タクソノミーとパートノミーとの混同について∗
Class Is Group メタファーの成立条件
黒田 航
情報通信研究機構 けいはんな研究所
Modified on 04/02/2010; 12/14,21/2008; Created on 2008/08/20
1
はじめに
(2) 任意のクラスには互いに非排他的な二つの定義
の仕方 (外延に基づく定義と内包に基づく定義)
この研究ノートは瀬戸 [6, p. 37] がパートノミー・
がある.
タクソノミー誤謬1) と呼んでいる誤りが成立する基
(3) 定義として見る限り両者は等価であるが,論理
的には別物であり,おそらく認識のタイプも異
なっている:
盤の解明を目的とする (ただしこのノートでは「パー
トノミーとタクソノミーの混同」と呼ぶ (以下,P/T
混同と略す).私は,多くの認知言語学者がタクソノ
ミー (taxonomy) の「身体的基盤」をパートノミー
a. 外延に基づく定義はクラスを事例を入れる
容器に見立てること (Class Is Group メタ
(partonomy) に求めることは,
「見かけのユニフィケー
ション/統合」を提供するものでも単なる事実誤認で
ファー) を許すが,後者はそうではない.
しかないと言う点で,瀬戸 [6] の主張を支持する (実
b. 内包に基づく定義は,クラスを階層の位置
から得られる視界 (view) に見立てること
(Class Is View メタファー) を許すが,後
際,彼の主張は認知言語学の主流に抗うものだという
点で,非常に勇気のある主張である).だが,[6] で問
題の誤謬の成立条件として挙げられている Category
者はそうではない (これは指定が一般性を
Is Container (= Class Is Container) メタファーの役割
については,もう少し掘り下げが必要だと感じた.
私が主張したいことは (1) であり,(2) と (3) がそ
もっていることを have a wide(r) coverage
と言う場合のメタファー表現の基盤になっ
ていると考えられる).
の前提である:
(1) P/T 混同はクラス (=タイプ) の外延に基づく定義
に由来する member-of 関係と内包に基づく定義
に由来する instance-of 関係の混同が原因で起っ
2
2.1
ている.
クラス,グループ,容器
外延と内包によるクラスの定義
2.1.1 外延によってクラスを定義する場合
∗ 以前の題は「タクソノミーとパートニミーとの混同について」
だったが,
「パートニミー」は「パートノミー」の誤りであること
が判明したので,04/02/2010 に訂正した.
1) http://d.hatena.ne.jp/ebikusu/20100131/
1264948002 の指摘から,私がパートノミーとパートニミーを
混同していたことが判明したので,用語を訂正した.以下,同じ
ような訂正を行なった.ブログ「ebikusu の博物誌」の著者に感
謝する.
1
(4) クラス C を外延 (extension) によって定義する
場合,C は (典型的には有限個の) 事例のコレ
クション (collection of instances) { x1 , . . . , xn } =
{ xi } (i = 1, . . . , n) として定義できる.
2.1.2
内包によってクラスを定義する場合
(7)
a. (4) の外延に基づく定義では,外延の集合
は有限集合である必要がある (が,それを
(5) クラス C を内包 (intension) によって定義する場
合,C は素性と素性値の対の有限集合 (finite set
表わす素性の数が有限であることは必ずし
も要求しない).
of attribute-value pairs) として定義できる.
b. (5) の内包に基づく定義では,素性の集合
は有限集合である必要がある (が,それで
2.1.3
集合とコレクションとの使いわけ
表わされる要素の数が有限であることは必
ずしも要求しない).
(5) の定義では「集合」という概念を使い,(4) の
定義では「コレクション」という概念を使った.こ
の使いわけは次の意味で意図的である:2)
(6)
2.2.2 二つの定義の自然なモデル化
a. 集合の構成要素は「互いに等価」であると
見なされる.これに対し,コレクションは
Geometrical/Hierarchical Model/View
等価というより「同質なもの」の集まりで
あり,重複も許す.
b. 従って,コレクションの方が集合より定義
の条件が弱く,より抽象的な構造を表わす.
なお,多くのプログラミング言語では,コレクショ
ンに対応するデータ構造としてリスト (list) という構
造がある.
2.2
二つの定義の関係
外延による定義と内包による定義は互いに非排他
的であり,ヒトの認知科学からわかっている限り,一
Spatial/Container Model/View
方が他方に優先すると言うことも難しい3) .
2.2.1
図 1: 幾何学/階層モデル (内包に基づく定義に対応)
定義の違い
と空間/包含モデル (外延に基づく定義に対応) の対
外延による定義と内包による定義は等価だが,有
応: マジェンタの点が事例を表わす
限性の働く機会が異なる.
図 1 に示したように,
(8)
2) ソフトウェア工学上ではクラスは複数の事例をもつ必要はな
a. クラス C の外延に基づく定義は,空間/包
含モデル (Spatial/Container Model) で自然
い.ただし,これがヒトの認知に関してどんな意味をもつのかは
自明ではない.
3) 人工知能や工学では内包による定義が優先されるが,これは
かなり特定的な記憶のモデル化の産物である.ヒトの記憶が事例
ベースだとすれば,内包ベースのクラスのモデル化がヒトの認知
のパターンを反映している保証はない.
な解釈をもつ.
b. 内 包 に 基 づ く 定 義 は ,指 定 の 強 さ に
基 づ く 幾 何 学/階 層 モ デ ル (Geometri2
cal/Hierarchical Model) で 自 然 な 解 釈 を
b. John Lenon は The Beatles の事例ではない
もつ.
[i.e. instance-of(John Lenon, The Beatles) が
偽]5) .
(8b) で前提になる階層性は,特徴の指定量で定義さ
れる,抽象的な性質である4) .is-a 関係や instance-of
関係が指定の強さの程度によって決まっていること
(4) の定義に使われたコレクションとグループとの
関係は必ずしも自明ではないのだが,それを論じる
は,Formal Concept Analysis (FCA) [1] のような is-a
と不必要に複雑になる可能性があるので,このノー
関係の定式化から明らかである.
トでは議論を割愛する.
3.1.2 「メンバー」や「仲間」のメタファー
P/T 混同の正体
3
3.1
もちろん,(11) のような「メンバー」や「仲間」の
member-of 関係 ̸= instance-of 関係
メタファー用法があることは instance-of と member-
of の同一性の根拠にはならない:
member-of と instance-of という異なる二つの関係
を次のように定義する:
(11)
(9) クラスを C で,C の事例を xi (i = 1, . . . , n) で表
わす時,
a. ナマズは淡水産硬骨魚類のもっとも重要な
メンバーである.
b. エイはサメの仲間である.
a. instance-of(xi , C) は図 1 の上の構造で指定
される階層関係を前提に成立する概念であ
3.2
る (instance-of は is-a 関係の特殊な場合で
二種類の P/T の混同
3.2.1 P/T の混同の定義
ある).
b. member-of(xi , C) は図 1 の下の構造で指定
(9) の定義の下では,
される包含関係を前提にした概念である
(member-of 関係は part-of 関係の特殊な場 (12) P/T の混同とは,member-of 関係と instance-of
関係を混同する誤謬である.
合である).
3.1.1
P/T の混同は,どんなに一般的に,頻繁に見られ
るものだとしても,あくまでも誤謬である.
instance-of と member-of の違い
instance-of(x, y) と member-of(x, y′ ) は共通の対象
x を定義するが,y と y′ は同一ではない.例えば,
(10)
3.2.2 P/T の混同の程度
だが,さらに程度の異なる二種類の P/T の混同を
a. John Lenon は The Beatles というグループ
(is-a コレクション) の一員=メンバー [i.e.,
定義することができる:
member-of(John Lenon(x), The Beatles(y))
(13)
が真] だが,
4) 因みに,図 1 に示した対応は More General Is More Coverage
のような (共変動ベースの) メタファーの成立条件も記述してい
る.もちろん,More Is Up のような共起メタファー (correlational
metaphors) と呼ばれているものは,単なる含意 (implications) の
関係でしかない可能性は高い.
a. 弱い P/T の混同とは (おそらく図 1 の上の
階層構造と下の構成構造の等価性に基づい
て),instance-of (xi , C) の関係と member-of
(xi ,C) の関係を,混同すること,
5) た だ し ,instance-of(John
Beatles(y))]) は真] である.
3
Lenon(x), λz [member-of(z, The
b. 強い P/T の混同とは,図 1 の上の構造を下
成立基盤をもっていることは,すぐに明らかになる.
の構造に還元し,上の構造の自律性を認め
異なる種類のモノを見て子供が,整理のため,似た
ないこと
ものを互いに近くに集める傾向をもつのは本当であ
る.だが,これは似たものを近くに集める能力に対
である.
してグループ化の能力が先行していることを示して
いるのは明白である.ほとんど当たり前のことだと
3.3 Class Is Group の成立基盤
思うのだが,トークンレベルの空間的なグループ化
は,概念レベルのグループ化の前提ではない (実際,
以上の議論が意味をもつためには,Class Is Group
の前提となる member-of 関係の適切な定義が必要で
そうでないなら,ヒトはアリやカラスやヒツジのよ
ある.これが Group の概念を適切に定義することに
うに常に群れていて,個体が近い位置に存在する傾
等しく,その方法は自明とは言えない.少なくとも
向のある事物しか「類似している」と認められない
それは Class Is Container のような概念メタファーを
だろう.これはもちろん,事実にあっていない).こ
もち出せば解決できるものではない.
こで重要なのは,グループ化の条件である類似性の
認識は同一領域に含まれるための条件である ⟨部分空
図 1 の下にある空間上の包含関係を元領域に,上
間内での近接性⟩ を前提にしないということである.
にある階層関係を先領域に取れば,下の構造から上
これが意味していることは,[グループ] の概念と
の構造への写像は Class Is Container メタファーの定
だが,Class Is Container メタファーを使った P/T
[容器] の概念は別の基盤をもっているということで
ある.実際,[容器] 概念と [グループ] 概念の違いを
の混同の説明 [6, p. 37] の効果は,実は見かけだけの
マジメに考えるならば,P/T の混同で本当に成立して
ものである.というのは,member-of 関係の基盤に
いるのは Class Is Group メタファーであって,Class
なっている [{ xi } のグループ] (Group of { xi }) とい
Is Container メタファーではないということは避け難
う概念は純粋に空間的なものではなく,Group の概
い帰結である.
義に一致する.
念は Container の概念には帰着しえないからである.
終わりに
4
3.3.1 Class Is Group と Class Is Container は別の
この研究ノートで私は瀬戸 [6] の「P/T の混同が事
メタファー
実誤認である」という主張を支持し,そのための精
このことは,(10) の例を考えればすぐにわかる:
緻化を行なった.最後の重要な含意を一つ明確にし
The Beatles というバンドの実体であるグループは, て,このノートを終わりにしたい.
⟨要素が同じ領域に含まれる⟩ という空間的性質には
還元できない,抽象的なものである.実際,これと
同じ理由で,[家族] や [仲間] という概念の実体も ⟨同
4.1
じ空間領域に含まれる ⟩ という性質には還元できな
理論とイデオロギー
P/T の混同は認知言語学で広く受入れられている
が,それは望ましくない理論的バイアスでしかない.
い,抽象的なものである.
私は P/T の混同の影響として,次のことを心配する:
3.3.2
Class Is Group と Class Is Container の基盤
(14) 弱い P/T の混同はたわいない誤認だが,強い P/T
の混同は有害なイデオロギーである.
は別
類似性は近接性を前提にしないという条件を考え
れば,Class Is Group が Class Is Container とは別の
4
(15) 認知意味論 [2] は (身体性 (embodiment) やら何
やら,色々なもっともらしい「こじつけ」をしな
がら) 受容者に強い P/T の混同を強要している.
[3] G. Lakoff and M. Johnson. Metaphors We Live By. University of Chicago Press, 1980. [邦訳: 『レトリックと
人生』 (渡部昇一ほか 訳). 大修館.].
[4] G. Lakoff and M. Johnson. The Philosophy in the Flesh.
Basic Books, 1999.
(15) には解説が必要かも知れない: 「見かけはそ
[5] 谷口 一美. 認知意味論の新展開: メタファーとメトニ
れらしいお話」を作ること,
「科学的に妥当な説明」
ミー. 研究社, 2003.
を作ることは,いつも同じであるとは限らない.両 [6] 瀬戸 賢一. メタファーと多義語の記述. In 楠見 孝,
者が可能にするのはどちらも理解であるが,前者は
editor, メタファー研究の最前線, pages 31–61. ひつじ書
房, 東京, 2007.
浅い理解を,後者は深い理解を可能にする.新しい
理解を可能にすることは科学的説明の必要条件だが,
十分条件ではない.
お話と説明を区別する限り,P/T の混同は,([5] の
言うように) 非常に一般的で,頻繁に見受けられる
ものである.だとしても,それはあくまでも誤謬で
ある.それが誤謬である以上,それが言語と思考の
認知科学を正しい方向に導くとは考えられない6) .
言語と思考の認知科学の基礎を築くにはまちがい
なく,member-of 関係と instance-of 関係の区別が必
要である.特に instance-of 関係は,member-of 関係
からの (概念上の) 写像の産物ではなく,それから独
立して,自律的に成立するものであることを理解する
必要がある (後者は Class Is a Group メタファーとい
う形で前者に翻訳可能であるけれど,それは両者が同
一の関係であることは意味しない.翻訳可能であるこ
とは,同一性を保証しない).これは概念メタファー
理論 (Conceptual Metaphor Theory: CMT) [2, 3, 4] の
教義に反するが,事実に反しているわけではない.
参考文献
[1] B. Ganter, G. Stumme, and R. Wille, editors. Formal Concept Analysis: Foundations and Applications.
Springer, Berlin/Heidelberg, 2005.
[2] G. Lakoff. Women, Fire, and Dangerous Things. University of Chicago Press, 1987. [邦訳: 『認知意味論』 (池
上 嘉彦・河上 誓作 訳). 紀伊国屋書店.].
6) ヒトの認識はデフォールトで誤謬に導かれやすい.歴史を見
る限り,ヒトの世の中には,科学が浸透するより,宗教やカルト
が浸透する可能性が方が常に高い.これを事実として認めること
は,科学を進展させる上で必要不可欠である.科学的知識と一般
的知識の乖離の深刻さを見ると,科学はヒトの脳に向いていない
のではないかと思えることもある.日本の人文系の研究のかなり
の部分は,明らかにそこにつけこんでいる.
5
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