視覚および聴覚を用いた課題提示が短期記憶に及ぼす影響
Differences in Short-term Memory Performance using Visually and Aurally
Presented Words
○髙宮徹*,井上裕美子*
*大阪工業大学情報科学部
TAKAMIYA Toru*, INOUE Yumiko*
*Faculty of Information Science and Technology, Osaka Institute of Technology
1. 諸言
イエンス実験倫理委員会の承認を得て行った.
外界からの刺激は,視覚,聴覚,体性感覚,味覚,
嗅覚など感覚神経系を介し,短期記憶として一時的
2.2
記憶課題
に脳のワーキングメモリに保存される.感覚神経系
本実験では,一度に 8 つの短い単語とその提示
の中でも,特に精密な情報のやり取りを可能にして
された場所の組み合わせを記憶する記憶課題を
いるのが視覚と聴覚である.濱田
1)-5)
は,短期記憶
課題として 8~10 個の数字列を再生させる実験を行
行った.記憶する単語は,2 または 3 文字の単語
とした.
い,視覚的数字列の平均再生率が聴覚的数字列の平
記憶課題は,実験参加者の 1mほど前方の 19 イン
均再生率よりも高いことを示している.このような
チ PC ディスプレイ上に提示した.ディスプレイに
課題提示方法の違いが,数字のように記号化された
は,2 行 4 列に計 8 つの黒枠のパネルを順に表示し
ものだけではなく,意味のある文字,つまりイメー
た.表示順は,1 行目左端から右端まで順に表示し,
ジが伴う言葉の短期記憶時にも,影響を与えるかど
その後,2 行目左端のパネルという順序で 1 パネル
うかについては,まだ明らかにされていない.
に 1 単語ずつ提示した.図 1 に実験風景を示す.
本研究では,意味のある単語を用い,短期記憶時
に課題の提示方法が視覚提示・聴覚提示・視聴覚提
示と異なる場合,短期記憶の成績が,提示条件によ
ってどのように変化するかについて検討した.
また,短期記憶課題時に前頭前野部の活動がみら
れることが知られているため
6),記憶時および記憶
想起時の前頭前野部の脳酸素動態の変化についても
検討することにした.
2.
2.1
方法
実験参加者
図 1 実験風景
実験参加者は,健康な 20 代(23±2 歳)の男性
12 名を対象とした.実験参加者には,予め本実験の
趣旨や起こりうるリスクなどを記した説明書を示し,
2.3
実験条件
記憶課題の提示条件は,視覚条件,聴覚条件,視
口頭による説明を行い,文書による同意書を得た上
聴覚条件の 3 条件とした.視覚条件では,単語をデ
で実験を行った.本研究は,大阪工業大学ライフサ
ィスプレイ上に平仮名で提示した.聴覚条件では,
イヤフォン(EHP-IN20,ELECOM )を用いて,
50~60 ㏈の音量で単語を音声提示した.視聴覚条件
2.5.1
正答率
各条件について,パネル毎の正答率およびセット
では,単語を文字と音声で同時に提示した.
毎の正答率を算出した.
2.4
2.5.2
実験手順
脳酸素動態
視覚・聴覚・視聴覚条件とも課題提示時間は 1 パ
前頭前野部の脳酸素動態を示す酸素化ヘモグロビ
ネルにつき 4 秒間とした.提示時間が終了すると視
ン(OxyHb),脱酸素化ヘモグロビン(deOxyHb),
覚条件,視聴覚条件では平仮名が消え,次のパネル
総ヘモグロビン(totalHb)
,組織酸素飽和度(StO2)
に異なる文字を提示した(図 2).聴覚条件では,イ
は近赤外線分光法(NIRS)により,組織血液酸素
ヤフォンから 1 パネルにつき,1 つの単語を 4 秒間
モニター(BOM-L1TRW,オメガウェーブ)を用い
に 2 回繰り返し提示した.視聴覚条件は,平仮名で
て測定した.測定部位は,左額部とした.サンプリ
単語をパネル上に示し,同時に音声も 2 回繰り返し
ングレートは,10Hz とした.
提示した.
2.6
統計処理
正答率を実験参加者ごとに算出し,12 人の平均値
と標準偏差を求めた.各条件間の正答率の有意差を
検討するために,パネル毎およびセット毎に 2 元配
図 2 視覚条件の一例
置分散分析(ANOVA)を行った.各 ANOVA の結
果,有意差が示された場合には,その後の検定とし
8 つのパネルがすべて提示された後,30 秒間の遅
て多重比較を行った.
延時間を設け,課題提示順にパネルに対応する単語
脳酸素動態の各パラメータは,実験開始 30 秒か
を口頭で 8 つすべて解答させた.1 パネルにつき解
ら 2 分 30 秒の 2 分間の平均値を算出し,基準値と
答時間は 5 秒間とした. 3 条件を 1 セットとし,各
した.各パラメータについて,基準値を減算し変化
条件間に 1 分程度の休憩をはさみながら 6 セット繰
量を求めた後,各条件の 6 セットの平均値と標準誤
り返した. 1 セット内の条件の試行順序はランダム
差を算出した.また,正答率と同様に ANOVA を行
順とした.なお,生理応答の基準値を得るために,
った.本研究の有意水準は 5%とした.
実験開始前に 3 分間の安静時間を設けた.図 3 に実
験プロトコルを示す.
3. 結果
3.1
正答率について
各条件における 12 名のパネル毎の平均値および
標準偏差を図 4 に示す.パネル毎の正答率は,提示
順に 6 パネル目まで低下を示した.いずれの条件も
8 パネル目に正答率が高くなる親近性効果が示され
た.親近性効果についてみてみると視覚条件では,
6,7 パネル目で最も低下し,U 字型曲線を示した.
聴覚条件では,視覚条件よりも早い段階で親近性効
図 3 実験プロトコル
果が示された.視聴覚条件では,聴覚条件と同じ 7
パネル目から親近性効果が示され,8 パネル目には,
2.5
測定項目と測定装置
他の条件よりも高い平均値を示した.ANOVA の結
果,パネル間に有意差が示された(F=10.399,df
は示されなかった.
=7,77,P<0.01).条件間には,有意差が示されな
かったが,条件×パネルの交互作用には,有意差が
示された(F=2.929,df=14,154,P=0.01).課
題提示の前半では,視覚条件は視聴覚条件より高い
正答率を示した.その後の検定として多重比較を行
った結果,1~3 パネル目に有意差が示された.また,
4~8 パネル目には有意差は示されなかった.
図 6 OxyHb の変化量
3.3.2
deOxyHb について
deOxyHb の変化量を図 7 に示す.3 条件とも記憶
開始前に増加し,記憶開始とともに減少し,想起時
までその減少傾向が続くことが示された(時間要
因:F=2.611,df=57,570,P<0.01)
.しかし,条
図 4 パネル毎の正答率
件間における有意差は示されなかった.
セット毎の平均値および標準偏差を図 5 に示す.
各条件ともセットを重ねると正答率が少し高くなる
傾向があるが,条件間およびセット間には,有意差
は示されなかった.
図 7 deOxyHb の変化量
3.3.3
totalHb について
totalHb の変化量を図 8 に示す.3 条件とも記憶
開始前に増加し, 記憶開始とともにわずかに減少し
図 5 セット毎の正答率
た.その後,遅延時間および想起時では,その減少
傾向が大きくなることが示された(時間要因:F=
3.2
3.3.1
課題遂行時における脳酸素動態の変化
OxyHb について
OxyHb の変化量を図 6 に示す.OxyHb は,記憶
開始前に増加し,記憶中は増加傾向を維持している
が,遅延時間に入ると減少する傾向が示された.こ
の減少は記憶想起時に,より大きくなる傾向が見ら
れた.しかし条件間および時間要因における有意差
1.463,df=57,570,P=0.018).しかし,条件間に
おける有意差は示されなかった.
起時の方が大きいのではないかと推察される.特に,
deOxyHb,totalHb の記憶想起時の減少は,顕著で
あった.その減少傾向は,6 パネル目で最も大きく,
正答率の低下と同じような経過をたどっていること
から,正答率と何らかの関連があるのかもしれない
と考えられる.この点については今後,さらに検討
していきたい.
図 8 totalHb の変化量
5. まとめ
本研究では,意味のある文字を用いた課題の提示
4. 考察
方法が視覚提示・聴覚提示・視聴覚提示と異なる場
4.1
合の短期記憶課題の成績について検討した.その結
各条件における正答率の差
各条件において,パネル毎に正答率を算出した結
果,3 条件とも親近性効果が示された.提示条件の
果,パネル間の正答率に有意差が示され,3 条件と
違いは,主に 1~3 パネル目,つまり課題の前半に
も親近性効果がみられた.この結果は,視覚および
示され,視覚提示が最も正答率が高く,視覚の優位
聴覚課題において数字を用いた濱田の先行研究と同
性が示唆された.左前頭前野部の脳酸素動態は,記
様の結果であり,意味のある文字においても親近性
憶時よりも記憶想起時に変化量が大きく,記憶時と
効果があることが明らかになった.
記憶想起時では,脳活動が異なることが示唆された.
1~3 パネル目までの記憶課題の前半では,視覚条
件が視聴覚条件より正答率が高い要因として,
「視覚
参考文献
情報を記憶しようする時に聴覚刺激が入ると記憶の
1)
濱田治良: 順向および逆向復唱・再生条件におけるラ
邪魔になる」という感想を聴収している.この結果
ンダム数字列に対する視覚記憶と聴覚記憶の相互作
から,聴覚刺激が記憶の手助けにならず,むしろ外
用,基礎心理学研究,Vol.5,No.2,pp.55-61 (1986).
乱になっているのではないかと推察される.また,
2)
濱田治良: 記銘周期に依存する聴覚的初頭効果と視
ヒトが短時間に情報を得る割合は,視覚の方が聴覚
覚的初頭効果の優位,基礎心理学研究,Vol.7,No.2,
より多いため,視覚条件で正答率が高くなったので
pp.85-89 (1988).
はないかとも推察される.後半で,有意差が示され
3)
なかった 1 つの要因としては,3 条件とも後半にな
ると,記憶課題の成績が極端に低下する実験参加者
差異,心理学研究,Vol.61,No.1,pp. 172-179 (1990).
4)
ではないかと考えられる.
濱田治良: 反復学習に見られる視覚記憶と聴覚記憶
の相互作用,心理学研究,Vol.62,pp.172-179 (1991).
と,前半と同様高い正答率を維持する参加者に分か
れ,個人差が大きいため有意差が示されなかったの
濱田治良: 短期記憶における視覚記憶と聴覚記憶の
5)
濱田治良: 視聴覚記憶における自由再生法と系列再
生法の比較,日本心理学会発表論文集,Vol.64,p.709
(2000).
4.2
安静・記憶・想起時の脳活動
6) 斉藤恵一,安藤貴泰,百瀬桂子: 機能的 MRI を用い
OxyHb,deOxyHb,totalHb において, 記憶時
た視覚性ワーキングメモリ課題における脳活動の検
よりも記憶想起時に変化量が大きい結果が示された.
討,バイオメディカル・ファジィ・システム学会誌,
この結果は,左前頭前野部の脳活動が記憶時と記憶
Vol.11,No.2,pp.87-91 (2009).
想起時では異なることを示唆していると考えられる.
左前頭前野部に対する負荷は,記憶時よりも記憶想
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C1-4 視覚および聴覚を用いた課題提示が短期記憶に及ぼす影響