山梨県工業技術センター
研究報告№25 (2011)
導電性高分子皮膜の形成法に関する研究
芦澤
里樹・尾形
正岐
Formation of Conducting Polymer Coating on Metals for Corrosion Protection
Satoki ASHIZAWA and Masaki OGATA
要
約
導電性高分子の防食皮膜への応用を目的に,鉄素材への導電性高分子の成膜について検討した.ポリピロールの電
解重合,ポリアニリンおよびポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の塗装により,鉄素材へ導電性高分子皮膜の
形成を行った.抵抗測定の結果から,導電性高分子皮膜の表面抵抗率は 102~105Ω/□であることが分かった.自然
電位・分極電位の測定の結果から,鉄板に導電性高分子を成膜することで耐食性を付与できることが分かった.
1. 緒
言
解重合装置を図1に示す.
導電性高分子は電子機器など様々な分野で応用展開が
なされており,導電性だけでなく,防食性にも優れると
いう特長が報告されている1).金属材料は優れた機械的
強度を持ち加工性に富むため,自動車,機械,電気・電
子などの各種産業をはじめ日用品に至るまであらゆる分
野で使用されている.金属材料を製品として使用する際
には,その耐食性が重要な要素となるが,鉄など一般に
用いられている金属材料は耐食性に優れているとは言え
ず,腐食により強度の大幅な低下や変形が起こってしま
う.そこでめっきや塗装などの処理を施すことで防食性
を付与している.ところが,近年では材料コストの高騰
・煩雑な廃水処理・有害物質の規制などにより,従来通
図1
りの方法を用いることができなくなるという問題が起こ
電解重合装置
っている.また,最近では電子機器等の携帯性向上の理
由から製品の軽量化に対する要求が高まっており,金属
2-2 ポリアニリンの成膜
に比べて比重の小さい高分子材料で防食処理を行うこと
2-2-1 ポリアニリンの合成
で,製品の大幅な軽量化が期待できる.そこで本研究で
ポリアニリンは化学酸化重合により合成した.1N に
は,金属材料に導電性高分子を成膜し防食性を付与する
調製した塩酸(和光純薬工業㈱,試薬特級)にアニリン
ことを検討する.
(和光純薬工業㈱,試薬特級)を溶解し,酸化剤として
ペルオキソ二硫酸アンモニウム(和光純薬工業㈱,試薬
2. 実験方法
特級)を加えて 3 時間攪拌することにより重合した.重
2-1 ポリピロールの成膜
合後に反応液をろ過することでポリアニリン(エメラル
鉄板へのポリピロールの成膜は,電解重合法により行
ディンサルト)を回収した.次に,得られたエメラルデ
った.純水にドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム
ィンサルトを 0.1N アンモニア水溶液で還元し,ろ過し
(関東化学㈱)を溶解した後,ピロール(関東化学㈱,
て乾燥させることで脱ドープされたポリアニリン粉末
鹿特級)を溶解することにより重合溶液を調製した.重
(エメラルディンベース)を得た(図2(左)).
合溶液をガラス容器に入れ,鉄板(67×100×0.3mm,㈱
2-2-2 ポリアニリンの塗布
山本鍍金試験器,ハルセル陰極板)を電極として電解重
得られたエメラルディンベースをN‐メチル‐2‐ピ
合することで,鉄板上にポリピロール膜を成膜した.電
ロリジノン(関東化学㈱,鹿特級)に溶解し,さらにメ
- 55 -
2-ブタノンを用いているため,低温でも塗布できること
から加熱温度は 50℃を採用した.
図2
ポリアニリン粉末(エメラルディンベース)(左),
ポリアニリン溶液(右)
タノール(和光純薬工業㈱,試薬特級)を加えることで
図3
ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂(左),
ポリアニリン/ポリスチレン溶液(右)
塗布溶液を調製した(図2(右)).塗布溶液を 100℃に
加熱した鉄板(67×100×0.3mm,㈱山本鍍金試験器,ハ
3. 結果および考察
ルセル陰極板)にローラーを用いて塗布した.加熱温度
はN‐メチル‐2‐ピロリジノンの沸点が 200℃と高温
3-1 ポリピロール膜
であることから,均一に塗布できる条件として 100℃を
ポリピロール膜は重合開始直後に鉄板表面に析出し始
め,析出初期段階ではポリピロール膜は青から黄色,紫,
採用した.
2-2-3 ポリアニリン膜のドーピング処理
赤などの色変化が起こり,3 分間以上重合すると黒色の
成膜したポリアニリン膜は導電性を持たないエメラル
膜となった.鉄板の外周部分が最初にポリピロールの析
ディンベースの状態であるため,ドーピング処理により
出が始まるが,その後は重合溶液に浸漬された鉄板の全
導電性を有するエメラルディンサルトの状態へと変化さ
体からほぼ同時に析出が始まる.そのため,外周部分を
せる必要がある.ドーピング処理は 0.1N 塩酸に成膜試
除く鉄板全体に同程度の厚さのポリピロールが成膜され
料を浸漬することにより行なった.
ていると思われる.重合時間に対するポリピロールの膜
厚変化を図4に示す.膜厚は万能表面形状測定器
2-3
ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の成
(㈱小坂研究所
膜
部分の段差を測定することで見積もった.
2-3-1 ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の
SE-3C)を用いて,成膜部分と未成膜
20
作製 2)
18
16
パン㈱,SGP10)をN‐メチル‐2‐ピロリジノンに溶
14
解してブレンド樹脂溶液を調製した.調製したブレンド
樹脂溶液を n-ドデシルベンゼンスルホン酸溶液に滴下
することでポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂を
膜厚(μm)
エメラルディンベースおよびポリスチレン(PS ジャ
12
10
8
6
4
析出させた.析出後にろ過することでブレンド樹脂を回
2
収し,メタノールで洗浄し乾燥させてポリアニリン/ポ
0
リスチレンブレンド樹脂を得た(図3(左)).
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
50
55
60
65
重合時間(min)
2-3-2 ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の
図4
重合時間によるポリピロールの膜厚変化
塗布
得られたポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂を
ポリピロールの膜厚は重合時間に比例して変化してお
2-ブタノン(関東化学㈱,特級)に溶解することで塗布
り,1 時間の重合で膜厚は 13μm になった.重合時間に
溶液を調製した(図3(右)).塗布溶液を 50℃に加熱
比例して膜厚が変化することから,時間を調整すること
した鉄板(67×100×0.3mm,㈱山本鍍金試験器,ハルセ
で任意の膜厚を成膜することが可能であることが分かる.
ル陰極板)にローラーを用いて塗布し,ポリアニリン/
また重合開始後 3 分以内では nm オーダーでの膜成長で
ポリスチレンブレンド樹脂を成膜した.ポリアニリン/
あることから重合初期における色変化は光の干渉による
ポリスチレンブレンド樹脂の塗布では,溶媒に揮発性の
ものであることが分かる.
- 56 -
山梨県工業技術センター
20
図5に電解重合によりポリピロールを成膜した鉄板お
18
よびポリピロール膜表面の顕微鏡観察像を示す.重合溶
16
14
いることが分かる.また,その表面形状は比較的均一な
12
膜厚(μm)
液に浸漬された鉄板の全体にポリピロールが成膜されて
形状であることが分かる.
研究報告№25 (2011)
10
8
6
4
2
0
0
20
40
60
80
100
120
コーティング回数
図5
図6
コーティング回数によるポリアニリンの膜厚変化
図7
ポリアニリンを成膜した鉄板(上),およびポリ
ポリピロールを成膜した鉄板(上),およびポリ
ピロール膜表面の顕微鏡観察像(下)
3-2 ポリアニリン膜
ポリアニリン溶液をローラーで鉄板に塗布すると,数
秒で溶媒が蒸発しポリアニリン膜が成膜された.図6に
コーティング回数に対するポリアニリンの膜厚変化を示
す.36 回のコーティングでも 1.4μm であり,10μm 程
アニリン膜表面の顕微鏡観察像(下)
度の厚膜を形成するためには 120 回の重ね塗りが必要だ
った.ポリアニリン溶液の濃度が低く,そのために1回
3-3 ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂膜
のコーティングで成膜できる膜の厚さが限られてしまう.
図7に塗装によりポリアニリンを成膜した鉄板および
ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂溶液は使
ポリアニリン膜表面の顕微鏡観察像を示す.塗装後のポ
用している溶媒が低沸点の 2-ブタノールであるため,
リアニリンは赤紫色をしているが,ドーピング処理後に
50℃程度の加熱でもローラーでの塗布直後に溶媒が蒸
は濃青色に変化した.ポリアニリン膜の表面形状はロー
発してポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂膜が
ラーで塗布したことにより一方向に筋状の形状となって
成膜された.図8にコーティング回数に対するポリア
いるものの,比較的平滑な形状をしていた.一部に穴の
ニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の膜厚変化を示す.
様な形状が見られるが,溶媒の蒸発した跡だと思われる. ポリアニリン塗装膜と比較すると,ポリアニリン/ポ
リスチレンブレンド樹脂塗装膜は少ないコーティング
回数でも厚い膜が形成でき,4 回のコーティングで
- 57 -
2.86μm,8 回のコーティングで 11.73μm,12 回では
17.59μm と非常に厚い膜となった.1 回のコーティン
グで厚い膜が形成できるため,成膜時間を短縮するこ
とが可能であるが,その反面,精密な膜厚制御が難し
いという問題がある.
20
18
16
膜厚(μm)
14
12
10
8
6
4
2
0
0
5
10
15
コーティング回数
図8
コーティング回数によるポリアニリン/ポリスチ
レンブレンド樹脂の膜厚変化
図9に塗装によりポリアニリン/ポリスチレンブレン
ド樹脂を成膜した鉄板およびポリアニリン/ポリスチレ
図9 ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂を成膜
ンブレンド樹脂膜表面の顕微鏡観察像を示す.ポリア
した鉄板(上),およびポリアニリン/ポリスチ
ニリン/ポリスチレンブレンド樹脂は濃緑色をしてお
レンブレンド樹脂膜表面の顕微鏡観察像(下)
り,表面形状は起伏の大きい形状であった.ポリアニ
リ ン /ポ リ ス チ レ ン ブ レ ン ド 樹 脂 の 塗 装 で は 溶 媒 の
ーピング処理によって導電性を付与している.この導
蒸発時間が短く,また成膜される膜が厚いことから,
電化処理では,ドーパント(電子受容体)が膜中に取
溶媒の蒸発に伴う膜収縮の影響が大きいためであると
り込まれることによって,ポリアニリンが導電性を示
考えられる.
すようになる.そのため,膜の表面にはドーパントが
存在して導電性を示すものの,膜の深部はドーパント
3-4 導電性高分子皮膜の表面抵抗率
が存在せず導電性を持たない膜となっている可能性が
ポリピロール電解重合膜,ポリアニリン塗装膜およ
ある.結果として導電性の薄膜の下に厚い絶縁膜があ
びポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂塗装膜の
る膜構造となり,そのために表面抵抗率が高くなった
表面抵抗率測定結果を表1に示す.膜厚の違いによる
と考えられる.
差を減らすために,各導電性高分子の膜厚が近い試料
の表面抵抗率を測定した.各導電性高分子皮膜の膜厚
表1
導電性高分子皮膜の表面抵抗率
は ポ リ ピ ロ ー ル 膜 が 12.88μ m, ポ リ ア ニ リ ン 膜 が
表面抵抗率(Ω/□)
9.89μm,ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂膜
が 11.73μm である.各導電性高分子皮膜を比較する
ポリピロール(PPy)
1.39×102
が分かる.ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂
ポリアニリン(PAni)
2.13×105
膜は絶縁物であるポリスチレンが含まれているにも関
ポリアニリン/ポリスチレン
ブレンド樹脂(PAniPS)
1.73×105
と,ポリピロール膜が最も低い表面抵抗率であること
わらずポリアニリン膜と同程度の表面抵抗率を示して
いるが,これはドーピング率の違いによるものだと思
われる.ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂膜
図 10 に浸漬時間を変えてドーピングをしたポリア
は成膜後の膜全体が導電性を示すのに対して,ポリア
ニリン膜の表面抵抗率を示す.浸漬後 3 分間は表面抵
ニリン膜では塗布直後は導電性を示さず,その後のド
抗率が大きく減少しており,その後 15 分までは減少
- 58 -
山梨県工業技術センター
研究報告№25 (2011)
鉄板では-0.3V 付近から電流が流れ始めるのに対し,
を続けた後に,ほぼ一定の表面抵抗率となっている.
この結果から,ドーピング時間を長くすることで表面
導電性高分子を成膜した鉄板では,よりプラス側の電
抵抗率を下げることは可能であるが,15 分以上浸漬を
位を印加するまで電流が抑制されている.特にポリア
行っても変化が見られないことから,表面からのドー
ニリン膜では 0V 付近まで電流が抑制されており,鉄
ピングでは膜全体への導電化は難しいと思われる.
の腐食を抑えていることが分かる.ポリピロールでは
電流が流れ始めた後に,一度電流の減少が起こり,そ
表
106
の後再び電流が増加している.鉄の腐食によるもので
るのみであるので,0V 付近における電流変化はポリピ
105
ロール膜の化学反応によるものであると考えられる.
104
103
6
0
5
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65
ドーピング時間 (min)
図10
ポリアニリン膜のドーピング時間による表面抵
抗率変化
電流密度(mA/cm2)
表面抵抗率(Ω/□)
あれば,電流が流れだした後は,電流が単調に増加す
4
2
0
-1.5
-1.0
-0.5
0.0
0.5
1.0
-4
鉄板
PPy
PAni
PAniPS
-6
3-5 自然電位・分極電位
1.5
-2
-8
電位(V)
各導電性高分子皮膜の電気化学的な防食特性を調べ
るために 0.5M 塩水中で自然電位の測定を行った(表
図11
0.5M塩水中での分極測定結果
2).対極には白金,参照極には銀/塩化銀電極を用
4. 結
いた.鉄板では自然電位が-0.55V であったのに対して,
言
ポリピロールを成膜した鉄板では-0.21V,ポリアニリ
ポリピロールの電解重合,ポリアニリンの塗装および
ンを成膜した鉄板では-0.28V,ポリアニリン/ポリス
ポリアニリン/ポリスチレンブレンド樹脂の塗装の三種
チレンブレンド樹脂を成膜した鉄板では-0.23V といず
類の方法により鉄板への導電性高分子皮膜の形成を行な
れの導電性高分子皮膜の場合でも貴な電位にシフトし
った.
ており,鉄板に導電性高分子を成膜することで腐食を
(1) 抵抗測定の結果から,導電性高分子皮膜の表面抵抗
率は 102~105Ω/□であることが分かった.
抑制できる可能性があることが分かった.
(2) 自然電位測定の結果から,鉄板に導電性高分子を成
表2
0.5M塩水中で測定した自然電位
膜することで電位が貴にシフトし,電気化学的な防
食効果が期待できることが分かった.
自然電位
(3) 分極測定の結果から,鉄板に導電性高分子を成膜す
鉄板
-0.55V
ポリピロール(PPy)
-0.21V
ポリアニリン(PAni)
-0.28V
ポリアニリン/ポリスチレン
ブレンド樹脂(PAniPS)
-0.23V
ることで腐食が抑制できることが分かった.
参考文献
1) 前田
重義:最新導電性材料技術大全集【下巻】,
技術情報協会, p.283 (2007)
2) 芦澤
里樹, 尾形
正岐:山梨県工業技術センター
研究報告, №24, p.116 (2010)
図 11 に 0.5M 塩水中での分極測定結果を示す.自然
電位から正方向へ電圧を印加していくと以下の反応が
起こり,電流が流れだす.
Fe → Fe2+ + 2e- 59 -
ダウンロード

導電性高分子被膜の形成法に関する研究(PDF:867KB)