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企業団の概要
(1) 事業設立の背景
我が国の水道事業は、昭和40年代に至り普及率が70%を超え、都市への人口集中や生
活水準の向上、産業の発展等によって水の使用量が増加し、水源の確保が大きな問題と
なり、水源対策や水の合理的な利用、二重投資の抑制等の目的から全国的に広域水道化
が検討されるようになった。
新潟県においても、この頃ようやく普及率が全国平均に達し、地域的に水源が不足する現象
が生じ始めており、市町村単独での対応が困難となりつつあった。このため、新潟県では、ダ
ム開発と関連して 広域的な水道水源の確保を目的とした県独自の水道整備計画を策定して指
導に当っていた。
特に新潟東港地域は、昭和38年に「新産業都市」整備計画地域の指定を受け、県は新
潟東港の建設とこれに付帯する臨海工業地帯の造成を行っており、経済の高度成長期と
相まって背後地における関係市町村では、人口の増加が予想されていたので、開発に対
する対応策の一環として水道の整備が問題となった。
一方、新潟東港地域の背後地となっている新潟平野のうち、阿賀野川流域では農林省
北陸農政局(当時)で、昭和37年度から農業用水の改良を目的として阿賀野川用水農業
水利事業に着手していたが、農地の市街化並びに農業を取り巻く著しい社会情勢の変化
によって、潅漑面積が減少したため事業の縮小を余儀なくされており、既存施設につい
ては、都市用水との共同利用による多目的化の必要に迫られていた。
(2) 事業の設立と水源の設定
以上の様な背景から新潟東港周辺市町村では、県と東港背後地の種々の整備計画につ
いて協議を進めていたところに、昭和46年に水利計画として前記の国営阿賀野川用水農
業水利事業の一部都市用水への転用問題が浮上したため、関係者が協議した結果、県が
工業用水、周辺市町村が上水道用水として転用を図ることに合意を見、併せて上水道用
水の受け入れ形態として一部事務組合方式(企業団)により対応することとなり、昭和
47年に企業団設立準備協議会を発足させた。
その後、農林省と上、工水関係者との間で水利権の転換を含めて本格的な協議に入り、
併せて水利権の獲得について建設省と協議を行って水源を阿賀野川表流水、取水地点を
北蒲原郡安田町小松地内、取水量76,700m3/日(0.888m3/秒)取水施設及び導水施設につ
いては、既設の農業用阿賀野川頭首工及び右岸幹線用水路を農・上・工水の共同施設と
して転用することに合意を見たため、昭和48年7月25日に当企業団が設立された。
(3) 事業の共同化(他事業との関連)
水源の確保及び企業団の設立動機から見られるとおり当企業団事業は、地域開発事業
と密接な関係の上に成立しているところであるが、都市用水、すなわち上、工水間にお
いても同時期に施設整備が迫られていたため、可能な限り施設の共同化を図るべく県と
企業団で引き続き協議を行った結果、農業用水との導水分岐点から浄水場までの導水施
設についても共同で築造することとなり、昭和52年4月1日に共同施設に関する協定を締
結し、県が施工を担当した。
従って当企業団としては、延長約33Kmに渡る取水施設及び導水施設は、全て他事業と
の共同施設となっている。
更にその後、末端給水面においても企業団設立の遠因となっている「新潟東港臨海工
業地帯」建設事業と密接な関わり合いを持つこととなる。
(4) 事業計画の変更
新潟東港臨海工業地帯は、前記(1)のとおり新産業都市整備計画の中核として造成に着
手したものであるが、その一環としての交通・上・工水等基盤整備が平行して進められ、
中でも中心となる港湾が、昭和44年に開港となった。
開港時点では船舶給水を始めとして、進出企業に対する飲料水については、暫定的に
新発田市上水道事業から買水し、県及び進出企業から成る専用水道組合により給水を開
始した。
その後、県では恒久対策について検討を行った結果、水源を当企業団に依存すること
となり、開発行為者である県と当企業団間において、構成外受水団体として、昭和54年
11月7日に水道用水の供給に関する協定を締結し、当企業団は事業計画の変更申請を行い、
昭和55年3月13日に水道用水供給事業の変更認可を受けた。
その後、県は臨海工業地帯の末端給水態勢について関係行政区域市町と更に協議を行
い、昭和57年に「新潟東港臨海水道企業団」(以下「臨海企業団」という。)を設立した
ため、新たに県並びに臨海企業団を含めて当企業団と用水供給に関する協定が昭和57年
12月25日に締結され同58年4月30日に自治大臣の許可を得て臨海企業団が新たな構成団
体として加入した。
また、この臨海企業団の加入によって、日量13,500m3分の水利権の増量と、既得水利
権量76,700m3/日の更新を合わせた変更許可を平成3年3月29日に得て現在に至っている。
(5) 供給業務の開始
供給計画は、設立認可時では、昭和55年度に豊栄市に一部供給を行い、昭和56年度に
全面供給を行う予定であったが、その後、導水施設共同工事を始め諸工事の進捗状況の
遅れもあって、最も供給を急がれていた新潟市に昭和56年4月、同年5月に豊栄市にそれ
ぞれ供給を開始した。
その後については、構成団体の受け入れ態勢との関係を調整しながら、昭和58年7月に
紫雲寺町、同年8月に聖籠町、同年10月に臨海企業団にそれぞれ供給を開始し、平成2年1
月からの新発田市供給に伴い全面供給となった。
(6) 補助事業の採択
広域水道施設を含む水道水源開発施設整備の国庫補助制度については、昭和42年度か
ら実施されたが、当企業団では事業着工の昭和48年度から補助対象事業として採択され
「補助率4分の1」(超過率適用)で国庫補助金の交付を受けた。
その後、昭和51年度に広域化施設のうち、高用水単価並びに厚生大臣が適当と認めた
広域的な水道計画に基づく水道施設を、特定広域化施設とする「3分の1」の高率補助制
度が創設された。
更に、国においては、昭和52年度に水道法の改正を行ったが、このうち広域的水道整
備計画についても、具体的に明示して推進を図るところとなる。
この法改正を受けて、県では昭和53年2月に県内を6ブロックに分割して、広域水道圏
を設定する「新潟県水道整備基本構想」を策定し、引き続き各広域水道圏毎の整備計画
の策定に入った。
当企業団は、このうち新潟広域水道圏に包含され、昭和53年度において個別計画であ
る新潟地域広域水道計画が策定されたために、当企業団事業は、昭和54年度から前記(4)
の事業計画の変更による事業量の拡大と相まって、特定広域化施設としての条件を満た
し「3分の1補助制度」の適用を受けることとなった。
(7) 市町村合併による状況等
平成16年度においては、広域合併が進められ、構成団体のうち、平成17年3月21日付
で新潟市と豊栄市が合併したことに伴い、構成6団体から5団体となることとなった。
更に、平成17年5月1日付けで、新発田市と紫雲寺町が合併したことに伴い、構成5団
体から4団体となることとなった。
また、新潟市は、平成19年4月1日付けで日本海側初となる政令指定都市となった。
(8) 臨海企業団の解散・脱退等
平成21年11月30日付けで、新潟東港臨海水道企業団が解散し、当企業団から脱退した
ため、構成団体としては3団体となったが、引き続き平成21年12月1日付けで、当該東港
地区の簡易水道事業者となった明和工業株式会社が受水団体として参画したため、受水
団体としては、従前どおり4団体となっている。
(9) 事業の将来像の設定と事業計画量の変更
平成23年3月付けで、平成23年度から10年間の「新潟東港水道ビジョン」及びビジョ
ン推進に係る「マスタープラン」を策定し、企業団用水供給事業の将来像を設定すると
ともに、この目標に向けての具体的な施策の設定を行った。
また、この際、受水団体からの長期水需要予測の結果から新潟市における一日最大受
水量(計画一日最大給水量)が、43,000m3/日から38,000m3/日に減量されたことに伴っ
て,企業団全体の計画一日最大供給量も82,800m3/日から77,800m3/日となっている。
なお、このことに付帯する水利権においても、既得水利権量90,200m3/日から84,800
m3/日(0.981m3/秒)とすることで、10年間の変更許可(更新)を平成23年3月22日付
けで得ている。
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