日汉翻译教程第6章
第三节
中日文化碰撞在词汇上的反映
华东师范大学 高宁
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例1: ところが、この「足を洗う」という
いい方は、仏教を語源としているのです。昔、
インドの僧は、終日、ハダシで街中を託鉢して
歩かねばならなかったのです。そのため、寺に
帰るときには、足はドロだらけ。この汚れた足
を洗い清め、心身ともに清浄になることが一日
の日課の終わりだったのです。
こんな荘厳な宗教的行為がいつの間にか、悪
事から抜け出すという意味に転化したのもおか
しなものです。
現在では、単に商売を替えるときにも、心機
一転をするといったような意味で「足を洗って
出直す」といったりしているようです。
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译文:但是,“洗净脚”这种说法却
源于佛教。从前,印度的僧人终日托钵赤
脚行走。因此,回到寺院里,脚上已沾满
了泥污。洗净这双脏脚,达到身心清净的
境界则是一天之中的最后一项功课。这种
严肃的宗教行为却在不知不觉间演化为这
样一个意思:即说一个人从邪恶中自拔改
邪归正。
现在,就连改变工作行当的时候,有
时也用“洗手不干、重打锣鼓另开张”来
表示重新振作之意。
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例2:「天地」(天と地)「勝敗」(勝つこ
とと敗れること)などの漢語は、反対の意味を
表す漢字を組み合わせて作られたものである。
「前後」「出欠」「明暗」なども、同じ成り立
ちの漢語である。
「読書」(書物を読むこと)、「登山」(山に
登ること)などのように、下の字から上の字に
返って読むと意味がよく分かる漢語がある。
このような成り立ちの漢語、「帰国」「養
蚕」「防犯」など、たくさんある。
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译文:“天地”(天与地)、“胜败”
(胜利与失败)等汉语词,是相反意思的
汉字组在一起造出的词。
“前后”、“出缺”、“明暗”等,也
是同样构成的汉语词。
像“读书”(書物を読むこと)、
“登山”(山に登ること)等,把后面的
字放到前面来读这样更容易懂的汉语词。
像这样构成的汉语词有“归国”、
“养蚕”、“防范”等,很多。
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例3:道は凍つてゐた。村は寒気の底へ寝静
まつてゐた。駒子は裾をからげて帯に挟んだ。
月はまるで青い氷のなかの刃のやうに澄み出て
ゐた。
「駅まで行くのよ。」
「気ちがひ。往復一里もある。」
「あんたもう東京へ帰るんでせう。駅を見に
行くの。」
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译文:马路已经结冰。村子在寒冷的天空底下静静沉
睡着。驹子撩起衣服下摆塞在腰带里。月儿皎洁得如同一
把放在晶莹的冰块里的刀。
“一直走到车站吧。”
“你疯了,来回足有1里地呀。”
“你快要回东京了,我要去看看车站。”
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例4:一郎次は、弟二人と別れて、足を早め
て、歩きましたが、その道は大層景色のよい道
で、両側には美しい秋草が咲き乱れていました。
二里も歩きました時、黄色い稲田の向うに、青
空に聳えている五重の塔が見えました。
「ああ、もう都もすぐだぞ。」と、一郎次は
小躍りして喜びました。
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译文:一郎次和弟弟们分手以后,加快脚步,
向京城走去。这条路是一条景色迷人的路,两侧
秋天的野花盛开着,非常漂亮。走了约莫两里路
的时候,看到金黄色稻田的前面有一座耸入云霄
的五重塔,一郎次高兴得跳了起来说:“啊!马
上就要到京城啦。”
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例5:エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞い
たって……と野だが振り返った時、おれ
は皿のような眼を野だの頭の上へまとも
に浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそ
うに引っ繰り返って、や、こいつは降参
だと首を縮めて、頭を掻いた。何という
猪口才だろう。
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译文1:“嘿嘿嘿嘿,没关系,他听到
也……”小丑转过脸的时候,我正瞪着大
眼紧紧盯着他。小丑昏眩般地掉回头去:
“啊,这下子糟啦。”他缩起脖子直搔头
皮。恬不知耻的东西!
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译文2:“不要紧,即使他听见了也……”
“蹩脚帮”说着,回过头来朝俺看了一眼。俺把
两只眼瞪得圆溜溜的,直接把目光射向了“蹩脚
帮”。“蹩脚帮”好像不敢正视俺似的,把身子
向后一仰,缩了一下脖子,搔了搔头,嘴里说道:
“嗳呀,我算服了您啦。”真是个多嘴多舌、管
八街的东西!
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译文3:“啊哈哈哈,不要紧,听到了也……”
当他转过身来时,我瞪起铜铃大的眼睛,直射向
他的脑袋。他像是头昏目眩似的立即把头转了回
去,“啊,我认输了。”他缩着脖子,搔了搔脑
袋。真是个自作聪明的家伙!
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例6:それは翌朝の霜の烈しさを思わ
せるような晩で、日中とは違って、めっ
きり寒かった。丑松が見廻りの為に出て
行った後、まだ敬之進は火鉢の傍に齧り
付いて、銀之助を相手に掻口説いていた。
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译文:这天晚上和白天不同,天气特
别冷,看来,明晨会有一场大霜。丑松出
外巡逻去了,敬之进仍然守在火盆旁边,
向银之助说个没完。
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例7:鋪道には附属病院の入院患者が
寝着のままで、厚いスリッパをはき、
ゆっくり歩いていた。それは春さきの硬
い水を泳いでいる鮒のような感じだった。
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译文1:小路上有穿着睡衣和厚厚的拖
鞋的附属病院的患者在悠闲地走着,那感
觉就像初春的冷水里游着的鲫鱼似的。
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译文2:附院住院部的患者穿着睡衣和
厚厚的拖鞋在小路上悠闲散步,那打扮在
旁人看来有点“子非鱼,安知鱼之乐乎”
的味道。
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例8:「お父つぁんはな、竹の鬼やっ
た。喜助、わいも、お父に負けんように、
精出さんならんぞ。ええか。」わきにい
た与兵衛が皺くちゃの顔に涙をうかべて、
鼻汁をすすりながらいった。
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译文:满脸皱纹的与兵卫站在一旁,泪
水晶莹,他一边吸着鼻涕一边说:“你爹
是竹器迷,喜助。你也要发奋努力,不能
亚于你爹,怎么样?”
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例9:これだけの会話が、彼にとって
は鬼の首でもとったように嬉しかった。
よく言葉がかけられたと自分で感心した。
そして彼女は自分を嫌っていないと思っ
た。
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译文:这样简单的对话却使野岛像如获
至宝一样地兴奋。他为自己能巧妙地和她
搭上话而感到得意,而且看来她不讨厌自
己。
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例10:若い人たちが自分の長所を自
覚して、大いに伸ばすとともに、共通し
た欠点をも自覚しておれば、まさに鬼に
金棒である。
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译文:假如年轻人在意识到自己的长处,
并努力予以发扬的同时,也意识到他们的
共同缺点的话,那恰似锦上添花,如虎生
翼了。
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例11:豆や米など穀物には邪気を払う力が
ある。昔の人は、そう考えて穀物をまく儀式を
伝えてきたようだ。追い払われるのは日本の場
合は「鬼」だ。が、日本人は鬼も単に邪悪で、
退治すべき敵とばかりは考えていなかった。鬼
そのものに邪気をはらう霊力を認め、福ととも
に「鬼は内」と家に迎え入れる豆まきをすると
ころも各地にある。
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译文:豆子、大米等谷物能驱邪,似乎就是
受了这种思想支配,撒谷物的仪式从古代一直延
续至今。在日本,要驱逐出去的是“鬼”,但是
日本人并不是只把“鬼”看成是一种邪恶而必须
征服的敌人,他们认为“鬼”本身也有驱邪的神
力,所以如今全国各地的撒豆仪式中人们都会一
边说着“请鬼入门”,把“鬼”和“福”同时迎
进家门。
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