利益マネジメントの動学モデル
利益マネジメントの動学モデル*
村 上 裕太郎†
椎 葉
概
淳‡
要
本稿では,これまで考察することが難しかった側面に焦点を当てるため,利益マネジメント
の動学モデルを提示する.特に,本稿で提示する動学的な利益マネジメントのモデルは,従来
よりも巨視的な視点からの分析を可能にするものである.具体的には,これまでの利益マネジ
メントのモデルでは扱うことが難しかった,次の3つの側面を考察する.第一に,近年の実証
研究によって明らかにされつつある法的・制度的要因が利益マネジメントに与える影響を考察
する.第二に,他の企業が行なう利益マネジメントによって,会計基準がより厳格になること
による影響を考察する.すなわち,市場の競争環境,会計基準,および利益マネジメントの相
互関係を分析する.また第三に,国際会計基準の導入のような大きな変化によって,どのよう
に利益マネジメントが影響を受けるかを考察する.特に,ある均衡状態にあるときに,このよ
うな変化が起こったとき,新しい均衡状態にどのように移行するかについて考察する.
Keywords:利益マネジメント,動学モデル,法的・制度的要因,会計基準
1 はじめに
利益マネジメントとは,経営者が何らかの目的を達成するために利益を調整することである.
この利益マネジメントは,会計的利益マネジメントと実体的利益マネジメントの2つに大別す
ることができる.会計的利益マネジメントは,減価償却方法や棚卸資産の評価方法などの会計
方針の選択や,売掛金や貸倒引当金などに関するアクルーアルによって利益を調整するもので
ある.一方,実体的利益マネジメントは,広告宣伝費や研究開発費,あるいは固定資産の除却
のタイミングを変化させることなどによって利益を調整するものである1.
このような利益マネジメントに関する研究は数多く,これまでに理論的にも実証的にもさま
*
本研究を行なうにあたって,椎葉は文部科学省科学研究費補助金(若手研究(B)
,課題番号1
9
7
30
29
9)を受
†
〒470―01
93 愛知県日進市米野木町三ヶ峯4―4.E-mail: [email protected] 名古屋商科大学会計ファイナ
けている.ここに記して感謝の意を表したい.
ンス学部専任講師
‡
〒560―00
43 大阪府豊中市待兼山町1―7.E-mail: [email protected] 大阪大学経済学研究科准教授
1
実体的利益マネジメントは,近年,研究の進んでいる領域である.たとえば,実証研究については Roychowdhury(20
06)
,分析的研究については Ewert and Wagenhofer(2
0
05)などを参照のこと.ただし,モデル分析
において実体的利益マネジメントを考察するものの,以下で指摘している研究は,すべて会計的利益マネジ
メントに関するものである.
―1
0
5―
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ざまな側面から検証されている2.この中で近年注目されている研究の流れの1つに,次のよ
うなより広い視点から利益マネジメントを考察しているものがある.すなわち,法の起源に着
目して国際比較を行なっている La Porta et al.(1
9
9
7,1
9
9
8)の先駆的な実証研究を契機とし
て3,法的・制度的要因が利益マネジメントに与える影響を考察している研究がある4.たとえ
ば,Leuz et al.(2
0
0
3)は,資本市場が発達し,株式所有が分散し,投資家の権利が強く,法
の執行力が高い国において,利益マネジメントの水準は低いことを報告している.また,Shen
and Chih(2
0
0
5)は,4
8ヵ国の銀行における利益マネジメントについて考察し,投資家の保護
が強くなり,会計ディスクロージャーが充実すれば,利益マネジメントのインセンティブは小
さくなるとの証拠を得ている5.すなわち,これらの研究では,法的・制度的な要因が利益マ
ネジメントに影響を与えることを明らかにしている.
しかしながら,このような国際比較による実証的証拠が蓄積されているものの,その一方で,
このような証拠が得られる背景を説明する分析的な研究はなされていない.すなわち,上記の
ような法的・制度的要因が利益マネジメントに与える影響は,これまで十分には分析できてい
ない.
また,これまでの分析的研究は,エージェンシー理論にもとづくものが多いが,そこでは企
業経営者が利益マネジメントを行なう理由を明らかにしたり,利益マネジメントは株主の利益
になるかどうかについて考察している.このような研究では,他の企業が利益マネジメントを
行なうことによって,時間とともに会計基準がより厳格になることによる影響は考察されてい
ない.すなわち,会計基準の厳格さ,市場の競争環境,および利益マネジメントの相互関係は
分析していない.
さらに,これまでの理論モデルでは,国際会計基準の採用のような大きな変化によって,ど
のように利益マネジメントが影響を受けるかを考察することは難しい.特に,ある均衡状態に
あるときに,会計基準の変化によって,新しい均衡状態にどのように移行するかは考察してい
ない.この点について,たとえば Barth et al.(2
0
0
8)は,国際会計基準を採用しようとしてい
る企業は,徐々に会計基準の移行を進めるため,国内基準から次第に国際会計基準に近い会計
の質になる可能性を指摘している.
以上のように,利益マネジメントの実証研究によって,これまで提示されてきた理論モデル
では考察することが難しい経済的に重要な側面があることが明らかになってきている.本稿の
2
利益マネジメントの研究については,分析的研究については Lambert(2
0
01)
,実証研究については Healy and
Wahlen(199
9),Dechow and Skinner(2
00
0)などを参照のこと.
3
このような研究では法の起源として,慣習法(common law)と大陸法(civil law)の違いを強調している.
なお,法の起源のより詳しい分類,およびそれにもとづく実証研究の成果については,La Porta et al.
(2
0
0
7)
を参照のこと.
4
このような国際的な比較研究には,利益マネジメントではなく,価値関連性など他の側面に焦点を当ててい
る研究も多い(たとえば,Ali and Hwang(2
0
00)
,Ball et al.
(2
0
0
0)など)
.また,利益マネジメントを直接に
対象としている研究の他に,利益の質や会計の質といったより広い概念を用いて検証しているものもある(た
とえば,Bhattacharya et al.(2
0
0
3)
,Bushman et al.
(2
0
0
4)など)
.このような国際的な比較研究の重要性につい
ての議論は,Bushman and Smith(2
0
01)
,および Sloan(2
0
01)を参照のこと.なお,日本企業の利益の価値
関連性という視点からであるが,ここで指摘している研究のいくつかについては,大日方(2
0
07)において
サーベイされている.
5
この他にも,Burgstahler(2
0
0
6)などの研究がある.
―1
0
6―
利益マネジメントの動学モデル
目的は,このような側面に焦点を当てるために,利益マネジメントの動学モデルを提示するこ
とにある.特に,本稿で提示する動学的な利益マネジメントのモデルは,従来よりも巨視的な
視点からの分析を可能にするものである.ただし,本稿は基本的な設定のみを分析したもので
あり,利益マネジメントにおけるいくつかの重要な側面を扱えていない.しかしながら,本稿
で提示するモデルを展開していくことで,上述のようなさまざまな側面をより厳密に考察する
ことができるようになると考えている.
本稿の構成は次のようである.まず第二節において,モデルの基本設定と均衡の導出を行な
う.次に,第三節において,モデルの変数の予期しないショックによって,どのような影響が
あるかを考察する.第四節では定常状態への収束速度について分析する.最後に第五節におい
て結論を述べる.
2 モデル
2.
1 モデルの設定と最適条件の導出
本稿でのモデル設定は以下の通りである.この経済には同質な % 社の企業が存在し,企業
の経営者は無限期間(infinite horizon)で利益マネジメントを行なう.企業の生産活動は明示せ
ず,マネジメント前の利益は所与で時間を通じて一定であるとする.企業 $ の経営者が行なう
利益マネジメントには2種類存在し,&$( は ( 期における実体的利益マネジメント,#$( は ( 期
における会計的利益マネジメントの大きさを表す.実体的利益マネジメントとは,実際の取引
のタイミングや構造に影響を与える利益マネジメントとし,一方,会計的利益マネジメントは,
複数ある会計処理を選択することによる利益マネジメントであるとする.経営者は,マネジメ
ント前の利益 π $ に対し上記の利益マネジメントを行なうため,企業 $ の ( 期における報告利
益 !$( は以下のようになる.
!$(= π $+&$(+#$(
%
次に経営者の効用を定義する.経営者は,報告利益から直接効用を得るものと仮定すると,
企業 $ の経営者の ( 期における瞬時的効用関数(felicity function)は以下のように表される6.
"
(&$(, #$(, '()
= π $+&$(+#$(−!1 &2
+1' #2"
#2 $( 2 ( $($
&
なお,括弧内は利益マネジメントを行なうことによる凸のコスト関数を表しており,利益マネ
ジメントを行なうことによって将来それが明らかになった場合のリスクが大きくなるコストと
解釈することができる.どちらの利益マネジメントを行なうかによって限界的なコストが異な
り,その係数は実体的利益マネジメントが1であるのに対し,会計的利益マネジメントは '(
となっている7.この会計的利益マネジメントの限界コストの係数は,社会的な不正会計に対
する規制の強さを表しており,以下のような連続時間の遷移方程式に従うものとする.
6
経営者はストックオプションの売却等を通じ利益をえることができるため,効用関数に株価を入れるのが一
般的であるが,本稿では株価については捨象する.
―1
0
7―
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=−φ+θ∑ ・
=1
'
・
なお,文字の上に付してあるドット記号は時間についての微分を表し(
,初期時
≡/)
点の規制 0は所与であるとする.φ は規制の(自然)緩和率を表し,0<
−φ<
−1を満たす.ま
た,θ は各企業が会計的利益マネジメントを行なうことによる規制の増加率を表し,0<
−θ<
−
1を満たす.すなわち,式'は,現在時点で各企業の経営者が会計的利益マネジメントをする
ほど将来時点の規制は厳しくなるが,社会全体の会計的利益マネジメントが一定であれば,時
間とともに φ の率で規制が弱まっていくことを表している.
経営者は将来的な規制の変化を考慮しながら会計的利益マネジメントを行なっていく.企業
i の経営者の通時的な効用関数は,瞬時的効用の割引現在価値の合計であるため,以下のよう
に表すことができる.
∞
0 (, , )ρ (
なお,ρ は時間選好率(主観的割引率)を表し,経営者は ρ が大きいほど現在(将来)の報告
利益を重視(軽視)する.
企業 の経営者は,式'および 0を制約として式(を最大化する8.この動学的最大化問題
は,経常価値ハミルトニアン(current value Hamiltonian)を用いて以下のように表すことがで
きる.
!
"
2
∑
=πi++−1(2
−φ
+
)
+λ
+θ
$
#
2
=1
%
&
)
なお,λ は共役変数(costate variable)であり,規制 が強まることによる限界不効用と解釈
できる9.式)の最適化のための1階条件は以下のようになる.
∂ =0:=1
∂
*
∂ =0:1− +θλ =0
it
∂
+
λ ∂ +ρλ:λ=12
+(φ+ρ)
λ
∂
2 ,
・
・
∂ =
:=−φ+θ∑ ∂λ
=1
-
式*より, は時間に依存せずに一定なので, と の動学体系のみを考えればよい.ま
た,本稿において企業はすべて同質と仮定しており,経営者の行動は企業 に依存しないため,
以降添え字の を省略する.式+を λ について解き,その式を時間 について微分し,式,
7
ここでの会計的利益マネジメントの限界コストの係数は,実体的利益マネジメントに比した相対的コストと
解釈できる.
8
動学的最適化問題の解法の詳細については,Kamien and Schwartz(1
99
1)を参照されたい.
9
式+より,正確には λ は会計的利益マネジメントの限界不効用に1/θ を乗じたものと等しくなる.
―1
0
8―
利益マネジメントの動学モデル
・
に代入(λ を消去)すると,オイラー方程式(制御変数の最適経路)が以下のようになる(
は遷移方程式より消去する)
.
・
θ
(2−1)
=−
−(φ+ρ)1 +2φ+ρ
2
&
また,経営者の最適化行動の結果,以下のような横断性条件(transversarity condition)を導
くことができる.
lim λ−ρ=0
'
∞
式'の意味は次の通りである.経営者が有限期間のみ生存できるとし,規制 が負の値をと
らないと仮定する.終端期を とすると,λ>0のとき終端期に会計的利益マネジメントを
行なう限界不効用が正であるため,規制の割引現在価値は0となる.もしそうでないならば,
経営者は会計的利益マネジメントを減少させることを通じて終端期における規制を緩和させる
ことによって,効用を上げることができるからである.一方,経営者が合理的に行動していれ
ば λ<0とはならない.なぜならば,λ<0のとき終端期に会計的利益マネジメントを行な
う限界効用が正であるため,経営者は λ=0となる水準まで利益マネジメントを行なうはず
だからである.
2.
2 定常状態
次に,このモデルの長期的均衡である定常状態を求める.定常状態とは,各変数が時間とと
もに変化しないような安定的な状態のことをいう.式%および式&に =0,=0を代入す
・
ることにより,定常状態での会計利益マネジメントおよび規制の値(*,
・
*)が以下のよう
になる10.
1
2φ
(φ+ρ) "2
*=!
#θ
$
[φ+2
(φ+ρ)
]
(
22θ
(φ+ρ)
*=!
#φ
$
[φ+2
(φ+ρ)
]
)
1
"2
次に定常状態の比較静学を行なう.式(および式)を φ,ρ,θ, でそれぞれ微分すること
により,以下の関係を求めることができる.
1
0
∂*>0,∂*>0,∂*<0,∂*<0
∂φ
∂ρ
∂θ
∂
*
∂*<0,∂*>0,∂*>0,∂*>0
∂φ
∂ρ
∂θ
∂
+
このモデルでは, および に関して2次方程式となるため負の解も存在するが,非負の均衡のみを分析の
対象とする.
―1
0
9―
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式)は,定常状態における会計的利益マネジメントが各変数によってどのような影響を受ける
かを表している.会計的利益マネジメントは,規制緩和率 φ および時間選好率 ρ が大きくな
るほど増加し, 規制増加率 θ および企業数 が大きくなるほど減少することがわかる. 次に,
定常状態における規制の強さについて説明する.式*より,規制の強さは,規制緩和率 φ が
大きくなるほど減少し,時間選好率 ρ,規制増加率 θ,および企業数 が大きくなるほど増加
することがわかる.
2.
3 位相図と均衡の安定性
次に,位相図と均衡の安定性について説明する.式(は非線形であるため,定常状態の近傍
*)の近傍でテイラー展開することにより,モデ
で線形近似をする.式(を定常状態(*,
ルの動学体系を以下のように記述することができる11.
・ "
!
!
= φ+ρ
#・ $ #
% & % θ
φ
(2φ+ρ)
"! −*"
θ
$#
$
−φ &% −* &
+
式+の動学体系の安定性は,固有値の符号に依存する.式+の係数行列を とすると,det <0となるため,2つの固有値は異なる符合となることがわかる.したがって,動学体系は鞍
点安定(saddle path stable)である.
・
次に,このモデルの動学体系を位相図を用いて分析する.式'より,=0線は以下のよう
に ― 平面で原点を通る正の傾きの直線となる.
=
φ
θ ,
この直線上において は変化しないが,直線の上方においては >0,下方においては <0
・
・
・
となる.また,=0線は非線形で,かつ傾きの符号が定まらないため,位相図の分析では便
宜上,定常状態の近傍で線形近似した結果を用いる12.式+に =0を代入することにより,
・
以下のようになる.
=*−
φ
(2φ+ρ)
( −*)
θ
(φ+ρ) -
式-より,=0線は − 平面で負の傾きをもち,直線の右方においては >0,左方にお
・
・
いては <0となる.したがって,このモデルの位相図は図1のように描ける.縦軸に制御変
・
11
・
式(を(*, *)の近傍でテイラー展開すると以下のようになる(=(,
)と定義している)
.
∂(* *)
∂(* *)
+
(−*)
(−*)
∂
∂
・
*
*
+
=( , )
(2+ρ)
(−*)
θ
+
=
(+ρ)
(−*)
12
すなわち,以降の分析で触れている初期時点は,すべて定常状態の近傍であると仮定している.
―1
1
0―
利益マネジメントの動学モデル
数 ,横軸に状態変数 をとり,=0線,=0線の交点が定常状態 となっている.定常
・
・
状態においてはどちらの変数も動かないが,それ以外の点では少なくともどちらか1つの変数
が動いており,その方向が細い矢印4つで表されている.定常状態に向かって描かれている 線はサドル・パスであり,初期の規制 0が決まると,経営者はこの 線に沿って会計的利益
マネジメントを行ない,規制の強さを調節していく.仮に,初期の規制が定常状態(*)よ
りも小さいとする(図1の 0)と,経営者はサドル・パス上の 0を選び,その後時間の経過
とともに徐々に会計的利益マネジメントを小さくしていく.逆に,初期の規制が定常状態(*)
よりも大きいとする(図1の '0)と,経営者はサドル・パス上の '0を選び,その後時間の経
過とともに徐々に会計的利益マネジメントを大きくしていく.
3 予期しない変数のショック
本節では,経営者の予期しない変数のショックがあった場合に,定常状態およびサドル・パ
スがどのように変化し,かつ経営者の行動がどのように変化するか分析をする.ここでは,会
計的利益マネジメントによる規制増加率 θ,規制緩和率 φ,および時間選好率 ρ が上昇した場
合を考える.なお,本節の分析はすべて,現在時点で定常状態にいるものと仮定して行なう13.
=0
・
・
=0
0
0
0
'0
図1:位相図
1
3
この仮定は本質的ではなく,定常状態以外のサドル・パス上の任意の点においてショックが起きたとしても,
全く問題はない.
―1
1
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=0
・
=0
・
=0
・
′
′
図2:θ の上昇による影響
=0
・
=0
・
=0
・
′
′
′
図3:φ の上昇による影響
―1
1
2―
利益マネジメントの動学モデル
3.
1 規制増加率の上昇
規制増加率 θ が上昇した場合,式!および式"より,定常状態における会計的利益マネジ
メントは減少し,規制が強まっていく.すなわち,図2において定常状態は から ′
にシフ
トし,定常状態に収束するサドル・パスも から ′
′
へシフトする14.まず,現在時点で図
の 点にいたとする.経営者は,θ の上昇と同時に 点の水準まで利益マネジメントを減少
させ,その後 ′
点に到達するまで徐々に利益マネジメントを減少させていく.また,規制の
強さ は状態変数であるため,θ が上昇しても瞬時に変化させることはできず,その後の利益
マネジメントを通じて徐々に増加していく.
3.
2 規制緩和率の上昇
規制緩和率 φ が上昇した場合,式!および式"より,定常状態における会計的利益マネジ
メントは増加し,規制は緩和されていく.すなわち,図3において定常状態は から ′
にシ
フトし,定常状態に収束するサドル・パスも から ′
′
へシフトする15.まず,現在時点で
図の 点にいたとする.経営者は,φ の上昇と同時に 点の水準まで利益マネジメントを増
加させ,その後 ′
点に到達するまで徐々に利益マネジメントを増加させていく.また,規制
の強さ は状態変数であるため,φ が上昇しても瞬時に変化させることはできず,その後の利
益マネジメントを通じて徐々に減少していく.
=0
・
=0
・
′
′
′
図4:ρ の上昇による影響
1
4
・
・
式#より,θ の上昇により =0線の傾きは緩やかになるため右にシフトする.一方,式$より,=0線の
傾きの絶対値は小さくなることがわかる.
1
5
・
・
式$より,φ の上昇により =0線の傾きは急になるため左にシフトする.一方,式$より,=0線の傾き
の絶対値は大きくなることがわかる.
1
6
・
・
式#より,ρ の上昇により =0線は変化せず,式$より,=0線の傾きの絶対値は小さくなることがわか
る.
―1
1
3―
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AND INFORMATION SCIENCE vol.53 No.1
3.
3 時間選好率の上昇
時間選好率 ρ が上昇した場合,式!および式"より,定常状態における会計的利益マネジ
メントおよび規制の強さは増加する.すなわち,図4において定常状態は から ′
にシフト
し,定常状態に収束するサドル・パスも から ′
′
へシフトする16.まず,現在時点で図の
点にいたとする.経営者は,ρ の上昇と同時に 点の水準まで利益マネジメントを増加さ
せ,その後 ′
点に到達するまで徐々に利益マネジメントを減少させていく.また,規制の強
さ は状態変数であるため,ρ が上昇しても瞬時に変化させることはできず,その後の利益マ
ネジメントを通じて徐々に増加していく.
4 収束速度
本節では,定常状態への収束速度について分析する.式#より,微分方程式の特性解を µ
とすると,特性方程式は以下のようになる.
µ2−ρµ−φ
[
(φ+ρ)
+
(2φ+ρ)
]
$
この特性解は,µ={ρ±!ρ2+4φ
[
(φ+ρ)
+
(2φ+ρ)
]}
/2となり,ひとつは正(不安定根)
,
もうひとつは負(安定根)となる.負の解を µ1とすると,定常状態に向かう および の経
路(サドル・パス上)は以下のようになる.
*
=*+µ1(
0− )
%
*
=*+µ1(
0− )
&
したがって,このモデルにおける収束速度は µ1=
{ρ−!ρ2+4φ
[
(φ+ρ)
+
(2φ+ρ)
]
}
/2
となる.なお,この収束速度は規制緩和率 φ,時間選好率 ρ,および企業数 に関して増加的
となる.
5 結論
本稿では,これまで考察することが難しかったいくつかの側面に焦点を当てるために,利益
マネジメントの動学モデルを提示した.特に,本稿で提示した動学的な利益マネジメントのモ
デルは,従来よりも巨視的な視点からの分析を可能にするものであり,これまでの研究を補完
するものと考えられる.ただし,本稿のモデルは基本的な設定のみを分析したものであり,利
益マネジメントにおけるいくつかの重要な側面を扱えていない.今後,本稿で提示した基本モ
デルを展開することによって,法的・制度的要因が利益マネジメントに与える影響,また市場
の競争関係,会計基準,利益マネジメントの相互関係,さらには経済変数の変化による均衡へ
の収束プロセスについて,より現実的な設定の下で明らかにしていきたい.
―1
1
4―
利益マネジメントの動学モデル
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[18]Shen, C.-H., and H.-L. Chih.2
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5. “Investor Protection, Prospect Theory, and Earnings Management: An Interna69
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[19]Sloan, R.20
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1. “Financial Accounting and Corporate Governance: A Discussion.” Journal of Accounting and Eco, pp.3
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[20]大日方隆.2
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「日本企業の利益情報の価値関連性―サーベイ:世界から見た日本―」東京大学 COE も
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7.
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5―
NUCB JOURNAL OF ECONOMICS
AND INFORMATION SCIENCE vol.53 No.1
―1
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6―
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利益マネジメントの動学モデル*