戦間期の中・東欧
リージョナル・アナトミー論F
第11週[12月14日]・第12週[12月21日]
国家間関係:戦間期からコメコン体制へ
「背景としての大戦間期」
(J.ロスチャイルド[1999]第1章)
1.
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8.
ドイツとロシアのはざまで
分裂する東欧
国民国家と少数民族問題
農民問題
共産党
権威主義的独裁
経済恐慌
大戦間期の意義
2
ドイツとロシアのはざまで

「民族自決の原則」という政治的・道義的な
理念の矛盾
→ドイツの恒久的な弱体化(実は、ドイツの脅威)
→ロシアの永久的な封じ込め(ジレンマの悪循環)
→欧州における永続的な国際秩序の回復

多くの「国民国家」と真の勢力分布(すなわち、
地政学的な地図)との不一致
3
分裂する東欧
この地域自体の根本的な弱さと制度の不
安定、無責任な政府
 「内的]反目、すなわち大戦間期の東欧のど
の国も域内に少なくともひとつの敵国をもち、
[戦勝」国の場合はそれぞれの国が大国を
ひとつは敵としていた。
 民族主義の超克ではなく、極端な民族主義
 反ユダヤ主義(マルクス主義でも王朝主義
でもなく)

4
国民国家と少数民族問題
紛争の「国際化」、すなわち少数民族に対
する「受入れ国」の抑圧と「母国」からの支
援の期待
 巨大な民族移動を引き起こし、少数民族問
題の複雑な構造は、大戦間期のヨーロッパ
におけう壊れやすい勢力均衡を維持する試
みの反映だったと同時に、政治的な緊張に
よって均衡を破壊する一因ともなった。

5
農民問題
東欧の農業生産性の低さ
 工業化の遅れ
 農産物と工業製品の鋏状価格差が農民に
不利に拡大した1930年代はじめの大恐慌
期の破滅的な窮乏化と、農産物を高価格で
大量に買い付けた1930年代後半のナチ
ス・ドイツによる経済的救済の結果、東欧の
農民の急進化が進行した。

6
共産党
第2次世界大戦の終結時に東欧で共産党
が権力を掌握したのは、国内的な要因によ
るよりも、ソ連の断固とした介入の結果で
あった。
 例外は、ユーゴスラヴィアとアルバニア

7
権威主義的独裁
政治的な官僚層がほとんど自立的な実体
ある支配階級を形成した。
 官僚層の停滞的な権力が、大戦間期の東
欧政治に独特の不活性と不安定の原因と
なった。
 議会制から権威主義体制への移行

8
経済恐慌
ナチス・ドイツによる二国間貿易と経済援助
は、国家主導の投資を成功させる要因で
あった。
 国家主導の政策は、大戦間期と戦後の東
欧を結ぶ連続性の糸である
 大恐慌による東欧の窮乏化、すなわち農産
物価格の急速な下落は、主たる輸出国であ
る東欧に打撃を与えた。
 ドイツの経済的覇権の獲得

9
大戦間期の意義
東欧各国は、みずからの主権国家としての
存在の正統性を、ナチスとスターリン主義
者の双方の力を超えて世界の前に主張し
た。
 大戦間期の東欧における政治的成果のゆ
えに、形式的ではあっても独立した諸国家
を抜きにしてこの地域を語ることは今日で
は不可能である。

10
冷戦期の中・東欧Ⅰ
リージョナル・アナトミー論F
冷戦構造の生成:第2次大戦後の「マー
シャル・プラン」と「占領問題」
冷戦期を捉えなおす「こころみ」



東欧革命とソ連圏の崩壊がなぜ起こったのか
なぜ、米国をはじめとする「西側資本主義世界」ではな
かったのか
ひとつの試論として、「冷戦の契機をなした『逆コース』の
あり方の問題」(豊下楢彦[1994]、p.215)がある
→「逆コース」=多様性から強制された一元化へ、双極体制の
成立
→「非対称性」=一方での多角的で自由な貿易体制への組み
込み(開かれた側面)に対し、他方でのそのような西側体制
からの隔離と閉鎖(閉じた側面)にある

冷戦期=「普遍的価値や正統性の保持者という原理」に
基づく秩序構築の「最後の試み」
12
The Marshall Plan
 "The
Marshall Plan ... was a
magnet, a beginning, a
confidence- building measure,
a way of starting a process that
turned out to produce an
economic miracle."
-- Bill Clinton, President of the
United States
13
第2次大戦後の欧州の復興計画(ERP)
=マーシャル・プラン





軍事的な東西分割ライン(占領ないし開放)を前提
とした復興援助(1947年11月10、マーシャル国務長
官による上下両院合同外交委員会での発言)
European Recovery Programme(1948-52)
戦後欧州の復興
ソヴェトの拡張・共産主義の広がりを防ぐこと
欧州資本主義の伝統を堅持し、経済成長を推進し
た
(現代の神話となった?)
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OEEC(欧州経済協力機構)の創設
=マーシャル・プラン受け入れ機関
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マーシャル援助の前提条件
援助体系
 欧州の協力・協働
 世論の支持

•アメリカのコミットメント
•中期支援
•地域協力重視
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戦後西欧の経済政策
ベルギーとイタリアを除いて、戦時統制の
継続
 再建投資と再分配政策への傾斜
 通貨創造による拡大的需要政策
 欧州通貨の対ドル為替レートの過大評価

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冷戦後の「マーシャル・プラン」(参考ま
でに)
1989年「東欧革命」により体制転換を目指し、
市場経済と民主主義への移行を進める中・
東欧諸国に対する支援
=‘A Marshall Plan for Central and Eastern
European Countries’

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若干の文献:




豊下楢彦「ヨーロッパにおける占領・改革・冷戦の構図」
(油井大三郎ほか編[1994]『占領改革の国際比較:日本・
アジア・ヨーロッパ』第3部Ⅰ、pp.195-219)三省堂
Kostrzewa, Wojeiech, and et al. [March 1990], ‘A Marshall
Plan for Middle and Eastern europe,’ The World Economy,
Vol.13, No.1, pp.27-49.
De Long, J.B. and Barry Eichengreen [November
1991],’The Marshall Plan: History’s Most Successful
Structural Adjustment Program,’ Working Paper No.3899,
NBER, 64ps.
Eichengreen, Barry and Marc Uzan [April 1992], ‘The
Marshall Plan,’ Economic Policy, No.14, pp.14-75.
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冷戦期の中・東欧Ⅱ
リージョナル・アナトミー論F
コメコン(CMEA)の成立から解体まで
コメコンの起源、調整に対する障害1
(スターリンからブレジネフまで)
マーシャル・プランに対抗するもの、同時にコミンフォ
ルムの結成(仏、伊の共産党を含む)
 二国間原理、一国社会主義モデル
 超国家管理の拒否
 スターリンの死と第20回ソ連共産党大会、動乱
 フルシチョフによるコメコン改革ー専門化、平等・
互恵・不介入(「モスクワ宣言」1957年)
 『コメコン憲章』(1959/60年)、『社会主義国
際分業の基本原則』(1962年)

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コメコンの起源、調整に対する障害2
(スターリンからブレジネフまで)
ブレジネフの登場-平和共存からデタント(緊
張緩和)
 コスイギン改革-西側技術の輸入
 東欧における経済改革(規制された市場経
済の導入の実験)
 ブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)
 コメコンの『総合計画』(1971年)
 統合への求心性とポーランド危機
 出所:ウォレス/クラーク著『ソ連・東欧諸国
の選択』

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28
COMECON:Definition


The Council for Mutual Economic Aid (COMECON)
was set up in 1949 consisting of six East European
countries: Bulgaria, Czechoslovakia, Hungary, Poland,
Romania, and the USSR, followed later by the
German Democratic Republic (1950), Mongolia (1962),
Cuba (1972), and Vietnam (1978). A number of
developing countries have attended as observers.
Its aim was, by means of central planning, to develop
the member countries' economies on a
complementary basis for the purpose of achieving selfsufficiency.
29

In 1990, agreement was reached for a
fundamental change in the economic
policy pursued by the Council. Multilateral
cooperation between member states
based on five-year plans and inconvertible
rubles was to be abandoned in favor of a
free market, bilateral trade and convertible
currencies. A transitional period was
expected to be required by members to
accommodate this change in policy.
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
In 1991, Comecon was replaced by the
Organization for International Economic
Cooperation, which would continue to
encourage international trade between the
member countries on a bilateral basis and
offer advice and information on regional
economic problems.

EEC: COMECON - Difficulties in reaching
an agreement
31
コメコンの成立から解体まで(図表)
図.コメコンの意思決定機構(図5.1)
 表.加盟諸国の国民所得などの年平均成
長率(表6.1、6.2、6.3、6.4)
 表.人口・自然増加、国営部門の雇用(表
6.5)
 表.外国貿易取引高の成長(表6.6)
 表.地域別外国貿易(表6.7)


出所:ウォレス/クラーク著『ソ連・東欧諸国の選
択』
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中・東欧の多様性への回帰(第2次世界大戦から
冷戦終結まで):
西バルカンを中心として
リージョナル・アナトミー論F
ロスチャイルド著『現代東欧史』各章から
「第2次世界大戦の意味」
(J.ロスチャイルド[1999]第2章)
「この戦争(第2次世界大戦)が東欧の覇権国をドイツからソ連
に交代させ、この地域のすべての国に根本的な政治的、社会
経済的な転換をもたらした。」(p.47、一部改訳して下線を加えた。以下
同様.
)
1.「断絶と連続」(pp.49-50)
「一個の連続したヨーロッパの危機」=「自立的な行為主体としての
ヨーロッパの政治的な崩壊と、ヨーロッパの運命にたいする支配権
の非ヨーロッパ超大国への移行を、反論の余地なく確認しただけで
ある。」
「深い断絶」=上の「連続」論は、大戦間期の東欧諸国の独立を「道
義的な価値」という点で過小評価、覇権国がナチス・ドイツから(非
ヨーロッパ的)ソ連へ移行したのみならず、この地域を根本的な社
会経済革命に委ねた。
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ユーゴスラヴィアⅠ:
第2次世界大戦(第2章)
(2-5)ティート(以下、チトー)のパルチザン闘争(pp.7698)
 反独クーデターとドイツの侵攻
 歴史論争
 ドイツの占領と領土問題
 ウスタシャ
 抵抗闘争:チェトニクとパルチザン
 AVNOJ(「人民開放反ファシズム評議会」)
 近隣諸国との比較
(2-9)ソ連の覇権(pp.121-122)
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ユーゴスラヴィアⅡ:
共産党の権力獲得(第3章)
(3-1)スターリンの意図-「人民民主主義」と
東欧(pp.125-129)
(3-5)急進的革命路線(pp.164-167)
(3-9)二つの一般化(pp.189-190)
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ユーゴスラヴィアⅢ:
スターリン主義とチトー主義の弁証法
(4-1)コミンフォルム(pp.193-196)
(4-2)チトーとスターリンの決裂(pp.196-203)


不和の拡大
コミンフォルムからの追放
(4-3)粛清の波(pp.204-215)
(4-4)ユーゴスラヴィアの対応(pp.215-222)


「国家の漸次的消滅」
ジラスの「前衛党」批判
(4-5)絶頂期のスターリン主義の時代(p.223)
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ユーゴスラヴィアⅣ:
抑圧されたものの復讐-自己主張の回復(第5章)
(5-1)フルシチョフとチトーの「和解」(pp.225-229)
(5-7)均衡の崩壊(pp.273-287)
対ソ関係の変遷
 深刻化する路線論争
 改革派の勝利:ランコヴィチの失脚
 民族問題の顕在化

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ユーゴスラヴィアⅤ:
不安定な膠着状態(第6章)
(6-5)一枚岩構造の崩壊(pp.325-334)
スターリン主義体制の構造的欠陥
 ゴルバチョフの選択

(6-6)大戦間期との連続性(pp.334-338)
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ユーゴスラヴィアⅥ:
各国それぞれの終局、そして短いエピローグ(第7、8章)
(7-1)ゴルバチョフ・ファクター(pp.339-340)
(7-8)民族対立の悲劇(pp.385-392)
セルビア民族主義
 チトー主義の破綻とミロシェヴィチの登場

(8)エピローグ(pp.393-395)
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