2014 年度 社会構築論系
地域・都市論ゼミ
ゼミ論文
「ひきこもり」研究の視座から「孤立」を捉え直す
―現代の「生きづらさ」への一考察―
主査
浦野正樹
教授
早稲田大学文化構想学部 社会構築論系
地域・都市論ゼミ
1T110613-1
杉本早帆
目次
序章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1 研究動機
2
調査目的
1 章 孤立を扱う前に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
1-1 孤立とは何か
1-2 孤立に陥る人びと
1-3 調査の方法―働き盛りの若者が“孤独死”した事件を踏まえて
2 章 孤立に関する先行研究―社会学的視点から・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
2-1 社会構造の変化
2-1-1 産業構造の変化
2-1-2 労働市場の変化
2-2 縁の崩壊
2-2-1 有縁社会から無縁社会へ
2-2-2 「縁の崩壊」への問い直し
3 章 孤立に陥る心理的プロセス―仮説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
3-1 「解放」と「剥奪」の言説
3-2 不安で足が竦む人、関係から後ずさりする人
3-3 仮説
3-4 仮説の調査方法
4 章 ひきこもりに関する先行研究とひきこもりに陥る心理的プロセス・・・・・・・・・・・・・・21
4-1 ひきこもりとは何か
4-2 ひきこもり問題の焦点―“長期化”と“高年齢化”
4-3 高年齢でのひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
4-3-1 高年齢でのひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
4-3-2 就労経験のないひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
4-4 高年齢でのひきこもりからの立ち直り
5 章 問題の共通項の発見・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31
5-1 当事者の思い描く自分の理想のあり方
5-1-1 ネオリベラリズムと自己責任論
1
5-1-2 デファクトスタンダードとしての“縁”
5-1-3 職場で求められる「器用さ」
5-2 当事者の意識
5-2-1 自己有用感を得るために不可欠な手段
5-2-2 「解放」された社会に安住する側面
5-3 現代社会の諸問題に共通するプロセス―現代社会の「生きづらさ」
5-4 「ひきこもり親和群」の存在に見る問題の共通性
6 章 孤立を分析する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
6-1 周囲の諸関係から後ずさりし去っていくプロセス
6-2 問題の当事者が孤立に陥る要因とプロセス
6-3 問題把握の難しさ
6-3-1 目に見えないまま潜在化していく
6-3-2 若者の心の中に潜む不安感
6-4 当事者が必要としていること
終章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
1 まとめ
2 各章の概要
3 論文の意義
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
参考・引用文献、URL・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
参考資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
2
序章
1 研究動機
本論文を執筆する前に、地域・都市論ゼミに所属していながら、このような題目の論文
を執筆するに至った経緯をここで明らかにしておく。
そもそも筆者が地域・都市論ゼミを志望したのは、一地域に深く入り込み、その構造を
明らかにする研究に携わりたいと考えたためである。それまでの講義などの授業を通して、
社会について考える機会は多くあったが、それは一体何なのか、漠然としか捉えられてお
らず、社会を作り出す一要素である地域を詳細に見ていくことで、より良く理解したいと
考えた。
3 年次のゼミ活動や演習を通して様々な地域社会の在り方に触れ、また個人的にも学生団
体に所属して地域の人びととの交流活動に携わり、その地域の構造をミクロにみる経験を
してきた。これらの経験から、小さな一地域を取り出してみても、それ一つが社会の縮図
となっていることを学んだ。一地域、一コミュニティ内で起こっていることは、社会で起
こっていることそのものであり、社会の在り様をみていくことは、個々人の人間関係の在
り様をみていくこととイコールであることを学んだ。このことは、個人の活動から社会が
形成されていく広がりを理解したということであると同時に、社会で生じることは常に一
定ではなく、一人の構成員の考え方の変化から容易にその様相を変え、通り一遍の対応で
はうまく出来事や変化に対処することはできないという難しさを理解したということでも
ある。
この学びの経験から、社会や一地域、一コミュニティの構造をミクロにみていくと、人
間関係の不安定さと、あちらを立てればこちらが立たずのその難しさをどのように乗り越
えればいいのか、という論点に多くの場合達するという結論に至った。折しも筆者は、交
流活動をしていた地域の人びととの関係の維持やサークル仲間の一体感の維持に奮闘して
おり、人間関係の構築・維持の難しさに直面していた。ゆえに、4 年次のゼミ論文において
は、この論点に対して取り組んでいくことがふさわしいと考えた。
その上で、近年では、人間関係の難しさに対してそれを煩わしいと感じ、その一方で誰
かとつながっていないと不安になり、心の隅で周囲とのつながりを求める、矛盾した傾向
がある点、そしてそれゆえに世間には、つながりの質よりも量を求める傾向がある点に着
目した。
「孤立」や「生きづらさ」などの言葉を各メディアで頻繁に目にするようになった
今日だが、そのような人びとの矛盾した傾向や量を重視するようになった世間の傾向の変
化が影響をしているのではないかと筆者は考える。
「孤立」や「生きづらさ」は、筆者の自
身も感じるところがあったため、これらをキーワードとし論文を執筆する。
「孤立」や「生
きづらさ」を人々が感じる要因やそこへ陥るプロセスを明らかにすることを本論文の命題
としたい。そしてその際には、社会構造の側面からだけではなく、筆者が強く関心を抱く
人間同士が関係を築く上での人びとの内面、心理的側面に十分に言及をしていきたい。
3
2 調査目的
以上の研究動機を踏まえて、調査目的は以下三つに設定する。
1
社会学の領域でこれまで行われてきた孤立の研究の洗い出しを行う。
2
当事者の内面的心理的側面に光を当てながら、孤立に陥るプロセスを明らかにする。
3
1,2 から、分野横断的に孤立の問題を捉えることで、世間に漂う「生きづらさ」の風潮
について解明を試みる。
そして、これら三つの洗い出しと解明を行うことによって、問題の所在とそれに陥るプ
ロセスに関する筆者の一考察を提示することと、論文読者に、問題について考える小さな
きっかけを提供することを最終的な目的とする。
4
1章
孤立を扱う前に
1-1 孤立とは何か
「孤立」の問題を扱う上で、
「孤立」とはどのような状態なのかを明確にしておかなけれ
ばならない。
社会学において、
「孤立」という言葉が用いられるようになったのは、イギリスのピータ
ー・タウンゼントが「社会的孤立」という概念を定義づけたのが最初である。それまで「孤
独」という概念は多くの研究の中で用いられることがあったが、タウンゼントは、この「孤
独」の概念と自ら定義づけた「社会的孤立」の概念を次のように区別している。
「孤独」と
は、「仲間づきあいの欠如或いは喪失による好ましからざる感じ」であり、「社会的孤立」
とは「家族やコミュニティとほとんど接触がないということ」である。すなわち、「孤独」
とは主観的であり、
「社会的孤立」とは客観的に見たときのその人の状況を指し示す(藤本
健太郎 2012)
。「社会的孤立」の調査は、どれほど近しい間柄の人と一週間にどれだけ接触
しているかを得点化し、合計を求めることで行うため、孤立状態にある人について客観的
に把握することができる。
しかし、本論文においては、一見コミュニティの中に組み込まれているようにみえるが、
孤立を感じている人について言及していきたいと筆者は考える。このような孤立の状態に
ついて、石田光規氏が詳細に述べているのでそれを参考にする。石田は、
「孤立」をタウン
ゼントの「社会的孤立」の定義に則って、「行為者にとって頼りにする人がいない状態」と
述べるが、こう定義する際に以下の点を考慮している。
人々が取り結ぶ人間関係は、単純に、プラスの関係と、マイナスの関係に二分するこ
とができる。ここで孤立を『人間関係を結んでいない状態』とすると、マイナスの関係
に取り囲まれた人も『孤立していない』と判断されることになる。しかし(中略)マイ
ナスの関係に囲まれた人を『非孤立』と判断するのは、やや違和感がある。
(中略)行為
者が『頼りにできる』と想定する相手と、実際のサポート環境は必ずしも一致しない。
行為者が『誰にも頼れない』と感じていても、サポートの相手はたくさんいたり、『頼れ
るはず』と感じていても、実際にはあてにならないという状況は珍しいことではない(石
田 2011,pp73-74、文中中略は筆者による)。
本論文で取り上げる孤立は、客観的にみたコミュニティへの所属の有無に留まらず、実
際のところ当事者が「孤立している」「頼ることができない」と感じている状態であるとい
うことをここでは定義したい。
5
1-2 孤立に陥る人びと
安定的で、有事のときには頼りになるコミュニティに属していないことが多いことから、
高齢者や育児家庭、安定した職に就くことができない若者、中壮年期の男性などが孤立の
対象になると考える説1もあるが、前項でまとめた孤立の定義により、本論文では、当事者
の社会的属性は深く関わりがないといえる。むしろ、筆者は、一見コミュニティに属して
いるかのようだが、実際は孤立を感じているという当事者の方が、潜在化しやすく、根深
い問題に発展する可能性があると考え、より深い問題意識を持っている。
このことから、孤立について論文を執筆するにあたって、対象を社会的属性によって分
類し調査をするということはしないこととする。
1-3 調査の方法―働き盛りの若者が“孤独死”した事件を踏まえて
筆者が孤立の問題を研究する上で、初めに着目した事例がある。「NHK クローズアップ
現代」が特集を組んで報道した、以下の例である。事件の概要と当事者を取り巻いていた
環境について、以下にまとめる。
2009 年 4 月 13 日、北九州市門司区の住宅で、元飲食店従業員の男性が孤独死してい
るのが発見された。男性は餓死したと見られており、39 歳であった。両親のいない男性
は、親戚宛に「たすけて」の一言を綴り、送る前に亡くなった。男性は切迫したこの状
況を、死に至るまで、親戚にも友人にも誰にも伝えていなかったのである。
専門学校を卒業後、金融関係の会社に正社員として勤務したが、過酷な勤務に体が耐
えかね、体調を崩して退職。居酒屋や飲食店での調理の仕事にアルバイトとして従事し
た。当時、景気の移り変わりで、アルバイト先の人員削減が進んでいた。努めていた店
が売り上げ不振でつぶれたために転職せざるを得なかったこともあった。30 代になって
から、少なくとも七つのアルバイト先を渡り歩いていたことがわかった。消費者金融の
多重債務に苦しんでおり、借金の取立ての電話がアルバイト先にもかかってくるように
なり、店に迷惑がかかるからといって、周囲が引き止めたが、結局退職している。その
後新しい仕事には就いていないため、その時点で収入がなくなっていたと考えられる。
男性には兄や親しくしていた友人、友人の家族がおり、一度は彼らに頼ったこともあっ
たが、切迫した状況を伝えることはなかったという。
一度、男性は、生活保護を申請しようと、門司区役所を訪れている。男性は、自分自
身が単身であり、家賃二万五千円の借家に暮らし、両親は死亡、兄が一人いるが音信普
通、などと身の上話を始めた。注目すべき点は、
「借金などはありますか」という問いに
「借金はありません」と答えていること、「仕事はしていますか」という問いには、「お
店がなくなった。去年の 11 月まで働いていたが、月末に店が閉店してしまった。12 月に
1
藤本健太郎氏は、その著書で、孤立に陥る人の社会的属性を、高齢者や育児家庭、安定した職に就くこ
とができない若者、中壮年期の男性としてまとめている(藤本健太郎 2012)
。
6
その店から振り込まれた六万円が最後の給料だった」と答えたという。なぜ嘘をついた
のか定かではないが、行政を前に男性は自分の追い込まれた状況を打ち明けることはな
かった。
「飲食関係の正社員に限定して求職されているようですが、パート・アルバイト
を問わず求職してみてはどうでしょうか。39 歳、健康体であれば、何か仕事はあるはず
です」と相談員はアドバイスをした。そして生活保護課では、その要望が受理されるか
どうかにかかわらず、申請意思を確認することになっており、
「生活保護を申請しますか」
と問うたところ、男性は「幅広く仕事を探してみます」と答えたという(NHK クローズ
アップ現代取材班 2010 第 1 章より筆者抜粋、編集)。
39 歳という若さで、健康な身体をもち、たとえ近親者との関係がなくなっていたとして
も、仕事は生きていくために続けなければならず、周囲の人間と全く関係が途絶えてしま
うということはまず考えられない。そのような属性の人が「孤独死」したのであれば、仕
事を失い、もてる人間関係の全てを奪われてしまったからだろう、と認識するのが一般的
である。しかし、この事例の詳しい調査(NHK クローズアップ現代取材班による)によれ
ば、男性は、実の兄、幼い頃からの友人の母、最後のアルバイト先と、男性自身が頼ろう
と決断すれば手を差し伸べてくれる関係を周囲にもっていたことが分かっている。最期に
は仕事を辞めそのつながりも途絶えているが、追い出されるようにして辞めたわけではな
い。また近親者とのつながりも維持していたということから、結果的には「孤独死」とい
う状態であるが、「周囲とのつながりが失われてしまった(奪われてしまった)」という事
だけに問題があるとはいえないのではないだろうか。もちろん、周囲とのつながりがある
ことが当たり前だった時代、親族内で、地域の共同体の中で、同じ職場の中で互助の関係
を築くことが当たり前だった時代から、今日にかけての変化は、
「周囲とのつながりが失わ
れてしまう(奪われてしまう)
」という状態に簡単に陥る要因であると考えるため、それに
対する言及も不可欠である。
1-1 で孤立を定義したが、この事例をみると、当事者の男性自身が「孤立している」と感
じていたかどうかは、今となっては判断がつかない。しかし、はたから見れば頼ってもい
いと思われる実の兄や友人の母、最後のアルバイト先、加えて行政まで、全てに対して最
終的には頼ろうとしなかった(一度はお金を借りたり、ご飯を作ってもらったりすること
はあったようだが)という事実から、「なにものも頼ることはできない、自分で対処しなけ
ればならない」と考えていたことは推察することができる。
「頼ることができない」という
のは、その相手が「頼りない、頼り甲斐がない」という場合だけではない。当事者自身が
「自分ひとりで対処しなければならない問題なので頼ることはできない」と考えている場
合も含まれている。先の北九州市の男性の事例では、周囲の関係ある人びとは、関係を失
ってしまったとは考えておらず、頼ってくれていいと考えていたことが取材班の調査から
伺えることから、後者の場合に当てはまるということができる。
7
ゆえに、この事例から、今日の「孤立」と呼ばれる社会問題には、(ⅰ)「周囲とのつな
がりが失われてしまう」という状態に簡単に陥ってしまう社会になった要因と、
(ⅱ)当事
者が「周囲を頼ることができない」と感じるようになってしまった要因と、二つの側面で
の要因があると考えられる。
孤立に関する研究は、各学問領域で先人により進められているが、分野横断的に孤立の
問題について扱ったものがあまり見られない。筆者は、前述したように 1-1 で定義した孤立
の問題の要因を、
(ⅰ)社会学的な構造変化と(ⅱ)その変化に人間の内面的側面も影響を
受けたこと、と二段階の要素に見ている。現代社会学の領域で進んでいる研究だけでは、
(ⅰ)
が解明されており(ⅱ)は言及されていないため、筆者の問題意識から孤立の問題を追及
するには、不十分であると感じている。そこで、本論文においては、社会学的な問題把握
と、そこから生じる人間の内面的変化のプロセスを追う調査を行うこととしたい。
8
2章
孤立に関する先行研究―社会学的視点から
まずは社会学の視点から、筆者が孤立問題の要因の一つ目の要素として捉えている、社
会構造の変化について、先行研究をまとめる形で言及する。
2-1 社会構造の変化
社会構造の変化は、以下に述べるように、①産業構造の変化(2-1-1)と②労働市場の変
化(2-1-2)の二つの変化に分けてみることができる。時期で言えば、①の方が先になり、
①の変化が起こったからこそ②の変化が起きたということができる。以下に詳細にみてい
く。
2-1-1
産業構造の変化
日本の経済発展に伴い、生産や就業機会の中心が、近代化以前は農林漁業などの第一次
産業であったものから、近代化をとおして、製造業、建設業などの第二次産業へ、さらに
は商業、運輸・通信、金融、医療・福祉などの第三次産業に移っていくというように、産
業構造が変化していったことは周知のとおりである。17 世紀にイギリスの経済学者 W.ペテ
ィによって指摘され、20 世紀に同じくイギリスの経済学者 C.クラークなどによって検証さ
れた「ぺティ=クラークの法則」を、日本もなぞっている形である(藤本真 a 2012,pp28)
。
近代化以前は大半の人が第一次産業を営み、あるいは都市に出ていたとしても、自営業
であることが多かった。このような産業構造の社会における社会構造について、富永は
「未開社会においては、親族集団はほとんど唯一の社会構造の構成要素である。
」と述べて
いる。すなわち、農業社会では、生活のために不可欠な仕事は家族の中で営む自給自足的
生活をし、人びとの地理的移動が少ないため、家族を超える親族関係が地縁関係と重なり
あって、重要な宗教(祖先祭祀)上および生活上の機能を達成している。農業従事者にと
っても、都市に流出した商工業者にとっても、家族は消費家計を形成していると同時に経
営組織そのものであり、生活の中で家族の占める比重はきわめて大きかったといえる。
19 世紀末頃から日本にも近代化の波が押し寄せるが、戦前段階の全期間をつうじて、ま
た戦後も高度経済成長が日本社会を急速に変えていった 1960 年代に入る以前の段階におい
ては、このような農業社会的特性を色濃くとどめていた(富永 1988,pp26-27)。
これが近代化を徐々に深く経験していくと、その様相を変えていった。第一に、近代産
業社会が社会システムの環境適応と成員の欲求充足に関して求める機能的要件の水準は、
農業社会のそれに対して飛躍的に上げられた。その引き上げられた機能的要件の水準の達
成のために、社会システムの機能は細分化され、各組織として機能させる工夫がなされた。
それゆえに、多くの機能を未分化に内包していた家族は、その機能を低下することになる。
第二に人びとはその細分化された各組織に労働力を提供し、対価として賃金を得る、いわ
ゆるサラリーマンになった。農業や都市で自営業を営む家族は未だに経営と家計が未分離
9
の状態であるが、農業人口および自営業そのものの縮小によって、近代以前の機能をとど
めているセクターの比重は、急速に小さくなっていった。第三に地理的移動が不可避にな
り、親族同士の交際さえもミニマムになりつつある。つまり同一の土地にとどまり同じ構
成員のみで社会を形成する機会は非常に少なくなった(富永 1988,pp28-29)
。
以上のように、日本の社会構造は、生活を成り立たせる全てのことが一定の範囲の中に
完結し極めて可変性に乏しい社会から、近代化の影響を受けることで、多様で非固定的な
社会へと変貌を遂げることとなった。
また、近代化以前は親族が先祖代々居ついてきた土地が人びとの生活の中心地であった
が、近代化以後多くの人が労働のために都市に出ることによって(高度経済成長の強い影
響力も相まって)
、人びとの生活の中心地は労働の場である都市となった。
2-1-2
労働市場の変化
<従来の日本型雇用システムと「日本的経営」>
生活の中心が都市になることによって、人びとの生を支える役割も、都市や労働の場に
移ってきたといってよいだろう。時代は高度経済成長の真只中であり、都市での労働力は
常に不足している状態にあった。ゆえに、人々が都市(=労働の場)に生の支えを求めた
のに対して、都市の側もそれを積極的に受け入れる形で呼応したのである。以下にみるの
は、その様子が現れ出た、当時の日本企業の特徴的な経営のあり方である。
ここで示すべきは、企業の「日本型の雇用システム」と「日本的経営」であろう。
まず「日本型の雇用システム」である。稲上毅は、日本型の雇用システムは、①従業員
(正社員)の長期的な生活保障と、②従業員の長期的な能力開発を最重要の目的として編
成されているととらえる。従業員の長期的な生活保障とは、新卒採用者または若年の中途
採用者を定年まで雇用し続ける長期安定雇用と年功賃金制度によって実現化する。そして
それを実現する上で不可欠な従業員の能力開発は、日々の業務の中での OJT と、年功的な
昇進管理、および昇進をめぐる従業員間の長期的な競争関係が持つ動機づけ機能によって
いる(稲上 19992)
。日本企業は、これらを慣行化することによって、雇用システムを安定
化させ、急激な経済成長の中で、安定的な人材確保を行い成長してきたといえる。
さらに、日英の比較研究を行った R.ドーア、間宏両氏が指摘するのは、日本の企業-従
業員関係におけるコミュニティ的性格の強さである。「わが社」の一員であるという意識が
労使の区別なく共有されている、という集団としての特徴をもっており、それは、企業と
従業員の間の雇用関係が、従業員側の企業への忠誠と企業側の従業員の生活を守るための
努力との交換を内容として成り立っていることを基としていると述べている(藤本真 b
2012,pp56)
。すなわち、日本企業においては、企業‐従業員間には、雇用‐被雇用の関係
というよりも、同じ場に属しているというコミュニティ的性格を持った関係が築かれてい
13 労働』東京大学出版会(上
林千恵子編「よくわかる産業社会学」2012 内、Ⅳ‐1「コミュニティとしての企業」で藤本真が引用。
)
2稲上毅「日本の産業社会と労働」1999、稲上毅・川喜多喬編『講座社会学
10
るということができ、それは、日本企業が採用してきた、日本型の雇用システムによって
成立しているということである。
このようなコミュニティ的側面を持った日本企業の経営のあり方を、犬塚も次のように
指摘している。
つまり、そこで着目すべき事柄は、論点のなかに多く見られる非経済的側面について
の指摘である。日本的経営論における議論の多くは、日本企業のもつ特徴として、経済
原理よりも非経済原理に焦点が合わせられている。文化、行動様式、社会制度、共同体
などの論点がそれである。元来、経済的組織としての企業と、その運営や経営方針が、
日本においては単位効率性、利潤獲得を目指す経済原理だけではなく、むしろそれを取
り巻く諸要因を重視し、それらを経営の中に不可欠な要素として取り込んでいるところ
に大きな特徴があったわけである(犬塚 1987 ,pp211-212)
。
すなわち、人びとは近代化を境に都市=労働の場へと依存先を変更したが、高度経済成
長の機運もあり、都市も人びとを求めていた。人材の安定的な確保のために、人びとの生
活を長期的に安定させる雇用形態を生み出し、それが中心となる経営体制が整えられてい
ったのである。さらに、その経営体制が規範的になり常態化したことは、犬塚が指摘する
とおりであり、それによって、高度経済成長以後も、この経営体制によってもたらされる
安定的な経営と生活が、日本社会のスタンダードとなった。
そして、日本型の雇用システムと「日本的経営」が成立した背景には、企業を取り巻く
環境がある。それがすなわち、日本社会全体が一致団結して、日本経済の発展のために寄
与する、という戦後当時背景にも即した潮流である。
社会の多くの人びとの、企業に勤務するサラリーマンになり、日本の経済は、その企業
活動が原動力になって動かされるようになった。企業は、人々が消費する商品やサービス
を生産し、企業に勤める人々は、その生産のための労働力や資本を提供した。人々は労働
力の対価として賃金を受け取り、消費活動を行う。この仕組みが都市において成り立つよ
うになり、それが日本経済全体を成り立たせている。日本の企業がもっとも繁栄した時期
は、戦後の復興期から高度経済成長を経てバブル期までと言われているが、企業が繁栄期
を迎えられた理由について、橘木俊昭氏は四つの企業のおかれた環境を指摘している。
第一に、雇用者と被雇用者の労使の関係が極めて良好であったことである。前項でも指
摘したように、経済成長に伴い、雇用者は労働力を求めており、被雇用者のための環境整
備を徹底した。対する被雇用者は、働けば働くほど高い地位と給料を得ることができたの
で、モーレツ社員となって働いた。両者の思惑が一致していたのである。
第二に、株式会社では、お互いの株式を保有しあうという、いわゆる株式持合の形態が
用いられた。大企業の系列企業間だけではなく、金融機関も巻き込んで、グループ会社を
11
形成し、生産・販売を効率的に行うと共に、外国資本からの攻勢に対して防御ができた。
第三に、土地を担保とした銀行による融資活動の方式が、土地価格が右肩上がりの上昇
率を続けた時期にあっては、銀行は安定した資本を会社に供給できた。
第四に、日本国内の企業活動を保護し、外国との競争にうまく対処できるように、政府
が様々な分野で規制を課した(橘木 2011,pp144)
。
繁栄期における日本企業は、つまり、企業、社員、金融、政府が一体となって日本経済
の発展に寄与する中で企業活動を行っていたといえる。しかし、この体制も 1980 年代の後
半のバブル期を経て、土地と株の価格が暴落したことを契機に、金融の分野における信用
機能は破綻し、金融機関との連携によって成り立っていたこの体制が均衡を失い、企業も
一気に停滞期に入ることになる。バブル崩壊の 90 年代から「失われた 10 年」が延長され
て 20 年、近代化を経た現在の日本にいたる過程である。前項でみた、日本型の雇用システ
ムと「日本的経営」は、企業、社員、金融、政府の均衡が保たれていたからこそ成り立っ
ていたものであり、均衡が崩れた今、企業は政府や金融機関のバックアップを失い、社員
に手厚い対応をすることはできない。そのことから当然高かった社員の勤労意欲も薄れて
いくことになり、日本型の雇用システムと「日本的経営」は破綻していくことになるので
ある。
<技術革新の影響>
さらに、あまり目をむけられることはないが、近代化に伴う技術革新の影響もここでは
無視することはできない。
1960 年代に日本に及んだ「オートメーション化」の波が、日本の産業界にもたらした変
化を、間宏氏は調査をもとに次のようにまとめる。オートメーションの導入当初は、技能
労働よりも知能労働が重視され、大学卒の技術者による現場管理が強まる。しかしオート
メーションが現場に定着すると、作業内容や問題への対処方法も定まってくるため、経験
をもってこれらを身につけた技能者を中心に作業が進められていくようになる。オートメ
ーションの導入で、勤続とは無関係に、仕事に必要とされる知識や能力に基づいて賃金を
支払う制度が作られるが、日本企業においては、この制度の下で高く評価されるのは、長
く勤続してより多くの知識・能力を身につけた経験豊富な従業員であり、結果としてオー
トメーションの導入に伴いなくなると考えられてきた年功的賃金は維持されることとなる
(間 19633)
。
1970 年代後半からは、パソコンや産業ロボットなどマイクロエレクトロニクス(ME)
技術が多くの職場で活用されるようになった。この導入においても、日本では「単純作業
と高度な知的作業の担当者がはっきりと分けられていることは少なく、このふたつにタイ
プの作業がひとりの労働者の中ではキャリアとして連続していることが多い」ことが指摘
3 間宏「オートメーションと労務管理」1963『日本労働協会雑誌』52(上林千恵子編「よくわかる産業社会学」2012
内、Ⅳ‐3「技術革新と職場・仕事の変化」で藤本真が引用。)
12
されている(小池・中馬・太田 20014)
。
日本の職場において、 以上のように技術革新の影響が現れる要因として、
「長期雇用制
度のもとで組織内の労働力を有効に活用することが日本企業の労務管理の基本であったこ
と」や「日本の職場が互いに互いに切磋琢磨し、学習していく社員による集団として設計
されてきたこと」などが考えられ(津田 19855)、オートメーション化やマイクロエレクト
ロニクス化の波が及んでも、いわゆる「日本的経営」は、廃れることなくむしろはっきり
と根幹をなしていたことが言えるだろう。
日本の職場のあり方に大きな変化が訪れるのは、1990 年代以降である。目覚しい技術革
新すなわち「IT 化」が進み、より多くの事務作業を一定のやり方で容易に処理していくこ
とを可能にした。今日では当たり前のように職場で活用されている、非正社員や業務のア
ウトソーシングが活用され始めたのは、近年のこの技術革新による。代わりに正社員には、
「柔軟な対応力」
「論理的思考力」が求められる仕事を担うことが期待され、オートメーシ
ョン化やマイクロエレクトロニクス化の際には目立たなかった、単純作業を担う者と高度
な知的作業を担う者との職場内での二極化の傾向が見られるようになっている(藤本真 c
2012,pp61)
。
以上のように、日本社会は今日に至るまでに、産業構造の変化と、それに伴い安定的な
雇用形態を生み出した一度目の労働市場への変化、さらに近年になるにつれて、安定性が
失われていく二度目の労働市場の変化と三つの変化を経験してきたことが分かる。この変
化を経験して、社会の構造は大きく変化することとなった。社会学の領域での先行研究で
は、この構造変化が大元になり、現代の社会問題として孤立が浮上してきたと述べられて
いる。次の節では、この構造変化が、どのように作用して孤立へと問題が発展していった
のか、社会学の領域で述べられていることをみていく。
2-2 縁の崩壊
2-2-1
有縁社会から無縁社会へ
孤立に関する先行研究においては、先にふれた大元の社会構造の変化に言及し、それに
より人びとの生活スタイルが変化したことから、人間同士を繋ぐ“縁”が崩壊したことで、
人々は孤立に至ったと説明されている。
元来人間は何かしらのつながりがある人間同士で補助し合いながら生きていくものであ
る。しかし社会構造が変化したことにより人びとの日常的な生活スタイルも変化したため、
補助の関係も時間の流れと共に変化した。孤立の研究の中で用いられる“縁”とは、かね
4 小池和男・中馬宏之・太田聰一『もの造り
の技能――自動車産業の職場で』2001 東洋経済新報社(上林千恵子編
「よくわかる産業社会学」2012 内、Ⅳ‐3「技術革新と職場・仕事の変化」で藤本真が引用。
)
5 津田眞澂「現代の技術革新と人事労務」1985 岡本康男・若杉敬明編『技術革新と企業行動』東京大学出版会(上林
千恵子編「よくわかる産業社会学」2012 内、Ⅳ‐3「技術革新と職場・仕事の変化」で藤本真が引用。
13
てより日本で築かれてきた規範的なこの人間関係の補助の関係を示すものである。親族同
士血のつながりのある者同士の関係を血縁、地域の共同体で共に生活する者同士の関係を
地縁、同じ職場で働く者同士の関係を社縁と呼んできた。社会構造の変化に伴う生活スタ
イルの変化によって、それぞれの“縁”は、社会規範として成立し、また崩壊していった。
この“縁”の崩壊の過程を図に示して明らかにしているのが岩間夏樹氏である。彼はこ
こでいう“縁”を人の「生活サポート体制」とよび、以下の図でその変遷を示している。
この図を参考にしながら、孤立の問題がこれまでどのように研究されてきたのかを示して
いきたい。
[図 1]岩間 2010,pp35 図 1-4 「生活のサポート体制の変遷」岩間作成
『若者の働く意識はなぜ変わったのか――企業戦士からニートへ――』ミネルヴァ書房
岩間は、生活のサポート体制を、時代の変遷ごとに三つの区分に分けて説明している。
それが、①血縁・地縁連合体制、②職域一辺倒体制、③サポート体制の空洞化である。時
代区分としては、①が高度経済成長期以前、②が高度経済成長期からバブルの崩壊時期ま
で、③がバブルの崩壊から現在に至るまでである。
まず①では、職場には従業員をサポートする機能はほとんどなかったといえる。代わり
に、生活を支えていたのが「家」あるいは「村」であった(そもそも職場が家である農業
や自営業に従事する者も多かったと言える)。生活のために血縁・地縁の関係が重視され、
大切にされる一方で、この縁の中では、
「人間同士が空間的にも心理的にも、深く濃く結び
ついていたため、さまざまな感情的なもつれの温床」でもあったことが指摘できる。血縁・
地縁とは、生活のために不可欠なものであるが、まさに「うっとうしい」ものであったと
言える。
次に②の体制に入るが、ここでの生活サポート体制は、1章で指摘してきたところと重
なる部分が大きい。この時期には、企業における、企業と社員との関係が良好で企業福祉
によって、生活サポート体制が組まれていたことから、人びとは都市生活において、面倒
な近所付き合いや、その他の人間関係の恩恵は頼りにする必要がさほどなかった。右肩上
14
がりの経済発展の中で、安定的な企業経営体制、雇用システムが慣行化されることによっ
て、そのシステムの中にもぐりこむことさえできれば、強力なサポートを得ることができ
たのである。
「一億総中流」の考え方が浸透したのもこの時期で、安定したシステムに組み
込まれた企業や人びとの意識だったのである。そればかりか、
「サービス残業」や「過労死」
の言葉ができたように、多くの日本人はまさに身を粉にして働くという傾向がみられ、雇
用、非雇用の区別なく、社員が同じ目標をもち一致団結して働く、という職場環境がどこ
でも常態化していたことから、公私の区別なく互いのサポートを行うところまで職場内で
の関係は発展し、人びとの精神的なサポートにさえ担っていたということができ、これが
いわゆる「社縁」なのである。そして、もともと煩わしさもあった近所付き合いや親戚付
き合いは通り一遍の社交に限定され、互いにサポートしあうというものではなくなった。
都市生活者の人間関係の関心は職場とその周辺に限られるようになったのである。①でみ
た血縁・地縁連合体制は役目を終え、職域一辺倒体制へと移り変わることになった。
最後に③であるが、1990 年代を向かえ、職場が生活サポート体制を提供することが困難
になった。このサポート体制は、あくまで個々の企業や、マクロ的な経済の成長期のゆと
りから得られるものであり、状況が変わればあっさり消滅する性質のものであったことに
気づいた企業は、この体制を非効率的なものと考えるようになっていった。血縁・地縁関
係はすでに崩壊していた社会において、社縁が崩れた今、頼るべき縁はなく(今から血縁
や地縁に頼ろうとしても、多くの世代が、血縁地縁のない社会で生まれ育っており、その
縁を形成するための術を知らない)
、実質的な生活の術の側面としても、精神的な側面でみ
ても、サポート体制の空洞化が起きているのが現状である(岩間 2010)
。
以上の先行研究から、社会構造の変化により、生活スタイルが変化したことで、日常的
な人間同士の関係の在り方も変化していった様子をここから理解することができる。
2-2-2
「縁の崩壊」への問い直し
先行研究を受けて、ここで指摘したいのは、ここで言う“縁”とは、社会規範として存
在した「
(あるコミュニティの中で)人間同士の関係はこうあるべき」という枠組みに過ぎ
ないということである。無論生活スタイルが根本的に変化したことから、初めは新しい補
助の関係を作らざるを得ないという形で成り立ったものであるが、その在り方が一度社会
に浸透し、安定してからは、
「こうあるべき」という枠組みとして存在しているに過ぎなか
ったといえる。
“縁”が機能している間は、社会規範であるため、人びとはそれに則り関係
を築いた。しかし、
“縁”が機能しなくなってからは、規範が失われてしまったため、それ
に則った形である必要はなくなったといえる。1 章でみた、
「孤独死」をしてしまった男性
の周囲の人間関係をみても、全ての“縁”が崩壊したと言われている今日に、血縁と言え
る実の兄との関係、地縁と言える幼馴染の友人の母との関係、社縁と言える最後のアルバ
イト先との関係、全てを男性が持ち合わせていたということからも、社会学の領域で語ら
15
れる、社会規範としての“縁”とその崩壊は、形式上のことであり、実質的な部分には触
れられていないことが分かる。そのため、その規範の延長上で築かれた人間同士の内面的、
情緒的つながりと補助の関係については、規範=枠組みの喪失だけでは説明が十分つけら
れていないということを筆者は指摘したい。ただしここで注意したいのは、社会規範とし
ての“縁”の崩壊は、孤立の問題に全くの無関係であるわけではなく、社会規範として一
度人びとに浸透したこと、そしてそれが崩壊してしまったと社会の中で声高に叫ばれてい
ることは、孤立の当事者や社会全体の空気感に大きな影響を与えているということである。
これに関しては後に詳細に述べていく。
16
3章
孤立に陥る心理的プロセス―仮説
2 章の最後で、孤立の問題の解明には、社会の構造や規範などの表面的な部分の変化ばか
りでなく、人間のより内面的、心理的な変化に焦点を当てることも重要であることを示し
た。3 章では、まず 2 章でみた規範としての“縁”の崩壊が、内面的、心理的な側面で世間
(孤立の当事者のみでなく全ての人びとを対象とする)にどのような影響を与えたのかを
明らかにし、またこれまでの研究ではあまり語られていない、問題の当事者が孤立に陥る
心理的プロセスに関して、筆者の仮説を立てていく。
3-1 「解放」と「剥奪」の言説
まずは世間一般に、
“縁”の崩壊が内面的心理的にどのような影響を与えたのかを見てい
く。
社会規範としての“縁”が崩壊した結果、人びとを襲った事態を、「解放」と「剥奪」と
いう二つの言説によって石田光規氏は述べる。「解放」とは、縁で定められた関係がなくな
った結果、人びとの「自己実現や個性の発揮」へとつながっていったとする言説であり、
「剥
奪」とは、人間関係の形成・維持において、自己選択ができるようになったことによって、
人間関係が希薄化したとする言説である。石田は、
「かつての日本は、ムラ社会、企業社会
といわれてきたように、強固な中間集団に支えられてきた。こうした状況は、ときに閉鎖
社会、前近代社会と揶揄され、ときには温かみのある社会と歓迎された。中間集団の弱体
化は、前者からの脱却という立場に立てば『解放』と判断され、後者の喪失という立場に
立てば『剥奪』と判断される」と述べている(石田 2011,pp34)。
石田の言及から分かることは二つある。一つは、社会規範としての“縁”の崩壊は、自
分で選択できる自由をもてるようになったと捉えれば、「解放」だということができるし、
不安定な社会に放り出されたと捉えれば、
「剥奪」だということができるということである。
つまり見方によって、
“縁”でつながった組織体は、面倒な関係と捉えられてもいたが、し
かし一方で、人生の様々な場面において、うまく利用すべき関係であったとも捉えられて
いたということである。そしてもう一つは、社会規範としての“縁”が成立していた頃に
は、
“縁”でのつながりは、規範や枠組みとしてだけではなく、そこから発展して、(
「温か
みのある社会」という表現から、
)情緒面で頼るべきつながりとして存在していたというこ
とである。社会規範として定まった関係であるからこそ、生活を共にする時間は長く、そ
の中で、情緒的な依存関係とも言えるつながりは形成されていったものと考えることがで
きる。ゆえに、
“縁”が成立しない社会になると、自らの意思と判断で、生活を共にする人
間を選択し、意図的に生活を共にしていかなければ、情緒的依存関係を他者に求めること
ができなくなってしまうこともいえる。
このことから、
“縁”とは、社会学的に捉えれば定められた規範であったが、その存在に
対して人びとは、「煩わしい」或いは「利用すべき」という考えを抱いており、その上で、
17
規範で定められた以上につながりを濃くし、情緒的な依存関係にまで発展させていたとい
う、社会規範以上の意味を持っていたということがいえる。
3-2 不安で足が竦む人、関係から後ずさりする人
社会規範としての“縁”が失われたときの、「解放」とも「剥奪」とも捉えることができ
たその事態を、数土直紀氏の「自由」の言説によっても説明したい。人は自由になったと
き、周りから定められる基準がなくなったとき、自らでその行為の選択基準を決めて選ん
でいかねばならず、多くの選択肢がある状況に直面して、かえって人は困惑させられてし
まった。数土の言葉で言えば以下である。
選択肢が増えたとき、かえってひとが自分の自由を見失ってしまうのは、ひとは選ぶ
ための判断基準をあらかじめ与えられているわけではなく、自分の力でその基準を探し
だすことを求められていたからなのである。したがって、自分の力で容易にその基準を
探しだすことができるような状況であれば自由を行使することができるかもしれないが、
自分の力では容易にその判断基準をみいだせなくなったときには、私は何を選択してい
いのかわからなくなり、自由を行使することはできなくなってしまうのである」(数土
2013,pp60)
。
“縁”が崩壊したことによってもたらされた事態の不安定さは、このように言い定める
ことができる。では、人はどのようにその判断基準を定めるのだろうか。数土は次のよう
に述べる。
「他者が従っている判断基準を参照にしつつ、私の従うべき判断基準を定めよう
とする」
(数土 2013,pp62)
。すなわち、世界に私一人しか存在していないのであれば、他
者の判断基準など気にする必要もないのだが、他者がいる世界にいる限り、私が「正しい」
と思う判断基準も、他者にとっては「間違った」判断基準になり得る。「自由」なのである
から、他者の判断基準など気にかける必要はないのだが、他者とともに生きながら人はそ
れに全くの無関心でいることはできない。なぜなら他者は私がどのような判断基準を持っ
ているのかに強い関心を持ち、私の選択に評価を与えようとするからである。私は他者と
相互にかかわりあいながら生きているのであり、私がどんな判断を下すかによって、他者
の生活に何らかの影響がでるのは、免れ得ないからである。それは、私にも言えることで
あり、相互に無関心でいることはやはりできないのである(数土 2013)
。
この、物事の判断基準を決める際の人びとの相互のやりとりは、人生の中の多くの選択
の場面に当てはまる。例えば家族となる人の選択(結婚)、職業の選択(就職)などである。
結婚相手を選ぶ基準や、就職先を選ぶ基準を自分で決めなければならなくなった。多くの
選択肢の前に立たされることで、何を「正しい」判断基準としてもって選択をしていけば
いいのか分からなくなり、人々は不安の只中に立たされているのである。
そしてさらに言えば、
「自由」であることにはもう一つ問題がある。それは、結婚にも結
18
婚する相手の自由な判断があり、就職にも、企業の採用担当の自由な判断があるというこ
とである。結婚にせよ、就職にせよ、私一人の意思で決められるのであれば、これほど簡
単なことはない。しかし現実にそのようなことはなく、相手が存在する限り、私が信念を
もって正しいと判断した選択をしても、相手にも自分を選択してもらえなければ、自分の
選択は成り立たなくなるのである。だからこそ、その判断基準は正しいのかということが
より一層問題になるのであり、相手の判断基準は何かということにより関心をもち、けれ
どもそれはすべてを把握できるものではないために、結局人を最終的な判断、選択から遠
ざけてしまうのである。
すなわち、人は「自由」になることで、不安の只中におかれ、作用する相手の判断基準
に惑わされることで自分の判断基準を見失い、結局は最終的な判断を下すことができない
ままになってしまうということである。家族を作る相手や、仕事を共にする相手というの
は、かつて日本では情緒的依存関係を結ぶ相手としての役割も果たしていたわけであるが、
“縁”が崩壊し、
「自由」になったために、そのような相手を自力で探さなければならなく
なり、けれども相手を決めるための判断基準を失ってしまっている今、人びとは不安の中
にあり、そのような関係を作る(判断を下す)ことから後ずさりしてしまっているといえ
る。
3-3 仮説
世間の人びとの情緒的側面を踏まえて、孤立当事者の内面的な変化と孤立が問題になる
プロセスについて筆者は以下のように仮説を立てる。
(1)孤立とは、当事者が自己責任感と自己否定観を持つようになることによって始まる
問題である。
(2)
(1)の自己否定観が要因となり、当事者は諸関係から後ずさりして去っていくこと
で孤立は完成される。
以上二つの仮説に対して説明を加えていく。
まず(1)は、1-3 でみた、北九州市での 39 歳の男性の孤独死から立てる仮説である。
男性は、頼れる関係を周囲に持ちながら、それを最期には活用することはなく、亡くなっ
ていった。ここから孤立の当事者「自分で対処しなければならない」と考えていたと推察
できる。自分がこの状況にあるのは自分の責任であるという考えである。
「自己責任論」と
は、近年になりよく聞く言葉であるが、この「自己責任論」と当事者の抱く自己責任感は、
何らかの因果関係があると推察できる。仮説を立証するためには、世間で言われる「自己
責任論」と当事者の自己責任感にどのような関係があるのかを明確にしていくことは、一
つ必要な作業となろう。また、何者にも頼ろうとしない当事者の様子から、自分自身を否
定するような感情を抱いていることが推察できるため、この仮説を立てる。自己否定の感
19
情をどのような経緯で当事者は抱くようになるのかを明らかにする。孤立問題の当事者が
孤立に陥る心理的プロセスは、このようなプロセスであるとここでは仮説を立てる。
次に(2)に関して、現代社会の世間一般の人びとが、不安感の只中にいながら、孤立
状態へと転落しない理由は、当事者が強い自己否定観をもっているか否かという違いにあ
ると考える。孤立に陥るきっかけは様々なところにあるが、強い自己否定観を持っている
かどうかが、最終的に深みに落ちてしまうかどうかを分かつ点である。当事者がこれを持
つことによって、
「周囲に迷惑をかけるわけにはいかない」と、周囲の諸関係から、自ら身
を引くという行為にでてしまうことによって、完成されるのが孤立であると、ここでは仮
説を立てる。
3-4 仮説の調査方法
ここまで、
“縁”の崩壊によって世間の人びとが直面した事態と心理的側面の変化につい
て明らかにしてきたが、前項の仮説について明らかにしていくためには、広く世間の人び
とではなく対象を孤立の当事者に絞って、内面的、心理的な側面を見ていかなければなら
ない。しかし、孤立問題は社会において表面化しにくく、実際のところを把握することは
困難を極める。そこで、本論文においては、
「ひきこもり」問題への研究を参考にする。
4 章以下の「ひきこもり」の先行研究でもみていくが、
「ひきこもり」はそもそも孤立と
は違う社会的側面での問題であったが、近年になり、孤立と同じ社会状況を背景とし、問
題の転換期を迎えている。
「ひきこもり」問題の当事者は高年齢化しており、客観的にみて、
どちらの問題の当事者も、同じ状況に立たされていることから、孤立状態にある人と「ひ
きこもり」問題の当事者は、近しい心理状態にあるのではないかと考えられる。そして「ひ
きこもり」研究においては、当事者の内面的、心理的側面に焦点を当てているものが多く、
その部分の調査が困難だと考えられる孤立問題の参考にできる。
ゆえに、以下の章で、
「ひきこもり」の研究とこれまでの論を突き合わせることによって、
仮説の立証を実現していくこととする。
20
4章
ひきこもりに関する先行研究とひきこもりに陥る心理的プロセス
4-1 ひきこもりとは何か
「ひきこもり」という言葉が使われるようになったのは、1980 年代からである。当時の「ひ
きこもり」の定義は、精神科医の斎藤環氏によれば、
「20 代後半までに問題化し、6 ヶ月以
上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第
一の原因とは考えにくいもの」
(斎藤 19986)であった。これを受けて、井出は、
「精神障害
を原因としない」と定義付けたことに関して言及している点がある。「『摂食障害』や『統
合失調症』といった精神障害になった人が、それらの精神障害を原因として、ひきこもり
状態になるということがあるが、そのようなひきこもり状態は斎藤定義では除かれている
ということである。
」
「
『ひきこもり』は非常に精神的に苦しい状態であるため、社会不安障
害や鬱病といった精神障害が同時に現れることがある。この場合は、
『状態』としては病気
であろう。斎藤が述べているのは『原因』についてである。
『精神障害』が『原因』か、不
登校やイジメなどの『社会的要因』が『原因』か、ということである」
(井出 2007,pp36)
。
4-2 ひきこもり問題の焦点―“長期化”と“高年齢化”
ひきこもりは、社会問題化した当初は、学校への「不登校」の延長で起こる問題だと捕
らえられていた。しかし。近年になって、ひきこもりの問題は新たな様相を展開している。
2008 年の東京都「若年者自立支援調査研究」の一環の調査で、現代のひきこもりの実態
が明らかになっている。15~34 歳の男女に絞って無作為抽出した 1300 余人への調査で、
「ひ
きこもり」
状態にある人が、
都内だけでも少なくとも 2 万 5000 人存在することが分かった。
ひきこもりの要因は、
「職場不適応」が 28%と最も多く、
「病気」が 25%、
「人間関係の不信」
が 22%と続いている。年齢は、
「30~34 歳」が 44%と最も多い。2008 年の調査では、35 歳
以上の層に関しては調査を行っていないため、この年のひきこもり高年齢層の実態は明ら
かになっていない。翌年の 2009 年の調査では、対象を 49 歳まで引き上げて「ひきこもり
状態にある高年齢層(35 歳以上)の状況」を調査し、その実態を明らかにしている。35 歳
以上の「ひきこもりのきっかけ」では、
「職場不適応」が 47%で最多、
「人間関係の不信」
が 33%、
「病気」が 22%と続く。
(対して 34 歳以下の「ひきこもりのきっかけ」は、
「不登
校」53%、
「人間関係の不信」42%、
「職場不適応」13%である。
)
「ひきこもり」の期間につ
いても、
「7 年以上」が 61%、
「1~3 年」が 15%、
「5~7 年」が 11%と、比較的長期間のひき
こもりを経験している人が多いことが分かる。
(34 歳以下の「ひきこもり」の期間は、
「1~3
年」32%、
「3~5 年」23%、
「7 年以上」15%と、34 歳以下に比較すると、35 歳以上の「ひ
きこもり」の期間の長さが明確になる。
)この調査を受けて、東京都は、
6 斎藤環 1998,pp25『社会的ひきこもり――終わらない思春期』PHP 研究所(井出草平 2007『ひきこもりの社会学』
内、井出が引用。)
21
●高年齢層で、職場不適応がきっかけとなりやすいことが明確になった。
●全年齢層におけるひきこもりのきっかけ別の継続期間に差が見られないにも拘わらず、
高年齢層における継続期間が長い
⇒高年齢層においては、長期化する傾向にあると推測できる
と考察をまとめている(東京都 HP 東京都報道発表資料[2009 年 3 月掲載]「平成 20 年度
ひきこもりの実態調査結果について ひきこもる若者たちと家族の悩み」より)
。
また、1997 年よりひきこもり問題に取り組む池上正樹氏は、近年のひきこもり問題の様
相の変化を次のように述べる。
「ひきこもり」というと、10 年ぐらい前は不登校の延長線上にある「若年者」のイメ
ージが強かった。しかし、最近取材してきて思うのは、職場にいる人たちが、“朝、起き
られない”
“体が動かない”などを理由に出勤できなくなって、そのままひきこもってい
く例が増えているということ。
「ひきこもり」が不登校の延長で長年ひきこもっている人
たちと、社会から離脱して復帰できなくなってしまった人たちの 2 つに大きく分かれて
きている現状がある、この 2 点である(池上 2010,pp97-98)。
ひきこもりといえば、かつては学校の制度の中で適応できなかった子どもが不登校の延
長として就労などで躓き陥る問題であり、就労経験者には無縁の問題であるかのように捉
えられていたが、近年にいたっては、就労経験者にもひきこもり問題にぶち当たる人がい
ると指摘している。池上は同書の中で、ひきこもり問題の第一人者である精神科医の斎藤
環氏にも近年のひきこもり問題の状況に関して意見を求め、その言葉を次のように記して
いる。
『かつてはひきこもりの 90%くらいが不登校の延長だった。いまはかなりの割合で、
就労経験者が増えてきている。私は、この問題を 20 年やっているが、信じられない事
態だ。一時期まで“仕事をやっていたやつは、ひきこもらないだろう”と本気で思っ
ていたが、その常識が通用しない世界になってきている』(池上 2010,pp99)
。
以上の調査などから、現代のひきこもり問題の対象は、不登校を問題の発端としている
学生などの若年層と、就労を経験した 35 歳以上にも及ぶ高年齢層とに二極化していること
が分かる。さらに、先の調査によれば、現在では若年層よりも高年齢層その割合を大きく
占めており、一度なると長期化しやすい傾向にあることから、現代のひきこもり問題は、
新たな焦点として“高年齢化”と“長期化”をキーワードにして語れるといえるだろう。
そして、若年者がひきこもり状態に陥るという問題は、社会問題化したのが 30 年ほど前
22
であり、学問領域での研究なども進んでいるため、不登校の延長でひきこもりになった若
年者の学習支援や未就労者に対する就職支援など、行政、民間団体の間でこれまでに数多
くの支援策が講じられている。しかし、就労を経験した高年齢でのひきこもりに関しては、
問題化してから数年、研究が未だ不十分であること、当事者が成人していることや、“朝、
突然身体が動かなくなる”など症状が当事者の心と身体の問題であるように見えることか
ら、問題は当事者の責任の範疇にあると捉えられてしまう傾向にある。そのため、高年齢
でのひきこもりに対する十分な対応策はあまり講じられていないのが現状である。
問題は、単にひきこもりが長期化しているだけではなく、対象となる新たな層が出現し
ているという点にある。これまでのひきこもりとは異なり、現代特有の社会背景・要因を
持ってこの問題が生じているのだと考えることができる。現代の社会問題として近年浮上
した孤立の問題と、ひきこもりの問題がリンクする非常に近しい問題だと考えられるのは、
この現代特有の社会背景や要因を共通して持っていると考えられるためである。
上記の調査から、現段階で推察できる点が以下二点ある。
一つは、高年齢でのひきこもりの予兆は、大学生活の中でみられるのではないかという
点である。
「職場不適応」という要因から、彼・彼女らは、与えられた世界の中で過ごす学
校生活には順応してきたが、自らの判断で行動することを求められる社会という世界に放
たれてから、それに順応することができなかったということがわかる。大学という世界は、
時期的にその中間に位置し、そこに展開されているシステムも、まさにその間に位置して
いる。細かに決められたカリキュラム制の生活に慣らされてきた学生たちは、大学の選択
式の授業や、所属するもしないも自由なサークル活動・・・という状況に突然立たされるわけ
である。大学生活が成功していると見られるか失敗していると見られるかは自分次第とい
う世界に直面し、多くの学生が孤独感に苛まれるという。それでも大学生活は、年次があ
り、どこまで単位制度によりいつまでにどこまで到達すべきなのか、年次により自分はど
こに位置しているのかが明確だという点は、高校から突然社会に出るよりは幾分ましなも
のであろう。ただ、この学生が抱く孤独感と、高年齢でのひきこもりの心理的側面は、か
なり近しいものがあるのではないかということを推察することができるだろう。
二つ目は、
“朝、突然身体が動かなくなる”など、心に身体がついていっていない状態を
訴える声が上がっていることから、当事者の心の持ち様に、ひきこもりの高年齢化が生じ
る前と後とでは差が生じているのではないか、という点である。自律できている大人であ
れば、体調に支障をきたす前に気持ちも整え、押さえるところは押さえていくというコン
トロールを利かせることができるものであるが、大の大人にそれができていない点に、問
題の要因をみることができる。
“高年齢化”が問題となった背景には、現代の人びとの心の
持ち様の変化が一つ要因になっていることを推察することができる。
23
これらの推察を踏まえながら、ひきこもりの問題の当事者の心理変化に焦点を当てた調
査を、以下に行っていくこととする。
4-3 高年齢でのひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
ここでは、フリージャーナリストの池上正樹氏(池上 20107)と荒川龍氏(荒川 20048)
両者の著作にあるヒアリング調査とそれへの分析を基にし、再解釈という形で、筆者独自
の分析を行うことを試みる。1997 年よりひきこもりの研究を重ねている池上は、ひきこも
りの“高年齢化”に焦点を絞り、高年齢でのひきこもりを経験した当事者を対象としたヒ
アリングとそれへの分析を行っている。一方、荒川は、不登校やひきこもりの若者の社会
復帰を支援する NPO 法人(特定非営利活動法人)
「ニュースタート事務局」の活動を追い、
就労を経験していないひきこもり経験者にヒアリングし分析を行っている。荒川のヒアリ
ング例は、対象が学生のひきこもりの延長であることから、一見本論文の主旨とずれるよ
うであるが、先に指摘したように、大学生を経験したひきこもりは高年齢でのひきこもり
の予兆であるとも考えられるため、ここではあえて取り上げることとしたい。
これらを用いて、現代のひきこもり当事者が、どのように社会状況を意識し、問題に陥
る心理的プロセスを踏んでいったのかを明らかにしていく。
4-3-1
高年齢でのひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
まず池上がヒアリングをした吉村さん(仮称)であるが、彼はヒアリング当時 33 歳、体
調が崩れ始めたのはその 28 歳の頃であり、一番の働き盛りと言われる時期である。学生時
代と就職までは全く順調に進んできたが、ここにきて困難に直面している。吉村さんの場
合には、当人も述べているように、職場でのストレスを要因とするところが大きい。スト
レスを感じながらも仕事をやめるわけにはいかないと考え、無理に仕事を続けた。「親に頼
ることはできない」という言葉が、彼が感じていた責任感、義務感を示している。しかし
無理を続けることにより、身体の方が言うことをきかなくなってしまっている。会社を辞
めてから、家を出ることがなかったというが、そのとき吉村さんが感じていたのがやはり
、 、 、 、 、
、 、 、 、
「仕事をしなければならない」という責任感、義務感であった。自分のことを「みっとも
ない」と考えた当時の彼の思いにその意識が現れ出ている。そのような責任感、義務感の
強さから、それを果たせていない自分を認めることができないでいる様子も見て取ること
ができる。このようにして自分に対する自信を失ってしまった吉村さんは、
「誰とも会いた
くない」と、普通に働く人と会い関係をもつことを拒み、家にひきこもるようになってし
まった。
7 池上正樹 2010『ドキュメントひきこもり
「長期化」と「高年齢化」の実態』第 3 章「急増する『社会人ひきこも
り』」中 pp99-120 のヒアリング調査と池上の分析を参考にしている。
8 荒川龍 2004『
「引きこもり」から「社会」へ
それぞれのニュースタート』第 5 章「約五年間の引きこもり生活を解
消した彼が踏み出せない一歩―坂口 淳君(29 歳)の場合―」中 pp126-153 のヒアリング調査と荒川の分析を参考に
している。
24
、 、 、 、 、
、 、 、 、
、 、
、 、
、
、 、 、 、
この例から、当事者は、
「仕事をしなければならない」、
「周囲に頼ることはできない」と
いう強い責任感と義務感によって、人に頼ることなく問題を一人で対処しなければならな
いと考えており、体調に問題を来して仕事ができなくなったという結果を前にして、自分
を責め、自信を失い、同時に自分を認められなくなってしまう、そのようなプロセスを踏
んでいることがわかる。
次に取り上げたいのは池上がヒアリング調査をした清水さん(仮名)の例である。吉村
さんの例同様、清水さんの場合も、当時 39 歳と、働き盛りといわれる時期に問題に直面し
ている。そしてこれも同じく、学生時代、就職までは特筆すべき問題もなく、順調と言え
る人生を歩んできている。吉村さんと異なるのは、清水さんが仕事を失った理由は、体調
を崩したからではなく、やりたい仕事を追及している最中に、景気の落ち込みが影響し会
社が立ち行かなくなってしまったことにある。大学卒業後すぐに就職した会社での仕事は、
面白みを感じられなかったといっているが、その後自ら企業を立ち上げて仕事をしていた
ところから、仕事をして社会貢献をするという責任感は強く持っていたものと考えられる。
しかし、やりたいことを追求してやってきたけれどもそれがすべてうまくいかなくなっ
てしまった途端、
「今まで自分がやってきたことは全て無意味だった」と考え、それまでの
全てを否定してしまっている。順調にやってきていた人生が突然袋小路に入り込んでしま
ったことから、
「もういいや」と人生について投げやりになってしまっているのである。建
設的なことは何もできなくなってしまったというところから家でひきこもるようになり、
「あとは死ぬしかない」と、自分の存在さえ否定してしまっている様子を見て取ることが
できる。
清水さんの例からは、人生を順風満帆で進んできた人が、社会貢献を実現する働き盛り
の時期に、突然に困難に直面することで、働く意味だけではなく、生きる意味さえも、全
ての意味を見失ってしまうというプロセスをみることができる。当然そのときには、自分
を肯定することなどできず、自信の喪失、全ての喪失感を感じているものと推察すること
ができる。
以上の二つの例を踏まえて、高年齢でのひきこもり当事者には、共通して学生時代とそ
の直後の就職までは何の問題もなく順調にこなしていること、仕事に対する責任感や社会
貢献への責任感は強く持ち合わせていることを共通項として指摘することができる。
二つの共通項を持ち合わせた人びとが、何らかの要因で仕事を失ってしまうことによっ
て、その責任を果たすことができないことから、自分に対する自信を失うという事態に直
面し、その事態に(自分だけで対処しようとするが)対処することができず、一気に自分
自身を否定するところまで落ちてしまうというプロセスが存在することが分かる。
25
以上の当事者の心理的プロセスを図に表すと、以下のようになる。
[図 2]ヒアリング調査を通して当事者の視点でみる、ひきこもりに陥る心理的プロセス
筆者作成
池上は、このヒアリングを行って、高年齢でのひきこもり経験者の共通項と陥る心理的
プロセスに関して、思春期精神医学を扱う東京学芸大学教育学部の田村教授の言葉を引用
している。
東京学芸大学・教育学部の田村教授(思春期精神医学、家庭療法)は、
「職場の人間関
係などにつまずくことは、ひきこもる誘因のひとつだと思います。そのストレスを乗り
越えられない根底には、
(ひきこもり)特有の対人関係の薄さがありますね。その根っこ
は、前々からあって、それがいつ破綻するかの違いだと思うんです。小さい頃は、自分
が中心でも周りが自分に合わせてくれて、傷つくことはなかった。しかし、どこかで傷
ついて、自分の思うようにはいかないんだなという、自己万能感が崩壊していくプロセ
スを受け入れることが重要なんです。家庭環境がよかったり、成績がよかったりして、
自己万能感が傷つかないまま、何とかやって来られてしまった人が、突然何かにつまづ
いたとき、ひきこもるということがあります。傷ついた経験があれば、さらに多少傷つ
いても、何とか乗り越えられると思うんです。」と指摘する(池上 2010,pp120-121)
。
以上の言葉を引用して、池上は、高年齢でのひきこもりが問題に陥るプロセスを、自己
万能感が傷ついた経験のない者が、社会にでて複雑な人間関係や様々な事情の中で、自分
の意見と周囲の意見の折り合いをつけていくことができず、そのプライドを傷つけられ、
そこから一気に自己否定に走り、ひきこもりまで陥るのだと説明している(池上 2010)
。
池上がヒアリング調査を行った二人の経験者から、学生時代を問題なくすごすという共
通点があることを筆者は先に指摘したが、まさにそのことを田村教授も、池上も、「自己万
能感が傷ついた経験がない」のだと指摘している。このことは、問題の当事者自身は、学
生時代は必要なことをそつなくこなしてきたと認識しているが、実際のところ、自分の思
うようにいかない場合にうまく対処する、一社会人として欠かすことのできない力、すな
わち忍耐力や柔軟性、修正力を身につけることなく学生を終えてしまっているという、当
事者の認識のずれが生じていることを示している。
26
このことを先の図に反映させると以下のようになる。
[図 3]ヒアリング調査を通して客観的にみる、ひきこもりに陥る心理的プロセス
4-3-2
筆者作成
就労経験のないひきこもり経験者へのヒアリング調査を踏まえて
荒川が著書の中でヒアリングをしている坂口さんの場合は、就労を経験したひきこもり
ではないが、中学や高校までの学校の制度の中で適応できなかったことの延長にある問題
ではなく、自分の判断が問われる大学での学生生活に生活環境をうつすことで表面化した
問題であることから、彼がひきこもり状態に陥った要因や心理的プロセスは、先の例でみ
てきた二人と同様のものであると考えられる。
実際、前出の二人のひきこもり経験者と共通する点が見られる。それは、高学歴で大学
入学までは表面上は順調に学校生活を送っていた点、
(唯一の拠りどころであった勉強にお
いて単位を落としたことで)自分への自信を失い、その自分の情けない姿を他人にさらし
たくないという思いをもったために自宅にひきこもるようになった点、の二点である。
坂口さんの場合、高校までの学校生活の中でも「友達に自ら話しかけていく方ではなか
った」と苦手意識をもっていた胸の内を明らかにしているが、唯一の長所と自身が認識し
ていた勉強に取り組み成績を残すことで、この苦手意識を覆い隠していた。それが大学に
入り、自ら能動的に友達を作りに動かなければ取り残されてしまうという環境に圧倒され、
拠りどころにしていた勉強の方も思うようにいかなかったことから、人間関係の形成に対
する苦手意識が表面化することになったのだと考えられる。池上のヒアリング調査の例を
見ても、両者ともきちんと大学(清水さんの場合超一流といわれる大学)をでているとい
うことから、与えられたことをそつなくこなすことは得意という傾向があるといえるだろ
う。けれども、これまでたどってきた自分の道が閉ざされる経験をすると、とたんにその
先の道を見出せなくなるという共通点を見出すことができる。
また、それまでは当たり前にできていたことができなくなった自分を恥じ、その姿を「さ
らしたくない」といって周囲との接触を拒む様子は、前出の二人と全く同じであり、自分
のことは自分ひとりで解決しようとしながら、自分への自信を喪失し、自分を否定してい
く過程がここには見られる。荒川は、「ダメな自分をさらしたくない」と言った彼の様子を
「卑屈すぎる」と表現し、坂口さんのこの言葉選びから、彼のプライドがどれだけ傷つい
たかを汲み取ることができると述べている。大学で「さらし者」になる程まで顔が周囲の
27
学生に知られることはまずありえず、「さらし者」という言葉を選ぶほど、自信の喪失から
必要以上の劣等感を感じ「極端な自己否定」に追い詰められていたのだと分析している(荒
川 2004)
。この自信の喪失から自己否定へと至る流れは、前出の二人のひきこもり経験者と
共通する点である。
さらに、坂口さんへのヒアリングで明らかになったことがある。それは、当事者が、自
分があるべき姿を強く思い描いており、それが理想の在り方であるかのようにその姿を信
じきっているという点である。ただし、そのあるべき姿に自ら到達しようと具体的な努力
をすることはなく、まさに理想として掲げ、その姿と現在の自分の姿を比較し、その落差
に悲嘆し、もしくは諦めきっているのである。
坂口さんが学生だったときに、運動ができないのであれば勉強ができなければならない
という理想をもってそれに固執しており、大学で二〇数単位中六単位しか取れないという
現実との落差に悲嘆している。また自分のことを完璧主義といいながら、理想として掲げ
ている「アルバイトで生計を立てながら一人暮らしをする」という自立した生き方を実現
するために必要なアルバイト希望の電話すらもかけることができない状態が明らかになっ
ている。完璧主義をまっとうすることができていないことを指摘すると、
「僕にはわからな
い」と他人事のような答えが返ってきていることから、理想を達成する意思や意欲を本人
から見出すことはできず、最初から到達することを諦めているように受け止められる。
坂口さんの場合、就労経験がない分、社会参加や社会貢献への責任は強く感じていない
ようである。その分、思い描く到達すべき姿が自分本位のものであり、そこへ到達できな
い(もしくはしない)理由も本人の意思のもとにあり、ひきこもり状態に陥った当事者が
どのような心理状態であるか、社会とのかかわりとは無関係に変化する箇所が見えてくる。
すなわちそれが、自尊心の崩壊と自信の喪失に始まり、理想の姿と現実の落差に悲嘆し、
やがて理想の姿の追求を諦め(しかし理想を捨てることができたわけでない)、自己の存在
を否定するところまで至る、というプロセスである。
そしてそのプロセスをたどる当事者に共通していえる特徴は三つあり、一つは、ひきこ
もり状態に陥るまで彼・彼女は、自己万能感が傷つく経験をせずにすごしてきているとい
うことであり、二つ目は初めて躓いたときに、問題を一方的に対処しようとすることであ
る。彼・彼女らは、それ以外に問題への対処の仕方を経験的に知らないことから、そのよ
うな行動にでる。三つ目は、彼・彼女らが無意識のうちにもつ「こうあるべき」という理
想の姿があり、それが当人の中で確固たるものであり容易に捨て去ることはできないとい
うことである。
就労経験のある高年齢でのひきこもりとの違いは、その当事者が思い描く理想の姿が、
自分本位で思い描かれたものなのか、社会に求められる理想像の反映として当事者の心の
中に思い描かれたものなのかという違いである。就労経験のある高年齢でのひきこもり当
28
事者は、一度社会の波にもまれることによって社会の求める理想像を正しいものとして全
面的に受け入れているため、一見社会参加や社会貢献への責任感が非常に強い人のように
うつるが、世間が正とするものを、
(自分の判断基準で価値判断することなく)正と受け入
れているに過ぎないとも言うことができる。それゆえに、就労を経験しない高年齢でのひ
きこもり当事者へのヒアリングで明らかになった、その心理的プロセスを就労経験のある
高年齢でのひきこもり当事者にもあてはめることができるのである。
以上を踏まえて、まず、世間一般の正とするものを理想として掲げている点を先の図に
反映させると、以下の図になる。
[図 4]就労経験のないひきこもり経験者へのヒアリングを踏まえて、ひきこもりに陥る心理的プロセス
筆者作成
次に、設定した理想と現実との差を悲嘆し、理想の実現を諦めてしまうプロセスを加え、
問題の当事者がひきこもりに陥る心理的プロセスは、以下の図のようになる。
[図 5]ひきこもりに陥る心理的プロセス
筆者作成
4-4 高年齢でのひきこもりからの立ち直り
次に、ヒアリングを受けた両者がどのようにしてひきこもりから立ち直っていったかを
みていく。ヒアリング例1では、あまり難しく考えすぎずに、「そのうち楽しいことがある
だろう」と気楽に考えることができるようになったから、再び社会参加をすることができ
るようになったという。またヒアリング例2では、社会復帰するための会に参加しましょ
う、ではなく、
「助けてください」と声をかけられたから、気軽に参加することができたと
29
いう。これらの例と、前項で示したひきこもりに陥ってしまう心理的プロセスをあわせて
考えると、高年齢でのひきこもり当事者にとって必要なことは、深刻に考えすぎず、一部
分でも自分のことを好きになり認められるようになること、或いは、他者から必要とされ、
自分は認められていると実感をもつことである。このような自己肯定の機会が、多くの場
合転機になるといえる。
30
5章
問題の共通項の発見
3 章、4 章で述べてきたところから、孤立にせよひきこもりにせよ、人が社会に出て一人
で自立して活動をしなければならなくなったときに生じる問題であることがわかる。日々
の行為は、自分の判断基準でもって選択していかなければならず、現代の日本社会におい
ては、その判断基準のさらに基準となる尺度は(法律や道徳的な内容を除き)既存のもの
ではないからである。
このような社会構造を問題の共通の背景としているため、筆者は、両者の問題の根を同
じところにあると捉えており、その結果として現れ出た当事者の行動は、当事者を取り巻
く環境によって、違う形となって現れるため、他者から客観的にみて「孤立」と語られる
か「ひきこもり」と語られるか、或いはどちらでもない違う問題として語られるかの違い
であることを指摘したい。問題は、どんな行動でもってその結果が現れるのかではなく、
その問題の根の部分である。5 章では、両者が共通に持つ根について明らかにしていくこと
としたい。
5-1 当事者の思い描く自分の理想のあり方
4-3-4 で問題の当事者が平常時から強く信じる自分の理想のあり方をもち、それが当事者
を問題の深みへと引きずりこんでいく一つの要素となることを指摘した。ここでは、問題
の当事者が、思い描く自分の理想のあり方について言及していく。彼・彼女らは、何の影
響を受けて、そのような理想のあり方を思い描くようになるのだろうか。
4 章でのヒアリング例の当事者たちは、「経済的にも精神的にも自立している状態(自分
の問題は自分で対処できる状態)
」を思い描いていた。この例のように多くの場合、それは、
社会一般に浸透しているといわれる主義や主張だといえるのではないだろうか。以下に見
ていくのは、学生という立場を卒業し、一社会人となった人びとを取り巻く環境で、語ら
れる主義や主張、暗黙の了解の下の社会の流れ、価値基準である。
5-1-1
ネオリベラリズムと自己責任論
考えの大元をたどれば、市場原理主義である。市場原理主義とは、経済の分野について
適用されるものであったが、ここでの考え方を社会の多くの諸関係に拡大適用し、「そのイ
メージに基づいて世界を作り替えようとする」(小林 20039)のが、ネオリベラリズムであ
る。つまり「例えば、選挙は、自治や参加などの価値から切り離され、政策果実の取得の
合理的計算に基づく投票行為から説明される。両親が子どもに教育を施すのは、将来の見
返りを計算した先行投資ということになる。恋愛でさえ、互いの合理的計算に依拠したゲ
ームや契約行為になってしまう」
(小林 20036)のである。
「あらゆる行為が個人の利益の追
9 小林誠(著)2003 西川長夫ほか(編)
『グローバル化を読み解く 88 のキーワード』平凡社(白石嘉治・大野英士 2005
『増補 ネオリベ現代生活批判序説』内、白石嘉治が引用。pp22)
31
求とみなされ、それ以外の観点は切り詰められてしまう。だから政治や恋愛が「合理的計
算」に還元され、教育は個人の「先行投資」となるのである」(白石・大野 2008,pp23)
。
自己責任論が唱えられるようになったのは、このような「市場個人主義」(白石・大野
2008,pp23)ともいえるような、上記の考え方が社会一般の人びとに浸透した頃である。
桜井哲夫氏によれば「自己責任」という言葉そのものは、1990 年代の初めまで金融や証
券業界以外で使われることはめったになかったという(桜井 199810)。けれどもそれが本来
の意味から離れて、金融・証券の場面でさえ責任として実現し得ない条件として用いられ
るようになり、さらに今日では、
「自己責任」の範囲が個人の責任の範囲を超えて無限に拡
張されるに及び、不条理としかいえない結果に結びついていることを大野は指摘する。「要
するに『自己責任』原則の実態とは、権限や情報を独占する政府や企業の指導者の『責任』
を、市民や社員、一般投資家、消費者など弱い立場の人間に押しつけ、彼らを排除するた
めの方便に過ぎない。」そしてその結果、現在表面化してきている問題が、「失業や低賃金
のパート労働に甘んじることは、たんに労働者側の『自己責任』とみなされる」問題だと
いうことである(白石・大野 2008,pp102-103)
。
大野の主張の是非を、ここで問うことはしない。それよりも、このような考え方の最後
の部分(「失業や~とみなされる」
)だけが正しい主張だとして社会に広く浸透してしまっ
ていることに注目すべきである。現代において、社会一般の人びとにとっては、学問の領
域で問われていることや議論はすべて無関係で、結論だけが物事の判断基準として必要だ
ということは、3-2 で示した通りである。
このことから、すべての行為は個人の合理的計算に基づいて行われているという「市場
個人主義」とも言える考え方と、その考え方に影響を受け議論を省いて結論だけ浸透した
“自己責任論”の考え方をもった人びとの目線が、問題の当事者を取り巻いているという
ことが分かる。主義や論が正しいのかという議論は抜きにして、現在広まっている主義や
論にあてはまらない人が異端児として排除されるのである。
5-1-2
デファクトスタンダードとしての“縁”
次に、2-2-2 でもふれた、“縁”でのつながりの在り方を多くの日本人が経験し、そして
それが今や崩壊してしまったと社会の中で声高に叫ばれていること事態の影響力について
言及する。
社会規範としての“縁”が崩壊してしまったことは、見方によっては「解放」とも、
「剥
奪」とも捉えることができるということは、3-1 で指摘したとおりである。
「剥奪」とは、
定められた関係を利用することで、人生の様々な選択の局面において滞りなく順序を踏ん
で来られたものが、崩壊後は自分で手立てを見つけなければならなくなるという、権利の
剥奪のような意味合いで示されていた。ここでは、
“縁”でのつながりが定められた「社会
10桜井哲夫 1998『<自己責任>とは何か』講談社現代新書(白石嘉治・大野英士 2005『増補
序説』内、大野英士が引用。pp101)
32
ネオリベ現代生活批判
規範」ではなくなり、人びとの記憶の中に残る規範意識のレベルで存在し続けたことによ
って、孤立やひきこもりの問題の当事者が、周囲からの冷たい視線に晒されるという意味
での「剥奪」について指摘したい。
“縁”はあらかじめ与えられた社会規範ではなくなり、けれども人びとの意識の中にど
こか「そうであるべきだ」という考えをもっている、そんな社会状況となった。周囲と積
極的につながりを持ったり、互いに支えあう関係を作れなかったりする人には、冷たい視
線が浴びせられるようになったのである。社会規範としての“縁”も元々暗黙の了解のう
ちにあるもので、何かで定められたものではなかったが、現代の「そうあるべきだ」とい
う意識は、それよりもさらに拘束性はないといえる。しかし、3-1 で指摘したように、それ
までの“縁”でのつながりには、人びとは情緒的依存関係も見出しており、非常に依存度
の高いものであった。社会構造の変化によって規範としては成り立たなくなったとはいえ、
人々の意識の中から簡単に拭い去ることができるものではない。
さらに、近年に至っては、
“縁”が崩壊し、人々のつながりが失われてしまったと、社会
問題として、事あるごとに声高に叫ばれるようになった。叫ばれるたびに、社会の人びと
の意識の中に社会問題としての認識が刷り込まれ、社会構造からして成立させることは困
難になったはずの“縁”を持ち続けることが善であると、(どのような“縁”の在り方が正
しいのかも分からないまま)認識し続けることになっていると言える。これによって、周
囲との関係をうまく持ち保てない人は、白い目を向けられることから、(当事者の内面的な
問題から)関係を持ち保つことが困難な状況にあっても、それを覆い隠すようになってい
るのである。
以上から、社会には、社会規範としての“縁”が崩壊した今日でも、デファクトスタン
ダードとして「
“縁”での関係を持ち保つべき」という考えが残り続けており、その考えが、
孤立やひきこもりの問題の当事者に影響を及ぼしていることが指摘できる。
5-1-3
職場で求められる「器用さ」
2-2-4 で、職場に IT 技術が導入されることによって、それまでは目立つことのなかった、
単純作業を行う非正社員と高度な知的作業を行う正社員とで、職場内で二極化する傾向が
進んでいることを指摘した。単純作業を担う非正社員に関して言えば、上の階層に上がっ
ていくことは難しく、代替の利く作業を延々とこなすというイメージが出来上がっており、
当事者の困難が認識されやすい。しかし、高度な知的作業を行う正社員に関しては、階層
が上というだけで、その実態は深く認識されていないのが現状だろう。河添誠氏は、とり
わけ若年の正規雇用において、長時間労働と高ストレス労働が広がっていることを指摘す
る(湯浅・河添 2008)
。1990 年代に入り、IT 技術の導入が大きく影響して、非正規雇用の
活用が拡大すればするほど、正規雇用労働者には、非正規雇用労働者を上回る“稼ぎ”が
要求されるようになった。正規雇用労働者には、これまで以上に、
「器用に」仕事をこなし、
円滑な人間関係を構築することが求められるようになっているのである。逆に言えば「不
33
器用な」人は、職場にいても「空気の読めないやつ」「面倒くさいやつ」と扱われ、徐々に
職場から、その階層から排除されていくことになる。
河添は、現在の労働市場を、次の図で表している。
[図 6]湯浅誠・河添誠 2008,pp24「『不器用さ』のグラデーション」
『「生きづらさ」の臨海
“溜め”のある社会へ』旬報社
現在の労働市場は、多様に階層化された正規雇用と多様に階層化かれた非正規雇用が拡
大しており、
「不器用さ」のグラデーションに応じて、この階層化された労働に取り込まれ
ていくことになる。不器用の程度が大きい者ほど、より下層の労働現場に配置されること
になり、そのより下層の労働現場で、不器用さを克服する機会は与えられないので、不器
用さは再生産され、多くの場合、労働者はここから抜け出すことはできないと河添は述べ
る。
「不器用」な人でも、一度目から排除されるわけではない。一度目は、慣れの問題もあ
ると考えられるため、多くの場合二度目のチャンスは巡ってくるものである。しかし、し
34
かしそこでも「不器用」に終わってしまえば、排除のシステムの中に組み込まれてしまう
可能性が出てくるのである。
「不器用」な結果を繰り返し残していけば、当事者も周囲の人
間とのやりとりにやりづらさを感じてくることであろう。やりづらさを感じて、「不器用」
を直すことができれば当事者も苦労はしないわけで、直すことができないから、問題の中
に取り込まれていくのである。このように排除のシステムの中に組み込まれ、「不器用さ」
を再生産しながら、問題の当事者本人もまた、そこに組み込まれていることを自覚し、抜
け出す術も見出せないままでいるために、自分が「不器用」なこと、それゆえに周囲の人
間とうまくやっていけないことを、コンプレックスとして自分の中に溜め込み続けると考
えられる。
5-1-1 から 5-1-3 まで三つの主義主張や暗黙の了解の下の社会の流れ、価値基準について
言及してきた。これらのことは、当然社会の全ての人に関係し、影響を与えることだとい
うことができる。問題は、日本社会に広く浸透したこれらの価値基準が、孤立やひきこも
りの当事者にとっては理想のあり方そのものであり、比重の大きな問題になるということ
である。
上記の三つの価値基準は、社会の全ての人に影響を与えることであるが、多くの人はそ
ればかりが価値の高いことではないということを知っている。社会に浸透したこれらの価
値基準と、独自の価値基準を時と場合によって組み合わせることで、周囲との関係を円滑
に保つ方法を多くの人々は知っているのである。
しかし問題の当事者たちは、これらをそのまま自らの価値基準としている節があり、時
と場合に応じた柔軟な対応をしている様子は見受けられない。4 章での参考にした当事者へ
のヒアリング調査で、問題から立ち直った(或いは問題を自覚しつつある)彼らは、固執
することを諦めたら、理想のあり方に到達できない自分を認めることができたら、楽にな
ったと述べていた(池上 2010)
。それまでの人生において自らでの判断が問われる経験がな
かった者は、社会に出て、判断基準を外から与えられなくなったとき、社会に広く浸透し
ているこれらの価値基準に頼ることしかできなくなるのである。
「仕事をまっとうにこなし
ているか否か」「多くの人と繋がりを持っているか否か」「器用にそつなく人との関係を築
けるか否か」という短絡的な基準である。世間の多くの人は、先にも述べたように、これ
ばかりが正ではないことを理解しており、例えば、
「自分は人と関係を積極的に築いていく
ことは苦手だが、関係をすでにもっている人の心に深く寄り添うことは得意だ」というよ
うに、社会の中での何かしらの自分の役割を独自に見出すことができるものである。或い
はその基準は、自己万能感を否定される経験を踏まえて作られてきたものであり、たとえ
その基準が否定されることがあっても、それをまた一から組みなおす術を身につけている。
対して、問題に陥る当事者は、
(自己万能感を否定された経験がないことから)自ら基準を
作る術を知らず、世間一般に浸透し、正とされている基準が全てなのである。ゆえにこれ
がそのまま当事者にとっての理想のあり方となるのである。
35
[図 7]当事者の思い描く自分の理想のあり方
筆者作成
ただしこれは、当事者の(自分の判断基準を見出せないという)能力不足の問題だけで
は語れないことを最後に言及しておきたい。周囲から容易に助言を得ることができる立場
のうちは、十分に思考する時間が与えられ、また助言も受けることができる。一社会人の
立場と比較すれば、その判断によって影響を及ぼす範囲も小さいとも考えられる。一社会
人として社会に出る前に、自分独自の価値基準を問われる経験をしていない当事者たちは、
短時間のうちに大きな範囲へ影響を及ぼす可能性のある判断を迫られることになり、一種
の強迫観念の中で独自の判断基準を見出す作業をしなければならなくなるのである。それ
ゆえに、問題の当事者は、社会に広く浸透した価値基準に頼らざるを得なくなるのであり、
能力不足の一言だけで終わってしまってはいけない議論である。
4-3-1 で、
「自己万能感」が傷つく経験をしていないことが、ひきこもり当事者の共通点
として挙げられたが、まさにこの経験を、周囲から助言を容易に得ることができる立場の
うちにしているか否かという点が、問題の当事者になるかの境目になっていると考えられ
る。社会に出る前の段階で経験を積んでおくことが必要であるという指摘から、この点に
関していえば、教育現場での対応が現段階では不十分であることも、要因の一つであると
いうことができるだろう。
5-2 当事者の意識
前節では、問題の当事者が平常時から抱いている、自分の理想の在り方が具体的にどの
ようなものであるかをみてきた。当事者が社会に浸透している価値基準に頼る傾向にある
理由も明らかになった。しかし、ここで疑問に感じるのは、当事者がその理想のあり方を
捨てることができないでいる理由である。前述の理想のあり方に到達できる人は実際には
存在しえず、これらの理想のあり方にすべて反する生き方も選択することができるが、問
36
題の当事者たちは、理想のあり方に到達することを諦めきった後も、その理想は持ち続け、
それゆえに自己の存在さえも否定する苦しい状態へと陥っているのである。なぜ問題の当
事者たちは、理想を捨ててしまうという楽なほうへ流れることはせず、理想に固執しつづ
けるのか。それは、理想を捨てないのではなく、捨てることができない、捨てるという選
択肢がない当事者の苦しみが要因として考えられる。
ここではその要因を以下に二つ指摘したい。
5-2-1
自己有用感を得るために不可欠な手段
まず要因の一つに、人間が元来有している自己有用感を得たいという欲求に関して、あ
げることとしたい。河野憲一氏がひきこもりについて分析するその著書の中で指摘をして
いる。河野は、ひきこもりの当事者が、強い自己否定の感情を抱いてしまう様子を「自己
有用感・達成感・成就感の欠如」として、次のように説明している。
「社会の中で自分が確
かな役割を果たしているという実感がもてなく、自分が一人で生きているかのように錯覚
する」(河野 2010,pp37)
。つまり、自分が社会の中で何かの役に立っていると実感するこ
とが、ひきこもりから立ち直るためには不可欠だということである。
ひきこもりの当事者は、社会で確かな役割を果たせているか否かを判断する独自の基準
を持ち合わせておらず、世間一般で正とされている基準が当事者の基準すなわち理想のあ
り方となっている、というのは前節で述べたとおりである。河野の先の指摘を踏まえて筆
者が指摘したいのは、自己有用感を得るためには、この世間一般の価値基準は不可欠であ
り、これを捨て去ることは、当事者には容易にできないということである。つまり、世間
一般の価値基準=理想のあり方が、当事者にとっては自己有用感を得るための不可欠な要
素となっており、一時の自己有用感の欠如を恐れるがために、自ら基準を捨て去ることは
できず、ゆえに新たな自分独自の基準を作り出す機会も逸しているのである。
ここから分かることは、当事者は、自己有用感を得たいという欲求によって、理想を捨
てることができない負のサイクルの中に組み込まれており、単純に抜け出すことのできな
い状態にあるといえる。
37
[図 8]自己有用感を得たいという欲求により、当事者が理想を捨てることができなくなる負のサイクル
筆者作成
5-2-2
「解放」された社会に安住する側面
問題の当事者が理想を捨て去ることができない要因の二つ目には、当事者が「解放」さ
れた社会に安住している側面があることが指摘できる。
理想が達成できないのであれば、その理想が根本から成り立たない社会(例えば農村部
や縁で社会が繋がって成り立っているような地域)へ逃げだしてしまえばいいのではない
か、という発想であるが、当事者にそのような考えは見受けられない。むしろひきこもっ
たり孤独感と闘ったりしながらその場に留まり続けようとする傾向がある。構造の変化を
遂げた現代社会に留まり続けることは、当事者たちにとって苦しいことでしかないのにも
関わらず、その道を選択する理由を、筆者は以下のように考える。
そもそも人間関係を築くことを苦手とする傾向にあることは、先のヒアリング例からも
分かることである。その性格から“縁”などで繋がった、繋がらなければならない社会に
戻ることは、現代社会に留まることよりも彼らにとって大きな苦痛なのではないだろうか。
最低限度のことを耐え忍ぶことができれば、周囲と関係を深くもつことなく生活すること
ができるのが、構造変化を遂げた後の現代社会である。世間一般の人びと同様に、渡りに
38
舟といった調子で、繋がりが濃すぎる状態からの社会の変容は快く受け入れたのではない
かということは容易に想像することができる。
3 章では、規範としての“縁”が失われたことが「解放」か「剥奪」か、という議論を示
したが、問題の当事者にとっては、
「剥奪」の側面よりも「解放」の側面の比重の方が大き
いと捉えることができる。そして当事者が理想のあり方を捨てないのは、現代社会のこの
構造の中でしか彼・彼女らは生きることができない、或いはこの社会構造の生きやすさに
安住しているからなのではないかということをここでは指摘したい。
5-3 現代社会の諸問題に共通するプロセス―現代社会の「生きづらさ」
さらにここで一つ参考にしたいのが、人が貧困に直面したときに陥る心理状態である。
貧困問題について強く言及している湯浅誠氏は、これについて、当事者に対するヒアリン
グなどの自身の経験をもとに「自分自身からの排除」と表現し、次のように述べている。
そして第五に、自分自身からの排除。何のために生き抜くのか、それに何の意味があ
るのか、何のために働くのか、そこにどんな意義があるのか。そうした「あたりまえ」
のことが見えなくなってしまう状態を指す。第一から第四の排除を受け、しかもそれが
自己責任論によって「あなたのせい」と片づけられ、さらには本人自身がそれを内面化
して「自分のせい」と捉えてしまう場合、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思
えない状態にまで追い込まれる。ある相談者が言っていた。
「死ねないから生きているに
すぎない」と。周囲からの排除を受け続け、外堀を埋め尽くされた状態に続くのは、
「世
の中とは、誰も何もしてくれないものなのだ」「生きていても、どうせいいことは何一つ
ない」という心理状態である。
期待や願望、それに向けた努力を挫かれ、どこにも誰にも受け入れられない経験を繰
り返していれば、自分の不甲斐なさと社会への憤怒が自らのうちに沈殿し、やがては暴
発する。精神状態の破綻を避けようとすれば、その感情をコントロールしなければなら
ず、そのためには周囲(社会)と折り合いをつけなければならない。しかし社会は自分
を受け入れようとはしないのだから、その折り合いのつけ方は一方的なものとなる。そ
の結果が自殺であり、また何もかもを諦めた生を生きることだ。生きることと希望・願
望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生き
ることが可能となるような状態。これを私は「自分自身からの排除」と名づけた(湯浅
2008,pp61-62)
。
湯浅の述べる貧困問題の当事者における「自分自身からの排除」とは、孤立やひきこも
りの問題の当事者における、自己否定の感情に他ならず、貧困状態にある当事者が経験す
る心理的プロセスは、孤立やひきこもりの当事者が問題に陥る心理的プロセスそのもので
あるといえよう。
39
以上の議論を踏まえて、4-3-2 で指摘した、ひきこもりの当事者がひきこもり状態に陥る
心理的プロセスは、現代社会の諸問題(孤立、高年齢でのひきこもり、貧困・・・)に共通す
る根の部分であることが指摘できる。
図示すると以下である。
[図 9]現代社会の諸問題に共通する当事者の心理的プロセス
筆者作成
孤立、ひきこもり、貧困など、現代社会の諸問題が、根を共通させているということは、
諸問題の予備軍に該当する層はかなり大きな
といえ、この共通のプロセスに陥る(全人口に対する)割合も高くなることから、危機
と隣り合わせである感覚が社会一般の人びとにまで浸透していることを指摘できる。この
危機感まさに現代社会の「生きづらさ」である。
[図 10]現代社会の「生きづらさ」
40
筆者作成
5-4 「ひきこもり親和群」の存在に見る問題の共通性
以上に指摘してきたことが、問題の本質となる共通の根の部分である。
そして孤立とひきこもりの問題が、その根の部分を共通して持っているということは、
以下の調査によっても述べることができる。
4 章でも用いた 2008 年に東京都が「若年者自立支援調査研究」の一環として行った調査
で、
「ひきこもり親和群」という新たな層の存在が明らかになった。ひきこもり親和群とは、
調査に「自分も、家や自室に閉じこもりたいと思うことがある」
「理由があれば家や自室に
閉じこもるのも仕方がないと思う」など、ひきこもりに理解を示す回答をした人びとのこ
とである。2008 年の調査を受けて、東京都は 2009 年により具体的な実態に迫る調査を行
っている。
<ひきこもり親和群の特徴>
「親和群の学歴は、ひきこもり群と比べて高い。
」
親和群 4 年制大学・大学院 49%、高等学校 35%、・・・、中学校 3%
ひきこもり群 高等学校 41%、4 年制大学・大学院 26%、中学校 14%
「親和群はひきこもり群よりも『孤独感・寂しさ』で困っている」
親和群 54%
ひきこもり群 30%
<求職者における親和群の特徴>
「親和群の退職理由は『仕事上のストレス』
『肉体的・精神的健康』の問題などが多かっ
た。
」
・仕事上のストレスが大きかった 親和群 51%、非親和群 30%
・肉体的・精神的に健康を損ねた 親和群 38%、非親和群 16%
東京都は考察を次のようにまとめている。
●親和群は、学校段階までは適応できているが、人間関係などに困難を感じている者が
多く、孤立しがちであるため、孤独感を感じ、ストレスに弱いものが多いと推測される。
●求職者の中には、こうした、ひきこもりに親和的な若者がかなり含まれており、就労
後は、仕事上のストレス、職場の人間関係などの問題から離転職に意向に結びつきやす
いと考えられる。
(東京都 HP 東京都報道発表資料[2009 年 3 月掲載]「平成 20 年度ひきこもりの実態調査結果について
ひきこもる若者たちと家族の悩み」より)
ひきこもり親和群は、学生時代までは適応できているが、すでに人間関係に困難を感じ、
孤独感を感じているというところや、ひきこもりに理解を示しているというところから、
ひきこもりたいがそれを行動に移すことができない層であるとも捉えることができ、それ
は大いに孤立に発展する可能性を潜在的にもっている層であるということができる。すな
わち「ひきこもり親和群」という例から、孤立とひきこもりの問題はその本質的な根幹の
部分を共有しており、それが後に結果としてどのように客観的に判断されるかによって決
41
められているに過ぎないことを示すことができ、孤立とひきこもりの当事者となりうる人
びとは重なって存在しているということができるのである。
ただし、この問題は、結果として行動に現れ出てきて初めて問題として認識されるので
あり、孤立に至っては、その行動の出現の把握さえも困難である。問題把握の難しさとい
う点では、孤立とひきこもりとでは、大きな隔たりが見られ、それぞれに対して対処方法
を考えなければならないことから、問題の本質としての根幹部分は共通していても、異な
る問題として、捉えなければならないともいえるだろう。
42
6章
孤立を分析する
6-1 周囲の諸関係から後ずさりし去っていくプロセス
問題の当事者が、問題の深みにはまり、自己否定の感情を抱きながら、次に陥るのが周
囲の人間関係から自ら身を引いて立ち去るというプロセスである。このプロセスに関して
は、問題の当事者ではなく一般の人びとが、不安の中で自分自身の判断基準を見失い、判
断を先送りにするという在り方で人間関係を形成しているという 3-2 での言及を一部参考
にすることができる。
3-2 で指摘したのは、世間一般の人びとであるが、彼らはその判断基準を容易に見出すこ
とができない場合においては、判断を下すことを先送りにする傾向にあることが分かった。
ここで示していきたいのは、世間一般の人びとではなく、問題の当事者の場合であるが、
彼らには当然世間一般の人びとと同様の傾向があり、なおかつそれ以上に自信を喪失して
いるところから、自ら判断を下し選択をすることに対してきわめて消極的なのである。こ
のことは、1 章で挙げた北九州市の男性が、自ら周囲との関係を薄くし、次第に距離を置く
ようにしていったことや、4-3 でみたヒアリング例1、3の男性が自分に自信がなくてみっ
ともないからと人と会うことを次第に避けるようになっていったことから、指摘すること
ができる。
さらに言えば、5-1-3 で、職場においては「器用さ」が求められ、「不器用」な人にとっ
てそれを克服するチャンスは与えられないことから、「不器用さ」が再生産されることを指
摘した。このような環境におかれて問題の当事者は、「器用な」判断を下す訓練を積むこと
などできるはずもなく、次第に自らの判断基準でもって判断を下す、すなわち自分で選ん
だ人と関係を築くことからも遠ざかってしまうようになるのは、社会環境的に当然の流れ
であると考えられるのである。
このことから、孤立状態に陥る当事者は、初めから或いはある出来事をきっかけにして
周囲の協力関係が得られなくなるのではなく、自らがその関係から後ずさりしさっていく
ことによって、得られるはずの周囲の人間関係からの恩恵もうけることができない、孤立
の状態に陥るのである。
6-2 問題の当事者が孤立に陥る要因とプロセス
以上 5 章まででみてきたことから、現代社会は、社会規範としての“縁”が崩壊したた
め、全ての人が、独自の判断基準をもつことが改めて求められており、そのことに対する
不安感が充満する社会になっていると言える。それでも多くの人が不安感を抱えながらも
周囲と協力関係を築きながら現実を乗り越えていけるのは、社会人として社会に出る前に、
困難に遭遇し、一度徹底的に打ちのめされ、それを乗り越える術を身につける(必ずしも
自分だけで解決策を見出すことができたのではなく、周囲からの支援があったのだろうと
考えられる)経験をしてきたためである。しかし、一社会人として周囲の支援が得られに
43
くい(学生などに比較すると、困難に直面したときに支援する環境は整っていないと言え
る)環境の中で、社会人になる前に困難に直面する経験をしてこなかった者は、周囲から
の支援を得るということも含め、それを乗り越える術を理解し自分の判断基準を形成する
機会(自分を試すことができる練習のような機会)は与えられないのである。
それゆえにその当事者は、社会に浸透した価値基準で“社会人としてこうあるべきだ”
と判断される一社会人としてのあり方に、自分の理想のあり方を重ね、それに対する強い
責任感(全うしなければならないという思い)を平常時から強くもつようになる。彼・彼
女らは困難に直面したことを機に自尊心の崩壊と自信の喪失を経験し、そのことから強い
自己否定の感情を抱くようになることによって問題が形成され始める。自分の理想のあり
方を放棄すればよいものの、それを捨て去ることはせずに、当事者は、周囲の諸関係から
去るという選択をすることによって、(その選択をしなければ起こることのなかった)孤立
の状態を完成させるのである。
以上の流れが、ここまで調査を進めてわかった、現代社会の風潮とその只中にいる問題
の当事者が孤立に陥る要因とそのプロセスである。
3-3 で立てた二つの仮説、
(1)孤立とは、当事者が自己責任感と自己否定観を持つようになることによって生じる
(2)
(1)の自己否定観が要因となり、当事者は諸関係から後ずさりして去っていくこと
で孤立は完成される
は、孤立問題が形成される中核の部分を指している。当初仮説を立てたときには、上記
の二点だけで問題に陥るプロセスを示すことができると筆者は考えたが、この問題には、
前提としての現代社会のあり方や孤立が形成される以前の当事者の思考のもち方などが影
響してくることが明らかになった。また、仮説では「問題は自分で対処できなければなら
ない」という自己への責任感の強さが、問題の当事者の特性としてあるのではないかと考
え示したが、調査を通して、それは必ずしも自己への責任感の強さの表れではないことが
わかった。すなわち、社会人であるならば問題に一人で対処できるのが“普通である”と
いう社会通念の受け売りに過ぎないということが明らかになったのである。それゆえに、
「周囲に頼ることができない」と当事者が感じている状態の「孤立」問題は、当事者の心
理状態に関係する部分が大きく、かつ社会からの影響を当事者がどのように受けているか
という議論に話は留まるのである(つまり、逆方向の当事者から社会への影響の矢印がな
い)
。それゆえに「自己」責任感であり、
「自己」否定観が問題の始まりになり、続いて(周
囲から関係を断ち切られたり、社会構造の変化により周囲との関係に隔たりが生まれてし
まったりするのではなく)自ら関係から去るという選択をすることで完成する問題なので
ある。
44
[図 11]当事者が孤立に陥るプロセス
筆者作成
1 章において、問題の当事者が孤立に陥る要因とプロセスを、①社会学的な構造変化と②
その変化に人間の内面的側面も影響を受けたこと、と二段階の要素に見ていると述べたが、
2-1 でみた社会学的視点からの孤立の先行研究で①を述べ、それらに影響を受けたのは社会
全体の空気感と、当事者本人であることが明らかになり、そこから、②として、孤立に陥
るプロセスを解明することによって、孤立の問題の当事者が孤立に陥るプロセスを全て明
らかにすることができた。本論文における最大の命題を明らかにすることができたといえ
よう。
6-3 問題把握の難しさ
孤立の問題把握の難しさは、1 章で挙げた北九州市の男性の事例が、死に至ってしまった
段階で問題が表面化されたことからも分かることであるが、ここでは以下の二点に、この
問題把握の難しさの要因をみる。
6-3-1
目に見えないまま潜在化していく
孤立の問題把握の難しさの要因はまず一つに、その潜在化していくという問題の性質に
ある。
社会の人びとの意識の中には、
“縁”をもつべきであるというデファクトスタンダードが
残っていることを 5-1-2 で指摘した。そのために世間一般に、孤立するということは、周囲
との関係を良好に築くことのできない、悪く言えば、人間の欠陥品だという捉え方がある
こともそこからわかっている。このような世間の批判を前にして、孤立の問題に直面して
いることを公にする問題の当事者が少ないことは容易に想像がつく。またそれ以上に、先
にも指摘しているように、問題の当事者には、仕事に対する責任感や社会貢献に対する責
任感を強く持っている者が多いという傾向がある。その性質に照らせば、問題に直面して
45
も、問題をさらけ出すことはなく、自分の中で対処しようとすることも想像に難くない。
このような問題の性質から、孤立は表面化し問題把握できるのが、大きな事件や出来事
となったときであり、問題が生じた段階で、その実情を把握することは困難だといえる。
6-3-2
若者の心の中に潜む不安感
次に問題把握の難しさの要因として挙げたいのが、問題の予備軍の規模から問題の大き
さ、複雑さを把握することが困難なことである。
孤立の予備軍ともいうべき人びとは、「ひきこもり親和群」と、重なる部分が大きいと言
えるが、孤立予備軍が予備軍足る所以は、その「自己否定観」と「常に持ち続けている不
安感」という曖昧なものだといえる。
孤立の予備軍と言える人と、孤立の当事者の違いは、孤立の深みにまだ落ち込んでおら
ずどうにか持ちこたえているというところにある。具体的に言えば、どうにかまだ仕事を
続けられていたり、最後に(情緒的な面で)すがるべき相手がいると思えていたり、頼る
べき相手も仕事もないが、ストレスをそこまで抱えずに(落ち込むこともあるが、まだ気
楽に考えることもできる状態で)いられたりして、どうにか深みに落ち込むことはなく耐
えているという状態である。彼らに共通して言えることは、
「自己否定観」を少なからず持
っていることと、日々の生活の中で、「不安感」を強く感じていることである。
3-2 で述べたように、社会構造の変化を受けて、人びとは、不安の只中に突き落とされる
ことになった。孤立予備軍と言うべき人たちは、不安の多い日々の繰り返しの中で、自己
否定観を持ち、深みに落ちていきそうな、ぎりぎりのところでどうにか耐えているのであ
る。
このぎりぎりの状態は、1 章であげた、
「NHK クローズアップ現代」の報道を受けて、個
人的に行われているブログなどに、様々な反響が広がったという事実からも明らかになる
ことである。以下は NHK クローズアップ現代取材班が、個人のブログから抜粋したもので
ある。
●「一歩間違えれば自分もという思いがあり、他人事ではない。一時、無職だったり、
仕事があってもうまくいってなかったり、社会から落ちこぼれる経験つんで、いまなお
無能感から逃れられないでいる」
(30 代・男性)
●「三十代と言うと、一般的にはすでに定職について、それなりに社会的地位を築いて
いると思われるのが当たり前。そうすると、誰かに迷惑をかけたり、誰かに相談するの
がとても恥ずかしく思うし、自分の立場に後ろめたさを感じる。実際に他人からは『努
力が足りない』
『甘えている』と言われる。そんな私は、来週から無職になります。次は
まだ見つかっていません」
(男性)
●「私も努力、根性、自己責任という言葉を強く埋め込まれてきた。刷り込みともいえ
るような教育を受けてきた三十代にとって、この心理はいかんともしがたい」(30 代・男
46
性)
●「番組に登場した人たちに共感する。自分で選んだ道で頑張れと教育されたし、自己
責任と言われる社会で育った」
(31 歳・男性)
●「身震いと涙が止まりませんでした。自分は仕事をし、収入を得ることができていま
すが、世の中何一つ確実なものはありません、明日は我が身かもしれないし、自分の場
合も『助けて』とは言えない。今、仕事をし、家族と生活していても孤独を感じていま
す。妻に何を聞かれても、
『問題ない。うまくいっている』とだけ答えています」
(30 代・
男性)
●「私は派遣切りにあってしまって失業保険をもらいながら、ほぼ毎日ハローワークに
通い求人雑誌を見て求職活動に励んできましたが年齢や経験で三十社以上不採用になり、
自分はダメな人間って思いました」
(39 歳・男性)
(NHK クローズアップ現代取材班 2010,pp121-122 ,pp124-125 より筆者抜粋、編集。下
線は筆者による)
また孤立の問題の当事者と言えば、男性に多いように認識されているが、以下のブログ
への書き込みから、予備軍の波は、女性にまで広がっていることが分かる。
●「これは男性に限ったことではない。女性も『自立』『何でも自分でこなす』『強くな
らなければいけない』たすけてと言う強さを持てるなら苦労はしない」(女性)
●「しばらくの休職を経て復職中です。自分がだめだから、もっと頑張れば、心に刺さ
ります。迷惑をかけた、役に立っていない、そういう思いがつきまといます」(女性)
●「自分の直面している問題に対して、誰かに打ち明けるということができない。悩み
が深刻であればあるほど、人に言えなくなってしまうし、どうにかして自分の中で解決
しようとしてしまう。誰にも迷惑をかけず、一人で全部解決するために努力している。
ほんとはその努力を、誰かに相談するために使うべきなんだろう。でも、じゃあ、その
誰かって誰なんだろうな」
(女性)
●「仕事、生活、家庭、色んなことに追い込まれていたのに助けてと言えなくて。多分、
わたしがそんな状況に陥っていることを誰も知らず、わたしが言わないから、どんどん
悪化していった」
(女性)
(NHK クローズアップ現代取材班 2010,pp139-140 より筆者抜粋、編集。下線は筆者に
よる。
)
文中の傍線部
からは自己否定観が、破線部
からは自己責任感が、波線部
か
らは、迷惑をかけるから誰かに頼ることはできないという、周囲の諸関係から遠ざかろう
とする意識が、見て取ることができる。彼・彼女らは、孤立の当事者の抱えている問題の全
てを今は抱えてはおらず、けれども仕事を失ったり、最後にすがるべき相手を失ってしま
47
ったり(すがれないと考えるようになってしまうことも可能性としてあり得る)
、ストレス
を抱えすぎ、落ち込みから立ち直ることがなくなってしまったりすると、ぎりぎりで保っ
ていたものが全て崩れてしまうのだろう。
自己否定観や自己責任感、諸関係から遠ざかろうとする意識というのは、基準として曖
昧なもので、そのために、社会にどれだけの予備軍が存在するのかを把握するのは困難を
極めるのである。
「孤立に陥るかもしれない」という不安感が社会の中で増徴しており、今や誰しもが孤
立に陥る可能性を持っているということができる。さらに言えば、本論文の中で見てきた
のは、働き盛りといわれる若者の層であったが、それ以外の年齢層に波及する可能性は大
いにあり、現段階では、それ以外の社会的属性でもって、当事者になる可能性のある人を
括ることはできないため、予備軍として見極めることも非常に困難をきわめる状態となっ
ている。
6-2-1、6-2-2 を踏まえて、孤立の問題把握の難しさは、孤立に陥った人が、その問題を行
動に表さない、表面化しないということに加えて、不安感という曖昧なものに支配されて
いるという感覚が強いため、誰もが陥る可能性を持っているところにあるといえるのでは
ないだろうか。
6-4 当事者が必要としていること
最後に言及しておきたいのは、孤立の問題の当事者が、必要としていることは何かとい
う点である。本論文においては、孤立問題に対する行政や市民団体の支援について、全く
言及していないため、そういった実質的な支援という意味での必要とされているもことに
ついてここで述べることはできない。ここで述べるのはあくまで、当事者が孤立に陥る心
理的プロセスをもとにしていうことができる、当事者の内面的、心理的側面に基づいた、
「必
要としていること」である。
すなわちそれは以下の二点である。
(1)自分自身の肯定の機会
(2)他者に必要とされていると実感する機会
これらは高年齢でのひきこもり経験者へのヒアリングから、4-4 で明らかになったことで
ある。一つ目(1)は、自分を自分で肯定する、自分自身のことを一部分でもいいから好
きになることである。一部分でも自分のことを好きになることで、目の前の問題とその時
の自分の「不器用さ」を深刻に捉え過ぎずに、「そのうち楽しいことがある」と気楽に日々
を過ごすことができるようになるのである。そうして自分を肯定することで、孤立に陥る
一要因となっていた、自己否定観を克服していくことが重要である。
そして二つ目(2)は、他者から必要とされ、自分の存在を認められていると実感する
機会である。そもそも社会規範としての“縁”が崩壊したことによって、社会の人びとは、
48
自分自身の判断基準を持たなければならなくなったことに困惑し、不安感を抱いていた。
他者からの承認は、この問題を一挙に解決する方法である。しかし、当事者が孤立してい
る場合、周囲の諸関係から自ら身を引く行為に及ぶことを明らかにしたが、それゆえに他
者からの承認が得られていても、それに自分自身では気がつくことができない、あるいは
そうだと認めることができない(卑屈になり、他者からの承認を否定する)ことがあると
考えられる。よって、まずは(1)で自分を認められるようになってから、他者からの承
認を実感する機会を持つことは、当事者の心理的な圧迫観念の緩和に有効であると考えら
れる。こうして他者からの承認を受けて自信をつけることで、自己否定観の克服へとつな
げることが重要である。
49
終章
1 まとめ
序章で調査目的を
1
社会学の領域でこれまで行われてきた孤立の研究の洗い出しを行う。
2
当事者の内面的心理的側面に光を当てながら、孤立に陥るプロセスを明らかにする。
3
1,2 から、分野横断的に孤立の問題を捉えることで、世間に漂う「生きづらさ」の風潮
について解明を試みる。
の三つに設定した。
1 に関しては、2 章で社会学的視点からの孤立に関する先行研究の洗い出しを行うことで
達成している。
2 に関しては、孤立と同じ背景をもって生じたと考えられ、なおかつ当事者の内面に深く
言及されている、ひきこもりへの研究を参考にしながら研究を進めたことで、孤立の当事
者の内面的、心理的側面に光を当てながら、孤立に陥るプロセスを明らかにすることがで
きたということができる。
3 に関しては、5 章において、現代日本社会における社会病理である孤立、ひきこもり、
貧困の問題に関して、共通した「世間(社会)の視線を絶え間なく受け続け、当事者の意
識が負の方向へと変化していくプロセス」があることに言及することができた。絶え間な
い世間(社会)の視線に晒されてそれをするべく行動の選択をしなければならないのは、
社会病理の当事者か否かは関係なく全ての人にあてはまることから、そのことが、世間に
漂う「生きづらさ」の風潮なのではないか、という考察をすることができる。
それぞれの調査目的を、各章において一貫した論をもって解明することができているこ
とから、本論文において、各調査目的は達成することができたといえる。
50
本論文の仕組みを図に表すと以下のようになる。
2 各章の概要
<1 章>
本論文における「孤立」の定義とその対象者の社会的属性を定義する。
本論文においては、当事者が「自分は孤立無援の状態だ」「(周囲に)頼ることができな
い」と認識している状態を指し示すこととする。また、これまでの研究より「孤立」状態
に陥る人には、様々な社会的属性があることが分かっているが、どの属性の人を焦点化す
るかによって、
「孤立」状態に陥る要因も大きく異なると考えられ、本論文では「孤立」の
問題にのみ焦点を当て、当事者の内面的変化のプロセスに光を当てたいので、社会的属性
によって、分類し調査をするという方法はとらずに研究を進めることとする。
筆者は、孤立の問題の要因を、
(ⅰ)社会学的な構造変化と(ⅱ)その変化に人間の内面
的側面も影響を受けたこと、と二段階の要素に見ている。本論文においては、先行研究か
51
ら(ⅰ)を明らかにし、いまだ不十分だと考えられる(ⅱ)について十分な調査研究を行
うこととする。
<2 章>
社会学の領域から行われている、孤立に対する先行研究から、問題の背景には、社会構
造の変化があることが分かる。さらに社会構造の変化は、産業構造の変化と、それに伴う
労働市場の変化という二つの側面に分けて考えることができ、この二つの側面において変
化が起きたことによって“縁”で支えられた社会構造に変化が起きたと説明することがで
きる。ただし、社会学の領域で語られる“縁”でのつながりとは、社会規範としての枠組
みとしてしか捉えられていないことも同時に指摘することができる。そのため、規範の延
長上で築かれた人間同士の内面的、情緒的つながりと相互補助の関係は、社会学の領域の
研究だけで十分に説明付けることができないことを指摘する。
<3 章>
次に、問題の当事者が孤立に陥る心理的プロセスに焦点を当てていきたいが、問題も表
面化しにくいものであるため、その現状を明らかにすることは困難を極める。そのためま
ずは、社会構造の変化を受けて、問題の当事者ではなく世間一般の人びとさえも、不安の
只中へ放り出されていると実感しているという事実を明らかにする。これをもとにしなが
ら、孤立について当事者の内面的な変化のプロセスについて筆者の仮説を示すこととする。
そして、現状を把握しにくい問題を明らかにするために、本論文で参考にしたいのが、
ひきこもりについての諸研究である。ひきこもりにおいては、社会構造の変化に問題の発
端をみいだしながらも、その社会状況に影響を受けた当事者の内面的変化を鮮明に描き出
す研究がなされているため参考にできる。また、孤立よりも 30 年ほど前から社会病理とし
て認識される問題であるために、孤立の問題を捉える上で重要な足がかりとなると考えら
れる。
<4 章>
ひきこもりについての先行研究の洗い出しと、池上、荒川両氏のひきこもり経験者への
ヒアリング調査から、当事者が問題に陥る心理的プロセスを明らかにする。
ひきこもり当事者になる人びとは、責任感が非常に強い特徴があると当初考えられたが、
当事者は自分の持つ理想とする姿へ固執しているためにそのように見られるのだというこ
とが明らかになった。そして彼・彼女らが理想としている姿とは、社会一般に浸透してい
る価値基準で正と判断された姿であり、時と場合によって社会人としてあるべき姿が変容
するという柔軟性を持たない。それゆえに一度その理想が破られると、自らで一から組み
なおしていくという作業につなげることができないのである。さらに、社会人になる前に
自己万能感が傷つく経験を積んでいないことは問題に大きな影響を及ぼしており、この問
52
題を乗り越える術を知らないことから、一度問題に直面すると、強い自己否定の感情を持
つところまで一気に落ちてしまうことが明らかになった。
<5 章>
問題の当事者のもつ、理想のあり方は、現代社会に暗に浸透している「自己責任論」
「デ
ファクトスタンダードとしての“縁”」
「求められる『器用さ』」という考え方が影響してい
ることがわかった。困難に直面する経験をしてきていない当事者は、判断基準を形成する
ための経験がなく、これらを自分の理想のあり方に反映させてしまうのである。
そして当事者が理想を手放すことができないのは、自己有用感を得たいという欲求によ
る要因と、人間関係を持つことを余儀なくされる社会よりは現代の方がましであるという
現代への安住という要因があると考えられる。
以上のような考えを持つ当事者が、4 章で示してきた心理的プロセスを踏んでいく様子は、
孤立やひきこもりだけでなく、貧困問題や自殺問題などにも共通するプロセスである。現
代社会の諸問題への入り口が共通しているということから、世間一般の人々一人ひとりに
問題に陥る可能性があるという危機感を与える。そのことが現代社会の「生きづらさ」と
いう感覚に繋がってくるといえる。
<6 章>
6 章では、問題の当事者が孤立に陥るプロセスを、(ⅰ)社会学的な構造変化と(ⅱ)そ
の変化に人間の内面的側面も影響を受けたこと、二つの側面から明らかにできたことを示
す。また、孤立の問題把握の難しさは、言われている通りだが、その難しさは、当事者が
問題に直面していることを覆い隠してしまう問題の性質上の難しさと、その予備軍の存在
規模が測りきれないことにある。
最後に問題の当事者が必要とすることは、自己肯定の機会であることに言及する。
3 論文の意義
本論文の意義は以下の三つに挙げたい。
1
ひきこもりの研究を引き合いに出すことで、孤立の当事者の内面性に強く光を当てるこ
とを試みたこと。
2
社会学的側面と、心理的側面両方に焦点を当てることで問題を分野横断的に捉え、近年
の社会問題(孤立、ひきこもり、貧困・・・)に共通している要因があることに言及した
こと。
3
問題の当事者が必要としていることに言及できたこと。
本論文においては、筆者の能力・努力不足によって把握することのできなかった異なる
境遇に立たされている当事者の内面や、行政や民間団体による支援活動、あるいは、当事
53
者の親族や周囲の人びとの思いなど、問題を取り巻く環境について、言及すべきポイント
はまだまだあったことは否定することはできない。本論文で示した考察は、あくまで、孤
立や現代社会の「生きづらさ」の風潮に関する一考察に過ぎず、このような見方もあるの
だ、と一つ意見を提示するものに過ぎないのだということをご理解いただきたい。
それでも、問題の当事者や、その予備軍に値する人びとが思い悩んでいること(内面性)
に関して、本論文の中で言葉にして提示することで、当人の思いを少しでも楽にすること
ができたり、或いは、それに当てはまらないという人にそれらの人びとのことを少しでも
理解してもらうことができたり、本論文を執筆することでそのようなことに貢献すること
を最大の目的としており、それができていれば幸いである。
54
謝辞
地域・都市論というゼミのテーマからは大いにはずれたこのテーマで論文を執筆するこ
とができたのは、周囲の多くの人の支えがあったからに他なりません。その方々にこの場
をかりて感謝申し上げます。
まずは、論文のテーマ設定において相談に快くのってくださった先輩方、そして報告な
どの場面では、関心文やと大いに異なる領域について扱っている筆者の論文に関して、率
直な意見を述べてくれた後輩の皆さん。異なる関心分野だからこそ、偏重しすぎている論
文にたいして、冷静でかつ公正な意見をたくさん頂戴し、論文を執筆する上でそのご意見
をたくさん参考にさせていただきました。
そして筆者の問題意識や研究動機に関心を持って、問題意識の掘り下げや論文構成の設
計への協力だけでなく、精神的な支えにもなってくれた同期の仲間たち。2 年という短い間
であったが、問題意識の共有と意見交換をさまざまなテーマにおいてすることができて、
自分の中で見出せることがいくつもあり、それをこの論文へと結びつけることができまし
た。筆者にとっては大変幸せなことに、同期の仲間たちとは、共通の問題意識を持つこと
ができ、地域・都市論ゼミに所属していながら、地域とも都市ともかけ離れた分野で論文
を執筆しようと考えたのは、仲間たちと共有したこの問題意識を突き詰めて明らかにした
いと考えたためです。彼・彼女らがいなければ、この論文が完成することがなかったのは
言うまでもないことなのです。
そして最後に、浦野正樹教授。思いばかりが暴走し、うまく言葉にして論文らしい形で
示すことができない筆者に最後までお付き合いくださり、またそれ以上にたくさんのアド
バイスや、激励の言葉を幾度とかけていただいたことには、深謝しております。
筆者の周囲でこれまで支えとなってくださった全ての方に心から感謝申し上げます。大
変お世話になりました。ありがとうございます。
55
参考・引用文献、URL
・阿部真大 2011『居場所の社会学
生きづらさを超えて』日本経済新聞出版社
・雨宮処凜・香山リカ 2008『対論生き抜くこと』七つ森書館
・荒川龍 2004『「引きこもり」から「社会」へ―それぞれのニュースタート』日学陽書房
・池上正樹 2010『ドキュメントひきこもり「長期化」と「高齢化」の実態』宝島社
・石田光規 2011『孤立の社会学
無縁社会の処方箋』勁草書房
・井出草平 2007『ひきこもりの社会学』世界思想社
・稲葉陽二・藤原佳典 2013『ソーシャル・キャピタルで解く社会的孤立―重層的予防とソーシ
ャルキャピタルビジネスへの展望―』ミネルヴァ書房
・犬塚先 1987「日本的経営と労働者の地位」佐藤守弘・八木正/編「産業社会学」アカデミア出
版会
・岩間夏樹 2010『若者の働く意識はなぜ変わったのか――企業戦士からニートへ――』ミネル
ヴァ書房
・河合克義・菅野道生・板倉香子/編 2013『社会的孤立問題への挑戦――分析の視座と福祉実践』
法律文化社
・河野憲一 2010『心の居場所を探して―ひきこもりを通して考える開発的人間関係―』朱鳥社
・小浜逸郎 2010『人はひとりで生きていけるか「大衆個人主義」の時代』PHP 研究所
・斎藤環 2010『ひきこもりから見た未来』毎日新聞社
・白石嘉治・大野英士 2005『増補
ネオリベ現代生活批判序説』新評論
・鈴木広/監修、木下謙治・篠原隆弘・三浦典子/編 2002『地域社会学の現在』ミネルヴァ書房
・数土直紀 2013『信頼にいたらない世界
権威主義から公正へ』勁草書房
・高橋祥友 2007『あなたの「死にたい、でも生きたい」を助けたい』講談社
・橘木俊詔 2011『無縁社会の正体血縁・地縁・社縁はいかに崩壊したか』PHP 研究所
・富永健一 1988『日本産業社会の転機』東京大学出版会
・豊泉周治 2010『若者のための社会学――希望の足場をかける』はるか書房
・中沢卓実・結城康博/編 2012『孤独死を防ぐ―支援の実際と政策の動向―』ミネルヴァ書房
・仁田道夫・久本憲夫編 2008『日本的雇用システム』ナカニシヤ出版
・藤本健太郎 2012『孤立社会からつながる社会へ―ソーシャルインクルージョンに基づく社会
保障改革―』ミネルヴァ書房
・藤本真 a 2012
Ⅱ-3「産業構造の変化
サービス経済化」上林千恵子(編)「よくわかる産
業社会学」ミネルヴァ書房
・藤本真 b 2012
Ⅳ-1「コミュニティとしての企業」上林千恵子(編)「よくわかる産業社会
学」ミネルヴァ書房
・藤本真 c 2012
Ⅳ-3「技術革新と職場・仕事の変化」上林千恵子(編)「よくわかる産業社
会学」ミネルヴァ書房
・森岡清美 2012『「無縁社会」に高齢期を生きる』アーユスの森新書
56
・湯浅誠 2008『反貧困
「すべり台社会」からの脱出』岩波書店
・湯浅誠・河添誠 2008『「生きづらさ」の臨海
“溜め”のある社会へ』旬報社
・NHK クローズアップ現代取材班 2010『助けてと言えない
いま 30 代に何』文藝春秋
・東京都 HP 東京都報道発表資料[2009 年 3 月掲載]「平成 20 年度ひきこもりの実態調査結果
について
ひきこもる若者たちと家族の悩み」
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2009/03/60j3u101.htm(2014.11.30 時点)
57
参考資料
○池上正樹 2010『ドキュメントひきこもり 「長期化」と「高年齢化」の実態』第 3 章「急増
する『社会人ひきこもり』
」中 pp99-111 より筆者抜粋、編集
東京都内の小売販売店に 7 年余り勤めていた吉村和義さん(仮称=33 歳)
。5 年前頃から次第に気力
をなくしていき、出社できないようになってしまった。
首都圏にある大学を卒業するまでは、とくに精神的な苦痛もなく体調もよかった。卒業後就職した小
売店で 5 年ほど働いたある日、異変に気がついた。突然、気分が落ち込み「おかしいな」と思った。
「いまから考えれば、職場でのストレスが多かったのかもしれません」
「不況の影響なのか、会社の人間関係がギスギスしていて、殺伐としていましたね」
「上司は、できないようなことを言って、ムチャ振りをする。言われた通りにできないと、すぐに怒
鳴ったり、キレたりして感情の起伏が激しかった。そんな環境がいやになり、ノイローゼになったん
です」
「気がついたときには、僕自身も、元気がなくなっていました。やる気がなくなったんです。自分で
も“おかしいな”と思いつつも、どうしたらいいのかわからない状態が続いていました」
そのうち体も動かなくなってきて、仕事上のトラブルが多くなったという。
「また今日も会社へ行くと、トラブルが起きるのかな」
「会社に行くのが、本当に嫌になったんです」
しかし、働いて給料を稼がなければ、生活は成り立たない。
「親に頼ることだけはできない」と思い、
その後もかなり無理をして会社に通い続けた。
異変を感じてから 1 年後、
「精神の問題だろうな」と思った吉村さんは、病院の精神科に診てもらっ
たところ、
『不安障害』と診断され、精神安定剤と抗うつ剤を渡された。薬を飲んだからといってすぐに
体調が良くなることはなかった。ただ、気分の落ち込み具合は、少し軽くなったように感じられた。会
社を辞めたのは、それからさらに 1 年くらい経った頃のことだ。
「これ以上いても、職場の雰囲気は変わらないし、変えられない。体も動かなくなってきて、このま
ま無理して仕事を続けていたら、死んじゃうかもしれない。思い切って、環境を変えてみようと考えた
んですカウンセリングも受けたほうがいいのかなとも思ったけど、結局、実行に移さないまま、終わっ
てしまいました」
会社を辞めてからは、家でゴロゴロしていることが多くなった。体の調子が悪いので、よほど気合を
入れないと、外には出られなかったからだ。自信をなくしていたので、誰とも会いたくない。弱ってい
る自分を見せたくないという思いもあったし、働きもしないで家でゴロゴロしていることが後ろめたい
という気持ちもあった。
「やはり、仕事をしていないと肩身が狭いというか、何で仕事ができないんだろうって自分で自分を
責めてしまうんですよね」
「いま、振り返れば、具合が悪かったので気持ちばかりあせって、体が動かなかったんじゃないかと
思うんですね」
ずっと家に居る間、
58
「自分を責めていたような気がしますね。
」
「仕事ができなくなってしまったのが、みっともないとか、みんなが働いているのに、なんで僕だけ、
ダメになっちゃったんだろうとか・・・・・・。」
うつ状態が続き、ひきこもって 3 年ほどが経ったとき転機が訪れた。友人の紹介で知り合った人から、
の紹介で、
「ひきこもり」を抱える家族会に顔を出すようになった。現在吉村さんはこの会のボランティ
ア活動だけを続けている。
ひきこもりの経験者として、いまの社会をどうしたらいいと考えるかと尋ねると
「何となくですけど、社会が息苦しくなってきたんじゃないかな、と感じます。人同士の付き合いは、
僕が子どもだった頃に比べると、きつくなったというか・・・・・・。子どもの頃のほうが、おおらかだった
ような気がするんですよね」
現在はだいぶ体調も良くなったというが将来の夢を聞くと、
「生きてりゃいいや(笑)
。生きていく上に、人の目とか、世間体とかは関係ない。そのうち、楽しい
こともあるだろう。そう思ったから、ラクになりました」
○池上正樹 2010『ドキュメントひきこもり 「長期化」と「高年齢化」の実態』第 3 章「急増
する『社会人ひきこもり』
」中 pp112-120 より筆者抜粋、編集
清水大輔さん(仮名=39 歳)は、超一流といわれる大学で情報科学を専攻し、大手印刷会社に就職し
た。大学に共同研究に来ていた社員から、
「ウチに来ない?」と誘われ、将来のこともあまり考えずに入
社した。しかし、仕事が面白いと感じられず、わずか 3 年で退社。スキルがあったので、その後、正社
員や派遣として IT ベンチャーを渡り歩いた。当時は IT バブル全盛の頃だった。しかし、あっといまに
バブルは崩壊し、その後もライブドア・ショックなどで業界の景況感は悪くなっていった。技術者仲間
で立ち上げた会社も 2 年で立ち行かなくなり、吸収合併されて、気がついたら職を失っていた。
「自分はいままでやっていたことは間違っていた、意味がなかった。そう思ったんです。自分はいまま
で何をやっていたのかなって。そうして、こんな袋小路に来てしまった。もう、いいやって」
自分の中で、動く理由がなくなった。
「あとは死ぬしかないかな。でも、いま死ぬのは大変だから、明日にしようとか(笑)
。そんな感じで 1
年くらい過ごしたんです。ただ、実家だったので、食べるものにも困るということはない。最初のうち
は、体は健康だったと思います」
「この 10 年間、同じ会社で正社員をやってきたという経験がないから、雇ってくれるところはどこも
ないんじゃないか、なんて考え始めたら、もういいや、もう人生でやることないしゃないか、という気
になってしまったんです」
「行き止まりに来ちゃって、もう戻れない」
「ひとりでいるのは平気なので、退屈とか寂しいとかはなかったです。テレビはもともと好きではなか
ったし、ゲームもやりませんでした。だって、ゲームとかって、すごく前向きじゃないですか、経験値
稼いだり(笑)
。そんな建設的なことはとてもできませんでしたね。ただ寝ているだけ。いくらでも眠れ
59
るし、目が覚めると、天井の模様ばかり眺めていました」
親がひきこもり当事者の支援団体を訪ね「働きなさい」などといわれなくなった。
「悩んでいる人たち
が集まっているところがあるよ」と親に教えてもらったものの、あまり行く気がしなかった。
「行っても
しょうがない」
「そんなところに行って何するんだろうか。話すことなど何もない」と思った。しかし支
援団体の代表が「ホームページを管理していた人が辞めちゃったので、コンピュータの仕事をしていた
清水さんに、代わりにやってほしい」と言っているという話を聞いた。
「それは大きかったですね。ただひきこもりたちが集まり交流する場に来てみれば、と言われても、た
ぶん行かないと思いますよ。何となく、ぱっと来て、みんなの輪に入ることなんて僕にはできない。ホ
ームページの管理ができる人、助けてください、と言われるほうが、行きやすいと思うんです」
ひきこもり当事者が交流する居場所に行ってみると、当事者たちはみんな話しやすい人たちばかりで、
自分の話を真剣に聞こうとしてくれた。みんなが、それぞれに抱える悩みを一生懸命に考えているとい
う印象だった。清水さんがこれまで勤めていた会社の社員の方が、よほど愛想がなく、礼儀もなってい
なかったなと痛感した。
○荒川龍 2004『「引きこもり」から「社会」へ
それぞれのニュースタート』
第 5 章「約五年間の引きこもり生活を解消した彼が踏み出せない一歩―坂口 淳君(29 歳)の場
合―」中 pp126-153 より筆者抜粋、編集
1999 年 11 月下旬、ひきこもり経験者の坂口淳君(29 歳)に取材をした。子どものころから高校時代ま
でについて約三時間も話を聞いたが、彼は正確な日時や人数などをおり交ぜながら終始てきぱきと質問
に答えてくれた。色白で、涼しげな目と端正な顔立ち。頭の回転が早く、回答もすこぶる論理的で、聡
明で礼儀正しい好青年という印象だった。
「NS※での活動をふり返ってみると、なんやようワケわからんですね。しっかり仕事しているわけでも
ないし、お金を稼げているわけでもない。相変わらず親のスネかじってるわけですから。ただ引きこも
っていた時期から考えると、NS の人間として活動することでリハビリされた部分もかなりあります。
レンタルお兄さん(引きこもりの若者と交流して自宅などから引き出す役割を担う人の名称)やホーム
ヘルパー養成講座(NS が 99 年から主催するホームヘルパー二級資格取得のための講座)などで活動し
てきたわけですから。でも自分がやりたいから始めたことではないし、今後もそれを続けていくつもり
なのかは全然答えが出てこないんですけど・・・・・・」
NS の活動は一人じゃできないし、誰かと一緒に協力してやることが多い。当然、誰かと協力してや
ろうと思うと、自分のイメージどおりにならないことも増えます。その厄介さと喜びの両方を知ること
ができましたね。それまでは自立への強迫観念があり、自分のことは自分でしなきゃという自己完結の
世界でしたから、と彼は当時語った。
坂口君は福岡市の名門県立高校から広島大学総合科学部に現役合格を果たした 92 年、彼は親元を離
れて広島市内で初めて下宿生活を始める。
「講義のないときにどこに自分が居ればいいのかわからなくて、高校時代まで自分から友達に話しか
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けていくことをしてなかったから、人の輪に自分から入っていくのが元々苦手なんですね。新入生同士
の付き合いといえばカラオケに行ってお酒を飲みながら馬鹿騒ぎするのが定番なんですけど、僕はお酒
は好きですけどカラオケは嫌いだったし・・・・・・、そういう雰囲気にうまくなじめなかったですね。僕が
気をつかったり、遠慮していると相手が逆に話しかけてきたりして、僕はそれを窮屈に感じるという
か・・・・・・、とにかく人と付き合うのは疲れるし、なにか相手から押されるような感覚がありました」
6 月にテニスのウィンブルドン大会が深夜テレビで衛星生中継されるのを見続けて、翌朝起きれずに
講義をさぼるようになり、クラスメイトにどうして休んだの?と聞かれてもうまく答えられず、ああ、
俺はダメなやつだと自己嫌悪に陥り、そんなダメな自分を他人にさらしたくない、とますます人目を避
けるようになった。それでも一年の時は七割の講義に出席したが、選択した二〇数単位中わずか六単位
しかとれずに疎外感ばかりがつのった。
「今はダメな自分を認めていかないと周りと関われないとわかったんですけど、今もし大学の友人に
会ったらやっぱり尻込みしてしまうかもしれないですねぇ・・・・・・、でも自分がやったことを認めていか
ないと次には進めないし・・・・・・、うーん、今は以前のような完璧主義というか、きちんとできないとい
けないという発想がだいぶ取れてきて楽になりました、諦めると楽になることに気づいたからですね」
「小さい頃から勉強はできましたけど、運動は苦手でコンプレックスでした。ですから中学までは勉
強ができることでもっているというか、とりあえず他人に対して恥ずかしくないという気持ちでいられ
たんだと思いますね。勉強ができることが、僕の唯一の拠りどころでしたから。
」
NS を卒業して、彼がアルバイトで生計を立てながら一人暮らしを始めようとしたことは何度かある。
当時彼はメッセンジャーという仕事に興味をもっていた。しかし自分でそういう会社に電話をかけて、
アルバイトの可能性を探る勇気と行動力が彼にはなかった。本人が希望すれば、NS で活動しながらア
ルバイトすることは認められている。だが、坂口君は、自分でやりたいと言っていたアルバイトを一度
も経験できていない。
「坂口君には妙な完璧主義みたいなものがあって、その一方でアルバイトをやってみたいのにできな
いみたいな、なかなか一歩を踏み出せずに、物事をただズルズル先送りしてる部分があるよね、それっ
て矛盾すると思わない?」と尋ねると、
「それ、ずっとですよ。僕にもよくわかりません」と答えた。
「正直なところ、NS を出なきゃいけないという気持ちと、俺がいてやっているんだっていう気持ち
が僕の中にはあるんですよ」
それは引きこもる対象が実家や母親から NS という団体に変わっただけで、社会に出て苦労するより
は、慣れ親しんだ NS にいる方が多少のストレスはあるものの、彼にとっては楽なのではないかと指摘
すると、
「そうですね、最近、取材をうけたときに、僕もそんな話を何度かしたことありますよ」
と答えた。
大学で三年、実家で二年、そして形と変えた NS でも引きこもりは五年をこえる。一見引きこもりらし
61
くない彼は、今も NS に引きこもり続けている。
※NS・・・ニュースタート事務所。日本で不登校や引きこもりに苦しむ若者たちを、イタリア・トスカーナ地方にある農
園に送り、農作業と共同生活を体験させようという「ニュースタート・プロジェクト」が出発点。若者や家族向けのプ
ロジェクトを企画する。
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ダウンロード

「孤立」を捉え直す ―現代の「生きづらさ」への一考察