Title
Author(s)
Journal
URL
境界性パーソナリティ障害患者への看護をとおした精神
科看護師の自己形成
佐々木, 三和
2014
http://hdl.handle.net/10470/30589
Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database.
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/
氏
学
位
の
学
位
記
種
名
類
:佐々木 三和
:博士(看護学)
番
号
:甲第 22 号
学 位 授 与 年 月 日
:平成 26 年 3 月 6 日
学 位 授 与 の 要 件
論
文
題
目
:学位規則第 4 条第 1 項該当
:境界性パーソナリティ障害患者への看護をとおした
精神科看護師の自己形成
:Self-formation of psychiatric nurses through caring
論
文
審
査
委
員
for patients with borderline personality disorder
:主査 教授 田中 美恵子
副査
教授
佐藤
紀子
教授
小川
久貴子
博 士 論 文 要 旨
Ⅰ.はじめに
境界性パーソナリティ障害は、不安定な対人関係や自己像、感情の不安定さや著し
い衝動性を特徴とする精神障害である。対人関係では、見捨てられることを避けよう
と周囲の人を感情的に強く巻き込むことや他者を極端に理想化するかと思うと、逆に
過小評価するといった極端な変化をみせる。また、激しい苛立ちや怒り、抑うつなど
の気分の著しい変動をみせる。さらに衝動コントロールが困難な場合には、リストカ
ットや薬物多量服薬などの自己破壊的行動や自殺企図などの行動化に及ぶ ことがある。
これまで境界性パーソナリティ障害患者への陰性感情や巻き込まれに関する報告は
多くみられ、そのかかわりの困難さが指摘されてきた。しかし、境界性パーソナリテ
ィ障害患者とのかかわりは、精神科看護師にとって、自己とは何であるのか、精神科
看護師としてどうあるべきなのかについて、問い直しが迫られる経験となる。そこで
本研究では、境界性パーソナリティ障害患者への看護をとおした精神科看護師の自己
形成を記述し、その意味を理解することを目的とした。
Ⅱ.方法
本研究は、解釈的アプローチに基づく質的帰納的研究デザインであり、方法論とし
て解釈学的現象学を採用した。研究参加者は、精神科病 院に 5 年以上勤務し、かつ境
界性パーソナリティ障害患者への看護経験のある看護師 15 名とした。データ収集は、
インタビューガイドを用いた半構成的面接法とした。データは Benner による解釈学的
現象学を基盤として解釈を行い、研究参加者ごとに独自のテーマを見出し、次にすべ
ての研究参加者の自己形成を比較検討し、統合的に解釈することで、境界性パーソナ
リティ障害患者への看護をとおした精神科看護師の自己形成における共通の意味を見
出した。なお、本研究は、東京女子医科大学の倫理委員会の承認を受けて実施した(受
付番号:2296)。
Ⅲ.結果
境界性パーソナリティ障害患者への看護をとおした精神科看護師の自己形成は、そ
の人において生きられたものであり、それぞれ独自のものであったが、同時にそこに
は共通した意味が見出せた。すなわち、境界性パーソナリティ障害患者への看護をと
おして、初期の経験では研究参加者の誰にも、患者の病理に巻き込まれ陰性感情を抱
くという状況が生じていた。そして、研究参加者 は、状況に関与するなかで自己形成
していた。研究参加者の自己形成は、
「状況に呑まれる」、
「状況から自己を守る」、
「状
況に向き合い、自己を問い直す」という状況への関与の仕方をとおして、それぞれ「否
定的な自己形成」、「両価的な自己形成」、「肯定的な自己形成」という 3 つの様相に変
容していた。また、自己形成を促す原動力には、「自己洞察」と「サポート」の 2 つが
あった。
否定的な自己形成の様相を示した研究参加者は、 境界性パーソナリティ障害患者と
のかかわりにおいて、現在でも不安や恐怖を抱いており、
「 状況に呑まれる」という状
況への関与の仕方をしていた。そのため、現実吟味には向かわず、
「自己洞察」には至
っていない。また、
「サポート」が得られないという特徴をもっていた。両価的な自己
形成の様相を示した研究参加者は、境界性パーソナリティ障害患者とのかかわりにお
いて、
「自己洞察」が促され、その経験から学ぶことがあり、自己への肯定的評価がな
されていた。しかし、他者からの「サポート」が得られていないため、自らが傷つか
ないよう、
「状況から自己を守る」という状況への関与の仕方をしていた。肯定的な自
己形成の様相を示した研究参加者は、
「状況に向き合い、自己を問い直す」という状況
への関与の仕方をとおして「自己洞察」が深まり、他者からの「サポート」を得るこ
とで、「自己理解」に至っていた。そして、「自己理解」を基盤として、「自分たちと変
わらない存在として患者を理解する」や、
「精神科看護師としての未熟さをありのまま
認める」という 2 つの仕方のいずれかを基軸として、「自己理解」と「患者理解」を同
時に深めていた。
Ⅳ.考察
境界性パーソナリティ障害患者への看護の初期の経験には、研究参加者の誰にも共
通して、患者の病理に巻き込まれ、陰性感情を抱くという状況が生じる。こうした状
況は精神科看護師にとって、自己像を脅かされる強烈な経験となるため、状況に向き
合うことを困難にしてしまう。しかし、肯定的な自己形成の様相 を示した研究参加者
は、自分を含めた人間の多様さの理解に行き着き、自身の在り方を変容させて人間的
に成長していた。それは境界性パーソナリティ障害患者への看護の状況に向き合い、
自己を問い続けた結果としての人間に対する深い理解である。過去の経験に対する意
味づけは常に書き換えられ、経験として内在化されつつ、それらへの意味付与が変化
し続けることにおいて自己形成の様相は変容するものと思われる。したがって、精神
科看護師が肯定的な自己形成を獲得するためには、看護師が患者の病理に巻き込まれ
た状況にあるとき、自己洞察を促進するためのサポートとしての語りの場の提供が重
要であることが示唆された。
Ⅴ.結論
1.境界性パーソナリティ障害患者への看護をとおして、初期には、研究参加者の誰に
も共通して、境界性パーソナリティ障害患者の病理に巻き込まれ、陰性感情を抱く
という状況が生じていた。
2.研究参加者の自己形成は、「状況に呑まれる」、「状況から自己を守る」、「状況に向
き合い、自己を問い直す」という状況への関与の仕方をとおして、それぞれ「否定
的な自己形成」、「両価的な自己形成」、「肯定的な自己形成」という 3 つの様相に変
容していた。
3.自己形成を促す原動力には、「自己洞察」と「サポート」の 2 つがあった。
肯定的な自己形成の様相を示した研究参加者は、
「状況に向き合い、自己を問い直す」
という状況への関与の仕方をとおして「自己洞察」が深まり、他者からの「サポー
ト」を得ることで、「自己理解」に至っていた。
4.肯定的な自己形成の様相を示した研究参加者は、
「自己理解」を基盤として、
「自分
たちと変わらない存在として患者を理解する」や、
「精神科看護師としての未熟さを
ありのまま認める」という 2 つの仕方のいずれかを基軸として、
「自己理解」と「患
者理解」を同時に深めていた。
5.境界性パーソナリティ障害患者への看護では、誰もが自己像を脅かされる経験をも
つ。しかし、精神科看護師の経験の意味づけを重視することによって、肯定的な自
己形成の様相へと変容する可能性が拓ける。
審
査
結
果
の
要
旨
平成 26 年 2 月 14 日、田中美恵子(主査 教授)、佐藤紀子教授、小川久貴子教授の
3 名からなる審査委員会が開かれ、学位論文に関する審査が行われた。下記に審査の概
要を記述する。
本研究は、境界性パーソナリティ障害患者への看護を通して、精神科看護師がどの
ように自己形成していくのか、その過程を記述するとともに、その意味を理解するこ
とを目的とした研究である。不安定な対人関係や著しい衝動性により、周囲の人を巻
き込み操作するといった病理上の特徴をもった境界性パーソナリティ患者への看護
に焦点をあて、そうした患者への看護を通して、看護師が自らの自己像を脅かされな
がらも、どのように精神科看護師として自己形成していくのか 、その様相を探求した
研究として着眼点に独創性のある研究である。本研究の結果は、精神科看護領域での
看護師の成長過程についての知見を与えてくれる ものであり、精神科看護の教育(基
礎教育・継続教育)、実践、管理、キャリア形成などの面に示唆を与える 貴重な研究
である。
文献の検討は、境界性パーソナリティ障害概念の検討、その看護に関する研究、自
己形成に関する研究、自己形成に係る概念としての「自己」「経験」の検討など、丹
念に行われているが、海外文献の検討がやや不足しており、同様の着眼点をもつ海外
の研究も幅広く検討することで、本研究の位置づけ と意義をより広いパースペクティ
ブから明確にでき、考察段階で深い考察につなげることができたものと思われ 、この
点は残念である。
方法論は、Heidegger の現象学的存在論を基盤とした Benner の解釈学的現象学を採
用しているが、これらの哲学的基盤が十分、データ解釈に活かされているとは言い難
い側面があり、方法論の哲学的基盤の理解をさらに深めることで、より深いデータ解
釈につなげることができたものと思われる。
結果は、15 名の研究協力者の経験が、丹念に記述され、その解釈の妥当性も概ね確
認できるものであったが、結果の記述の法則性にやや曖昧な点があり、読むうえでの
困難があったという指摘もあった。「自己形成に関するテーマ」、「自己形成の本質を
表すテーマ」などの用語の整理が必要であろう。最終的に境界性パーソナリティ障害
患者への看護においては、初期の経験では研究参加者の誰もが、患者の病理に巻き込
まれ陰性感情を抱くこと、次に「状況に呑まれる」、「状況から自己を守る」、「状況に
向き合い、自己を問い直す」という状況への関与の仕方を通して 、自己形成が促され
ることが明らかにされたことは、自己形成と状況との関わりを示す点で興味深い。具
体的には、3つの「状況への関与の仕方」と、3つの自己形成の様相(「否定的な自
己形成」、「両価的な自己形成」、「肯定的な自己形成」)との関係が明確にされること
で、人がどのように状況に関わることで自己形成が促されるのか を知ることになり、
精神科看護領域での看護師の成長にとっての有意義な知見を提供している。 加えて、
自己形成を促すには、「自己洞察」と「サポート」が不可欠であることの発見は、精
神科看護領域の実践へ指針をもたらす意義ある知見であると言える。
さらに、「肯定的な自己形成」に至った研究協力者における自己形成の様相として
の、
「患者理解」
(「自分たちと変わらない存在として患者を理解する」)と「自己理解」
(「精神科看護師としての未熟さをありのまま認める」)の表裏一体性の発見は、自己
を治療的な道具として対人関係を中心に展開される 精神科看護の普遍的な本質につ
ながる点で、本研究の知見の意義を確認できるもの である。
考察は、文献検討で得られた知見との比較検討、方法論的基盤の観点からの検討な
どがやや不足しており、深まりに欠けるという指摘もあったが、Benner に基づき、自
己形成は常に書き換えられる動的なものであり、自己が否定されることのない安全な
環境の中で、感情を重視した「語り」の場を提供し、経験を意味づけていくこと が自
己形成にとって重要であることを指摘した点で、実践への有意義な示唆を提供するも
のとなっていた。
以上から、本研究は、境界性パーソナリティ障害患者という看護師の自己を脅かす
病理上の性質をもった患者への看護を通して、自己を治療的道具とする精神科看護に
おいて、看護師がどのように自己を形成していくのか、その様相を明らかにした点で、
精神科看護領域の教育、実践、管理に 役立つ知見を提供するものであり、学位論文に
ふさわしい貴重な研究論文であると言える。
以上により本論文は、学位規則第 4 条第 1 項に定める博士(看護学)の学位を授与
することに値するものであり、申請者は、看護学における研究活動を自立して行うこ
とに必要な高度な研究能力と豊かな学識を有すると認め、論文審査並びに最終試験に
合格と判定する。
ダウンロード

Information & Knowledge Database. Title 境界性パーソナリティ障害患