生物環境物理学特論
Environmental Biophysics
小杉緑子
第1回:生物環境物理学の基礎・
単位互換
はじめに
 授業形式
前期隔週金曜日午後開催(6回を予定)
毎回の授業後半に小課題を課しそれについての説明を行う
ので、課題の解答を電子ファイルにて作成し、次回講義ま
[email protected]ル
すること。
 特論なので、生物環境物理学のすべてを網羅するわけで
はなく、特に今日的研究に直結するトピックスについて取り
扱う。
 参考書
「生物環境物理学の基礎 第2版」
G. S. Campbell・J. M. Norman/著 久米篤・大槻恭一・熊谷朝
臣・小川滋/監訳、森北出版株式会社、2003年、
ISBN978-4-627-26092-4
生物環境物理学とはー
 生物体と環境の間の運動量・エネルギー・物質の交
換に関する研究分野である
大気気候システム
運動量・熱・水・CO2フラックス
土壌圏からのCO2、CH4、N2O放出
生物物理プロセス
生物地球化学プロセス
生態系構造・機能
Sellers et al.,1997を元に作成
生物環境物理学が扱うもの
ーそれは、「フラックス」です。
フラックス(flux)とはー
単位時間に単位面積を通して流れる熱や物質の交換量
生物と環境とは「フラックス」を通して相互作用している。
生態学・生物学・生理生態学・水文学・土壌学・環境学・気
象学などの、様々な環境科学系の分野において、この視
点を導入することが、今後の研究の発展・また自然界の理
解とマネジメントの上で、非常に重要である。
フラックスの基本概念
定常状態における生物体と環境の間の物質とエネルギー
の交換をあらわす基本概念
 フラックス = コンダクタンス × 物理量の濃度勾配
この考え方にしたがって自然界を視ると、生物体のみ、ある
いは環境のみを視てきた従来の研究とは違う、新しい視
点による自然界の理解が可能になる。
エネルギーと質量の保存則
保存則=「通常のいかなる手段を用いても、質量やエネル
ギーは生成したり消滅したりしない」
 エネルギー収支式
 水収支式
 炭素収支式
生物環境物理学の基礎概念であるこれらの収支式が、保
存則に基づいて成り立つ。
エネルギー収支式
1. Rn = Sd – Su + Ld – Lu
Rn :正味放射 (ある面におけるエネルギーの収支)
Sd :短波放射(日射、太陽放射ともいう)
Su :短波放射の地表面での反射
Ld :大気からの下向き長波放射(赤外線放射ともいう)
Lu :地表面からの上向き長波放射
Sd
Ld
Su
Rn = H + lE + G + P
Rn:正味放射 (ある面におけるエネルギーの収支)
H :顕熱フラックス (空気を直接,加熱または冷却するエネルギー)
lE : 潜熱フラックス (蒸発,凝結に伴いやりとりが行われるエネルギー)
G :地中や植物体などへ蓄えられる熱
P:光合成で吸収される、あるいは代謝により供給されるエネルギー
2.
1.2.式の各項はすべて熱エネルギーのフラックスで、単位はW m-2がよく使われる
Lu
水収支式
1.流出量(runoff)=降水量(precipitation)ー蒸発散量(evapotranspiration)-貯
留変化量(Dstorage)
2.蒸発散量=遮断蒸発量(evaporation during and after rain)+蒸散量
(transpiration)+土壌面蒸発量(evaporation from soil)
3.遮断蒸発量=遮断降雨量(interception)=林外雨量(precipitation)ー樹冠
通過雨量(through fall)ー樹幹流量(stem flow)
evaporation
precipitarion transpiration
through fall
stem flow
runoff
Dstorage
炭素収支式
GPP-REleaf-REstem-REsoil=NEP
GPP
RE
GPP-REleaf-REstem-REroot=NPP
REleaf
REsoil=REdec+REroot
NEP-Discharge=-NEE
REstem
REsoil
REdec
REroot
GPP:Gross Primary Production
NEP:Net Ecosystem Production
NPP:Net Primary Production
RE:Ecosystem Respiration
NEE:Net Ecosystem Exchange
Discharge
(DOC,DIC)
「森林生態学」(文永堂出版、1996)より転写
生物圏の連続性
水収支
降水量
エネルギー収支
長波放射
+
短波放射
=
=
潜熱 + 顕熱 + 貯留熱 + 光合成 = 純放射
(蒸発散量)
BVOC ⇔ +
+
生態系呼吸
CH4 ⇔
流出量
+
+
炭素貯留
貯留変化量
=
⇔窒素収支
純CO2flux
炭素収支
「生物環境物理学」(森北出版、2003)図1.1をベースに作成
単位
 生物圏の連続性を理解し自らの研究に取り入れるためには、
まず最初に、様々なフラックスの単位互換について考えてみ
ることが有効である。
 SI(国際単位系)の決まり:
SI基本単位:m kg s K mol
(特例:℃)
SI誘導単位:
力:N(m kg s-2)
圧力/面積:Pa (N m-2 = kg m-1 s-2)
エネルギー:J (N m = m2 kg s-2)
化学ポテンシャル: (J kg-1 = m2 s-2)
仕事:W (J s-1 = m2 kg s-3)
モルフラックス密度:mol m-2 s-1 熱フラックス密度:W m-2
SI接頭語:E(1018 ) P(1015 ) T(1012 ) G(109 ) M(106 ) k(103 ) h(102 )
d(10-1 ) c(10-2 ) m(10-3) m(10-6) n(10-9) p(10-12) f(10-15) a(10-18)
(kg以外、誘導単位の分母には接頭語を使わない)
連続性と単位互換
 潜熱・顕熱フラックスの基礎式
(+Penman式、Penman-Monteith式)
 二酸化炭素フラックスの基礎式
 個葉光合成・蒸散の基礎式
(あるいは土壌圏の各種フラックス・微量気体フラックスな
ども同様の概念で記述可能)
これらの間は、生物圏の連続性によりすべて繋がっており、そ
れゆえに基礎式にも互換性がある。
潜熱・顕熱フラックスの基礎式
輸送量(フラックス)は、拡散係数(コンダクタンス)と物理量の勾配によって
決まる。
H  C p r wT   C p rK h
DT
1
 C p rChu (Tc  Ta   C p r (Tc  Ta 
Dz
ra
Dq C p r
De C p r

Kv

Ceu (es (Tc   ea 
Dz
g
Dz
g
Cpr
1
(es (Tc   ea 
(dry canopyの場合)
g (ra  rc 
lE  lr wq  lr K v
Cpr 1
(es (Tc   ea 
( wet canopyの場合)
g ra
H:顕熱フラックス(W m-2)、lE:潜熱フラックス(W m-2)、 l:潜熱(2,450 kJ kg-1)、E :蒸発散量(H2Oフ
ラックス)(kg m-2 s-1)、Cp:空気の定圧比熱(J K-1 kg-1)、r:空気の密度(kg m-3)、Kh:顕熱輸送の乱流拡
散係数(m2 s-1)、 Kv:潜熱輸送の乱流拡散係数(m2 s-1)、 DT:Dz(m)だけ離れた2高度間の平均気温
の差、 Dq:Dz(m)だけ離れた2高度間の平均比湿の差(kg kg-1)、 De:Dz(m)だけ離れた2高度間の平
均水蒸気圧の差(hPa)、 g:乾湿計定数(hPa K-1)、Ch:顕熱輸送のバルク係数、 Ce:潜熱輸送のバルク
係数、 u:平均水平風速(m s-1)、Tc:表面温度、Ta:空気の温度、es(Tc):温度Tcにおける飽和水蒸気圧
(hPa)、ea:空気の水蒸気圧(hPa)、ra:空気力学的抵抗(s m-1)、 rc:群落抵抗(s m-1)
Penman式、Penman-Monteith式
さらにlEの式で、表面温度・表面湿度を使わずに近似する方法としてー
Penman式(完全湿面からの蒸発Wet canopyの場合)
lE 
D( Rn  G)  C p r (es (Ta   ea  ra
D g
Penman-Monteith式(植生からの蒸散Dry Canopyの場合)
D( Rn  G)  C p r (es (Ta   ea  ra
lE 
D  g (1  rc ra 
○これらの蒸発散に関する物理拡散式の意味
 森林をはじめとする植生の蒸発散量、潜熱フラックス、顕熱フラックスは、
気象条件が決まっていても、空気力学的抵抗raと群落抵抗rc次第である。
「生態系構造、生物物理プロセスと、気候システムが、ガス交換を介して相互
作用する」ことの実態は、この点にある。
二酸化炭素フラックスの基礎式
CO2FluxもH2Oや顕熱と同様、拡散係数と物理量の勾配によって決まる。
Dc
Fc  r mol wc  r mol K c
 r mol Ccu (Ci  Ca 
Dz
1
(Ci  Ca 
 r mol
raCO2  rcCO2
Fc:CO2フラックス(吸収が正)(mmol m-2 s-1)、rmol:空気の密度(mol m-3)、w:鉛直風速(m s-1)、
c:CO2濃度(mmol mol-1)、Kc: CO2輸送の乱流拡散係数(m2 s-1)、 Dc:Dz(m)だけ離れた2高度間の
平均CO2濃度の差、 Cc: CO2輸送のバルク係数、 u:平均水平風速(m s-1)、raCO2:CO2についての
空気力学的抵抗(raCO2 =1.37ra, s m-1)、 rcCO2:CO2輸送についての群落抵抗(rcCO2 = 1.6ra, s m-1)
Ci:Big-leafの細胞間隙CO2濃度(mmol mol-1)
CO2拡散式が意味することはー
森林のCO2交換過程を左右している生物物理プロセスとは、Big-leafにお
ける気孔の開き具合と細胞間隙CO2濃度である。
個葉光合成・蒸散の基礎式
E
g bw g sw
(Wi  Wa  or
g bw  g sw
g bw g sw
 Wi  Wa 
(Wi  Wa 
E 1 

2  g bw  g sw

g g
A  bc sc (ca  ci  or
g bc  g sc
ca  ci
g bc g sc
(ca  ci 
A
E
2
g bc  g sc
Wa Ca
gaboundary layer
H2O
flux
gsstomata
Wi Ci
CO2
flux
intercellular space
gi
Cc
mesophyll
E:蒸散速度(mol m-2 s-1)、gbw:水蒸気拡散に関する葉面境界層コンダクタンス(mol m-2 s-1) 、
gsw:水蒸気拡散に関する気孔コンダクタンス(mol m-2 s-1)、Wi:葉の内部(細胞間隙)の水蒸気
濃度(hPa)、Wa:大気水蒸気濃度(hPa)
A:光合成速度(mmol m-2 s-1)、gbc:CO2拡散に関する葉面境界層コンダクタンス(gbw/1.37, mol
m-2 s-1) 、gsc: CO2拡散に関する気孔コンダクタンス(gsw/1.6, mol m-2 s-1)、Ca:大気二酸化炭
素濃度(mmol mol-1)、Ci:細胞間隙二酸化炭素濃度(mmol mol-1)
連続性とフラックス単位互換
水量(蒸発散量)・エネルギー(潜熱)フラックス・H2Oモルフ
ラックスの相互関係
lE (W m-2  ___ Ekg (kg m-2 s -1  mm s -1  ___ Emol (mol m-2 s -1 
l  2500000 2400T ___1mol 18g
l:気化潜熱(J kg-1), T:気温(℃)
フラックス単位
g m-2 s-1 ⇒ mol m-2 s-1
対象気体のモル数で割る
H2O:18 CO2:44 CH4:16 N2O:44
gCO2 m-2 s-1 ⇒ gC m-2 s-1 12/44掛ける
m-2 やs-1の部分が違う単位の場合も多くある。該当する物理量
間の換算係数を用いる。
フラックス関連単位の互換
 コンダクタンス単位
m s-1 ⇒ mol m-2 s-1 空気のモル密度(mol m-3)を掛ける
(乾燥)空気のモル密度はP/RT
(P:大気圧(Pa)、R:ガス定数8.314(Pa m3 mol-1 K-1),T:気温(K))
 物質の違いによる分子拡散係数の違いとコンダクタンス比
Grahamの法則「物質の拡散係数の比は分子量比の平方根の逆数に等しい
(CO2/H2O=0.639) また流体運動による輸送の割合が大きくなるほど、分
子の大きさの違いは小さくなる。
分子拡散 (Dc/Dv)1 0.64ないし0.66程度 Dv/Dc=1.6がよく使われる
自然対流 (Dc/Dv)3/4
強制対流 (Dc/Dv)2/3
乱流輸送 (Dc/Dv)0
 Biomass⇒炭素換算 0.4-0.5くらいの値でパーツにより異なる
フラックス関連単位・最近の動向
モルフラックス密度:mol m-2 s-1 熱フラックス密度:W m-2
コンダクタンス: mol m-2 s-1 濃度勾配: mol mol-1
最近、なぜモル単位を使用するのか
理由1:フラックス基礎式の係数が減り、より単純明快になる。
理由2:モル単位は生理生態の分野(特に光合成モデル)で広く使われており、これ
らと生物環境物理的視点を結合させるのに同一の単位系が役立つ。
理由3:コンダクタンスが温度と圧力から独立する
理由4:コンダクタンスが拡散する物質によって変わること(例えばH2OはCO2の1.6
倍)が理解しやすくなる。
最近、なぜm2(単位土地ないし表面積あたり)を使用するのか
より大きなスケールでのフラックスを記述・理解する必要性が高まってきたため。
現在m2単位の潮流に追いついていない分野は、生態系呼吸・微量ガスなど。
最近、なぜs(毎秒あたり)を使用するのか
ガスアナライザーの飛躍的な進歩により、短い時間解像度での測定が可能になり、
このことが今日フラックスの応答特性までを解析することを可能にしている。sの使
用はフラックス研究の飛躍的な進歩と新しいステージの象徴である。
CH4、N2O以下の微量ガスについても、今後同様にこの傾向をたどるであろう。
文献中のフラックス1森林群落の蒸発散
Kosugi and Katsuyama, 2007. Evapotranspiration over a Japanese cypress forest. II. Comparison
of the eddy covariance and water budget methods. Journal of Hydrology 334, Fig. 4 and Table 1
ヒノキ林からの蒸発散735 mm yr-1, 夏場で3.5 mm day-1程度
文献中のフラックス2森林群落のCO Flux
m
2
Kosugi et al, 2008. CO2 exchange of a tropical rainforest at Pasoh in Peninsular Malaysia. Agric.
For. Met.148, 東南アジア(パソ)熱帯雨林のNEE(3年平均の日変化)、ピークのCO2吸収フ
ラックスは-18mmol m-2 s-1程度。
文献中のフラックス3個葉の光合成
Kosugi et al, 2009. Midday depression of leaf CO2 exchange within the crown of Dipterocarpus
sublamellatus in a lowland dipterocarp forest in Peninsular Malaysia, Tree Physiology, 29, Fig. 3
東南アジア(パソ)熱帯雨林樹冠構成葉の純光合成速度、ピークで10mmol m-2 s-1程度。(m-2
は単位土地ではなく、単位葉面積あたりのフラックスを意味する)
文献中のフラックス4生態系呼吸
a 葉呼吸= 9.8
b 幹呼吸= 4.2
d 下層植生= 1.5
e CWD分解= 1.9
f 地上部リター分解= 2.6
g 根呼吸= 5.5
h SOM分解= 4.0
k 全生態系呼吸= 29.5
(単位Mg C ha-1 yr-1)
Chambers et al, 2004. Respiration from a tropical forest ecosystem : partitioning of sources
and low carbon use efficiency. Ecol. Appl. 14, Fig.9 and Table 2 より
アマゾン熱帯雨林の生態系呼吸量見積もり
文献中のフラックス5メタン土壌圏フラックス
Itoh et al., 2009. Methane flux characteristics in
forest soils under an East Asian
monsoon climate, Soil Biol Biochem 41, Fig. 1
ヒノキ林不飽和土壌からのメタン放出フラックス
-1.0~+2.0 mgCH4 m-2 day-1
Itoh et al., 2007. Hydrologic effects on methane
dynamics in riparian wetlands in a temperate forest
catchment, J. Geophys. Res 112, Fig. 5
ヒノキ林湿地からのメタン放出フラックス
0.1-1000 mgCH4 m-2 day-1
文献中のフラックス6BVOCフラックス
Okumura et al. 2008. Isoprene emission characteristics of Quercus serrata in a deciduous
broad-leaved forest. J. Agric. Met. 64, Fig.2
コナラ個葉からのイソプレン放出フラックス1-50 nmol m-2 s-1
小課題
1.「文献中のフラックス」1-6までを、すべて同一の単位mol m-2
s-1を用いて比較し、結果を図表化し考察せよ。
(気化潜熱は2450 J kg-1、CH4の分子量は16、CO2の分子量は
44とする)
ダウンロード

生物環境物理学の基礎・単位互換