5年生
調べた理由
• 自分が住んでいる志賀島で、
金印が発見されたことは知っ
ていたけれど、その金印自体
については、よく知らなかった
から。
調べた事がら
1,金印とは、どのようなものか
2,金印は、いつ発見されたのか
3,金印は、どこで発見されたのか
調べた方法
1.インタビュ-
2.インターネット
3.志賀島資料館見学
4.金印について書かれた資料
インタビューに協力してくださった人
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キミ子さん
よしもとさん
静男さん
奥村さん
よしこさん
千加子さん
など
調べて分かった事がら
① 金印とは、どのようなものか
○ 『金印』っていったい何?
今からおよそ2000年前、福岡地方に「奴の
国」とよばれる小さな国がありました。その時に、
中国の王様から「奴の国」の王様にプレゼントさ
れたものが、この『金印』です。
この金印は、「国宝」といって、国の宝になっ
ています。金印には、「漢委奴国王」という文字
がきざまれています。
金印の重さや大きさ等について
○ 金印の形
・ たて横、だいたい長
さが同じで、
約2.3センチメート
ル
・ つまみは蛇の形
○ 金印の重さ
・ 約108グラム
○ 金印は「陰刻」
② 金印は、いつ発見されたのか
金印は今から約220年前、志賀島の
お百姓さんによって発見されたものだと
言われています。
今から約2000年も昔、中国との関
係に、福岡地方が大きな役割をもってい
たことを物語る、きわめて貴重なものな
のだそうです。
③金印は、どこで発見されたのか
○ 地域の人たちに聞いてみました。
Q.「金印は志賀島のどこで発見されたと思い
ますか?」
A.志賀地区・・・9人
弘地区 ・・・2人
勝馬地区・・・2人
○ 「金印」が発見された時に
届けられた文書
私は、志賀島に住んでいる甚兵衛という者です。
ある日、田んぼの水の通りが悪かったので、溝を
ほっていたら、大きな石ころにぶつかりました。そこ
で、その大きな石ころを掘りおこしたら、その下から
この「金印」が出てきました。
金印は志賀地区で発見されたのか?
○ 金印が発見されたのは
『勝馬』ではないかという説。
金印は、古ふんの中にあったという説が有力。
○ 2000年前、志賀島の中心だったのは、勝馬地区で、(そのこ
ろ志賀海神社は、勝馬にあった。)そのため、金印は勝馬で
見つかった可能性が高い。
○中津宮で発見されたという説もある。
(文書の中の「大きな石ころを掘りおこしたら」という表現に合う場
所である。)
まとめ・感想
ぼくは、金印について調べてみて、分かった
ことが三つあります。一つ目は、金印に何が書
かれているかです。金印には「漢委奴国王」と
書いてあることが分かりました。
二つ目は、金印がいつごろ見つかったかで
す。今から約220年前の江戸時代に見つかっ
たことが分かりました。
三つ目は、金印がどこで見つかったかです。
金印が勝馬地区で見つかったかもしれないとい
うことと、大昔は勝馬に志賀海神社があったと
いうことが分かりました。
金印について調べてみて、ぼくが一番おど
ろいたことは、三つ目のことです。勝馬で金印
が見つかったかもしれないというのは、なんだ
かうれしくなりました。勝馬にずっと住んでいる
けど、まだまだ知らないことがあるんだなぁと思
いました。
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『金印』について