カ ナ ダ の 言 語 政 策 とケ ベ ッ ク 問 題 に つ い て
宮下 竹雄
慶應義塾大学 環境 情報学部3年
Takeo
Faculty
of Environmental
Miyashita
Information,
Keio
University
古石篤子研究会
1992年 春 学 期
慶応義塾大学 湘南藤沢学会
Keio University Shounan Fujisawa Gakkai
古石 研究 会
「カ ナ ダ の 言 語 政 策 とケ ベ ッ ク問 題 に つ い て 」
環境情 報学 部3年
#79055464
宮下 竹 雄
1
は じめ に
カ ナ ダ を 「理 想 国 家 」 と呼 ぶ こ と に異 議 を 唱 え る人 は、 他 の 国 々の 場 合 と比 べ る と、 極 端 に少 な いで
あ ろ う。 森 や 湖 な どの 大 自然K囲
ま れ 、 天 然 資 源 に 恵 ま れ て い て 、 先 進 国 と呼 べ る だ けの 経 済 力 を有 し
て い る。 福 祉 制 度 も充 実 して お り、 ま さ に 「理 想 国 家 」 と呼 ぶ に ふ さ わ し い。
しか し、 この よ うな カ ナ ダ 国 内 に も、 大 き な問 題 が 存 在 す る。 ケ ベ ッ ク問 題 が そ れ で あ る。
カ ナ ダ は一 時 期 、 人 種 的 偏 見 か ら移 民 を 制 限 し た もの の 、 概 して 多 くの移 民 を受 け 入 れ て き た 。 そ
の た め 、 カ ナ ダ は、 「多 民 族 国 家 」 と呼 ば れ て い る。 そ の 内 訳 は 、1981年
ギ リ ス 系 が40.1%、
%が
フ ラ ン ス 系 が26.8%、
ドイ ツ系 が4.7%、
の 国 勢 調 査 に よ る と、 イ
イ タ リ ア 系 が3.1%、
とな っ て い る。 ケ ベ ッ ク問 題 と は、 カ ナ ダ の フ ラ ン ス系 住 民 の うち の8割
ウ ク ラ イ ナ 系2.2
が住 ん で い る ケ ベ ッ ク 州
が 、 カ ナ ダ か ら の 分 離 、 独 立 を求 め て い る と い う もの で あ る。
この タ_ム
ペ ー パ ー で は 、 ま ず 第 一 章 で 、 ケ ベ ッ ク を 中 心 と し た カ ナ ダ の歴 史 ・ 第2章
ク州 や 連 邦 政 府 、 そ の 他 の 州 の 言 語 政 策 、 第3章
で は・ケ ベ ッ
で は 、 ケ ベ ッ ク問 題 の 重 要 性 と・ そ の 今 後 に つ いて 触
れ る こ と にす る。
第1章
ケ ベ ッ ク か ら見 た カ ナ ダ 史
1534年
、 フ ラ ン ス の 国 家 的 意 図 に 基 づ き、 北 米 大 陸K到
着 し た船 が あ っ た 。 カ ル チ エ の 第1回
航 海 と呼 ば れ て い る が 、 これ が フ ラ ン ス の 北 米 大 陸 進 出 の 第 一 歩 で あ っ た。 そ の 後 フ ラ ン ス は、 ヌ ー ペ
ル フ ラ ン ス と呼 ば れ る 勢 力 圏 を 広 げ て い っ た が 、1608年
格 的Kヌ
、 ケ ベ ッ ク に 要 塞 を 築 い た こ と に よ り、 本
ー ベ ル フ ラ ン ス が 稼 働 を 始 め た 。 当 時 の ヌ ー ベ ル フ ラ ン ス の 主 な 役 割 は 、 毛 皮 、 特 に 「柔 ら か
い 宝 石 」 と呼 ば れ た ビ ー バ ー の 毛 皮 を フ ラ ン ス 本 国 に 供 給 す る こ とで あ っ た 。1
い っぽ う、 少 し遅 れ て 大 陸 に進 出 した イ ギ リス は 、 急 激 に勢 力 圏 を拡 大 し、 フ ラ ンス と の 問 で し ぱ し
ば 領 土 争 い を 繰 り返 し た 。 そ し て1760年
の 英 仏 植 民 地 戦 争 で フ ラ ン ス が 敗 北 し、1763年
のバ リ
条 約 に よ っ て ヌ ー ベ ル フ ラ ン ス は 「ケ ベ ッ ク植 民 地 」 と 名 を 変 え て 、 イ ギ リ ス の 手 に 渡 っ た の で あ る 。
そ の 後 、 北 米 の イ ギ リス 領 の うち 、 南 の13州(つ
ま り、 後 に ア メ リ カ合 州 国 と して 独 立 す る地 域)
の イ ギ リ ス政 府 に 対 す る抗 議 運 動 が 激 し さ を 増 して い っ た。 こ の 運 動 が 北 、 つ ま りケ ベ ッ ク植 民 地 へ 波
及 す る こ と を恐 れ た イ ギ リス は、1774年
、 「ケ ベ ッ ク法 」 を制 定 し た。 これ は 、 ケ ベ ッ ク植 民 地 の フ ラ
ン ス系 住 民 に対 し、 カ トリ ッ ク信 仰 の 公 認 、 カ ト リッ ク教 会 の 既 得 権 の 擁 護 、 フ ラ ン ス 民 法 遵 守 の 許 可 、
領 主 制 の 存 続 な ど を認 め た。 これ らの 「フ ラ ン ス 的 事 実 」 の 確 認 は 、 イ ギ リ ス政 府 に と って は 大 幅 な 譲
歩 で あ っ た が 、 ケ ベ ッ ク をイ ギ リ ス領 に と ど め て お く上 で 大 成 功 で あ っ た。 し か し、 そ れ と同 時 に、 ケ
ベ ッ ク問 題 を 現 在 まで 残 し た原 因 で もあ っ た 。
な ぜ な ら、 フ ラ ン ス 系 住 民 に と っ て 、 カ ト リ ッ ク 教 会 は 、 ヌ ー ベ ル フ ラ ン ス 開 拓 当 初 か ら の 、 彼 ら の
ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 拠 り所 で あ っ た か ら で あ る 。 カ ト リ ッ ク 教 会 の 存 続 が 認 め ら れ た た め に 、 イ ギ リ ス
領 で あ っ た に4、か か わ ら ず 、 フ ラ ン ス 的 な 文 化 や 伝 統 を 守 り続 け 、 ケ ベ ッ ク と い う 殻 に 閉 じ こ も り な が
ら 、 イ ギ リ ス 系 と の 同 化 を か た く な に 拒 否 し 続 け た の で あ る。 こ の カ ト リ ッ ク 教 会 の 影 響 は 、20世
紀
中 頃 ま で 続 く こ とに な る。
1776年
、 ア メ リ カ独 立 革 命 に よ り、 ア メ リカ 、 イ ギ リス両 国 の 平 和 を訴 え て い た 王 党 派 の 一 部
が 、 ケ ベ ッ ク植 民 地 へ 北 上 し た 。 彼 ら は フ ラ ン ス 系 住 民 と は 異 な る地 域 に 定 住 し た が 、 こ の 急 激 な 人 ロ
ユ 「冬 の ビー バー」 は最 良 質で 高 値 を呼 ん だ。
z
構 成 の 変 化 に よ り、 イ ギ リス 系 、 フ ラ ン ス 系 両 住 民 の 対 立 が 激 し くな っ た。 そ こで イ ギ リス 政 府 は、 ユ
791年
、 ケ ベ ッ ク 植 民 地 を 、 オ タ ワ 川 を 境 に し て 、 束 の ロ ワ ー カ ナ ダ と 西 の ア ッパ ー カ ナ ダ に 分 割 し
た。 ロ ワ ー カ ナ ダ は 現 在 の ケ ベ ッ ク州 に あ た り、 引 続 きケ ベ ッ ク 法 を遵 守 した
。 一 方 、 ア ッパ ー カ ナ ダ
は 現 在 の オ ン タ リオ 州 に あ た り、 土 地 制 度 、 政 治 制 度 、 司 法 制 度 な ど は 、 イ ギ リス本 国 に な ら って 作 成
し た。
この よ うに して 、両 住 民 の 対 立 を 回 避 し よ う と し た わ けで あ るが 、 それ に もか か わ らず 、 ロ ワ ー カナ
ダ に お い て 、 経 済 的 ・政 治 的 実 権 を握 る少 数 イ ギ リス 系 商 人 層 と フ ラ ン ス 系 住 民 との 対 立 が ま す ま す 増
大 し、1837年
、 つ い に フ ラ ン ス 系 住 民 に よ る反 乱 が 起 こ っ た 。
こ の 事 件 に関 し、 イ ギ リス 本 国 か ら調 査 団 が 派 遣 さ れ 、rダ ラ ム ・レ ポ ー ト』 が 発 表 さ れ た 。 これ に
基 づ き、 ロ ワ ー 、 ア ッパ ー 両 カ ナ ダ は 再 統 合 さ れ 、 連 合 カ ナ ダ植 民 地 と な っ た。 この レ ポ ー トの 中 で
、
フ ラ ン ス 系 住 民 は 「劣 等 民 族 」 と断 定 さ れ て お り、 彼 ら を イ ギ リ ス系 住 民 に 同 化 させ る た め に再 統 合 が
行 わ れ た の で あ る。 これ は 、 「カ ナ ダ に お け る フ ラ ン ス 系 住 民 へ の 死 刑 宣 告 」 と して 受 け止 め られ た
。
1867年
・ ノ ヴ ァ ス コ シ ア ・ ニ ュ ー ブ ラ ン ズ ウ ィッ ク、 ケ ベ ・ ク、 オ 〃
カ ナ ダ 自 治 領(コ
リ オ の4少1・1から な る 連 邦 、
ン フ ェ デ レー シ ョ ン)が 発 足 し、 現 在 の カ ナ ダ 連 邦 の 母 体 が 誕 生 し た。 英 仏 両 言 語 の
連 邦 レベ ル で の 公 用 語 化 、 文 化 や 教 育 の 自律 性 を 認 め られ た た め 、 ロワ ー カ ナ ダ、 つ ま りケ ベ ック 州 は 、
コ ン フ ェ デ レ ー シ ョ ン へ の 参 加 を了 承 し た の で あ る
。
二 度 の 世 界 大 戦 を経 て 、1947年 、 「カ ナ グ 市 民 権 法 」 が 施 行 され た。 カ ナ ダ 人 は 、 そ れ まで は 「イ ギ
リス の 臣 民 」 で あ っ た が 、 これ に よ り、 晴 れ て カ ナ ダ の 市 民 権 を獲 得 した の で あ る
。
第 二 次 世 界 大 戦 を き っ か け と し て 、 ケ ベ ック に近 代 化 の 波 が 押 し寄 せ 始 め た 。 これ が き っ か け とな
り、 フ ラ ン ス 系 市 民 の 問 に ケ ベ ック の 近 代 化 に よ って 「二 級 市 民 」 の 現 状 を打 破 し よ う とす る動 きが 生
ま れ た 。 つ ま り、 フ ラ ン ス 的 社 会 の 残 存 だ けで な く、 ケ ベ ッ クの 発 展 も大 い に 重 視 され た の で あ る
。こ
の よ う に して 、 フ ラ ン ス 系 住 民 は民 族 と して の 自覚 を 強 め 、 ケ ベ ッ ク ナ シ ョナ リズ ム が 台 頭 を 始 め た。
1960年
に 州 の 政 権 を握 った ル サ ー ジ ュ は 、 「カ ナ ダ は2つ の 準 国 家 か ら な る連 合 国 とす べ き だ。」
と主 張 し、 「静 か な 革 命 」 を 開 始 した 。 この 「静 か な革 命 」 の 目標 は 、 ケ ベ ッ ク の 近 代 化 、 経 済 的 自立 の
強 化 、 フ ラ ン ス 系 カ ナ ダ人 に よ る政 治 的 自治 の 拡 大 な どで あ っ た。
ケ ベ ック 州 で は 当 時 、 諸 産 業 の75%(石
油 、 石 炭 は100%)を
少 数 派 の イ ギ リス 系 カ ナ ダ 人 や 外
国 系 に 支 配 さ れ て い た 。2こ れ ら を フ ラ ン ス 系 カ ナ ダ 人 の 所 有 に移 転 す る た め に 、 全 て の 電 力 発 電 所 を
州 有 化 す る な どの 政 策 が 取 ら れ た。 ま た、 社 会 福 祉 は 州 政 府 の 責 任 に よ って 行 な わ れ る よ うに な り
、教
育 面 で は 、 義 務 教 育 年 限 を16歳
ま で 引 き上 げ 、 教 科 内 容 を新 し く し、 大 学 を増 や し た。
一 方 、 「静 か な 革 命 」 よ り も っ と性 急 に 、 暴 力 に 訴 え て も完 全 な独 立 を勝 ち とろ う とす る過 激 派 の 動
き も活 発 化 して き た 。1962∼63年
に 活 動 を開 始 し た ケ ベ ッ ク解 放 戦 線 は 「民 族 自 決 」 と 「プ ロ レ
タ リア 革 命 」 を モ ッ トー に テ ロ活 動 を繰 り返 し て き た が 、 つ い に1970年
ユ0月 、 英 国 商 務 官 ジ ェ ー
ム ズ ・R・ ク ロ ス を 誘 拐 、 ケ ベ ッ ク 州 労 働 大 臣 ピ エ ー ル ・ラ ポル トを 誘 拐
、 そ し て殺 害 し た 。 連 邦 政 府
と ケ ベ ッ ク州 政 府 は 、 カナ ダ 全 土 に 戦 時 措 置 法 を 発 動 し て 、 騒 動 を鎮 圧 し た。 この 事 件 は 「十 月 危 機 」
と呼 ば れ て い るが 、 これ は 急 ピ ッチ で 進 行 し た ケ ベ ック ナ シ ョ ナ リズ ム の1つ の 頂 点 で あ
った。 しか し
な が ら、 フ ラ ン ス系 住 民 の 支 持 を 得 る こ とは で き な か っ た 。 彼 ら は 、 何 ら か の か た ちで ア ン グ ロサ ク ソ
ン系 社 会 か らの 分 離 、 も し くは 独 立 を望 ん で は い た が 、 そ れ を暴 力 的 手 段 に 訴 え る こ とに は、 明 ら か な
拒 絶 反 応 を示 し た の で あ る。
1976年
、 「静 か な 独 立 」 を 目標 とす る ケ ベ ック 党 が 、 州 選 挙 で 勝 利 した 。 州 政 府 は経 済 成 長 を 重
視 し た が 、 そ れ と 同 時 に1977年
定 め た(こ
、 フ ラ ン ス 語 憲 章 に よ り、 フ ラ ン ス 語 を ケ ベ ッ ク 州 唯 一 の 公 用 語 と
れ に つ い て は ・ 第 二 章 で 詳 し く触 れ る こ と に す る)。
そ して1980年
2,馬 場(1984)1)p.128
、 「ケ ベ ック が 主 権 を獲 得 し、 カ ナ ダ との 経 済 的 連 合 を 維 持 す る こ と を可 能 に す る
`3
協 定 を交 渉 す る権 限 を ケ ベ ック 政 府 に 認 め る」 か 否 か 、 わ か りや す く言 え ぱ 、 分 離 ・独 立 を 支 持 す るか
否 か を 州 民 に問 う レ フ ァ レ ン ダ ム(州 民 投 票)が 実 施 され た。 結 果 は 「賛 成 」 が 約40%
%と 、 前 者 の 完 敗 に 終 っ た 。38割
理 由 と して2つ
あ げ ら れ る。1つ
、 「反 対 」 が 約60
が フ ラ ン ス 系 住 民 に も関 わ らず 、 「反 対 」 に投 票 し た 州 民 が 多 か っ た
は ケ ベ ッ ク独 立K伴
う経 済 的 損 失 が あ ま りに も大 き過 ぎ る こ と
、 もう
1っ は、 ケ ベ ッ ク人 に な る こ と と カ ナ ダ 人 に な る こ とは 全 く矛 盾 し な い と フ ラ ンス 系 住 民 の 多 くが 判 断
し た た め で あ る。
そ の 後 、 ケ ベ ッ ク党 は1985年
第2章
の 選 挙 で 敗 退 し、 独 立 運 動 は 下 火 へ 向 か う こ とに な る。
言 語政 策 か ら見 た カナダ史
第1章 で は 、 ケ ベ ッ ク問 題 を 中 心 と し た カ ナ ダの 歴 史 に つ いて 述 べ た が 、 こ の 章 で は フ ラ ン ス系 住
民 と言 語 政 策 の 歴 史 に し ぼ る。
前 章 で 述 べ た 通 り、 ヌ ー ベ ル フ ラ ン ス が イ ギ リ ス 領 と な っ た も の の 、 フ ラ ン ス 系 住 民 は
法 」 に よ り、 フ ラ ン ス 語 を 守 る こ とが 出 来 た。1867年
「ケ ベ ッ ク
の コ ン フ ェ デ レー シ ョ ン結 成 の 際 に は
、二言
語 政 策 が 認 め ら れ 、 連 邦 議 会 や 裁 判 所 な どの 連 邦 政 府 の 施 設 に お い て 、 英 語 及 び フ ラ ン ス 語 の 使 用 が 保
障 さ れ た の で あ る。
これ に と もな い 、 マ ニ トバ 州 政 府 は1870年
か ら フ ラ ン ス語 の 使 用 や カ トリ ッ ク教 育 を 認 め て い
た。 しか し・1890年
・ 州 政 府 は 英 語 とフ ラ ン ス語 の 分 離 学 校 制 度 の 廃 止 を制 定 し、英 語 の み に よ って
教 育 を 行 な うよ う決 定 し た 。 これ は 「マ ニ トバ 学 校 法 」 と呼 ば れ 、 当 然 フ ラ ンス 系 の 強 い反 対 を受 け た。
マ ニ トバ 州 政 府 が こ の よ う な決 定 を下 した 背 景 に は2つ の 原 因 が あ る。1つ は 、 マ ニ トバ 州 に お け る
英 語 系 プ ロテ ス タ ン ト住 民 が 急 増 し・彼 らの 税 負 担 で 費 用 の か か る二 重 の 学 校 制 度 を維 持 す る必 要 を認
め な か っ た こ と、 も う1つ
は、 マ ニ トバ 州 が 連 邦 政 府 の 優 越 に 対 して 反 感 を 持 っ て い て
、連 邦政 府 の政
策 に反 発 して い た こ とで あ る。
1896年
いて1日30分
の 連 邦 の選 挙 で 政 権 を 握 っ た ロー リエ は、 マ ニ トバ 学 校 法 の 例 外 と して 、 公 立 学 校 に お
の カ トリ ック 教 育 を 認 め る こ と・10人
の 学 童 が 英 語 以 外 の 言 語 を 母 語 とす る場 合 、 そ
の 学 校 は 二 言 語 制 を と る な ど を マ ニ トバ 州 政 府 に認 め させ 、 この 問 題 は一 応 の 決 着 を見 た の で あ る。
オ ン タ リオ 州 も、 連 邦 の 方 針 に し た が って 二 言 語 主 義 を 保 障 して い た が 、1912年
、r法 規 十 七 』
を 制 定 し た。 こ れ は、 フ ラ ン ス 語 に よ る教 育 を禁 じて い るわ け で は な いが 、 使 用 を極 端 に 制 限 し 、 ゆ く
ゆ くは 廃 止 し よ う とす る意 図 が 明 確 で 、 フ ラ ン ス語 は、 英 語 を全 く理 解 し な い生 徒 が 英 語 を理 解 す る よ
う に な る ま で 使 わ れ る に す ぎ な い もの と し た。 この よ う な法 規 を制 定 した 背 景 に は 、 まず マ ニ トバ 学 制
問 題 と同 じ く、 二 言 語 主 義 は財 政 的 負 担 が 大 き い こ と、 そ して 、 フ ラ ン ス 語 学 校 の 教 育 水 準 が 英 語 学 校
に比 べ て 低 い こ と、 さ ら に、 オ ン タ リオ 州 の 特 殊 事 情 と して 、 ア イ ル ラ ン ド系 な ど の フ ラ ン ス 語 を使 用
し な い カ ト リ ッ ク教 徒 が 、 フ ラ ン ス 語 使 用 に激 し く反 対 した こ と が あ げ られ る。
も ち ろ ん 、 フ ラ ン ス 系 住 民 は 法 観 十 七 に 猛 反 対 し た が 、 イ ギ リ ス 系 を 中 心 と し た オ ン タ リオ 州 民 の
支 持 に よ り、 二 言 語 ・二 文 化 の 原 則 は拒 否 さ れ た 。 この 動 き は マ ニ トバ 州 や サ ス カ チ ュ ワ ン州 の フ ラ ン
ス 系 住 民 に も飛 び 火 し た が 、 いず れ の 州 に お いて も、 こ の 原 則 は 否 定 さ れ た。
これ ら2つ の 言 語 ・教 育 問 題 に共 通 す る事 柄 と して2つ
あ げ る こ とが 出 来 る。
ま ず 、 マ ニ トバ 州 や オ ン タ リオ 州 に お い て 、 フ ラ ン ス 系 住 民 は マ イ ノ リテ ィー で あ る と い う こ とで あ
る。 こ の 両 州 だ け で は な い ・ ケ ベ ッ ク 州 以 外 の 全 て の 州 に お い て 、 彼 ら は マ イ ノ リ テ ィ ー な の で あ る 。4
3大 原(1981)pp.225-226
.}当時 の民族 構成 を示 した資 料 は残念 なが ら見 つ け る ことは出来 な か ったが、 参考 まで に現在 の構成 を示す と、 ケ ベ ック州 民 の
8割 が フ ラ ン ス 系 住 民 で あ る が ・ そ の 灘
多 い 二 ・ 一 ブ ラ ウ ン ズ ウ ・・ ク 州 力・3響敬
その他 の 州は 嘲
以下で あ る
.大
原(198・)
4
多 数 派 で あ るイ ギ リ ス系 住 民 の 負 担 し た税 金 が 彼 ら に は 直 接 関 係 の な い フ ラ ン ス系 住 民 の た め に 使 わ れ
るの は 、 彼 ら に と っ て 許 せ な か っ た 。 これ は 仲 の 良 くな い 民 族 間 に お いて は当 然 で あ ろ う。
そ して 、 この2つ
の 問 題 の バ ッ ク ボ ー ン と して 、 カ ト リ ック 教 会 の 存 在 が あ る。 当 時 の フ ラ ン ス 系
住 民 に と って 、 カ ト リ ッ ク教 会 は彼 ら の生 活 の 中 心 で あ っ た。 カ ト リ ック 教 会 は フ ラ ン ス 的 社 会 の 残 存
を 目指 し た が 、 フ ラ ン ス語 は フ ラ ン ス的 な もの の ユつ と し て 位 置 付 け られ て い た と考 え られ る。 フ ラ ン
ス語 教 育 の 制 限 は 、 あ くま で 付 随 的 な も ので あ って 、 ・fギリ ス系 プ ロ テ ス タ ン トは、 そ れ に よ って カ ト
リ ッ ク教 育 を廃 止 し た い と考 えて いた に 違 い な い 。 言 語 問 題 の 奥 に隠 さ れ た 宗 教 対 立 を見 逃 して は な ら
ない。
1964年
、 ピア ソ ン政 権 の 連 邦 政 府 で 、 「二 言 語 ・二 文 化 委 員 会 」 が 設 立 され 、 フ ラ ンス 系 住 民 の
不 満 が 調 査 さ れ た 。 そ の 結 果 、 彼 らの 不 満 は 正 当 な もの と認 め ら れ 、 フ ラ ン ス語 を よ り実 質 的 な 公 用 語
とす る よ う勧 告 し た。 そ して 、1969年
の 「公 用 語 法 」 の 制 定 に よ り、 二 言 語 政 策 が さ ら に 明 確 化 さ
れ た。
と こ ろで 、 彼 らの 不 満 は本 当 に正 当 な もの で あ っ た の だ ろ うか ◎1964年
とい えば、 ち ょ うどケ
ベ ッ ク に お い て 「静 か な革 命 」 が 進 行 中 で 、 ケ ベ ッ ク ナ シ ョナ リズ ム の 気 運 が 高 ま りつ つ あ っ た 。 そ の
よ う な状 況 に お い て 、 も し 「不 満 は 不 当 な もの だ 。」 と断 定 す れ ば 、 ま す ます フ ラ ン ス 系 住 民 の 不 満 は
高 ま り、 分 離 ・独 立 に拍 車 を か け て もお か し く な か っ た はず で あ る。 こ の 調 査 結 果 は、 ケ ベ ッ ク 州 に配
慮 し た もの で は な か っ た で あ ろ うか 。
さて 、 この 動 き に ドイ ツ系 ・東 欧 系 ・ウ ク ラ イ ナ 系 な ど、 他 の マ イ ノ リテ ィ ー は 反 発 した 。 彼 ら は カ
ナ ダ の 発 展 の た め に 貢 献 し て き た の に 、 そ れ が 認 め ら れ て い な い と主 張 し た の で あ る。 この 不 満 を抑 え
る た め に、 「二 言 語 ・二 文 化 政 策 」 は 「二 言 語 ・多 文 化 政 策 」 に 変 更 さ れ た が 、 政 治 的 ・経 済 的 レベ ル で
は フ ラ ン ス 系 ほ どの 改 善 は な く、 マ イ ノ リテ ィ ー の 地 位 の 向 上 に は つ な が っ て い な い。
1977年
、 ケ ベ ッ ク 州 は フ ラ ン ス語 憲 章(法 例 ユ01)を
定 め 、 フ ラ ン ス語 を 同 州 唯 一 の 公 用 語 と
した 。 これ に よ り、 法 的 に 英 語 の 締 め 出 し を は か っ た の で あ る。 具 体 的 に は 、 す べ て の 標 識 や 看 板 を フ
ラ ン ス語 で 表 記 す る こ と、 州 外 出 身 の 児 童 は 、 す べ て フ ラ ン ス語 の 学 校 に通 学 す る こ と、 従 業 員50人
を 超 え る企 業 は フ ラ ン ス語 で 業 務 を 行 わ な け れ ば な ら な い こ と な ど を 定 め た 。
この 法 令 は 、先 の マ ニ トバ 学 制 問 題 や オ ン タ リオ 州 の 一 件 の イ ギ リス 系 と フ ラ ン ス 系 が 逆 に な っ た よ
う な もの で あ るが 、 そ れ ら との 決 定 的 な 違 い は 、 過 去 の 問 題 は宗 教 と言 語 で あ っ た の に 対 し、 こ の 法 令
で は 言 語 と経 済 的 な こ と を問 題 に して い る。 大 企 業 が フ ラ ン ス 語 で 業 務 を 行 わ な け れ ば な ら な い の は 、
これ に よ っ て イ ギ リ ス系 ・外 国 系 に 多 くを握 ら れ て い る産 業 を フ ラ ン ス 系 に 移 行 す る た め で あ る。5
連 邦 の 二 言 語 政 策 に 反 して 州 の 公 用 語 を フ ラ ン ス語 の み に 定 め た こ と は 、 過 去 に は カ ト リ ッ ク信 仰
に よ って 表 現 して い た ア イ デ ン テ ィ テ ィ を言 語 で 行 お う と い う動 きで あ り、 フ ラ ン ス 語 が ケ ベ ッ ク 州 の
フ ラ ン ス系 住 民 に と っ て 、 一 種 の 「シ ンポ ル 」 とな っ て い るの で あ る。
さて 、 現 在 の カ ナ ダ の 言 語 政 策 で あ るが 、 連 邦 政 府 は1982年
の 憲 法 改 正 に よ り・ 連 邦 の 施 設 で の 二
言 語 政 策 を さ ら に 明 確 化 し た。 ケ ベ ッ ク州 は 前 述 の 通 り、 フ ラ ン ス 語 を 州 唯 一 の 公 用 語 と して 、 英 語 の
使 用 を 制 限 して い る。 ニ ュ ー ブ ラ ウ ンズ ウ ィッ ク州 の フ ラ ン ス系 住 民 は ア ル カ デ ィ ア 人 と1呼ば れ 、、 州 の
3割 を 占 め て い る。 英 語 系 、 フ ラ ン ス語 系 そ れ ぞ れ 独 自 の 教 育 シ ス テ ム が 成 立 して い て 、 両 住 民 の 対 立
は 避 け ら れ て い る。 憲 章 で 州 と して 公 式 に 二 言 語 併 用 を宣 言 して い るの は この 州 だ けで あ る。 マ ニ トバ
州 は19世
紀 末 に マ ニ トバ 学 制 問 題 で ゆ れ た が 、 最 近 に な って 再 び フ ラ ン ス語 を公 用 語 と し て 認 め よ う
とす る動 き が あ る。 オ ン タ リオ 州 政 府 は 非 公 式 で は あ る が 、 フ ラ ン ス 語 を公 用 語 と して 認 知 して い る。
ち なみ に 、 マ ニ トバ 州 で も オ ン タ リオ 州 で も フ ラ ン ス語 を家 庭 で 話 す ひ と の 割 合 は非 常 に低 い。
さて 、 この 章 の 締 め く く り と して 、 二 言 語 政 策 に伴 う費 用 に つ い て 触 れ て お く。
1)p.ll
l経 済 的 発 展 は、1976年
に 州 の 政 権 を握 っ た ケ ベ ッ ク党 の 目標 の1つ
で あ る。
5
マ ニ トバ 学 制 問 題 に して も、 オ ン タ リオ の 法 規 十 七 に し て も、 制 定 さ れ た 原 因 の1つ
と して 費 用 が
か か り過 ぎ る こ とが あ っ た 。 現 在 の 連 邦 に お い て 、 会 議 で は 必 ず 同 時 通 訳 を お き、 発 行 す るパ ン フ・
レッ
トは 英 語 版 、 フ ラ ン ス語 版 を用 意 す る。 二 言 語 政 策 を実 行 す る た め に は 莫 大 な 費 用 を必 要 とす る。 フ ラ
ン ス系 住 民 が3割
強 を 占 め る ニ ュ ー ブ ラ ウ ン ズ ウ ィッ ク州 は と もか く、 そ の 他 の 州 で 、 多 くの 費 用 を か
け て ま で 英 仏 語 平 等 の 二 言 語 主 義 を と る必 要 が あ る の だ ろ うか 。
第3章
ケベ ック問題 の性 質、 重要 性 とその行 方
1982年 、 カ ナ ダ の 法 的 な イ ギ リ ス か ら の 完 全 な 独 立 や 、 人 権 憲 章 を含 む 憲 法 改 正 案 が イ ギ リス 議 会
の承 認 を経て 公 布 され た。
しか し、 ケ ベ ック 州 は こ の 法 案 を承 認 し な か った 。 新 し い憲 法 体 制 は ケ ベ ッ クの 「特 別 の 地 位 」 を認
め る もの で は な く、 州 民 の 独 自性 を保 護 ・促 進 で き な い と い う理 由 か らで あ る。 そ し て1986年
ベ ッ ク 州 は5つ
、ケ
の提 案 を出 した。 そ の要求 内容 は、
[i]ケ ベ ック 州 の 「独 特 な社 会 」 と し て の 認 知
図 連 邦 政 府 の 支 出 権 に 対 す る制 限
[3]ケ ベ ッ クへ の 移 民 お よ び ケ ベ ッ ク 州 内 の 移 民 者 に対 す る州 の 管 轄
団 今 後 の 憲 法 改 正 に対 す る拒 否 権
[・51連
邦 最 高 裁 判 所 お よび 上 院 へ の 任 命 に 対 す る若 干 の 発 言 権
で あ る。[1]に 関 して 、 州 政 府 は そ の 「特 異 性 」 を保 護 す るだ けで な く、 促 進 す る 役 割 を持 つ と主 張 して
い る。 ま た 、 圖 は 、移 民 の制 限 を して フ ラ ン ス系 住 民 の 比 率 を高 め る狙 い が あ るの は 明 白 で あ る。 最 近
に な っ て カ ト リ ッ ク の 影 響 が 薄 れ て き た た め に ケ ベ ック 州 の 出 生 率 が 落 ち て きて い る と い う事 実 も、 こ
れ に反 映 して い る か も知 れ な い。
1987年
法 案 は2つ
、 連 邦 政 府 は この 「わ が ま ま 」 を ほ ぼ 認 め た(ミ
ー チ 湖 合 意)。 し か し1990年
、 この
の 州 の 反 対 に よ り、 結 局 不 成 立 に終 っ た 。
こ れ を き っ か け に、 ケ ベ ッ ク 州 で は再 び 分 離 ・独 立 運 動 の 兆 し が あ る と い う。 分 離 ・独 立 へ の 支 持
は 、1970年
89年7月
年4月
に51%だ
っ た の が 、75年
の 調 査 で は34%、
に は48%に
89年
に41%、85年
そ し て90年5月
に は61%と
に は17%と
大 き く落 ち 込 ん だ。 し か し、
い う高 い 数 字 を記 録 し た。 そ の 後 、91
ま で 戻 っ た が 、 分 離 ・独 立 の 兆 しが 見 え て い る こ と に は 違 い な い 。6
か ら90年
に か けて 、 旧 ソ連 や 東 欧 に お い て 民 主 化 や 独 立 が 相 次 い だ。 これ らの 動 き と ケ ベ ッ
ク の 独 立 運 動 と の 間 に は 関 係 が あ る の だ ろ うか 。 吉 田(1990)は
、
「ケ ベ ッ ク問 題 と ソ連 ・東 欧(あ る い は ア フ リカ、 ア ジ ア、 中 南 米)の 民 族 問 題 に は あ ま り共 通 性 が
な い 。 第 一 、 ソ連 ・東 欧 の 民 族 問 題 が 武 力 に よ る分 割 ・統 合 な ど を 背 景 に して い る の に対 し、 ケ ベ ッ ク
の 場 合 、 フ ラ ン ス 系 住 民 は や や 不 満 な が ら も、 こ れ まで カ ナ ダ 連 邦 に 率 先 して 留 ま り、 そ れ を支 え て き
た。 ケ ベ ッ コ ワ は 、 前 述 の よ うに 、 多 民 族 国 家 カ ナ ダの な か で 、 他 の 国 民 と全 く同 じ民 主 的 権 利 を享 有
し、 国 政 に 参 加 し て き た だ けで な く、 言 語 や 社 会 風 習 の 特 異 性 さ え 容 認 され て き た 。連 邦 体 制 の も とで 、
植 民 地 主 義 や 武 力 抑 圧 と も、 ほ とん ど無 縁 で あ っ た。 イ デ オ ロギ ー の衝 突 もな い。」
と述 べ て い る。 確 か に 「理 想 国 家 」 カ ナ ダ に は大 き な紛 争 もイ デ オ ロギ ー の 衝 突 も ほ とん ど な い。 と こ
ろ が 、 フ ラ ン ス 系 住 民 の 中 に は 、 他 の 国 民(つ
ま りは イ ギ リス 系)と
全 く同 じ民 主 的 権 利 を享 有 して き
た とは 思 わ な い人 もい る はず で あ る。
彼 ら は 歴 史 的 に 、 い つ も被 害 者 で あ る と い う 意 識 を持 って き た 。 開 拓 し た ヌ ー ベ ル フ ラ ン ス は イ ギ
6吉
「
日(1991)PI)
.8=3
G
リ ス人 の 手 に 渡b、
「フ ラ ン ス 的 事 実 」 は容 認 さ れ た もの の 、 彼 らの 拠 り所 で あ る カ ト リ ッ ク教 育 や フ
ラ ン ス 語 教 育 が 制 限 され た り し た。 政 治 へ の 参 加 も フ ラ ン ス系 で あ っ た り フ ラ ン ス語 しか 話 せ な い 人 に
と って は 不 利 な状 況 が 長 く続 い た 。 ケ ベ ッ ク州 にお い て 、 諸 産 業 の 多 くは イ ギ リス 系 や 外 国 系 が 支 配 し、
経 済 界 の 公 用 語 は 英 語 が ほ とん どで あ っ た 。 イ ギ リ ス 系 と と も に カ ナ ダ を つ く りあ げ て き た と信 じ る フ
ラ ン ス系 に と って 、 これ らの こ と は、 彼 らの プ ラ イ ドが 許 さ な い 。 彼 ら の 意 識 の 中 に・ この よ うな 「二
級 市 民 」 の 状 況 を 打 破 し た い とい う思 い が い つ も あ っ た の で あ る。 そ れ が ケ ベ ッ クの 分 離 ・独 立 運 動 へ
とつ な が っ て きた の で あ る。
旧 ソ連 、東 欧 の 一 連 の 動 き に刺 激 され て 、 ケ ベ ッ クの 分 離 ・独 立 が 盛 り上 が っ た とは 考 え難 い が 、 武
力 抑 圧 な ど を受 け て き た 旧 ソ連 、 東 欧 の 国 々 も、 ケ ベ ック も、 「民 族 ア イ デ ン テ ィテ ィ」 の 誇 り を持 ち な
が ら 「異 民 族 」 か らの 独 立 を叫 ん だ の で あ る。
これ に 対 し、 連 邦 政 府 は 過 去 に お いて も、 ま た 現 在 に お い て も二 言 語 政 策 を 取 る な ど し て フ ラ ン ス
系 住 民 に配 慮 を続 けて き た。 特 に、 フ ラ ン ス 系 の 多 い ケ ベ ッ ク 州 に は 他 の 州 と比 べ て 多 くの 権 限 が与 え
られ て い た り、要 求 が 承 認 され て い た りし て い る。 た と え ば 、 教 育 権 や 民 事 権 は 連 邦 政 府 で は な くて ケ
ベ ッ ク州 政 府 に権 限 が あ る。 福 祉 制 度 、 課 税 権 の 配 分 、 平 衡 交 付 金 な ど に つ い て も連 邦 政 府 は ケ ベ ック
州 に対 し、 大 幅 な譲 歩 を して い る。 さ ら に 、 連 邦 政 府 は 代 々 フ ラ ン ス系 を 閣 僚 に 起 用 し よ う と努 め た り
も して き た。 さ ら に、 強 力 な 特 権 と して 、 「離 脱 規 定 」(州 が あ る 条 項 の 適 用 を受 けず に す む)と
除 外 規 角(州
法 を 憲 法 に 優 先 さ せ て も良 い)の2つ
「適 用
が 、 カ ナ グ 憲 法 に よ っ て 定 め られ て い る。1988
年 に 憲 法 違 反 の 判 決 を受 け な が ら、 フ ラ ン ス 語 の み の 看 板 表 記 を敢 行 す る別 の 法 律 を採 択 で き た の は 、
この 「適 用 除 外 規 定 」 が 定 め られ て い る か らで あ る。
な ぜ 連 邦 政 府 は こ こま で ケ ベ ッ ク 州 に特 権 を与 え る こ と を 認 め て い るの で あ ろ うか 。 そ れ は、 カ ナ
ダ に と っ て ケ ベ ッ ク 州 は非 常 に重 要 な 地 域 で あ り、 独 立 さ れ て は 非 常 に 困 る か らで あ る。
ま ず 、 地 理 的 重 要 性 とし て は 、 も しケ ベ ッ クが 独 立 す る と、西 の5州
と東 の4州
が 切 り離 され る形 と
な り、 た だ で さ え連 邦 政 府 の 権 限 が そ れ ほ ど強 くな い の に、 ま す ま す 連 邦 の 力 が 弱 ま って 、 最 悪 の 場 合
に は連 邦 が 解 体 す る可 能 性 もあ る。
ま た、 経 済 的 に も、 ケ ベ ッ ク 州 は重 要 な 地 域 で あ る。 パ ル プ と紙 の 生 産 量 は カ ナ ダで 第 ユ位 、 ア スベ
ス ト(石 綿)は 世 界 第1位
で あ る。 水 力 資 源 は カ ナ ダ の3分
の1を
占 め て お り・ カ ナ ダ の 発 電 量 の2分
の
1は ケ ベ ッ クで 発 電 され る。 とに か くケ ベ ッ ク は零 然 資 源 に恵 ま れ て い るの で あ る。
も し ケ ベ ッ ク が 独 立 す る と、 カ ナ ダ は 国 内 総 生 産 の4分
第7位
か ら第8位
へ 落 ち る。 人 口 も2650万
の1を
人 か ら2000万
失 い 、 経 済 力 は ス ペ イ ン に抜 か れ て
人 を割 って し ま う。 これ で は 先 進 国首
脳 会 議 に 残 れ るか もわ か っ た もの で は な い。 ケ ベ ッ ク州 に 特 権 を与 え 、 フ ラ ン ス 系 住 民 の 感 情 の鎮 静 化
に多 大 な 努 力 を 払 って い るの は こ の た め で あ る。
と こ ろ で 、 も し ケ ベ ッ ク が 独 立 し た 場 合 、 ケ ベ ック 州 は 国 家 と して や って ゆ け るで あ ろ うか 。 州 と し
て は、 カ ナ ダ本 国 との 経 済 的 連 合 を 保 ち な が ら、 政 治 的 、 社 会 的 に 独 自制 を 打 ち 出 そ う と して い る。 こ
れ が 理 想 で あ ろ うが 、 は た して カ ナ ダ が 、 独 立 し た ケ ベ ッ ク州 と経 済 的 連 合 を組 む で あ ろ うか 。経 済 的
な 保 証 が な い と、 ケ ベ ッ ク と し て は非 常 に つ ら い で あ ろ う。
ケ ベ ッ ク政 府 は、1992年10月
ま で に 大 幅 な権 限 拡 張 が 認 め られ な け れ ば 、 分 離 ・独 立 を 問 う州
民 投 票 を実 施 す る と い う法 案 を採 択 し た 。
こ れ に対 し連 邦 政 府 は ケ ベ ッ ク の 独 立 を 阻 止 す る た め 、1992年7月
、 ケ ベ ッ ク を除 く9つ の 州
に ケ ベ ッ ク の 「特 別 な社 会 」 を認 め る憲 法 改 正 案 を合 意 させ た 。 ケ ベ ック の 独 立 を 防 ぐた め に、 連 邦 政
府 は 懸 命 で あ る。
私 は 近 い 将 来 、 ケ ベ ッ ク 州 が さ ら に 大 幅 な 権 限 を与 え られ る こ とは あ って も、 独 立 を 果 た す と は思
え な い。 なぜ な ら、 旧 ソ連 や 東 欧 の よ う に 生 活 が か か って い れ ば と もか く、 先 進 国 カ ナ ダ の 国 民 で あ る
ケ ベ ッ ク州 民 に は 「独 立 」 と い う危 な い 橋 を 渡 る必 要 が 全 く な い か らで あ る。1970年
の10月
危機
7
に お い て 、 テ ロ行 為 に 州 民 が 同 調 し な か っ た あ は 、 そ の あ らわ れ で あ る。 彼 ら は フ ラ ン ス 系 社 会 の ア イ
デ ン テ ィ テ ィ(そ の うち の1つ
と し て フ ラ ン ス語 が あ げ られ る)が 保 証 され て い れ ば ・ 多 少 の 不 満 は あ
る に して も、 十 分 満 足 す る はず で あ る。
お わ りに
言 語 政 策 とケ ベ ッ ク問 題 を 中 心 に して カ ナ ダ を見 て きた わ けで あ るが 、 「カ ナ ダ は我 々 に よ って つ く
ら れ た 」 と信 じる イ ギ リ ス系 と、 「カナ ダ は英 仏 両 国 民 が つ く りあ げ た 。 我 々 の 貢 献 を認 め ろ」 と主 張 す
る フ ラ ン ス 系 との 溝 は昔 か ら深 く、 そ れ が 現 在 の ケ ベ ッ ク問 題 に つ な が っ て い る。 これ に加 えて 「も し
ケ ベ ッ クが 独 立 す るな ら ば、 我 々 もケ ベ ッ クか ら独 立 す る」 と主 張 す るイ ン デ ィア ン な どの 先 住 民 ・ 「フ
ラ ン ス 系 ば か りが 優 遇 され て い て 、 我 々の 貢 献 が 認 め られ て い な い 」 と主 張 す る ドイ ツ系 な どの マ イ ノ
リ テ ィー の 問 題 が 複 雑 に絡 み 合 って い る。 多 民 族 国 家 カ ナ ダ の 悩 み は これ か ら も続 くので あ る。
★ 参 考文献
今 津 晃rア
大 原 祐 子rカ
メ リカ独 立 戦 争 』 至 誠 堂:東
京 、1967
ナ ダ 現 代 史 』 山 川 出 版 社:東
大 原 祐 子(編)、 馬 場 伸 也(編)r概
奥 田和 彦
京 、1981
説 カ ナ ダ史 』 有 斐 閣:東
r米 加 自 由 貿 易 協 定 と 日本-米
京 、1984
加 経 済 関 係 の 史 的 展 開 と今 後 』 ジ ャパ ン タ イ ム ズ:東
京、
1990
加 藤 晋 章r多
元 国 家 カ ナ ダ の 実 験 一連 邦 主 義 ・先 住 民 ・憲 法 改 正 』 未 来 社:東
在 カ ナ ダ 日本 国 大 使 館 編r世
京 、1990
界 各 国 便 覧 叢 書[北 米 編]カ ナ ダ』 国 際 問 題 研 究 所:東 京 、1984
ジ ョ ン ・セ イ ウ ェル 著 、 吉 田 善 朗 監 修rカ
ナ ダ の 政 治 と憲 法 』 三 省 堂:東
京 、1987
吉 田 健 正 「カ ナ ダ も う一 つ の連 邦 国 家 一 ケ ベ ッ ク民 族 問 題 の ゆ く え」r世 界 』 岩 波 書 店:東
年10月
京 、1991
号
吉 田 健 正 、J・-セイ ウェル 、S・フ ァー ス編 著rカ
ナ ダ を知 る一 も うひ とつ の ア メ リ カ』篠 崎 書 林:東
「ケ ベ ッ クの 行 政 権 拡 大 」、r日 本 経 済 新 聞 』1992年7月9日
付 夕刊
京 、1985
s
ピ
己
イ
以 上 が1992年
春 学 期 の 古 石 研 究 会 に お け る タ ー ム ペ ー パ ー に 、 加 筆 ・修 正 を加 え た もの で あ る。
さて 、 そ の 後 の ケ ベ ッ ク問 題 の 動 きで あ る が 、1JJ2年10月26日
、 連 邦 政 府 は先 に連 邦 会 議 で 合 意
し た 、 ケ ベ ック を 「特 別 な社 会 」 と して 認 め る な ど とい っ た 内 容 の 憲 法 改 正 案 を国 民 投 票 に か け た。
し か し、 国 内 十 州 の う ち、 六 州 で 拒 否 票 が 過 半 数 を 占 め 、 全 州 で の 承 認 を条 件 と して い 左今 回 の 轟
法 改 正 は失 敗 に終 っ た。 そ の 結 果 、 ケ ベ ッ ク州 が 現 行 憲 法 を 受 け入 れ る機 会 は 当 分 な く な っ た。
50年 ぶ りに行 な わ れ た 今 回 の 国 民 投 票 で 、 予 想 以 上 の 大 差 で 改 正 案 が拒 否 され た の は 、 改 正 案 の 内
容 そ の もの と い う よ り、 三 選 を 目指 す マ ル ニ ー ニ ーIY由iの 事 実 上 の 信 任 投 票 とな っ た た め で あ る とい っ
た 見 方 が 強 い。 そ の 背 景 に は、 高 失 業 率 な どの 景 気 低 迷 に 苦 しむ カ ナ ダ の 姿 が は っ き り と見 え る。
ま た、r州 の 権 限 強 化 が 不 十 分 」 と して 拒 否 票 が 過 半 数 を 占 め た ケ ベ ッ ク 州 は 、 「独 立 」 と い う切 札
を ち ら つ か せ て い る。 ケ ベ ック 州 が 独 立 を果 た す か は疑 問 だ が 、 分 離 独 立 派 の ケ ベ ッ ク党 が 、 州 与 党 の
自 由 党 を 上 回 る人 気 を保 って お り、 次 期 州 議 会 選 挙 で ケ ベ ッ ク党 が 与 党 に返 り咲 い た 場 合 、 連 邦 政 府 に
対 して さ ら に強 硬 な態 度 を と る こ とは 間 違 い な い。
(な お 、 こ の 付 記 は10刀27、28Fl付
、 ti本 糸苓済 新 聞 を 参 考 に し た 。)
1992年10月28日
9
<資 料1>カ
ナ ダ の 言 語 政 策 とケ ベ ッ ク 問 題 に関 す る年 表
言語政策
ケ ベ ッ ク問 題
1534カ
ル チ エ の 第1回
1760英
仏 植 民地 戦 争で フ ラ ンスが敗北
1774「
ケ ベ ッ ク法 」 制 定
1791ケ
ベ ック植民 地 の分 割
1841ロ
航海
ワ ー 、 ア ッパ ー 両 カ ナ ダ の 再 統 合
(連 合 カ ナ ダ植 民 地 の 成 立)
1867カ
ナ ダ 自 治 領(コ ン フ ェ デ レー シ ョ ン)
1890「
マ ニ トバ 学 校 法 」 成 立
の成 立
1912オ ン タ リオ 州 、 「法 規 十 七 」
制定
1947「
カ ナ ダ市 民 権 法 」 施 行
1960ケ
ベ ッ ク 州 、 「静 か な革 命 」 開 始
1964「
二 言 語 ・二 文 化 委 員 会 」 設 立
1970「
十 月危 機 」
1969「
公 用 語法 」成 立
1980ケ ベ ッ ク州 民 投 票 、 州 政 府 に 連 邦
政 府 との 「主 権 ・連 合 」 交 渉 権 を
与 えず
1982カ
1992ケ
ナ ダ 新 憲 法(1982年 憲i法)公 布
ベ ッ ク 州 を 「特 別 な 社 会 」 と し て
認 め る憲 法 改 正 案 に 各 州 が 合 意
そ の 賛 否 を問 う国 民 投 票 を50年 ぶ り
に実施
1977ケ ベ ッ ク 州 、 「フ ラ ン ス語 憲 章 」
可決
10
<資 料2>カ
ナ ダ全 土 の 地 図
(日 本 経 済 新 聞10月16日
付 朝 刊)
慶応義塾大学湘南藤沢 キャ ンパス
T252
Keio UniversityShounan Fujisawa Campus
神奈川県藤 沢市遠藤5322
5322,Endo, Fujisawa, Kanagawa,252, JAPAN
ダウンロード

カナダの言語政策とケベック問題について