The KINDAI News vol.7
2008/10
Kinki University
水産研究所 クロマグロ養殖研究
完全養殖「近大マグロ」 “産業化”への挑戦
文部科学省 グローバルCOEプログラム 採択
近畿大学水産研究所の海上いけすで悠然と泳ぐクロマグロの群れ
(共同通信社提供)
世界で唯一、クロマグロの完全養殖※1
に成功した近畿大学(クロマグロ等の養
殖科学の国際教育研究拠点=拠点リー
ダー:熊井英水教授)は今年6月、文部
科学省の平成20年度「グローバルCOE
プログラム」※2 に採択されました。近畿
大学水産研究所(本部:和歌山県白浜
町、村田修所長)を中心とする研究チー
ムは、これを機に、安全・安心、天然資
源 を 守 る 完 全 養 殖「近 大 マ グ ロ」の 量
産・産業化をめざし、さら
なる研究開発に取り組
ん で い ま す。世 界 最 先
端のクロマグロ完全養
殖は今、どこまで進んで
いるのか。何を乗り越え
ようとしているのか。最 拠点リーダー
前線をレポートします。 熊井英水教授
■ 種苗生産・供給基地をめざす
■ 水流と空気で居眠り赤ちゃんの命を救う
「これからの課題は、量産と安定生産。そのた
めには種苗の良し悪しが重要。良い苗をつくる、
それに尽きます」。水産研の村田所長は、こう語
ります。種苗とは、養殖用稚魚のこと。水産研は
今年1月、完全養殖第3世代として人工孵化さ
せ、全長約40㎝に育てたクロマグロ稚魚1500尾
を国内養殖業者に初出荷しました。
成魚を出荷するだけでなく、稚魚を養殖業者に
供給する道が開けたことで、より多くの完全養殖
「近大マグロ」を社会に流通させる目標へ、大きく
踏み出しました。
現在、国内のクロマグロ養殖は
年産5000㌧規模。近畿 大学以
外では、捕獲した天然の幼魚を
いけすで育てます。これらの業
者に、産卵から孵化、生育を施
設内で管理する完全養殖稚魚を
供給できれば、天然資源の減少
村田修所長 を防げるうえ、品質や安全が確
かなクロマグロを大量に世に出
すことができます。
日本のみならず世界のクロマグロ養殖の「種苗
生産・供給基地」となる――。
水産研は今、この目標へ全力で走っています。
クロマグロは、孵化後約1ヵ月間の死亡率が
きわめて高いのが特徴。
「第1段階は生後10日間。今は10~20%が
生き残りますが、かつては数%。10日過ぎると
共食いが始まる。互いに突き合うどころか、丸
飲みもする。その後は衝突死。光などに驚き、
水槽の壁にぶつかる」。
宮下盛教授が話すように、水
産研が38年にわたり取り組ん ビニールシートに激突、
できたクロマグロ人工孵化・飼 突き破った稚魚。猛ス
育の最大のハードルは、この ピードで突進する。
初期の大量死にありました。
※1 飼育下で産卵→
クロマグロの皮膚は非常に
孵化→生育→産卵→
弱く、人が手で触れただけで死
孵化のサイクルを完結さ
宮下盛教授 に至ります。広大な太平洋を せること。
猛スピードでエサに直進する
※2 わが国の大学院
特性から、ヒレなど「ハンドルとブレーキ」(宮下
の教育研 究機 能を充
教授)の成長が遅く、これも衝突死の原因で
実・強化し、世界をリー
ドする創造的な人材育
す。水産研では、個体差の少ない稚魚を同じ
成を図るため、国際的
水槽に入れて共食いを減らしたり、夜間も蛍光
に卓越した研究教育拠
灯を点灯させて光によるパニックを防いだり、
点の形成を支援し、国
水槽の大きさの工夫などで対応し、大きな改善
際競争力のある大学づ
をみました。
くりを目的とした事業。
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しかし今、新たな課題があり
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水産研究所 クロマグロ養殖研究
⇒前頁から ます。「クロマグロも赤ん坊は夜、水中で休み
ます。浮き袋で深度を調整しますが、水槽の
底で死ぬ『沈降死』が目立つ」(宮下教授)。
水槽の深さには限度があり、宮下教授は、水流と空気の送
り方で稚魚を浮き上がらせる技術開発に取り組んでいます。
■ 生エサ頼りからの脱却――配合飼料開発
滝井健二教授は、配合飼料の開発に取り組
んでいます。
従来、クロマグロは生き餌でしか飼育できな
いと考えられ、稚魚には小魚のすり身を、成魚
にはサバなどを与えてきましたが、経済的・人
的コストの高さが「産業化」のネックでした。エ
サによる肉質のコントロールができない、海を
滝井健二教授
汚す、などの問題もあります。
期待されたクロマグロ向け配合飼料開発には、しかし、予期
しない困難がありました。
当初、市販の魚粉(サバなどの粉末)を試したところ、まったく
成長しません。消化吸収が悪く、胃が空にならないため摂取量
が伸びないのです。
世界中の魚粉を取りよせ、酵素処理魚粉が適することが判
明。アミノ酸の列を短く切り、タンパクの分子が小さいため、消
化吸収が容易だったのです。脂質は、スジコの脂、とりわけ
DHA(ドコサヘキサエン酸)量の多いものが適すると解明。糖
㊧㊤水槽で泳ぐクロマグ
ロの稚魚たち ㊧㊥昼夜
を問わず蛍光灯をつけて
光によるパニック・衝突死
を防止 ㊤期待のかかる
配合飼料 ㊧㊦配合飼
料の導入で使えるように
なった自動給餌機
質は8%と、きわめて低い割合が
最適だとわかり、ポテトスターチ
を用いました。ビタミンは、ブリの
3倍が必要だとわかりました。
こうして昨年末、国内飼料メー
カーと共同で、世界初のクロマグ
ロ向け配合飼料が完成。2001年
から7年をかけ、生き餌にひけを
とらない成長をもたらすクロマグ
ロの「好 物」が、科学的に解明・
開発されたのです。
クロマグロの成長の様子
ただ、課題は山積です。
㊤孵化直後(全長3ミリ)
「現在の配合飼料では、生後数
㊥生後22日(約3センチ)
日間は使えないし、体重数キロ
㊦生後38日(約9センチ)
に育った後も生き餌頼み。価格も
高すぎる」(滝井教授)。研究開発はまだまだ続きます。
■ 近大マグロの「家系」をつくるーー品種改良
もうひとつの焦点は品種改良。肉質にすぐれ、病気に強
く、安定して産卵する品種の開発です。これは、安全・安心
な近大マグロであることをつねに確認できるトレーサビリ
ティーの確立につながります。
「近大マグロは『全身トロ』といわれますが、商品としては
赤身とトロのバランスが大事。一方で成長促進も重要です。
配合飼料と品種改良の両面から、『いくら食
べても太り過ぎない』クロマグロをつくる必
要があります」と、品種改良に取り組む澤田
好史教授。
トロをつくる遺伝子、脂肪を代謝する遺伝
子、病気に強い遺伝子、ストレスに強い遺
伝子・・・。これらを見つけ出し、掛け合わせ
ることで、理想的なクロマグロの種苗をつく 澤田好史教授
る。トロの割合も調整できる。そこから育つ近大マグロは、固
有のDNAによって、どの流通段階でも判別がつく――。
しかし、ここにもクロマグロならではのハードルがありま
す。皮膚に触れるだけで死に、つねに高速で回遊するクロマ
グロから、どのようにして研究素材の遺伝子を採取するか、
個体識別をどうするか。他の魚のように、網ですくうのも、標
識を魚体に打ち込むわけにもいきません。
澤田教授は現在、麻酔をはじめ、遺伝子採取の方法を模
索しています。
あまりに困難ゆえ、これまで誰も取り組まなかった世界へ
の第一歩です。
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近畿大学総務部広報課 担当:門(かど)、澤田
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