SPring-8 線型加速器の現状
花木博文1、安積隆夫、小林利明、鈴木伸介、谷内努、出羽英紀、冨沢宏光、水野明彦、柳田謙一
高輝度光科学研究センター放射光研究所/SPring-8
〒679-5198
兵庫県佐用郡三日月町光都
概要
SPring-8 リニアックでは、リング RF と同期し
て発振する主信号発生回路を導入し、シングルバン
チ入射電流を安定化した。さらに最小のビームエネ
ルギー変動量は、ECS とあわせて 0.01% (rms)にま
で小さくなった。長く使用したカソード部からのグ
リッドエミッションを加速させないために、電子銃
直後にビームデフレクタを入れた。新しい BPM シ
ステムはほぼ完成し、すでに運転に使用し始めた。
RF 電子銃の開発では、レーザーシステムの安定化
および UV レーザーパルス空間形状の一部最適化の
結果、電子ビームエネルギー3.1 MeV、バンチ電荷
量 0.1 nC において、約 π2mm・mrad の規格化エミ
ッタンスを得た。
1-1-1
2.運転状況
現在、シンクロトロンと New SUBARU に入射
されているビームの種類とその質は、表1の通りで
ある。ECS 導入の結果、40 ns ビームはエネルギー
広がりが半分以下に抑制されたため、入射電流値を
以前の7倍に増強することが出来た。また、1 ns/200
mA のビームは、後述するビーム同期 2856 MHz 発
振器の導入と合わせて、短時間エネルギー安定度
0.01% rms を達成した。
表 1: Beam parameters for SPring-8 linac (with ECS)
Event
Synchrotron NewSUBARU
Pulse Width
1 ns
40 ns
1 ns
Repetition
1 pps
1 pps
1 pps
Current
2 A 350 mA
200 mA
dE/E (p-p)
0.62%
1.4%
0.4%
1.はじめに
Energy Stability (rms) 0.02%
−
0.01%
SPring-8 1GeV 線型加速器は、96 年 8 月 1 日に
εn (90%, mm⋅mrad)
<240π
−
<200π
コミッショニングを開始して以来、2002 年 6 月ま
での約 6 年間、大きな故障もなく運転を続けている。
2001 年における総運転時間は、昨年より若干長
97 年の 8GeV 蓄積リング共用開始以来、累計運転
い約 5,500 時間であった。大電力クライストロン変
時間はこの 6 月中旬で約 24,000 時間に達する。ま
調器の 2002 年 6 月末までの累計運転時間は、ヒー
た 98 年 10 月からは、New SUBARU への入射も
ターオン時間で約 39,000 時間、高圧オン時間で約
順調に続けられている。
33,000 時間に達した。幸い、今のところいずれの
リニアックからシンクロトロンへのビーム入射を
クライストロンにもパービアンス低下などは観測さ
より安定化するための改良作業は、98 年から始ま
れていない。
り、5 年目を迎えた。まず当初は、加速 RF の位相
Classification of failures 2001
振幅変動を抑制し、ビームエネルギー変動が小さく
500
なるように各種の改善が行われ、最終的に入射ビー
gun
ム電流の安定度は著しく改善された [1]。続いて、ビ
400
rf
ームエネルギー拡がりをより小さくし、さらには RF
mag
vac
機器不調などを原因とするエネルギー変動を最小限
300
ctrl
に抑えるために、ECS(エネルギー補償システム)
bs
etc
を設置し、昨年4月より運転に使用し始めた。その
200
結果、予定通りビームのエネルギー広がりは縮小さ
れ、入射電流を増強する事が出来た。また長期間に
100
わたりビームエネルギーは安定化されるようになっ
た [2] 。またリニアック制御系も更新され、データベ
0
ースが使用できるようになるなど、制御性が向上し
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
Cycle
た[3]。2001 年度はビームパルスと 2856 MHz RF と
の完全同期化、およびクライストロン励振用増幅器
図1: Linac failure statistics for 2001.
系の高信頼化を図り、2002 年度は主にクライスト
ロンドライブラインの安定化、RF およびビームの
2001 年の運転サイクル毎に、インターロックフ
モニター系を完成させ、これにより当初の安定化計
ォールトの分類を行ったのが図1である。例年のよ
画は今年度をもってほぼ完了の予定である。
うに、RF 系のフォールトが最も多かった。特に第
1
E-mail: [email protected]
3.加速器の改良および安定化
の電子ビームの一部を圧縮してシングルバンチを形
成する。図 3 は、ビーム電流の時間変動を電子銃出
口とバンチャ出口で測定したものである。新しい同
期式参照波発生回路を用いた場合は、ビーム電流が
安定していることがよく分かる。これはビームパル
スと 2856 MHz が同期しているため、ショット毎の
バンチ電荷量がいつも同じだからである。
1
Beam Current (A)
3サイクル以降の RF 系フォールトが目立つが、こ
れは ECS 設置後に ECS 立体回路の真空フォールト
が多発したからである。特に第3サイクルはまだコ
ンディショニングの最中で、特に多い。RF 系の故
障としては、サイラトロン1本を交換し、また変調
器受電部放電回路の焼損があったため全変調器を改
修した。真空系では、能力の低下したイオンポンプ
5 台を交換し、シケインの真空チャンバは真空リー
クを起こしたため、全数を製作し直した。また 2000
年に入れ替えた VME-CPU が相次いで故障したが、
調査の結果放熱が不十分と分かり、CPU まわりに十
分冷却風が流れるように工夫して解決した。
@Buncher
0.6
0.4
Synchronous
2856 MHz
0.2
0
3.1 RF 参照波発生回路
@Gun
0.8
0
Asynchronous
2856 MHz
30
60
90
120
Time (min.)
図 3: Stability of single-bunched beam.
線型加速器電子銃用のガントリガパルスは蓄積リ
ングの 508.58 MHz 基準信号を分周して作られてい 3.2 入射部励振系
る。しかし、線型加速器の 2856 MHz と、蓄積リン
従来は、7 MW クライストロン1本がバンチャ部
グの 508.58 MHz とは整数倍の関係にないため、電
子銃を出たビームパルスは 2856 MHz に非同期であ および 13 本の 80 MW クライストロンを励振して
る。それゆえ例えば 1 ns ビームの場合、バンチ数 い た 。 し か し こ の ク ラ イ ス ト ロ ン 用 の 変 調 器 は
SPring-8 開発初期に製作されたもので今や信頼性
は2または3個とショット毎に変化し、各バンチの
に乏しく、また他の 80 MW クライストロン用変調
電荷量も一定しないため、RF のビームローディン
器とは全く別の物であるため、保守性にも問題があ
グも変動し、結果的にビームエネルギーがショット
った。一方、最上流の 80 MW クライストロンは、
毎に変動してしまう。
この問題を解決するために、2856 MHz をガント バンチャ直後の加速管1本のみに RF 電力を供給し
ているため、出力にかなり余裕を残していた。この
リガに同期させて発振させるという方法が考え出さ
れた。その方法とは、2856 MHz の 32 分周である クライストロンでバンチャ部および残りの 12 本の
89.25 MHz を任意波形発生器にプログラムしておき、80MW クライストロンを励振しても何ら無理がない
ことが明らかになったため、2001 年夏に 7 MW ク
その発振開始の外部トリガとしてガントリガを入力
ライストロンを廃止し、立体回路を一部組み替えて、
する。そしてこの信号を 32 逓倍すれば、ガントリ
[4]
ガに同期した 2856 MHz が得られる仕組みである
。 全てのクライストロンを 80MW 球に統一した。こ
れにより保守性が向上し、バンチャ部 RF 電力も安
実際の回路は図2のように組まれている。89.25
MHz の波形は、あらかじめ 508.58 MHz でサンプ 定となった。
リングされたデータが任意発生器に自動的にプログ
ラムされており、508.25 MHz をデータ読み出しク
ロック、ガントリガをスタート信号として、290 µs
の間発振を続ける。すなわち、連続波ではなくバー
スト波である。この中間信号の位相雑音を最小にす
るため、Q の非常に高いクリスタルフィルタ(バン
ド幅 12 kHz)を通してから 32 逓倍している。
Amp
OSC
2856-MHz
PIN
Mod.
PLL-Stabilized Coaxial Line
Drive Line (70 m)
Booster
Klystron
(Not Used)
Attenuator
Phase Shifter
80-MW Klystron (13 sets)
ECS
Chicane
GUN
Ring Master Oscillator
508.58 MHz
Counter
1 Hz
Prebuncher Buncher H0 Acc H1 Acc
Gun
Trigger
32
M20 Acc
図 4: Diagram of improved RF system.
Start Trigger
Crystal Filter
Arbitrary Waveform
BPF
Generator
±6kHz
Ext.
Clock
89.25 MHz
Programmed
Sin Waves
290 s
M18 Acc
2856 MHz
図 2: Block diagram of RF reference generator.
以下は、この新しい参照波発生回路によるビーム
安定度改善の一例である。線型加速器の電子銃は、
250 ps 幅の電子ビームを生成出来る。バンチャはこ
12 本の 80MW クライストロンを励振するための
ドライブラインは、図 4 に描かれているように長さ
70 mの窒素ガスを充填した導波管である。この導
波管は冷却水などによる温度安定化を行っていない。
導波管終端での位相変動を測定すると最大約 18 度
の変動が観測され、これは明らかにビームエネルギ
ー変動の原因となっている。そこで室温、管内窒素
ガス圧力、RF 位相の変動を同時に計測したところ、
それらには明らかに相関が見られるものの、主たる
原因は明らかにならなかった。
しかし試みに窒素ガス圧力の安定化を行った。そ
の結果位相変動は約1/3に減少したが、現在も調
査を続けているところである[5]。
3.3 ビームデフレクタ
長期間使用した電子銃から放出されるグリッドエ
ミッションは、蓄積リングへのビーム入射の際の不
要なバックグラウンドとなっている。このグリッド
エミッション電流を除去するために、小型のビーム
デフレクタを一昨年試作した。ビームデフレクタは
2枚の平行電極よりなり、高電圧パルスを印加して
グリッドエミッションを横方向に蹴り飛ばす仕組み
である。試験の結果、
1ns の電子ビームだけが約 80%
の透過率で通り抜けてくることが確認された。デフ
レクタ設置によるビームのエミッタンス増加や電流
値の減少を最小限にするため、改めてデフレクタの
小型化およびソレノイドコイルの最適化を行い、
2001 年末に設置した[6]。現在試験中である。
3.4 ビームモニタ
開発を続けていたビーム位置モニタ(BPM)シス
テムは、測定可能な信号強度範囲が 45dB 以上、最
高分解能は 10 µm 程度と、十分な性能を有する事
が確認され [7] 、データ収集系の構築もデータベース
関係を残しほぼ終了した。全 BPM のデータをビー
ムに同期して 60 Hz で読み込むため、VME システ
ムには図のように共有メモリ方式を採用している[8]。
すでにシステムは稼動しており、リニアック運転
者はディスプレイに表示されるビーム軌道を見なが
らステアリング電磁石を操作して、容易に軌道調整
を行うことが出来る。ステアリング電磁石の自動調
整プログラムも作成され、現在試験中である[9]。
2856-MHz
BPF
Module
Detector
ADC
Module
Parallel
-Serial
E/O Module
Optical
Fiber link
VME
BPM
Shared
Memory
EtherNet
Optical
Fiber
Optical
Input
Board
Shared
PC (Linux) Memory
VME
Shared
Memory
Optical
Input
Board
図 5: Block diagram of BPM data acquisition system.
ECS 補償前のビームエネルギーおよびエネルギー
幅の監視のため、ECS 用シケインの中央部に OTR
光によるスクリーンモニタを設置している。このス
クリーンはアルミコートされた薄いカプトンフィル
ムで出来ており、ビームエミッタンスの悪化は無視
できるため、挿入したままでシンクロトロンへのビ
ーム入射が出来る。スクリーン上のビームプロファ
イルは画像処理され、エネルギーの重心とその幅を
連続的に求めてデータベースに取り込めるよう整備
された。その結果、ビームの変化をより早く知るこ
とが出来、また RF などの変動との相関もすぐに見
ることが出切るようになった[10]。
4.RF 電子銃の開発
新しく導入したフォトカソード用レーザーの改良
および調整に努めた結果、ようやく長時間の実験が
可能となった。また、低エミッタンスを実現するた
め、UV レーザーパルス空間形状の最適化を試みて
来たが、マイクロレンズアレイを用いて、鉛直面の
強度分布をほぼシルクハット様に整形できた。さら
にピンホールスリットを併用して、強度分布の平坦
な中央部を切り出し、レーザービームのエネルギー
および位置の安定性を得た。その結果、レーザース
ポット、RF 空胴、輸送系のアライメントも精度よ
く行えるようになった。UV レーザーパルスの時間
軸方向光子分布についてはまだ十分に調整できてい
ないが、電子ビームエネルギー3.1 MeV、バンチ電
荷量 0.1 nC において、約 π2mm・mrad の規格化エ
ミッタンスを達成した[11]。
5.謝辞
RF 基準波の同期発信回路は、蓄積リング RF グ
ループが発案し開発した。またビームモニタのデー
タ収集系は加速器コントロールグループにより構築
された。ここに深く感謝いたします。
参考文献
[1] T. Asaka et al., “Stabilization of the RF System at the
SPring-8 Linac”, to be published in NIM-A.
[2] T. Asaka et al., “Performance of the Energy Compression
System at the SPring-8 Linac”, EPAC2002, Paris.
[3] T. Masuda et al., “Upgrade of Linac Control System with
New VME Controllers at SPring-8”, ICALEPCS 2001, San
Jose, USA.
[4] Y. Kawashima et al., 電子ビーム用線型加速器と円型加
速器間のRFを同期化する新しい方法, 本予稿集.
[5] N. Hirota et al., SPring-8 線型加速器における高周波励
振部の安定化, 本予稿集.
[6] T. Kobayashi et al., ビームデフレクタの開発 (2)
, 本予
稿集.
[7] K. Yanagida et al., “A BPM System for the SPring-8
Linac” , Proc. of the 20th Int. Linac Conf., Monterey USA,
Aug. 2000, pp. 190-192.
[8] T. Masuda et al., “Data Acquisition System with Shared
Memory Network”, ICALEPCS 2001, San Jose, USA.
[9] K. Yanagida et al., SPring-8 線型加速器 BPM を用いた
ビーム位置測定, 本予稿集.
[10] T. Asaka et al., ビーム透過型薄膜スクリーンモニター
の開発, 本予稿集.
[11] H. Tomizawa et al., SPring-8 フォトカソードRF電子
銃における電子ビームの低エミッタンス化, 本予稿集.
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