【特別寄稿】
登倉尋實先生を偲んで
~ 被服生理学の先駆者と被服衛生学~
平田 耕造
被服衛生学部会元部会長、神戸女子大学家政学部
ご略歴
1939 年 3 月 11 日生
1963 年 3 月 北海道大学獣医学部卒業
1968 年 3 月 同大学大学院博士課程修了
1969 年 5 月 京都大学霊長類研究所助手
1974 年 9 月 奈良女子大学家政学部助教授
1975 年 1 月 農学博士号取得(名古屋大学)
1975 年 2 月 西ドイツ・マックスプランク行動
生理学研究所へ留学
1983 年 4 月 奈良女子大学生活環境学部教授
2002 年 3 月 奈良女子大学退職、名誉教授
2003 年 4 月 香港理工大学客員教授
故 登倉尋實 奈良女子大学名誉教授
2013 年 5 月 逝去 享年 74 歳
(写真提供:小柴朋子先生)
1.被服衛生学の発展を願って
被服生理学の先駆者、登倉尋實先生は 2013 年 5
月にご逝去されました。享年 74 歳。本稿を執筆す
るにあたり、被服衛生学部会報(部会創立 20 周年
記念号:1995 年 8 月刊)を手に取ってみました。
巻頭言に登倉先生の被服衛生学の発展を願っての
熱い思いが述べられています。「被服衛生学の目
的は人体生理学を基礎にして、被服とヒトの関係
を理解することにあろう。そして健康で快適な衣
生活を国民に提案していくことである。」と明言
され、被服衛生学の将来は、被服が健康の維持・
増進に重要であることを証明する具体的な証拠を
見出す研究が重要であるとの信念を示されていま
す。
部会活動では強いリーダーシップを発揮され、
常に部会をリードされ先進的・挑戦的に進められ
ました。その活動によって多くの部会員が強い学
問的刺激を受け、生理学的な研究に足を踏み入れ
る契機となったのではないかと推察します。いく
つか代表的なものを挙げてみたいと思います。
平成 7 年度~8 年度には登倉先生が研究代表者
となり科学研究費補助金の基盤研究 A(1)を獲得
され、「東アジア地域の高温多湿環境下における
被服着装の最適化に関する学際的研究」を部会員
中心に推進され、数多くの成果を 247 頁にのぼる
分厚い報告書として平成 9 年 3 月に刊行されまし
た。この報告書は地球温暖化が進行する中、欧米
中心の従来の被服学では解決しえない高温多湿環
境における被服着装に関する初めての総合的な研
究成果であり、国際的にも先駆的な意義を有して
いるものと評価されます。
平成 7 年 8 月 25 日には、ラフォーレ修善寺に
おいて「アジアの高温多湿地域における被服衛生
学の問題」
をテーマに第 14 回の被服衛生学セミナ
ーを部会長として開催されました。これは科研共
同研究のキックオフセミナーとなるものであり、
先生の知人でもあるタイの先生方をお招きして、
たいそう盛り上がった会になったことを思い出し
ます。この研究で東南アジアの先生方との交流が
深まり、登倉先生のご尽力で Asian Conference on
Clothing Study Appropriate to Tropical Climate
Conditions へとつながりました。
この Conference
への参加研究者は、韓国、タイ、ベトナム、日本
と回を重ねる度に徐々に多くの国から研究者が参
加する会へと発展し、被服衛生学研究がアジアを
中心にして国際的に発展する契機となっていきま
した。
平成 9 年 3 月には、東京・ホテルフロラシオン
青山で「被服と人間の健康」と題した第 1 回の研
究成果公開講座を科学研究費の補助金を得て実施
されました。これは被服衛生学における研究成果
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を広く市民に還元する公開講座であり、現在では
多くの学会・研究会等でも実施しているものの走
りでもありました。当時の登倉部会長は先見性を
もって後に続く者に素晴らしい範を示してくださ
いました。その後も第 2 回は大阪で、第 3 回は名
古屋と続きました。公開講座の活動は「衣服と健
康の科学、最前線」という魅力的なコピーを生み
出して本部会にしっかり定着しており、登倉先生
が提案されている「健康で快適な衣生活を国民に
提案していくこと」という被服衛生学の目的を具
現化した活動の1つとなっています。
2.科研課題からみた被服衛生学の研究
登倉先生の被服衛生学分野におけるご研究は
人体生理学を基礎にして実施され、数々の成果を
生み出してこられました。
紙面の都合もあるので、
先生の被服衛生学に関する膨大な研究成果のうち
科研課題からその流れを概観してみたいと思いま
す(文科省 HP より)。
1)1986~87 年度(研究代表者:川端厚子)
暑熱・寒冷環境下の民族服の衣服気候に関する
研究
2)1989~91 年度(登倉尋実)
特殊機能を付記した衣料品の表示および広告
の実態とその着衣効果について
3)1989~91 年度(登倉尋実)
帽子着用時の暑熱炎天下および寒冷有風下の
体温調節上の意義と作業効率に与える影響
4)1989~91 年度(長谷川喜代三)
生活環境学‐衣・食・住の今日と未来‐に関す
る日中大学間協力研究
5)1991~93 年度(川端厚子)
靴の素材および構造がヒトの衣服内気候と運
動能力の遂行に与える影響
6)1993 年度(登倉尋実)
衣服型がヒトの免疫能に与える影響
7)1994~95 年度(本間研一)
光の新しい中枢作用:視覚外中枢作用の特性と
網膜・視交叉上核系神経機構
8)1994~95 年度(登倉尋実)
温熱および内分泌生理学の立場から見た寝具
の快適性の評価
9)1995 年度(登倉尋実)
有害物質に対する密閉型保護衣の開発
10)1996 年度(松生 勝)
日本国奈良女子大学と中国西北紡織工学院と
の友好及び学術交流に関する協定-人間と生活環
境に係わる日中大学間協力研究11)1995~96 年度(登倉尋実)
東アジア地域の高温多湿環境下における被服
着装の最適化に関する学際的研究
12)1996 年度(林 千穂)
暑熱環境下の防護用被服の改善とフィールド
での適用
13)1997 年度(登倉尋実)
被服圧が唾液消化能力・心拍変動から見た自律
神経機能に与える影響
14)1997~2001 年度(川端厚子)
電磁波がヒトの健康に与える影響の研究
15)2000~01 年度(林 千穂)
暑熱環境下の防護用マスクの改善とフィール
ドでの適用
以上のように登倉先生のご研究はとても幅広
く、かつ挑戦的に取り組んでおられます。テーマ
は衣服(帽子/靴/防護衣/寝具など)、刺激環境(寒
冷/暑熱/電磁波/衣服圧/光)、生理機能(免疫能/
唾液消化能力/心拍変動/体温調節能/生物リズム
など)等を組み合わせて「生理学的なメカニズム」
を明らかにする方向で、研究に邁進してこられま
した。これは被服衛生学の目的である「健康で快
適な衣生活を国民に提案していくこと」を達成し
ようとの使命感から行われたものと推察いたしま
す。
登倉先生は学会やセミナー等の会場で、作務衣
を纏い、雪駄でペタペタ音をたてて歩かれていま
した(世界的に有名)。会場では発表者に対して
「どのような生理学的なメカニズムが考えられま
すか?」と、とても優しい眼差しで質問しておら
れたのはつい昨日のようです。
被服衛生学分野に生理学の基礎を導入され、非
常にアクティブに学ぶ者を指導され、自らも学問
をとても高い次元で楽しまれて、努力を続けられ
た巨星・登倉尋實先生に心から深く感謝申し上げ
ます。本当に有り難うございました。どうぞ安ら
かにお眠りください。
<連絡先>
〒654-8585 神戸市須磨区東須磨青山 2-1
神戸女子大学家政学部 平田耕造
eメール: [email protected]
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