梅雨期における
東アジアの降水傾向と気圧パターン
東京大学理学系研究科
地球惑星科学専攻
廣田渚郎
平成 17 年 2 月 27 日
概要
この研究では梅雨期における東アジアの気候システムが 1979 年∼2003 年でどの
ように変化したのかを研究する。統計的に有意な変化である、沿海州での降水量
減少、梅雨前線帯での増加、フィリピン付近での減少に特に注目して解析する。
水収支解析を行うと、この 3 地域の降水量変化には主に水蒸気収束の変化が対
応することが示される。風速場と気圧場の変化を調べると、この水蒸気収束の変
化は、フィリピン付近の高気圧偏差 (高気圧傾向または高気圧への変化)、中国や
日本付近の低気圧偏差、モンゴル付近の高気圧偏差に地衡風バランスする風速場
の変化で説明できると考えられる。3 次元的な構造も解析すると、モンゴル付近の
高気圧偏差や中国の低気圧偏差は順圧的な構造をもち、フィリピン付近の高気圧
偏差や日本付近の低気圧偏差は傾圧的なものであることが分かる。
この大気場の変化のうち順圧的な構造に関して 300hPa 面で考察する。線形の順
圧渦度方程式を用いると、実際の大気場の変化は、この 25 年間の全球における渦
度強制の変化に対する線形の応答として解釈することができる。渦度収支解析か
ら、この渦度強制は主に伸縮項の変化と水平渦度移流の非線形項によるものであ
ることが分かる。方程式の線形性を利用して、この渦度強制を地域的に分割し、そ
れぞれの地域からの寄与を調べる。その結果、西シベリアやチベット高原で強制
されたロスビー波の順圧的な伝播がモンゴル付近の高気圧偏差と中国の低気圧偏
差の形成に重要であることが示唆される。
さらに、傾圧的な構造も含めて議論するために、線形のプリミティブ方程式を
用いて大気場の変化を考察する。この 25 年間の全球の全高度における非断熱加熱
と非線形項の変化を大気中の強制とみなし、大気場の変化をこの全強制に対する
線形の応答として解釈する。この非断熱加熱は熱収支解析から残差として評価す
る。非線形項に関しては周期が 7 日未満の擾乱による効果と周期が 7 日以上の擾
1
乱による効果に区別して考える。それぞれの強制を別々に線形プリミティブモデ
ルに与え、その応答としてそれぞれの寄与を調べる。その結果、沿海州付近の高
気圧偏差には周期が 7 日未満の擾乱が重要な役割を果たしていることが示唆され
る。中国の低気圧偏差に関しては非断熱加熱、周期が 7 日未満の擾乱、周期が 7 日
以上の擾乱の全ての強制の寄与が見られる。フィリピン付近の高気圧偏差や日本
付近の低気圧偏差は非断熱加熱に対する応答として現れる。
2
Abstract
The change of the Baiu season climate in the East Asia during 1979 to 2003
is investigated. The statistically important precipitation change which this study
focuses on is the decrease around Philippines, the increase along the Baiu front,
and the decrease in the east of Mongolia.
It can be inferred from a moisture budget analysis that the precipitation change
is mostly determined by the change in moisture flux convergence. The change
in moisture flux convergence seems to be explained by the wind anomaly pattern which balances geostrophically among the high pressure anomaly around
Philippines, the low pressure anomaly in China and Japan, and the high pressure anomaly around Mongolia. The high pressure anomaly around Mongolia and
the low pressure anomaly in China have barotropic structure, while the high pressure anomaly around Philippines and the low pressure anomaly around Japan have
baroclinic structure.
The barotropic structure of the climate change is examined at 300hPa level.
The vorticity budget analysis is made, and the climate change is considered as
response to the forcing which is mostly composed of change in a stretching term
and a nonlinear term in the vorticity equation. The regional contribution of the
forcing is investigated. The Rossby propagation from west Siberia and Tibetan
plateau seem to play an important role in formation of the barotropic high pressure
anomaly around Mongolia and the low pressure anomaly in China.
The baroclinic structure is examined by the primitive equations. The climate
change is considered as response to the diabatic heating and the non-linear terms of
the primitive equations. The diabatic heating is evaluated by a heat budget analy3
sis. The diabatic heating, the non-linear term associated with high frequency (less
than 7days) disturbances, and the non-linear term associated with low frequency
(more than 7days) disturbances are given separately to the primitive model, and
each response is investigated. As a result, the importance of high frequency disturbances to the high pressure anomaly in Mongolia is suggested. Moreover, the
diabatic heating seems to play an important role in the formation of high pressure
anomaly in Philippines and the low pressure anomaly in Japan. All three forcings
seem to have some contribution to the low pressure anomaly in China.
4
目次
第 1 章 はじめに
6
第 2 章 データ
11
第 3 章 変化傾向 (偏差)
13
第 4 章 水収支解析
17
第 5 章 順圧的な構造
22
5.1
渦度収支解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23
5.2
地域的な寄与 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25
5.3
水平渦度の非線形項の寄与 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28
第 6 章 傾圧的な構造
30
6.1
プリミティブモデル
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30
6.2
非断熱加熱と非線形項による強制
―熱収支解析― . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.3
非断熱加熱と非線形項の効果
―線形プリミティブモデルの応答―
6.4
31
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33
フィリピンと日本の下層の偏差 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37
第 7 章 まとめと課題
39
付 録 A 定数と変数
42
付 録 B 非線形項の意味
43
5
第 1 章 はじめに
基本場を 1979 年∼2003 年の時間平均で定義する。東アジアの基本場は春、梅
雨、盛夏、秋雨、秋、冬で大きく異なる。梅雨期を中心に夏季の基本場を確認す
る。図 1.1(左) は 6 月の基本場の降水量 (CMAP のデータ) であり、インドやイン
ドシナ半島のインドモンスーン、梅雨前線帯、熱帯集束帯 (ITCZ) に激しい降水が
見られる。また、チベット高原、モンゴル付近、黄河流域 (中国北部) には乾燥地
域が広がっている。この乾燥地域の北東側の沿海州 (120∼140 °E, 40∼60 °N を
指すことにする) に若干降水量の多い地域があることも注意しておく。
このときの海面気圧と 850hPa の水平風をそれぞれ色と矢印で示したものが図
1.1(右) である (NCEP/NCAR の再解析データ)。大陸上にはインド、インドシナ半
島、長江流域のインドモンスーンと関係する低気圧が見られ、チベット高原、モ
ンゴル付近、黄河流域の乾燥地域にも低気圧が見られる。太平洋には高気圧が目
立ち、そこから北西に延びるオホーツク海高気圧も確認できる。ハドレー循環の
下降域として太平洋高気圧のような高気圧となってもおかしくない 20∼30 °N 付
近の長江流域、チベット南部、インド北部などでも低気圧となっており、緯度帯
による地域差よりも大陸と海洋のコントラストが非常にはっきりしているのが特
徴的である。風速場では、インドから梅雨前線へ流れるインドモンスーンの南西
風が非常に強く、太平洋高気圧の西側を回る南風も加わり梅雨前線へ多量の水蒸
気がもたらされている様子が見られる。また、モンゴル付近の乾燥地域へは西シ
ベリアから大陸性の北西風が流れ込んでいる。
上層の流れも調べると、インドモンスーン循環の様子など 3 次元的な構造も見
えてくる。図 1.2 は 300hPa の東西風 (色) に南北風 (色線) を重ねて描いている。イ
ンドシナ半島で、下層の南西風が降水域で上昇し、上層で北東風となって南西へ
戻っていく様子が見られる。それより北側では 35 °N の西風ジェットや 65 °N 付
6
図 1.1: 1979 年∼2003 年で平均した 6 月の基本場。左が降水量 [mm/day](CMAP)
で、右が海面気圧 [hPa] の上に 850hPa での風 [m/s] を矢印で重ねて書いたもので
ある (NCEP/NCAR の再解析データ)。
図 1.2: 300hPa の東西風 [m/s](色) と南北風 [m/s](色線)。赤線が南風で青線が北風
である。
7
近の極ジェットが目立ち、その上に南風と北風の波列がはっきりしている。モンゴ
ルでは北風位相となっていて、下層から順圧的に北西風になっていることになる。
準地衡近似で計算される定常ロスビー波の全波数 ks はおおよそ
ks ≈
vÃ
!
u
2 ū
u ∂f
∂
t
− 2 /ū
∂y
∂y
(1.1)
で評価できる (James, 1994 など)。ただし、ū は基本場の東西風である。この基本
場の西風ジェット上では波数 ks ≈ 8.5 で波長は 4700km 程度であり見られる波列の
波長と同程度である。
このような基本場の梅雨期は、7 月下旬に太平洋高気圧が北上して、日本を覆う
ころまで続くことになる。その後の盛夏期 (8 月) の基本場についても簡単に述べ
ておく (図は省略)。インドシナ半島の低気圧域がフィリピンを越えて東へ伸びて、
太平洋高気圧が日本へ北上してくる。これにより、長江流域から日本へ吹き込む
南西風が見られなくなり、梅雨前線のような降水帯は見られなくなる。モンゴル
付近は依然として降水量が少なく、下層は低気圧であり、順圧的な北風が吹き込
んでいる。西風ジェットは 40 °N 付近に北上し若干弱くなる。
インドモンスーンの形成メカニズムは多くの研究者によってまとめられている。
たとえば村上 (2003) はインド洋とアジア大陸に発生する巨大海陸風として説明し、
簡単な数値計算からチベット高原の加熱が陸地での上昇流の強化に重要であるこ
とを述べている。また、Broccoli and Manabe (1992) は山を除いた数値計算ではチ
ベット高原やモンゴル付近に降水があることから、この地域の乾燥化にもチベット
高原が重要であることを示した。チベット高原の加熱については Ueda et al. (2003)
が高層ゾンデ観測データを基く GAME 再解析データから、6 月ごろでは西チベッ
トで非断熱加熱が大きく加熱に働き、東チベットでは比較的弱い冷却に働いてい
るが、7 月になると東チベットも強く加熱に働くことなどを示している。モンゴ
ルや黄河流域の乾燥地域の低気圧については地面加熱の熱的な影響が大きいよう
である (Kato, 1985, 1987)。そのほかにも、オホーツク海高気圧 (Nakamura and
Fukamachi, 2004) や小笠原高気圧 (Enomoto et al., 2003) の形成にロスビー波の伝
播が重要なことが知られている。
近年、この東アジアの気候システムが数十年のスケールでどう変わってきてい
8
るかという研究が増えてきている。安成 (2003) は地上観測や衛星観測によるデー
タを用いて黄河流域で砂漠気候やステップ気候の地域が広がっていることや梅雨
前線上の長江流域で降水量が増えていることを述べている。さらに 1979 年∼2000
年で黄河流域と長江流域において JJA (June, July, August) の降水量変化に対し
て水収支解析 (水蒸気収束は NCEP/NCAR の再解析データ) を行い、黄河流域の
降水量の減少には地面 (海面) からの蒸発量の減少が対応することから、地表面条
件の影響の可能性を指摘し、長江流域の増加には水蒸気収束の増加が対応するこ
とから、太平洋高気圧のフィリピン付近への張り出しをその一因としてあげてい
る。ただし、ここでの蒸発量は降水量と水蒸気収束の差で求めたものであり、現
実の蒸発量変化をどの程度表しているかは分からない。
井上 (2003) では降水量変化と大気場の変化の関係をもう少し詳しく比べている。
中国の地上観測による降水量データを用いて 1960 年∼1999 年の梅雨明けから盛夏
期の降水量を調べ、その中で 7/14∼8/15 の降水量は黄河流域で減少し、梅雨前線
に沿って増加していることを示している。この原因として、Sato and Takahashi
(2001) で示されている最近の梅雨明けの遅れをあげている。これを裏付けるため
に ECMWF の再解析データから気圧場や風速場などの変化を調べている。たとえ
ば、インドモンスーンに伴う西風領域のフィリピン付近への拡大が遅れているこ
と、太平洋高気圧の日本への北上が遅れていること、オホーツク海高気圧が強化
されていることを示している。しかし、具体的にこれらの変化によって、どの程
度の降水量変化が、どのように説明されるのかはっきりしていない。
この研究では、大陸側の低気圧と太平洋の高気圧の兼ね合いで降水がもたらさ
れる、梅雨前線、フィリピン付近、モンゴルなど乾燥地域を中心に、1979 年∼2003
年の 6 月の降水量の変化を大気場の 3 次元的な構造の変化と合わせて解析する。こ
の 25 年間というのは全球平均気温の示す温暖化が顕著な期間である (IPCC, 2001
など)。
2 章は利用したデータの紹介である。3 章で衛星観測データ、地上観測データ、再
解析データに見られる降水量、海面気圧、蒸発量の変化を示す。4 章、5 章、6 章
は再解析データを用いた 3 次元的な大気場の変化の解析である。4 章で水収支解析
9
から、降水量変化への大気場の変化の定量的な影響を調べる。5 章と 6 章では渦度
収支、熱収支解析や線形モデルを用いた応答実験から大気場の変化の形成メカニ
ズムを考察する。大気場の変化を強制に対する応答として解釈したときに、その
強制が何を表すものなのかということを考える。また、東アジアの大気場の変化
は、強制と大気波動の伝播という点からはどのように説明されるのかということ
を調べる。7 章はこの研究のまとめと課題である。定数と変数は付録 A にまとめ
ておく。
10
第 2 章 データ
利用したデータは、NCEP/NCAR (National Centers for Environmental Predic-
tion/National Center for Atmospheric Research) の再解析データ (Kalnay et al.,
1996, Kistler et al., 2001)、衛星観測と地上観測を利用した CMAP (CPC Merged
Analysis of Precipitation) の降水量データ (Xie and Arkin 1995)、地上観測から
の CRU-UEA (Climatic Research Unit of the University of East Anglia) の海面気
圧 (Jones 1987)、衛星観測から調べた J-OFURO (Japanese Ocean Flux data sets
with Use of Remote sensing Observations) の蒸発量、気象庁の降水量データであ
る。利用できたデータの期間、地域、物理量は表 2.1 にまとめた。
データ
期間
地域と分解能
NCEP/NCAR の再解析
1979-2003
全球、2.5 °間隔の格子点データ
降水量、蒸発量、海面気圧、ジオポテンシャル高度、東西風、南北風、鉛直風、気温、比湿
CMAP の降水量
CRU-UEA の海面気圧
J-OFURO の蒸発量
気象庁の降水量
1979-2003
1979-2001
1992-2000
1979-2003
全球、2.5 °間隔の格子点データ
北半球の 15-90 °N 、5 °間隔の格子点データ
海上、1 °間隔の格子点データ
日本 、155 地点
表 2.1: 利用したデータ。
NCEP/NCAR の再解析データは 3 次元的な大気場の力学的な解析のために使
う。このデータは観測データで 4 次元同化した水平分解能 T62(210km 相当) で鉛
直分解能 28 層のスペクトルモデルの計算結果である。実際の観測データとは観測
と計算結果を同化しているという意味で、性質が少し異なるので、3 章で降水量を
CMAP のものと、海面気圧を CRU-UEA のものと、蒸発量を J-OFURO のものと
比較している。Inoue and Matsumoto(2004) では NCEP/NCAR の再解析データは
1960 年∼1978 年のモンゴル付近の海面気圧に他のデータには認められない不自然
11
な増加があることを指摘しているが、ここで対象としているのは 1979 年からであ
り問題はないことを確かめた。利用した物理量は降水量、蒸発量、海面気圧、ジ
オポテンシャル高度、東西風、南北風、鉛直風、気温、比湿である。
また、この研究の物理量は断りのない限り 6 月の月平均のデータを表すことと
する。ただし、水蒸気フラックス qu などの変数を掛け合わせるものは 6 時間間隔
の瞬間値データを使って各時間で qu を計算し、その後に月平均したものである。
12
第 3 章 変化傾向 (偏差)
CMAP の 6 月の降水量データを 1979 年∼2003 年で平均したものが 1 章の図
1.1(左) であった。九州の少し南 (130 °E, 30 °N) で 6 月の降水量の時系列を見たも
のが図 3.1 であり、回帰直線を引くと増加傾向が見られる。この回帰直線上の 2003
年と 1979 年の差を傾向、変化、または偏差と呼ぶことにする。このように定義す
ることにより 1979 年から 2003 年までの平滑化された変化傾向を見ることができ
る。1993 年の降水量は多かったというような特定の年に関する解析はここでは行
わない。
anomaly
図 3.1: 6 月の (130E, 30N) の降水量 [mm/day]。
このように定義した 1979 年∼2003 年の降水量変化を東アジア全体で見たものが
図 3.2 で、左が CMAP の降水量変化であり、右が NCEP/NCAR の再解析データ
である。どちらのデータでも、沿海州の乾燥化、長江流域から日本に及ぶ梅雨前
線に沿う降水量の増加、その南側のフィリピン付近での降水量の減少が見られる。
13
また、図 3.2 の黒線は t-検定の結果、信頼度 95 %以上で統計的に有意な変化を示
す。この 3 地域の降水量変化は統計的に有意な部分を広く含むことが確認できる。
この研究ではこの変化を中心に調べていくことにする。日本のみに関しては気象
庁の地上観測の降水量データを使っても同じような傾向になることを確認した。
図 3.2: CMAP(左) と NCEP/NCAR の再解析データ (右) の 1979 年∼2003 年での
降水量変化 [mm/day]。黒線は 95 %で統計的に有意な変化である。
問題とする気候変化の中で黄河流域の乾燥化と梅雨前線帯の長江流域や日本で
の降水量の増加は、前述のように JJA の研究である安成 (2003) や梅雨明けから盛
夏期の井上 (2003) でも示されている。また、Nitta and Hu (1996) では JJA の地上
観測による降水量データの EOF 解析から、黄河流域で降水量が少なく長江流域で
多いという第一モードを示し、そのパターンの増加傾向を述べている。井上 (2003)
は長江流域や日本の増加と黄河流域の減少の原因として梅雨前線の北上の遅れを
あげている。しかし、6 月のみの平均でもこのような降水量変化は見られ、梅雨前
線自体の活発化も考えられる。また、井上 (2003) は陸上の中国と日本のみしか調
べていないため、6 月で大きい降水量の変化が見られた海上の梅雨前線南側と沿海
州でどうなっていたかは確認できない (中国北東部の比較できる部分では同じよう
な傾向になっている)。チベット高原の南側、インドネシア付近、ロシアの北東の
端は CMAP と再解析で異なった傾向を示しているので、この地域は議論しない。
14
海面気圧が 1979 年∼2001 年でどのように変わったかを図 3.3 に示す。CRU-UEA
の地上観測データを利用できた期間が 1979 年∼2001 年であったので、この期間で
の傾向となっている。左が CRU-UEA で右が再解析データであるが、下に述べる
特徴はどちらでも共通して見られる。フィリピン付近の高気圧偏差は太平洋高気
圧の西側への張り出しを表す。これは安成 (2003) でも述べられている傾向である。
長江流域や日本の低気圧偏差とフィリピン付近の高気圧偏差は梅雨前線帯での降
水量の増加とフィリピン付近での降水量の減少に対応している。降水量が大きく
減っている沿海州には弱い高気圧偏差が見られる。また、シベリア付近の低気圧
偏差や日本の北東の高気圧偏差も比較的強く現れている。この変化には統計的な
有意性も見られる。この傾向は再解析で調べた 2003 年までの傾向ともほとんど変
わらない (図 4.3 参照)。具体的な水循環への影響は 4 章で述べている。
蒸発量の 1992 年∼2000 年の傾向が図 3.4 である。期間が 1992 年∼2000 年となっ
ているのは衛星観測を利用した J-OFURO データを利用できたのがこの期間だっ
たからである。左が J-OFURO の蒸発量変化で、右が再解析データの蒸発量変化
である。どちらでも、太平洋高気圧の位置する (170 °E, 20 °N) 周辺で有意で大き
い蒸発量の増加が見られ、梅雨前線の日本の南側やフィリピンの東西で減少して
いる。陸地での蒸発量データは再解析のみになるが、長江流域での変化はほとん
ど見られず、沿海州では弱い減少傾向である。1979 年∼2003 年の蒸発量変化は 4
章で示し、降水量変化への寄与を述べる。また、図は省略するが SST(海面気温)
は東アジアの海ではほとんど上昇傾向である。一番大きい温度の上昇は (150 °E,
30 °N) あたりで、(170 °E, 20 °N) 周辺は若干温度が高い程度で、蒸発量との対
応は良くない。
15
図 3.3: 1979 年∼2001 年の CRU-UEA(左) と再解析 (右) の海面気圧変化 [hPa] の
比較。黒線は 95 %で統計的に有意な変化である。
図 3.4: 1992 年∼2000 年の J-OFURO(左) と再解析 (右) の蒸発量変化 [mm/day] の
比較。J-OFURO は海上のみ。黒線は 95 %で統計的に有意な変化である。
16
第 4 章 水収支解析
この章では再解析データを使って降水量変化に対する水蒸気収束と地面 (海面)
からの蒸発量の寄与を調べる。水収支解析を
Z
Z
dp
∂q dp
+ 降水量 = − ∇h · (qu) + 蒸発量
∂t g
g
(4.1)
の方程式でおこなう。右辺は、第 1 項の水蒸気フラックスの水平収束を鉛直積分
したものと第 2 項の地面 (海面) からの蒸発量の和として、気柱に入ってくる水蒸
気を表す。その水蒸気が左辺第 1 項の気柱にたまる水蒸気と第 2 項の凝結して気
柱から出て行く降水量となることを表している。月平均場に関しては、気柱にた
まるものは降水量の
1
10
程度なので無視する。また、雲になった水蒸気が風で運ば
れ、他の場所で蒸発するなどの効果も考えない。
図 4.1(左) は基本場に関しての水収支である。地域による蒸発量と水蒸気収束の
寄与の仕方に差があるのでそれぞれを見ていくことにする。インドシナ半島では
全降水量の
1
3
程度寄与を持つ比較的一様な蒸発量に細かい構造を持つ水蒸気収束
が重なっているようである。ITCZ に関しては、分布としても量的にも水蒸気収束
の寄与が大きく、蒸発量は弱い一様な寄与しかない。太平洋高気圧の地域では蒸
発量が大きく、水蒸気収束は負であり周りへの水蒸気の供給として働いているよ
うである。梅雨前線の降水量はほとんど水蒸気収束によるものである。この水蒸
気収束の大きい寄与は図 1.1(左) の風の場からも想像できることである。モンゴル
付近の乾燥地域では蒸発量と水蒸気収束がともに小さくなっている。沿海州の若
干降水量が多い地域には南風が入り込んでいるが、水蒸気収束の寄与はほとんど
なさそうで、蒸発量の寄与が大きくなっている。シベリア付近に関しても蒸発量
の寄与が大きいようである。
図 4.1(右) は偏差場の水収支である。注目している降水量変化について考える。
17
基本場
偏差場
降水量
≈
≈
≈
+
+
+
水蒸気収束
蒸発量
図 4.1: 1979 年∼2003 年の基本場 (左) と偏差場 (右) に関する水収支 [mm/day]。
18
梅雨前線の降水量の増加に対しては水蒸気収束の増加が効いているようである。蒸
発量は減少しているので水蒸気量を減らす方向に働いている。その南側のフィリ
ピン付近の降水量の減少については、水蒸気収束の減少による寄与が大きいよう
である。蒸発量も定性的にはフィリピンの北東などで降水量減少に働く部分もあ
るが、量的には水蒸気収束に比べて少ない。沿海州でも水蒸気収束の減少が大き
くなっている。ただし、この地域では蒸発量の減少も降水量の減少の 15 程度ある。
JJA の降水量変化に関する水収支は前述の安成 (2003) で調べられている。JJA で
は長江流域では水蒸気収束の寄与が大きく、黄河流域では蒸発量の寄与が大きい
ことを述べている。長江流域では 6 月でも水蒸気収束の寄与が大きく同じような
ことになっている。
今まで見てきた水蒸気収束は降水量との比較のため下層から上層まで鉛直積分
したものであった。その水蒸気収束を鉛直積分する前の 110∼140 °E で平均をとっ
た緯度高度断面図が図 4.2 である。5∼20 °N の発散域がフィリピン付近の乾燥化、
その北の 25∼35 °N の収束が梅雨前線の降水量の増加、さらに北の 45∼55 °N の
発散が沿海州の降水量の減少に対応する。下層に水分がたまっていることを反映
し、水蒸気収束はほとんど下層で決まることが分かる。また、水蒸気フラックスの
変化 (qu)0 はほとんど風の変化 u0 と対応することも確認できる (図は省略)。つま
り、この領域の降水量変化はおおむね下層の風の変化で説明できると考えられる。
その下層の風の変化 (850hPa、矢印) を 850hPa 面高度の変化 (色) に重ねて描い
たものが図 4.3 である。850hPa 面高度偏差は図 3.3 の 1979 年∼2001 年の海面気圧
偏差とほとんど同じである。フィリピン付近の高気圧偏差と中国や日本の低気圧
偏差に対応するような梅雨前線への南西風の強化が水蒸気を北へ輸送し、梅雨前
線で降水量が増加し、その南の降水量が減少しているようである。また、沿海州
の降水量減少には、モンゴル付近の高気圧偏差と日本の低気圧偏差に対応する南
向きの地衡風が影響しているようである。まとめると、フィリピン付近の高気圧
偏差、中国や日本の低気圧偏差、モンゴルの東の高気圧偏差が重要であり、その
偏差に対応する地衡風場の偏差が水蒸気輸送の変化をもたらし、降水量の変化と
なっているようである。
19
図 4.2: 水蒸気収束の緯度高度断面。
前述の井上 (2003) は梅雨明けから盛夏期の降水量変化と大気場との関係を調べ、
オホーツク海高気圧の強化や日本の低気圧偏差、フィリピンの高気圧偏差を示し
ている。日本やフィリピンの偏差は 6 月に関しても見られるものである。しかし、
オホーツク海は 6 月ではむしろ低気圧偏差となっている。これは、6 月の降水量変
化はオホーツク海高気圧の強化に伴う季節進行の遅れを反映しているのではない
ことと対応すると思われる。
3 次元的な流れの変化も確認しておく。110∼140 °E で平均した風速偏差場の緯
度高度断面図 (図 4.4) の様子を調べると、降水量の減少と対応して、15 °N 付近に
強い下降流偏差があり、15 °N より南側の下層で北東風偏差、上層で南風偏差と
いう流れになっている。その北側 15 °N から 35 °N 付近までは上層から下層まで
南風偏差であり前線付近で強く上昇している。50 °N の沿海州の北風偏差も下層
から上層で見られるものである。フィリピンや日本付近では高度によって異なる
傾圧的な流れが見られるが、沿海州付近は順圧的な流れになっている。
20
図 4.3: 850hPa 面高度 [m](色) と 850hPa の風 [m/s](矢印) の変化。
図 4.4: 東西風偏差 [m/s](色) に南北風 [m/s] と鉛直流 [hPa/hour](矢印) を重ねた、
110∼140 °E の緯度高度断面図。
21
第 5 章 順圧的な構造
図 5.1: 300hPa 面高度偏差 [m](色) と wave activity flux [m2 /s2 ](矢印)。
前章で降水量変化に対応する気圧偏差とその重要性が明らかになった。この気
圧偏差がどのように形成されているのか調べる。
この気圧偏差は図 5.1 の 300hPa 面高度偏差に見られるように中国の低気圧偏差、
モンゴル付近の高気圧偏差、東シベリアの高気圧偏差、西シベリアの低気圧偏差
など順圧的な部分を多く含む。また、西風ジェット上には図 1.2 で確認した基本場
の波列と同程度の波長の高気圧偏差と低気圧偏差が並ぶ。その波列の位相は半波
長程度ずれていて、地中海東部で高気圧偏差、カスピ海の東側で低気圧偏差、チ
ベット高原で高気圧偏差、中国で低気圧偏差、日本の南で高気圧偏差となってい
る。65 °N の極ジェット上の西シベリア (95 °E 付近) に位置する低気圧偏差と東
シベリア (130 °E 付近) の高気圧偏差は基本場で見た波列と同程度の波長で位相は
一致しているように見える。図 5.1 に重さねている矢印は Takaya and Nakamura
22
(2001) で定義された wave activity flux であり定常ロスビー波の活動度の流れを表
している。シベリアから沿海州、チベット高原から中国、中国から日本などの流
れが見られる。西風ジェット上の地中海からの流れは 70 °E 付近で途切れている
ように見える。
5.1
渦度収支解析
気圧偏差パターンがどのような渦度バランスとして成り立っているかを調べる。
線形の渦度方程式
ξ0
4 0
¯
ū · ∇h ξ + u · ∇h (f + ξ) + ν∇h ξ +
= F
τ
0
0
(5.1)
を 300hPa 面で利用する。ここで Ā は物理量 A の 25 年間平均の基本場、A0 は物
理量 A の 25 年間の変化傾向 (偏差) とする。月平均場の解析では時間変化項は小
0
= 0) で近似している。左辺の第 1 項と第 2 項は渦度移流の線形項
さく定常 ( ∂ξ
∂t
と β 効果を含むもの、第 3 項は渦拡散、第 4 項は damping である。パラメータは
ν = 2 × 1016 [m4 /s]、τ = 4.32 × 105 [s] とする (Simmons et al. 1983 参照)。右辺に
は左辺に含まれない、伸縮項、水平渦度移流の非線形項、傾斜項、鉛直渦度移流
項などが含まれる。
式 5.1 の強制 F がどのようなものかを考える。左辺に気圧偏差に対応する渦度
偏差と基本場を代入すれば実際の変化図 5.1 の偏差を作るような全強制が計算でき
る。図 5.2 がその左辺から計算された強制であり、青が低気圧性循環を作る正の渦
度強制で、赤は高気圧性循環を作る負の渦度強制である。西シベリアの低気圧偏
差、チベット高原や沿海州の高気圧偏差は、(80 °E, 65 °N) を中心とする低気圧
性の強制、その南東の高気圧性の強制に起因するものが移流されて形成される偏
差の可能性が考えられる。また、西風ジェット上の地中海東部から気圧偏差の波列
に対応すると考えられる強制が見られる。ただし、70 °E を境に地中海東部やカ
スピ海南東の西側では強制と気圧偏差の位相が一致し、チベット高原や中国の東
側では位相がずれている。西風ジェット上の東西で東西移流と β 効果の働き方が異
なっている可能性が考えられる。日本の南の高気圧性の強制は梅雨前線で降水量
23
図 5.2: 式 5.1 の左辺から計算された強制 F [10−10 s−2 ]。青は低気圧性、赤は高気圧
性の渦度を作るような強制である。
図 5.3: 再解析データから直接評価した伸縮項と水平渦度移流の非線形項の和
[10−10 s−2 ]。
24
増加に伴う上昇流が上層で発散する効果と対応する。オホーツク海の強い高気圧
性の強制も降水量変化と対応するものであり、その地域の高気圧偏差に影響して
いる可能性は考えられる。それぞれの影響は 5.2 節で調べることにする。
図 5.2 の渦度強制がどのようなものか、伸縮項、傾斜項、鉛直渦度移流項、水平
渦度移流の非線形項の強制への寄与を調べる。この研究では特に非線形項を
A0 B 0 ≡ (AB)0 − ĀB 0 − A0 B̄
(5.2)
で定義し、右辺第 1 項とは区別する。この非線形項は全体の偏差 (AB)0 から A を
平均値で固定し B を変化させたものと B を固定し A を変化させた線形的な偏差を
引いたものである。再解析データから
伸縮項 = −[(f + ξ)(∇h · u)]0
水平渦度移流の非線形項 = −(u0 · ∇h )ξ 0
(
傾斜項 = −
(
1 ∂ cos φω ∂u
∂ω ∂v
−
∂x ∂p cos φ ∂y ∂p
∂ξ
鉛直渦度移流項 = − ω
∂p
(5.3)
)0
(5.4)
(5.5)
)0
(5.6)
を計算し、それぞれの項を直接評価する。傾斜項と鉛直渦度移流項は比較的小さ
く、伸縮項と水平渦度移流の非線形項が大きかった。伸縮項と水平渦度移流の非
線形項の和が図 5.3 で、上で述べた構造を含め、おおむね図 5.2 の強制 F を表現し
ている。このことから、気圧偏差は伸縮項と水平渦度移流の非線形項を主な強制
として、式 5.1 の定常的な応答として現れていると考えることができる。図 5.2 と
図 5.3 があまり一致しない領域では、渦度強制 F を伸縮項と水平渦度移流の非線
形項だけでは説明できないと考えられる。
5.2
地域的な寄与
式 5.1 の線形性を利用して、この強制を地域的に分割し、それぞれがどの程度実
際の気圧偏差 (図 5.1) の形成に寄与しているかを調べる。シベリアとチベット高
原、東アジア、地中海東部の順にそれぞれの地域の強制に対する応答結果を説明
する。
25
シベリアとチベット高原の強制に対する応答が図 5.1 とよく対応するパターンを
示した。図 5.4(左) のようにシベリアとチベット高原の強制を取り出し式 5.1 の右
辺 F とし、左辺の逆演算子を作用させて得られた応答パターンが図 5.4(右) であ
る。シベリア、チベット高原、モンゴル付近、中国には実際の偏差と良く似たパ
ターンが強く現れる。図 5.4(右) の wave activity flux では、シベリアから沿海州
や中国へ、チベット高原から中国へと実際の偏差でも見られる流れが確認できる。
これらから、この応答でも実際の偏差を決めるようなメカニズムが働いている可
能性が示唆される。沿海州の偏差はシベリアで強制された偏差のロスビー波的伝
播として見られ、中国の低気圧偏差はシベリアやチベット高原で強制された偏差
の伝播として見られる。
東アジアのみの強制の図 5.5(左) を与えたときの応答が図 5.5(右) である。沿海
州の高気圧偏差や中国の低気圧偏差が表現されている。しかし、沿海州の偏差は
実際の偏差より少し弱く北西から南東へ延びていて、wave activity flux はほとん
ど見られない。梅雨前線の降水量の増加と対応する強制が日本の南側の強制に寄
与している可能性は考えられる。オホーツク海付近の降水量変化と対応する強制
はその場の高気圧に寄与している。
地中海東部の高気圧偏差を作るような強制からの寄与を調べてみた (図 5.6)。実
際の偏差と同じような波列が西風ジェット上に見られ、中国付近に弱い低気圧偏差
をつくる。また wave activity flux は実際の偏差と同じように 70 °E 付近で途切れ
ているように見える。中国の低気圧偏差へのなんらかの寄与は考えられるが、そ
れがロスビー波の伝播によるものかははっきりしなかった。
まとめると、シベリアから沿海州へ、シベリアとチベット高原から中国への影響
が重要なようである。東アジアにおける局地的な強制もモンゴルや中国の偏差を
作るように働くが、シベリアとチベット高原のものと比べると寄与は小さい。オ
ホーツク海の強制はその場に高気圧に寄与している。地中海の強制からも中国に
弱く影響しているようだが、ロスビー波の伝播によるものかははっきりしない。
26
図 5.4: シベリアとチベット高原のみの強制 [10−10 s−2 ](左) とその応答 (右)。
図 5.5: 東アジアの強制 [10−10 s−2 ](左) とその応答 (右)。
図 5.6: 地中海の強制 [10−10 s−2 ](左) とその応答 (右)。
27
図 5.7: 非線形項 [−(u0 · ∇h )ξ 0 ] のみの強制 [10−10 s−2 ](左) とその応答 (右)。
5.3
水平渦度の非線形項の寄与
前節では、伸縮項や水平渦度移流の非線形項を含む強制を与えていたが、ここで
は水平渦度移流の非線形項の強制のみを与えその効果を調べる。応答は図 5.7(右)
である。この図のみ wave activity flux の矢印のスケールが他の半分の長さで表示
していることを注意する。水平渦度移流の非線形項のみで、西シベリアの低気圧
偏差や沿海州の高気圧偏差が表れ、wave activity flux もシベリアから沿海州など
に流れている。しかし、チベット高原の高気圧偏差が少し東によりすぎているこ
とや日本付近は強い高気圧で覆われてしまうことなど、水平渦度移流の非線形項
だけでは説明できない部分が見られる。その偏差には伸縮項などの他の項の効果
が重要だと思われる。
この水平渦度移流の非線形項のみに対する応答は西シベリアの低気圧やその南
東の高気圧などの強度が非常に強くなっている。これは式 5.1 では伸縮項などを外
部から与えてバランスする式であるのに、与えずに定常解を解いているからだと
考えられる。水平渦度移流の非線形項のみを与えるということは、伸縮項など右
辺に含まれる水平渦度移流の非線形項以外の項をゼロに固定するということにも
なる。本来は伸縮項や傾斜項なども強制に対する応答として変化するはずである
が、左辺の移流、β 効果、拡散、damping のみでバランスするために偏差が大き
くなってしまう可能性が考えられる。これは、非線形項のみで偏差のパターンを
28
定性的に説明できるが、偏差の強度は他の項とのバランスで決まっているという
ことである。
伸縮項のみの効果も調べると、チベット高原に高気圧偏差、西シベリアに高気
圧偏差、沿海州に低気圧偏差などが見られる (図は省略)。チベット高原では伸縮
項が実際の変化 (図 5.1) に寄与すると考えられるが、西シベリアや沿海州では実際
の変化とは逆符号でしか効果しか与えない。
強制がどのようなものかについては 6 章で詳しく調べることにする。
29
第 6 章 傾圧的な構造
順圧を仮定したモデルでは説明できない傾圧的な構造を調べる。たとえば、前
章の伸縮項による強制は非断熱加熱によるところが大きいと思われるが、熱強制
は上昇 (下降) 流をつくり、上層に高 (低) 圧、下層に低 (高) 圧となる傾圧的な効果
を与える。ここでは、熱の効果を直接扱える多層の線形プリミティブモデルを使
い、前章までの伸縮項と非線形項の渦度強制を、非断熱加熱と非線形項の強制と
して扱い、それぞれの影響を調べる。また、上層と下層で逆符号の傾圧的なフィ
リピンの偏差や、下層に中心がある日本の偏差に関しても調べる。
6.1
プリミティブモデル
利用したモデルは最下層を 918hPa、最上層を 113hPa とする鉛直 11 層で水平間
隔 2.5 °の格子点モデルであり、地形は含まない。境界条件は下が固定端、上は自
由端条件である。方程式系は経度方向に x 軸、緯度方向に y 軸に取った球面座標
系の線形のプリミティブ方程式、
∂u0
+ ū · ∇u0 + u0 · ∇ū
∂t
∂Z 0
∂ 2 u0
ūv 0 + u0 v̄
tan φ + g
− νh ∇2h u0 − νv 2 = Fu
−f v 0 −
RE
∂x
∂p
0
∂v
+ ū · ∇v 0 + u0 · ∇v̄
∂t
2ūu0
∂ 2v0
∂Z 0
+f u0 +
tan φ + g
− νh ∇2h v 0 − νv 2 = Fv
RE
∂y
∂p
0
0
RT
∂Z
=−
∂p
pg
0
∂ 2 θ0 θ0
∂θ
0
0
2 0
+ ū · ∇θ + u · ∇θ̄ − νh ∇h θ − νv 2 + = Fθ
∂t
∂p
τ
∂u0 ∂v 0 ∂ω 0
+
+
=0
∂x
∂y
∂p
30
(6.1)
(6.2)
(6.3)
(6.4)
(6.5)
である。各変数や定数の定義は付録 A に示す。水平拡散係数 νh = 105 [m2 /s]、鉛
直拡散係数 νv = 1[m2 /s]、冷却係数 τ = 4.32 × 105 [s] としている。
6.2
非断熱加熱と非線形項による強制
―熱収支解析―
線形プリミティブ方程式系では左辺で計算できない非線形項と非断熱加熱を強
制として考える。上の方程式で
u0 v 0
tan φ
RE
u02
0
0
= −u · ∇v −
tan φ
RE
= −u0 · ∇θ0 + Q0
Fu = −u0 · ∇u0 +
(6.6)
Fv
(6.7)
Fθ
(6.8)
とすることになる。ここでは
−u0 · ∇u0 +
u0 v 0
RE
tan φ, −u0 · ∇v 0 −
u02
RE
tan φ, −u0 · ∇θ0 =⇒ 非線形項
Q0
=⇒ 非断熱加熱
と呼ぶ。非線形項は再解析データから直接計算するが、非断熱加熱は熱力学の式
6.4 で定常状態を仮定して残差として評価した。
図 6.1: 左図が 500hPa での非断熱加熱 Q0 [10−5 K/s]、右図が 110∼140 °E で平均し
た非断熱加熱の緯度高度断面図 [10−5 K/s]。
この非断熱加熱は 500hPa で図 6.1(左) のようになる。これには温位移流 (線形、
非線形を含む) として計算されない、凝結加熱、顕熱、放射などさまざまな加熱や
31
冷却を含むが、降水量が多い地域では降水量変化との対応が良く凝結加熱 (蒸発熱)
の寄与が大きいと思われる。たとえば降水量の増加している梅雨前線上で非断熱
加熱が正であり、降水量が減少しているインドからフィリピン付近の広い範囲で
冷却に働いている。黄河流域や沿海州でも降水量の減少傾向に対して冷却に働い
ているが、強度は比較的弱い。前章の地域的な寄与として重要であった西シベリ
アでは降水量が増加し、加熱に働いている。1 章で述べたようにチベット高原の 6
月の基本場に関しては Ueda et al. (2003) がゾンデ観測から、西チベット高原で非
断熱加熱が強く加熱に働き、東チベットでは弱い冷却に働いていることを示して
いる (再解析データからも確認できる)。この偏差場でもチベット高原は西で加熱、
東で冷却となっているので、それぞれの加熱と冷却が強まっていると考えること
ができる。また図 6.1(右) は、この非断熱加熱の鉛直構造である。フィリピン付近
の冷却や梅雨前線付近の加熱など順圧的な構造が見られる。
もう一つの強制である非線形項は、解析してみると主に短い周期の擾乱がある
ときに値を持つことになる (付録 B)。ここでは、この擾乱を 7 日間移動平均で除去
される周期が 7 日未満の擾乱と周期が 7 日以上の擾乱で分けて、それぞれの効果を
非線形 = ”非線形7− ” + ”非線形7+ ”
(6.9)
と表現することにする。それぞれの水平風移流の非線形項に rotation(∇×) を作用
させた −∇ × [(u0 · ∇)u0 ] を 300hPa で見たものを図 6.2 に示す。これは 5 章の水
平渦度移流の非線形項とほぼ対応する強制であり1 、”非線形 7− ”の図 6.2(左) と”非
線形 7+ ”の図 6.2(右) の和はほとんど図 5.7(左) になる。5 章で調べた西シベリアの
低気圧性の強制とその南東の高気圧性の強制には周期が 7 日未満の擾乱と周期が
7 日以上の擾乱の両方の寄与があるが、構造が少し異なっている。また、温位移流
の非線形項の影響は非断熱加熱と水平風移流の非線形項に比べ小さかった。
1
ここの非線形項は 5 章の水平渦度移流の非線形項の他に、伸縮項、傾斜項、鉛直渦度移流項の
非線形項を含むが、それらは小さい。
32
図 6.2: 300hPa 水平風移流の非線形項の rotation を作用させた −∇ × [(u0 · ∇)u0 ]。
左が周期が 7 日未満の擾乱による非線形項で、右が周期が 7 日以上の擾乱による
もの。赤が高気圧性循環を作るような強制で、青が低気圧性循環を作るような強
制である。
6.3
非断熱加熱と非線形項の効果
―線形プリミティブモデルの応答―
前節で説明した非断熱加熱 Q0 と周期が 7 日未満の擾乱による”非線形 7− ”と周期
が 7 日以上の擾乱による”非線形 7+ ”の効果を線形のプリミティブモデルを使って
調べる。ここでは、基本場を初期状態とし全球の 918hPa∼212hPa で強制を与え
ながら積分し、傾圧不安定がまだ目立たない 5 日目の応答を強制の効果とみなす。
定常ロスビー波の群速度が東西風程度であると考えるれば、5 日間というのは西シ
ベリアやチベットからのロスビー波がある程度は東アジアに伝わる時間であると
考えられる。
他の方法として、5 章と同じように、定常を仮定して強制に左辺の逆演算子を作
用させて調べることも考えられる。しかし、多層のプリミティブモデルでこれを
おこなうと、演算子の行列のサイズが大きすぎ計算が難しい。また、十分に長く
時間発展させた後、30 日間程度の平均で強制に対する応答を調べる方法も考えら
れが、このモデルでは非線形プロセスを含まないため、長時間積分したとき、傾
圧不安定を有限に抑えることができない。
再解析から計算される実際の非断熱加熱、”非線形 7− ”、”非線形 7+ ”の全強制を
与え続けて 5 日目のコントロールランの応答が実際の変化をどの程度説明するか
33
図 6.3: 線形プリミティブモデルでの全強制に対する 5 日目の応答。左図の色が
261hPa 面高度で矢印は wave activity flux であり、右図が 918hPa 面高度 [m] で
ある。
図 6.4: 非断熱加熱に対する応答。左が 261hPa、右が 918hPa。
図 6.5: 周期が 7 日未満の擾乱による”非線形 7− ”に対する応答。左が 261hPa、右
が 918hPa。
34
図 6.6: 周期が 7 日以上の擾乱による”非線形 7+ ”に対する応答。左が 261hPa、右
が 918hPa。
確認してみる。図 6.3 がその応答である。左が 261hPa で右が 918hPa である。比
べる実際の偏差は上層が図 5.1 で下層は図 4.3 である。今まで見てきた西シベリア
の低気圧偏差、モンゴル付近の高気圧偏差、チベット高原の高気圧偏差、中国の
低気圧偏差は上層と下層で似たような構造が見られる。ただし、モンゴル付近の
高気圧偏差は弱く、沿海州では低気圧偏差になってしまっている。この付近の気
圧偏差にはシベリア付近からの影響が重要であることが、5 章の定常的な渦度方程
式の解析から分かっている。5 日間の積分ではシベリア付近からの影響が十分にモ
ンゴルの東側まで及ばないために高気圧偏差が弱くなっている可能性が考えられ
る。西風ジェット上の地中海から 70 °E あたりでは波列の位相がずれている。こ
の地域は 5 章の全渦度強制 (図 5.2) と (伸縮項)+(水平渦度移流の非線形項)(図 5.3)
の一致が悪い場所であり、非断熱加熱と非線形項の強制の応答として偏差場を解
釈できない可能性がある。インド洋の上層の様子もうまく再現できていない。実
際の変化は低気圧偏差なのに対し、応答は高気圧偏差を示している。しかし、細
かい分布を見てみるとどちらも共通してインド洋の西部に偏差の極大があり東で
は比較的低気圧的になっている。つまり、応答はこの地域で実際の偏差より全体
的に高気圧的であるということになる。再解析の実際の気圧偏差は 20 °S∼20 °N
全域の上層で低気圧偏差となっている。非常に大きいスケールで何らかの変化が
あるのだと考えられるが、このモデルの 5 日間の積分ではそれが表現できないた
めにインド洋上層で全体的に高気圧偏差になってしまっていると考える。このイ
35
ンド洋の上層は以下の議論には関連しないので、これ以上の考察はしない。この
コントロールランの結果を踏まえて非断熱加熱、”非線形 7− ”、”非線形 7+ ”の効果
を調べていく。
非断熱加熱 (図 6.1) のみに対する応答が図 6.4 である。左が 261hPa で右が 918hPa
である。チベット高原に強い高気圧偏差ができ中国や日本へ wave activity flux が
伝播している。強制との対応を見てみると強制も西チベット高原から日本へ波列
のようになっているが、応答の位相が
1
4
波長程度東にずれている。これらの強制
で励起されたものが西風で流されていると見ることができる。中国の偏差は順圧
的なものである。
周期が 7 日未満の擾乱からの”非線形 7− ”(図 6.2(左)) のみに対する応答を調べて
みる。図 6.5 がその結果であり、シベリア付近の低気圧偏差やモンゴル付近の高気
圧偏差はこの強制に対する応答として現れる。また中国にも弱い低気圧偏差を作
る。wave activity flux はシベリアから沿海州や中国へと実際の偏差場に対する flux
と同じ向きを向いている。シベリア、モンゴル、中国などの偏差は順圧的である。
周期が 7 日以上の擾乱による”非線形 7+ ”(図 6.2(右)) の応答が図 6.6 である。西
シベリアに低気圧偏差、チベット高原に高気圧偏差、中国に低気圧偏差、日本に
高気圧偏差となっている。wave activity flux はチベット高原から中国、日本へ見
られる。ただし、非断熱加熱のものより矢印は短い。西シベリアからのものはあ
まりはっきりしない。中国の偏差は順圧的である。
それぞれの効果をまとめる。線形なので、この 3 つの応答の図 6.4、図 6.5、図
6.6 を足したものがコントロールランの図 6.3(左) になる。モンゴル東部の順圧的
な高気圧偏差を作るものは”非線形 7− ”のみであった。wave activity flux を見ると
これは西シベリアの低気圧偏差からの影響と見ることができる。5 日目の応答であ
るコントロールランでは沿海州までシベリアの影響が十分に及んでいないようで
あるので、定常的な影響としては他のものが効いてくる可能性も考えられる。中
国の順圧的な低気圧には全ての強制の寄与がある。しかし、非断熱加熱と”非線形
7+ ”の偏差は実際の変化と比べると若干北にずれている。もし、定常的な応答とし
て、”非線形 7− ”の効果が、高気圧偏差の見られる沿海州や低気圧偏差の見られる
36
中国南部で強くなるのであれば、コントロールランの応答が実際の変化に近くなる
ように思える。また、非断熱加熱に対する応答パターンにおいては、wave activity
flux のチベット高原からの伝播が顕著に現れている。チベット高原からの波動の
伝播という点では非断熱加熱が重要だと思われる。
6.4
フィリピンと日本の下層の偏差
下層で高気圧偏差、上層で低気圧偏差を示すフィリピン付近の傾圧的な偏差や、
日本付近の下層に中心を持つ低気圧偏差については上層と同じような順圧的な偏
差として理解できない。非断熱加熱 Q0 、周期が 7 日未満の擾乱による”非線形 7− ”、
と周期が 7 日未満の擾乱による”非線形 7+ ”の下層における応答は図 6.4、図 6.5、
図 6.6 の右図である。
中国や日本には梅雨前線の降水量増加に伴う凝結加熱と対応する加熱への応答
として下層に強い低気圧偏差が現れる。フィリピン付近は降水量減少に対応する
冷却の応答としてフィリピン付近に高気圧偏差が見られる。また、オホーツク海
では降水量の増加に対応する低気圧偏差が見られる。”非線形 7+ ”に対しては、日
本の北の沿海州やオホーツク海に低気圧偏差が現れている。”非線形 7− ”に対する
応答は、日本付近やフィリピン付近に弱い低気圧偏差をつくる程度である。つま
り日本の低気圧には非断熱加熱と”非線形 7+ ”の影響が考えられる。ただし、”非線
形 7+ ”の寄与は北日本で卓越し、特に降水量変化に重要だと思われる日本の南側の
低気圧偏差には非断熱加熱の影響が強いと考えられる。フィリピン付近では非断
熱加熱の効果が大きいようである。”非線形 7− ”は沿海州の高気圧偏差に寄与して
いる。
Nitta (1987) によるとフィリピン付近で対流が活発なときには日本に順圧的な高
気圧偏差が卓越する。このようなパターンは PJ パターンと呼ばれている。問題と
している傾向としての偏差場ではフィリピン付近の対流活動が弱まっている。これ
が、日本に低気圧的な偏差を作る上で何らかの役割を果たしている可能性がある。
図 6.7 は青線で囲った地域のみの非断熱加熱の強制 (図 6.1) に対する 261hPa(左)
と 918hPa(右) の応答である。青線で囲った地域はフィリピンを中心とする実際の
37
高気圧偏差をつくるような地域を選んだ。応答が弱く見づらいので、この図のみ、
色のつけ方のスケールを他の応答の図の 14 倍していることを注意する。図 6.7 の応
答パターンでは、日本の下層に低気圧偏差は見られない。これは Tsuyuki (1989)
が述べている梅雨期には PJ パターンが現れにくいということと関係している可能
性がある。実際、図 6.8 のように基本場を 8 月にしただけの同じ実験の応答は日本
に順圧的な低気圧偏差を作る。しかし、8 月の応答にしても日本の低気圧偏差は上
層に極大を持つ偏差であり、6 月傾向として見られる下層に中心を持つ日本の低気
圧偏差との類似性はあまり見られなかった。
図 6.7: フィリピンの東の強制に対する応答。基本場は 6 月である。左が 261hPa、
右が 918hPa。
図 6.8: フィリピンの東の強制に対する応答。基本場は 8 月である。左が 261hPa、
右が 918hPa。
38
第 7 章 まとめと課題
1979 年∼2003 年の梅雨期 (6 月) における、降水量と大気場の変化を研究した。
特に統計的に有意な変化である、沿海州の降水量の減少、梅雨前線上の中国や日
本の増加、フィリピン付近での減少に注目して解析した。
水収支解析の結果から、この 3 地域の降水量変化には主に水蒸気収束の変化が
対応することが分かった。蒸発量の変化は、沿海州においては降水量変化に多少
寄与すると考えられる。850hPa の気圧場や風速場の変化を調べると、フィリピン
付近に高気圧偏差、中国や日本に低気圧偏差が現れ、この偏差に対応する南西風
偏差が見られる。この南西風偏差が梅雨前線へ水蒸気を運び、梅雨前線上の中国
や日本で降水量が増加し、その南側のフィリピン付近で減少しているようである。
また、沿海州の乾燥化には、その付近の高気圧偏差や日本付近の低気圧偏差に対
応する北風偏差が影響していると考えられる。3 次元的な構造も調べると、モンゴ
ル付近の高気圧偏差や中国の低気圧偏差は順圧的な構造をもち、フィリピン付近
の高気圧偏差や日本付近の低気圧偏差は傾圧的なものであることが分かる。
沿海州や中国の気圧偏差を含む、大気場の変化の順圧的な構造に関して、300hPa
面で線形の渦度方程式を用いて調べた。大気場の変化を渦度強制に対する線形の
応答として解釈した。渦度収支解析から、このときの渦度強制は主に伸縮項と水
平渦度移流の非線形項と考えることができる。さらに、この渦度強制を地域的に
分割しそれぞれ地域の気圧偏差場への寄与を調べた。モンゴルの高気圧偏差には
シベリアの渦度強制からの影響が、中国の低気圧偏差にはシベリアとチベット高
原からの影響がそれぞれ重要だと考えられる。
線形のプリミティブモデルを用いて大気場の変化を傾圧的な構造を含めて調べ
た。プリミティブ方程式系で非断熱加熱と水平風移流や温位移流の非線形項を強
制とみなし、実際の大気場の変化をその全強制に対する線形の応答と考える。熱
39
収支解析から求めた非断熱加熱は、フィリピン付近や梅雨前線上などで降水量の
変化にともなう加熱や冷却と良く対応する。非線形項の強制は周期が 7 日未満の
擾乱による効果”非線形 7− ”と周期が 7 日以上の擾乱による効果”非線形 7+ ”で分け
て考える。非断熱加熱、”非線形 7− ”と、 ”非線形 7+ ”の効果を、それぞれ別にプ
リミティブモデルに与え、その応答として調べた。沿海州の高気圧偏差は”非線形
7− ”の応答として現れ、西シベリアからのロスビー波的な伝播としての影響が示唆
される。中国の低気圧偏差には非断熱加熱、”非線形 7+ ”、”非線形 7− ”の全ての寄
与があり、チベット高原からの偏差の伝播も重要だと思われる。フィリピン付近
の下層の高気圧偏差と日本付近の低気圧偏差には非断熱加熱の影響として現れる。
ただし、このプリミティブモデルの応答では、強制を与え続けて 5 日目の応答が 6
月の月平均の応答 (ほぼ定常解) をある程度説明することを仮定している。今後、5
章で行ったように
∂u
∂t
= 0 などを仮定し、強制に逆演算子を作用させることで、よ
り月平均場を表現すると思われる定常解を確認したい。
モンゴル周辺の高気圧偏差に”非線形 7− ”が重要であると思われるが、これをつ
くる周期が 7 日未満の擾乱がどのようなものか、まだはっきりしていない。基本場
から擾乱場へのエネルギー変換の指標となる v 0 T 0 はシベリア付近 (60∼140 °E,45
∼75 °N) で大きくなっていることは確認できた (図は省略)。しかし、傾圧不安定
の経年的な変化がどの程度この非線形項の強制を説明するのか分からない。また、
フィリピン付近、日本、中国の偏差には非断熱加熱が重要だと思われるが、この
非断熱加熱については降水量変化と対応することが示されたに過ぎない。非断熱
加熱や非線形項をモデル内で計算する、物理過程を含む非線形の気候モデルを用
いて、これらの強制をさらに詳しく調べたい。
今回は 6 月の降水傾向を調べたが、乾燥化や水資源という観点からは夏季全体
の降水量変化が重要となってくる。同じ夏でも梅雨期と盛夏期では基本場が異なっ
てくる。8 月 (CMAP) に関する降水量変化を図 7.1 に示す。長江流域など共通する
部分もあるが、かなり異なったパターンが現れている。ここで論じたメカニズム
がどのように変わり、このような降水量変化が現れるのかにも興味がある。
40
図 7.1: 1979 年∼2003 年の 8 月の降水量変化 [mm/day](CMAP)。
41
付 録A
定数と変数
φ : 緯度
λ : 経度
Ω : 地球の自転角速度 2π/1day
f : コリオリパラメータ = 2Ω sin φ
RE : 地球半径 = 6368[Km]
R : 乾燥空気の気体定数 = 287[JK−1 Kg−1 ]
Cp : 乾燥空気の定圧比熱 = 1004[JK−1 Kg−1 ]
u : 東西風
v : 南北風
ω : 鉛直風
ξ : 相対渦度
Z : ジオポテンシャル高度
T : 気温
Ã
θ : 温位 ≡ T
p0
p
!
R
Cp
, p0 = 1000[hPa]
q : 水蒸気量
Q : 非断熱加熱
x : 球面で経度方向に取る座標軸
y : 球面で緯度方向に取る座標軸
p : 気圧
42
付 録B
非線形項の意味
「A0 B 0 」と書いていたような非線形項がどのような意味を持つものか考える。この
付録に限って
A : 瞬間値
(B.1)
[A] : 月平均
(B.2)
A∗ : 月平均からのずれ
(B.3)
[Ā] : 月平均の 25 年間の平均
(B.4)
[A]0 : 月平均の 25 年間の偏差 (傾向)
(B.5)
と表記する。本文中での非線形項の定義は
0
0
0
非線形項 ≡ [AB] − [Ā][B] − [A] [B̄]
(B.6)
であった。右辺第 1 項は、A = A∗ + [A] と B = B ∗ + [B] の積を取り、月平均を取
り、偏差 (傾向) を求める1 と
[AB]0 = [A∗ B ∗ ]0 + {[A][B]}0
(B.7)
となる。非線形項の定義式 B.6 にこれを代入すれば
0
0
0
非線形項 = [A∗ B ∗ ] + {[A][B]}0 − [Ā][B] − [A] [B̄]
1
25 年間データ (xi , i = 1∼25) の傾向 x0 は (回帰直線の傾きα) × (25 年間) であるが、
P25
α
≡
i=1 (i − ī)(xi −
P25
2
i=1 (i − ī)
x̄)
=
25
X
i=1
と書けるので、
x = y + z ⇒ x0 = y 0 + z 0
である。
43
Ci xi + D
(B.8)
となる。右辺第 1 項は月平均からのずれによる効果で、第 2∼4 項をあわせて月平
均の非線形のようなものである。実際には第 1 項が大きく、第 2∼4 項の寄与はあ
0
まりない。つまり、非線形項 ≈ [A∗ B ∗ ] であり、月平均からのずれが 25 年間でど
う変わったかを表すものである。
非線形項が短い周期の擾乱による効果と分かったが、瞬間値から 7 日間未満の
擾乱を除いた
A7 : 7 日間移動平均
(B.9)
を使って、7 日間未満と以上の周期の擾乱による効果を分離する。
非線形項7+ ≡ [A7 B7 ] − [Ā][B] − [A] [B̄]
0
0
0
(B.10)
非線形項7− ≡ 非線形項 − 非線形項7+
(B.11)
と定義すれば、非線形項7+ は 7 日間移動平均で除去されない周期が 7 日以上の擾
乱の効果で、非線形項7− は除去される周期が 7 日未満の擾乱の効果である。
44
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Western Tropical Pacific on the East Asian Summer Circulation, J. Meteor.
Soc. Japan, 67, 231-247.
48
謝辞
東京大学気候システム研究センター教授の高橋正明先生には忙しい立場にあり
ながら定期的に納得のいくまで議論していただきました。知識と経験が乏しく周
りが見えていない中で、研究テーマを決めて研究を進めていく上で、疑問な点や
不安な点を常に相談することができたのは非常ありがたいことでした。いただい
たコメント、助言、批判は、とても参考になったのはもちろんですが、研究意欲を
掻き立てるものでもありました。
地球環境観測研究センターの佐藤尚毅博士には気圧偏差場の解析方法などさま
ざまなことを教えていただきました。実際にここで行ったものと似た解析を経験し
ている方に助言がいただけたのは解析をスムーズ進める上で非常に助かりました。
そのほかにも周りの多くの方々に支えていただきました。解析に利用した計算
機のことで、小室芳樹博士には多大な面倒をおかけし、多くのことを教えていた
だきました。坂本圭さんは身近な先輩として研究だけでなく生活面にも気を使っ
ていただきました。岩尾航希博士には、研究テーマが近いこともあり、いろいろ
相談させていただきました。高橋洋子さんには研究室のさまざまな面でお世話に
なりました。鈴木健太郎博士、千喜良稔博士、大石龍太さん、小坂洋介さん、井
上知栄さんとの議論は研究の理解を深める上で役立ちました。稲津將博士には流
体力学について教えていただきました。渡邉英嗣さんには 1 年上の先輩の立場か
らいろいろ助言を頂きました。山下陽介くんには計算機のことで手伝っていただ
きました。
皆様に心より感謝を申し上げます。
49
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修士論文