資源環境と人類 第 2 号 65 - 72 頁 2012 年 3 月
Natural Resource Environment and Humans
No.2. March 2012. pp. 65 - 72.
調査成果の統合と先史時代人類誌の概念的枠組み
小 野 昭
*
要 旨
現在進行中の研究プロジェクト「ヒト─資源環境系の歴史的変遷に基づく先史時代人類誌の構築」にある人類誌の用語
について,書誌学的な変遷を整理し,民族誌考古学的接近を検討し,それと先史時代人類誌の用法の違いを明らかにした。
復元された対象的世界は具体的な民族誌でないこと,したがって中立的な人類誌の概念がふさわしいことを記した。古環
境の復元など自然科学との緊密な協同研究で進めるプロジェクトでは,諸成果が対応しない場合,無理に人類史の復元と
して欠けている部分を覆う必要はない。対応関係が明確になっている部分で先史時代人類誌として,資源環境と人類の緊
密な対応関係を事例研究として提出する戦略をとるほうが実践的であることを論じた。
キーワード:先史時代,人類誌,民族誌考古学,隣接諸科学,類比
論的に検討し,その特殊形態として先史時代の場合を検
はじめに
討するのが正当であると思われる。しかしここでは具体
的に考古学の資料に引きつけて想定しやすい特殊を先に
筆者が研究代表者として,2011 年度から 5 カ年で研
究を開始した大型研究(私立大学戦略的研究基盤形成支
検討する。ここから一般に這いあがれるか否かはまた別
の問題である。
援事業)の研究課題は「ヒト─資源環境系の歴史的変遷
1.用語としての人類誌
に基づく先史時代人類誌の構築」である。本稿の目的の
第一は,人類誌という用語の書誌学的な経緯を簡単に記
1 - 1 人類誌の初例?
し,考古学が現生の民族誌事例からどのような問題意識
で過去に接近しようとしたかを事例で示すこと。第二は,
考古学の分野でも人類誌の用語は使われていない。筆
人類史でなくあえて人類誌を使用した理由を記すこと。
者の知る限り『人類誌集報 1997 -漆利用の人類誌・飛
第三は,古環境復元のための花粉,珪藻,植物珪酸体,
騨山峡の人類誌』(山田・岡澤 1997)がおそらく最初で
火山灰などの分析,また全領域を横断的につなぐ年代論
あろう。山田昌久は考古学という用語(=名辞)で枠を
などの成果が統合される場合,それと先史時代人類誌は
はめられることを回避しようとしているので,考古学で
どのような関係に立っているのかを予備的に検討するこ
の初例としてここで記載されること自体を批判するであ
とである。
ろう。たいていの概説書は考古学を「遺物・遺構・遺跡」
人類誌 Anthropography という用語の使用について
を通して「過去の人類の生活・社会」を考える学問であ
は,以下書誌学的に見てもすぐわかることであるが,現
ると定義するが,考古学が本当にそうした科学として充
在,文化人類学,社会人類学の世界では使用されておら
分に機能しているであろうか,また素材と目的達成に必
ず,専門分野の辞典にも記載がない。ここで問題にする
要な要素が包括関係にあるのか充分検討されているので
のは,直接的な参与観察ができないはるか過去の事象で
あろうか,と山田は疑義を呈し,自らの問題意識を提起
ある。したがって本来は,人類誌を一般的にあるいは総
した。
* 明治大学研究・知財戦略機構 明治大学黒耀石研究センター
onoak@meiji.ac.jp
─ 65 ─
考古学の基盤を見つめ直すために以下 5 つの検討の試
1.A description of all the parts of the human body.
みを記している。1)目的のためにどんな素材が必要か,
Obs.
2)ひとつひとつの素材が生きた料理はなにか,3)時空
1570 DEE Math. Pref. 33. Anthropographie, is
間と物質資料・人類活動の関係はどうなっているか,4)
the description of the Number, Measure, Waight,
ひとつの研究の人類科学のなかでの位相はどうなってい
Figure, Situation, and colour of every diverse
るか,5)歴史という発想の限界と展望はなにか(山田・
things, conteyned in the perfect body of Man.
岡澤編 1997, p.1)。
1839 Hopper Med. Dict., Anthropography …… a
そして,この検討のためのフィールドをいくつか設定
description of the structure of man.
している。調査は全て参与観察可能な場を選定している
2.The branch of anthropology which treats of the
点が特徴的である。時間面では現在である。しかし民族
geographical distribution of the races of mankind,
誌調査とはせず,人類誌調査を始めることが記された。
and their local variations; ethnography.
人類誌調査という名称を設定した。しかし,人類誌と
1834 Penny Cycl. II. 97
いう用語自体の定義や用法の有効範囲や限定,射程,説
A series of anthropographie, of different epochs,
明能力などは議論されなかった。その後山田は各種の参
would form the true basis of ethnography.
与観察可能な調査の蓄積と実験考古学的調査を積み重ね
以上のように,Anthropography 自体は,1.にある
てきているので,事後的にでも説明される必要があるだ
人体に関する記述としての学の意味で 16 世紀の後半に
ろう。したがってここでは人類誌という用語の使用例の
初めて現れたが,2.にあるように 19 世紀の 30 年代に
初出であろう点だけを記すにとどめておきたい。
は ethnography の基礎をなす意味で使われている。し
かし,O.E.D.1933 年版では上記1の最後に Obs. とある
1 ー 2 書誌学的メモ
ように,人体や人体の構造に関する意味は少なくともこ
専門分野の用語法を検討する場合,書誌学的な情報を
の段階では廃語となっていることがわかる。
整理すれば済むというほど単純ではない。しばしば用を
20 世紀の初めの辞書ではどうか。
成さない場合も多い。しかし,人類誌も一応の初出例な
・Funk & Wagnalls New Standard Dictionary of the
どを見ておくことも間違いではないだろう。なお,人類
English Language upon Original Plans. Funk &
誌は英語の anthropography と対応することが前提であ
Wagnalls Company, New York and London, 1914. で
る。
は,
今日普通に使われている英語辞書を見ると一例だけあ
1.The branch of anthropology proper that treats
げるが以下のようである。
of the geographic distribution, variations, and
・小稲義男(編集代表)研究社新英和大辞典第5版 1980
peculiarities of the human race or its component
年。
parts; descriptive anthropology.
anthropography n. 記述的人類学 人類の現状論(地
理的分布,人種的特性などを論ずる);人類誌
2.A description of the physical structure of man.
とあるように,形質人類学的な意味は後退している。
つまり,人類誌は英語の anthropography と対応す
・最後に,������������������������������������������
Webster’s Third New International Diction�
る。では anthropography が最初に使われたのはいつか。
ary of the English Language Unabridged, G. & C. Mer�
O.E.D. には初出が 1570 年とあり,初出例の意味と,そ
rian Company, Publishers, Springfield, Massachusetts,
の後の用例が示されている。
U. S. A., 1963. では,
・The Oxford English Dictionary, Vol.1 Oxford, at the
Anthropography
clarendon Press 1933.
Anthropography
A branch of anthropology dealing with the
distribution of the human race in its different divisions
─ 66 ─
調査成果の統合と先史時代人類誌の概念的枠組み
as distinguished by physical character, language,
であるかどうか,いまは問わずにすすむことにする。前
institutions, and customs - compare ANTHROPOLOGY,
者は発掘して目の前に現れた状況を民族誌例のように過
EYHNOGRAPHY とある。
去から現在にプロジェクションを行おうとする試みであ
これを見る限り,16 世紀後半から使用され,現在の
り,後者は現在の民族誌を行動学的な因果関係を軸とし
人類の人体ないし形質的特徴の記載の意味で 19 世紀の
てモデル化して過去の発掘データ(遺跡)を解釈する試
30 年代末まではこれが継続した。しかしその後,理由
みである。手法は異なるが過去の人類の生活に焦点を結
は不明であるが,次第に現代の人類を対象とした人類学
ぼうとしている点は共通する。
の一分野で,人種の地理的分布や地域的変異を扱うもの
2 - 1 - 1 A. ルロワ=グーラン
として意味が変わってきている。Ethnography として
パリ郊外モントロー近くのセーヌ川左岸にあるパンス
の意味が強くなってきたことが分かる。意味論上の変化
ヴァン遺跡の最初のまとまった報告書は,1966 年に刊
はあるが,共通しているのは,時間軸で切ってみると現
行された(Leroi-Gourhan et Brezillon1966)。パンスヴァ
在という時間面上のことである。過去への適用は意識さ
ン遺跡が世界中の旧石器研究の世界で著名になったのは
れていない。
このモノグラフによる。石器の接合による剥片剥離の復
元だけでなく,主としてトナカイの骨角の解剖学的部位
2.先史学への適用
ごとの詳細な分布の分析によるマグダレニアン後半の
人々の生活にせまる報告は大きな衝撃を与えた。ルロワ
さきに見た山田昌久は「考古学が考古学であるために
=グーランはこの中で,礫,フリント,石器,剥片,骨,
は,人工物を素材とすることにこだわるか,必要な素材
角,牙などの分布型を議論するところで「民族学的要素」
を集めに行くかということになる。どちらも考古学にな
の用語を使っている。住居 No.1 に関する記述では,居
るだろうが,素材の選択時に料理(目的)は大筋で決ま
住の季節と期間,住居の性格,製造技術,獲得技術,食糧,
る」とまで言っている(山田・岡澤 1997,p.1)。しかし,
快適さとしての暖房,明かりとり,内部空間をそれぞれ
筆者のみるところ,素材と目的は相互規定であって,ど
項目をたて,全体を「住居 No.1 に関する民族誌的な総括」
ちらかが一方的に優先して決定されて研究が実行に移さ
として大項目でくくっている。
れることはまずないであろう。両者の間を何往復かして
民族学的要素と民族誌的総括において,民族学と民族
素材が限定的に選択され目的も縮小されたり変形された
誌がこの文脈においてどう使い分けされているか特に何
りするのである。調査対象の時間面を現在ないし採話可
も説明がないので,根拠を特定できない。はるか過去の
能な近過去に限定すれば,素材の選択の範囲も広がる。
短期日の時間帯における住居を中心とした生活の諸相
先史時代の旧石器時代を例にとれば素材が限定される
を,あたかもそこに居合わせたかのような復元を「民族
ので,目的設定は素材から帰納的に追究する可能性の糸
誌的」と表現したであろうことは想像できる。しかしル
が切断されない範囲に線引きされるのが普通である。た
ロワ=グーランは特定の民族誌例を引いてそれをモデル
だ,それを突き破ろうとして,類比をたよりに民族誌例
化して解釈する方法は採用していない。
の適用や,考古学の復元目的に沿った民族誌調査が進め
2 - 1 - 2 L. R. ビンフォード
られてきたのである。参与観察できる現在の時間面から
ビンフォードは 1960 年代に論理演繹的な方法によっ
対象とする先史時代へのフィードバックが可能であるこ
て先行研究への過激な批判と課題への批判的切り込み
とが前提である。
によって多くの問題を提起した(Binford and Binford
1968)。しかしその後,1970 年代には民族誌調査による
2 - 1 2 つの例
成果を使った解釈モデルの構築による過去の現象の理解
A. ルロワ=グーランと L. R. ビンフォードの例を簡単
へと大きく研究を転換する。いわゆる中位研究あるい
に見るが,この二人の例をあげることが比較の上で適切
は中位理論(middle range research /or middle range
─ 67 ─
theory)と表現されるアプローチの展開である。その学
ルナル遺跡のデータを徹底的に再調査した。しかし,
「な
問の特長を裏側から規定するならば以下の 5 点にまとめ
ぜそこに,そうあるか」については,データの集積は,
ることができる。
われわれに充分な情報を語らない。自分がやってきた方
1)特定の地域を限定し,その中における文化の変遷を
法は,説明のためのポテンシャルを持っていないことを
解明するいわゆる文化史的な研究法はとらない。
思い知らされ失敗を自覚する。考古学者は過去に関心を
2)時系列を限定した地域内の比較論や地域間の比較論
持つが,考古学的記録は静的であり現代のものである。
をおこなわない。
それは自分とともに現在目の前にあり,観察するのも現
3)構築したモデルは,一事例の分析から一般論へと展
在の自分である。過去の過ぎ去ったダイナミックな局面
開させることが前提となっており,適用の地域的限
にどのようにして推論を架橋できるのかと。もちろんこ
界は原則的に存在しない。それは問題の焦点が , 発
こには誇張がある。考古学の記録は静的であり情報自体
掘によって現場で得られる考古学的記録の分布など
は語らない沈黙資料であることは,文字史料との関係で
が,なにゆえ,そこにそのような状態で存在してい
対比される考古学の方法論の基礎であり,出発点でだれ
て,それ以外ではあり得ないのかを,現在の事例(民
もが頭に叩き込まれることである。
族誌例,現在の動物の行動,目の前で追証しうる自
然の営力など)によって因果的に説明しようとする
この自問から 1969 年には極北のエスキモーの調査に
出かける。その理由は3点ある。
ことにあるからである。
1)ムステリアンの遺跡のトナカイの骨の調査をボル
4)したがって「個別」と「一般」の間が存在しない。
ドーでやってきたが,エスキモーも同じトナカイの狩猟
地球上の一点の個別事例から抽出されたモデルは,
民であること,2)狩猟による食糧に多くを依存して生
即地球上のどこにでも一般に適用し得るモデルとし
きている集団の研究が可能であること,3)極北の環境
て提起される構造になっている。つまり認識論上の
はフランスの遺跡が残された環境と全く異なってはいな
「特殊」段階がない。
いことであった。
5)民族誌のある行為の結果のパターンを対比して,も
目指すこの考古学を,民族考古学 Ethnoarchaeology
し似ていれば,恐らくそういう行動をしたためにそ
とビンフォード自ら記している(Binford 1983, pp.100 -
れが残ったのだろうと推定する。行動のレベルにお
101)。ビンフォードがこういう表現をしたために,その
ける「斉一性の原理」uniformitarianism である。当
後ほとんどの研究者は日本語では「民族考古学」,英語
時の社会構造を問題にするのではなく,人間の行動
で Ethnoarchaeology と表現するようになった。しかし,
の低位の次元では対応しているという判断である。
筆者は民族誌考古学 Ethnographic archaeology と表現
ヌナミウト・エスキモーのモノグラフは徹底して記載
されるべきであると考えてきた。民族誌を使うか,民族
的であり,復元図などはついていない(Binford 1978)。
誌的調査をおこなってこれに依拠するのであるから,民
しかし,ビンフォードが 1980 年 10 月から 81 年 1 月ま
族 ethno ではなくあくまで誌 graphy である必要がある。
でイングランドでおこなった講義や講演をまとめた『過
2 - 2 民族誌を過去へフィードバックさせる
去を追跡する』では,豊富な図や写真を入れて,本人が
可能性
それぞれの時点でどのような問題意識にもとづいて何を
実践し,成功とともにどのような失敗をしたかがリアル
調査する民族誌事例の気候条件,生態的条件などいく
に語られている。そのため民族誌と対象とする過去の
つかの基本的な条件が,適用する過去の大づかみな条件
関係をどう考えていたかを知ることができる(Binford
と整合することを前提として担保できた場合,過去への
1983)。
フィードバックの可能性を支えているのは,行動学的類
それによると,論争中の相手であった F. ボルドのも
比である。つまり現在の民族誌例で,ある人数の男たち
とで 1967 年から翌年まで,ボルドが調査したコム・グ
が,一定期間,ある場所で,トナカイの狩猟解体行為を
─ 68 ─
調査成果の統合と先史時代人類誌の概念的枠組み
おこなったとすると,人数,性差,期間,場所特性とそ
果帰属モデルの研究である,と筆者の立場で位置付けた
こに残される動物遺体の状況のパターンは,行動学的因
ことがあるので,これにはそれ以上立ち入らない(小野
果関係の結果として,条件が整えば観察可能である。同
2001, p.274)。
じパターンが例えば旧石器時代の遺跡で観察されれば,
解釈を帰属させるにあたり依拠するデータは具体的な
同じような行動があったと推定可能であるとする。つま
民族誌例である。それを適用し解釈する対象は例えば旧
り類比 analogy である。
石器時代のある遺跡・遺物である。対象とする世界は忘
ビンフォードの場合さらに特異な認識の前提があるよ
れ去られた不可逆的な過去であるので,具体的なエス
うである。長いキャリアの中で普通の考古学者が行うよ
ニック・グループを特定できない。例えば中部ヨーロッ
うな発掘は,筆者が知らないだけかもしれないが,実施
パのマグダレニアン期の集落の痕跡を目の前にして,今
していない。それは先に一瞥したように,「考古学的記
日ないし近過去の民族誌のデータで説明をつけた場合で
録は現代のものである。それは自分とともに現在目の
も,目の前の痕跡を残した人々は適用した現在の民族誌
前にあり,自分がおこなういかなる観察も現在の観察
を担った人とは全く関係がなく,行動の類比が両者を結
である」と主張していることと関係するかもしれない
びつけているだけである。
(Binford 1983, p.100)。だがこれは研究主体が現在を生
民族誌考古学は方法論を詳細に議論してきたが,復元
きる研究者であることを表現しているにすぎない。過去
される対象的世界の意味論は解明してこなかったと言え
の物的対象資料がなければ現在の研究者が記録を残すこ
るのではないか。それは永久に失われているために民族
ともかなわない。記録するのは現代を生きる考古学者で
誌でもなく,小集団の即自態でもなく,抽象的で中立な
ある。旧石器時代人たちが,キャンプし石器を製作した
「人類誌」でしかない。人類誌として理解することが,
そのときは,そのときの「いま」である。
民族誌考古学にありがちな決定論的復元を回避する用語
したがって「他者とは,事実,他人である。いいかえ
上の手立てでもある。民族誌考古学的方法によって過去
れば,私ではあらぬ私である」という表現(サルトル
へのフィードバックができたとする。それは説明ができ
2007 < 1943 第 3 部第 1 章)に媚を呈して言えば,「過
たということである。説明 explanation が可能であると
去とは,事実,過去である。いいかえれば,いまではあ
いうことは,そのようであった可能性があったというこ
らぬいまである」。その時の「いま」と,研究者がそれ
とであって,それ以外ではあり得なかったという必然性
を観察する時の「いま」をないまぜにして,「いま=現
や決定論的な解明ではない。決定論ではなく説明が可能
在」とするビンフォードの言い方は一種のレトリックで
となった一つの仮説である。先史時代に適用される人類
ある。峻別して類比の橋を渡らなければならない。
誌の用語は,具体的な因果関係の説明が可能となったと
民族誌考古学の方法は,民族誌例から過去の社会構造
を直接フィードバックさせるやり方や,無媒介に研究者
しても,その意味論は中立的な位置付をしておくべきで
あろう。
の頭の中である状態をひねり出したりする想定よりは,
3.成果統合における異なる階層と先史
時代人類誌
学問的な検証に開かれた系を示しているといえるであろ
う。
問題は,民族誌例を使って過去のある小集団の残した
痕跡を,行動学的な類比で因果関係を復元しようとした
多様な分野との調査の協同をおこないながら進めるプ
とき,方法としての民族誌考古学のアプローチはわかる
ロジェクトでは,具体的には古環境復元のための花粉分
が,解釈された対象の世界は何を現わしているのかとい
析,珪藻分析,植物珪酸体分析,種子分析,火山灰分析や,
うことである。民族誌考古学の方法だけでなく,実験考
個別の分野に限定されず領域を横断する年代論などの成
古学の方法をふくむ中位研究は,行動の斉一性原理を前
果が最終的に統合される。その場合,それらの成果と先
提とした,認識の実体論的段階における,人間行動の因
史時代人類誌はどのような関係に立つのであろうか。
─ 69 ─
諸分野の成果を統合する際に重要であるのは,物質の
隙間だらけでも欠けているところは文章でつないでき
運動形態の階層論と個別の科学の分野における有効な時
た。人類活動を自然環境の変動,特に資源環境系との関
間幅の 2 つである。これにより相互の共通性と差異を了
係で問題にしてそれを成果として打ち出そうと構想する
解することで全体の構造が明晰になる。
ときは,たとえ時系列を貫くような連続的な記述ができ
発掘やボーリングによって回収される試資料に共通す
なくても,対応のしっかりした部分で事例的に記述する
るのは,無機的対象(火山灰など)であろうと有機的対
ようにして,対応関係により慎重であるべきであろう。
象(花粉や珪藻から人工遺物まで)であろうとまず堆積
その場合は欠けた所の多い人類史ではなく,先史時代人
物である点である。本来の分解能が数時間か,1 年か,
類誌として事例復元を試みることが重要である。古環境
数年かなど多様であり,堆積物として地層中に取り込ま
を復元するデータが良好であるが対応する人類遺跡の文
れてからは保存の条件によって本来の分解能が保たれな
化層が無いときは,当該地域における自然史(古環境史)
くなっているのが普通である。理化学年代はこれとは別
として成果を打ちだす戦略を構築すればよいと考える。
原理である。測定法の違いによってその方法がもつ確度
結 論
accuracy を背負いながら堆積物の層序に数値が与えら
れる。いまから 5000 年以前に遡れば世界中で文字史料
は無く,各種理化学的方法による数値年代に依拠せざる
を得ない。
以上の初歩的な検討を踏まえ,論の帰結を記す。
1)人類誌 Anthropography は文化人類学,社会人類学
各分野の成果を編年の一覧表にプロットすると,解
では,専門用語としてはほとんど使われていないが,
明できた部分と空白ができる部分などさまざまであ
民族誌に近い規定も書誌学的にはある。ただ,いず
る。トレンチ調査やボーリングによる連続コアでは,
れも用法としては時間軸上の現在の時間面で問題を
堆積物が連続してうまく採取された場合,岩相層序
立てている点が特徴的である。
lithostratigraphy は腐食されにくいので連続的な図が描
2)民族誌から過去へのフィードバックは類比 analogy
けることが多い。生層序 biostratigraphy は保存が悪け
概念の応用で可能であり,従来考古学的には民族誌
ればその部分は欠ける。考古層序 archaeostratigraphy
考古学として実践されてきた。しかし適用され復元
とは文化層中に包含される考古資料で年代推定の指標に
される対象的世界の意味論は等閑視されてきた感が
なる遺物をさすが,遺跡地であっても堆積層中の全層準
ある。先史の過去は民族誌としては認識し得ない。
に連続して発見されることは稀であるので,堆積が自然
人類誌として中立的・抽象的に構築されることが,
の営力による場合,うまくいって堆積層中に何枚か確認
民族誌考古学における復元の決定論を回避する用語
される程度である。そのため考古資料を一覧表にプロッ
的保証でもある。過去を対象とする際は具体的な民
トすると,何枚かの文化層が書きこまれるが,文化層と
族やエートスを扱えない。それは具象から抽象され
文化層の間は文字通りブランクである。
た何ものかであり,アントロポスとして具体的なエ
考古学の成果を中心に統合する際,特定の文化層(例
トノスから離れた存在である。
えば後期旧石器時代のある段階,縄文時代の大別各期)
したがって,人類誌の頭に先史時代をつけた,先史
のさまざまな事実が解明され,コンパイルされた編年表
時代人類誌は,
「研究者が参与観察できない過ぎ去っ
を横にたどると,A の分野の成果は対応するが,B の分
た先史の過去を対象とし,考古学の方法で具体的に
野はデータが欠けている,C の分野はデータこそ出てい
扱われる物的存在ではあるが,その性格は特定の民
るが分解能が低い,D の分野のデータは年々変動を示し
族や民族誌に帰属しない中立的な資料群である」と
ていて分解能が高過ぎて,人類活動とは対応しない,等
一応の定義をしておきたい。これが概念的な内包で
さまざまな凸凹が生ずる。
ある。外延は世界各地に存在する先史時代の遺跡が
従来はこうした状況であっても人類史の復元として,
─ 70 ─
含まれる。
調査成果の統合と先史時代人類誌の概念的枠組み
先史時代などの限定がつかない人類誌は,これと対
比するならば,先史世界に限定されない,いわば限
定の緩く,したがって内包は狭いが,参与観察可能
な現代から過去へ広がる史的世界全体を含む広い外
文 献
Binford, S. R. and Binford, L. R.������������������������
(�����������������������
eds.�������������������
)������������������
1968 New Perspec�
tives in Archaeology. 373p., Aldine, Chicago.
Binford, L. R. 1978 Nunamiut Ethnoarchaeology, 509p., Aca�
demic Press, New York.
Binford, L. R. 1983 In Pursuit of the Past: Decording the
延を有すると理解できよう。
3)古環境の復元など自然科学との緊密な協同研究で進
めるプロジェクトでは,諸成果が対応しない場合,
無理に人類史の復元として欠けている部分を覆う必
Archaeological Record, 256p., Thames & Hudson, New
York.
Funk & Wagnalls 1914 New Standard Dictionary of the
English Language upon Original Plans, 2196p., Funk &
Wagnalls Company, New York and London.
要はない。対応関係が明確になっている部分で先史
Leroi-Gourhan,A. et Brézillon,M. 1966 L’habitation Magda�
時代人類誌として,資源環境と人類の緊密な対応関
lénienne N゚1 de Pincevent près Montereau(Seine-et-
係を,事例研究として提出する戦略をとるほうが実
践的である。先史時代人類誌は,民族誌考古学的
な方法,つまり特定の民族誌をモデルとして過去に
フィードバックさせるやり方だけでなく,ルロワ=
グーランが実践したように遺構・遺物の解析から接
Marne), Gallia Prehistoire Tome IX – 1966-Fascicule 2,
pp. 263-385, C. N. R. S., Paris.
小野 昭 2001『打製骨器論-旧石器時代の探究-』290 頁,
東京大学出版会
小稲義男(編集代表) 1980『研究社新英和大辞典』第 5 版,
2477 頁,研究社
Sartre, J. P. 1943 L’être et le néant: Essai d’ontologie
phénoménologique, Éditions Gallimard, Paris. サルトル ,
近する場合にも実現が可能である。
J. P. 2007『存在と無-現象学的存在論の試み-』II,(松
浪信三郎訳)ちくま学芸文庫,570 頁,筑摩書房
謝 辞
The Oxford English Dictionary, Vol.1 Oxford, at the claren�
パンスヴァンの報告書のルロワ=グーランの記述について
don Press, 1240p., 1933 は山田昌功氏に負うところが大である。記して感謝申し上げ
Webster’s Third New International Dictionary of the Eng�
る。また,人類誌の用語については,これを最初に用いて調
lish Language Unabridged, 1963 G. & C. Merrian Com�
査を企画し,その意図をご教示いただいた山田昌久氏に御礼
pany, Publishers, 2816p., Springfield, Massachusetts, U.
申し上げたい。
S. A.
山田昌久・岡澤祥子(編) 1997『人類誌集報 1997 -漆利用
の人類誌・飛騨山峡の人類誌-』75 頁,東京都立大学
考古学報告 2
─ 71 ─
Integration of research results and the conceptual frameworks
of prehistoric anthropography
Akira Ono
Abstract
The term “anthropography” was discussed compared with “ethnoarchaeology” as well as with the bibliographical
chronology of a word anthropography, concerning our ongoing project title; Historical variation in interactions
between humans and natural resources: towards the construction of a prehistoric anthropography.” A difference
between anthropography and prehistoric anthropography is also clarified. As the reconstructed prehistoric world is
not a concrete ethnography, a neutral term anthropography will be more adequate when discusses the prehistoric
objects. Research results among collaborative projects with various disciplines including archeology and natural
sister disciplines sometimes face with integration issues. Reconstruction as a prehistoric “human history” should be
avoided when the various data have not well organized each other. It should be a feasible strategy integrating by
the term “prehistoric anthropography” when some parts have correlated well with each other between different
research disciplines among the total data set.
Keywords: prehistory, anthropography, ethnoarchaeology, related disciplines, analogy
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調査成果の統合と先史時代人類誌の概念的枠組み