HOKURIKU UNIVERSITY LIBRARY
北陸大学図書館報
Bulletin NO.36
⇒ をクリックすると本文がご覧になれます。
安田 優
⇒
読書でコミュニケーション力を磨こう
⇒
第13回 北陸大学読書感想文コンクール 入賞者を表彰
⇒
最優秀賞
⇒
優秀賞
苦しみ、使命感、そして生きる意味
車輪の下
優秀賞
・
・』
⇒ 『あなたがもし奴隷だったら・
を読んで
⇒
優秀賞
⇒
寄贈図書
八日目の蝉として生きること
優秀賞
⇒ 『終末のフール』を読んで
(未来創造学部准教授・読書感想文コンクール審査委員長)
杉田 佑夏
(薬学部 薬学科 1年次生)
三浦 早紀
(薬学部 薬学科 1年次生)
上寺 夏琴
(未来創造学部 国際教養学科 1年次生)
吉本 早織
(未来創造学部 国際教養学科 1年次生)
下田 歩実
(未来創造学部 国際教養学科 1年次生)
⇒
審査委員から一言
⇒
図書館本館4階にアクティブラーニング教室整備
⇒ 目次
ISSN 2188 - 0298
北陸大学図書館報
Bulletin NO.36
読書でコミュニケーション力を磨こう
未来創造学部准教授・
読書感想文コンクール審査委員長 安田 優
第13回読書感想文コンクールにも多数の応募があり、最優秀賞(1名)、優秀賞(4名)、佳作(5名)、そして
努力賞(10名)が選ばれました。これ以外にも興味深い感想文が多く、審査員一同は難しい判断を迫られる
ことになりました。厳正な審査を経て上位入賞した感想文はいずれも選択された書籍の魅力や面白さを存
分に読み手に伝えるものであり、その書籍から感じたことや学んだことが説得力をもって読み手に伝えら
れていました。また、読み手に自分の考えを伝えるための展開についても練られており、内容面や文体だ
けでなく、構成面においても洗練されたものが多かったのではないかと思います。
全国大学生協連の「学生生活実態調査」読書に関する昨年末の調査では、実に大学生の40.5%が読書に
費やす時間はゼロであると答えているようです。このような状況下で、本を読む契機を提供する本学の読
書感想文コンクールは意義あるものだと言えます。では、読書に取り組み、感想文を書くことにはどのよ
うな意味があるのでしょう。
本を読むことは、真の意味での他者とのコミュニケーションに必要な教養を身につけることにつながり
ます。読者は読書を通じて物語・作品世界の出来事を追体験することができます。様々な物語に登場する
人物はいわば遊園地のジェットコースターの乗り物です。読者である私たちはそれに搭乗して物語内を旅
することになるのです。そこで経験することは時に楽しいことであるかもしれませんし、時につらいこと
であるかもしれません。現実世界ではありえないことを体験できる可能性もあります。手にした書籍が本
当にすばらしい作品であったなら、人生の指針として役立つ知識や物の見方が一変するような経験を読者
は入手できるかもしれません。物語・作品世界を旅する中で、読者は独自の考えを手に入れることができ
るでしょう。しっかりとした自分自身の考えを持つことは、単なる発話ではないコミュニケーションに
とって不可欠であり、読書はその重要なコンテンツを私たちに授けてくれます。
また、出会った本が海外作家の手によるものであれば、読者は日本にいながらにして外国の社会や文化
に触れることができます。文学作品を含めた書籍はオーセンティックな異文化・他文化について教えてく
れる絶好の素材です。他文化に属する人たちとコミュニケーションをとる際、対話する相手の文化的・社
会的・歴史的・思想的背景について知っておくことも重要です。相手の言葉を知っておくことも大切です
が、言葉はコミュニケーションの一部に過ぎず、情報発信者と情報受信者は互いの多様な背景を尊重し、
敬意を払った上でコミュニケーションを図る必要があるのです。異文化の人たちと意思疎通を図る場合、
その背景を理解しておかなければ、スムーズな対話を築くことができません。読書はそのような要素を自
然な形で身につけさせてくれるのです。
今回のコンクールで最優秀賞を受賞した感想文「苦しみ、使命感、そして生きる意味」は、ヴィクトー
ル・E・フランクルの『夜と霧』を扱っています。この本は歴史的に重要な意味を持つ強制収容所におけ
るユダヤ人迫害をテーマの一つとしています。この感想文においては、フランクルの苦しみに対する取り
1
組みを契機として、筆者である杉田佑夏さんが自分自身の苦しみを振り返り、それに向き合い、自分の人
生における今後の課題を手に入れたことが、読みやすい文章で簡潔に、かつ明確に示されています。そこ
にはしっかりとしたコンテンツがあり、フランクルに対する敬意も読み取れます。また、杉田さんが手に
入れたコンテンツは読者を納得させる力を伴う感想文という形で発信されているわけです。彼女の感想文
を目にする皆さんの多くは、きっと『夜と霧』を読みたくなるのではないでしょうか。自分ならばどのよ
うに考えるかを確かめたくなるのではないでしょうか。他者とコミュニケーションを取る際に必要な条件
を全て満たしているこの感想文からは、この筆者のコミュニケーション力の高さが推察されます。
本学の読書感想文コンクールでは、課題図書が強制されているわけではありません。どのような本を読
むかは皆さんの選択に任されています。つまり、皆さん自身が書店や図書館を覗いた時に惹きつけられた
作品を手に取り、読み、感動したことを伝えることができるのです。自ら選んだ作品を読んで何かを得る
ことは貴重な作業です。そこで手にしたものを他の人たちと分かちあいたいと思う人も多いでしょう。他
者とのコミュニケーションの際に話すべき価値あるコンテンツを持っていることは重要です。読書は読み
手を薄っぺらな発話でなく、中身のある知的な議論へと導いてくれます。また、自分の考えを発信する際
には、他者に自分の考えを正確かつ効果的に伝えるにはどのような語彙・表現を選択・活用すればいいの
か、またどのような構成で話を展開させればいいのかについても考える必要があります。コミュニケー
ションに必須となるこれらの作業を要求する読書感想文は、自己の考えを発信する力を磨く絶好の機会で
あり、また発表の場としても最適です。読書を通じて教養を伴うコンテンツを獲得し、感想文を通じて発
信力を養うことができるのです。次回以降も読書感想文コンクールを「真のコミュニケーション力」を習
得するための近道として大いに活用してください。
第13 回 北陸大学読書感想文コンクール
入賞者を表彰
第13回 読書感想文コンクール入賞者の皆さん
2
審 査 結 果 発 表
応募作品383編の中から、次の作品が選ばれました。
入 賞 作 品
・最優秀賞
杉田 佑夏 苦しみ、使命感、そして生きる意味
(薬)1年
・優 秀 賞
三浦 早紀 『車輪の下』を読んで
(薬)1年
上寺 夏琴 『あなたがもし奴隷だったら・・・』を読んで
(未)1年
下田 歩実 『終末のフール』を読んで
(未)1年
吉本 早織 八日目の蝉として生きること
(未)1年
・佳 作
雨宮 正浩 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
(薬)1年
橋本 潮 人として生きていく
(薬)1年
向井あすか 生物と無生物の間にあるものから学んだこと
(薬)1年
井上 美香 『ふがいない僕は空を見た』を読んで
(未)3年
李 剣 成功への道~『スノーボール・ウォーレン・バフェット伝』の感想
(未)3年
・努 力 賞
阿部 史葉 『十字架』を読んで
(薬)1年
小林 千晶 『ほんとうに大切なこと』を読んで
(薬)1年
齊藤 慈 『言葉で治療する』を読んで
(薬)1年
笹木裕里恵 オオスズメバチなんかこわくない!?
(薬)1年
渋谷 千聖 『量子論がみるみるわかる本』を読んで
(薬)1年
増村佳那子 私にとって特別な小説
(薬)1年
諸星 六郎 『加害者家族』を読んでの感想
(薬)2年
河原 隆史 『同性愛と異性愛』という本を読んで
(未)2年
陳 平 「見送ること」なんだ、我らの人生は
(未)3年
堀地友里香 『戦争と飢餓』を読んで
(未)3年
・ベストタイトル賞
陳 平 「見送ること」なんだ、我らの人生は
(『目送』の中の『見送る』を読んだ感想文)
*(薬)は薬学部、(未)は未来創造学部です。
3
(未)3年
最優秀賞
苦しみ、使命感、そして生きる意味
薬学部薬学科 1 年次生 杉田 佑夏
書 名 夜と霧
著 者 ヴィクトール・E・フランクル
出版社 みすず書房
第2次世界大戦の際、ナチスのユダヤ人迫害は非道を極めた。彼らを収容した強制収容所は生き地獄で
あった。重労働にわずかな食事、シラミだらけの体。すべてが抑制された状況で、数多くのユダヤ人が肉
体的・精神的に苦しみ、亡くなった。
著者であるヴィクトール・E・フランクルも強制収容所を体験した一人である。彼は心理学者、精神科
医として被収容者達の心理的変化を見てきた。そして、彼は生き残った。収容所での生活は、苦しみ以外
に何もない。そんな収容所の中で、著者はなぜ苦しみに耐え抜き、生き残ることができたのだろうか。そ
の答えが知りたくて、私はこの本を読み進めていった。
「およそ生きることに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。」と著者は述べる。苦
しむことに意味はあるのだろうか、私は心の中で異議を唱えた。私は「苦しみ」とは、人生の汚点であ
り、他人に自分が苦しむ姿を見られることは恥ずかしいと思っていた。人間は可能な限り「苦しみ」を避
け、楽な方向へ行きたがるものだ。自分が苦しんでいるとき、他人が自分より優遇された人生を送ってい
るように見える。そして、自分の運命や境遇を恨み、その「苦しみ」に耐え切れず、逃れようとする。な
かには、極端なオプティミズムで「苦しみ」から目を逸らそうとする人もいるだろう。また、他人を傷つ
けることで、自分の「苦しみ」を晴らそうとする人もいる。著者はどのタイプにも属さなかった。ただ、
苦しみ尽した。「苦しみ尽す」ことは、精神的に何かをやり遂げることであると私は受け止めた。それ
は、試練を乗り越えれば何か良いことがあると考えることとは違う。つまり、著者が伝えたかったこと
は、運命が引き起こす「苦しみ」を甘受することは、自身の人生を意味深く、さらに豊かにするというこ
となのだ。
私は高校時代、良い結果が出ずに悩んだことがあった。やり方を変え、更にストイックになったが、何
も変わらなかった。この状況から早く脱出したいともがき、涙を流すこともあった。今までの私の努力は
無駄だったのか、過去の自分全てが間違っていたのではないかと思うことすらあった。著者は、「涙を恥
じることはない。この涙は、苦しむ勇気をもっていることの証だ」と述べている。私はこの言葉に救われ
た。あの時流した涙は、人生の汚点でも、恥でもない。「苦しみ」と向き合い、戦った証拠なのだ。改め
て私自身について振り返ってみると、「苦しみ」は私を以前より精神的に強くしたと確信している。「苦
しみ尽す」ことを理解した時、著者の「苦しむことに意味がある」という言葉が、私の心に染み込んでき
た。
著者は、収容所生活を送りながら、解放後に講演会を開こうという希望をもっていた。多くの被収容者
たちは、クリスマスには解放されると期待していた。しかし、期待は裏切られ、彼らは絶望して亡くなっ
た。著者も彼らも希望をもっていた。希望は生きる力になるはずなのに、なぜ一方は生き、もう一方は死
に至ったのだろうか。著者の希望は、永続的かつ明瞭であったためと私は考える。それが生きることにつ
ながったと強く思った。
将来自分はどんな人間になりたいか、何をしたいかという具体的なビジョンがあれば、どんな困難も乗
り越えることができる。そのことを著者はニーチェの言葉を引用して、「なぜ生きるかを知っている者
は、どのように生きることにも耐える」と述べている。生きる目的を持っている人は、環境が悲惨でも、
4
過酷でも耐えることができることを著者は身をもって教えてくれた。
現代社会には、様々な問題が存在し、大きな悩みや苦しみを抱えている人が大勢いる。自分の人生に
「生きる意味」を見出せず、悶々として生きている人が多いと思う。私もその一人だった。しかし、この
本と出会い、生きる意欲が湧いてきた。それは著者の生命力あふれる生き方に裏付けされている。解放
後、著者は生き残った被収容者達に対し、心のカウンセリングをすることを新たな課題とした。ユダヤ人
迫害によって、愛する妻や両親を失った著者の悲しみは測り知れない。自らも心の傷を負っているにも拘
らず、著者を奮い立たせたもの。それは使命感である。精神科医として心の病に苦しむ人々を救いたいと
いう直向きな気持ち―その使命感が著者の生きる意味、生きる原動力になっていたのだと私は思う。著者
の生き方は、未来に対する私の不安を払拭してくれた。困難に直面して悩んでも、恐れる必要はない。そ
れは、人間の精神的成長につながると信じている。これから、常に明確なビジョン、使命感をもつことを
私の課題の一つとして心に留めて生きていきたいと願う。
最優秀賞を受賞して
杉田 佑夏
最優秀賞をいただき、ありがとうございました。結果を聞いたときは驚きましたが、今は大変う
れしく思っています。
私が読んだ本、『夜と霧』は人間が「生きる」ということはどういうことなのかを考える機会を
与えてくれました。何度も読み返し、私の心に響いた筆者の言葉に付箋を貼りました。いつの間に
か、本は付箋だらけ。それほど、この本は感動的な場面や言葉に溢れていました。ぜひ、皆さんも
『夜と霧』を読んでみてください。
優秀賞
車輪の下
薬学部薬学科 1 年次生 三浦 早紀
書 名 車輪の下
著 者 ヘルマン・ヘッセ
出版社 角川文庫
「さようなら、ハンス。そして、常に正しい道をふみはずすな。」
これは主人公であるハンス・ギーベンラートが神学校に旅立つ際、靴屋のフライクに告げられた言葉
だ。私はこの物語を読み終えて、彼の「正しい道」が持つ意味について考えさせられている。
ハンスは幼少の頃から、周囲を惹きつける優秀な子供であった。頭脳は聡明、物腰は上品。彼の生まれ
故郷であるシュワルツワルトの小さい町では、そのような有能な人物は誰一人として出ていなかった。周
囲にとって、彼のその生まれもった才能は突然発掘したダイヤモンドの原石だったのだ。大人たちは、こ
ぞって原石を磨きあげようとする。
この小説は1906年に執筆されたものであるが、大人たちがハンスにさせた神学校の受験は、どこか現
代の受験戦争に似ている。どの時代でも、教育制度というものは存在するらしい。だからなのか、私自身
も読んでいてハンスに感情移入してしまうことが多々あった。文中に他の子供たちとまじって走り廻って
いたという描写がある。ここまで読む限り、ハンスは頭脳明晰であるが中身はただの少年であるという印
象を受けた。しかし、周囲の扱いによって、彼はどこか変った特別な存在に思えてくる。
受験勉強の際、ハンスは往来の人々――労働者や職人や見習いなどを「憐れな職人風情」だと教え込ま
5
れ、無知だった彼はその思考を信じた。私はその時から、ハンスは周りと溝ができ孤立していってしまっ
たように感じる。読み進めると、彼の周りには友達の影はひとつもなかった。勉強の甲斐あってか、彼は
見事神学校に合格する。しかし入学後に出会ったハイルナーという少年によって、考え方は大きく変わる
ことになる。ハイルナーは学校では厄介者として扱われるが、私は彼は誰よりも世界を知っていて誰より
も意志を持っている少年だったと感じる。つまり、ハイルナーはハンスの反面教師であり、ハンスは井の
中の蛙だったということだ。ハイルナーは制度のくだらなさを知っており、自由を愛した。ハンスが彼に
惹かれていったのは仕方のないことで、ハンスが生きてきて得ることのできなかった全てのものを彼は
持っていた。彼はたびたび乱闘を起こし最終的には退学に追い込まれるが、ハンスにとってもその周囲に
とっても衝撃的な大きな存在であったといえる。やはり、印象的だったのはハンスとハイルナーの接吻の
シーンである。詩人であり情熱家であったハイルナーは去った後もその存在をハンスに刻みつけた。
ハイルナーが去った後、ハンスにもついに自我が目覚める。ハンスは成績が落ちて行き、そのプレッ
シャーからか神経衰弱になり、退学に追い込まれる。その後機械工への道を歩むことになるが、私はそこ
でなぜか機械工として奮闘しているハンスのほうが人間らしいと感じたのだ。機械工の見習いの一員とし
て、飲みにいくシーンがある。そのシーンの時、彼は初めて勉学していたときより誇りを持っているよう
に思えた。そして、勉学しているときには得られなかった安心と満足感を得ることができたように感じら
れたのだ。
思えば自然を心から愛していたハンスが、故郷の町並みや人々を愛せなかったはずがないと私は考え
た。ハイルナーが知っていた愛という感情や、世界を知るという恐れや楽しみ、そして自分の居場所。ハ
ンスの物心がつく前に奪われてしまった全てのものが、彼が最後まで欲していたものだったように感じ
る。大人たちはダイヤの原石を磨きあげるつもりでいたが、実際には打ち砕く結果になっていた。彼がと
きどき感じた頭痛は、大好きなものを奪われる苦しさと、恐怖心だったのではないかと思う。私たちはた
くさんのものと出会って、たくさんのことを経験して、自分という存在をわかっていくのだと思う。ハン
スは天才少年だと称えられ、将来に支障があると判断されたものは全て取りあげられた。その結果、かけ
がえのない大切なものを知るチャンスを得る機会を逃してしまったのだ。
ここで、最初の靴屋の言葉をもう一度思い返す。正しい道とは、自分を見失わないことであったのでは
ないかと結論付けた。靴屋の台詞に、魂を害うくらいなら十度も身体を台無しにしたほうがましだとあっ
た。ハンスはきっと、死に際まで害った魂を救済できなかったのだ。
「君。弱っちゃいけないよ。そうでないと、車輪の下じきになるからね」
ハンスは下じきになってしまった。もし、彼に世界を知るチャンスがあり、将来の目標があったなら、居
場所がないさみしさや、行き場のない自分に絶望することもなかっただろう。
現代の社会では、いつ、誰が車輪の下敷きになってもおかしくない。それはもしかしたら自分かもしれな
い。そんな時、自分を見失わずにいられたら、生きる希望を持つことができるのではないかと思う。
優秀賞を受賞して
三浦 早紀
今回の受賞にあたって、大きな驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。読書感想文を書く、という
ごく簡単なことですが、自分自身、最初は何を書きだしたらいいかわかりませんでした。一冊の本
を読むということは一つの本の一人の主人公の一回の人生(物語文に限りですが)をなぞる、とい
うことだと感じます。今回私が紹介した『車輪の下』という本は、まさに作者の自伝とも言われて
いる物語でした。百年以上前に完成された作品であるにもかかわらず、この物語は現代の私たちに
たくさんのメッセージを与えてくれました。人間は、いつの時代も社会があり、伴うストレスがあ
り、悩みがある。いま悩みにぶつかっている自分にとって、この物語は自分の見つめなおしのきっ
かけを作ってくれたものだと思います。私は、成長のきっかけとなったこの本で賞がいただけたこ
とを誇りに思いますし、もっとたくさんの本に出会いたいと心から感じました。本当にありがとう
ございました。
6
優秀賞
『あなたがもし奴隷だったら・・・』
を読んで
未来創造学部国際教養学科 1 年次生 上寺 夏琴
書 名 あなたがもし奴隷だったら・・・
著 者 ジュリアス・レスター
出版社 あすなろ書房
私が初めて本書を目にしたのは小学校低学年の頃でした。当時は「奴隷」とはどのような人々だったの
か理解できなかった私は、内容にさほど興味を示しませんでした。ただ、6ページ目の、船で運ばれてい
る奴隷の挿絵はものすごい迫力で10年以上たった今でも鮮明に覚えていました。今回、改めて読んで、
残酷な人種差別による人身売買、黒人の強制労働、虐待を知り、目を覆いたくなり、なかなかページを読
み進めることができませんでした。
私がもし奴隷の立場で、船で運ばれる途中に衰弱、死亡して海に捨てられるか、アメリカまで運ばれ奴
隷として生活するかであれば、私は断然前者を望むでしょう。終わりの見えない奴隷制度に耐え続けるこ
とにくらべれば、海の中のサメは恐れるに値しないと思います。
そもそも、一体いつ、誰が黒人は白人より格下だと決めつけたのでしょうか。白人は黒人を「これほど
黒けりゃ、いくら暑くても涼しい顔で働くよ」と言いますが、根拠がなく、馬鹿げた話です。きっとある
一人の白人が勝手にそう考えたのだと思います。それが人々に広がって奴隷制度ができてしまったのでは
ないのでしょうか。もしそうだったなら、その考えを否定する白人がいなかったことが疑問です。人間は
そんな簡単に洗脳されてしまう生き物なのかと悲しく思いました。老若男女、誰でもいいから黒人は格下
だという考えを否定してほしかったです。この時代から「神」の存在が信じられています。聖書には「神
のもとに平等」とありますが、白人と黒人が平等だと考えた人がなぜ存在しなかったのでしょうか。あま
りにも矛盾していると思います。
「逃亡奴隷」を考えたとき、私は善・悪とは何なのか疑問を感じます。当時の社会は奴隷社会が常識で
あり、もし逃亡したら罰があります。逃亡した黒人に白人が罰を与えることは正しいとされています。客
観視すれば、「逃亡は苦しい生活から逃れるための、人間として正当な行為だ」、「なんて白人は残酷な
んだ」と感じます。しかし、罰を与える側に立って考えると、なんとも言えない不思議な感情にとらわれ
るのです。人を傷つけて世間から「よくやった!」と言われるならば、人を傷つけるという行為が「善」
になってしまうのです。また、かわいそうだからといって目をつむってしまえばそれは「悪」となり、自
分自身も罰せられるとしたら。私はきっと罰を与えてしまうと思います。もちろん、自己防衛のためで
す。ほとんどの人がそうであると思います。「世間」という団体は恐ろしく、個人で逆らうことは難しい
です。そう考えると、人間は弱い生き物だと痛感します。それは今も昔も同じことだと言えます。
この本は一見、「自由は最高だ」ということを述べているように感じますが、実はそうではないと思い
ます。たしかに自由であることは、現代人も日々の中で常に求めていることであり、自由があればあるほ
ど快適です。しかし、私は、自由と不安は比例していると思います。高校生までは校則があり、先生の言
うとおりにしなければなりませんでした。当時はずっと自由になりたいと思っていました。しかし、大学
には厳しい校則がなく、一つ一つ先生から言われることもなくなりました。言われなければ行動のできな
い私は自由になった喜びより、どうすれば良いのかわからない不安のほうがずっと大きかったです。奴隷
制度に終止符が打たれ、自由になった黒人たちも同じ気持ちだったのではないかと思います。今までは白
7
人にただひたすら働かされていた人々がいきなり自由にされ、これからどのように生活していけば良いか
わからなかったのではないでしょうか。自由なことは決して幸せであると言い切れないと思いました。自
由とは、自分を確立した者でなければ荷が重すぎるものだと思います。そのため、「自由。自分と自分の
生き方に責任を持つこと。自由。自分を所有すること。自由。自分が自分の主であること。自由。それは
責任をともなうひとつの約束事だ。それをどう守っていくか、われわれは今なお学びつづけている。」と
いう言葉が胸に突き刺さりました。
今もなお、世界中に人種差別があることは事実です。そのことに目をそらさずに向き合うことが大切だ
と思います。国内では、松江市の小中学校の図書館の「はだしのゲン」に閲覧制限があったことを報じて
いましたが、過去のことに目をそらすことは良いことにつながらないと思います。もう戦争を繰り返して
はいけないと思うきっかけを失い、平和主義者を減らすようなことをすることが理解できません。また、
自国の都合のいいように書かれた教科書も現実を直視していない証拠だと思います。また、事実を知識と
して身に着けるのではなく、想像して状況を理解することが大切だと思いました。
私は、本書を読んで、変えられない過去の悲惨さを痛感しました。教科書にはあまり奴隷について触れ
られていません、私は、奴隷という人々がいたことを忘れないでいたいです。どの国の人であっても同じ
人間であり、差別は許されてはいけません。私は国や、文化にとらわれず、自国だけでなく、世界に目を
向け、広い視野で物事を見ることができる人になりたいです。
優秀賞を受賞して
上寺 夏琴
この度は優秀賞をいただき、大変光栄に思っています。まさか私が入選するとは思っていなかっ
たので、とても驚きました。私は普段あまり本を読む習慣がないので、内容を理解することが苦手
で、最初は気が進みませんでした。しかし、読書嫌いだった私でも楽しみながら次々ページを読み
進めることができました。また、興味のある本を選んだためか、感情移入することができました。
そのため、感想文も思うままにスラスラ書けました。これを励みに、今後より多くの本を読んでい
きたいと思っています。
優秀賞
八日目の蝉として生きること
未来創造学部国際教養学科 1 年次生 吉本 早織
書 名 八日目の蝉
著 者 角田光代
出版社 中央公論新社
「ずうっと土の中にいたのに、生まれてきてそれっぽっちで死んじゃうなんてあんまりだって。だけど
大人になって思ったんだ。他のどの蝉も七日で死んじゃうんなら別に悲しくなんかないって。だってみん
な同じだもん。なんでこんな早く死ななきゃならないんだって疑うこともないじゃんか。でももし七日で
死ぬって決まってるのに死ななかった蝉がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き
残っちゃったとしたら、そのほうがかなしいよね。」この本を読み終えるまで私もそう思っていた。望ん
でもいない世界に突然ひとりぽつんと放り出されたとしたら、それが自分の理想とかけ離れた日々だった
としたら、どうして自分だけ生き残ってしまったのだろうと自分を、あるいは他の誰かを責めるかもしれ
ない。
主人公の希和子は妻子のある男性を愛したがゆえに自分のお腹に宿った命を犠牲にする。彼の赤ちゃん
8
に一目会い、すべてを終わらせようと家に忍び込んだのだったがあろうことかその赤ん坊を胸に抱いて逃
亡をはかる。それから薫と名付けた赤ん坊と共に各地を転々としながら自分の子供であるかのように愛情
いっぱい薫を育てるのだが、ついに警察に居場所を特定され数年間におよぶ逃亡劇は幕を閉じる。薫は本
当の両親のもとへ帰され理恵子として新しい人生を歩むこととなった。しかし「誘拐犯に育てられた子
供」というレッテルは簡単に消えることはなく家族とも馴染めずに心を閉ざした彼女は「普通」になるこ
とを望んでいた。
読み進めていく中で自分で選んだわけじゃない、望んでこんな人生を送っているわけではないと嘆く彼
女の境遇に同情した。やはり人はみんなと同じ様になりたがる。普通を求める。周りを気にして自分だけ
目立つことを、特別であることを、そして八日目の蝉になることを恐れているのだ。理恵子は自分を誘拐
した希和子を憎むことで他人とは違う境遇を自らに納得させようとしていた。彼女を、両親を、自分自身
の過去を憎むことで救われていたのだと私は思う。しかし憎しみから何も生まれないことは彼女もよく分
かっていた。憎みたいのではなく本当の事実を認めるのが怖いだけだと気づいていた。それでもなお認め
たくないという彼女の気持ちは私にもよく分かった。
後半で理恵子は希和子と同じ様に決して父親になることのない男性との間に子供を授かる。そこで改め
て自分の過去を見つめ直した時、誘拐犯である希和子の愛に気づいた。愛を学ぶことは今まで自分が愛さ
れていたことを知ることであるのかもしれないと私は思った。人は自分の価値観に沿うような誰かを愛
し、自分の理想の人生を歩む子供を求める。しかし人は誰かの思い通りになるような存在ではない。自分
の思い通りにもならないなんとも厄介な存在だ。相手には相手の思いがあり感情があり人生があり、それ
ぞれが自分の世界で生きている。それなのに思い通りになるものだけを愛するのは、自分の価値観や理想
を愛しているにすぎないのかもしれない。自分が思っている幸せを想像したら、たかが知れているように
思えた。そう考えると自分の望んでいない世界にも、理想とかけ離れた日々の中にも幸せはたくさん隠れ
ているのかもしれない。
お腹に宿った新しい命と共に生きていくことを決意した理恵子は最後に言う。
「八日目の蝉はほかの蝉に
は見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけれど、でも、ぎゅっと目
を閉じてなくっちゃいけないほどひどいものばかりでもないと思うよ。」自分で選んだ道でさえも思い通り
の結果になるとは限らない。思いもよらない世界の中でも幸せを見つけることができるのだと、この本を
読み終えて気付かされた。愛や幸せといったなんとも不確かで見ることも触れることもできないものは、
私達の周りにたくさん転がっているのだ。そう考えると八日目の蝉として生きることも怖くないと思えた。
優秀賞を受賞して
吉本 早織
大学に入ってから時間に追われ読書をする機会はあまりなかったのですが、今回このような素晴
らしい賞をいただいたことで、自分は本が好きなのだと改めて感じることが出来ました。今回、私
が選んだ『八日目の蝉』は本当の幸せとは何なのかということを、私に教えてくれました。これか
らも本との出会いを大切にして、たくさんのことを学んでいきたいと思います。今回このような機
会を与えてくださったことに感謝しています。本当にありがとうございました。
寄 贈 図 書
本学の役員及び教員から、下記のとおり図書の寄贈がありました。紙面を借りて厚く御礼申し上げます。
書 名
「極北クレイマー」他
寄 贈 者
計 24 冊
「薬学生のための病態検査学 改訂第2版」
泉 洋成(理 事)
三浦 雅一(薬学部長)
9
優秀賞
『終末のフール』を読んで
未来創造学部国際教養学科 1 年次生 下田 歩実
書 名 終末のフール
著 者 伊坂幸太郎
出版社 集英社
もし八年後自分が死ぬと分かったら、私は残りの人生をどう過ごしていくだろうか。この本を読んだあ
と、私はこう思った。この本は読者に何か教訓を与えるものではなかった。八つの話を通して書かれてい
るのは「生」だ。しかし、その「生」をどう受け止めるべきか、ということは書かれていない。なんて投
げ遣りな本だろうと思ったのと同時に、なんて深い本だろうと思った。正解がないのに、問題を解かされ
る気分だった。しかし、自分なりの正解を出そうと思う。
まず、この物語を読み解いてみる。この本に具体的に書かれていることは、八年後人類が小惑星によっ
て滅亡するという状況下で人々はどう生きていくか、ということだ。五年が経ち残り三年となった時、ジ
ムに通い続ける人や、スーパーのレジで働き続ける人もいる。反対に、復讐を果たすために人を殺そうと
する人、自殺しようとする人もいる。生き続けるか、自分または他人の「生」を止めるか。自分が死ぬと
いう現実があって初めて「生」について選択する。ここで多くの本は、それでも頑張って生きろとか、あ
きらめるなということを伝えるだろう。しかし、この本はこんな状況のなか、こんな人達がいるというこ
としか書かれていない。教訓らしい教訓がない。今まで私は、読んだ本に教訓らしいものがないと、何を
伝えたかったのだろう、何を学べばいいのだろうと、思っていた。しかし、この本を読んでから、教訓が
ないからといっておもしろくないと思うのは間違っていることに気が付いた。現に、この本は教訓がない
のに、私にとって意味のある本となったのだ。この本は、生きろとか、あきらめるなという教訓を押しつ
けないかわりに、「生」について考えさせるのだと思う。今生きていること、これから生きていくこと、
それはあたり前ではない。いつかは死がくる。その前に「生」について考えてみよう、という言わば提案
である。この本は、私にとって「生」という大きな問題を考えさせると同時に、本の読み方も学ばせてく
れた。そういう意味で、私にとって深い本となった。
次に、最初に書いた問題に取り掛かる。登場人物の生き方を見ると、私が憧れるのは、「演劇のオー
ル」の倫理子や、「冬眠のガール」の美智のように新たな出会いを見つけることだ。特に美智は、両親を
失くし一人は嫌だと思い恋人をみつけるために、彼女が読んだ本に書いてあった「新しいことをはじめる
には、三人の人に意見をききなさい。まずは、尊敬している人。次が自分には理解できない人。三人目
は、これから出会う人」に習って行動を起こす。三年後死ぬとわかっても、そこから目標を見つけて、前
に進んでいく志に尊敬の念を覚えた。しかし実際私は、「終末のフール」の香取一家や、「深海のポー
ル」の渡部一家のように身近な人、特に家族との時間を大切にしていくだろう。この本全体を通しても家
族の話が多かったので、その様子からも窺える。人生の半分以上を共に過ごした家族と死ぬ時も一緒にい
たいと私は思う。これが私なりの最初に書いた問題の正解だ。
最後に「生」をどう受け止めるかについて考える。「生」と「死」は反対なのに、
「生」がなければ「死」
はないのだ。「生」という掴みどころがないものを考えさせるために、あえて「死」をもってくるのがこの
本のミソだと思う。人はどんなに辛くても、苦しくても生きていかなければならない。生きることは、権
利ではなく義務だと受け止めるのが正しいと思う。生きることに教訓などはない。あるのは、生きやすく
するための教訓だ。これは自分なりの格言であり、正解である。最後は気障になってしまったが、八年後
自分が死ぬとわかったら、みっともなくても「じたばたして、足掻いて、もがいて」家族と一緒に生きたい。
10
優秀賞を受賞して
下田 歩実
この度は優秀賞に選んでいただき、ありがとうございます。
自分が好きな本を読んで、その思いを書いたものがこうやって評価されるというのは、とても嬉
しいです。本を読んで感じたことや考えを文章にするというのは、やはり難しかったです。私が今
まで書いた読書感想文のなかで、一番読み手を意識しました。どう書いたら読み手に理解してもら
えるか、共感してもらえるか、悩みながら一生懸命書きました。なので、結果として表れて良かっ
たです。
今回は本当にありがとうございました。
審査 委 員 か ら 一 言
今回の読書感想文コンクールで最優秀賞や優秀賞に入賞した作品を読み返して
みると、文学作品を読んで、いかに自分の人生の糧としているのかが分かるもの
ばかりでした。
読書の目的は、様々です。とかく忙しい現代人にとっては、読書は専ら必要な
情報を得ることが目的となっています。したがって、近年出版された本にはノウ
ハウ本など、すぐに役立つものが多いような気がします。読書の魅力は、これだ
けではありません。人の一生のうち、自らの体験から得られる経験知というもの
審査委員
田中 康友
(未来創造学部准教授)
は限られています。読書によって、みなさんは、他の人間の体験、あるいはフィ
クションの中での体験を通じて、経験値を増やすことができます。
今回の受賞者たちは、この経験値を獲得していることがよくわかります。みな
さん、ぜひ受賞者の感想文を読んでみてください。そのことがよく分かると思い
ます。
みなさんも受賞者と同じように、読書を楽しみ、経験値を広げてみてくださ
い。来年の読書感想文コンクールに応募されたみなさんの作品に期待していま
す。
「大学生が本を読まなくなった」と言われて久しくなっています。私が大学生
の頃にもそのように言われたと記憶していますが、この十年でさらに本離れが進
んでいるようです。全国大学生協連の調査によれば、全く本を読まない学生が約
4割もいるそうです。私の周りでも教科書、参考書以外の本は読まないという学
生が多いです。そんな中で、今年度の読書感想文コンクールには380名を超える
応募があり、例年に比べ大幅に増えたことは喜ばしいことです。このコンクール
は、ふだん本を読まない学生にとって、本を読むきっかけになったと思います。
審査委員
そして、感想文を書くために、深く考え、考えたことを伝えることの難しさも味
加藤 幸子
わったことと思います。これを機会に、感性豊かで知的吸収力もある大学生のう
(薬学部講師)
ちに読書し、考える習慣を付けて欲しいと願っています。読書量を増やすことに
より、より多くの良書に出会うことができます。そして、広い視野で物事を考え
ることができる人になると思います。
11
図書館 本 館 4 階 に ア クティブラーニング教室整備
今年3月、図書館本館4階にアクティブラーニング教室が整備されました。設置したのは、インタラク
ティブ・ディスプレイ、パソコン、プリンター、テーブル、椅子、ホワイトボード等です。これらは、学
びのスタイルに合わせて自由に組み合わせて利用することができます。アクティブラーニングとは、「能
動的な学修」のことで、授業で一方向的に知識伝達するスタイルではなく、課題研究やPBL(問題解決
型学習)、ディスカッション、プレゼンテーションなど 、学生の皆さんの能動的な学修を取りこんだ授
業のことです。
利用に際しては授業が優先となりますが、部屋が空いていれば数名でのグループ学修もOKです。
3月11日(火)の午前と午後に、インタラクティブ・ディスプレイの教員向け講習会が開催されまし
た。教員の方が工夫を凝らした授業を計画されることでしょう。どんな授業になるか、楽しみですね。
※インタラクティブ・ディスプレイとは、画面上での書き込みや双方向のコミュニケーションが出来る電
子黒板です。
※図書館のアクティブラーニング教室として使われる部屋は、これまでソフィアラウンジという名称で
したが、ソフィアルームに変更しました。また、アクティブラーニング教室は太陽が丘キャンパス2号棟
と薬学キャンパスにもあります。
北陸大学図書館報 NO.36 平成26年3月31日発行
編集・発行:北陸大学図書館 〒920-1180 金沢市太陽が丘1-1 TEL.076-229-3021 FAX 076-229-4850
Eメール:tlib@hokuriku-u.ac.jp 北陸大学図書館ホームページ:http://www.hokuriku-u.ac.jp/establishment/library
※北陸大学図書館報は、大学ホームページでもご覧いただけます。
12
ダウンロード

bulletin No.36 (2014/03/31)