日本機械学会誌 2013. 12 Vol. 116 No. 1141
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内モンゴルの教育現状と
日本での留学生活
〜(株)□□□□□□□□□□□〜
Present State of Education in Inner Mongolia and Life of Studying Abroad in Japan
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はじめに
私は,中国の内モンゴル自治区に生
まれ,2001 年高校卒業後,中国遼
寧省にある遼寧工業大学の機械製造と
自動化学科に入学し,大学卒業後に 2
那 順
Nasan
■2005 年中国遼寧工業大学卒業,2007 年埼
玉工業大学大学院工学研究科電子工学専
攻修士課程入学,2012 年東京農工大学博
士課程入学
■主として行っている研究
・波長選択性をもつ熱輻射光源の開発
■通学先
東京農工大学大学院工学府機械システム
工学専攻博士課程 2 年
(〒184-8588 東京都小金井市中町 2-2416/E-mail:[email protected])
年間仕事をして,2007 年に日本の
埼玉工業大学大学院工学研究科電子工
学専攻の留学生として来日し,日本で
の留学生活を始めた.
日本と内モンゴルは,気候,自然環
境,社会環境,文化,教育などいろい
ろなところで違っている.本稿では,
自分の理解した日本の大学,大学院と
日常の生活を内モンゴルと比べて述べ
てみる.
内モンゴルにおけ
る教育システム
内モンゴルは中国領土の北辺に位置
する自治区であり,モンゴル語での名
称は日本語で直訳すると「南モンゴル
自治区」となる.面積は日本の約 3
倍で,人口は 2 384 万人,そのうち
モンゴル民族の割合が 17%である.
モンゴルといえば大草原のイメージを
持たれる人が多いが,近年の自然環境
の破壊を受け,砂漠化が進んでいる.
私の生まれたところも砂漠化した牧区
である.実家は牧畜で生活をしている.
内モンゴルの民族教育は小学,
中学,
高校ではモンゴル語で授業を受ける.
大学では専攻によるが,モンゴル語で
受ける授業が極めて少なく,ほとんど
中国語で授業を受ける.内モンゴルの
モンゴル学校ではモンゴル語のほかに
小学 3 年から第二言語として中国語
を習い始め,高校卒業までその授業を
受ける.そのため英語の教育が遅れて
いて,私が中学,高校のときは英語の
授業はまだなかった.現在は英語の重
要性が認められ,学校での取り組みが
注目されてきているが,学生の負担が
増えるという意見も出ているようだ.
また社会生活でモンゴル語の使用が少
ないため,モンゴル学校に行く学生が
少なくなり,学校も減ってきた.この
ことが理由で,内モンゴルの民族教育
やモンゴル語は消滅する危険があると
いう報告もある.
日本の大学
はじめて日本に来て,埼玉工業大学
に入り,学校内に学生が少ないことに
図 1 埼玉工業大学の留学生仲間との新潟旅行
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図 2 2013 年ハワリンバヤル(春祭り)のステージ
驚いた.中国では大学内に約 1 万人
の学生がおり,学生は大学の寮で生活
をしている.大学では外部の部屋を借
りることが許されていないので,キャ
ンパスは広いが,どこに行っても人が
多くてにぎやかな感じがした.
それに比べると,埼玉工業大学は学
生が 2 000 人ぐらいである.学校の
規模は小さいが,設備などしっかりし
ている感じがした.
私を受け入れてくれた埼玉工業大学
電子工学専攻の巨先生は先端材料を主
な研究対象として,新しい材料設計,
材料創製技術の開発,構造材料の健全
性の評価に関する研究を進めている.
私 は, こ の 研 究 室 に 入 っ て Cavity Peening という金属材料の表面を強
化する方法について研究を行った.日
本の大学は学部 4 年生のときから研
究室に入って研究をするが,中国の大
学では修士に入ってから研究を行う.
そこが日本と中国の大学で異なるとこ
ろだ.先生が中国人で,また埼玉工業
大学が中国の遼寧省の科技大学と友好
大学であったため,研究室には中国人
の留学生ばかりいた(図 1)
.日本に
留学しているといっても中国にいるよ
うで,毎年の学園際でお店を出して盛
り上がっていたことが思い出の一つで
ある.
2012 年に東京農工大学大学院工
学府博士後期課程の入学試験に受かっ
たため,岩見研究室に入って MEMS
デバイスへの応用を目的として,高い
耐熱性をもつタングステン含有合金の
微細構造のめっき成膜法について研究
している.基礎研究として,タングス
テン高含有合金膜のプロセスと合金膜
の物性評価,応用として熱輻射光源や
図 3 モンゴル相撲
吸収膜といった実用デバイスへの展開
を図っている.この研究は,太陽光発
電の高効率化に役立つことが期待でき
る.
日本での生活
内モンゴルの気候は日本のしっとり
とした気候と違って乾燥している.冬
は寒くて風が強い.日本の部屋は狭い
が,空間の使い方がうまいと思う.ま
た,道路は狭いが,車の運転には秩序
があると思う.アルバイトで初めて寝
坊して,時間に遅れて行ったとき,す
ごく怒られたことが今も記憶に残って
いる.日本人は時間に厳しく,仕事に
対する責任感が強いと感じた.また,
社会全体を比べると日本は生活のペー
スが早く,競争が激しいと思う.日本
に来た当初はなかなか慣れなかった.
スポーツでは,来日したときから相
撲をよく見る.モンゴル人がやってい
ることを知って,彼らを応援するため
に,観るようになったことがきっかけ
である.モンゴル民族の伝統スポーツ
で「ブフ」という日本の相撲と似てい
るモンゴル相撲がある.日本で毎年 5
月のゴールデンウィーク中に,練馬の
光が丘公園で行われている日本最大級
のモンゴル祭り「ハワリンバヤル」で
モンゴル相撲を取っている(図 2,
3)
.
そのほかモンゴル留学生の集まりで
やっている祭りが年に何回かある.
日本人が水をすごくたっぷり使うの
はもったいないと思うときがある.日
本は島国で雨が多くて水が不足してい
ないと思うが,内モンゴルでは年間降
水量が少ないため,水を大切にするこ
とを幼い頃から学んでいたからである.
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日本に来てから「お国はどこですか」
と聞かれるのがいちばん答えにくかっ
た.自分のことをモンゴル人と強調し
たい一方,中国の国籍を持っていたか
らだ.
日本に留学した
きっかけ
内モンゴルから日本に留学する学生
は多いが,それは日本語とモンゴル語
が文法で近いところがあり,他の言葉
と比べると勉強しやすいからだと思
う.内モンゴルは,モンゴル民族教育
の発展が遅く,また,経済発展,科学
技術なども遅れている地域である.自
分の地域の遅れている現状を変えた
い,地域の発展に自分の力を注ぎたい
と思って,先進国に留学することが浮
かんだ.ちょうどその頃,兄の友達が
日本に留学していて,その方の紹介で
埼玉工業大学に研究生として留学する
ことができた.
おわりに
日本で留学生活を始めて 6 年が
経った.この 6 年間で,先生,大家
さん,友達,バイト先の仲間など,い
ろいろな人から助けられ,応援をして
もらった.日本は科学の発展,社会秩
序,国民の素質などに,私が学ぶこと
があると思う.これからも日本での生
活と研究に頑張っていきたい.
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1 内モンゴルの教育現状と 日本での留学生活