きゅうやなかむらあと
旧谷中村跡
明治時代に起こった
あ し お どうざんこうどく じ け ん
わた
足尾 銅 山 鉱 毒 事件は、渡
ら せがわ
良 瀬川 上流にある足尾銅
山(現日光市足尾町)から
じゅうきんぞく
重 金 属 を含んだ土砂が
はんらん
「ふじおか見てある記」藤岡町教育委員会から
川の 氾 濫 によってあふれ
出し、流域の村々に大きな被害をもたらした出来事です。明治政府
ゆうすい ち
は下流域に遊 水 池を造成することを決定し、谷中村がその候補地に
なりました。1906(明治39)年7月1日、谷中村は藤岡町に
合併され、17年の歴史を閉じました。
(「栃木市藤岡歴史民俗資料館」案内から)
今の谷中は、その中心が史跡ゾーンとして整備されています。ま
た、1971(昭和46)年には、旧谷中村合同慰霊碑が建てられ
ました。
ダウンロード

旧谷 中村 跡 明治時代に起こった 足尾 銅山 鉱毒 事件 は、渡