障害者として・理事長として・母として
2014年11月19日(水)
NPO法人 自立生活センター・立川
理事長 奥山 葉月
自己紹介
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生年月日 昭和○×年8月24日 乙女座
血液型 O型
住所 立川市錦町のマンション
家族 夫・超かわいい5歳の息子
身長 110㎝
体重 28キロくらい
性格 一見明るく前向きだが,実はすごくネガティブ
(夫はうらやましくらいのポジティブです)
2014年9月 ハワイ①
2014年9月 ハワイ②
2014年9月 ハワイ③
私の障害について
先天性骨形成不全症
(2万人に一人の割合らしい・・・)
簡単に言うと骨が弱い病気。
体の成長にも障害があるため,小さい。
骨折や手術はこれまでに数えきれない。
最近,二次障害で難聴が進んでいる。
小学校・中学校のころ
愛知県 地域の学校にいたが・・・
みんなと違いことは嫌だった。
自分だけできないのが嫌だった。
不便さから「障害」を感じていた。
高校のころ
県立高校から拒否されることで「差別」を経
験した。「障害者」であると身をもって感じる。
はじめて養護学校に行き,環境的に「自由」
をはじめて感じた。
しかし,その反面,地域から「排除」された
気持ちになった。
大学のころ
ぎりぎりで滑り止めだった大学に入学。それまで,
親が付きっ切りだった。その反動か?
・車の免許を取り,自分で通学(片道25キロ)
・友だちの家を泊まりあるき、帰宅せず
・サークルばかり
・バイトも経験
・教員免許など取れる資格はだいたい取った
私の職歴
22~25歳:重症心身障害者・児
ス 指導員 職員 2年半
デイサービ
25~26歳:移動入浴サービス
コーディネイター補助職員 1年
26~29歳会社員
画像処理,OA担当 1年半
自立生活センター 立川
理事長,相談員,ピア・カウンセラー 15年
29歳~NPO法人
障害者として
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幼少期、学齢期、学生期、社会人のときの自分
がどのように障害を感じていたのか
社会を変えていく自立生活センターとの出会い、
障害のある先輩たちとの出会い
identity(アイデンティティー)
障害のある自分しかできない仕事
結婚 2006年
妊娠30週目
31週1日 2009年9月1日 出産(1696グラム)
NICUで1ヶ月お世話になりました
結婚、妊娠、出産をふりかえる
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交際期間、夫の父からの反対
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結婚後、妊娠について激怒する実母
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子どもを産み、育てることへの考えの変化
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子どもを持って変ったこと
我が家の事情
私の生活について
生活に必要なもの・こと
車いす(電動),両杖での歩行など
その場に合わせて使用し,生活している。
手アクセル,手ブレーキなど運転補助装置
を付けた自動車を運転。
補聴器で難聴をカバーしている。
家事と育児にヘルパーを利用。
欠かせないもの①
電動立ち上がり補助椅子 ベラ
欠かせないもの② 電動車いす
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クイッキー P200
早い、俊敏、バッテリーが強い
サスペンションが悪い
インバーケアー
電動上下昇降、手動チルト、電動リクライニン
グ(後付)、自転車用チャイルドシート装着(後
付)
速度が出ない、バッテリーが弱い
自立生活センターとは
自立生活センター (Center for Independent Living
略して C.I.L)とは運営や各種のサービスを「障害者」
みずからが中心となっておこなっていること。
これは「障害者」にとって何が必要かということを一番
知っているのは「障害者」自身であると考えるからです。
アメリカでは1970年代に起こった自立生活運動の拠
点として自立生活センターは誕生しました。
この流れを受けて、日本でも全国各地に自立生活セン
ターができています。
DVD「人生を変える 社会を変える
自立生活運動の歴史と役割」①
•
「自立生活センターとは」(DVD 2:57~)
•
「自立生活センターのサービス」
(DVD ~8:10)
CIL・ピアカンとの出会い
「大人として認めらえること」「一人暮らし」「結婚」「出産」「育
児」自分はできないと思っていた。思わされてた。言葉に
するのもためらうくらいだった。
昔の自分が今の私を見たら、どうおもうだろう。きっと信じ
れられないのでは?
実際に20代のとき、娘さんを出産したばかりの安積遊歩さ
んにはじめてお会いして、「この人だからできるんだ」と思
っていた。
今は、障害者に生まれて、本当によかったと感じて、毎日
、過ごしている。
DVD「人生を変える 社会を変える
自立生活運動の歴史と役割」②
•
「自立生活運動の歴史」
(DVD 1:25~17:57)
新田勲さん 2013年1月3日死去
これまで行なっていただいた運動に感謝
でいっぱいです。ご冥福をお祈りします。
介護保障の歴史①
介護人派遣事業
1974年 1回1750円 月4回 計7000円
1985年 1回3810円 月11回 計41910円
*自治体によって格差あり。
1995年 1回7020年 月31回 計217620円
(東京都基準額)
介護保障の歴史②
生活保護他人介護料
1975年 18000円(一般基準)
48000円(特別基準)
1985年 35800円(一般基準)
96000円(特別基準)
1995年 70050円(一般基準)
180700円(特別基準・東京都)
介護保障の歴史③
家庭奉仕員派遣事業→ホームヘルプ事業
1975年 1回2時間ほど 週2回
1985年 週18時間以内
1995年
・都内A市 週66時間(市の独自制度44時間含む,毎日
12時間) 1850円/時間
・B市 週84時間(毎日12時間) 1367円/時間
・C市 週84時間(毎日12時間) 1330円/時間(9時~17
時) 1627円/時間(他4時間分)
NPO自立生活センター・立川
1991年4月(これ以前も活動していがが、任意での運動団体)発足
立川駅にエレベーターを設置する運動や介護保障運動を行いなが
ら、ピア・カウンセリング、自立生活プログラム介助派遣や移送サー
ビスなどのサービス提供も行なっていった。
1996年 障害者生活支援事業
2001年 障害者就労支援事業
地域活動支援センター
2012年 指定特定相談支援事業
指定一般相談支援事業
その他、東京都からの補助事業も受託し、障害者が地域で暮らし
続けることにこだわって活動を続けている。
参考資料
パンフレット
通信
立川でもやってきたこと
施設から地域へ(運動体)
障害者が入所施設から出て、地域で生活するため
に、必要なものを社会や行政へ訴えていく
・移動の権利/公共交通
・所得保障
・介護保障
・福祉機器
・地域に住む権利/住宅環境の整備
・地域に住む権利/まちづくり などなど
施設から地域へ(事業体)
障害者が入所施設から出て、地域で生活するため
に、必要なものを先駆的に作り出し、サービス提供
していく
・ピア カウンセリング
・自立生活プログラム
・相談支援事業
・介助サービス
・緊急介助システム
・移送サービス
などなど
1980年代~1990年代初旬
運動体として、活動を大きく展開
→エレベーター運動
→JR交渉
→行政交渉(介護保障)
→入所施設訪問
→地域の障害者、親への働きかけ
→全国規模の大会開催
1990年代
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CIL・介助派遣を古くから現在に至るまでご利用されてい
る、みなさんが自立生活プログラムを経て、施設を出て、
立川での地域生活をスタート
CIL立川創設者 高橋修が全国的に活動していたため、
彼を慕って、また彼の話を聞いて立川はすばらしく制度
も進み、サービスもあると様々な地域から転居希望者が
現れる
事業体としても認められ、CIL・介助派遣の事業規模が
大きくなる
自立生活プログラムの一例
①自己紹介、目標設定+自立生活センターって?
②障がいってなに?+自分の障がいを知ろう
③介助者との関係作り+介助者の使い方
④介助者を使って料理を作ろう!
⑤介助者の使い方掃除・洗濯のやり方
⑥自立生活運動の歴史+お家見学
⑦ひと月に使えるお金+自分の使える制度
⑧お出かけしよう!
⑨今思っていること
⑩わたしの家族
⑪反省と感想
知的障害のある仲間への支援
自立生活センターの理念のひとつ
「障害種別を問わず、サービスを提供する」
←これまで自分たちが社会から疎外されていたの
で、どんな障害でもどんなに重度の人でも仲間とし
て、繋がり合おう、協力をし合おう、ともに地域社
会で暮らそうという思いから
行ってきたこと(1996~2004)
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介助派遣(制度のない時代から)
調査研修(当事者や親へのヒアリング)
当事者活動支援
当事者をエンパワメントするイベント
周囲への理解を目的とした啓発イベント
制度利用のためのサポート
当事者によるプログラム提供
当事者による情報発信
当事者へのピアカウンセリング
などなど
2000年代
CIL・介助派遣それぞれの事業規模が拡大し、
施設への働きかけなど運動体としての活動が縮
小
 家族からの自立生活希望者が数名が現る
しかし、ある意味、施設からの移行希望者よりも
決断に揺れある。文句はあるけど、今の生活で我
慢できないこともないから?数名のみ生活スタート
 知的障害者の単身生活支援が実現(介助+
CIL)
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2010年代
息子の障害悩んだ末に 殺人容疑の母、支援団体
にも相談
東京都立川市で今月、4歳の長男を殺したとして殺人容疑で逮捕された母親。以前から長男の発達
障害に悩んでいたことが警視庁立川署の調べで分かった。相談を受けていた友人らは「子どもがかわ
いそう」「周囲の見えない壁があったのかも」と悔やむ。
逮捕されたのはS容疑者(35)。今月12日午後1時ごろ、自宅でひも状の布を使い、長男の首を絞
めて殺害した疑いが持たれている。翌朝、会社員の夫(36)から110番通報があった。容疑者の精神
的動揺は大きく、東京地検立川支部は28日、鑑定留置を決めた。4月中旬までの間、責任能力の有
無を調べる方針だ。
「あの人だ」 発達につまずきがある子やその母親を支援する「かたつむりの会」(東京都八王子市)
の代表、は事件を知り、1年半前のできごとを思い出した。立川市で開かれた学習会の自己紹介の場
で、順番が来る前に泣き出し、椅子から崩れ落ちそうになった女性がいた。それがS容疑者だった。慌
てて廊下に連れ出し、ぽつぽつ語り始めた言葉に耳を傾けた。「子供の障害を受け入れられない」「つ
らいと思う自分が嫌だ。パパが話を聞いてくれるからいいけど」。そして、自ら言い聞かせるように繰り
返していた。
「明るい、前向きなお母さんになりたい」 立川市によると、T君は1歳半検診で発達障害と診断された
。S容疑者はトイレトレーニングがうまくいかない、集団生活に不安がある、と市に相談していた。
S容疑者は夫と長女(6)、長男の4人暮らしだった。犯行当日の午前、いつもの時間に登園しないた
め、保育園が電話したところ、長女が風邪なので隆正君も休ませると答えたという。逮捕後の調べに、
「数日前から、この子は1人になったら生活できないと思うようになった」と供述しているという。
長男は保育園で、部屋から飛び出すなど落ち着きのない時もあった。それでも、お菓子を友達にあ
げたり、以前よりも話せる言葉が増えたりしていた。
保育園の保護者や支援グループのメンバーは、S容疑者が保育士らの話に、うなずきながら聴き入
る姿が記憶に残っている。周囲に S容疑者の夫は取材に対し、「まだ混乱している。頑張るしかない」
と言葉少なに話した。
(朝日新聞2011年1月30日より抜粋)
4歳障害児 衰弱死 母病死 1人で食事できず
東京都立川市の中心部にあるマンションで今月中旬、死後約二カ月が過ぎた成人女性と男児の遺体
が見つかった。
警視庁立川署によると、遺体は二人暮らしの無職の母親(45)と知的障害のある息子(4つ)とみら
れ、母親がくも膜下出血で死亡した後、息子が何も食べられず、助けも呼べず、衰弱死した可能性が
高い。
現場のマンションがあるのは立川市羽衣町一で、JR立川駅南口の東約一キロ。立川署によると、署
員が母子を発見したのは今月十三日。
母子の部屋のガスがしばらく使われていないと、ガス会社が契約者である母親の親族に連絡したこ
とが発端だった。
親族の通報を受けた署員が部屋に入ると、母親はリビングの床の上に倒れ、息子は近くのソファの
上で横たわっていた。
司法解剖の結果、ともに死後約二カ月が過ぎ、母親の死因は、くも膜下出血だったことが判明。
息子の死因は特定されていないが、胃の中が空っぽで脱水症状を起こしていた。
体重は四歳六カ月の男児の平均約一七キロを下回る九キロだった。
母親の親族は「息子は話ができず、一人で食事もできなかった」と説明しているという。
室内の机の上には未開封の弁当があり、冷蔵庫にも食べ物や飲み物が残されていた。マンションが
一昨年春に新築された際、母子も入居した。
立川署などによると、間取りは1LDKで、家賃は十万円弱。
(東京新聞2012年2月23日より抜粋)
染色体異常、97%が中絶=1年で7700人受診、陽
性1.8%―新出生前診断
妊婦の血液から胎児のダウン症などの染色体異常を調べる新型出生前診断が昨年4月に導入され
てから1年間のデータを、検査を行う病院でつくる研究チームが27日発表した。検査を受けた7740人
中、142人(1.8%)が染色体異常の疑いがある陽性と判定され、113人が羊水検査などで確定。うち
97%に当たる110人が人工妊娠中絶を選んだ。
残る3人のうち2人は流産した。他1人はダウン症と分かったが、出産を決め妊娠を続けている。
中絶率は海外での報告をやや上回った。チームは「検査を受ける人がまだ少なく、問題があれば中
絶しようと考えている人が受けた結果ではないか」と分析。障害者を支える社会福祉制度の少なさが
出産したいという考えを妨げないよう、制度の充実も必要だとした。
昭和大の関沢明彦教授は「妊婦は悩んで、やむを得ず中絶を決めている。安易に考えているのでは
ない」と話した。
妊婦は平均38.3歳。検査を受けた理由は、高齢妊娠が95%を占めた。確定した染色体異常の内
訳はダウン症が70人、重い心疾患や発達の遅れを伴う「18トリソミー」が34人、「13トリソミー」が9人。
陽性判定を受けたが実際には異常がなかった人は13人いた。陽性と判定された人が実際にダウン
症だった確率は約95%。他の2種類の染色体異常では約80%だった。一方で検査結果は陰性だった
が、この検査では分からない心奇形や水頭症などが後に判明した人は4%。妊婦の年齢から考えれ
ば通常の割合だという。
2014年6月27日(金)18時42分配信
都外施設とは
障害者の都外施設は青森や長野、岐阜など14
県に40カ所あり、東京都から約2500人が入る。
土地の値段が高い都内では施設用地を確保しにく
いため、1960年代後半から地方につくられるよう
になった。
【調査対象】東京都社会福祉協議会・知的発達障害部会に所属する知的障害者入所施
設
【調査期日】平成25 年12 月20 日~平成26 年1 月31 日
【回答数】100 施設中70 施設(回答率70%)
都内施設57 か所中37 か所、都外施設43 か所中33 か所
【 1;施設利用者の男女比 】
○ 施設利用者の男女比は、都内56:44、都外63:37 と男性が多い。
東京都の知的障害者入所施設における高齢・虚弱化・医療的ケアの実態等に関するア
ンケート調査結果(概要)より抜粋
社会は変わらないのでしょう?
社会を変えるためには、
なにが必要だと思いますか?
なにができるでしょうか?
なにをすべきでしょうか?
課題と感じていること①
計画相談を行っていくうちに施設入所している方で地域生
活が可能ではないかと思われる方と出会う
→計画相談は施設入所者は一年に一回の計
画作成(案の作成を含むと2回の面談のみ)
→本当の気持ちが聞けない、将来の生活に
ついての選択肢についても提案できない
*施設訪問や個別での面談がもっと必要
*地域に遊びに来るための介助が必要
*地域生活を体験するための介助が必要
課題と感じていること②
地域で暮らしてきたけど、立川でとっても恵まれち
ゃってから、それなりに障害があってもやってこれ
ちゃった、自己決定の機会が失われたまま大人に
なっちゃった(またはなりそう)
→本人も家族も困ってない
*子どものときから体験を積む場所(自立生
活プログラム)の提供
*子どものときから親ではない介助が必要
子ども向け プログラム
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2011年ボーリング
参加者5名
2012年ボッチャ
参加者8名+ゲスト1名
2013年おもてなしパーティー
参加者10名+ゲスト3名
2014年カラオケ 11月30日決定!
*リフトカーでの送迎付き、介助者は男女1名ずつCILで手配
課題と感じていること③
重度の障害があるけど、親ががんばっちゃって、サービ
スを使っていない
 重度の障害があるけど立川だから、ほどよくサービスを
利用しながら、生活できている
 先のことが考えられない
→親が介助できなくなったら、どうする?
→母子(父子)分離できずに共依存関係
*障害者自身のエンパワメント
*重度の障害、重複障害のある方の地域生活の模索
とそのための人材確保が必要

地域生活とは(私の思い)
自立生活センターで指す「地域生活」とは、単に施設では
ないというだけではなく、また単に立川で生活をし続けてい
るということだけではないと考えます。
施設よりは・・・と選択していないか?
箱ものがあれば、安心という幻想をもっていないか?
少人数であれ、家族でもなく、自らが選択した人たちでは
ない人たちと、自らが選んだ場所ではないところでの半永
久的な生活することがその人らしい暮らしと言えるのか?
・・・理想と現実でのジレンマに悩んでます。
CILだから、プライド、こだわりをもって!
ダウンロード

理事長として