れを強制するものとなるおそれが
大きいため,子どもの思想良心の自由や学習権を侵害する危険性が高い。
③
道徳教育の評価を充実することについて
ア
本答申の概要
本答申は,道徳教育の充実のためには適切な評価を行うことが必要で
あるとし,児童生徒の道徳性の評価については,多面的,継続的に把握
し,総合的に評価していく必要がある,とするとともに,「特別の教科
道徳」(仮称)については,数値などによる評価を行うことが不適切だ
と述べる。また,指導要録に,「特別の教科
道徳」(仮称)について
の専用の記録欄を設ける,学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の
成果の評価については,現行の指導要録の「行動の記録」を改善し活用
することが考えられる,などと述べる。
イ
問題点
5
現行の道徳教育の内容そのものが,子どもの内心に介入するおそれや,
国家が子どもに対し,一定の価値を公定し,身につけるべき価値観とし
て受け入れることを強制するおそれがある。これに加え,上述したよう
に本答申は,学習指導要領の記述をこれまでよりも具体的に示すものと
している。
このような状況の下で教師による「評価」が実施されることとなれば,
学習指導要領に定められた目標や価値観を受け入れない子どもへの不
利な評価をもたらすものにならざるを得ない。とすれば,道徳教育によ
って国家が「善きもの」とした特定の価値観や思想が子どもたちに強制
される結果となり,子どもの思想良心の自由,信教の自由,学習権,意
見表明権等が侵害されるおそれが極めて高い。
子どもの内面そのものを「評価」の対象にしたり,入学者選抜などの
他の判断の基礎としたりすることが許されないことは当然である。そし
て,子どもの内心に立ち入らないで評価を加えるとすれば,子どもの外
見的な意欲や態度を評価せざるを得ないが,そうであれば,いかなる評
価基準で評価するのかが全く不明であり,教師による主観的,恣意的な
評価を排除することはできなくなる。また,そのような主観的,恣意的
な評価の下では,子どもが「正解」とされるべき言動を取ったか否かが
「評価」内容になってしまうであろうし,子どもが進学等に影響するこ
とを慮るあまり,教科化された道徳の内容に迎合的に振る舞うおそれも
多分にある。本答申が述べる配慮によったとしても,道徳教育に「評価」
を加えることの根本的な問題は何ら払拭されていないといわざるを得
ない。
また,道徳教育は他の各教科の時間においても補充的,統合的に行わ
れることが当然のこととして予定されていることからすれば,道徳教育
に評価を導入することは,各教科の数値的評価に道徳教育の評価が入り
込むこととなる危険性を強く孕んでいる。
いずれにしても,道徳教育の評価それ自体が,教科化と一体となって
児童生徒への全人格的・統制的支配を格段と強めるものになる危険性は
極めて高い。
さらに,道徳教育の「評価」については,教育実務的な観点からも問
題がある。
本答申が述べるような記述式の「評価」を行うとすれば,現在も行わ
れている通知票の「所見」欄のような記載となることが想定される。現
6
在も,教師は,通知票の「所見」欄を記載する際,児童生徒や保護者に
よるクレームを避けるために,相当な注意を払い,言葉を選んで慎重に
記載しているとのことである。このような実情に鑑みれば,道徳教育に
ついて,教師が率直に記述式の「評価」を行うことは,実際には困難で
あるといわざるを得ず,記述式「評価」を導入したとしても,次第に形
骸化し,意味をなさなくなってしまうことが容易に予想される。
④
教員の指導力向上について
ア
本答申の概要
本答申は,教員の指導力向上を掲げ,ⅰ校長をはじめとする管理職の
研修の抜本的充実,ⅱ優れた道徳の授業の多様な指導方法に関する資料
の作成,ⅲ全ての教員が道徳教育のための研修を受けるための環境整備,
ⅳ道徳教育推進教師を道徳教育のリーダーとして位置付けること,など
に言及している。
イ
問題点
管理職の研修における道徳教育の扱いを充実する,複数の学校の道徳
教育推進教師のリーダー役として助言等を行う「道徳教育推進リーダー
教師」(仮称)の設置を推進する,といった各方策(上記ⅰ,ⅳ)は,
本答申第1項に述べられた道徳教育の意義や使命を踏まえた「改善の方
向性」に沿った内容でなされなければ,結局のところ,道徳教育の「正
統」な内容や指導方法を上位の者から下位の者へ,指導力のある者から
乏しい者へと行き渡らせることとなる可能性が高く,「多角的に考え,
判断する能力,道徳的心情,道徳的行為を行うための意欲や態度を育て
ることなどを通じて,一人一人が生きる上で出会う様々な問題や課題を
主体的に解決し,よりよく生きていくための資質・能力を培う」方法に
はなりえなくなる。
一方,優れた道徳の授業の多様な指導方法に関する資料の作成や全て
の教員が道徳教育の指導力向上のための研修を受けるための環境を整
備するといった方策(上記ⅱ,ⅲ)は,まだ抑制的で配慮された書き方
になっているが,それらとて,どのような授業・どのような指導方法が
優れているのかの評価や道徳教育の指導力をどのようなものとして捉
えるかといった点を国や自治体が左右することになる可能性を孕むこ
とから,慎重な配慮が必要である。
⑤
教員免許や大学の教員養成課程の改善について
ア
本答申の概要
7
本答申は,「特別の教科
道徳」(仮称)を担当する教員について,
特に中学校について将来的に専門の免許状を設けるべきとの意見や,一
定の講習を修了した者を道徳教育推進教師に充てる仕組みとすべきと
の意見を取り上げている。
イ
問題点
上記の点についても,④,イで述べたのと同様に,本答申第1項に述
べられた「改善の方向性」に沿った内容でなされなければ,道徳教育の
「正統」な内容や指導方法を専門の免許状を持つ者からそうでない者へ,
一定の講習を修了した者からそうでない者へと行き渡らせることとな
る可能性を孕むことから,この点については慎重な配慮が必要である。
4
最後に
以上のとおり,本答申が提案する,道徳の教科化並びにこれに伴う検定教科
書及び評価の導入,教員研修の充実などは,日本国憲法の下での学校教育にお
いて是認される道徳教育の範囲を逸脱するおそれが極めて高く,文部科学省は,
本答申に基づいて学校教育法施行規則や学習指導要領の改訂作業を行うべきで
はない。
以上
8
ダウンロード

1 文部科学省中央教育審議会「道徳に係る教育課程