3.研究内容
1.本研究の概要
半導体微細加工技術は極めて重要な基幹技術として今日の情報化社会を支えている。
そして、特にこの20年間に高度に発達した超微細加工技術を用いて作製できる可能性
のある様々な半導体量子ナノデバイスが提案あるいは試作されてきており、次世代の情
報化社会を支える半導体デバイスとして、その有用性が認識されつつある。
ここで言う量子ナノデバイスとは、電子をナノメータサイズの構造に閉じ込めたとき
に顕在化するの量子サイズ効果やトンネル効果に伴う量子現象、あるいは散乱緩和過程
を伴う伝導や発光および空間分離に伴う静電効果などの準古典的現象を積極的に利用
した機能デバイスのことを言うが、これまでに電子を1次元的に閉じ込める超薄膜構造
(量子井戸構造)を用いた高電子移動度トランジスタや量子井戸レーザなどが登場し、
超高速素子や光通信素子として社会に定着してきている。さらに、電子を2次元さらに
は3次元的に閉じ込めることにより、より高性能なデバイスを実現できることが理論的
に予想されており、量子細線トランジスタや量子細線レーザ、あるいは量子ドットレー
ザの理論的性能予想や試作などが行なわれてきている。
しかしながら、これらの立体量子構造は、その作製が著しく困難である。特に量子細
線構造は、細線方向に沿って原子レベルで長く一様に作製されなければならず、理論的
にはその有用性が予測されているにもかかわらず、基礎研究の段階ですら、そのことが
実証されていない。さらに、その作製の困難さゆえ、多くの研究者が撤退、あるいは比
較的作製の容易な量子ドットに研究の中心をシフトさせており、本来研究すべき物性領
域そのものがスキップされ取り残されているのもまた事実である。
本研究プロジェクトの目的は、量子細線の作製、特に均一性の向上および高純度化
に重点をおき、有用性の実証に耐え得る高品質な量子細線を実現し、その物性やデバイ
ス物理を実験的に明らかにし、デバイスとしての有用性を実際に立証することである。
そのため、まず、原子層オーダーで均質な量子細線の作製を可能とする流量変調MOC
VD法の開発や原子状水素と砒素クラッキングソースを用いたMBE法の高度化を行
なった。そして、それらの開発により、段差基板上に自己形成的に製作した高純度化合
物半導体系量子細線を起点とした様々な量子デバイスの開発に成功し、それらを用いた
低次元電子伝導や低次元エキシトンの光物性などの物性評価や得られた実験結果と理
論との比較検討を行い、本研究プロジェクトにより作製された量子細線デバイスが、理
論予想に迫る世界最高性能を持つことを実証した。
なお、本項目は、本研究プロジェクトの最終報告書としてまとめられたものであり、
その内容は、第 1 回∼第5回の 量子効果等の物理現象定例シンポジウム や 第3回
終了シンポジウム および平成13年7月の 第1回形状基板上の量子ナノ構造および
8
ナノエレクトロニクス 、平成14年9月の
第2回形状基板上の量子ナノ構造および
ナノエレクトロニクスに関する国際ワークショップ において、我々のグループが発表
した内容に基づいたものである。
3.1
MOCVDによるV溝GaAs量子細線の高純度化、均一性の向上および
低次元エキシトンの解析
3.1.1 はじめに
量子細線や量子ドットなどの量子ナノ構造からデバイスとしての有効な機能
を引き出そうとするとき、最も留意するべきことはその機能が設計可能であり、不
確定な要因に支配されないことである。 量子ナノ構造において、その特性サイズ
を縮小してゆくと、量子準位の離散化が生じ、さまざまな量子効果が期待される一
方で、界面の凹凸やサイズ揺らぎによる量子準位の不均一性や散乱効果、あるいは
状態数の減少による駆動能力の低下等の困難も明らかになりつつある。 本章では、
MOCVD法において、1原子層ごとに3族と5族を交互に成長する流量変調法に
よる、原子層レベルの精度でV溝上に自己形成したGaAs/AlGaAs量子細線における
サイズ揺らぎ、および不純物準位の抑制を述べるともに、 量子細線の均一性の向
上とともに、明らかになった低次元エキシトンの特異な光物性を報告する。
3.1.2
流量変調法によるV溝基板上のGaAs/AlGaAs量子細線の形成
V溝基板上にAlGaAs、GaAsを成長すると、両者の表面拡散速度の違いによりV溝の
底でGaAsの成長が促進され三日月型の量子細線が形成される。 V溝は、エッチングや
結晶成長の面方位依存性により形成されるため、リソグラフィーの精度によらず10nm
以下の特性寸法を持つ量子細線を形成することが可能になる。
本節では、流量変調
法を用いたV溝基板上の選択成長における自己停止機構による、断面方向には原子
層レベルで均一な量子細線の形成を説明する。
V溝量子細線の形成には、まず、AlGaAsバリア層が安定にV溝形状を保持する必要
がある。
図3.1.1は、GaAsV溝基板上にAlGaAsを成長したときのAlGaAs層の形状の温
度依存性を示す。
一般に、(111)A面の成長速度は、(100)面に比べて遅く、またその
選択比は結晶成長温度を増すに従って大きくなる。 V溝の形状を一定に保つためには、
d(111), d(100)をそれぞれ(111)および(100)面方向の成長速度とすると、
d(111)=sin(θ/2)d(100)
を満たす必要がある。図bに示すように、結晶成長温度
63
0度Cのとき上記条件を満たし、V溝の形状は一定となり、多重量子細線の形成が可能
になった。
9
(a)低温(600 ℃)
(b)最適温度(630℃)
(c)高温(730℃)
図3.1.1 V溝基板上のAlGaAs成長プロファイルの温度依存性
量子細線において強い横方向閉じこめ効果を実現するためには、GaAs成長時の
(111)A面の成長速度を(100)面に比べて抑制する必要がある。そのためには、Ga原
子の表面拡散速度を増大する必要があり、結晶成長温度を上昇させることも有効で
あるが、結晶成長温度を上げることは、炭素の取り込みを増大させ移動度低下の原
因となる。 そこで、3族材料のGaと5族材料のアルシンを交互に供給することに
より、低砒素濃度でのGaの拡散の促進を図った。
図3.1.2は流量変調法による原
材料供給サイクルを示す。 1回のサイクルは、1秒ごとのアルシン、水素パージ、
TEGa、水素パージ、からなり、 水素パージ、TEGa供給サイクル時にも微量のアル
シンを供給してモホロジを保つのが特色である。 図3.1.3は、リッジ基板上の(1
11)面と(001)面における成長速度の比の温度依存性を示す。 通常の定常的な原料
供給方法では、成長温度を550℃から800℃に高くすることにより、選択比d(001)/
d(111)は、1から2に増加している。 一方、FME法により600℃で高い選択比(2.
9)が得られている。 斜面と水平面との高い選択比により、V溝量子細線の側面を
細くすることが可能となり、不純物の取り込みが少ない比較的低い成長温度におい
て、横方向の強い量子細線を形成することが可能となった。
図3.1.4に、F
ME法により作製した量子細線のTEM断面像を示す。 (111)A面に沿った斜面が
量子細線の厚さの20%程度と薄いため、電子あるいは正孔の強い横方向の閉じこめ
効果が期待できる。 更に、表面拡散による自己停止機構を発見し、原子一層ごと
の成長が可能になった。
10
(111)A
1 sec
TEGa
[1-10]
FLOW RATE
(001)
AlGaAs/GaAs multilayer
r0
TIME
∼ Growth rate ratio d(001) / d(111)A
AsH3 or TBA
630 ℃
TEGa:1.7 µmol/min
AsH3: 180µmol/min
1-2 µmol/min
ro:
3
FME
TEGa=1.7 µmol/min
2.5
1.5
MOVPE
TEGa=1.7 µ mol/min
1
550
図3.1.2 流量変調法(FME)における
原料供給サイクル。 1秒ごとにアルシン、
水素パージ、TEGaの供給を繰り返す。 水素
パージ、TEGa供給サイクル時にも微量のアル
シンを供給してモホロジを保つ。 MOVPE
TEGa=13.3 µmol/min
2
600
650
700
750
Growth temperature (oC)
800
図3.1.3 リッジ基板上の(111)面と(001)面
における成長速度の温度依存性
FME法により高い選択比が得られている。
図3.1.5に示すように、TEGaの供給量に対して、一周期あたりの量子細線と量
子井戸の成長速度をプロットすると、
(001)上の量子井戸は成長速度が連続的に
増加するのに対し、量子細線の場合は、いくつかのステップが存在している。 す
なわち量子細線の場合は、供給量の変化に対し、広い範囲で成長速度が一定に保た
れることが判明した。
これは図3.1.4の自己停止機構の原理図に示すように、各
周期ごとに谷に飽和したGa原子が未飽和の平坦部へ移動し、水素パージ期間中に
Ga単原子層を形成するために原子一層ごとの成長が可能になるためである。 実際、
図3.1.6にTEGa供給量に対してステップが形成される部分で、TEGaの流量を30%
増加させながら6本の量子細線を成長した場合のTEM断面図を示す。
TEGaの供給
を変化させても、量子細線の厚さの変化は認められないことから、FME法は、均
一な量子細線の形成に有効であることが分かる。 図3.1.7は、量子細線の高分解能
TEM写真を示す。 GaAs 量子細線と AlGaAs バリア層との界面は、原子層レベルで平
坦である。
図 3.1.8 は、FME法で作製した量子細線のマクロフォトルミネセンス
(PL)および励起フォトルミネセンス(PLE)を示す。
て、平坦部を選択的に除いている。
11
試料は、細線部分を残し
表面拡散による自己停止機構を発見
(113)A
(001)
Growth rate of QWR (ML/cycle)
(111)A
原子一層ごとの成長が可能
(111)A
100 Å
GaAs
量子細線
Al0.4GaAs
障壁層
Ga未飽和領域 ●: Ga
Atom
GaAs V溝基板.
1.5
630 ℃
AsH3
QWR
1
0.5
0
QWR
(001) mesa top
0.5
1
1.5
TEGa Flow Rate (µmol/min)
ピッチ: 2 または 4 µm
図3.1.4 流量変調法(FME)による三日月型
量子細線の断面TEM像(上)と自己停止機
構の説明図(下)
図3.1.5 流量変調法(FME)における
自己停止現象。 TEGaの供給に対し、(001)
上の量子井戸は成長速度が連続的に増加
するのに対し、量子細線の場合は、いくつ
かのステップが存在している。 TEGa flow rate increased by 30%
(113)A
(001)
(113)A
5nm
Al組成: 0.4
成長温度: 630°C
図3.1.7 AlGaAs/GaAs多重量子細線の高
分解TEM像。 細線中央の011面に沿った
界面は原子レベルで平坦である。 100nm
図3.1.6 TEGaの供給量を30%増加させた
ながら流量変調法(FME)を適用した量子細
線の断面TEM像。 6本の量子細線の形状
の差は認められない。
12
フォトルミネセンスの半値巾は 8meV、PLとPLE吸収端とのエネルギー差(スト
ークスシフト)は 6meV でほぼ1原子層の厚さの揺らぎに相当する。
ラには明瞭なサブバンド構造が現れている。
PLEスペクト
また、細線に沿った電界成分
を持つTEモードと垂直なTMモードに対応するスペクトラムで明瞭な偏波依存性が
ある。
基底レベルと第一励起レベルのエネルギー差は 40meV あり、室温においても、
電子密度は、基底レベルに集中することが期待される。 図 3.1.9 に有限要素法により
1電子有効質量近似で解いた電子波動関数分布を示す。
電子波動関数は中央に集中している。
強い横方向閉じこめにより、
また、サブバンドレベルの次数の増加に伴い、
波動関数は側面に移動する傾向にある。 PLE吸収スペクトラの半値巾が増加してい
るが、これは、側面の平坦性が底面よりも悪いためである。
2e-2hh
40meV
4.6 K
4e-4hh
PL intensity (arb.)
6 meV
3e-3hh
1e-1hh
PL
PLE E //
Parallel pol.
PLE E⊥
Perpendicular pol.
8 meV
E⊥ E //
1e-2lh
1e-1lh
1.6
1.65
1.7
1.75
1.8
Energy (eV)
図3.1.8 流量変調法(FME)による厚さ5nmのV
溝量子細線のマクロPLおよびPLEスペクト
ラム。 PLの半値巾8meV、PL発光とPLE
吸収端とのストークスシフト6meVは、1原子層
の厚さの揺らぎに相当する。
図3.1.9 量子細線中の電子の
横モード。基底レベル(上)に
おいては細線の中央に電子が集
中している。
図 3.1.10 は、磁気フォトルミネセンスの反磁性シフトを計測し細線の各方向に対するボア
半径を計算したものである。 エキシトンの結合エネルギーは、8nm の厚さの細線で 9.7meV
と推定される。
また、5nm の厚さの細線において、図 3.1.8 のような PLE スペクトルが
250K 付近まで観測され、しかも基底準位の PLE 吸収ピークの半値幅が 250K までほぼ一定
13
であった(図 3.1.11)。
これは、エキシトン状態が250Kまで保持されていることを示
FWHM of the 1e-1hh PLE paek (meV)
唆している。
2.5
Shift Energy (meV)
4.2 K
2.0
W ⊥ B // k
8.1nm
1.5
W⊥B⊥k
1.0
6.8nm
0.5
W // B ⊥ k
2.7nm
14
12
10
8
6
0
50
0.0
0
2
4
6
8
10
Magnetic Field (T)
100
150
200
250
300
Temperature (K)
12
図3.1.11 5nm量子細線の基底準位PLE
図3.1.10 反磁性シフトによる量子細
線中のエキシトンの結合エネルギーの
評価。 量子細線の厚さ8nmの場合、
結合エネルギー9.7meVと推定される。
吸収ピーク半値幅の温度依存性。250K付近ま
でPLEピーク半値幅の変化がない。
以上、流量変調法を用いたV溝基板上の選択成長において、自己停止機構を見い出し、
断面方向には、原子層レベルで均一な量子細線の形成が可能となった。
また、量子細
線において安定なエキシトン状態を確認した。
3.1.3 V溝GaAs量子細線の高純度化、均一性の向上
断面方向には、急峻な界面を持つ量子細線は、その長手方向には、V溝に沿った原
子層レベルでの凹凸のために不均一で、本プロジェクトが発足した初期段階では、量子
細線というよりは、等方的な量子ドットの集合であることが判明した。 本節では、流
量変調法を用いた初期段階のフェイズ1、基板再エッチによるフェイズ2、有機砒素(T
BA)を用いたフェイズ 3 に分けて、原子層レベルでの均一性の向上や光学特性の改善
および本プロジェクトで明らかになった各フェイズにおける低次元エキシトン物性を
説明する。
14
ダウンロード

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