アジアニューズレター
2012 年 12 月
トピックス
Ⅰ. アジア贈収賄リスク対策
(執筆者:久保光太郎、吉本祐介、煎田勇二)
Ⅱ. ミャンマー・新外国投資法
(執筆者:湯川雄介、Kyi Chan Nyein)
Ⅰ.
アジア贈収賄リスク対策
1.
アジアにおける汚職の実態
昨今のアジアの経済発展は目覚ましく、毎日のように日系
企業のアジア進出が取り上げられています。しかしながら、明
るい舞台の裏側には、暗い世界があることも事実です。トラン
スペアレンシー・インターナショナル(世界各国の汚職の監視
を目的として活動している非政府組織)が公表している腐敗認
識指数(CPI = Corruption Perceptions Index)では、中国、イン
ド等のアジア諸国の汚職度は軒並み先進諸国と比べて高い
と言わざるを得ません。実際、アジアにおいては、ファシリテー
ション・ペイメント(政府関係業務の円滑化のための少額の金
銭)の支払いや、警察官、裁判官等による金員の要求等、日
本国内ではおよそ想定できない事態も存在しており、アジアに
進出する日系企業としては事前に適切な対策を講じることが
必要です。
ここ数年でも、2007 年のフィリピンの日系現地法人の社員
によるフィリピン高官に対する贈賄事件、2009 年の日系コン
サルティング会社によるホーチミン市からの業務の受注に関
する贈賄事件、2012 年のインドネシアの日系現地法人の日
本人元社長による裁判官に対する贈賄事件等、日系企業が
関与するアジア絡みの贈賄事件が複数発生しています。
また、最近では各国の規制当局が違反事例の情報交換を
進めており、その点でもアジアのコンプライアンス違反のリス
クは高まっています。
2.
汚職防止に関する法令
アジア地域には各国ごとに汚職防止に関する法令がありま
す。これらに加え、アジアに進出する日系企業は、贈収賄行
為の場所を問わず適用される可能性のある日本の不正競争
防 止 法 、 米 国 の Foreign Corrupt Practices Act( 「 米 国
FCPA」)、英国のBribery Act 2010(「英国Bribery Act」)等の法
令の適用にも注意しなければなりません 1。コンプライアンスの
見地からは、これらの法令上の要求事項を最低限順守すると
ともに、事業活動上の日常的な公務員との関係が贈収賄とみ
なされるリスクを避けるため、会社の実情を踏まえた適切な社
内ルールをつくることが不可欠です。特に、2011 年 7 月 1 日
に施行された英国Bribery Actは、企業に対して賄賂を防止す
る適切な手続(adequate procedures)を整備する義務を課して
おり、万が一、個人の贈賄行為が発覚した場合、企業として
事前に適切なコンプライアンス体制を構築していたか否かが
検証されることになります。最近では、欧米のグローバル企業
はいずれも厳格なコンプライアンス体制の導入を推進してお
り、日本企業としてもコンプライアンスに関する注意義務のレ
ベルが上がりつつあることを認識し、十分な対策を講じること
が必要です。
3.
社内ルール策定時のポイント
以下、アジア業務との関連で贈収賄防止に関する社内ルー
ル策定に際してのポイントを説明します。
(1)
「公務員」の範囲
規制の対象となる「公務員」の定義は、法令ごとにその内容
は若干異なるため、社内ルール上は、適用のある法令を広く
カバーする定義を設定することが必要です。特に、公的企業
(政府系企業)の取扱いについて留意をしなければなりませ
ん。アジアでは、日系企業と取引関係のある政府系企業が多
くありますが、日本の不正競争防止法に沿って、少なくとも、
政府が直接又は間接に過半数以上の出資をしている場合、
役員の過半数を指名している場合等は、原則として「公務員」
と同様に社内ルールの適用を認めることが適切です。
(2)
民間へのルールの準用
贈収賄防止に関する法令の中には、英国Bribery Act等、民
間に対する賄賂(一般に商業賄賂と呼ばれます。)を取り締
本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要が
あります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所又は当事務所のクライアントの見解ではありません。
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まっている法令もあります。このため、公務員には該当しない
からといって社内ルールから一切適用除外とするのは適切で
はありません。ただし、それらの法令も、民間に対する利益の
提供を公務員に対するそれと全く同一に扱っているわけでは
なく、民間の場合には適用範囲がより限定的になることが通
常です 2 。このため、社内ルール上も、民間については緩和さ
れた基準を適用することが考えられます。
(3)
等、規制対象とすることが世界の潮流となっております。よっ
て、生命又は身体に危険がある等、例外的な場合を除いて
は、やはり企業としては原則としてファシリテーション・ペイメン
トを許容しないという姿勢を示すことが適切です。この場合、
結果として生じうる実務上の不利益(各種手続の遅滞等)に対
して、どのように対応するか(具体的な対処方法、会社におけ
る対応部署等が含まれます。)については、事前に検討をして
おく必要があります。
「社会的儀礼」の範囲
(5)
贈賄にならないよう留意すべきものとして、公務員への接
待、贈答等の利益の供与があります。これら接待等に際して
は、タイミング、その国の慣習、公務員との関係、金額等を考
慮し、「通常の社会的儀礼の範囲内」のものであることをチェッ
クするルールをつくる必要があります。
実務的には、アジア各国の物価、実情等を踏まえて一定金
額を設定し、当該金額以上の接待等に関してはコンプライア
ンス担当者等の事前承認事項とすることが考えられます。金
額の相当性を判断するに際しては、国によっては外国公務員
等に対して具体的な金額を示して報告義務等を定めている場
合もあるので、金額次第では、ひとつの目安とすることができ
ます。たとえば、タイでは 3000 バーツ(約 8000 円)を超える利
益の提供を受ける場合、公務員側に内部的な報告義務が課
されます。また、ベトナムにおいては、200 万ドン(約 8000 円)
を超える利益の提供をする場合、原則として刑法上の賄賂に
該当するとされています。ただし、この範囲内であれば野放し
でよいというわけではなく、事前承認を要求する基準額につい
て別段の考慮が必要な場合もあります 3。さらに、不正な利益
を得る目的で接待等をした場合には、金額が小さくても贈賄
の提供行為になりかねないので、その点にも注意しなければ
なりません。
他方で、たとえば、テト(ベトナム)、ディワリ・ギフト(インド)等
のように、アジア各国において社会全般的に確立し、その地
全体に根付いていると認められる社会慣習上の贈答に関して
は、通常の社会的儀礼の範囲内といえる場合が比較的多い
と考えられます。
(4)
ファシリテーション・ペイメント
アジアにおいて贈収賄との関係で問題になりやすいものとし
て、ファシリテーション・ペイメントがあります。これが深刻なの
は、国や地域によってはファシリテーション・ペイメントが慣習
化してしまっている点です。ファシリテーション・ペイメントをど
こまで許容するかは、企業のコンプライアンス担当者として最
も悩ましい問題のひとつです。
この点については、米国 FCPA は免責規定を置いておりま
すが、英国 Bribery Act は規制対象と明示したことが注目され
ます。また、ファシリテーション・ペイメントはアジア各国の法制
度においても建前上、規制対象となっており、最近は米国
FCPA においても免責規定の適用を限定する方向で解釈する
外部業者選定におけるルール
第三者を使って賄賂を提供した場合も処罰対象となる可能
性があります。過去に贈収賄規制(米国 FCPA)の違反が問わ
れた事例においては、エージェント等の外部業者から公務員
に賄賂が渡されていたケースも含まれております。このため、
贈収賄防止のルールには、外部業者を選定するに当たって
のルール、たとえば、デュー・デリジェンスの実施及び外部委
託契約内容のチェック項目等を盛り込んでおくことが考えられ
ます。
4.
その他の対策
その他、コンプライアンス・ポリシーの公表、ハンドブック作
成によるルールの周知徹底、定期的なセミナーの実施等によ
り、アジアの特殊性とリスクを踏まえた適切なコンプライアンス
体制を構築することが適切です。より望ましい体制の構築の
ため、まずは、現状把握として、外部の法律事務所等が提供
しているコンプライアンス診断を実施することも、今後のコンプ
ライアンス体制の確立するために有益でしょう。
なお、本稿においては、紙面の制約から、アジアの贈収賄
防止に関する社内ルールの策定に際して留意すべき点を概
括的に記載するに留めております。このため、贈収賄に関す
る各法令の具体的な内容及び解釈並びに各国ごとの実情に
ついては詳細を記載しておりません。これらは次号以降にお
いて、必要な範囲で取り上げることを予定しています。
1
日本の不正競争防止法の外国公務員贈賄罪は、国籍に関係な
く、犯罪の構成要件の一部をなす行為が日本国内で行われ、若し
くは構成要件の一部である結果が日本国内で発生した場合に適
用され、また、日本国外で行為を行った場合においても日本国民
である限り適用されます。米国 FCPA は、米国外で設立された会
社であっても米国で上場している場合や禁止行為の一部が米国で
行われる場合等に適用されます。英国 Bribery Act は、英国外で
設立された会社であっても英国内でビジネスを遂行している場合
等に適用されます。
2
英国 Bribery Act 上、公務員に対する金銭供与の場合と比較する
と、民間に対する接待や販売促進活動の方が、合理的かつ相当な
ものとして、犯罪の構成要件に該当しないとされる場合が多いと思
われます。
3
たとえば、インドネシアにおいては、1000 万ルピア(約 9 万円)以
上の利益を提供する場合、原則として賄賂に該当するとされており
ますが、これを基準とすることは適切ではないと考えられます。
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-2-
Ⅱ.
ミャンマー・新外国投資法
3.
ミャンマーへの投資を検討している企業にとって重大な関心
事の一つであった新外国投資法(以下単に「法」ともいいま
す。)が 2012 年 11 月 2 日に成立し、懸案事項の一つが漸くク
リアになりました。もっとも、新外国投資法を読み解くと、後述
するとおり、今後制定される規則等に委ねられている事項や
ミャンマー投資委員会(「MIC」)の判断による事項も少なからず
あります。以下においては、新外国投資法のポイントのうち、
特に注目すべき点について概説します。
1.
外国投資家は技術(Skill)を要する事業につき、技術を有する
従業員を雇用する場合には、原則として、事業開始後当初 2
年間は最低 25%、翌 2 年間は最低 50%、その次の 2 年間
は最低 75%のミャンマー国民を雇用しなければならないもの
とされています(第 24 条(a))。また、技術を要しない業務に関
しては、ミャンマー国民のみを雇用しなければならないこととさ
れています(第 24 条(c))。もっとも、法文上、いかなる業務が
技術を要するかどうかに関する規定は存在しないため、個別
の事案に応じて検討する必要があります。
適用される事業
4.
新外国投資法は MIC が定めた事業を対象として適用され、
11 の事業については原則として制限又は禁止する旨定めて
います(第 3 条)。制限又は禁止の対象となる事業は、健康・
環境等に悪影響を与えうるといった公益的見地からのもの、
農業・畜産業・漁業といった国内産業保護的見地からのもの
が含まれていますが、実際上もっとも問題となりうるのは「国
民により遂行可能な製造業及びサービス業」という項目につ
き、その具体的内容が文言上明らかではなく、かつ、具体的
内容については今後制定される規則に委ねられているという
点です。その解釈次第では、広汎な事業が外資規制の対象と
なる可能性があることから、今後制定される規則の動向は注
視すべきです。
2.
現地従業員の雇用義務
投資形態・手続
外国からの投資形態としては、100%外資による投資の他、
ミャンマー国民又は政府機関・組織との合弁、及び当事者間
の契約により合意された方法の 3 種類が認められています
(第 9 条)。合弁形態による出資につき、法は外国資本の出資
比率に関する定めは設けておらず、当事者間の合意によるも
のとしています(第 10 条(a)(ii))。また、最低資本金の額に関す
る定めはなく、最低資本金は、その事業の性質に応じて、MIC
が連邦政府の承認を得た上で定めることとされており、現時
点では明らかにはされていません(第 10 条(a)(iii))。
なお、エグジットとの関連においては、事業期間内に投資に
係る株式・事業を第三者に譲渡する場合には MIC の承認が
必要とされていること、外国会社につきその全株式を譲渡す
る場合には事業許可を返還する必要があること等には留意を
要します。
外国投資を行う者は、MIC に対して許可を得るための申請
を提出し(第 19 条)、MIC は、90 日以内(但し起算点は必ずし
も明確ではありません)に当該申請の諾否を判断しなければ
ならないものとされています(第 20 条)が、申請が拒絶された
場合の不服申立手続等に関する記載はなく、実務上は MIC/
国家計画経済開発省・投資企業管理局(「DICA」)と密に協議し
ながら申請を行うことが想定されます。
その他の各種優遇措置
上記の他、新外国投資法に基づく投資事業については、一
定期間の所得税の免除をはじめとした税務上の各種の優遇
措置、事業の非国有化の保証のほか、最長 50 年(更に最長
で 10 年を 2 回延長しうる)の土地の使用権、外貨の海外送金
の権利等、新外国投資法の適用がない通常の会社には認め
られない各種の優遇措置が認められています。
5.
終わりに
以上、極めて限られた紙幅のため、新外国投資法のごく一
部についてのみ紹介しましたが、今後の規則の制定、所轄行
政当局による解釈・運用等を待たねば明らかではない事項も
少なからずあるため、同法に基づく投資を実行するに当たっ
てはそれらの事項を慎重に確認した上で進めることが必須と
なります。
Ⓒ Nishimura & Asahi 2012
-3-
く ぼ
こう た ろ う
久保 光太郎
よしもと
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士
シンガポール事務所代表
5 年以上にわたる海外への出向経験を生か
し、現在はアジアのビジネス・ハブとなったシ
ンガポールからインド、インドネシア、ミャン
マー等のアジア新興国のビジネス法務に携
わる。2010 年から 2011 年まで在シンガポー
ル日系商社アジア地域統括拠点法務部に出
向し、贈収賄規制を含めたコンプライアンス
業務に携わった経験あり。
せんだ
ゆうじ
煎田 勇二
ゆうすけ
吉本 祐 介
西村あさひ法律事務所
アソシエイト弁護士
2002 年弁護士登録。三井物産株式会社法務
部及び米国三井物産株式会社ニューヨーク本
店出向後、2012 年ジャカルタの Ali Budiardjo,
Nugroho, Reksodiputro 法律事務所出向。インド
ネシアを中心として、日本企業のアジア進出企
業を幅広くサポート。
西村あさひ法律事務所
シンガポール事務所
アソシエイト弁護士
2006 年の弁護士登録後、バンキングを中心
とした金融案件を主に取り扱う。2011 年より
2012 年まで三菱東京 UFJ 銀行シンガポール
支店に出向。2012 年 10 月より西村あさひ法
律事務所シンガポール事務所にて勤務。
ゆかわ
ゆうすけ
湯川 雄 介
チー
西村あさひ法律事務所
アソシエイト弁護士
Kyi
チャン
Chan
ニェイン
西村あさひ法律事務所
フォーリン・アトーニー
Nyein
コーポレート、M&A、知的財産権、事業再生
その他数多くの分野にわたり法的助言を提供
してきた経験を踏まえ、現在はミャンマーを中
心としたアジア関連業務に従事。
2008 年ミャンマー上級弁護士資格取得(未登
録)、2012 年早稲田大学法学部卒業。2014 年
早稲田大学大学院修了予定。
当事務所のアジアプラクティスは、日本とベトナム、インドネシア、シンガポール、フィリピン、タイ、マレーシア、ラオス、カンボジア、ミャンマー、イン
ド、中国、台湾、香港、韓国等を含むアジア諸国との間の、国際取引を幅広く取り扱っております。例えば、一般企業法務、企業買収、エネルギー・天然資源関
連、大型インフラ、プロジェクト・ファイナンス、知的財産権、紛争処理、進出及び撤退等の取引について、同地域において執務経験のある弁護士が中心とな
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