東京基礎研究所
「日々是革新」
IBM Research-Tokyo
World is our lab --- Realizing a Smarter Planet with IBM Research
10 年先を見る力
IBM Research の千里眼を探る
眼鏡型や時計型など、身につけるコンピューター「ウェアラブル・コンピューター」が最近話題になっています。
また、携帯やスマートフォンで買い物できるというのも、近年の新しい技術によるものです。
しかし、ご存知でしょうか? 今話題のそんな技術が、 10 年以上前から IBM Research-Tokyo(東京基
礎研究所)で開発されていたことを。
10 年前にどんな技術が生まれていたのでしょうか。また今は、どんな 10 年後が見えているのでしょうか。
今回は、千里眼とも言うべき IBM Research の10 年先を見る力を探ってみたいと思います。
コンピューター、街に出る
ウェアラブルと
腕時計型コンピューター
今話題の「あれ」と、大きく変わらない
感じがしますよね。
もう一つは腕時計型コンピューターで
多々あります。それでも自分を信じて、や
り続けていくことが大切なのです」
す。最近、Bluetooth 無線技術で携帯電
研究者を思い描く未来へと向かわせる
IBM の基礎研究部門の一つである IBM
話の会話機能・着信メール機能ができる
のは、類まれな好奇心と想像力、そして
Research - Tokyo で、
15 年 も 前 にウェ
腕時計が発表されました。腕時計がコン
それを実現する技術力。その 3 つを持っ
アラブル・コンピューターが生み出され
ピューターになったらと思っていた人は多
て い る こ と が、IBM Research が IBM
ていました。 生 みの 親 の 一 人 が、現 在
いと思います。実は腕時計型コンピュー
Research である理由なのかもしれません。
IBM Research - Tokyo で Industries
ターも 10 年以上前に IBM Research -
Research を率いる上條さんです。当時、
Tokyo から世の中に送り出されていまし
IBM Research が見る「これから」
上條さんが所属するグループが作ったの
た。この Linux 搭載の腕時計型コンピュー
コグニティブ・コンピューティングの世界
は、目の前にディスプレイが表示される
ター WatchPad は、シチズン社と共同
ヘッド・マウント・ディスプレイ (図 1)
や腕時計型コンピューター WatchPad
(図 2)。そうです。最近にわかににぎわっ
ている、「あれ」です。
ヘッド・マウント・ディスプレイ は、次
の3つのコンセプトで開発されていました。
で 2001 年に製品発表されました。
ところで、当時の研究者たちは、どんな
ここまで「今、新しい」10 年前を振り
返ってきましたが、10 年先はどのように
未来を見てウェアラブル・コンピューター
見えているのでしょうか。最近の研究から、
や腕時計型コンピューターの開発に取り
IBM Research が見る これから を見
組んでいたのでしょうか?
ていきたいと思います。
「 3 年後には、来ると思っていたのです。
テクノロジーの世界は今、瞬時にさま
●コンピューターを持ち歩く
Bluetooth 無線技術があらゆるところに
ざまな情報源からの大量のデータを統合
●ハンズフリーで操作する
あって、どこからでもワイヤレスでつなが
し、分析する コグニティブ・コンピュー
●音声を認識する
る世界、ちょうど今私たちが享受している
ティング という新しい段階へ突入してい
世界が、3年後に現実になると思っていま
ます。コンピューター自身が学習するコグ
した」と、今、マネジャーとしてチームを
ニティブ・コンピューティングが必要とさ
率いる上條さんは語ります。
れる背景には、ビッグデータに象徴され
「新しいチャレンジを見つけるのは、とて
図 1. 1998 年当時のヘッド・マウント・ディスプレイ
82
も難しいです。思うように行かないことも
P ROVISION No.79 / Fall 2013
図 2. 腕時計型コンピューター WatchPad
る情報の爆発的な増加があります。M2M
図 3. IBM Watson
( Machine-to-Machine )と 呼 ば れ る、
組みにより生まれました。「ニューロシナプ
インターネット、ソーシャル・メディア、
ティック・コンピューティング・チップ」は、
スマート・デバイス、各種センサーなどが、
人間の脳がもつ「知覚力、行動力、認知力
人間の介在なしにコミュニケーションして
を模倣するよう」設計されている、コグニ
作り出す情報は飛躍的に増加しています。
ティブ・システム実現へ向けた未来のチッ
逆に、これらの情報から「何か」を導きだ
プです。そんな未来のチップを使って IBM
すのに費やせる時間は 瞬時 に近くなっ
Research では、いくつかのコグニティブ・
ています。判断が遅れれば、状況が大きく
アプリケーションを試作しています。
変わってしまう可能性があるからです。
IBM では 2008 年 11 月に「脳の能力
花の形をしているのは Conversation
Flower (図 6)。会議中に机の上にいて、
を基に未来のコンピューターを探索」とい
声から誰がしゃべっているかを特定した
うプレスリリースを発表し、コグニティブ・
り、会話を文字にしたりしてくれます。会
コンピューティングの幕開けを宣言しまし
議が盛り上がってくると花が開いてくるの
た。ビッグデータの誕生とその活用への要
で、ますます盛り上がりに拍車がかかりそ
請を受け、従来の「速いコンピューター」
うですね。
から「学習するコンピューター」の世界へ
と、大きく舵をきっています。
2011 年 2 月に米国の人気クイズ番組
でクイズ王に挑戦した「IBM Watson」
(図
図 4. Visualization of a simulated network of
neurosynaptic chips
きのこのような形は Jelly Fish(図 7)。
図 5. Cognitive computing chip
ネットワーク・センサーを搭載したブイで、
まさしくクラゲのようにプカプカ浮いて海
上航路の安全をモニタリングします。
3)が、自然言語処理や質問応答技術を実
球 体 は Tumbleweed ( 図 8)。アメ
装し「クイズに答えた」ことは、コグニティ
リカの広大な野原を、根元から折れた草
ブ・コンピューティングへの大きな一歩で
が球状になって転がっていくシーンを見た
あったと言えるでしょう。
ことはないでしょうか?画像や音声などの
さまざまなセンサーを持つこの球状の物体
未来のチップが可能にする
コグニティブ・アプリケーション
は、災害現場など危険地域で、人に変わっ
て探索作業などを実施してくれます。
図 6. Conversation Flower
さまざまな面からテクノロジーが進化し
「スーパー・コンピューターは人間の
ていくことで、コンピューターと人との距
脳の 1,000 万 倍の電力を消 費する」と
離はもっと近くなり、お互いに助け合える
1990 年に予言したのは、カリフォルニア
存在になっている――そんな未来が待って
工科大学のカーバー・ミード名誉教授で
いそうです。
す。教授の研究室での試算によると、人
間の脳なら 20 ワットもあればこなせる計
コグニティブ・システムのその先へ
算が、人間の脳並みに賢いプロセッサーだ
と 10 メガワットも電力がかかるとのこと。
コグニティブ・システムの実現には、世
20 ワットは電球 1 個を照らせる電力、10
界中の IBM Research の新たな技術はも
メガワットは小さな水力発電所が生む電力
ちろん、これらの変化を可能にする市場や
です。コンピューターが単なる計算機から
社会動向も重要な要素になります。技術
コグニティブ・システムへと進化を遂げる
と時代がマッチしたときに、イノベーション
ためには、ナノレベルでの「エネルギー」
は生まれるのかもしれません。
へのチャレンジも大きな要素となります。
図 7. Jelly Fish
IBM Research での研究によって生み
IBM は 2011 年 8 月、脳の構造を再現
出されたこれらの技術によって、コンピュー
した「コグニティブ・コンピューティング・
ターと社会、人の生活のありかたは、この
チップ」の開発に成功しました(図 4、図
先どんな風に変わっていくのでしょうか。
5)
。IBM が「ニューロシナプティック・コン
新しい世界へ向けて、IBM Research の
ピューティング・チップ」と呼ぶこのチッ
挑 戦はまだまだ続きます。これからも、
プは、ナノサイエンスと神経科学、そして
IBM Research の新しい技術と 10 年先
スーパー・コンピューターへの長年の取り
を見る力に、ご期待ください。
図 8. Tumbleweed
P ROVISION No.79 / Fall 2013
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