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Title
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向
Author(s)
三島, とみ子
Citation
長崎大学教育学部社会科学論叢, 34, pp.47-60; 1985
Issue Date
1984-11-30
URL
http://hdl.handle.net/10069/33585
Right
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昭和50年代の女性の逸失利益に関する
判例の動向
三 島(植木)とみ子
1 はじめに
2 未婚女性について
3 既婚女性について
4 若干の考察
1.はじめに
女性の逸失利益の算定に関しては,主婦の場合には家事労働の評価,就業している女性
の場合には職業より得られる収入と家事労働評価との関係,幼児の場合には将来をどう予
測すべきかなど困難な問題が多くある。
判例は当初,主婦として家事に専念する場合は「収益をする十分な見込みがない」と判
断し逸失利益を否定するものが多かった芽1昭和40年代初期の下級審においてもこのような
判例はみられるが芽2むしろ男女間の公平を欠くものとして否定説に対する批判が強まり芽3
「家事労働は収益性をもつ」という立場から主婦の逸失利益を認める判例も多くなった。
しかし,もともと経済学的に無償である家事労働を法的には有償と評価しようとする論理
構成には無理があり,逸失利益とは得べかりし利益の喪失による損害ではなく稼働能力そ
のものの喪失による損害であると捉える稼働能力喪失説の台頭とともに,女性の交通事故
においても,家事労働の経済的評価をする必要のないこの説を採用する判例が出てきた。
この稼働能力喪失説はまず幼女の場合にいちはやく適用されはじめたが,主婦の逸失利益
を認めるにあたってははじめは家事労働能力の喪失であるという理由づけの中途半ぱな形
で採用され,本当の意味で抽象的な稼働能力喪失説が主婦の場合にも採用されるのは40年
代も後期に入ってからであった。これに対して職業婦人の場合には,依然として現実に職
業労働から得ている収入を喪失したと考える従来の逸失利益説が有力であった。その結果,
家庭外の職業に就きながら家事労働にも従事しているいわゆる二重役割の女性の方が,平
均賃金分を保障される専業主婦よりも逸失利益額が少ないというアンバランスな結果を生
じることもあった。またその職業の具体的な性質から稼働可能の終期を判断するためこれ
もバラバラであり,比較的若い時期に職業労働から離れることを推定してもその後の家事
労働についてはまったく考慮しない判例も多かった。
昭和49年7月19日の最高裁判決は,最高裁としてははじめて「妻の家事労働は財産上の
利益を生ずる」として主婦にも逸失利益が認められることを宣言し,その金額の算定に際
しては「平均的労働不能年齢に達するまで女子雇用労働者の平均的賃金に相当する財産上
の収益を挙げるものと推定するのが相当である」と判示した。この判決は,これまで下級
48
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
審レベルでは稼働能力喪失説が主流となってきたのに対し,逸失利益説に依拠するもので
あり,家事労働を有償だとする考え方はマスコミには一般に高く評価されたものの学会に
おいては必ずしも好意的に受けとめられなかった㌍
本稿はこの最高裁判決以後の昭和50年代の判例の動向を検討することにより,この最高
裁判決がその後の判例にいかなる影響を及ぼしたのかを検討し,あわせて今後の女性の逸
失利益に関する考え方の方向性を探ろうとするものである。ここに取り上げた判例は,交
通民事裁判例集10巻より15巻までに所収されたもの,および判例時報990号から1086号まで
に掲載されたものの中より,本稿での問題意識に添うものを選んだ。なおこの作業を始め
てから,既婚女性の判例においては松浦以津子助教授が同様の方法で研究をされすでに発
表されたことを知り,おおいに意を強くするとともに内容においても示唆されるところ大
であったことを付言しておく㌍
2.未婚女性について
未婚女性に関する判例は便宜上以下の表にまとめて記載した。(※は筆者注)
死傷の別
Nα
1
事故時の
労働可能
判決年月日
掲載雑誌 i労働能力
r失率) N 齢 [email protected]
東京地裁
交 民
531023
死 亡
8歳
小学生
13.6.1429
22∼67歳
46年
算定基礎基準
昭和51年賃金センサス全労働
生活費
T 除
35%
判 事
54 6。26
933.59
死 亡
昭和50年産業計・企業規模計
5歳
万円を加算すべしとした。
50%
学歴計i8∼19歳女子労働者平
均給与
2
※請求は大学卒女子労働者平
均賃金に家事労働分毎月5
者の平均給与
年 2,183,900円
最高裁
備 考
※12審判決を支持。
※上告理由は男女,長幼の差
別をなくすためにすくなく
とも女子労働者全年齢平均
給与額を基礎とすべしとい
うもの。
大阪地裁
交 民
55.4.28
132523
死 亡
23歳
会社アル
23∼67歳
44年
昭和53年度23歳女子賃金セン
50%
サスによる収入額
ほかに家事労働を伴せして
年 1,602,900円
バイト
・事故当時アルバイト勤務の
いた場合には家事労働分を
も加味して,その収入額を
決定すべきてある(アルバ
イト収入は月10万余円て女
子平均賃金の80%,これと
3
家事労働を伴せて平均賃金
に相当)。
・結婚後は主婦に専業するも
のと推測し,平均収入額を
67歳まで得るものとする。
静岡地裁
富士支部
交 民
133594
傷 害
(20%)
高校3年
生
18∼55歳
原告の取得する予定の給与額
・事故前に就職が決定してい
38年
初任給年144万円 プラス年
たから平均賃金に依拠すへ
きでなく得くへき賃金を基
7,000円の昇給
55.5.8
礎にすへし。
4
・定年は55∼60歳であるが女
子労働者は婚姻すれば多く
は定年に達することなく退
職する傾向にある。
高松地裁
5
丸亀支部
死 亡
3歳
133,732
18∼67歳
昭和50年賃金センサス新高卒
49年
18∼19歳女子労働者平均給与
55,529
名古屋地裁
6
交 民
55 9.24
50%
額
交 民
14.5.1026
死 亡
2歳
18∼67歳
49年
年 992,300円
53年度賃金センサス18∼19歳
女子労働者平均給与額
年 1,203,400円
50%
49
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
大阪地裁
7
55 9.30
交 民
13.5.1242
傷 害
21歳
(100%)
神戸学院
22∼67歳
昭和51年賃金センサス産業計
45年
企業規模計・新大卒20∼24歳
・就職あるいは家庭の主婦と
して家事労働に従事。
女子労働者平均賃金
大3回生
年 1,420,100円
東京高裁
交 民
55.1125
1361426
死 亡
8歳
中学卒業
小学生
∼67歳
8
昭和54年センサスによるパー
トタイム労働者を除く女子全
労働者・産業計・企業規模計
学歴計の各年齢階級の平均給
与額,年1,712,300円
プラス家事労働相当詞章60万
50%
・女子労働者平均賃金に家事
労働分を加算。
円。
9
東京地裁
判 時
56。6.25
1073.87
鹿児島地裁
交 民
死 亡
4歳
18∼67歳
49年
54年賃金センサス産業計・企
業規模計・女子労働者・学歴
計・全年齢平均給与額
18∼67歳
49年
54年賃金センサス産業計・企
業規模計。学歴計。女子労働
者18∼19歳給与額
※1の控訴審
30%
。将来の賃金上昇,貨幣価値
の下落,男女の収入に格差
を認めることの不合理など
から慰謝料を上のせした。
※請求は全労働者の平均賃金
を基礎とすべしというもの
年 1,712,300円
56 6.30
死 亡
12歳
14.3,754
45%
※原告は司法書士事務員とし
て平均男子以上の給与を得
ていた可能性大であると主
」。
10
・女子の場合は家事労働を掛
酎して生活費控除を45%に
留め,損害額の男女差を縮
古するのが相当。
最高裁
5610.8
判 時
死 亡
1023.47
8歳
中学卒業
小学生
∼67歳
11
賃金センサスによるパートタ
イム労働者を除く女子全労働
者・産業計・学歴計の表によ
る各年齢階級の平均給与額を
基準として収入額を算定した
としても,平均給与額の5割
相当の生活費を控除したとし
ても不合理なものとはいえな
50%
※8の上告審,上告棄却
※1で23,169,252円,8で
28,240,000円の賠償が認
められたがなお賠償額が低
いとして上告。
※逸失利益の算定に男女別宅
均賃金を基礎とすることは
男女間格差を招き,また生
活費を50%控除することは
格差是正の配慮に欠けると
い。
の理由。
名古屋高裁
56.10 4
交 民
死 亡
2歳
18∼67歳
49年
14.5.1023
53年度賃金センサス18∼19歳
女子労働者平均給与額
50%
54年賃金センサス女子労働者
40%
12
京都地裁
56.1028
交 民
死 亡
14.5.1234
17歳
ウエイト
レス兼会
13
17∼67歳
50年
「18∼19歳」産業計・企業規
模計・学歴計平均給与
社手伝い
年 1,251,600円
※6の控訴審,控訴棄却
・逸失利益の算定基礎に女子
平均資金を使用することは
男女差別であるとの控訴人
の主張に対し,実態として
統計上男女の収入に格差が
認められそれが不当なもの
といえないときは逸失利益
の男女格差は不合理とはい
えず,慰謝料額においても
完 べきではないと 示
・本件全証拠によるも具体的
な収入額を認定するにたり
ない。しかしながら…・稼
動可能期間中少くとも同年
代女子の平均賃金以上の収
入を得ることができたとい
える。
東京地裁
14
57 311
判 時
1066.95
傷 害
16歳
(100%)
18∼67歳
昭和52年賃金センサス産業計
49年
企業規模計・学歴計・女子労
働者の全年齢平均所得
年 1,522,900円
東京地裁
交 民
57,4.20
152,506
死 亡
1歳9か
月
18∼67歳
昭和55年賃金センサス産業計
49年
企業規模計・学歴計・女子労
として男女の区別を排し全
働者の全年齢平均賃金額
労働者の平均賃金によるへ
年 1,834,800円
30%
※原告は逸失利益算定の基礎
きと主張。
・現在の労働市場における男
15
女の賃金格差が現実に存在
することは否定できないし
稼動開始時期に格差が解消
する蓋然性も高いとはいえ
ないから全労働者の平均賃
金を基礎にできない。
50
16
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
大阪地裁
交 民
57.7.1
154903
傷 害
12歳
18∼67歳
昭和55年賃金センサス産業計
企業規模計・学歴計。女子労
(7%)
働者18−19歳平均給与
年 1,311,300円
東京高裁
58 1.31
判 時
死 亡
4歳
1073.83
18∼67歳
昭和56年賃金センサス産業計
49年
企業規模計・学歴計・女子労
30%
※9の控訴審
※控訴理由は算定基礎として
働者全年齢平均(パートタイ
全労働者平均賃金および家
ム労働者を除いたもの)の平
事労働分として年657,000
均賃金額
円を加算したものを使用す
べしとするもの。
年 1,955,600円
・専業としての職業に従事し
ながら更に家事労働に従事
している場合における家事
17
労働は家庭の構成員として
の仕事の分担によるものて
あるから・・…生活費控除に
より評価すれば足りる。
・男女の平均賃金の格差が不
合理なもので今後,是正さ
れるへきものであると考え
られるとしても,現時点で
是正することは困難である。
東京地裁
58 425
交 民
16.2,577
死 亡
18歳
22∼67歳
千葉県教員の平均給与
50%
※請求は算定の基礎として東
東京学芸
月額225,573円
京都教員の平均給与を用い
大学
年間賞与4.9か月分
家事労働分年60万円を加算
1年生
18
せよとするもの。
・東京都の教員の平均給与額
をそのまま採用することは
できない。
・家事労働分については判示
せず。
40年代の判例が主として「いかにして女性にも逸失利益を認めるか」ということの理由
づけに腐心してきたとすれば,50年代の判例は「いかにして女性の逸失利益額を男性のそ
れに近づけるか」という量的な問題に関心を集めてきたといえタう。49年の最高裁判決以
後,女性の逸失利益を否定する判例はまったく見られなくなり,またそれまでバラバラで
あった稼働可能の終期は67歳に定着した。さらに,高校3年生で事故前に就職先が内定し
近くその任地に赴く予定であった4のケース,東京学芸大学の学生で教員になる蓋然性が
きわめて高いと認められた18のケースを除き,他のすべては平均賃金を逸失利益額算定の
基礎としている点に49年最高裁判決の踏襲がみられる。しかしここでは,3のケースが「結
婚後は主婦に専業するものと推測」しているだけで,それ以外は「就職し,あるいは家庭
の主婦として家事労働に従事」するだろうと述べたり,あるいはまったくこのことに触れ
ずに「18歳から67歳まで稼働可能であった」とするだけで逸失利益を認めていることから,
49年最高裁判決が「主婦の家事労働は財産上の利益を生ずる」として逸失利益説の立場に
よったことに対して,それ以前の下級審段階で多く採用されてきた稼働能力喪失説の立場
を遵守していると考えることが妥当である。この意味で49年判決に対する学会の批判は効
を奏したと言えるかもしれない。
50年代の判例における男女格差を是正するための最大の論点は,逸失利益額算定の基礎
にいかなる範囲内での平均賃金を用いるかということであろう。判例は賃金センサス18歳
ないし19歳の女子労働者平均賃金を使用するもの(初任給固定方式ともいわれ,この立場
によるのは,5・6・10・12・13・16の諸ケース,および23歳で死亡した場合この23歳の
女子平均賃金を用いた3のケース,22歳で傷害を受けた場合に20∼24歳の女子平均賃金を
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
51
用いた7のケースである)と,賃金センサス女子労働者全年齢の平均賃金を使用するもの
(8・9・11・14・15・17の6ケース)とに大別される。算定基礎額は当然後者の方が高
くなるが,中間利息控除を前者は多くホフマン半数を乗じることで行い(この方式は主と
して大阪地裁で採用されているので大阪方式と呼ばれている);後者はライプニッツ系数を
用いて行うので(これは主として東京地裁で使用されているので東京方式と呼ばれてい
る),算出された逸失利益額は前者の方が多額になっている㌍現在のところこのいずれの方
式も,すなわち初任給固定方式も全年齢平均方式も,またホフマン方式もライプニッツ方
式も最高裁判所の認めるところである(2,11)。これらの他に1のケースは賃金センサス
中の全労働者の平均賃金を算定基礎に用い,またこの控訴審である8の判決,およびこれ
を支持した最高裁の11の判決は,女子労働者全年齢の平均賃金に家事労働相当額として年
60万円を加算したものを算定基礎に用いている。
これらの判決に対して原告の主張は,女子労働者平均賃金を基礎にしてホフマン方式を
用いるべきだとするもの(2),大学卒女子労働者平均賃金に毎年5%の賃金上昇率を加味
し,あわせて家事労働分として月5万円を加算すべきだとするもの(1),男女をあわせた
全労働者の平均賃金を用いるべきだとするもの(9,11,15),全労働者平均賃金に家事労
働分,年657,000円を加算したものを用いるもの(17),男子労働者平均賃金を用いるべき
だとするもの(10,12)等,様々である。しかし,これらの請求の底流には,統計上の女
子労働者の平均賃金額は男子のそれと比較して不当に低く,このことを前提とした逸失利
益の算定は男女格差を肯定するものであり好ましくないという認識がある。15の東京地裁
での原告側の主張「男子と女子とで労働能力にそれほど差があるということはあり得ない
し,ことに年少者の逸失利益の計算が単なる差額計算ではなく,その者の有していた潜在
的労働能力の金銭的評価である以上,男子と女子とで差を設ける理由は全くない」との考
え方は,女子の逸失利益に関する争いに共通に存在しているものだろう。今のところ裁判
所はこのような主張に対しては「女子労働者の平均賃金と男子労働者の平均賃金との間に
は著しい格差のあることが明らかである……右格差が不合理なものであり今後是正される
べきものであると考えられるとしても,現時点において逸失利益を算出するにつき考慮し
なけれぼならない程度の確実性をもって是正されるものと予測することは困難である」
(9)とか,「現実の実態として統計上男女の収入に格差が認められ,右格差をもたらす要
因が一概に不当なものとはいえないこと,右格差が将来縮小されるか否,又縮小されると
してもその巾如何を現在合理的に推認しうる資料も存しないこと等に照らすと,右格差を
無視して女児の逸失利益を算定することは,かえって不合理な結果を招来する」(12)とし
て否定的であるが,男女に格差が存在すること自体は不合理と感じ,資料が整った段階で
の格差是正まで否定するものではない。1のケースにおいてはすでに裁判所は全労働者平
均賃金を基礎に逸失利益を算出しており,8,11のケースにおいてはつぎに述べるように
全労働者平均賃金に多少でも近づけるために,家事労働分加算というフィクションを行っ
ていることからすれば,いずれは判例の中で全労働者平均賃金を算定の基礎にするときが
来るのではないかと予測される。
男女の逸失利益格差を是正するためのつぎの方法は家事労働を評価するというやり方で
ある。まず第一に基礎となる平均賃金に家事労働分を加算するという方法がある。この方
法を原告側が援用したのが1,17,18のケースである。裁判所で承認されたのは1の控訴
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
52
審である8とこれを支持した最高裁の11であるが,前述したように1では全労働者平均賃
金を算定の基礎に認めたのに,上級裁判所の段階でこれを破棄して女子労働者全年齢平均
賃金を用いるにあたり,多少とも原審の認定した額に近づけようとした努力の表われであ
ろうと考えられる。しかし17のケースでは,裁判所は「専業としての職業に従事しながら
更に家事労働に従事している場合における家事労働は,家庭の構成員としての仕事の分担
によるものであるから,右家事労働に従事することにより家計費が節減されることを考慮
して,これを生活費控除に反映させることにより評価すれぼ足りる」として加算は認めな
かった。18のケースでは何らの判断も下していない。
そこで格差是正のために家事労働を評価する第二の方法は,生活費控除を少なくすると
いうやり方である。通常は生活費として収入の50%を控除しているが,前述の17では30%
しか控除していない。10のケースでも「男子平均給与額に比し女子の平均給与額は低額で
あるが,女子の場合には家事労働を斜話してその生活費の控除を45%に留め,もって,損
害額の男女差を縮小するのが相当である」と判断された。他に,9と15のケースで30%,
1のケースで35%,13のケースで40%というように,この方法はかなり浸透している。最
後に慰謝料を上のせすることにより是正をはかるという方法もあるが,いずれも高裁段階
で10では肯定され,12では否定されており,いまだ定着しているとはいいがたい。
3.既婚女性について
既婚女性の逸失利益に関して検討した判例は,つぎの19から44までの26件である。
Nα
判決年月日
横浜地裁
19
52,215
掲載雑誌
交 民
101,218
死傷の別 事故時の 労働能力
i労働能力
r失率)
N齢・職業
I結時
傷 害
30歳
67歳
(35%)
算出基礎基準
主婦兼農
月給8万,諸手当1万,賞与
7か月……年164万円
協事務員
家事労働分…年24万円
生活費
T 除
※原告の請求は年56万円余。
※52年度賃金センサス女子労
働者全年齢平均給与は,年
計年 188万円
新潟地裁
52,413
交 民
10.2544
傷 害
(60%)
20
1,522,900円。
38までホステスの収益
主婦兼ク
ホステス
としては
ラブホス
38歳まで
その後63まで小学・新中卒女
専業主婦として生活する場
その後63
子労働者平均年間給与94万円
合より逸失利益がはるかに
27歳
テス
※38歳まで主婦兼ホステスと
して忙しい方がそれ以後,
月 54,392円
歳
高松地裁
21
丸亀支部
交 民
死 亡
111123
東京地裁
53.7.27
58歳
主婦兼和
交 民
114.1096
死 亡
56歳
少ない。
事故前の一か年間に呉服店か
ら受領した請負代金
・必要経費として請負代金の
⊥3
67歳
3%を要する。
・主婦として稼働の点も考慮。
年 1,717,900円
1年目 昭和50年度賃金セン
・20年間同居した内縁の夫と
主婦兼金
サス55∼59歳の女子
ダイカスト加工業を営み,
属加工業
労働者平均賃:金
相当の高収入を得ていた。
の共同経
営者
22
67歳
裁下請業
53,126
備 考
年 1,374,600円
2年目 昭和51年度賃金セン
サス55∼59歳の女子
労働者平均賃金
年 1,391,700円
後8年間 昭和51年度賃金セ
ンサス60歳以上の女
子労働者平均賃金
年 五,253,200円
5割
53
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
東京地裁
53.1121
交 民
11.6.1675
傷 害
45歳
7年間稼
同年齢の女子労働者の平均賃
(100%∼
主婦議会
働能力喪
金
社員
失
10%)
。事故当時原告が○○会社か
ら得ていた給与は原告の年
齢の女子労働者の平均賃金
,
下回る額であるが原告は
23
そのほかに家事に従事して
いた。
・家事労働も含めた収入を同
年齢の女子労働者の平均賃
金と同額とみる。
東京地裁
53.1219
交 民
死 亡
116.1834
31歳
67歳
・これまで馬券発売所,工業
昭和52年度賃金センサス・企
主婦兼パ
業規模計・産業計・女子労働
一トタイ
者学歴計・全年齢平均給与額
所等にパートタイマーで働
いた経歴を認定。
年 1,522,900円
マー
・67歳まで36年間家庭の主婦
4割
24
として家事労働のかたわら
パートタイマーとして働く
ことが可能。
・家事労働ならびにパートタ
イム労働の金銭的価値は女
子労働者平均賃金と同程度。
岐阜地裁
大垣支部
交 民
125.1430
傷 害
(20%)
54.10.31
46歳
10年間稼
年間300万の純益に対し夫3,
主婦兼縫
働能力喪
原告7の寄与率
製加工業
失
者
(就労可
能年数は
25
20年)
・仕事に従事しつつ家事も担
屯した場合には,仕事の内
300xO7=210
容,収入額,稼働時間,事
年 210万円
業所と住居との位置関係等
家事労働分として1日当たり
を勘案して,仕事の収入減
500円を休業期間1年2か月
のほか主婦としての損害も
分」二のせ。その後の家事には
認める余地がある。しかし
差し支えない。
かかる場合,主婦の分の逸
失利益は,専業主婦に比し
て低く評価しなければ不合
理。
旭川地域
55.1.30
交 民
13.1151
※原告は勤務先の給料47万円
傷 害
42歳
約4か月
昭和50年度賃金センサスの女
(100%∼
主婦兼会
の休業と
子雇用労働者平均賃金
余プラス家事労働分として
社員
5年間の
年 1,12α800円
女子雇用者平均賃金を算定
30%)
の基礎にして請求した。
稼働能力
・会社に就労することができ
喪失
たはずの間は家事労働に従
解することができないはず
26
てあるから,家事労働をす
ることかできなかったこと
による逸失利益額は,平均
賃金相当額から,○○会社
に就労することができなか
つたことによる逸失利益を
控除した額である。
仙台地裁
52,218
交 民
131224
傷 害
(27%)
昭和50年「パートタイム労働
・夫が自宅と同一敷地内で経
主婦兼事
者を除く女子労働者」の平均
魅する会社の事務員として
務手伝い
賃金 年−1,351,500円
36歳
67歳
月5万円の給料を得ていた
が,主として従事していた
のは家事労働であって,事
27
務員としての仕事は家事労
働に附随する程度のもの。
・逸失利益は家事労働に従事
する者として算定するのが
相当。
札幌地裁
28
55,417
交 民
132498
死 亡
48歳
67歳
昭和53年度年収
主婦兼ス
月給 226,000円
ポーツ店
賞与等 70万円
従業員
計 3,412,000円
・夫が代表取締役をしている
スポーツ店の従業員。
4割
54
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
松山地裁
西条支部
交 民
133,599
傷 害
(100%
∼33%)
55.5.12
29
・原告は夫とともに従事しゼ
主婦兼豆
昭和49年度賃金センサス産業
計・企業規模計・年齢計の女
腐製造販
子平均給与額,年1,124,000円
売業者
プラス家業に対する寄与分の
していたものと認あられ,
半額,年600,000円を加算。
これに主婦として家事にも
45歳
67歳
いた家業に対して月金10万
円を下らない程度の寄与を
従事していた事実をも併せ
考える。
秋田地裁
30
55,7.15
交 民
死 亡
47歳
67歳
社員
佐賀地裁
55.11.10
交 民
14.61294
傷 害
(100%
∼14%)
計の平均年収額1,630,400円
欠勤による休業損害……給与
45歳
約1年間
主婦兼会
の休業,
社員
症状固定
入院による家事労働の逸失利
31
5割
企業規模計・女子労働者学歴
主婦兼会
13,4,912
昭和53年賃金センサス産業計
・45歳から49歳までの佐賀県
内における女子労働者の平
から算出
均賃金は年1,349,400円で
後2年間
益……女子労働者平均賃金か
あるし,原告の家事労働の
稼働能力
ら勤務先から受領する給与
逸失利益はこれと勤務先か
喪失
を差し引いたもの
ら受領する年収の差額を下
ることはない。
秋田地裁
湯沢支部
交 民
死 亡
49歳
67歳
主婦兼パ
13.6.1666
55.12.19
32
49歳の女子の平均給与
40%
・10年来パートに出て収入を
得ていた他,家庭の主婦と
月額146,000円
一トタイ
して,2人の子供と高齢の
マー
夫の母親の面倒をみていた
等の事情が認められ,これ
らの事情を考慮すると女子
の平均給与額で計算すべき
横浜地裁
33
56.1.26
交 民
14.1,133
傷 害
(14%)
28歳
67歳
主婦
・主婦として嗅覚の喪失は,
昭和52年賃金センサス産業計
企業規模計・学歴計の28歳の
カスの管理,料理などに影
女子労働者平均賃金
響を及ぼす。
年 1,669,700円
名古屋地裁 交 民
56.1.30
死 亡
49歳
67歳
主婦兼有
14.1,215
34
昭和52年賃金センサス52歳の
50%
女子労働者平均賃金
線放送会
・夫の有線放送事業の事務担
当。
・請求は昭和50年賃金センサ
年 1,635,300円
社事務員
ス年1,554,400円を基礎に
する。
岡山地裁
倉敷支部
35
交 民
死 亡
23歳
67歳
宿共同経
56.3.27
昭和51年賃金センサス女子23
歳の年間平均給与額
主婦三民
14.2429
1,390,800円
4割
・夫と共同経営の民宿収益の
計算の基礎(期間,必要経
費,寄与率等)についての
立証が本件では不充分であ
営者
り,平均賃金を基礎にする
のが妥当。
福岡地裁
柳川支部
交 民
14.2490
56.4.8
傷 害
(100%
∼20%)
43歳
67歳
賃金センサス産業別企業別全
パートお
よび寿司
店アルバ
平均の対応年額の女子平均賃金
イト
昭和51年度(45歳)
昭和50年度(44歳)
年 1,269,400円
事故時
・内縁
現在…
単身
年 1,446,000円
昭和52年度以降
年 1,592,000円
36
・事故当時木工会社にパート
勤めで日給1,750円を得た
り寿司屋のアルバイトをす
るほかは同棲中の内縁の夫
の収入で生活していたこと
その後木工会社の職を失な
い内縁の夫とも別れ,現在
単身生活で家具店の掃除な
どをして日給2,000円を得
るほかは生活保護を受けて
いることが認められる。
。原告の現実の稼働収入は少
ないが,これをもって直ち
に休業損害等の算出の基礎
とすることは相当でなく,
このほかに原告は同棲また
は単身で家事労働に従事し
その面での支障を生じてい
福岡高裁
56.1126
37
交 民
14.6.1288
傷 害
(100%
45歳
主婦兼会
約1年間
∼14%)
社員
症状固定
の休業,
後4年間
稼働能力
喪失
欠勤による休業損害……給与
から算出
入院による家事労働の逸失利
益・…昭和53年度賃金セン
サス45歳∼50歳の女子労働
者平均賃金より賃金収入を
差し引いたもの
たことも考える。
※31の控訴審,判示は30と同旨
・家事労働に従事しえなかっ
たことによる損害は,被控
訴人が現実に賃金収入とし
てえていたものを合算し,
平均賃金を下らない収入が
あったものとして評価。
55
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
東京地裁
561126
交 民
14,6.1366
70歳
昭和52年,53年,54年の各賃
50%
・夫の経営する出版業の協力
傷害のち
61歳
死亡
主婦兼出
金センサス・産業計・企業規
者として,かつ夫と二人の
版業手伝
模計・女子労働者・学歴計・
家庭生活における主婦とし
い
60歳以上あるいは60愚ないし
64歳の年間収入額
38
52年 1,466,800円
て家事に従事。
・原告は全女子労働者の年間
平均給与額,年1,522,900円
53年 1,585,300円
に家事労働対価分として年
54年忌1,662,800円
30万円を加算して逸失利益
zを算定した。
大分地裁
日田支部
交 民
15.4,923
57.7 9
傷 害
46歳
2年間休
昭和55年度賃金センサス全女
・ドライブインの店員として
(100%
農業兼ド
業,症状
子労働者の産業計・企業規模
勤務するかたわら,余暇に
∼56%)
ライブ4
固定後7
計・学歴計の平均賃金
は自営の農業にも従事し,
ン店員
年間稼働
年 1,834,800円
¥力喪失
39
さらに家事労働にも服して
「た。
Eドライブインにおける収入
のみを基準とするのは相当
でなく,女子労働者の平均
タ金程度と考える。
東京地裁
交 民
傷 害
42歳
5年間休
各年度の賃金センサスの産業
・夫とともに営んでいた青果
57。9.6
15.51167
(100%
主婦兼青
業,症状
計・企業規模計・学歴計の女
業の純益,月額金14万円の
∼5%)
果業者
固定後3
子全年齢平均(ただし,パー
立証が不十分で採用できな
40
年間稼働
東京高裁
判 時
57 9.30
105494
傷 害
(35%)
トタイム労働者を除く)の年
¥力喪失
ヤ給与額
67歳
い。
○○会社より事故前1か年に
※一審は○○会社より支給さ
主婦兼パ
得た賃金は70万円,原告の稼
れた70万円の賃金と家事労
一トタイ
働日数は212日,一般勤労者
働を併せたものが女子労働
マー
は300日稼働するから,原告
者の平均賃金程度として算
44歳
は地山慨世醐の垂
41
出した。
パー・・吉嫁敦あててい
・損害賠償制度は,元来,被
たと推認できる。実際に支給
害者が現実に蒙った損害を
された70万x15=1,065,354
填補することを目的とする
円が原告が全勤労時間を賃金
のであるから……その計算
労働にあてたと仮定した場合
の基礎となる資料や計算方
そこから得られる年間収入で
式はより現実に近いものを
ある。
採用するのが制度の趣旨に
・
そう。
横浜地裁
判 時
57。11.2
1077111
傷 害
(95%)
39歳
67歳
昭和54年賃金センサス女子労
主婦兼化
働者,全産業,全規模,全学
粧品販売
歴,全年齢平均年間給与額
1,712,300円
のアルバ
※請求は女子労働者の平均年
間給与額1,711,300円にア
ルバイトによる予想年間収
入額218,072円を加算した
ものを算定基礎にした。
イト
42
・原告の家事労働ないし化粧
品販売による就労可能期間
内における全収益を厳格に
算定することは困難である。
神戸地裁
58,228
交 民
16.1261
昭和50年度賃金センサス,企
・家事労働の財産的価値は,
A 傷害
47歳
(100%
主婦兼ク
226日の
休業と3
業規模計,学歴計,女子労働
∼14%)
リー二・ン
年間の稼
者の「45歳∼49歳」の年間給
って相当とし,もし現実収
グ店従業
働能力喪
与額
入かこれより下回るときは
員
失
1,554,400円
女子労働者の平均賃金をも
家事労働の一部が現実収入
に転化したものと解するの
43
ェ相当。
Eクリーニング店の専従者給
B 傷害
73歳
253日の
昭和50年度賃金センサス,企
休業
業規模計,学歴計,女子労働
者の「60歳∼」の年間給与額
1.204,800円
・本件事故当時長男○○,養
女Cと同居し,単独で家事
労働に従事していたことが
認あられる。
56
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
福岡地裁
飯塚支部
交 民
16.2,295
58.3.3
傷 害
(100%
∼20%)
43歳
主婦
拾い仕事
に従事
44
60歳
原告は
通常の
健康体
とはい
ヲない
いわゆる拾い仕事で事故当時
月4万円くらいの収入
※請求は昭和50年賃金センサ
ス小学校卒業の主婦の例で
年収1,146,700円を基礎と
した。
・夫と共に本件事故前からの
生活保護世帯であり,その
間拾い仕事をして月4万円
くらいの収入を得ていた。
事故がなかったとしても,
原告の稼働収入状態に変動
はなかったと認められる。
一見して分かるのは,50年代には純然たる主婦に関する判例は非常に少ないことである。
この26件中では専業主婦と認められるのはわずか1件だけであり,他はすべて主婦兼○○
ということで表わされるように,婚姻生活を営みながらむしろ社会に出てバリバリ働いた
り,夫とともに家業に従事していたり,おもに家事労働に従事しながらもパートやアルバ
イトで過去または現在,職業による収入も得ている女性に関する判例である。これは本稿
で採用したケースが少ないため資料の偏りということもあろうが,50年代になって急速に
有配偶女子労働者が増加したという社会構造をも反映しているものであろうし,さらに「主
婦あるいは労働者として就業できる可能性があった」ことを理由として逸失利益を認める
稼働能力喪失説の論拠に合わせた形で,請求者の側が両方の可能性を強調するようになっ
た結果であるということもいえよう。40年代に単車と区分された主婦と職業婦人は,50年
代になって1人の女性のもつ二面性と捉えられるようになっている。稼働可能の終期も統
一され,67歳が定着した。
ここでも問題になるのは,未婚女性の場合と同様に逸失利益の算定基礎を何に置くかと
いうことである。既婚女性の判例では,大きく本人の現実収入に基礎を置くものと,平均
賃金に基礎を置くものとに分けられる。本人の現実収入に基礎を置くものは8件あり,こ
のうちクラブホステスのケースである20,パートタイマーのケースである41,生活保護世
帯の病弱な主婦のケースである44の3件が,実収入が平均賃金より少ない場合である。41
の判例では「損害賠償制度は元来,被害者が現実に蒙った損害を填補することを目的とす
るのであるから……その計算の基礎となる資料や計算方式はより現実に近いものを採用す
るのが制度の趣旨にそう」と逸失利益説の立場を採用することを宣言しているが,稼働能
力喪失説が主流を占めている現状の中で,少し頑なな感じも受ける。残りはすべて平均賃
金より多い場合で,19,25,29は現実収入に家事労働分を加算することにより,より多額
の逸失利益を認めたものであるが,この両収入の合計額は男女を合わせた全労働者の平均
賃金の範囲内である。21のケースは家事労働分の加算はしていないが,主婦としての稼働
も考えて生活費控除を3分の1にとどめている。28は男子の平均賃金並の高収入を得てい
るケースである。
平均賃金に逸失利益の算定基礎を置く場合,その着眼点に従って3つの範疇に分類され
る。第一は被害者の家事労働の側面のみに注目するやり方で,33の専業主婦のケースと43
Bの73歳の家事担当者のケースは実態に則しているが,27のケースで夫が同一敷地内に経
営する会社の事務手伝いをしていた主婦に,おもに従事していたのは家事労働であるとし
た裁判所の判断には疑問が残る。その二は実収入と家事労働分を合計したものが女子の平
均賃金であるとするものであり,会社員のケースの23,26,31,37,店員のケースの39,
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
57
43A,パートタイマーのケースの24,32,アルバイトのケースの36,42の10件がこの中に
入れられる。この際の家事労働分加算はづ現実収入が少ない場合に平均賃金まで引き上げ
るための手段として利用されている野第三は現実収入を確定せず,また確定不能のため平
均賃金を算定基礎として使用する場合で,22,30,34,35,38,40の6件がこれに属する。
これらは既婚女性の判例においても稼働能力喪失説が定着してきたことを意味するもので
あろうが,いまだ未婚女性の場合のように算定基礎額を男女平等にすべきだとするところ
までには至っていないことがうかがわれる。この意味で,前記の平均賃金以上の実収入が
ある場合にさらに家事労働分を加算した3つの判例は,算定基礎を男女を含めた全労働者
の平均賃金額に置くべきであるとする議論が出るまでの一つのステップであると捉えてよ
いのではないだろうか。
4.若干の考察
これまで見てきたことからつぎのようにいえよう。
まず,家事労働の財産的評価ということのこれまで果たしてきた役割についてである。
そもそも経済的には無価値な主婦の家事労働を法律上で評価するということは,家事労働
に従事している主婦が逸失利益をまったく否定され極端な差別を受けてきたことに対する
公平の見地からの一つのフィクションであった。最高裁レベルでは昭和49年にこのことが
はじめて認められたが,下級審段階ではすでにこの争いは40年代前半に終了し,中期には
稼働能力喪失説という新たな逸失利益概念が定着してきたことにより,この苦しい理由づ
けによる家事労働評価の問題から脱することができるに至った。49年最高裁判決の採用し
た逸失利益説の立場は,その後の判例においては受け継がれることなく,その存立基盤を
失っている。50年代の判例の中では,家事労働評価の新たな局面が二つの場面で展開され
た。有職婦人のケースで実収入が女子の平均賃金より少ないとき,それを平均賃金にまで
嵩上げする手段として使用されたのがその一である。これは,女子の現実に受けている賃
金は女子の労働能力をトータルに把握したものではなくその一部を表現しているにすぎな
いから,この残りの部分の労働能力を家事労働従事ということで評価すべきであるとして,
賛同する者も多い芽8その二は,女子の平均賃金が男性のそれに比べ少額であるためこれを
基礎として逸失利益額を算定することは公平を失するとの考慮から,前者を後者に多少で
も近づけるための手段として使用されるに至ったことである。これは未婚女性,既婚女性
のいずれの判例においても認められている。これらいずれの場合でも,家事労働そのもの
に絶対的な財産的価値を付与したわけではなく,男女の格差をなくすための一手段として
考えられているにすぎない。これらのことからすれぽ,稼働能力喪失説が定着するにつれ
て40年代の家事労働有償説の存立基盤が失われてきたと同様に,逸失利益の算定基礎に男
女の平均賃金が使用されれぽ,この50年代の家事労働加算という作為もいずれその必要は
なくなるのではないだろうか。この流れの中で見れば,裁判所は考え方の基本として家事
労働に有償性を認めたことはないと言ってよい。
つぎに,逸失利益算定の基礎としての平均賃金は何の平均かということが問題になる。
現在多く用いられているのが男女別の18歳時のいわゆる初任給を平均したものと,男女別
全年齢の賃金を平均したものの二種である。もちろん後者の方が基礎となる額は高く,請
58
昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
求者の側はこちらを使用するものが多い。前者は稼働可能期間中18歳時の平均賃金を得ら
れたであろうとするものであり,後者は稼働全期間を通じて平均賃金を得られたであろう
とするものであるから,後者の方がより論理的であり,学説もこれを支持するものが多い㌍
しかし,大阪方式のいわゆる初任給固定方式の利点は,男女の逸失利益の格差が全年齢平
均賃金を基礎として算出した場合ほど開かないということでありサ10このことの魅力で大
阪方式を採用しようとするものもある。宮原弁護i士の試算によれぽ響女子の平均賃金が男
子のほぼ2分の1しかない現時点で,全年齢平均賃金を基礎にした逸失利益の額は女性は
男性の半額以下という状況である。そこでこの不公平を是正するために,家事労働分加算
とか,生活費控除を少なく見積もるとか,慰謝料で考慮するという手段が採られるのであ
るが,これらは逸失利益の男女間格差是正のための最終的な方法とはいえない碧12基本的に
格差を是正しなけれぼならないという観念があるときに穿13なぜそれを直裁に判例の中に
取り入れられないのか理解に苦しむ。「いまの労働の実態からみると時期尚早である」との
意見もあるがぽ14稼働能力の喪失ということが一つのフィクションであり労働実態に則し
たものとはいえないのに,ここでだけなぜ多くの女性が低賃金のゆえに不当に差別されて
いる現実にこだわるのだろうか。男女の格差が拡がる前の初任給賃金を使用する大阪方式
に対して,初任給よりも全年齢平均賃金を使用する方が論理的であるとすれば,ここにお
いても男女格差のない全年齢平均賃金を使用するべきであり,原告側の主張としても今後
はますます男女合計の全労働者平均賃金を基礎として逸失利益を算定すべきであるとする
論は高まるであろう。
以上のような男女格差是正の動きはまず幼児の判例において始まった。机を並べている
男女二人の小学生が通学中にともに交通事故により死亡した際,損害額に差が生じること
はいかにもおかしい注15という観念は誰もがもっところであろう。幼児におけるこのような男
女間の差別は「人間性を昌漬するようで好ましくない」という程の強い表現で批難を受け
ているし穿16これまでの判例が差別解消の方向に向かいつつあるものであるということは
学説上も承認されている。ところが成人の女子に関する差別の場合,その具体的な生活内
容,得ている収入などの現実に引きずられて非難の矛先は鈍くなるしザ判例研究において
も,主婦にも平均賃金程度の逸失利益が認められるという域を出ていないように見受けら
れる奮18この意味で松浦助教授の有職主婦に関する研究は一定の価値をもつものであろ
う窓19そこでこれを丹念に検討してみると,主婦の判例においても,第一に平均賃金以下の
収入しか得ていないおもにパート主婦の場合に賠償額を平均賃金にまで高める操作が,第
二に平均賃金以上の収入を得ている有職主婦の場合により賠償額を男性のそれに近づける
ための操作が行なわれていることが認められた。40年代からの判例の流れの中で,家事労
働に専念する妻には逸失利益がないとされていたものが,まず幼女の判例において稼働能
力喪失説が確立し,それを追う形で主婦の判例においても徐々にその考え方が浸透してき
た経緯,また,これまで様々のレベルで家事労働評価がなされてきたが,この家事労働評
価というのはいずれも字義そのもので理解するよりも損害賠償額を引きあげるためのあく
まで手段として利用されてきたと理解するべきであることなどをあわせ考えれば,遅かれ
早かれ主婦の判例においても未婚女性の場合と同じく算定基礎となる平均賃金とはどの範
囲を平均したものかということが問題になる時期がこよう。これらのことから,成人女子
の判例においても目立たない形ではあるかもしれないが,確実に男女格差の是正の方向は
長崎大学教育学部社会科学論叢 第34号
59
とられているといえよう毯20このように幼女と成人女性,ひいては男性と女性の逸失利益の
算定根拠がすべて同じになり,同じ方式で算定されるようになったときには,おそらく西
原教授の提唱された定額賠償説注21への転換が行われるのではないだろうか。
注
1.人見康子「主婦の逸失利益」交通事故判例百選〈第二版>104頁。
2.昭和40年代の判例については,別稿「家事労働の経済的評価に関する一考察 判決
に現われた主婦の逸失利益の考え方 」九大法学,第38号にて論じているので,詳細
はそちらを参照されたい。
3.有地回『婦人の地位と現代社会』法律文化社,1971年,218頁。
4.たとえぼ鍛冶良堅教授は「結婚退職を当然の前提としている点でまず問題があり,つ
いで,経済的価値を生じない私的労働を逸失利益という経済価値の論理に結びつけよう
とした点で無理」がある(「家事労働の経済的評価」法学セミナー,1974年,10月号,21
頁)と述べているし,西原道雄教授は「家事に専念する妻は,その家事労働によって現
実には金銭収入を得ないこと,つまり対価が支払われないことを明言しながら,なんら
の合理的な説明もなく,家事労働が財産上の利益を生じているという結論といきなり結
びつけている」(「少女の生命侵害と『財産上の損害』の算定方法」判例時報,777号,142∼3
頁)と批判している。
5.松浦以津:子「有職主婦の逸失利益の算定方法」判例評論,296号,35頁以下。
6.宮原守男「新判例解説(12)」判例タイムズ,No 373,38頁以下では両者を試算し比較
している。これによれぽ男児においては東京方式が大阪方式より高額になるが,女児の
場合東京方式は大阪方式の3分の2に満たない賠償額である。
7.同旨,松浦,前掲論文,38頁。
8.「民事交通訴訟の軌跡と展望(下)」ジュリスト,No 765,沖野意見,100頁。
楠本安雄「幼児の損害賠償」ジュリスト総合特集・交通事故 実態と法理,177頁。
9.吉崎直弥「幼児・児童の逸失利益」判例タイムズ,No 268,155頁。
楠本,前掲論文,182頁。
10.人見,前掲論文,105頁,宮原,前掲論文,42頁。
11.宮原,同論文,41頁。
12.同旨,浦川道太郎「女児の死亡による損害額の算定」判例タイムズ,No 505,118頁。
13.千種秀夫「幼児の逸失利益」交通事故判例百選〈第二版>103頁。
14.前出「民事交通訴訟の軌跡と展望(下)」沖野意見,100頁。
15.浦川,前掲論文,118頁。
16.宮崎富哉「幼児の逸失利益」判例タイムズ,Nα212,118頁。
吉崎,前掲論文,155頁。
17.「最近の判例をめぐって」交通民事裁判例集,13巻索引解説号,椎木発言,267頁,同,
加藤発言は成人女子には是正措置がとられにくいことを指摘する(269頁)。
18.淡路剛久「損害論の新しい動向(3)」ジュリスト,Nα774,121頁。
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昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向(三島)
19.松浦,前掲論文。
20.同旨,前出「最近の判例をめぐって」における西垣発言,269頁。
21.西原道雄「幼児の死亡・傷害と損害賠償」判例評論,Nq75,38頁。
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昭和50年代の女性の逸失利益に関する判例の動向