産業支援拠点「青森県産業技術センター」の素顔
③
北海道・東北で唯一の植物工場研究拠点
地方独立行政法人
青森県産業技術センター
木野田 憲久
農林総合研究所長 1.古くて新しい農林総合研究所
昭和10年には凶作防止試験地として藤坂冷害
試験地(現在の藤坂稲作部)が創設されるなど、
地方独立行政法人青森県産業技術センター
冷害克服のための研究に大きな力が注がれるよ
は4つの部門、13研究所からなる組織である。
うになる。その結果、
昭和24年に育成された
「藤
その中の農林部門5研究所のうち、最も古い歴
坂5号」をはじめ、
「フジミノリ」、
「レイメイ」
、
史を持つ農林総合研究所について紹介する。
「アキヒカリ」など全国規模で普及した早熟・
耐冷・多収品種、深層追肥、健苗技術などの耐
(1)時代の求めに応えてきた体制と研究
冷・多収栽培技術が開発され、冷害に強い稲作
農林総合研究所は、明治32年に府県農事試
りが普及し、収量レベルも大幅にアップした。
験場国庫補助法が成立した翌年の明治33年(西
昭和40年代後半からは田植えが、人手から
暦1900年)、新技術の開発や普及による食糧増
機械に代わってきたことから、寒冷地における
産を目的に青森市石江に青森県農事試験場とし
機械移植の安定多収技術に取組むとともに、食
て創設された。その後、大正2年には黒石市境
味重視の流れを背景に産米改善技術にも力が注
松に移転し、平成19年に現在地の黒石市田中
がれた。しかし、米余りから米価は年々下がり
に新築移転し、今年で111年を迎える老舗の研
続けることとなる。その後、米の輸入が始まり
究所である。りんご研究所、野菜研究所、畜産
米価の低下に拍車がかかったことから、より一
研究所は当研究所から独立していったもので分
層の省力・低コスト化が課題となり、機械移植
家にあたる。
よりも一段進んだ直播栽培に関する研究にも重
創設当時は、粗衣・粗食の貧農が農業の主体
点的に取組むようになる。
で、まだ藩政時代の稲作技術が行われていて、
こうした技術開発の積み上げが、創立当時
生産性は低く、本県の水稲は度重なる冷害をう
10aあたり200kg程度であった県平均収量をお
け作柄の変動は大きく、収量レベルもきわめて
よそ3倍程度にまで増やし、県内稲作を全国
低かった。そのため、国の食糧増産方針の下、
トップレベルにまで押し上げることとなった。
26
れぢおん青森 2011・10
しかし、生産性の向上は米余りに拍車をかけ、
真1)
。試験ほ場47ha、建物敷地等を合わせる
それに対して米の生産調整が実施されるように
と89haのおよそ1km四方の広大な面積を有す
なると、米が作られなくなったほ場への転作作
る。
物の導入・定着が課題となった。このため転作
試験ほ場の中には水深の調節ができる小区画
田での小麦、大豆やハトムギ、各種野菜などの
の精密ほ場や、地下水位の制御が可能な地下水
安定栽培法や機械化体系の確立に関する研究開
制御ほ場、耐冷性の強い水稲品種育成のため使
発にも取組むこととなる。
う恒温深水掛け流しほ場、また大型機械を使っ
昭和48年に屏風山砂丘造成畑の営農を支援
て大規模化に対応した試験を行うための1ha
するため旧木造町に砂丘分場を新設し、砂丘地
や3haの大区画ほ場等がある。
の特性を生かしたスイカ、メロン、ネギなどの
産地化を支援した。また、南八甲田に高冷地試
(3)主な施設∼本館は岩木山とマッチ∼
験地を設け、レタス、大根、ニンジンなどの作
遠方からでも田んぼの真ん中に大きくそびえ
目を開発、高品質ニンニク「福地ホワイト」の
て見える本館には、実験室や事務室がある。実
選定を行うなど稲作以外の多くの研究成果も農
は設計の過程で、建物正面から見た岩木山が、
業県としての地位確保の上で多くの貢献をして
建物とマッチした遠景となるよう敷地内配置を
きた。
変更しており、確かに絵になっている(写真2)
。
(2)広大な面積を有する現在のほ場
農林総合研究所は、弘南鉄道黒石駅から約
2km北側の水田地帯の真ん中に位置する(写
写真2 農林総合研究所と岩木山
本館の周囲には、イネの人工交配を行うため
の交配養成温室、病害虫の生態や被害調査のた
めの人工降雨装置・網室を備えた病害虫調査棟、
温度などを精密にコントロールして水稲の耐冷
性に関する試験等を行なう人工気象室、農業機
械の格納庫、原種の調整貯蔵庫、堆肥舎、大型
ハウス、植物工場や関連施設などの付帯施設が
建つ。付帯施設には実験機器や農業機械等が整
敷地:点線
備されている。
写真1 上空3,000mからみた研究所の全景
27
(4)現在の研究内容と最近の主な結果
③生産環境部
農林総合研究所は6研究部、1チームのほか
研究:農業環境の保全、水田・畑地・施設の
総務調整室からなる。また、藤坂稲作部は黒石
土壌改良、施肥改善などに関する調査や試験研
市ではなく十和田市にある。各研究部・チーム
究を行っている。
は多くの成果を上げており、現在の研究内容と
成果:航空機から水田を撮影し、収穫前に米
最近の主な成果について簡単に紹介する。
の食味を推定する技術を開発し、食味による分
①作物部
別収集や栽培指導を行った。
研究:直播栽培、良食味安定生産などの水稲栽
④病虫部
培技術開発や、小麦・大豆の品種選定や高品質安
研究:水稲や畑作・野菜に発生する病害虫の
定生産など畑作物に関する試験研究を行っている。
定期的な調査や、総合的な病害虫防除技術改善
成果:小麦・大豆の播種も可能な汎用不耕起
のための試験研究を行っている。
播種機を利用した水稲乾田直播栽培技術を開発
成果:斑点米カメムシの生態を明らかにし、
し、労働時間や生産コストを低減し、移植栽培
その生態的防除法や薬剤防除法を示し被害を軽
並みの収量性があることを実証した。
減した。
②水稲品種開発部
⑤花き部
研究:水稲の食味・品質・耐冷性・耐病性に
研究:花きの品種育成、生産・流通技術の確
優れた品種育成と奨励品種の選定、優良種子の
立、及び種苗供給に取り組んでいる。
生産を行っている。
成果:本県の優位性を生かせるデルフィニウ
成果:
「まっしぐら」、
「ねばりゆき」、
「華想い」
、
ムの新品種をシリーズで開発し、種苗を配布し
「つぶゆき」、
「うしゆたか」など主食用(写真3)
ている。
のみならず、いろいろな用途向けの品種を育成
⑥植物工場プロジェクトチーム
した。
研究:植物工場で北国青森の風土を活かし、
低農薬でおいしい野菜などを年間を通じて生産
できる技術・システムの開発に取り組んでいる。
チームができて2年目である。
成果:植物工場のエネルギー低減、低コス
ト・省力栽培法、生産効率の向上、経済性の
評価等の研究開発や植物工場をになう人材育成
について取り組んでいる。
⑦藤坂稲作部(十和田市)
写真3 「まっしぐら」
(左)と「つぶゆき」
(右)
研究:寒冷地における安定良質水稲品種の開
発と青森県南地域(三八上北および下北地方)
28
れぢおん青森 2011・10
向きの優良な水稲品種の選定などを行ってい
大きな意味では植物工場も施設園芸の1つで
る。
あるが、従来の施設園芸に比べ、生育環境をよ
成果:飼料用品種「みなゆたか」、早生品種
り高度に制御して、精密に植物の生育を管理で
「ほっかりん」を育成した。
きる施設である。しかし、何をどの程度の精密
さで制御するのか、植物工場についての厳密な
2.期待が高まる植物工場
定義はない。また、
植物工場は「工場」とはいっ
ても施設園芸と同じように、日本標準産業分類
植物工場については、既に本誌7月号で青森
上は「工業」ではなく「農業」に分類されている。
地域社会研究所の竹内慎司氏が「植物工場の現
状と課題」の中で詳しく述べられており、全般
的な動向については、そちらでご理解いただけ
るので、ここでは、当センターの植物工場の取
組みの経緯などを中心に述べたい。
(1)何が違うのか施設園芸と植物工場
農業では、より安定して収穫物を得るために、
厳しい気象条件や病害虫に強い品種や、それら
写真4 太陽光型植物工場
に負けないような栽培技術の開発が行われてき
(2)全国の植物工場3倍を目指す農水、経産両省
たが、その一方で、生育するまわりの温度など
植物工場に関する研究開発の歴史などについ
を制御して、植物に最適な生育条件を作るため
ては竹内氏の記事で述べられているが、このと
の技術開発も行われてきた。ビニールハウスや
ころ大学など研究に取組む機関が急に増えてい
ガラス温室などを利用して行なう施設園芸の技
る。きっかけは、農商工連携促進法(2008年)
術がそれである。
の制定である。この法律には、「中小企業者と
温室の中に照明や暖房、冷房、換気装置など
農林漁業者とが有機的に連携し、それぞれの経
を設置してコンピュータで精密に制御すれば、
営資源を有効に活用して行う事業活動を促進す
より品質や収量が高まるような条件を作りだす
ることにより、地域を支える中小企業の経営の
ことができる。本来気象や土地の条件と切って
向上及び農林漁業経営の改善を図るため、
(1)
も切り離すことができなかった農作物を、人工
基本方針の策定、
(2)農商工等連携事業計画
物の中で生育を完全にコントロールして生産で
の策定及び支援制度の創設などの総合的な支援
きるようになった。このような施設は、あたか
措置を講ずるものである。」と書かれている。
も工場で工業製品を製造するように植物を生産
これを実効ある取組みとするため農水、経産
するので植物工場と呼ばれる(写真4)。
両省は、植物工場を農商工連携の最重要施策と
29
して位置づけ、様々な形で推進のための事業を
良かったものと考えられる。
展開することとした。また、平成21年1月に
採択されたのは全国で8件、
そのうち北海道・
両省が共同で「農商工連携研究会」
(植物工場
東北地域では唯一であり、公的研究機関である
ワーキンググループの委員として青森県商工労
当センター以外はすべて大学であった。
働部長も参画)を作り、そこでとりまとめた報
総工費はおよそ4億5千万円。太陽光利用型
告書において、今後3年間で全国の植物工場を
ハウス3棟の他閉鎖型苗テラス装置、太陽光発
3倍に拡大し、生産コストを3割削減する目標
電装置、風力発電装置、雪・堆肥熱利用システ
が設定された。
ムなどの研究施設を整備することができた(写
こうしたことを受けた国の関連事業の一つ
真5)。
に、経産省の「植物工場基盤技術研究拠点整備
また、このほかにも国の競争的資金等を獲得
事業」がある。内容は、「植物工場の高度化に必
し、センター内に農・工の研究者からなる植物
要となる照明・空調制御等の機器の研究開発及
工場プロジェクトチームを立ち上げ、平成22
び性能評価・分析を行うとともに、植物工場の
年度から本格的に研究開発が始まった。
マネジメントを担う人材育成を行うため、
(1)
植物工場で必要となる機器・システム等の開発、
(2)機器開発の基盤となる植物情報データの
収集、分析及びデータベースの構築・公開、
(3)
研修・人材育成及び事業者へのアドバイス等の
実施に際して、必要となる施設・整備の導入を
行う際の必要経費を補助する。対象事業者は大
学・公的研究機関等」というものである。
(3)北海道・東北で唯一の採択
写真5 ソーラーパネルと風車・制御室
(4)研究の具体的な内容
この事業の公募は折しもセンターが設立され
北海道・東北地域の「植物工場基盤技術研究
た年であった(当センターが農林、水産、工業、
拠点」として、北国に適した植物工場の普及拡
食品加工の4部門を一つに統合して設立した目
大に必要な研究課題に取組むほか、企業や大学
的の一つが農工連携研究の推進であることは、
との共同研究による新技術の開発、植物工場の
本誌8月号で唐澤理事長が紹介した)。まさに
設置・運営に関わる技術者の指導や人材育成を
本事業は当センターの設立の趣旨にかなった
行っている。
うってつけの事業であったことから、農業部門
具体的な取組みの内容は以下のようなもので
と工業部門の連携による計画を立案して応募、
ある。
その結果採択されたものである。タイミングが
30
れぢおん青森 2011・10
① エネルギーコストの低減
・自然エネルギー(太陽光・風力・地中熱・
雪の冷熱)利用技術の開発
・バイオマスエネルギ−(木質ペレット・堆
肥熱)利用技術の開発
② 低コスト・省力栽培
・廃棄物を活用した培地・溶液による低コス
ト栽培システムの開発
④ 経済性の評価
・シミュレーションによるエネルギー利用効
率の評価技術の開発
・植物工場運営の経済性の総合的評価
⑤ 技術指導・人材の育成
・企業・教育機関への技術指導や情報の発信
・OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)
の受け入れ
・ユビキタス環境制御システムによる栽培環
境省力化技術の開発
3.おわりに
・二重被覆ハウスの省エネ効果の検証
③ 生産効率の向上
・イチゴ・ホウレンソウ等寒冷地向き野菜の
周年栽培技術の開発(写真6,7)
農林総合研究所は、111年間青森県の農業技
術開発に携わり、成果を普及して生産者の方々
とともに本県を全国でも有数の農業県に築き上
げることに一定の役割を果たした。しかし、農
業技術は日進月歩であることから、職員一同こ
れからも、常に新しい技術開発に挑戦して本県
農業の振興に貢献したいと考えている。
2年前から取組んできた寒冷地型植物工場の
技術開発は、
「農商工連携」
「6次産業化」
、
といっ
たキーワードを含む新たな産業を創出するため
写真6 太陽光型植物工場のイチゴ
の課題でもあり、センターとしても部門を越え
た重要課題として取組んでいるところである。
国では今後、世界的にも増加している植物工
場を、被災地などを含めて国内で大幅に増やそ
うとしており、補助事業もいろいろ立ち上げて
いる。個人あるいは企業で、植物工場について
興味がある、始めてみたいと考えている方がい
らしたら、研究内容や補助事業関係をはじめ、
写真7 閉鎖型植物工場のホウレンソウ
どのような内容でも是非ご相談ください。
31
ダウンロード

北海道・東北で唯一の植物工場研究拠点