2010 年度 「数学 2」
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ニュートン (1682~1727) は点の運動を考え,運動によって生じる量(距離など)を流量,運動の速度
を流率といった。流量から流率を求める(微分する)ための公式として積の微分公式を用いている。例え
√
ば y = a2 − x2 の流率を求めるために,y 2 − a2 + x2 = 0 と書き換えて微分し,2yy 0 + 2xx0 = 0 から
流率 y 0 を求めている。また流率から流量を求める(積分する)ことは流量から流率を求める(微分する)
ことの逆演算であることに気づき,不定積分をいくつか求め,表にしている。ただしその表は巾関数 xn
や分数関数,無理関数などであり,三角関数や対数関数は含まれていない。なお (1 − x2 )n の不定積分を
巾級数展開で表した。また (a + b)n の展開式を表す二項定理を n が有理数の場合に拡張した一般二項定
理を発見し,それを用いて様々な関数の積分を求めた。また巾級数の項別積分などを使って,三角関数や
指数関数などの級数展開(sin x や cos x および ex などのマクローリン展開)を発見した。また万有引力
からケプラーの法則を導いた。これが微分方程式の始まりとされている。
ライプニッツ (1646~1716) は面積と接線の問題の解法の一般法則を与え,微分と積分の関係を確立し,
現在使われている微分記号や積分記号を導入した。また「関数」という言葉も,ライプニッツが初めて導
入した。彼は巾乗関数や分数関数などの代数方程式の解として表せる関数以外に,三角関数や指数関数な
ども関数の仲間に入れた。1694 年にライプニッツは,不定積分の計算の際に,任意定数を導入し,その
中から与えられた点を通るものが選べるような,曲線の無限集合が得られることを示した。これは,現
代的に言えば,初期条件 y(x0 ) = y0 をみたす微分方程式 y 0 = f (x) の特殊解を求めると言うことである。
また対数関数の微分結果を用いて,簡単な変数分離形の微分方程式の解法を発見した。
ニュートンとライプニッツによって微分(接線を求めること)と定積分(面積を求めること)が逆の演
算であり,定積分は不定積分の値の差として求められることがわかった。ただし極限の概念は曖昧であ
り,厳密な理論はできあがっていない。その理論の完成はコーシーやリーマンまで待たねばならない。
なおニュートン(イギリス)とライプニッツ(ドイツ)の微分積分学発見の先取権争いから,イギリス
数学界とヨーロッパ大陸の数学界は仲が悪くなり,互いの情報を交換することをやめてしまった。微分積
分学に関する限り,イギリス人は皆ニュートンの方法と表記法を採用したが,大陸では,数学者はライプ
ニッツのものを使用した。ライプニッツの表記法と彼の微分計算の方が結果的に使いやすいことがわかっ
た。こうして大陸では微分積分学はより急速に発展した。特にヤコブ・ベルヌーイ (1654~1705)(スイ
ス),ヨハン・ベルヌーイ (1667~1748)(スイス),オイラー (1707~1783)(スイス),フーリエ (1768
~1830)(フランス)は,微分方程式の解法や変分学など微分積分学の発展に多大な貢献をした。これに
対してイギリスの数学界は,ほとんど18世紀全体にわたるこの重要な発展を自ら失うことになった。
コーシー (1789~1857)(フランス) は極限を算術的な言葉使いで定義した。コーシーの定義は「同じ変
数に属する,引き続く一連の値が,一つの定まった値に限りなく近づき,最終的には,引き続く一連の値
との差が望むだけ小さくなるならば,この[定まった]値は,他のすべての値の極限と呼ばれる」。例え
ば「x の増加する値に対して,f (x) がある極限 k に収束すること」を「任意に与えられた,望むだけ小
さい ε に対して,h 5 x ならば,k − ε < f (x) < k + ε となるある数 h を見出すことができる」と言い換
えた。また連続関数を「関数 f (x) が,変数 x の二つの与えられた値の間にある x の各値に対して,差の
(絶対)値 f (x + a) − f (x) が a とともに限りなく減少するとき,f (x) はこの変数の連続関数であるとい
う」と定義した。定積分に関して,コーシーは次の事を証明した。「区間 [x0 , X] で連続な関数 f (x) に対
して,点 x1 , x2 , · · · , xn−1 によって区間 [x0 , X] を分割して,和
S = (x1 − x0 )f (x0 ) + (x2 − x1 )f (x1 ) + · · · + (X − xn )f (xn−1 )
を作る。それから,n を無限に増加させ,すべての xi − xi−1 を 0 に近づけるとき,次のことが証明でき
る。つまり,区間 [x0 , X] の分割の仕方によらずに,
『S の値はついには一定になる。別な言い方をすれば,
ついには,一定の極限値に到達する。そして,それは関数 f (x) と変数 x の両端の値 x0 と X にしかよら
ない。この極限値は存在し,それを定積分と呼ぶ。』」さらにコーシーは和 S の中の f (x) の値はかならず
しも分割の区間の左端ではなくて,その中の任意の点にとって良い。その場合でも和の極限値は変わらな
い事を示した。
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ニュートン (1682~1727) は点の運動を考え,運動によって生じる量