熊本大学水俣病学術資料調査研究推進室
第5回セミナー
日本人は19世紀にロンドンで起きた有機水銀中毒症をいつ知り得たか
大学は地域社会を知で守るべき責任をどこまで有するか
平成25年2月27日(水)
熊本大学法文棟メディア演習室
入口 紀男
1
本セミナーの内容
1.1906年『東京化学会誌』 第27巻が刊行され、アセトアルデヒドの製造
工程で有機水銀が副生することが国内で周知となる。
2. 遅くとも1927年までに『Chemical News』 第12巻(1865)第13巻(1866)
が国内の図書館に収蔵され、メチル水銀が重篤な障害を起こすこと
(聖バーソロミュー病院中毒事件)が国内で公知となる。
3.1931年、ヘップ論文 「有機水銀化合物並びに有機水銀中毒と金属水
銀中毒の比較について」 Arch. exp. Pathol. Pharmakol. 第23巻(1887)
が熊本医科大学に収蔵され、メチル水銀が中枢神経系に重篤な障害を
起すこと(『聖バーソロミュー病院報告書』を引用)を学生も自由に知り得た。
その後
1908年8月20日(木) 日本窒素肥料株式会社創立
1932年5月7日(土) 日本窒素アセトアルデヒド酢酸製造開始
以上を時系列的に検証する
2
Sir Edward Frankland (1825-1899)
メチル水銀中毒症の発見者 (1865年)
Saint Bartholomew‘s Hospital
(19世紀 ロンドン)
エドワード・フランクランド
聖バーソロミュー医科大学病院教授
1863年 メチル水銀の製造方法を確立
1864年 英国王立研究所教授に就任
1863年(文久3年) 徳川家茂・新撰組・奇兵隊・薩英戦争・ゲティスバーグの戦い(米)
3
William Odling (1829-1921)
メチル水銀中毒症の発見者 (1865年)
ウィリアム・オドゥリング
聖バーソロミュー医科大学病院講師
1864年 メチル水銀の製造実験を引き継ぐ
実験室員3名が重篤なメチル水銀中毒症に陥る
1864年(文久4年・元治1年)
4
カール・ウルリッヒ (Dr. Curl Ulrich) 30歳
1864年11月メチル水銀製造実験を始める
だんだんと両手がしびれるようになる
耳が聞こえ難くなる 眼もよく見えなくなる
動きがにぶくなる
足どりが不安定になる
言葉が不明瞭になる
『聖バーソロミュー病
院報告書』(ロンドン)
第1巻(1865年)
(第1巻、第2巻
全巻PDFをCD配布)
1865年1月中旬
試験管を誤って割り、吸気した
1865年2月3日 激しい症状
マタイ棟に収容
主治医ヘンリー.ジェファーソン
(Henry Jeaffreson 1810-1866)
身体をばたばたさせて叫び声
質問にも答えることができない
尿を失禁しながら昏睡を繰り返す
1865年2月14日 死亡
世界最初のメチル水銀中毒死
1865年(元治2年・慶応1年)
第1巻(1865年) 141-144 頁
5
T. スロウパ (T. Sloper) 23歳
メチル水銀製造実験に2週間従事
その1か月後に発症
よだれを流す
両手両足舌がしびれる
耳が聞こえ難い
眼が見え難い
質問にはゆっくりと不明瞭に答える
歩行困難
1865年3月25日(発症3週間後)
マタイ棟に収容
ものを飲み込めない
話せない
尿と便を失禁する
激しい震え
叫び声をあげる
身体をばたばたさせる
錯乱状態
1866年4月7日 死亡
『聖バーソロミュー病院報告書』(ロンドン)
第1巻 (1865年) 144-150 頁 第2巻 (1866年) 211-212 6頁
Thomas L. Phipson (1833-1904)
トーマス・フィプソン
英国化学会フェロー
ロンドンで起きたメチル水銀中毒証を
「ぞっとするような報告」として詳しく紹介
フランスの一般大衆雑誌 『コスモス』
1865年11月号 548-549頁
専門誌 『化学ニュース』 1865年, 1866年に繰り返し掲載
7
『化学ニュース』 第12巻 第276-277頁1865年12月8
日
(『化学ニュース』 第12巻全巻をCD配布)
『化学ニュース』 パリ特派員 11月30日
聖バーソロミュー病院で起きた中毒事件(1名死亡1名重体)についてフィ
プソンがフランスの雑誌『コスモス』に投稿した。
フィプソンは、フランクランドが故意に行ったと報告する。オドゥリングは、
事件は自らの実験室で起きたと名乗り出る。
8
『化学ニュース』 第12巻 第289-290
頁
1865年12月15日
『コスモス』 とメチル水銀中毒症
The “Cosmos” and the Poisoning by Mercuric Methide
T.フィプソン
聖バーソロミュー病院化学実験室で起きたDr.C.U.とT.
Sの中毒事件は、前任教授であったフランクランドの研究方
針のもとで起きたと述べただけである(釈明)。
9
『化学ニュース』 第12巻 第289-290頁 1865年12月15日
10
『化学ニュース』 第13巻 第7-8頁1866年1月5日
(『化学ニュース』 第13巻全巻をCD配布)
パリの雑誌『コスモス』の聖
バーソロミュー病院で起きたメ
チル水銀中毒症についての
フィプソンの記事が、ドイツで
も幾つかの新聞等に転載され
た。
科学分野の人々だけでなく
一般の人々の間でも、国中で
(throughout Germany)セン
セーション(a very powerful
sensation)を起こしている。
『ベルリン・ニュース』
(Berlinische Nachrichten)で
は、ホフマンが以下のように
寄稿して騒ぎを収めようとして
いる。
11
『化学ニュース』 第13巻 第23頁
1866年1月12日
ホフマンへの回答
T.フィプソン
オドゥリングは「無知 ignorance 」の責任はないが「無
視 negligence 」の責任はあったといえる。
August Wilhelm von Hofmann (1818-1892)
1845-1864 ロンドン王立化学大学教授。1865- ベルリン大学教授。
12
『化学ニュース』 第13巻 第47頁
1866年1月26日
メチル水銀の有毒性について
On the Toxic Properties of Mercuric Methide
T.フィプソン
真に並外れた有毒性(altogether exceptionally poisonous nature)
1866年 (慶応2年) 薩長同盟・寺田屋事件
13
メチル水銀の「真に並外れた有毒性」は周知となったか?
(仏) 『コスモス』(1865) (パリの一般大衆雑誌)
(独) 『ベルリン・ニュース』ほか幾つかの新聞等(1865)
(英) 『化学ニュース』 第12巻(1865) (定期刊行誌)
(英) 『聖バーソロミュー病院報告書』 第1巻(1865) (専門書)
(英) 『化学ニュース』 第13巻(1866) (定期刊行誌)
(英) 『聖バーソロミュー病院報告書』 第2巻(1866) (専門書)
14
東京工業大学附属図書館
大岡山本館 (2012年10月)
『化学ニュース』
15
『化学ニュース』
第11巻 (1865年)
当時化学の唯一の定期刊行誌
東京高等工業学校(蔵前)
附属図書館
1923年関東大震災
(蔵前蔵書全焼)
1927年(昭和2年)購入
(大岡山木造新館)
学生など自由に閲覧
16
『化学ニュース』
第12巻(1865年) 第13巻(1866年)
所蔵公開する図書館
北大附属図書館
産業技術総合研究所つくば中央第6図書室
東京大学附属図書館理学部化学図書室
東京大学附属図書館柏図書館
東京工業大学附属図書館
理化学研究所図書館
東京都立産業技術研究センター図書室
長岡技術科学大学附属図書館
京都大学附属図書館
立命館大学図書館
産業技術総合研究所関西センター図書室
金沢大学附属図書館
関東大震災(1923年)で全焼して再収蔵されたものもあり得る
17
メチル水銀の中枢神経障害に関するその他の重要な文献
(各文献をCD配布)
ヘップ論文 「有機水銀化合物並びに有機水銀中毒と金属水銀中毒の比較について」
P. Hepp, “Ueber Quecksilberaethylverbindungen und ueber das Verhaeltniss der
Quecksilberaethyl- zur Quecksilbervergiftung.” Archive fuer experimentalle
Pathologie und Pharmakologie , 23: 91-128, 1887
原本参照
(所蔵館) 北大 東北大
東大 慶大 慈大 千大
新大 阪大 神大 岡大
長大 熊大
聖バーソロミュー病院報告を引用
中枢神経系(Centralnervensystems)に重篤障害
ツァンガー論文 「水銀中毒の経験」 H. Zangger, “Erfahrungen ueber Quecksilb
ervergiftungen.” Archiv fuer Gewerbepathologie und Gewerbehygiene 1: 539-560,
1930
アセトアルデヒド製造工場
(所蔵館) 北大 札医大 東北大
有機水銀による中枢神経系障害
山形大 東大 千大 東農大
労研 新大 金大 岡大
浅岡美恵1987年京都訴訟甲号証
18
ヘップ論文
「有機水銀化合物並びに有機水銀中
毒と金属水銀の中毒の比較について」
P. Hepp, Archive fuer experimentalle Pathologie
und Pharmakologie , 23: 91-128, 1887
熊本医科大学附属図書館
聖バーソロミュー病院報告引用
中枢神経系重篤障害
昭和6年(1931年)3月30日収蔵
原本参照
中表紙のオモテとウラ
19
「ハンター・ボンフォード・ラッセル論文」(1940年)
(文献PDFをCD配布)
Quart. J. Med. 9: 193-213
1. 1865年の「聖バーソロミュー病院報告」の内容を具体的に引用して紹介
2. 1887年の「ヘップ論文」 の内容を具体的に引用して紹介
3. 1937年にイギリスの種子処理工場で起きたメチル水銀中毒4症例を報告
聖バーソロミュー病院で起きた中毒の症状(symptoms)としている。
原本参照
20
2. 日本人は有機水銀の副生をいつ知り得たか
21
アセトアルデヒド製法の発明
1881年 ミカイル・クチェロフ
ロシア帝国・聖ペテルスブルグ王立森林研究所
クチェロフ自筆画
(文献CD配布)
M. Kutscheroff, “Ueber eine neue Methode direkter Addition von Wasser (Hidratation)
an die Kohlenwasserstoffe der Acetylenereihe, Berichte der deutschen chemischen
Gesellschaft, 14: 1540-1542, 1881
アセチレン C2H2
酸化すると
酢酸 CH3COOH
アセトアルデヒド
CH3COH
沸点 20.2 ℃
硫酸水銀溶液
H2SO4 に Hg を溶かした液
22
「ホフマン・ザンド反応」 (独1900年)
水銀塩は炭素水素鎖化合物(オレフィン)と反応して有機化する
H2C=CH2 + Hg(OCOCH3)2 + ROH → ROCH2CH2HgOCOCH3 +
CH3COOH
K. A. Hofmann & J. Sand, “Über das Verhalten von Mercurisalzen
gegen Olefine.” Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft 33 :
1340–1353, 1900 「水銀塩のオレフィンに対する反応について」
アセチレン C2H2 を硫酸水銀溶液に通すと理論的推定として有機物が副生
23
『Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft』
第33巻(1900年)
「ホフマン・ザンド反応」を所蔵公開する図書館
北大理 北大工 北大農 産総研北海道 東北大附 東北大医
山形大工 筑大 農環研 産総研筑波 産技研 首都大 早大理工
上智大 星薬大 千大附 千大亥 東大教養 東大理 東大薬
東大柏 東工大 慶大医 北里白 日大薬 昭薬大 国衛研 理研
科博 都産技研 群大工 一薬大 神奈県図 横国大 横市大
静大浜 新潟大旭 産総研中部 自機構岡崎 名大 名薬大 名市大
名城大薬 城西大 岐薬大 三重大 京大理 京大医 京大人環
京大薬 京大宇治 京大農 京薬大 京府大 阪大附 阪大理工
阪大生命 阪薬大 大阪府図 産総研関西 近大 金大 和医大
北陸大薬 富大 富山医薬 神大医 神薬大 甲南大 岡大附
岡大鹿田 岡大植研 広大附 広大東 取大 徳文大 九大理
九大農 九大伊都 福岡大 熊大医 熊大薬 佐大 長大附 長大医
24
ニューランド初期論文(米1906年)
『米国化学会誌』第28巻
Julius A. Nieuwland (1878-1976)
アセチレン C2H2 を硫酸水銀溶液に通すと実験的推定として有機物が副生
多くの水銀の酸性溶液にアセチレンを通じて得られる水銀化合物誘
導体は、酸の種類により爆発性を有する。
爆発性をもつことから、有機化合物であろう。 The compound was
explosive and hence was supposed to be a carbide.
(炭素を有する化合物の総称)
J. A. Nieuwland & J. A. Magnire, “Reactions of Acetylene with
Acidified Solutions of Mercury and Silver Salts.”
Journal of American Chemical Society 28 : 1025 – 1031, 1906
(文献CD配布)
25
『Journal of American Chemical Society (米国化学会誌)』
第28巻(1906年)
「ニューランド初期論文」を所蔵公開する図書館
北大工 北大農 北農研 東北大 山形大工 産総研筑波 筑大
宇宙科研 自医大 生物研 東大工 東大農 東大生研 東大柏
東工大 理研 慶大理 早大理工 明大 上智大 日大薬 星薬大
北里大 東海大湘南 新潟大附 新潟大旭 鶴見大 神奈県立図
群大工 静大浜 一薬大 自機構岡崎 名大 名市大 岐阜薬大
産総研中部 城西大 富山医薬大 京大医 京大農 京薬大
阪大附 阪府大 阪教大 阪市工研 北陸大薬 近大附 近大医
近大産 摂大枚 神院大 岡大鹿田 岡大植研 広大 岡理大
文徳大 取大 山口大工 九大附 九大伊都 福岡大 熊大 琉大
26
『東京化学会誌』
第27巻第7号
1906年7月28日発行
ニューランド初期論文
『米国化学会誌』第28巻
(1906)
抄録として日本語で紹介
(文献CD配布)
27
28
越智主一郎 小野澤與一
「アセチレンよりアセトアル
デヒドの製造に就て」
工業化学雑誌
第23巻 935-954頁
1920年
(文献CD配布)
「副生する白色沈殿は
SO4(HgO)2HgC2H4O
の組成を有すと称せらる」
浅岡美恵1987年京都訴訟甲号証
29
J.A.ニューランド
『米国化学会誌』
第43巻第7号
2071-2081頁
(1921年)
有機水銀の生成は
製造反応に関与す
(文献CD配布)
“It was found, however, that in these solutions the mercury did not
long remain in the form of the sulfate but was converted to an
organic compound, and this compound acted as the catalyst.”
30
『Journal of American Chemical Society (米国化学会誌)』
第43巻(1921年)
所蔵公開する図書館
北大附 北大工 北大水 北大農 北農研 札医大 産総研北海道 室工大
東北大 山形大附 山形大工 福島医大 産総研筑波 筑大 宇宙科研
森林総研 酒総研 国衛研 自医大 生物研 農水情セ 東大工 東大薬
東大理 東大農 東大生研 東大柏 一橋大 東理大 東工大附
東工大すずかけ 理研 海洋大 首都大 慶大理 慶大医 慶大薬 昭薬大
明薬大 早大理工 明大 日大薬 星薬大 北里白 東海大湘南 日大生命
神奈工大 新潟大附 新潟大旭 長岡技大 鶴見大 神奈県図 群大工
信大工 信大繊 静県大 静大附 静大浜 一薬大 豊橋技大 自機構岡崎
名大 名市大 名工大 名市大田辺 岐阜薬大 三重大 産総研中部 城西大
富山医薬大 富山高専 京大医 京大理 京大農 京大薬 京大宇治 京薬大
同大 阪大附 阪大理工 阪大生命 阪府大 阪教大 阪市工研 金大
北陸大薬 近大附 近大医 近大産 関西院大 甲南大 武庫女薬 摂大枚
和大 神院大 岡大鹿田 岡大植研 広大 岡理大 文徳大 取大 徳大
高大 高県大 山口大工 九大附 九大伊都 九工大 福岡大 西日工大
佐大 長大 熊大附 熊大工 崇城大 宮大 鹿大 琉大
31
米国化学会誌第43巻
(1921年)
熊大附属図書館
1930年12月6日収蔵
32
『工業化学雑誌』
第25巻第980-981頁(1922年)
R. R. Vogt & J. A. Nieuwland,
J. Amer. Chem. Soc.
43: 2071-2081
抄録(邦訳)
「水銀塩は直ちに還元せら
れ有機化合物となり此の
者の接觸作用により反応
は進行す」
(文献CD配布)
33
1958年の歴史認識
1908年 日本窒素肥料株式会社創立
1932年 日本窒素アセトアルデヒド製造開始
1937年 イギリスでハンター・ラッセル中毒事件
1956年 水俣病公式確認
34
1987年の歴史認識
1908年 日本窒素肥料株式会社創立
1920年 越智論文(有機水銀副生) 浅岡美恵京都訴訟甲号証
1930年 ツァンガー論文(アセトアルデヒド製造・中枢神経系障害)
浅岡美恵京都訴訟甲号証
1932年 日本窒素アセトアルデヒド製造開始
1937年 イギリスでハンター・ラッセル中毒事件
1956年 水俣病公式確認
35
以下の赤字の事実を本セミナーで初めて紹介した
1900年
1906年
1906年
1908年
1920年
1922年
1927年
「ホフマン・ザンド反応」(有機水銀副生)
ニューランド論文『米国化学会誌』第28巻(有機水銀副生)
『東京化学会誌』 第27巻(ニューランド有機水銀副生を紹介)
日本窒素肥料株式会社創立
越智論文(有機水銀副生) 浅岡美恵京都訴訟甲号証
『工業化学雑誌』第25巻(ニューランド有機水銀生成を紹介)
までに 『Chemical News』 第12巻(1865)第13巻(1866)
国内収蔵 (聖バーソロミュー病院事件)
1930年 熊本医専『米国化学会誌』第43巻(有機水銀生成)収蔵
1930年 ツァンガー論文(アセトアルデヒド製造・中枢神経系障害)
浅岡美恵京都訴訟甲号証
1931年 熊本医科大学 「ヘップ論文」(1887)収蔵
(中枢神経重篤障害、『聖バーソロミュー病院報告書』を引用)
1932年 日本窒素アセトアルデヒド製造開始
1937年 イギリスでハンター・ラッセル中毒事件
1956年 水俣病公式確認
36
3.大学は地域社会を知で守るべき責任をどこまで有するか
37
チューリヒ大学 1916年
ヨーロッパでは、1916年にコンソルティウム社(後のワッカーケミー社)
がブルクハウゼンの森で世界最初にアセトアルデヒドの生産を始めた。
チューリヒ大学のツァンガー教授は、直ちに従業員に有機水銀による
中枢神経系障害が出ていることをその1916年に見出した。従業員はス
ラッジに触れて発症していた(1930年ツァンガー論文)。スラッジは近く
のツァルツァハ川に流されることはなく、地中に埋められた。
ツァンガー教授は廃液の化学分析を行った
訳でない。20年後にイギリスで起きる
「ハンター・ボンフォード・ラッセルの論文」
のことも知らなかった。当時は『聖バーソ
ロミュー病院報告書』(1865‐1866年)、
「ヘップ論文」(1887年)、「ホフマン・
ザンド反応」(1900年)、「ニューランド
初期論文」(1906年)等の文献しかなく、
それらを根拠にしたものと推定される。
Heinrich Zangger (1874-1957)
ハインリヒ・ツァンガー
38
結語
1. 1906年までにニューランド初期論文『米国化学会誌』 第28巻
と
『東京化学会誌』 第27巻により、アセトアルデヒドの製造工
程
で有機水銀が副生することが国内で周知となった。
日本窒素の創立はその2年後(1908年)である。
2. 遅くとも1927年迄に 『Chemical News』 第12巻(1865)
第13巻
(1866)が国内の図書館に収蔵され、メチル水銀の重篤障害
(聖バーソロミュー病院中毒事件)が国内公知となった。
3.
1930年に熊本薬専にニューランドの『米国化学会誌』第43巻
(有機水銀生成)が所蔵された。もっとも『工業化学雑誌』第
25
巻(1922年)によりその内容はすでに国内で周知となってい
た。
39
5. 1931年に熊本医科大学がヘップ論文「有機水銀化合物並びに
有機水銀中毒と金属水銀中毒の比較」(1887年)を収蔵したとき、
40
ダウンロード

『化学ニュース』 第12巻(1865年)