通訳翻訳論 第二回
http://www.geocities.jp/nagatasae/2004tuuyaku.htm
日本における翻訳、翻訳論について
日本における翻訳
中国文化の摂取と翻訳



漢文訓読の成立
文選読み(原初的翻訳として)
中国近世小説(白話文学)の和訳
蘭学の系譜


長崎通事(阿蘭陀通事)と翻訳
『解体新書』の翻訳 → 『蘭学事始』
明治時代における翻訳
近現代の翻訳論
中国文化の摂取と翻訳

漢字の伝来 西暦284年が最初の記録
1.
2.
3.
4.
音読:漢文をそのまま中国音で読む
訓読:漢文に返り点と送り仮名を付して読む(初期の翻訳)
読み下し:訓読にしたがって書き表す(統語法の日本語化)
日本語に訳す(日本語への翻訳)
私
は
中
国
語
を
学
ぶ
我
、
漢
語
を
学
ぶ
我
学
二 漢ブ
語
一
ヲ
ユ
ィウ 我
ォ学
ー漢
シ語
ュ
エ
ハ
ン
『千字文』に見る「文選読み」

「文選読み」とは




同一の熟語をまず音で読み. 続けて 訓で読む 方法
『千字文』(6世紀前半)
コ ウ 宇 ゲ
ウ チ 宙 ン
「天地(テンチ)」
コ ュ 洪 コ
ウ ウ
ウ
→「あめつち」
荒
と の
と
漢字語をいったん和語に
お お
翻訳して理解している。
く
漢文訓読、とりわけ「文選読み」
は最も初期の翻訳であるとも
言うことができる。
お
い
に
・
お
お
き
な
り
お
ぞ
ら
は
テ 天
ン 地
チ
の 玄
黄
あ
め
ろ つ
く ち
き は
な
り
中国近世小説(白話文学)の和訳

十四世紀後半から十七世紀初頭における「白話文学」

白話:話し言葉 → 漢文訓読ができない → 和訳の必要性




三国志演義 → 湖南文山 『通俗三国志』 1689年
水滸伝 → 岡島冠山 『忠義水滸伝』 1757年
岡島冠山(1674~1728) :長崎通詞で荻生徂徠の中国語
教師
西遊記 → 口木山人 『通俗西遊記』 1758年
これら中国近世小説の翻訳は江戸文学に大きな影響を
与えた


上田秋成 『雨月物語』 1776年
曲亭(瀧澤)馬琴 『南総里見八犬伝 』 1814年
長崎の阿蘭陀通詞と翻訳

長崎 ー 鎖国時代に海外に開かれた窓口




当時の幕府は通詞に「阿蘭陀風説書和解」を提出させるな
ど、海外からの情報入手に積極的であった。
1720年、八代将軍吉宗はキリスト教関係以外の洋書の輸
入禁制を緩和し、多くの書籍が日本にもたらされた。
長崎オランダ通詞による辞書の編纂
来日オランダ人による私塾


シーボルトの鳴滝塾
蘭学の流行

解体新書の翻訳
『蘭学事始』 杉田玄白
『蘭学事始』:江戸後期に書かれた,蘭学に関しての回
想録。2 巻。杉田玄白著,大槻玄沢補訂。1815 年成
立。69 年(明治2)刊。和蘭(オランダ)事始。蘭東(ら
んとう)事始。
『解体新書』:日本最初の本格的な西洋医学の翻訳書。
1774 年刊。当時「ターヘル-アナトミア」と通称された,
ドイツ人クルムス著の解剖図譜の蘭訳本を,前野良
沢・杉田玄白・中川淳庵ら7 名が翻訳・編纂。本文4
巻図1 巻より成る。
参照 → 『蘭学事始』菊池寛
解体新書の翻訳

初期はオランダ語を読み書きすることが禁じられて
いたが、八代将軍吉宗の時代に長崎の阿蘭陀通詞
たちの進言により読み書きを学ぶことが許可された。

阿蘭陀から多くの書物が輸入されるようになり、前
野良沢、杉田玄白らが『解体新書』の翻訳に着手
解体新書の翻訳

開巻第一のページから、ただ茫洋として、艫舵(ろだ)なき船の大洋に乗出(のり
いだ)せしがごとく、どこから手のつけようもなく、あきれにあきれているほかはな
かった。
が、二、三枚めくったところに、仰(あおむ)けに伏した人体全象の図があった。
彼らは考えた。人体内景のことは知りがたいが、表部外象のことは、その名所も
いちいち知っていることであるから、図における符号と説の中の符号とを、合せ
考えることがいちばん取りつきやすいことだと思った。
彼らは、眉、口、唇、耳、腹、股、踵などについている符号を、文章の中に探し
た。そして、眉、口、唇などの言葉を一つ一つ覚えていった。
が、そうした単語だけはわかっても、前後の文句は、彼らの乏しい力では一向
に解しかねた。一句一章を、春の長き一日、考えあかしても、彷彿として明らめら
れないことがしばしばあった。四人が、二日の間考えぬいて、やっと解いたのは
「眉トハ目ノ上ニ生ジタル毛ナリ」という一句だったりした。四人は、そのたわいも
ない文句に哄笑しながらも、銘々嬉し涙が目のうちに滲んでくるのを感ぜずには
おられなかった。
解体新書の翻訳

眉から目と下って鼻のところへ来たときに、四人は、鼻とはフルヘッヘンドせしも
のなりという一句に、突き当ってしまっていた。 むろん、完全な辞書はなかった。
ただ、良沢が、長崎から持ち帰った小冊に、フルヘッヘンドの訳注があった。それ
は、「木の枝を断ちたるあと、フルヘッヘンドをなし、庭を掃除すれば、その塵土
聚(あつま)りて、フルヘッヘンドをなす」という文句だった。四人は、その訳注を、
引き合しても、容易には解しかねた。
「フルヘッヘンド! フルヘッヘンド!」
四人は、折々その言葉を口ずさみながら、巳の刻から申(さる)の刻まで考えぬ
いた。四人は目を見合せたまま、一語も交えずに考えぬいた。申の刻を過ぎた頃
に、玄白が躍り上るようにして、その膝頭を叩いた。
「解(げ)せ申した。解(げ)せ申した。方々、かようでござる。木の枝を断ち申した
るあと、癒え申せば堆(たか)くなるでござろう。塵土聚(あつま)れば、これも堆
(たか)くなるでござろう。されば、鼻は面中にありて、堆起するものでござれば、
フルヘッヘンドは、堆(たか)しということでござろうぞ」といった。 四人は、手を
打って欣びあった。玄白の目には涙が光った。
解体新書の翻訳

訳に三等あり

翻訳:日本または中国にもとからある訳語をあてる


義訳:対応する訳語がない場合は意味を汲んで訳す


骨、脳、心、肺、血など
軟骨、神経など
直訳:漢字または仮名で原語の音を記した音訳

Klier 「機里爾」(キリイル)
後に大槻玄沢によって「濾胞」と義訳され、
最終的に宇田川玄真が「腺」という国字を当てはめた
幕末から明治時代の翻訳

蘭学から英学へ





黒船来港に端を発した開国
江戸時代から明治時代へ
欧米の技術や制度を積極的に導入
福沢諭吉の貢献
明治期の翻訳文学


翻訳文学による国語の変化
翻訳によって作られた現代の日本語
開国から明治へ


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


ペリー率いる米国艦隊の来港
オランダ語が通じないことがわかる
幕府は阿蘭陀通詞に英語を学ばせる
1853年 米国から帰国したジョン万次郎を召し抱える
1860年 米国に視察団を派遣(咸臨丸)
欧米の社会、文化、技術などが日本に紹介される


福沢諭吉の活躍
明治期に入り、欧米の書物が盛んに翻訳される

明治元年から15年までに1500冊あまりの翻訳書を出版
福沢諭吉の貢献

福沢諭吉







緒方洪庵の適塾で学ぶ
江戸で蘭学塾を開く
横浜見物で外国人にオランダ語で話しかけ、まったく
話が通じないことにショックを受け、これからは英語が
必要であることを実感し、英語を学び始める
1860年 咸臨丸でアメリカに行く
1861年 幕府の通訳官としてヨーロッパへ行く
1864年 幕府の「翻訳御用」となる
西洋事情を著し、欧米の文化を日本に紹介する
翻訳による新たな概念の導入

現代日本語に不可欠な語は翻訳語


「社会」、「個人」、「自然」、「自由」など
Societyの訳語



開国初期:侶伴・仲間・交リ・一致・組・連中・社中
福沢諭吉訳:交際・人間交際・世人・交(まじわり)・国
1875年1月14日付け東京日々新聞の論説


福地源一郎が「社会(ソサイチー)」とカナを付してもちいた
カセット効果

柳父章は翻訳語の「カセット効果」を指摘

中味が不明確であるのに人を魅惑し引きつける効果
翻訳による新たな概念の導入
江戸期の最初の訳
語は「わがまま」

中村正直訳『自由之理』1872年の冒頭部分
ジョン・スチュアート・ミルOn Liberty 1859年を訳したもの
リベルテイ〔自由之理〕トイヘル語ハ、種々ニ用ユ。リベルテイ ヲフ
ゼ ウーイル〔主意ノ自由〕(心志議論ノ自由トハ別ナリ)トイヘルモノ
ハ、フーイロソフーイカル 子セスシテイ〔不得已〔ヤムヲエザル〕之
理〕(理學家ニテ名ヅケタルモノナリ、コレ等ノ譯後人ノ改正ヲ待ツ。)
トイヘル道理ト反對スルモノニシテ、此書ニ論ズルモノニ非ズ。此書
ハ、シヴーイル リベルテイ〔人民の自由〕即チソーシアル リベルテ
イ〔人倫交際上ノ自由〕ノ理ヲ論ズ。即チ仲間連中(即チ政府)ニテ各
箇〔メイ/\〕ノ人ノ上ニ施シ行フベキ權勢ハ、何如〔イカ〕ナルモノトイ
フ本性ヲ講明シ、并ビニソノ權勢ノ限界ヲ講明スルモノナリ。(『明治文
化全集』第5巻、日本評論社、1927年)


後に「社会」
の訳語
後に「哲学的
必然」の訳語
明治期の翻訳文学
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



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
坪内逍遥(1859―1935) シェイクスピア
黒岩涙香 (1862-1920) 探偵小説
森鴎外(1862-1922) リルケ、ドストエフス
キーなど
二葉亭四迷(1864-1909) ツルゲーネフ
尾崎紅葉(1868-1903)グリム、モリエール、
ゾラ
小栗風葉(1875-1926) モーパッサン
上田敏(1874-1916) フランス象徴詩
『余が翻訳の標準』二葉亭四迷



原文の音調を再現する翻訳:外国文を翻訳する場合に、意味ばかりを考えて、これに
重きを置くと原文をこわす虞(おそれ)がある。須(すべか)らく原文の音調を呑み込ん
で、それを移すようにせねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つ
をも濫(みだ)りに棄てず、原文にコンマが三つ、ピリオドが一つあれば、訳文にも亦ピ
リオドが一つ、コンマが三つという風にして、原文の調子を移そうとした。
文体と詩想を再現する翻訳:元来文章の形は自ら其の人の詩想に依って異なるので、
ツルゲーネフにはツルゲーネフの文体があり、トルストイにはトルストイの文体がある。
其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同
じことで、文体は其の人の詩想と密着の関係を有し、文調は各自に異っている。従っ
てこれを翻訳するに方っても、或る一種の文体を以て何人にでも当て嵌める訳には行
かぬ。ツルゲーネフはツルゲーネフ、ゴルキーはゴルキーと、各別にその詩想を会得
して、厳しく云えば、行住座臥、心身を原作者の儘にして、忠実に其の詩想を移す位
でなければならぬ。是れ実に翻訳における根本的必要条件である。
原作に含まれたる詩想を発揮する翻訳:原文を全く崩して、自分勝手の詩形とし、唯
だ意味だけを訳している。処が其の両者を読み比べて見るとどうであろう。英文は元
来自分には少しおかったるい方だから、余り大口を利く訳には行かぬが、兎に角原詩
よりも訳の方が、趣味も詩想もよく分る、原文では十遍読んでも分らぬのが、訳の方で
は一度で種々の美所が分って来る、しかも其のイムプレッションを考えて見ると、如何
にもバイロン的だ。
近現代の翻訳論

翻訳論にはいくつかの種類がある
A) 文学者が翻訳の文章について述べたもの
B)
C)
D)
E)
F)
例:三島由紀夫
翻訳者が自らの体験をもとに所感を述べたもの
例:二葉亭四迷 他多数
翻訳という職業について紹介したもの
語学者が個別言語の翻訳について論じたもの
言語学者が翻訳一般について論じたもの
翻訳の歴史について研究したもの
等々
『文章読本』 三島由紀夫
第六章 「翻訳の文章」
 翻訳の初期


明治の翻訳文学


二葉亭四迷の頃から独特の西欧的雰囲気をもった文体が日本語で
作られ始めた。
欧文脈の成立


多少の誤訳があっても雅文体や漢文混じりの日本人好みに翻訳され
たものが歓迎された。
徐々に翻訳調という奇妙な直訳調が跋扈するようになった。
翻訳調と日本語の融合

日本語の文章そのものに翻訳調が入り込み、翻訳の文章を日本語と
して読むような状態となった。
『文章読本』 三島由紀夫

全体的効果を再現する翻訳


翻訳の二つの対照的な典型的な態度



個性の強い文学者の翻訳になるもの:外国の文物や風俗が完全に日本語に
移されないことを承知の上で、あたかも自分の作品であるかのごときクセの
強い翻訳を作る態度
オーソドックスなやり方:とうてい不可能ながらも、原文のもつ雰囲気や独特
なものをできるかぎり日本語で再現しようとする良心的な語学者と文学の鑑
賞力を豊富に深くもった語学者との結合した才能をもつ人が試みる翻訳
読者のとるべき態度


如何に語学的に正確であっても、日本語で読んでよい翻訳とは言えない。
作品としての全体的効果がうまく移されているかどうかが重要。
わかりにくかったり、文章が下手であったりしたらすぐに放り出してしまうこと
が原作者への礼儀。読者が翻訳の文章を読むときにも、日本語及び日本文
学に対する教養と訓練が必要。
翻訳文は日本語であり、日本の文章である

読者は語学とは関係なく自分の判断でよい翻訳と悪い翻訳を見分けられる。
翻訳に関する書籍

入手可能な翻訳関連の書籍についてリストを作成しました。

下記のサイトにアクセスしてリストを参照してください。
翻訳関連書籍リスト

翻訳という仕事に関しては下記のサイトが参考になります。

山岡洋一 翻訳通信
「翻訳は簡単な仕事じゃないんだ」
「翻訳はエリートの仕事」

スペースアルク翻訳通訳

通訳翻訳WEB(イカロス出版)
ダウンロード

第二回 日本における翻訳、翻訳論