現代世界経済をとらえる Ver.5
第13章 国際環境政策
持続可能な発展を可能にするグローバル・ガバナンスを求めて
©東洋経済新報社
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13.1 地球温暖化問題ーー京都議定書の現状と課題
a 問題の所在と対策の枠組み
地球温暖化・・・ 温室効果ガス(GHG)の大気汚染濃度の増大によって,
気候変動が生じる問題。自然的要因と人為的要因が
ある。産業革命以降の二酸化炭素(CO2)排出の増加
による,グローバルな汚染問題としての性格がある
対策・・・ 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組条約締
結国会議(COP)において採択された気候変動に関する
国際連合枠組条約の京都議定書が,温暖化問題への
(現状では最も包括的な)国際的対策枠組みである。現
在(2010年)は「第1約束期間」(2008年~2012年)にあ
る。附属書Ⅰ国と非附属書Ⅰ国にグループ分けされて
おり,前者には排出枠が与えられている
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図13-1 世界のCO2排出量(2007年)
(出所)環境省HP京都議定書のページ(http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cop.html).
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図13-2 京都議定書における各国の位置関係(附属書Ⅰ国,非附属書Ⅰ国)
(注)EU15:フランス,ドイツ,イタリア,オランダ,ベルギー,ルクセンブルク,イギリス,デンマーク,アイルランド,ギリシャ,スペ
イン,ポルトガル,フィンランド,スウェーデン,オーストリア.
EUバブル:EU諸国が共同で-8%の削減約束を達成すること(EU主要国の分担はドイツ-27%,イギリス-12.5%,フランス0%,スペイ
ン+15%,ポルトガル-27%など.)
(出所)環境省HP京都議定書のページ(http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cop.html).
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b 京都議定書による削減オプションーー日本を例に
京都議定書における日本の排出枠
=第1約束期間に基準年(1990年)から-6%
•日本のGHG排出量は2006年に,基準年比+6.2%まで増加したため,-12.2%の削減が必要
•だが,日本の国内対策は不十分(例:炭素税が導入されていない)
→国内対策で目標達成できない場合のための「削減オプション」
2つの「削減オプション」
森林吸収源対策 と 京都メカニズム(後述①②③)
京都議定書発効時の削減計画では,削減オプションのウェイトが大きかった。
森林吸収源対策(-3.8%),京都メカニズム(-1.6%)
表13-1 京都メカニズム
(注) 「追加性」とは,プロジェクトから追加されるとい
う意味である.たとえば,京都議定書の12
条5(c)ではCDMの認証する際の原則のひと
つとして「認証された事業活動がない場合
に生じる削減に対し,追加的な排出削減」
と規定している.
(出所)筆者作成.
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c 京都メカニズムとグローバル炭素市場
京都メカニズムとは,排出権取引,クリーン開発メカニズム
(CDM)と共同実施(JI)から構成され,国際的な市場メカニ
ズムを活用したGHG削減の制度という特徴がある
京都メカニズム
排出権取引
CDM
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JI
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排出権取引
① キャップ・アンド・トレード方式の排出権取引
排出権取引制度とは各国のGHG排出量の上限(Cap)の設定を前提に,附属書Ⅰ国(例:
EUと日本)の間でのGHGの排出枠の取引(Trade)のことである。同制度のもとでは,例えば,
排出枠が不足している日本がEUから排出枠を購入すれば,購入分が日本に「追加的」に算入
されて目標を達成したとみなされる
② 初期配分の問題その1ーーホットエア問題
排出枠の初期配分をめぐっては,余裕をもって目標達成できる国々の排出枠が国際的
に売却されるホットエア問題が危惧されている。ホットエア問題は初期配分の問題が排出権取
引制度の設定のカギとなることを示唆している
③ 初期配分の問題その2ーーEU排出権取引制度(EU-
ETS)
EU域内でのアロワンスの市場取引を認めるキャップ・アンド・トレード方式のEU‐ETSにおけ
る配分方法にも問題がある。第1に,削減が進んでいればいるほど与えられる枠が少ないので
初期の削減努力を反映できない。第2に,基準更新年に伴い次期に多く枠をもらうために今期
の排出を増加させる誤ったインセンティブを与える。EUでは,次期から排出枠自体を事前に取
引(購入)するオークション方式での初期配分を採用予定
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表13-2 炭素市場の規模
(注)オーストラリアのニューサウスウェールズ,アメリカのシカゴでも地域的にCO2の排出権市場が形成されている.CDMの1次
と2次は,1次はCERの事業者との直接取引で,2次はCERの転売・仲介のように区別される.
(出所)World Bank, State and Trends of the Carbon Market 2008より筆者作成
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クリーン開発メカニズム(CDM)
CDM:排出枠が与えられていないが,インドや中国といった排出大国を含んでいる非附属書
Ⅰ国のGHG削減のカギとなる制度
① 附属書Ⅰ国(実施国)の法人が非附属書Ⅰ国(ホスト国)において行うGHG削減プロジェク
トが認可・登録
② 運営機関(CDM理事会)によりGHGの削減量が確定され,取引可能なクレジット(CER)が
発行される。[JIは同様の仕組みを附属書Ⅰ国間で行う。]ここで,実施国は追加的な排出枠を
獲得し,ホスト国はCERを市場で売却するか,所有し続ける(バイキング)か選択する
CDMの政策的意義
① 附属書Ⅰ国でのGHG削減にかかるコストの効率性を確保すること
②南北の環境協力を促進すること
そして,CDMは,政府主導であった環境協力・援助政策および国際資金フローの仕組みに,
市場メカニズムと企業をどう活用し位置づけるかという論点を提起している。ただし,CDMは中
国に集中しているなど問題がある
排出権取引やCDMのクレジット取引をグローバル炭素市場(Global Carbon
Market)が機能しはじめる日も近いように思われるが,金融商品化が進む可能性
がある。京都メカニズムの最優先課題は環境改善効果であることを忘れてはいけ
ない。そのため,排出権の金融商品としての性格を制御し,環境改善効果を高める
制度設計のあり方が,今後の重要な論点になる
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d ポスト京都議定書
政策(制度)的課題
① 温暖化防止という目標に照らして十分効果的な制度的枠組みであるのか否か
現在では,京都議定書への参加国の総GHG排出量は世界全体の約63%にとどまる上に,
中国とインドに排出義務を免れていることを考慮に入れると,削減対象になる総GHG排出量
はより小さくなる。したがって,削減目標達成できても1990年比5.2%の削減にとどまる
環境上の目標を設定した上で削減目標を設定し,科学的知見に基づく長期的目標水準を
決めることが,国際枠組みの環境保全効果を高め,各国の長期でのコミットメントを可能にす
る。低炭素社会に関するビジョンを国際的に共有し,制度化していくことが重要となる
② より多くの国(とくに,主要排出国)の参加をどのように確保するのか
・ 地球温暖化問題における先進国と途上国との間の共通だが差異のある責任にかかわる
国際ルールを検討が必要→発展途上国,とくに中国とインドの削減は不可欠である
・ 発展途上国のエネルギー政策のより根本的な改革に対する先進国の政策面・費用面で
のコミットメントが課題である
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13.2 環境と貿易
a 問題の所在
① 貿易の枠組みの変化
・ 生産から消費(そして廃棄)までの商品連鎖の距離が広がっている
・ 自然環境・天然資源に悪影響を与えて生産される製品の貿易や,
健康被害・健康リスクが危惧される食品・農産物の貿易のように,
貿易の質的なあり方が問題になっている
② 既存の環境問題対策
地球環境問題の対策として多国間環境協定(MEA)が策定されており,部分的に
は新たな貿易ルールが展開されつつある。ただし,環境保全の立場から貿易システ
ムそのものをコントロールための制度が今のところ存在していないという問題がある
こうしたことを踏まえて,持続可能な発展の達成に向けたグローバルな生産と貿易
に関するルールの検討が必要となる
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b GATT/WTOと環境保全:GATT第20条を中心に
① 原則として,現代の国際貿易はGATT/WTOという国際レジームの
定めるルールによって規律づけられ,加盟国は無差別原則(内国民
待遇・最恵国待遇)に基づき貿易の自由を保障する義務を課されている
② そのなかにGATT第」20条「一般的例外」のb「人,動物又は植物の生命
又は健康の保護に必要な措置」およびg「有限天然資源の保存に
関する措置」は,加盟国は人間・動植物の健康保護,有限天然資源の
保全を理由として訴えた場合において例外を認められている
③ WTOには,貿易と環境に関する委員会(CTE)という「環境と貿易」を
担当する部局があるが,具体的なルールを形成するには至っていない。
それゆえ紛争解決機関(DSB)におけるGATT20条の解釈に解釈と
運用をめぐる紛争解決のプロセスが,「環境と貿易」のルール形成の
舞台となってきた
④ 環境保全を中心とする持続可能な発展のためには,貿易制限措置と
相乗効果を生むような国際協力政策の役割が重要である
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表13-3 GATT第20条をめぐる主な動向
(注)これらの判例のほかにも,GATT第20条と環境をめぐるものとして,アメリカのガソリン基準に関す
る措置(ガソリンケース)(1995年)(ベネズエラ,ブラジル訴→アメリカ)がある.
(出所)筆者作成
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c 農産物・食品の「安全性問題」とSPS協定
① 貿易と健康リスクの問題の浮上ーー貿易財がもたらす健康リスクへの対応
・ フランスの「アスベストおよびその製品に係る輸入禁止措置」
・ GATT/WTOでは,農産物・食品の「安全性問題」と貿易ルールという論点から,
衛星植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)が注目されている
・ 同協定の特徴はSPS措置の国際的なハーモナイゼーションにある
・ WTO加盟各国のSPS措置をコーデックス委員会など国際基準策定機関の定める
基準・規格に統一する方向づけがなされている
・ 将来の不確実な被害の発生を考慮する予防原則(precautionary principle)に
基づくと,規制を発動・継続するにあたっては科学的根拠の提出が求められる
(cf.成長ホルモン規制)
② 貿易財の「質」をめぐる問題
・ WTOは,無差別原則のもと,商品の質的な違いを根拠に貿易を制限することは
禁止しているが,環境破壊を防ぐために環境破壊的な貿易を制限したり,
輸入を禁止したりする方法もありうる
・ エコラベル,有機認証,フェアトレードなども環境保全と貿易の調和の手段になりうる
③ 環境保全をキーワードとして新たな生産と消費の国際的なパートナーシップの構築への
注目が必要
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d 国際環境協力を政策の核に
自由貿易の利益
保護貿易の利益
環境保全(安全性)の利益
(社会の利益)
① 「環境保全と経済成長」については環境クズネッツ曲線(EKC)仮説に着目して,
自由貿易が望ましいとする理論家が少なくない
② 事実関係を正確にとらえるならば,「環境と貿易」の議論は自由貿易の利益と保護貿易の
利益の対立構造に,環境保全(安全性)の利益(社会の利益)が絡まる「三つどもえ」構造
であるとみることができる
③ 環境の利益を享受する主体の空間的分散がポイント(ex.森林保全をめぐる南北関係)
・ 先進国の環境保全目的の貿易制限措置の導入が,経済発展のための途上国の輸出に
マイナスになる可能性がある
・ 「環境」の「貿易」の連関は,多くの局面において「開発」とも関連している
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d 国際環境協力を政策の核に
① 南北の対立関係を協力関係へと転換する
ための市民・NGOレベル,企業レベルなどの
ように,重層的な性格を有する国際環境協力
とその制度化が,国際環境政策のカギである
② 環境問題の現場に出向き問題の現実を把
握すること,そして現場調査を基礎とした各レ
ベルの具体的な事例の積み上げとその総合
化,さらなる理論化の進展こそ,国際環境政
策研究の課題だといえる
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