明治中期から後期にかけての、神戸市の中心部の眺望。洋、和風の建築物が
混在したレトロな市街地、諏訪山から眺めた中央左にある背の高い洋風の屋
根が県庁舎、現在の県公館。
明治末期の海岸通り。居留地二番に立つ香港上海銀行・左と、六番のオリエン
タルホテルの二つの建物が、周囲の低い建築物の中でひときわ目立った。銀行
の前はメリケン波止場。人力車が数多く客待ちしていた。
ヒョウゴホテルは神戸に建てられた最も古いホテル、絵葉書右上の黒っぽい屋根がホ
テル。後年、跡地に日本郵船ビルが建った。明治17年にこのホテルが出した運賃表
(人力車)生田神社まで四銭、長田神社十一銭、舞子二十一銭、有馬八十五銭、お米
が一升七銭の時代である。高いのか、廉いのか。
栄町 明治初期、神戸の町を東西に走る街道は西国街道ただ一本でした。市中の道路
は狭隘で馬車は勿論、行路往来の不便一方ならず・・・の状態でした。
元町通りの拡張は商店が店を構え困難だったので、鯉川から宇治野川まで幅十八メート
ル、延長一キロ余の当時としては画期的な大工事が明治六年十一月完成し、栄町と名付
られた。神戸のビジネスの中心は戦後、三宮に移るまで栄町にありました。
神戸駅 明治五年九月に開通した新橋-横浜間が鉄道の始まり。遅れること二年の明
治七年三月、神戸-大阪間三十二キロ開通。開業は五月十一日でした。
人力車、馬車、自動車と大正中期の交通手段が勢揃いしている。右のポール
の前が神戸と外国を初めて結んだ船会社パシフィック・メール、隣が有名な香
港上海銀行です。
生田神社 現在のJRの高架手前から見た風景。食べ物屋などで門前は賑わ
いを見せた。雨が降っていないのに傘を差しているファッションから、明治末の
写真と思われる。
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